古事記~佐夜藝奴(サヤギヌ) 原文対訳

狹井河
=サギか
古事記
中巻①
神武天皇
サヤギヌ
=謀殺
その系譜
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

サヤギヌ

     
故天皇崩後。  かれ天皇崩かむあがりまして後に、  天皇がお隱れになつてから、
其庶兄
當藝志美美命。
その庶兄まませ
當藝志美美
たぎしみみの命、
その庶兄ままあにの
タギシミミの命が、
娶其嫡后
伊須氣余理比賣之時。
その嫡后おほぎさき
伊須氣余理比賣に娶あへる時に、
皇后の
イスケヨリ姫と結婚した時に、
將殺
其三弟而。
その三柱の弟おとみこたちを
殺しせむとして、
三人の弟たちを
殺ころそうとして
謀之間。 謀るほどに、 謀はかつたので、
其御祖
伊須氣余理比賣
患苦而。
その御祖みおや
伊須氣余理比賣、
患苦うれへまして、
母君ははぎみの
イスケヨリ姫が
御心配になつて、
以歌。
令知
其御子等。
歌曰。
歌もちて
その御子たちに
知らしめむとして
歌よみしたまひしく、
歌で
この事を御子たちに
お知らせになりました。
その歌は、
     
佐韋賀波用 狹井河よ サヰ河の方から
久毛多知和多理 雲起ちわたり 雲が立ち起つて、
宇泥備夜麻 畝火山 畝傍うねび山の
許能波佐夜藝奴 木の葉さやぎぬ。 樹の葉が騷いでいる。
加是布加牟登須 風吹かむとす。 風が吹き出しますよ。
     
又歌曰。  また歌よみしたまひしく、  
     
宇泥備夜麻 畝火山  畝傍山は
比流波久毛登韋 晝は雲とゐ、 晝は雲が動き、
由布佐禮婆 夕されば 夕暮になれば
加是布加牟登曾 風吹かむとぞ 風が吹き出そうとして
許能波佐夜牙流 木の葉さやげる。 樹の葉が騷いでいる。
     

謀殺

     
於是
其御子聞知而。
 ここに
その御子たち聞き知りて、
 そこで
御子たちがお聞きになつて、
驚乃
爲將殺
當藝志美美之時。
驚きて
當藝志美美を
殺しせむとしたまふ時に、
驚いて
タギシミミを
殺そうとなさいました時に、
     
神沼河耳命。 神沼河耳の命、 カムヌナカハミミの命が、
曰其兄
神八井耳命。
その兄いろせ
神八井耳の命にまをしたまはく、
兄君の
カムヤヰミミの命に、
那泥。
〈此二字以音〉
汝命。
「なね
汝なが命、
「あなたは
持兵入而。 兵つはものを持ちて入りて、 武器を持つてはいつて

當藝志美美。
當藝志美美を殺せたまへ」
とまをしたまひき。
タギシミミをお殺しなさいませ」
と申しました。
     
故持兵入以。 かれ兵つはものを持ちて、 そこで武器を持つて
將殺之時。 入りて殺しせむとする時に、 殺そうとされた時に、
手足
和那那岐弖
〈此五字以音〉
不得殺。
手足
わななきて
え殺せたまはず。
手足が
震えて
殺すことができませんでした。
     
故爾其弟
神沼河耳命。
かれここに
その弟いろと
神沼河耳の命、
そこで
弟のカムヌナカハミミの命が
乞取
其兄所持之兵。
その兄の持てる
兵つはものを乞ひ取りて、
兄君の持つておられる
武器を乞い取つて、
入殺
當藝志美美。
入りて
當藝志美美を殺しせたまひき。
はいつて
タギシミミを殺しました。
     
故亦稱其御名。 かれまた
その御名をたたへて、
そこでまた
御名みなを讚たたえて

建沼河耳命。
建沼河耳
たけぬなかはみみの命
とまをす。
タケヌナカハミミの命
と申し上げます。
     

忌人

     
爾神八井命。  ここに神八井耳の命、  かくてカムヤヰミミの命が
讓弟
建沼河耳命曰。
弟建沼河耳の命に
讓りてまをしたまはく、
弟のタケヌナカハミミの命に
國を讓つて申されるには、
     
吾者不能殺仇。 「吾あは仇をえ殺せず、 「わたしは仇を殺すことができません。
汝命
既得殺仇。
汝なが命は
既にえ殺せたまひぬ。
それをあなたが
殺しておしまいになりました。
故吾雖兄。 かれ吾は兄なれども、 ですからわたしは兄であつても、
不宜爲上。 上かみとあるべからず。 上にいることはできません。
是以汝命爲上。 ここを以ちて汝が命、上とまして、 あなたが天皇になつて
治天下。 天の下治しらしめせ。 天下をお治め遊ばせ。
僕者扶汝命。 僕やつこは汝が命を扶たすけて、 わたしはあなたを助けて
爲忌人而。 忌人いはひびととなりて 祭をする人として
仕奉也。 仕へまつらむ」とまをしたまひき。 お仕え申しましよう」と申しました。
     
故其
日子八井命者。
かれその
日子八井の命は、
そこでその
ヒコヤヰの命は、
〈茨田連。
手嶋連之祖〉
茨田うまらたの連、
手島の連が祖。
茨田うまらたの連むらじ・
手島の連の祖先です。
狹井河
=サギか
古事記
中巻①
神武天皇
サヤギヌ
=謀殺
その系譜