徒然草170段 さしたることなくて:原文

何事の式 徒然草
第五部
170段
さしたること
貝を覆ふ人

 
 さしたることなくて人のがり行くは、よからぬことなり。
用ありて行きたりとも、そのこと果てなば、とく帰るべし。
久しくゐたる、いとむつかし。
 

 人と向ひたれば、ことば多く、身もくたびれ、心も静かならず、よろづのこと障りて時を移す、互ひのため益なし。
いとはしげに言はむもわろし。
心づきなきことあらむをりは、なかなかそのよしをも言ひてむ。
同じ心に向かはまほしく思はむ人の、つれづれにて、「いましばし、今日は心静かに」など言はむは、この限りにはあらざるべし。
阮籍が青き眼、たれもあるべきことなり。
 

 そのこととなき人の来りて、のどかに物語して帰りぬる、いとよし。
また、文も、「久しく聞こえさせねば」などばかり言ひおこせたる、いとうれし。