中の君(八の宮次女)の和歌 19首:源氏物語の人物別和歌

玉鬘 源氏物語
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中の君
頭中将

 

 中の君(八の宮次女・大君の妹・浮舟の姉)の和歌全19首(贈2、答12、独詠3、唱和2)。

 相手内訳(匂宮7、薫4、大君1.2、阿闍梨1、弁の尼1、八の宮0.1。唱和を0.1とした)

 匂宮に対して答えることが多い。姉の大君のページも参照。

 

 なお、唱和の三人以上という定義からすると、以下の650の「雪深き」は贈答という認定になるが(全集6・598p)、返しなどの文言がなく和歌が直接連続しているので(これが唱和歌の特徴)、意思の連絡としての和歌ではなく、同一の話題について詠まれた和歌として唱和と見るべきものと思う。

 独詠のような贈歌(手習いのようだが手紙とされる)や、独詠のような返歌(独り言の手習いを勝手に見つけて一人でそれに返事する)など、送りました返しましたの典型から積極的にずらすことが源氏物語の和歌の特徴の一つ。そのかわり蜻蛉日記にあるような長歌や、枕草子にあるような漢詩・連歌などの異式を一切含めない。

 贈答・唱和という分類は、あくまで実態の理解が深まるための概念であるべきもので、一人二人三人と常に杓子定規に捉えてそこからはみ出ると捨象するのは本末転倒(暗記教育文化・条件反射的試験の問題点)。一人でも贈答の場合もあるし、二人でも実質唱和の場合があるし(玉鬘巻冒頭二人の歌:二人の前に船頭が歌っており実質三人の舟歌)、三人以上でも内容的に贈答の場合(宿木巻四首連続)がある。ここでの650は二人の心情を一にした贈答的唱和歌。

 実質が主で形式は従。実質を全く無視し、そこから人定を決めて見るのが従来の説明(宿木巻の四首を三人の贈答とせず、不明でも無理に一人想定で補う)。つきつめると無理が出るならそれは真理とは言えない。そして学問は真理の追究が第一の目的であるはず。

 

  原文
(定家本)
現代語訳
(渋谷栄一)
 

橋姫 1/13首

621
泣く泣く
 羽うち着する
 君なく
 われぞ巣守に
 なりは果てまし
〔八の宮+大君+中の君=父姉妹〕
泣きながらも羽を着せかけてくださるお父上がいらっしゃらなかったら
わたしは大きくなることはできなかったでしょうに
 
 

椎本(しいがもと) 4/21首

635
かざし折る
 花のたよりに
 賤の
 垣根を過ぎぬ
 春の旅人
〔匂宮→〕插頭の花を手折るついでに、山里の家は
通り過ぎてしまう春の旅人なのでしょう
645
奥山の
 葉に積もる
 とだに
 消えにし人を
 思はましかば
〔大君→〕奥山の松葉に積もる雪とでも
亡くなった父上を思うことができたらうれしゅうございます
650
唱:答
雪深き
 汀の小芹
 誰がために
 摘みかはやさむ
 親なしにして
〔大君+中の君〕雪の深い汀の小芹も誰のために摘んで楽しみましょうか
親のないわたしたちですので
652
いづことか
 尋ねてらむ
 墨染に
 みこめたる
 宿の桜を
〔匂宮→〕どこと尋ねて手折るのでしょう
墨染に霞み籠めているわたしの桜を
 
 

総角(あげまき) 4/31首

667
絶えせじの
 わが頼みにや
 宇治
 遥けきなかを
 待ちわたるべき
〔匂宮→〕切れないようにとわたしは信じては
宇治橋の遥かな仲をずっとお待ち申しましょう
675
霰降る
 深山の里は
 朝夕に
 眺むる空も
 かきくらしつつ
〔匂宮→〕霰が降る深山の里は朝夕に
眺める空もかき曇っております
677
暁の
 うち払ひ
 鳴く千鳥
 もの思ふ人の
 をや知る
〔薫→〕明け方の霜を払って鳴く千鳥も
悲しんでいる人の心が分かるのでしょうか
682
来し方を
 思ひ出づるも
 はかなきを
 行く末かけて
 なに頼むらむ
〔匂宮←〕過ぎ去ったことを思い出しても頼りないのに
将来までどうして当てになりましょう
 
 

早蕨(さわらび) 4/15首

685
この
 誰れにか見せむ
 亡き人の
 かたみにめる
 峰の早蕨
〔阿闍梨→〕今年の春は誰にお見せしましょうか
亡きお方の形見として摘んだ峰の早蕨を
689
見る人も
 あらしにまよふ
 山里に
 昔おぼゆる
 花の香
ぞする
〔薫←〕花を見る人もいなくなってしまいましょうに、嵐に吹き乱れる山里に
昔を思い出させる花の香が匂って来ます
694
塩垂るる
 海人
の衣に
 異なれや
 浮きたる波に
 濡るるわが
〔弁の尼→〕藻塩を垂れて涙に暮れるあなたと同じです
浮いた波に涙を流しているわたしは
697
眺むれば
 より出でて
 行く月も
 世に住みわびて
 にこそ入れ
考えると山から出て昇って行く月も
この世が住みにくくて山に帰って行くのだろう
 
 

宿木(やどりぎ) 5/24首

703
消えぬまに
 枯れぬる
 はかなさに
 おくるる
 なほぞまされる
〔薫→〕露の消えない間に枯れてしまう花のはかなさよりも
後に残る露はもっとはかないことです
705
山里の
 の蔭にも
 かくばかり
 身にしむ秋の
 風はなかりき
山里の松の蔭でもこれほどに
身にこたえる秋の風は経験しなかった
707
おほかたに
 聞かましものを
 ひぐらしの
 声恨めしき
 秋の暮かな
宇治にいたら何気なく聞いただろうに
蜩の声が恨めしい秋の暮だこと
712
みなれぬる
 中の衣と
 頼めしを
 かばかりにてや
 かけ離れなむ
〔匂宮→〕親しみ信頼してきた夫婦の仲も
この程度の薫りで切れてしまうのでしょうか
717
秋果つる
 野辺のけしきも
 篠薄
 のめく風に
 つけてこそ知れ
〔匂宮→〕秋が終わる野辺の景色も
篠薄がわずかに揺れている風によって知られます
 
 

東屋 1/11首

724
みそぎ河
 瀬々に出ださむ
 なでもの
 身に添ふ影と
 誰れか頼まむ
〔薫→〕禊河の瀬々に流し出す撫物を
いつまでも側に置いておくと誰が期待しましょう