伊勢物語 58段:荒れたる宿 あらすじ・原文・現代語訳

第57段
恋ひわびぬ
伊勢物語
第二部
第58段
荒れたる宿
第59段
東山

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文対照
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  心つきて色好み 
 
  いみじのすき者のしわざ 
 
  この宮に集り来ゐて 鬼の集くなり
 
  ゆかましもの
 
 

あらすじ

 
 
 昔、とある好き者が長岡に家を造っていた。
 その家の隣はとある宮家の領地(宮はら)であり、そこに「なんということもない(こともなき)女達(?)」がワラワラ侍っていた。
 

 さて、田舎なので田を刈ろうとする(?)この家の男がいるのを見て、なんやなんや! 何て好きモンの仕業や! とワラワラ集まって来たらば、
 この男は逃げて奥に隠れてしまった(?)
 

 そこで女、
 「この家はとうに荒れ果て、住む人も訪れないというが?w」といい、女達がアマぞねすよろしく、集結しはじめた(騒ぎが一層大きくなった)。
 

 したらば、男は
 「こーいう荒れた宿の嫌な所は、こんなすぐこういう鬼どもが集まってくることだ」という恨み節を、かろうじて出すのみであった。
 
 したらば、女達、
 「おい、落穂拾い位なら手伝ってやるから(われ出てこい!)」といえば、(※落穂拾い=収穫後の落ちこぼれを集めて回る、貧の所業)
 

 「しーましぇーん、落穂拾う位なら、田んぼにいきましぇーん(ぼくはしにたくありましぇーん)」
 
 終了~。
 つまり素朴にみれば、そこら一帯はその家の領地(宮原)で、この男はそこなる空家に入り込んだ、こそ泥であった。
 つまり家を建てた男と、田を刈ろうとした男が別。だから、そこに侍っている(仕え+うろつく)女達が騒いだ。
 家にいる→家主のような、安直な発想の裏をかくのは、この物語の基本。ここでは所有と占有を区別している。
 
 「田舎」「いみじの好き者」「こともなき女」とは、京風の皮肉・ギャグでしかない(マジの京女でないから大丈夫、大人しいって。え、マジ?)
 それを繰り返し親切に表明している表現。文脈みて調整しないと。なんで常に定型的な解釈なのか。色好みなら、なんでもかんでも女好き。好きねえ。
 

 田んぼに田刈りに来た心底女好きの男が、女達に恥らい家に駆け込み突如鬼に怯え、それに同情し、落穂拾いを手伝いましょう→ハッピーエンド♪
 という趣旨の解釈は、もう色々おかしくなりそうなので、間違い。
 
 ~
 

 なお、主人公(むかし男=話者)の母は藤原で、かつて宮(つまり後家)で、さらに、長岡に住んでいたという(10段84段)。
 したがってこの話は、著者の母の実家近辺での話。素直に見ればそうなる。
 

 加えて、上記の段にでてくる母子を、古今900は業平親子と認定するが誤り。
 なぜなら、母とセットで父はただの人(10段)、それで賤しいが母は宮とあるから(84段)。こういう細部の連関を、業平説は全く都合よく無視する。
 (藤原本流の娘でも賤しい相手に嫁ぎうることが41段で示され、その姉妹が16段で尼になる話で後家を暗示する。さらにもう一人の姉妹は天皇夫人)
 

 なにより、物語の解釈がお話にもならない、その状態で、主人公も何もあったものじゃない。
 


 
 

原文対照

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第58段 荒れたる宿
   
   むかし、  むかし、  昔。
心つきて色好みなる男、 心つきていろごのみなるをとこ、 心つきなま[きイ]色ごのみなる男。
  長岡といふ所に ながをかといふ所に、 なが岡といふ所に
  家造りてをりけり。 いゑつくりてをりけり。 家つくりてをりけり。
       
  そこの隣なりける、宮ばらに、 そこのとなりとなりける宮はらに、 そこのとなりなりける宮ばらに。
  こともなき女どもの、 こともなき女どもの、 こともなき女どもありけり。
  田舎なれければ、 ゐなかなりければ、 ゐなかなりければ。
  田刈らむとてこの男のあるを見て、 田からむとて、このをとこのあるを見て、 田からす[む]とて此男見をりけるに。
  いみじのすき者のしわざやとて いみじのすきものゝしわざやとて、 いみじのすきものの。しわざやとて
  集りていり来れば、 あつまりていりきければ、 あつまりいりきけれは(いりければ一本)。
  この男、逃げて奥にかくれにければ、 このおとこ、にげておくにかくれにければ、 此男おくににげいりにけき。
  女、 女、 女かく。
       

104
 荒れにけり
 あはれいく世の宿なれや
 あれにけり
 あはれいく世のやどなれや
 あれにけり
 あはれ幾よの宿なれや
  住みけむ人の
  おとづれもせぬ
  すみけむ人の
  をとづれもせぬ
  住けん人の
  をとつれもせす
       
  といひて、 といひて、 といひて。
  この宮に集り来ゐてありければ、 この宮にあつまりきゐてありければ、 あつまりきければ。
  この男、 おとこ、 おとこ。
       

105
 葎おひて
 荒れたる宿のうれたきは
 むぐらおひて
 あれたるやどのうれたきは
 葎生て
 荒たる宿のうれたきは
  かりにも
  鬼の集くなり
  かりにも
  おにのすだくなりけり
  かりにもおき[鬼イ]の
  すたく也けり
       
  とてなむいだしたりける。 とてなむいだしたりける。 といひてなむ出したりける。
  この女ども、穂ひろはむといひければ、 この女ども、ほひろはむといひければ、 此女どもほひろはんといひければ。
       

