古事記 天安河原~原文対訳

天の岩戸 古事記
上巻 第二部
天照の受難
天安河原
第二次神逐
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)
是以
八百萬神。
ここを以ちて
八百萬の神、
 こういう次第で
多くの神樣たちが
於天安之河原。 天の安の河原に 天の世界の
天あめのヤスの河の河原に
神集集而。
〈訓集云都度比〉
神集かむつどひ
集つどひて、
お集まりになつて
高御產巢日神之子
思金神。
高御産巣日たかみむすびの神の子
思金おもひがねの神に
タカミムスビの神の子の
オモヒガネの神という神に
令思〈訓金云加尼〉而。 思はしめて、 考えさせて
集常世
長鳴鳥。
常世とこよの
長鳴ながなき鳥を集つどへて
まず海外の國から渡つて來た
長鳴鳥ながなきどりを集めて
令鳴而。 鳴かしめて、 鳴かせました。
     

天安河之河上之
天堅石。
天の安の河の河上の
天の堅石かたしはを取り、
次に
天のヤスの河の河上にある
堅い巖いわおを取つて來、
取天金山之鐵而。 天の金山かなやまの
鐵まがねを取りて、
また天の金山かなやまの
鐵を取つて
求鍛人
天津麻羅而
〈麻羅二字以音〉
鍛人かぬち
天津麻羅あまつまらを求まぎて、
鍛冶屋かじやの
アマツマラという人を尋ね求め、
科伊斯許理度賣命。
〈自伊下六字以音〉
伊斯許理度賣
いしこりどめの命に科おほせて、
イシコリドメの命に命じて
令作鏡。 鏡を作らしめ、 鏡を作らしめ、
科玉祖命。 玉の祖おやの命に科せて タマノオヤの命に命じて
令作
八尺勾之
五百津之御須麻流之珠而。
八尺の勾まが璁の
五百津いほつの御統みすまるの
珠を作らしめて
大きな勾玉まがたまが
澤山ついている玉の緒の
珠を作らしめ、
召天兒屋命
布刀玉命
〈布刀二字以音下效此〉
而。
天の兒屋こやねの
命布刀玉ふとだまの命を
召よびて、
アメノコヤネの命と
フトダマの命とを
呼んで
内拔天香山之
眞男鹿之肩拔而。
天の香山かぐやまの
眞男鹿さをしかの肩を
内拔うつぬきに拔きて、
天のカグ山の
男鹿おじかの肩骨を
そつくり拔いて來て、
取天香山之
天之波波迦
〈此三字以音木名〉
而。
天の香山の
天の波波迦ははかを
取りて、
天のカグ山の
ハハカの木を
取つて
令占合麻迦那波而。
〈自麻下四字以音〉
占合うらへまかなはしめて、 その鹿しかの肩骨を燒やいて
占うらなわしめました。

天香山之
五百津眞賢木矣。
天の香山の
五百津の眞賢木まさかきを
次に天のカグ山の
茂しげつた賢木さかきを
根許士爾許士而。
〈自許下五字以音〉
根掘ねこじにこじて、 根掘ねこぎにこいで、
於上枝。 上枝ほつえに 上うえの枝に
取著八尺勾璁之
五百津之
御須麻流之玉。
八尺の勾璁の
五百津の
御統の玉を取り著つけ、
大きな勾玉まがたまの
澤山の
玉の緒を懸け、
於中枝
取繋八尺鏡。
〈訓八尺云八阿多〉
中つ枝に
八尺やたの鏡を取り繋かけ、
中の枝には
大きな鏡を懸け、
於下枝。 下枝しづえに 下の枝には
取垂白丹寸手
青丹寸手而。
〈訓垂云志殿〉
白和幣しろにぎて
青和幣あをにぎてを
取り垂しでて、
麻だの
楮こうぞの皮の晒さらしたの
などをさげて、
此種種物者。 この種種くさぐさの物は、  
布刀玉命。 布刀玉の命 フトダマの命が
布刀御幣登取持而。 太御幣ふとみてぐらと取り持ちて、 これをささげ持ち、
天兒屋命。 天の兒屋の命 アメノコヤネの命が
布刀詔戶
言祷白而。
太祝詞ふとのりと
言祷ことほぎ白して、
莊重そうちような
祝詞のりとを唱となえ、
天手力男神。 天の手力男たぢからをの神、 アメノタヂカラヲの神が
隱立戶掖而。 戸の掖わきに
隱り立ちて、
岩戸いわとの陰かげに
隱れて立つており、
天宇受賣命。 天の宇受賣うずめの命、 アメノウズメの命が
手次繋
天香山之
天之日影而。
天の香山の
天の日影ひかげを
手次たすきに繋かけて、
天のカグ山の
日影蔓ひかげかずらを
手襁たすきに懸かけ、
爲鬘
天之眞拆而。
天の眞拆まさきを
鬘かづらとして、
眞拆まさきの蔓かずらを
鬘かずらとして、
手草結
天香山之
小竹葉而。
〈訓小竹云佐佐〉
天の香山の
小竹葉ささばを
手草たぐさに結ひて、
天のカグ山の
小竹ささの葉を
束たばねて
手に持ち、
於天之石屋戶
伏汙氣〈此二字以音〉而。
天の石屋戸いはやどに
覆槽うけ伏せて
天照らす大神のお隱れになつた
岩戸の前に
桶おけを覆ふせて
蹈登杼呂許志。
〈此五字以音〉
蹈みとどろこし、 踏み鳴らし
爲神懸而。 神懸かむがかりして、 神懸かみがかりして
掛出胸乳。 胸乳むなちを掛き出で、  
裳緒忍
垂於番登也。
裳もの緒ひもを
陰ほとに押し垂りき。
裳の紐を
陰ほとに垂らしましたので、
爾高天原動而。 ここに高天の原動とよみて 天の世界が鳴りひびいて、
八百萬神
共咲。
八百萬の神
共に咲わらひき。
たくさんの神が、
いつしよに笑いました。
     
