夕霧の和歌 37首※:源氏物語の人物別和歌

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 夕霧の和歌全37首(贈20、答10、独詠4、唱和3)。

 相手内訳:(雲居雁、落葉宮)8×2、夕霧(自身)4.2、(一条御息所、藤典侍:夕霧愛人)3×2、(頭中将、柏木)1.2×2、源氏1.1、(玉鬘、近江の君、雲居雁乳母、簾内の人々(×通説落葉宮)、少将の君:一条御息所の姪)1×5、(蛍宮、弁少将(柏木弟))0.1×2。唱和を0.1とした。

 

 ・通説によると「ことならば」(510)の相手(その返歌)を落葉宮とするが、それはその返歌を落葉母たる一条御息所の歌ではあるまい(新大系)という消去法で夕霧が通う目的の落葉宮(柏木の未亡人)への歌と認定したもの。しかしその文脈は、夕霧が訪問した一条宮の軒先の簾内部に歌を差し入れ、それに対し「これかれ(誰かかれか)」が反応し、少将の君という女房をして歌が差し出されたという情況である(これかれつきしろふ。この御あへしらひきこゆる少将の君といふ人して)。それ以前に落葉宮の描写はなく、したがってこの歌は具体的に落葉宮に宛てて詠んだものではなく、訪問先で軽いあしらいを受け、とりなしを求めた一条宮内の人々・女房達への歌とした。双方が亡き柏木に掛けた「葉守の神の許し」(510)「葉守の神はまさずとも」(511)は、落葉単体ではなく沢山の木の葉(家の人々)の家主を表したものと見る。
 またこう認定することで、二人の妻の雲居雁・落葉宮への歌が8首で均衡する。

 

 ※さらに通説によれば夕霧の和歌は39首だが(全集6・611~612p)、このうち宿木巻「大空の」(704)を夕霧改め夕霧の子の頭中将の代作、「君がため」(720)を夕霧改め薫とし37首とした。

 この二首のみ源氏亡き後の第三部で夕霧認定される歌であるところ、「君がため」(720)は旧大系で某とされた歌で、夕霧認定は配列からの想定でしかなく薫の和歌と文脈から確実に証明できる(唱和概念の理解にかかわり、また宿木巻先頭の帝→薫の贈答を反映したもの。詳しくはのページ参照)。

 さらにここで論じる「大空の」(704)は、原文では頭中将が和歌の使者となっているのだが(「御子の頭中将して聞こえたまへり」この「して…聞こえ」があるとその場を支配する主体を和歌の主と通説は認定する)、将官でも高位の頭中将をただの伝令とするのは不適当なので、これを夕霧作とせず子の頭中将の歌とした。そもそも代作は万葉一巻冒頭以来、皇族やそこに近い貴族が、身分が低い無名の者にやらせる貴族思想・身分社会の産物で、上流貴族間での専ら主の作品としての代作(依頼主の歌とする)という概念は親子でも貴族思想に反する。世襲させる親子だからこそ反する。

 一般に、使者(使用人等の低い立場)は本人の手足で、代理は本人より現場や知識に通じるので、先の夕霧の息子の頭中将は右大臣夕霧との関係では境界事例だが、後者と見るべきである(子供世代の話に親世代まして親が介入するの本筋ではなく夕霧も源氏の意向で相手を選んできたのではないし、将官は使用人でもない)。

 女房クラスでも、比較高位の者は自らの意志ではない伝令としての使者ではなく、自らの発言と言えることがある。例えば柏木巻最終和歌511「この御あへしらひきこゆる少将の君といふ人して『柏木に葉守の神はまさずとも人ならすべき宿の梢か (夕霧510の)うちつけなる御言の葉になむ、浅う思ひたまへなりぬる』と聞こゆれば」。この少将の君の言を通説は冒頭(510)で述べたように一条御息所の歌ではあるまい(新大系)とし、その娘の落葉宮と(恐らく夕霧の意図から逆算して)認定するが、これは夕霧を応接する女房達の中から代表して歌を詠んだのが少将の君、と解すべき文脈であり、それ以外の描写は当該文脈にはない。

 これらの例は、源氏物語において贈答的独詠・独詠的贈答・贈答的唱和がしばしばあるように、代作概念も男社会の典型から女子たる著者が意図的にずらして応用したもので(511は代理ではなく代表、704は使者ではなく代理)、「~して」を専ら使者の伝令として考える一般的な認識の枠から外れたものと考える。そうして枠から外れたイレギュラーな歌を、典型の枠にはめて捉えている点で、いくつかの通説の認定に誤りがある。
 加えて定家も朝康を百人一首37番としているので、第三部の和歌を夕霧と認定しなかったと見た。

 

  原文
(定家本)
現代語訳
(渋谷栄一)
 

