伊勢物語 111段:まだ見ぬ人 あらすじ・原文・現代語訳

第110段
魂結び
伊勢物語
第四部
第111段
まだ見ぬ人
第112段
須磨のあま

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  やむごとなき女(小町)
 
  ♪♂古はありもやしけむ(昔男=著者)
 
  ♪♀下紐のしるし 
 
  ♪♀さらにいはじ
 
 
 
 

あらすじ

 
 
 著者(昔男)が小町(やむごとなき女)と久々にやりとりする。
 古の関係にかけ、まだ見ぬ人を探しているかというと、下紐のこと(37段)を解けない人は別にいいという、そういう内容。
 

 つまりこの段の内容も、下紐の意味、その象徴性を分からないと理解できない。
 だから、これは著者が後で見るため残した記録。
 
 その意味での「むかし」。今は昔。「しるし」はその意味。
 伊勢も竹取も「しるし」が一つずつある。どちらも小町の話。
 
 着物の下紐ではない。そんなことは一々繰り返さない。
 

 下紐は、恋にかかる万葉語だが、下紐を(結ぶではなく)解くに掛けた人は、人麻呂しかいない。
 無名の歌もあるが、この理由から、まず人麻呂。
 
 着物の紐を解くという、表面の行為だけを言っているのではない。
 紐解く(中の=秘密が分かる・人と物事の裏側に即して解釈できる)という意味。だから玉結び(魂の結びつき)とセットにしている。
 

 11/2413故もなく我が下紐を解けしめて人にな知らせ直に逢ふまでに 柿本人麻呂歌集

 12/2973つくをちこち兼ねて結びつる我が下紐の解くる日あらめや

 12/3049桜麻の麻生の下草早く生ひば妹が下紐解かずあらましを

 12/3145我妹子し我を偲ふらし草枕旅のまろ寝に下紐解けぬ
 
 
 
 

原文

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第111段 まだ見ぬ人
   
 むかし、男、  むかし、おとこ、  むかし男。
  やむごとなき女のもとに、 やむごとなき女のもとに、 やんごとなき女に。
  なくなりにけるをとぶらふやうにて、 なくなりにけるをとぶらふやうにて なくなれりける人をとぶらふやうにて
  いひやりける。 いひやりける。 いひやれる。
       

190
 古は
 ありもやしけむ今ぞ知る
 いにしへや
 有もやしけむ今ぞしる
 古に
 ありもやしけむ今そしる
  まだ見ぬ人を
  恋ふるものとは
  まだ見ぬ人を
  こふるものとは
  またみぬ人を
  こふる物とは
       
  かへし、 返し、 をんな。返し。
       

191
 下紐の
 しるしとするも解けなくに 
 したひもの
 しるしとするもとけなくに
 下紐の
 しるしとするもとけなくに
  かたるが如は
  こひずぞあるべき
  かたるがごとは
  こひぞあるべき
  語るかことは
  戀すそ有へき
       
  また、返し、 又、返し  
       

192
 恋ひしとは
 さらにいはじ下紐の
 こひしとは
 さらにもいはじゝたひもの
 
  解けむを人は
  それと知らなむ
  とけむを人は
  それとしらなむ
 
   

現代語訳

 
 

やむごとなき女

 

むかし、男、
やむごとなき女のもとに、
なくなりにけるをとぶらふやうにて、いひやりける。

 
 
むかし男
 むかし男(著者)が、
 

やむごとなき女のもとに
 特別に大事な女のもとに
 

 やむごとなし
 :格別に大切。特別。この上ない。
 
 これは小町。
 
 やんごとなしは、比類ないという表現で、100段で後宮の女性に用いられた。
 「あるやんごとなき人の、御局より」
 しかし100段の文脈も微妙に不相応で、本段は「やむごとなき女」なので微妙に区別している。
 加えて、以下の「下紐」が出てきた37段は、「色好みなりける女」つまり小町の話だった(認定を辿れば25段の小町に行き着く)。
 身分が高いからではなく、小町だから「やむごとなき」。小町の立ち位置はそうでしょう。
 
 

なくなりにけるをとぶらふやうにて
 京から去って、どうしているかなと
 
 44段(馬の餞)で送別会をした。だからそこで女物の着物を送っている。
 
 「なくなり」は「とぶらふ」と合わさり、亡くなるを連想させるが、ひっかけ。
 直近の「友だちの人を失へる」(109段)も、有常の娘が出て行った話だった。
 これは16段で有常妻が尼になると出て行ったこととリンクしている。
 一般の訳は109段を古今の認定を根拠に人が死んだと見るが、伊勢が古今を参照した根拠はないし、しえないし、その古今の歌とも微妙に異なっている。
 古今を参照したのではない。仮に参照したなら、古今以前に存在していた歌を直接参照している。そもそも時代が全然被っていない(~880頃)。
 

いひやりける
 以下の内容を言ってやった(文を送った)。
 
 

古はありもやしけむ

 

古は ありもやしけむ 今ぞ知る
 まだ見ぬ人を 恋ふるものとは

 
 
古は ありもやしけむ今ぞ知る
 古が ありもすると 今は知る
 

まだ見ぬ人を 恋ふるものとは
 まだ見ぬ人を 恋し探しているのかと
 
 恋ふと乞ふを掛けている。
 

 こふ 【乞ふ・請ふ】
 ①頼み・望み求める。
 ②神に祈り願い・求める。
 

 こふ 【恋ふ】
 心が引かれる。慕う。なつかしく思う。恋する。
 
 前段は、転生とのリンク(輪廻による因果の顕れ)を言っている。
 後段は、現世の宿命。織姫と彦星の話。37段「下紐解くな朝顔の」朝顔とは両者の象徴花。
 現世は、前の段(110段)の内容・夢と対比させ現と掛けた解釈。そこで彦星の歌の話(95段)に掛け「魂結び」は伏線。
 
 

下紐のしるし

 

かへし、

下紐の しるしとするも解けなくに 
 かたるが如は こひずぞあるべき

 
 
かへし
 (小町が)返し
 

下紐の しるしとするも解けなくに
 下紐の しるしというのも解けずして
 

かたるが如は こひずぞあるべき
 語る輩は (私の恋に)お呼びでない
 
 

さらにいはじ

 

また、返し、
 
恋ひしとは さらにいはじ下紐の
 解けむを人は それと知らなむ

 
 ※我ならで 下紐解くな朝顔の 夕影待たぬ 花にはありとも37段
 
 

また返し(△欠落)
 また返し(誰?)
 

恋ひしとは さらにいはじ 下紐の
 恋だ何だ もう言うまい  
 

解けむを人は それと知らなむ
 下紐解けない人は それも知らない
 
 素朴に見れば、小町の連投。
 
 下紐連発しているが、着物の下紐のことではない。
 それに象徴される秘め事の暗喩。隠れた結びつき。
 いわば「魂結び」。
 

 12/2973つくをちこち兼ねて結びつる我が下紐の解くる日あらめや