於是
天照大御神
以爲怪。
 ここに
天照らす大御神
怪あやしとおもほして、
そこで
天照らす大神は
怪しいとお思いになつて、
細開天石屋戶而。 天の石屋戸を細ほそめに開きて 天の岩戸を細目にあけて
内告者。 内より告のりたまはく、 内から仰せになるには、
因吾隱坐而。 「吾あが隱こもりますに因りて、 「わたしが隱れているので
以爲天原自闇。 天の原おのづから闇くらく、 天の世界は自然に闇く、
亦葦原中國
皆闇矣。
葦原の中つ國も皆闇けむと思ふを、 下の世界も
皆みな闇くらいでしようと思うのに、
何由以
天宇受賣者。
爲樂。
何なにとかも
天の宇受賣うずめは
樂あそびし、
どうして
アメノウズメは
舞い遊び、
亦八百萬神諸咲。 また八百萬の神諸もろもろ咲わらふ」
とのりたまひき。
また多くの神は笑つているのですか」
と仰せられました。
爾天宇受賣。 ここに天の宇受賣白さく、 そこでアメノウズメの命が、
白言
益汝命而
貴神坐故
歡喜咲樂。
「汝命いましみことに勝まさりて
貴たふとき神いますが故に、
歡喜よろこび咲わらひ樂あそぶ」
と白しき。
「あなた樣に勝まさつて
尊い神樣がおいでになりますので
樂しく遊んでおります」
と申しました。
     
如此言之間。 かく言ふ間に、 かように申す間に
天兒屋命
布刀玉命。
天の兒屋の命、
布刀玉の命、
アメノコヤネの命と
フトダマの命とが、
指出其鏡。 その鏡をさし出でて、 かの鏡をさし出して
示奉天照大御神之時。 天照らす大御神に見せまつる時に、 天照らす大神にお見せ申し上げる時に
天照大御神
逾思奇而。
天照らす大御神
いよよ奇あやしと思ほして、
天照らす大神は
いよいよ不思議にお思いになつて、
稍自戶出而。臨坐之時。 やや戸より出でて臨みます時に、 少し戸からお出かけになる所を、
其所隱立之
天手力男神。
その隱かくり立てる
手力男の神、
隱れて立つておられた
タヂカラヲの神が
取其御手
引出。
その御手を取りて
引き出だしまつりき。
その御手を取つて
引き出し申し上げました。
     
即布刀玉命。 すなはち布刀玉の命、 そこでフトダマの命が
以尻久米
〈此二字以音〉繩。
尻久米しりくめ
繩を
そのうしろに
標繩しめなわを
控度其御後方。 その御後方みしりへに控ひき度して 引き渡して、
白言。 白さく、  
從此以内
不得還入。
「ここより内にな
還り入りたまひそ」
とまをしき。
「これから内には
お還り入り遊ばしますな」
と申しました。
故天照大御神
出坐之時。
かれ天照らす大御神の
出でます時に、
かくて天照らす大神が
お出ましになつた時に、
高天原及葦原中國。 高天の原と葦原の中つ國と 天も下の世界も
自得照明。 おのづから照り明りき。 自然と照り明るくなりました。
天の岩戸 古事記
上巻 第二部
天照の受難
天安河原
第二次神逐