徒然草114段 今出川の大殿:原文

四十にも 徒然草
第三部
114段
今出川の大殿
宿河原

 
 今出川の大殿、嵯峨へおはしけるに、有栖川のわたりに、水の流れたる所にて、賽王丸、御牛を追ひたりければ、あがきの水、前板までささとかかりけるを、為則、御車のしりに候ひけるが、「希有の童かな。かかる所にて御牛をば追ふものか」と言ひたりければ、大殿、御気色悪しくなりて、「おのれ、車やらん事、賽王丸にまさりてえ知らじ。希有の男なり」とて、御車に頭を打ち当てられにけり。
この高名の賽王丸は、太秦殿の男、料の御牛飼ぞかし。
 

 この太秦殿に侍りける女房の名ども、一人はひざさち、一人はことづち、一人ははふばら、一人はおとうしと付けられけり。