106
 うちわびて
 落穂ひろふときかませば
 うちわびて
 おちぼひろふときかませば
 打わひて
 落穗拾ふときかませは
  我も田面に
  ゆかましものを
  われもたづらに
  ゆかましものを
  我も田つらに
  ゆかまし物を
   

現代語訳

 
 

心つきて色好み

 

むかし、心つきて色好みなる男、長岡といふ所に家造りてをりけり。

 
 
むかし、心つきて色好みなる男
 むかし、実に物好きな男が、
 
 心つきて色好み
 :後述の「いみじのすき者」とかけている。
 後述の「いみじ」は良い意味ではないことと対比させ、ここでは単に田舎の物好き。
 ここでは、とっかかりで思わせぶりをして物語の導入を演出することに主眼がある。
 

 心つき
 :関心をもつ
 →愛情× ここではそこまでの意味がない。
 

 色好み
 :物好きな。
 →風流× 田舎の話。
 →女好き× 意味が全く通らない。
 
 (なお、このような限定は、著者(むかし、男)ではないことを表わす)
 

長岡といふ所に家造りてをりけり
 長岡という所に家を造っていた。
 
 ここで素直に「住んでいた(住みけり)」としていないことは注意。
 この物語は、こういう一字一句に意味がある。
 
 つまり、所有と占有の区別。
 これは、51段(前菜の菊:他人の庭に植えた菊)、40段(すける思ひ:女中を売り払う)でも扱われる高度な概念。
 著者の仕事の理解にかかわる内容(判事。六歌仙)。普通の人にはこの区別の意識はまずない。ましてこの時代。
 
 

いみじのすき者のしわざ

 

そこの隣なりける、宮ばらに、
こともなき女どもの、田舎なれければ、田刈らむとてこの男のあるを見て、
いみじのすき者のしわざやとて集りていり来れば、 この男、逃げて奥にかくれにければ、

 
 
そこの隣なりける宮ばらに
 そこの隣にあった宮様の家に
 
 (84段で、著者の母が(かつて)宮で長岡に住んでいたとある。つまり本段は、母の実家と空家の隣家の話)
 
 宮ばら
 :宮様方。
 と一般にされるが、これは「宮原」として、そこら一体を領地にしているという意味を主にしていると思う。
 

こともなき女どもの
 何ということもない女達が
 

 こともなし 【事も無し】
 :何事もない。難点がない。
 
 一般の辞書ではこのように「難点がない女達」という言葉を、この部分に当てるが違う(同様に良い意味を当てるのも誤り)。
 なぜなら、難癖つけまくる女達の話だからである。難がないわけない。
 
 ナンということもないとは、京風の皮肉。
 額面通り受け取ってはいけない。前後をみないと。長岡とか田舎としているのはそういう意味。
 
 

田舎なれければ田刈らむとて
 田舎なので田んぼで刈りでもしてみよ~(?)と
 
 (ありえないのでつまり笑い話)
 

この男のあるを見て
 この家の男がしているのを見て、
 

いみじのすき者のしわざやとて
 なんつーヤベー好き者の仕業や!(皮肉)といって
 
 田んぼで色好みであらステキ、なわけない。どこのイク三だよ。
 
 いみじとは、基本良い意味ではない。甚だしくクレイジー(スゲー・つまりスゲーバカ)という意味。
 

集りていり来れば
 ワイワイ集まってきたので、
 

この男逃げて奥にかくれにければ
 この男逃げて(?)どこかの奥に隠れたらば
 
 

この宮に集り来ゐて

 

女、
 
荒れにけり あはれいく世の 宿なれや
 住みけむ人の おとづれもせぬ
 
といひて、この宮に集り来ゐてありければ、

 
 

 
 

荒れにけり
 荒れ果てて
 

あはれいく世の 宿なれや
 哀れな世の 宿やから
 

住みけむ人の おとづれもせぬ
 住んでる主人も 訪れない(はずなんだけど?w)
 

といひて
 といって、
 

この宮に集り来ゐてありければ
 さらにこの宮に集結しはじめたので、
 
 

鬼の集くなり

 

この男、
 
葎おひて 荒れたる宿の うれたきは
 かりにも 鬼の集くなり
 
とてなむいだしたりける。

 
 
この男
 
 

葎おひて 荒れたる宿の
 草で覆われ 荒れた宿の
 

 むぐら 【葎】
 :茂るつる草。
 

うれたきは
 辛く忌々しい所は
 

 憂い+痛し
 

 うれたし
 ①いまいましい。しゃくにさわる。
 ②つらい。
 

かりにも 鬼の集くなり
 このように、鬼(ども)が集まってくることだ
 

とてなむいだしたりける
 という恨み言を言って、出してやった。
 (自分は出ないで=ほっとけ!)
 
 

ゆかましもの

 

この女ども、穂ひろはむといひければ、
 
うちわびて 落穂ひろふと きかませば
 我も田面に ゆかましものを

 
 
この女ども穂ひろはむといひければ
 この女どもが、一緒に落穂拾ってやるわい!と言ったらば
 

 落穂拾い
 :貧しい者の所業。収穫後のおこぼれ(カス)を拾う。
 

うちわびて
 もうカンベンして!
 

落穂ひろふと きかませば
 落穂拾いなんて ショボいこと言う位なら
 

我も田面(たづら)に ゆかましものを
 俺も田んぼに いたづらしにいきやせんわ。バカタレ。(つまりものっそ刈り盗るつもりだった)

 たづら 【田面】
 :田の表面。田の辺り。
 
 つまりこの家を造った人と、この時この家にいた人は別人であった。おわり。