乙女/少女 4/16首

324
さ夜中に
 友呼びわたる
 雁が音に
 うたて吹き添ふ
 荻の上風
真夜中に友を呼びながら飛んでいく雁の声に
さらに悲しく吹き加わる荻の上を吹く風よ
325
くれなゐの
 に深き
 袖の色を
 浅緑にや
 言ひしをるべき
〔雲居雁←〕真っ赤な血の涙を流して恋い慕っているわたしを
浅緑の袖の色だと言ってけなしてよいものでしょうか
327
霜氷
 うたてむすべる
 明けぐれの
 空かきくらし
 降るかな
霜や氷が嫌に張り詰めた明け方の
空を真暗にして降る涙の雨だなあ
328
贈:
にます
 豊岡姫
 宮人も
 わが心ざす
 しめを忘るな
〔藤典侍←〕天にいらっしゃる豊岡姫に仕える宮人も
わたしのものと思う気持ちを忘れないでください
331
贈:
日影にも
 しるかりけめや
 少女子
 天の羽袖に
 かけし
心は
〔藤典侍←〕日の光にはっきりとおわかりになったでしょう
あなたが天の羽衣も翻して舞う姿に思いをかけたわたしのことを
 
 

野分(のわき) 1/4首

389
贈:
騒ぎ
 むら雲まがふ
 夕べにも
 るる間なく
 られぬ君
〔雲居雁←〕風が騒いでむら雲が乱れる夕べにも
片時の間もなく忘れることのできないあなたです
 
 

藤袴 1/8首

399
同じ野の
 にやつるる
 藤袴
 あはれはかけよ
 かことばかりも
〔玉鬘←〕あなたと同じ野の露に濡れて萎れている藤袴です
やさしい言葉をかけて下さい、ほんの申し訳にでも
 
 

真木柱(まきばしら) 1/21首

427
よるべなみ
 風の騒がす
 人も
 思はぬ方に
 磯伝ひせず
〔近江の君→〕寄る所がなく風がもてあそんでいる舟人でも
思ってもいない所には磯伝いしません
 
 

梅枝(うめがえ) 2/11首

433
心ありて
 風の避くめる
 の木に
 とりあへぬまで
 吹きや寄るべき
〔蛍宮+源氏+柏木+夕霧+弁少将(柏木弟)〕気づかって風が避けて吹くらしい梅の花の木に
むやみに近づいて笛を吹いてよいものでしょうか
437
つれなさは
 憂きの常に
 なりゆくを
 忘れ
 にことなる
〔雲居雁←〕あなたの冷たいお心は、つらいこの世の習性となって行きますが
それでも忘れないわたしは世間の人と違っているのでしょうか
 
 

藤裏葉(ふじのうらば) 7/20首

440
なかなかに
 折りやまどはむ
 藤の
 たそかれ時の
 たどたどしくは
〔頭中将→〕かえって藤の花を折るのにまごつくのではないでしょうか
夕方時のはっきりしないころでは
442
いく返り
 露けき春を
 過ぐし来て
 紐解
 折にあふらむ
〔頭中将+夕霧+柏木〕幾度も湿っぽい春を過ごして来ましたが
今日初めて花の開くお許しを得ることができました
445
りにける
 岫田の
 河口
 浅きにのみは
 おほせざらなむ
〔雲居雁→〕浮名が漏れたのはあなたの父大臣のせいでもありますのに
わたしのせいばかりになさらないで下さい
446
贈:
とがむなよ
 忍びにしぼる
 手もたゆみ
 今日あらはるる
 袖のしづくを
〔雲居雁←〕お咎め下さいますな、人目を忍んで絞る手も力なく
今日は人目にもつきそうな袖の涙のしずくを
447
何とかや
 今日のかざしよ
 かつ見つつ
 おぼめくまでも
 なりにけるかな
〔藤典侍←〕何と言ったのか、今日のこの插頭は、目の前に見ていながら
思い出せなくなるまでになってしまったことよ
449

 若
 にても
 濃き紫の
 色とかけきや
〔女君の大輔乳母=雲居雁乳母←〕浅緑色をした若葉の菊を
濃い紫の花が咲こうとは夢にも思わなかっただろう
451
なれこそは
 岩守るあるじ
 見し人の
 行方は知るや
 宿の真清
〔雲居雁←〕おまえこそはこの家を守っている主人だ、お世話になった人の
行方は知っているか、邸の真清水よ
 
 

若菜上 1/24首

480
深山木に
 ねぐら定むる
 はこ鳥も
 いかでか
 色に飽くべき
〔柏木→〕深山の木にねぐらを決めているはこ鳥も
どうして美しい花の色を嫌がりましょうか
 
 

柏木 3/11首

505
時しあれば
 変はらぬ色に
 匂ひけり
 片枝枯れにし
 宿の桜も
〔一条御息所←〕季節が廻って来たので変わらない色に咲きました
片方の枝は枯れてしまったこの桜の木にも
508
亡き人も
 思はざりけむ
 うち捨てて
 夕べの
 君着たれとは
〔頭中将:柏木父+夕霧+弁の君:柏木弟〕亡くなった人も思わなかったことでしょう
親に先立って父君に喪服を着て戴こうとは
510
ことならば
 馴らしの枝に
 ならさなむ
 葉守の神
 許しありきと
〔簾内の人々(×通説落葉宮)←〕同じことならばこの連理の枝のように親しくして下さい
葉守の神の亡き方のお許があったのですからと
 
