平家物語 巻第八 水島合戦 原文

猫間 平家物語
巻第八
水島合戦/水嶋合戦
みずしまかっせん
瀬尾最期

 
 さるほどに、平家、讃岐の八島へ渡り給ひて後、山陽道八箇国、南海道六箇国、都合十四箇国をぞ打つ取りける。木曾左馬頭この由を聞いて、安からぬ事なりとて、西国へ討手を遣はす。
 大将軍には矢田判官代義清、侍大将には信濃国の住人海野弥平四郎行広を先として、都合その勢七千余騎、西国へ発向す。備中国水島が渡に船を浮かべて、八島へすでに寄せんとす。
  閏十月一日、水島が渡に小舟一艘出で来たり。海士舟、釣り舟かと見る所に、さはなくして平家の方より牒の使ひの舟なりけり。これを見て、源氏の五百余艘ほしあげたりけるを、をめき叫んで落としけり。
 平家は千余艘で寄せたりけり。大将軍には新中納言知盛卿、副将軍には能登守教経なりけり。能登殿大音声を上げて、「いかに北国の奴ばらに生け捕りにせられんをば、心憂しとは思はずや。味方の船をば組めや」とて、千余艘の纜、舳綱を組み合はせ、中にむやひを入れ、歩みの板を引き渡し引き渡し渡りければ、舟の上は平々たり。
 源平互ひに鬨作り、矢合して、遠きをば弓で射、近きをば太刀で切り、或いは熊手にかけて引き落とさるる者もあり、或いは引つ組んで刺し違へ、海へ飛び入る者もあり。
 源氏の方には侍大将海野弥平四郎行広討たれぬ。これを見て矢田判官代義清、安からぬ事なりとて、主従七人小舟に乗り、真つ先に進んで戦ひけるが、舟踏み沈めて失せにけり。平家の方には馬を立てたりければ、舟ども差し寄せ指し寄せ、馬ども追ひ下ろし追ひ下ろし、ひたひたと打ち乗つて、能登殿をめいて先を駆け給へば、源氏の方には大将軍は討たれぬ、我先にとぞ落ち行きける。
 平家は水島の戦に勝つてこそ、会稽の恥をば雪めけれ。
 

猫間 平家物語
巻第八
水島合戦/水嶋合戦
みずしまかっせん
瀬尾最期