万葉集 第十六巻:一覧と配置

第十五巻 万葉集
第十六巻
有由縁并雜歌
第十七巻

 
 万葉集第十六巻、その一覧と配置(歌の内容はリンク先を参照)。
 ここでは個別の歌の検討というより、全体の配置に示される万葉の構造を見る。
 

 16巻は有由縁并雜歌と題され、ここで赤人編纂の巻が終わる(人麻呂編纂の4巻までの4区分に、四季等の独自の要素を付け加えるのが赤人のスタイル)。
 

 万葉唯一の題(有由縁并雜歌)を初めとして顕著な特徴がいくつもあるが、それらはいずれも世俗的なのものではない。

 冒頭は娘子・さくらこの歌物語から始まり、続いて有名な竹取翁の物語。竹取物語がこれを念頭に置いていることは当然。
 中核に長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)という謎の名前があるが、これも長生き生き麻呂に掛けた人麻呂の自称の可能性が高い。もともと怪しい配置はあった。

 長忌寸最後の名忘失也(名は忘れた)とは、言うのが憚られる意味の言葉(対照的に伊勢82段・渚の院「その人の名忘れにけり」は他人に用いた悪い意味。現代でも業平を思慕する者は、全力でその名をアピールする)。こういう言葉を特に意味はないというのは、あまりに古典を軽んじているので認識を改めてほしい。古典なら絶対視しろというのではなく、万葉も伊勢もそこらの古文ではないのである。何事も相応に考えなければならない。だから家持編纂でも業平の歌でもありえない。両者は共通して権力をかさにきた軍人貴族。そのような属性が和歌と相容れると思えるおかしさ。家持は山柿の門を辿らずとし、人麻呂は一度も引用していない。自分は何度も冒頭に入り込むのにである。これを編纂というのは人としてありえない。

 

 終盤に憶良が10首連続、これは先輩を一応立てた(立てているが下の配置。それより前に家持が2首だけ入り込むが、ここは17巻以降を付け足すにふまえ、特に家持が意図した付加と思われる)。
 末尾の乞食者2首は古事記にかけた人麻呂=安万侶の歌である(13巻参照)。万侶集で万葉集。

 最後に敬具(怕物歌三首)。「怕」はおそれ(多い)の意味の字。「天にあるや」「沖つ国(=彼岸)」「人魂の」の三首。つまり人麻呂の追悼と鎮魂の歌。
 
 

第十六巻 目次と配置(3786~3889:104首)
有由縁并雜歌
          3786
歌物語
3787
歌物語
3788
歌物語
3789
歌物語
3790
歌物語
3791
竹取翁 
3792
竹取翁 
3793
竹取翁 
3794
竹取翁;娘子
3795
竹取翁;娘子
3796
竹取翁;娘子
3797
竹取翁;娘子
3798
竹取翁;娘子
3799
竹取翁;娘子
3800
竹取翁;娘子
 
 
3801
竹取翁;娘子
3802
竹取翁;娘子
3803
歌物語;娘子
3804
歌物語 
3805
歌物語;娘子
3806
歌物語;娘子
3807
歌物語;采女
3808
歌物語 
3809
歌物語 
3810
歌物語 
3811
車持娘子
3812
車持娘子
3813
車持娘子
3814
歌物語:求婚
3815
歌物語:求婚
3816
穂積親王
3817
河村王 
3818
河村王 
3819
小鯛王 
3820
小鯛王 
3821
兒部女王
3822
古歌
3823
転用
3824
長忌寸意吉麻呂
3825
長忌寸意吉麻呂
3826
長忌寸意吉麻呂
3827
長忌寸意吉麻呂
3828
長忌寸意吉麻呂
3829
長忌寸意吉麻呂
3830
長忌寸意吉麻呂
3831
長忌寸意吉麻呂
3832
忌部首名忘失也
3833
未詳
3834
未詳
3835
婦人
3836
消奈行文
3837
右兵衛:未詳
3838
安倍子祖父
3839
安倍子祖父
3840
池田朝臣名忘失
3841
大神朝臣奥守
3842
平群朝臣
3843
穂積朝臣
3844
志婢麻呂
3845
巨勢斐太名字忘
3846
3847
法師
3848
忌部黒麻呂
3849
3850
3851
3852
3853
3854
3855
高宮王
3856
高宮王
3857
3858
3859
3860
憶良
3861
憶良
3862
憶良
3863
憶良
3864
憶良
3865
憶良
3866
憶良
3867
憶良
3868
憶良
3869
憶良
3870
3871
3872
3873
3874
3875
3876
豊前國白水郎
3877
豊前國白水郎
3878
能登國歌
3879
能登國歌
3880
能登國歌
3881
越中國歌
3882
越中國歌
3883
越中國歌
3884
越中國歌
3885
乞食者
3886
乞食者
3887
怕物歌
3888
怕物歌
3889
怕物歌
 
