枕草子88段 めでたきもの

職の御曹司 枕草子
上巻下
88段
めでたき
なまめかしき

(旧)大系:88段
新大系:84段、新編全集:84段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:92段
 


 
 めでたきもの 唐錦。飾り太刀。つくり仏のもくゑ。
 

 色あひ深く、花房長く咲きたる藤の花の、松にかかりたる。
 

 六位の蔵人。いみじき君達なれど、えしも着給はぬ綾織物を、心にまかせて着たる、青色姿などのめでたきなり。所の雑色、ただの人の子供などにて、殿ばらの侍に、四位五位の司あるが下にうちゐて、なにとも見えぬに、蔵人になりぬれば、えもいはずぞあさましきや。宣旨など持て参り、大饗の折の甘栗の使などに参りたる、もてなし、やむごとながり給へるさまは、いづこなりし天降り人ならむとこそ見ゆれ。
 

 御むすめ后にておはします、また、まだしくて姫君などきこゆるに、御文の使とて参りたれば、御文とり入るるよりはじめ、褥さし出づる袖口など、あけくれ見しものともおぼえず。
 下襲の裾ひきちらして、衛府なるはいますこしをかしく見ゆ。
 御手づからさかづきなどさし給へば、わが心持ちにもいかにおぼえむ。
 いみじうかしこまり、つちにゐし家の子、君たちをも、心ばかりこそ用意し、かしこまりたれ、おなじやうにつれだちてありくよ。上の近う使はせ給ふを見るには、ねたくさへこそおぼゆれ。御文書かせ給へば御硯の墨すり、御うちはなど参り、馴れ仕うまつる三年四年ばかりを、なりあしく、物の色よろしくてまじらはむは、いふかひなきことなり。
 かうぶりの期になりて、下るべきほどの近うならむだに、命よりも惜しかるべきことを、臨時の、所々の御給はり申しておるるこそ、いふかひなくおぼゆれ。
 むかしの蔵人は、今年の春夏よりこそ泣きたちけれ、いまの世には、走りくらべをなむする。
 

 博士の才あるは、いとめでたしといふもおろかなり。顔にくげに、いと下﨟なれど、やむごとなき御前に近づき参り、さべきことなど問はせ給ひて、御書の師にて候ふは、うらやましくめでたくこそおぼゆれ。願文、表、ものの序など作りいだしてほめらるるも、いとめでたし。
 

 法師の才ある、すべていふべくもあらず。
 

 后の昼の行啓。一の人の御ありき。春日詣で。葡萄染の織物。ひろき庭に雪のあつく降り敷きたる。花も糸も紙もすべて、なにもなにも、むらさきなるものはめでたくこそあれ。むらさきの花の中には、かきつばたぞすこしにくき。六位の宿直姿のをかしきも、むらさきのゆゑなり。