枕草子144段 正月十よ日のほど

殿などの 枕草子
中巻上
144段
正月十よ日
きよげなる男

(旧)大系:144段
新大系:137段、新編全集:138段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:147段
 

新全集:正月十余日のほど
旧全集:正月十日のほど


 
 正月十よ日のほど、空いと黒う、雲もあつく見えながら、さすがに日はけざやかにさし出でたるに、えせ者の家の荒畠といふものの、土うるはしうも直からぬ、桃の木のわかだちて、いとしもとがちにさし出でたる、片つ方はいと青く、いま片つ方は濃くつややかにて蘇芳の色なるが、日かげに、見えたるを、いとほそやかなる童の、狩衣はかけやりなどして、髪もうるはしきが上りたれば、ひきはこえたる男児、また、こはぎにて半靴はきたるなど、木の下に立ちて、「我に鞠打ち切りて」などこふに、また、髪をかしげなる童の、袙どもほころびがちにて、袴萎えたれど、よき袿着たる三四人来て、「卯槌の木のよからむ、切りておろせ。御前にも召す」などいひて、おろしたれば、はひしらがひとりて、さい仰ぎて、「我におほく」などいひたるこそをかしけれ。
 

 黒袴着たる男の走り来て乞ふに、「待て」などいへば、木の本を引きゆるがすに、あやふがりて、猿のやうにかいつきてをめくもをかし。
 梅などのなりたる折にも、さやうにぞするぞかし。