古事記 秋山と春山~伊豆志袁登賣神 原文対訳

玉巾鏡 古事記
中巻⑧
15代 応神天皇
秋山と春山兄弟物語
1 伊豆志袁登賣神
御祖の詛戸
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

八十神の求婚

     
故茲
神之女。
 かれここに
神の女、
 ここに
神の女むすめ、

伊豆志
袁登賣神坐也。
名は
伊豆志袁登賣
いづしをとめの神います。
イヅシ
孃子という神がありました。
     
八十神 かれ八十神、 多くの神が
雖欲得是
伊豆志袁登賣。
この伊豆志袁登賣を
得むとすれども、
このイヅシ孃子を
得ようとしましたが
皆不得婚。 みなえ婚よばはず。 得られませんでした。
     

秋山と春山

     
於是有二神。 ここに二柱の神あり。 ここに
兄號
秋山之下氷壯夫。
兄の名を
秋山の下氷壯夫したびをとこ三、

秋山の下氷壯夫したひおとこ・
弟名
春山之霞壯夫。
弟の名は
春山の霞壯夫かすみをとこなり。
春山の霞壯夫かすみおとこという
兄弟の神があります。
     
故其兄謂其弟。 かれその兄、その弟に謂ひて、 その兄が弟に言いますには、
吾雖乞
伊豆志袁登賣。
「吾、伊豆志袁登賣を
乞へども、
「わたしはイヅシ孃子を
得ようと思いますけれども
不得婚。 え婚はず。 得られません。
汝得此孃子乎。 汝いましこの孃子を得むや」
といひしかば
お前はこの孃子を得られるか」
と言いましたから、
答曰易得也。 答へて曰はく、
「易く得む」といひき。
「たやすいことです」
と言いました。
     
爾其兄曰。 ここにその兄の曰はく、 そこでその兄の言いますには、
若汝有得此孃子者。 「もし汝、この孃子を得ることあらば、 「もしお前がこの孃子を得たなら、
避上下衣服。 上下の衣服きものを避さり、 上下の衣服をゆずり、
量身高而釀甕酒。 身の高たけを量りて
甕みかに酒を釀かみ、
身の丈たけほどに
甕かめに酒を造り、
亦山河之物。 また山河の物を また山河の産物を
悉備設。 悉に備へ設けて、 悉く備えて
爲宇禮豆玖云爾
〈自宇至玖以音。下效此〉
うれづくをせむ」
といふ。
御馳走をしよう」
と言いました。
     

其母=御祖=天照

     
爾其弟。 ここにその弟、 そこでその弟が
如兄言
具白其母。
兄のいへる如、
つぶさにその母に白ししかば、
兄の言つた通りに
詳しく母親に申しましたから、
即其母。 すなはちその母、 その母親が
取布遲葛而。
〈布遲二字以音〉
ふぢ葛かづらを取りて、 藤の蔓を取つて、
一宿之間。 一夜の間ほどに、 一夜のほどに
織縫。
衣褌。
及襪沓。
衣きぬ、褌はかま、
また襪したぐつ、
沓くつを織り縫ひ、
衣ころも・褌はかま・
襪くつした・
沓くつまで織り縫い、
亦作弓矢。 また弓矢を作りて、 また弓矢を作つて、
令服其衣褌等。 その衣褌等を服しめ、 衣裝を著せ
令取其弓矢。 その弓矢を取らしめて、 その弓矢を持たせて、
遣其孃子之家者。 その孃子の家に遣りしかば、 その孃子の家に遣りましたら、
其衣服及弓矢。 その衣服も弓矢も その衣裝も弓矢も
悉成藤花。 悉に藤の花になりき。 悉く藤の花になりました。
     
於是其春山之霞壯夫。 ここにその春山の霞壯夫、 そこでその春山の霞壯夫が
以其弓矢。 その弓矢を 弓矢ゆみやを
繋孃子之厠。 孃子の厠に繋けたるを、 孃子の厠に懸けましたのを、
爾伊豆志袁登賣。 ここに伊豆志袁登賣、 イヅシ孃子が
思異其花。 その花を異あやしと思ひて、 その花を不思議に思つて、
將來之時。 持ち來る時に、 持つて來る時に、
立其孃子之後。 その孃子の後に立ちて、 その孃子のうしろに立つて、
入其屋
即婚。
その屋に入りて、
すなはち婚まぐはひしつ九。
その部屋にはいつて
結婚をして、
故生一子也。 かれ一人の子を生みき。 一人の子を生みました。
     
爾白其兄曰。  ここにその兄に白して曰はく、  そこでその兄に
吾者。
得伊豆志袁登賣。
「吾あは
伊豆志袁登賣を得つ」といふ。
「わたしは
イヅシ孃子を得ました」と言う。
於是其兄。 ここにその兄、 しかるに兄は
慷愾弟之婚以。 弟の婚ひつることを慨うれたみて、 弟の結婚したことを憤つて、
不償其宇禮豆玖之物。 そのうれづくの物を償はざりき。 その賭けた物を償いませんでした。
爾愁白其母之時。 ここにその母に愁へ白す時に、 依つてその母に訴えました。
玉巾鏡 古事記
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15代 応神天皇
秋山と春山兄弟物語
1 伊豆志袁登賣神
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