枕草子237段 よろづのことよりも

ものへ行く 枕草子
下巻上
237段
よろづのことよりも
細殿に

(旧)大系:237段
新大系:220段、新編全集:221段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後は最も索引性に優れ三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:214段
 


 
 よろづのことよりも、わびしげなる車に装束わるくて物見る人、いともどかし。
 説経などはいとよし。罪うしなふことなれば。それだになほあながちなるさまにては見苦しきに、まして祭などは見でありぬべし。下簾なくて、白き単の袖などをうち垂れてあめりかし。ただその日の料と思ひて、車の簾もしたてて、いとくちをしうはあらじと出でたるに、まさる車などを見つけては、なにしにとおぼゆるものを、まいて、いかばかりなる心にて、さて見るらむ。
 

 よき所に立てむといそがせば、とく出でて待つほど、ゐ入り、立ち上がりなど、暑く苦しきに困ずるほどに、斎院の垣下に参りける殿上人、所の衆、弁、少納言など、七つ八つとひきつづけて、院の方より走らせてくるこそ、ことなりにけりとおどろかれてうれしけれ。
 

 物見の所の前に立てて見るも、いとをかし。殿上人ものいひにおこせなどし、所の御前どもに水飯食はすとて、階のもとに馬引き寄するに、おぼえある人の子どもなどは、雑色など下りて馬の口とりなどしてをかし。さらぬ者の見も入れられぬなどぞいとほしげなる。
 

 御輿のわたらせ給へば、轅どもあるかぎりうちおろして、過ぎさせ給ひぬれば、まどひあぐるもをかし。その前に立つる車はいみじう制するを、「などて立つまじき」とてしひて立つれば、いひわづらひて、消息などするこそをかしけれ。
 所もなく立ちかさなりたるに、よきところの御車、人だまひひきつづきておほく来るを、いづこだに立たむとすらむと見るほどに、御前どもただ下りに下りて、立てる車どもをただのけにのけさせて、人だまひまで立てつづけさせつるこそ、いとめでたけれ。
 追ひさけさせつる車どもの、牛かけて所あるかたにゆるがしゆくこそ、いとわびしげなれ。きらきらしくよきなどをば、いとさしもおしひしがず。
 

 いときよげなれど、またひなび、あやしき下衆など絶えず呼び寄せ、いだし据ゑなどしたるもあるぞかし。
 
 

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