 

横笛 2/8首

515
ことに出でて
 言はぬも言ふに
 まさるとは
 人に恥ぢたる
 けしきをぞ見る
〔落葉宮←〕言葉に出しておっしゃらないのも、おっしゃる以上に
深いお気持ちなのだと、慎み深い態度からよく分かります
518
横笛
 調べはことに
 変はらぬ
 むなしくなりし
 こそ尽きせね
〔一条御息所→〕横笛の音色は特別昔と変わりませんが
亡くなった人を悼む泣き声は尽きません
 
 

夕霧 12/26首

526
里の
 あはれを添ふる
 夕霧
 ち出でむ空も
 なき心地して
〔落葉宮←〕山里の物寂しい気持ちを添える夕霧のために
帰って行く気持ちにもなれずおります
529
おほかたは
 我衣を
 着せずとも
 朽ちにし袖の
 名
やは隠るる
〔落葉宮→〕だいたいがわたしがあなたに悲しい思いをさせなくても
既に立ってしまった悪い評判はもう隠れるものではありません
530
荻原や
 軒端の露
 そぼちつつ
 八重立つ
 分けぞ行くべき
〔落葉宮←〕荻原の軒葉の荻の露に濡れながら幾重にも
立ち籠めた霧の中を帰って行かねばならないのでしょう
532
贈:
魂を
 つれなき袖

 留めおきて
 わが心から
 惑はるるかな
〔落葉宮←〕魂をつれないあなたの所に置いてきて
自分ながらどうしてよいか分かりません
533
せくからに
 浅さぞ見えむ
 山川の
 流れての名を
 つつみ果てずは
〔落葉宮(一条御息所代答)←〕拒むゆえに浅いお心が見えましょう
山川の流れのように浮名は包みきれませんから
535
秋の
 草の茂みは
 分けしかど
 仮寝の枕
 結びやはせし
〔一条御息所→〕秋の野の草の茂みを踏み分けてお伺い致しましたが
仮初の夜の枕に契りを結ぶようなことを致しましょうか
537
いづれとか
 分きて眺めむ
 消えかへる
 露も草葉の
 うへと見ぬ世を
〔雲居雁→〕特に何がといって悲しんでいるのではありません
消えてしまう露も草葉の上だけでないこの世ですから
538
里遠み
 小野の篠原
 わけて来て
 我も鹿こそ
 声も惜しまね
〔少将の君:一条御息所の姪←〕人里が遠いので小野の篠原を踏み分けて来たが
わたしも鹿のように声も惜しまず泣いています
540
見し人の
 影澄み果てぬ
 池水に
 ひとり宿守る
 秋の夜の
あの人がもう住んでいないこの邸の池の水に
独り宿守りしている秋の夜の月よ
541
いつとかは
 おどろかすべき
 明けぬ夜の
 夢覚めてとか
 言ひしひとこと
〔落葉宮←〕いつになったらお訪ねしたらよいのでしょうか
明けない夜の夢が覚めたらとおっしゃったことは
545
贈:
怨みわび
 胸あきがたき
 冬の夜に
 また鎖しまさる
 関の岩門
〔落葉宮←〕怨んでも怨みきれません、胸の思いを晴らすことのできない冬の夜に
そのうえ鎖された関所のような岩の門です
547
松島の
 海人の

 なれぬとて
 脱ぎ替へつてふ
 名を立ためやは
〔雲居雁→〕いくら長年連れ添ったからといって、わたしを見限って
尼になったという噂が立ってよいものでしょうか
 
 

御法(みのり) 1/12首

559
いにしへの
 秋
の夕べの
 恋しきに
 はと見えし
 明けぐれの夢
昔お姿を拝した秋の夕暮が恋しいのにつけても
御臨終の薄暗がりの中でお顔を見たのが夢のような気がする
 
 

幻 1/26首

576
ほととぎす
 君につてなむ
 ふるさとの
 花橘
 今ぞ盛りと
〔源氏→〕時鳥よ、あなたに言伝てしたい
古里の橘の花は今が盛りですよと
 
 

宿木(やどりぎ) 0/24首※

704
贈:
大空の
 月だに宿る
 わが宿に
 待つ宵過ぎて
 見えぬ君かな
〔頭中将=夕霧の子代作。通説夕霧→匂宮〕大空の月でさえ宿るわたしの邸にお待ちする
宵が過ぎてもまだお見えにならないあなたですね
720
君がため
 折れるかざしは
 紫の
 に劣らぬ
 のけしきか
〔薫。某(旧大系)×夕霧(全集、新大系)〕主君のため折った插頭の花は
紫の雲にも劣らない花の様子です