枕草子92段 内裏は五節の頃こそ

細太刀 枕草子
上巻下
92段
内裏は
無名

(旧)大系:92段
新大系:88段、新編全集:88段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:96段
 

新大系(新全集)段冒頭:内は、五節の比(ころ)こそ
能因本段冒頭:内裏は、五節のほどこそ


 
 内裏は、五節の頃こそ、すずろにただなべて、見ゆる人もをかしうおぼゆれ。
 主殿司などの、色々のさいでを、物忌のやうにて釵子につけたるなども、めづらしう見ゆ。宣耀殿の反橋に、元結のむら濃いとけざやかにて出でゐたるも、さまざまにつけてをかしうのみぞある。上の雑仕、人のもとなるわらはべも、いみじき色ふしと思ひたる、ことわりなり。山藍、日かげなど、柳筥に入れて、かうぶりしたる男など持てありくなど、いとをかしう見ゆ。
 殿上人の、直衣ぬぎたれて、扇やなにやと拍子にして、「つかさまさりとしきなみぞ立つ」といふ歌をうたひて、局どもの前わたる、いみじう、立ち馴れたらむ心地もさわぎぬべしかし。まいて、さとひとたびにうちわらひなどしたるほど、おそろし。行事の蔵人の掻練襲、ものよりことにきよらに見ゆ。褥など敷きたれど、なかなかえものぼりゐず、女房の出でゐたるさまほめそしり、この頃はこと事もなかめり。
 

 帳台の夜、行事の蔵人のいときびしうもてなして、かいつくろひふたり、童よりほかには、すべて入るまじと戸をおさへて、おもにくきまでいへば、殿上人なども、「なほこれ一人は」など宣ふを、「うらやみありて、いかでか」など、かたくいふに、宮の女房の二十人ばかり、蔵人をなにともせず、戸をおしあけてさめき入れば、あきれて、「いとこは、ずちなき世かな」とて、立てるもをかし。
 それにつきてぞ、かしづきどももみな入る、けしきいとねたげなり。上もおはしまして、をかしと御覧じおはしますらむかし。
 

 童舞の夜はいとをかし。灯台にむかひたる顔どももらうたげなり。