徒然草129段 顔回:原文

雅房大納言 徒然草
第四部
129段
顔回
物に争はず

 
 顔回は、志、人に労を施さじとなり。
すべて、人を苦しめ、物を虐ぐる事、賎しき民の志をも奪ふべからず。
また、いときなき子を賺し、威し、言ひ恥づかしめて興ずる事あり。
おとなしきひとは、まことならねば、事にもあらずと思へど、幼き心には、身にしみて恐ろしく、恥づかしく、あさましき思ひ、まことに切なるべし。
これを悩まして興ずる事、慈悲の心にあらず。
おとなしき人の、喜び、怒り、哀しび、楽しぶも、皆虚妄なれども、誰か実有の相に著せざる。
 

 身をやぶるよりも、心を傷ましむる人は、人を害ふ事なほ甚だし。
病を受くる事も、多くは心より受く。
ほかより来る病は少し。
薬を飲みて汗を求むるには、験なきことあれども、一旦恥ぢ、恐るることあれば、必ず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。
凌雲の額を書きて白頭の人となりし例、なきにあらず。