古事記~黄泉②逃亡 原文対訳

黄泉① 古事記
上巻 第一部
イザナギとイザナミ
黄泉②逃亡
黄泉③
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

刺左之
御美豆良
〈三字以音
下效此〉
かれ
左の御髻
みみづらに
刺させる
あまり
待ち遠だつたので
左の耳のあたりに
つかねた髮に
插さしていた
湯津津間櫛之
男柱
一箇
取闕而。
湯津爪櫛
ゆつつまぐしの男柱
一箇ひとつ
取り闕かきて、
清らかな櫛の
太い齒を
一本
闕かいて

一火。
一ひとつ火び
燭ともして
一本ぽん火びを
燭とぼして
入見之時。 入り見たまふ時に、 入つて御覽になると
宇士
多加禮
斗呂呂岐弖。
〈此十字以音〉
蛆うじ
たかれ
ころろぎて、
蛆うじが
湧わいて
ごろごろと
鳴つており、
於頭者
大雷居。
頭には
大雷おほいかづち居り、
頭には
大きな雷が居、
於胸者
火雷居。
胸には
火ほの雷居り、
胸には
火の雷が居、
於腹者
黑雷居
腹には
黒雷居り、
腹には
黒い雷が居、
於陰者
拆雷居。
陰ほとには
拆さく雷居り、
陰には
さかんな雷が居、
於左手者
若雷居。
左の手には
若わき雷居り、
左の手には
若い雷が居、
於右手者
土雷居。
右の手には
土つち雷居り、
右の手には
土の雷が居、
於左足者
鳴雷居。
左の足には
鳴なる雷居り、
左の足には
鳴る雷が居、
於右足者
伏雷居。
右の足には
伏ふし雷居り、
右の足には
ねている雷が居て、

八雷神
成居。
并はせて
八くさの雷神
成り居りき。
合わせて
十種(訳文ママ)の雷
出現していました。
     
於是
伊邪那岐命
見畏而。
 ここに
伊耶那岐の命、
見み畏かしこみて
そこで
イザナギの命が
驚いて
逃還之時。 逃げ還りたまふ時に、 逃げてお還りになる時に
其妹
伊邪那美命。
その妹
伊耶那美の命、
イザナミの命は

令見
辱吾。
「吾に
辱はぢ見せつ」
と言ひて、
「わたしに
辱はじをお見せになつた」
と言つて
即遣
豫母都
志許賣。
〈此六字以音〉
すなはち
黄泉醜女
よもつしこめを
遣して
黄泉よみの國の
魔女を
遣やつて
令追。 追はしめき。 追おわせました。
     

伊邪那岐命。
ここに
伊耶那岐の命、
よつて
イザナギの命が

黑御鬘
投棄。
黒御鬘
くろみかづらを
投げ棄うてたまひしかば、
御髮につけていた
黒い木の蔓つるの輪を
取つてお投げになつたので

生蒲子。
すなはち
蒲子えびかづら生なりき。
野葡萄のぶどうが
生はえてなりました。
是摭
食之間。
こを摭ひりひ
食はむ間に
それを取つて
たべている間に
逃行。 逃げ行いでますを、 逃げておいでになるのを
猶追。 なほ追ひしかば、 また追いかけましたから、
亦刺
其右御美豆良之
湯津津間櫛
引闕而。
また
その右の御髻に刺させる
湯津爪櫛を
引き闕きて
今度は
右の耳の邊につかねた髮に
插しておいでになつた
清らかな櫛の齒はを闕かいて
投棄。 投げ棄うてたまへば、 お投げになると

生笋。
すなはち
笋たかむな生なりき。
筍たけのこが生はえました。
是拔食之間。 こを拔き食はむ間に、 それを拔いてたべている間に
逃行。 逃げ行でましき。 お逃げになりました。
     
且後者。 また後には 後のちには
於其
八雷神。
かの
八くさの雷神に、
あの女神の
身體中からだじゆうに生じた
雷の神たちに

千五百之
黃泉軍。
千五百ちいほの
黄泉軍よもついくさを
副たぐへて
澤山の
黄泉よみの國の魔軍を
副えて
令追。 追はしめき。 追おわしめました。

拔所御佩之
十拳劔而於
後手
布伎都都。
〈此四字以音〉
ここに
御佩みはかしの
十拳とつかの劒を拔きて、
後手しりへでに
振ふきつつ
そこで
さげておいでになる
長い劒を拔いて
後の方に
振りながら
逃來。 逃げ來ませるを、 逃げておいでになるのを、
猶追
到黃泉比良
〈此二字以音〉
坂之坂本時。
なほ追ひて
黄泉比良坂
よもつひらさかの
坂本に到る時に、
なお追つて、
黄泉比良坂
よもつひらさかの
坂本さかもとまで來た時に、
取在
其坂本
桃子三箇。
その坂本なる
桃ももの子み
三つをとりて
その坂本にあつた
桃の實みを
三つとつて
待撃者。 持ち撃ちたまひしかば、 お撃ちになつたから
悉逃返也。 悉に逃げ返りき。 皆逃げて行きました。
     

伊邪那岐命
告其
桃子。
ここに
伊耶那岐の命、
桃ももの子みに
告のりたまはく、
そこで
イザナギの命は
その桃の實に、
汝如
助吾。
「汝いまし、
吾を助けしがごと、
「お前が
わたしを助けたように、

葦原中國
所有
宇都志伎
〈此四字以音〉
青人草之。
葦原の中つ國に
あらゆる
現うつしき
青人草の、
この
葦原あしはらの中の國に
生活している
多くの人間たちが
落苦瀨而。 苦うき瀬に落ちて、 苦しい目にあつて
患惚時。 患惚たしなまむ時に 苦しむ時に
可助告。 助けてよ」とのりたまひて、 助けてくれ」と仰せになつて
賜名號
意富加牟豆美命。
〈自意至美以音〉
意富加牟豆美
おほかむづみの命
といふ名を賜ひき。
オホ
カムヅミの命
という名を下さいました。
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