枕草子78段 職の御曹司におはします頃、木立など

臨時の祭 枕草子
上巻中
78段
職の御曹司
あぢきなき

(旧)大系:78段
新大系:74段、新編全集:74段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:80段
 


 
 職の御曹司におはします頃、木立などのはるかにものふり、屋のさまも高う、けどほけれど、すずろにをかしうおぼゆ。母屋は鬼ありとて、南へ隔て出だして、南の廂に御帳立てて、また廂に女房は候ふ。
 

 近衛の御門より、左衛門の陣に参り給ふ上達部の前駆ども、殿上人のはみじかければ、大前駆、小前駆とつけて聞きさわぐ。あまたたびになれば、その声どももみな聞き知りて、「それぞ」「かれぞ」などいふに、また、「あらず」などいへば、人して見せなどするに、いひあてたるは、「さればこそ」などいふもをかし。
 

 有明のいみじう霧りわたりたる庭に、下りてありくを聞こしめして、御前にも起きさせ給へり。うへなる人々のかぎりは出でゐ、下りなどして遊ぶに、やうやう明けもてゆく。「左衛門の陣にまかり見む」とていけば、我も我もとおひつぎていくに、殿上人あまた声して、「なにがし一声の秋」と誦して参る音すれば、逃げ入り、物などいふ。「月を見給ひけり」など、めでて歌よむもあり。
 

 夜も昼も、殿上人の絶ゆる折なし。上達部まで参り給ふに、おぼろげに、いそぐことなきは、必ず参り給ふ。