紫式部日記 20 またの夜、月いとおもしろし 逐語分析

道長の御産養 紫式部日記
第一部
若女房の舟遊び
朝廷の御産養
目次
冒頭
1 またの夜
2 小大輔、源式部、宮城の侍従
3 片へはすべりとどまりて
4 北の陣に車あまたあり
5 舟の人びともまどひ入りぬ

 

原文
(黒川本)
現代語訳
(渋谷栄一)
〈適宜当サイトで改め〉
注釈
【渋谷栄一】
〈適宜当サイトで補注〉

1

 またの夜、
月いとおもしろし。
 翌日の夜、
月がたいそう美しい。
【おもしろし】-底本「おもしろく」。『絵詞』は「おもしろし」とある。『全注釈』同様に「おもしろし」と校訂する。『集成』『新大系』『新編全集』『学術文庫』は底本のままとする。
     
ころさへ
をかしきに、
時候までが
風情あるころなので、
 
若き人は
舟に乗りて遊ぶ。
若い女房たちは
舟に乗って遊ぶ。
【舟に乗りて遊ぶ】-土御門殿邸の池に舟を浮かべて漕ぎめぐった。
     
色々なる
折よりも、
色とりどりの衣装を着ている
普段よりも、
 
同じさまに
さうぞきたる
やうだい、
髪のほど、
曇りなく見ゆ。
皆同じ白一色に
装束している
容姿や
髪の具合などが、
はっきりと見える。
 

2

 小大輔、  小大輔の君や 【小大輔】-前出の伊勢大輔か、とされる。
源式部、 源式部の君、 【源式部】-前出、源重文の娘。
宮城の侍従、 宮城の侍従の君、 【宮城の侍従】-中宮付きの女房。出自未詳。
五節の弁、 五節の弁の君、 【五節の弁】-中宮付きの女房。平惟仲の養女。
右近、 右近の君、 【右近】-前出、右近の蔵人と同人。
小兵衛、 小兵衛の君、 【小兵衛】-前出、源明理の娘。〈以下の人々は源式部の前出と同じ〉
小衛門、 小衛門の君、 【小衛門】-前出、橘道時の娘。
馬、 馬の君、 【馬】-大馬、小馬のいずれか不明。
やすらひ、 やすらい、 【やすらひ】-中宮付きの童女。
伊勢人など、 伊勢人などが、 【伊勢人】-童女「やすらひ」の注記混入か、とされる。
端近く
ゐたるを、
端近くに
座っているのを、
 
左宰相中将<経房>、 左宰相中将(源経房)と 【左宰相中将】-前出、源高明の四男、源経房。四十歳。『絵詞』によって割注「経房」を補う。
殿の中将の君<教通>、 殿の中将の君(教通)が 【殿の中将の君】-道長の次男教通。十三歳。『絵詞』によって割注「教通」を補う。
誘ひ出で
たまひて、
お誘い出し
になって、
 
右宰相中将<兼隆>に
棹ささせて、
右宰相中将(兼隆)に
棹をささせて、
【右宰相中将】-前出、藤原兼隆。二十四歳。
舟に
乗せたまふ。
池の舟に
乗せなさる。
 

3

片へは
すべり
とどまりて、
一部の女房は
するりと抜けて
後に残ったが、
 
さすがに

うらやましく
やあらむ、
やはり
誘われた人たちを
うらやましく
思ったのであろうか、
 
見出だしつつ
ゐたり。
眺めやりながら
座っていた。
 
     
いと
白き庭に、
月の光り
あひたる、
たいそう
白い庭の上に、
月の光が
照り返して、
 

やうだい
かたちも
をかしき
やうなる。
舟中の人々の
容姿や
容貌も
風情ある
様子である。
 

4

 北の陣に
車あまたあり
といふは、
 北の陣に
牛車がたくさんとまっている
というのは、
 
主上人ども

なりけり。
主上付きの女房たち
がお祝いに来た車
なのであった。
【主上人ども】-主上付きの女房たち。
     
藤三位をはじめにて、 藤三位の君を始めとして、 【藤三位】-主上付きの女房、藤原繁子。右大臣藤原師輔の娘。
侍従の命婦、 侍従の命婦の君、 【侍従の命婦】-主上付きの女房、出自未詳。
藤少将の命婦、 藤少将の命婦の君、 【藤少将の命婦】-主上付きの女房、源政職の妻藤原能子
馬の命婦、 馬の命婦の君、  
左近の命婦、 左近の命婦の君、  
筑前の命婦、 筑前の命婦の君、  
少輔の命婦、 少輔の命婦の君、  
近江の命婦 近江の命婦の君  
などぞ
聞きはべりし。
などであると
聞きました。
【馬の命婦、左近の命婦、筑前の命婦、少輔の命婦、近江の命婦】-主上付きの女房、いずれも出自不明。底本「少輔の命婦」ナシ。『絵詞』に「せうの命婦」とあるによって補う。
【聞きはべりし】-底本「きこえ侍し」。『絵詞』には「きゝ侍し」とある。『全注釈』『集成』『新大系』は「絵詞」に従って「聞きはべりし」と本文を改める。『新編全集』と『学術文庫』は底本のまま。
     
詳しく見知らぬ
人びとなれば、
詳しくは見知らない
人びとなので、
【詳しく見知らぬ】-『絵詞』は「みもしらぬ」とある。底本のままとする。
ひがごとも
はべらむかし。
間違いが
あるかも知れません。
 

5

 舟の人びとも
まどひ入りぬ。
 舟に乗っていた女房たちも
あわてて室内に入った。
4のようなボス達がきたので、楽しんでいる場合ではなくかしこまって歓待するために〉
     
殿
出でゐたまひて、
殿が
お出ましになって、
 
おぼすことなき
御気色に、
何のくったくもない
御機嫌で、
〈舟の若い女子達の惑いと対比し、帝の付人達を何とも思わない様子の描写。これは多分に女達だからというのもある〉

もてはやし
たはぶれたまふ。
主上付きの女房たちを
歓待し
冗談をおっしゃたりなさる。
 
     
贈物ども、
品々に
たまふ。
贈物など、
身分に応じて
お与えになる。