古事記 美夜受比売の歌:月経の歌~原文対訳

月日経る歌 古事記
中巻⑤
12代 景行天皇
倭建の歌物語
2 月経の歌
白猪と居寤清泉
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
自其國越
科野國
 その國より
科野しなのの國に越えまして、
 かくてその國から
信濃の國にお越えになつて、
乃言向
科野之坂神而。
科野の坂の神を言向けて、 そこで
信濃の坂の神を平らげ、
還來尾張國。 尾張の國に還り來まして、 尾張の國に還つておいでになつて、
入坐
先日所期
美夜受比賣之許。
先の日に期ちぎりおかしし
美夜受みやず比賣のもとに
入りましき。
先に約束しておかれた
ミヤズ姫のもとに
おはいりになりました。
     
於是獻
大御食之時。
ここに大御食おほみけ
獻る時に、
ここで御馳走を
獻る時に、
其美夜受比賣。 その美夜受みやず比賣、 ミヤズ姫が
捧大御酒盞以獻。 大御酒盞さかづきを捧げて獻りき。 お酒盃を捧げて獻りました。
爾美夜受比賣。 ここに美夜受みやず比賣、 しかるにミヤズ姫の
於意須比之襴
〈意須比三字以音〉
著月經。
その襲おすひの襴すそに
月經さはりのもの著きたり。
打掛うちかけの裾に
月の物がついておりました。
故見其月經
御歌曰。
かれその月經を見そなはして、
御歌よみしたまひしく、
それを御覽になつて
お詠み遊ばされた歌は、
     
比佐迦多能。 ひさかたの 仰あおぎ見る
阿米能迦具夜麻。 天あめの香山かぐやま 天あめの香具山かぐやま
斗迦麻邇。 利鎌とかまに  鋭するどい鎌のように
佐和多流久毘。 さ渡る鵠くび、 横ぎる白鳥はくちよう。
比波煩曾。 弱細ひはぼそ  そのようなたおやかな
多和夜賀比那袁。 手弱たわや腕かひなを 弱腕よわうでを
麻迦牟登波 阿禮波須禮杼 枕まかむとは 吾あれはすれど 抱だこうとは わたしはするが、
佐泥牟登波 阿禮波意母閇杼 さ寢ねむとは 吾あれは思おもへど 寢ねようとは わたしは思うが
那賀祁勢流。 汝なが著けせる あなたの著きている
意須比能須蘇爾。 襲おすひの襴すそに 打掛うちかけの裾に
都紀多知邇祁理。 月立ちにけり。 月つきが出ているよ。
     
爾美夜受比賣。  ここに美夜受みやず比賣、  そこでミヤズ姫が、
答御歌曰。 御歌に答へて
歌よみして曰ひしく、
お歌にお答えして
お歌いなさいました。
     
多迦比迦流。 高光る  照り輝く
比能美古。 日の御子 日のような御子みこ樣
夜須美斯志。 やすみしし 御威光すぐれた
和賀意富岐美。 吾わが大君、 わたしの大君樣。
阿良多麻能 登斯賀岐布禮婆 あら玉の 年が來經きふれば、 新しい年が來て過ぎて行けば、
阿良多麻能 都紀波岐閇由久 あら玉の 月は來經往きへゆく。 新しい月は來て過ぎて行きます。
宇倍那宇倍那。 うべなうべな ほんとうにまあ
岐美麻知賀多爾。 君待ちがたに、 あなた樣をお待ちいたしかねて
和賀祁勢流。 吾わが著けせる わたくしのきております
意須比能須蘇爾。 襲おすひの裾すそに 打掛の裾に
都紀多多那牟余。 月立たなむよ。 月も出るでございましようよ。
     
故爾御合而。  かれここに御合ひしたまひて、  そこで御結婚遊ばされて、
以其御刀之
草那藝劔置
其美夜受比賣之許而。
その御刀みはかしの
草薙の劒たちを、
その美夜受みやず比賣のもとに置きて、
その佩びておいでになつた
草薙の劒を
ミヤズ姫のもとに置いて、
取伊服岐能山之神
幸行。
伊服岐いぶきの山の神を
取りに幸でましき。
イブキの山の神を
撃ちにおいでになりました。
月日経る歌 古事記
中巻⑤
12代 景行天皇
倭建の歌物語
2 月経の歌
白猪と居寤清泉