宇治拾遺物語:慈恵僧正、受戒の日延引の事

提婆菩薩 宇治拾遺物語
巻第十二
12-3 (139)
慈恵僧正
内記上人

 
 慈恵僧正良源、座主の時、受戒行ふべき定日、例のごとく催設けて、座主の出仕を相待つの所に、途中よりにはかに帰り給へば、供の者ども、こはいかにと、心得難く思ひけり。
 衆徒、諸職人も、「これ程の大事、日の定まりたる事を、今となりて、さしたる障りもなきに、延引せしめ給ふ事、然るべからず」と謗ずる事限りなし。
 諸国の沙弥らまでことごとく参り集まりて、受戒すべき由思ひ居たる所に、横川の小綱を使にて、「今日の受戒は延引なり。重ねたる催に随ひて行はるべきなり」と仰せ下しければ、「何事によりてとどめ給ふぞ」と問ふ。
 使、「全くその故を知らず。ただ早く走り向かひて、この由を申せとばかり宣ひつるぞ」と言ふ。集れる人々、おのおの心得ず思ひて、みな退散しぬ。
 

 かかるほどに、未の時ばかりに、大風吹きて、南門にはかに倒れぬ。その時人々この事あるべしとかねて悟りて、延引せされけると思ひ合せけり。受戒行はれましかば、そこばくの人々みな打ち殺されなましと、感じののしりけり。