 

第十六巻

   
 

有由縁并雜歌

   
   16/3786
題詞 有由縁并雜歌 / 昔者有娘子 字曰櫻兒也 于時有二壮子 共誂此娘而捐生挌<競>貪死相敵 於是娘子戯欷曰 従古<来>今未聞未見一女之身徃適二門矣 方今壮子之意有難和平 不如妾死相害永息 尓乃尋入林中懸樹經死 其兩壮子不敢哀慟血泣漣襟 各陳心緒作歌二首
題訓 有由縁よしあるうた、また雑歌くさぐさのうた
 昔娘子をとめ有りけり。字なをば櫻兒さくらのこと曰ふ。時に二ふたりの壮子をとこ有りて、共に此の娘をとめを誂とふ。生いのちを捐すてて格競あらそひ、死を貪りて相敵いどみたりき。ここに娘子、なげきけらく、「古いにしへよりこの方、一ひとりの女をみなの身、二ふたりの門をとこのいへに往適ゆくといふことを聞かず。方今いま、壮子の意こころ、和平にきび難し。妾あれ死みまかりて相害あらそふこと永ひたぶるに息やめなむには如かじ」といひて、すなはち林に尋入いりて、樹に懸さがり経わたき死にき。両ふたりの壮子、哀慟血泣かなしみに敢たへず、各おのもおのも心緒おもひを陳べてよめる歌二首ふたつ
原文 春去者 挿頭尓将為跡 我念之 櫻花者 散去流香聞 [其一]
訓読 春さらばかざしにせむと我が思ひし桜の花は散りにけるかも [其一]
仮名 はるさらば かざしにせむと わがもひし さくらのはなは ちりにけるかも
左注 なし
校異 并 [西(削除)] / 竟→競 [尼][類][古] / 来于→来 [尼][類][古] / 散去 [尼][類](塙) 去
事項 雑歌 歌語り 櫻児 恋愛 二男一女 物語 悲嘆 譬喩
訓異 はるさらば;はるさらは, かざしにせむと;かさしにせむと, わがもひし;わかおもひし,
   
  16/3787
題詞 3786二首)
原文 妹之名尓 繋有櫻 花開者 常哉将戀 弥年之羽尓 [其二]
訓読 妹が名に懸けたる桜花咲かば常にや恋ひむいや年のはに [其二]
仮名 いもがなに かけたるさくら はなさかば つねにやこひむ いやとしのはに
左注 なし
校異 開 [尼] 散
事項 雑歌 歌語り 物語 恋愛 櫻児 二男一女 悲嘆 譬喩
訓異 いもがなに;いもかなに, はなさかば;はなちらは,
   
  16/3788
題詞 或曰 <昔>有三男同娉一女也 娘子嘆息曰 一女之身易滅如露 三雄之志難平如石 遂乃彷徨池上沈没水底 於時其壮士等不勝哀頽之至 各陳所心作歌三首 [娘子字曰<イ>兒也]
題訓 或ひとの曰く、昔三みたりの男をとこ有りて、同ともに一ひとりの女をみなを娉つまどひき。娘子をとめ字なをば縵兒かづらのこと曰ふ嘆息なげきけらく、「一ひとりの女の身、滅け易きこと露の如し。三みたりの雄をとこの志こころ、平にきび難きこと石いはの如し」。すなはち池の上ほとりに彷徨たちもとほり、水底に沈没しづみき。時に壮士をとこ等、哀頽之至かなしみに勝たへず、各おのもおのも所心おもひを陳べてよめる歌三首みつ
原文 無耳之 池羊蹄恨之 吾妹兒之 来乍潜者 水波将涸 [一]
訓読 耳成の池し恨めし我妹子が来つつ潜かば水は涸れなむ [一]
仮名 みみなしの いけしうらめし わぎもこが きつつかづかば みづはかれなむ
左注 なし
校異 <>→昔 [尼][類][紀] / イ [西(上書訂正)][尼][類][古]
事項 雑歌 歌語り 物語 恋愛 三男一女 悲嘆 地名 奈良 橿原
訓異 わぎもこが;わきもこか, きつつかづかば;きつつかくれは, みづはかれなむ;みつはかれなむ,
   
  16/3789
題詞 3788三首)
原文 足曳之 山イ之兒 今日徃跡 吾尓告世婆 還来麻之乎 [二]
訓読 あしひきの山縵の子今日行くと我れに告げせば帰り来ましを [二]
仮名 あしひきの やまかづらのこ けふゆくと われにつげせば かへりきましを
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 枕詞 植物 歌物語 物語 三男一女 悲嘆 恋愛
訓異 やまかづらのこ;やまかつらのこ, われにつげせば;われにつけせは, かへりきましを;かへりこましを,
   
  16/3790
題詞 3788三首)
原文 足曳之 玉イ之兒 如今日 何隈乎 見管来尓監 [三]
訓読 あしひきの玉縵の子今日のごといづれの隈を見つつ来にけむ [三]
仮名 あしひきの たまかづらのこ けふのごと いづれのくまを みつつきにけむ
左注 なし
校異 玉 [万葉集童蒙抄](塙)(楓) 山
事項 雑歌 枕詞 植物 歌物語 物語 三男一女 悲嘆 恋愛
訓異 たまかづらのこ;たまかつらのこ, けふのごと;けふのこと, いづれのくまを;いつれのくまを,
   
  16/3791
題詞 昔有老翁 号曰竹取翁也 此翁季春之月登丘遠望 忽値煮羮之九箇女子也 百嬌無儔花容無止 于時娘子等呼老翁嗤曰 叔父来乎 吹此燭火也 於是翁曰唯<々> 漸趍徐行著接座上 良久娘子等皆共含咲相推譲之曰 阿誰呼此翁哉尓乃竹取翁謝之曰 非慮之外偶逢神仙 迷惑之心無敢所禁 近狎之罪希贖以歌 即作歌一首[并短歌]
題訓 昔老翁おきな有り、竹取たかとりの翁をぢといふ。此の翁、季春之月やよひばかりに、丘に登りて遠望くにみするとき、羮あつものを煮る九箇ここの女子をとめに値あへりき。百ももの嬌こび儔たぐひ無く、花の容すがた止ならび無し。時に娘子等、老翁をぢを呼び、嗤ひて「叔父来て此の鍋火ひを吹け」と曰ふ。ここに翁、「唯々をを」と曰ひて、漸ややゆきて、座しきゐの上ほとりに著接つきたりき。しまらくありて娘子等、皆共に含咲したゑみ、相推し譲りけらく、「誰たれそ此の翁を呼びし」。すなはち竹取の翁のいふ、「非慮おもひの外に神仙ひじりに偶逢あひ、迷惑まどへる心敢たへがたし。近く狎れし罪、謌を以もちて贖あがなひまをさむ」。即ち作よめる歌一首ひとつ、また短歌みじかうた
原文 緑子之 若子蚊見庭 垂乳為 母所懐 褨襁 平<生>蚊見庭 結經方衣 水津裏丹縫服 頚著之 童子蚊見庭 結幡 袂著衣 服我矣 丹因 子等何四千庭 三名之綿 蚊黒為髪尾 信櫛持 於是蚊寸垂 取束 擧而裳纒見 解乱 童兒丹成見 羅丹津蚊經 色丹名著来 紫之 大綾之衣 墨江之 遠里小野之 真榛持 丹穂之為衣丹 狛錦 紐丹縫著 刺部重部 波累服 打十八為 麻續兒等 蟻衣之 寶之子等蚊 打栲者 經而織布 日曝之 朝手作尾 信巾裳成者之寸丹取為支屋所經 稲寸丁女蚊 妻問迹 我丹所来為 彼方之 二綾裏沓 飛鳥 飛鳥壮蚊 霖禁 縫為黒沓 刺佩而 庭立住 退莫立 禁尾迹女蚊 髣髴聞而 我丹所来為 水縹 絹帶尾 引帶成 韓帶丹取為 海神之 殿盖丹 飛翔 為軽如来 腰細丹 取餝氷 真十鏡 取雙懸而 己蚊果 還氷見乍 春避而 野邊尾廻者 面白見 我矣思經蚊 狭野津鳥 来鳴翔經 秋僻而 山邊尾徃者 名津蚊為迹 我矣思經蚊 天雲裳 行田菜引 還立 路尾所来者 打氷<刺> 宮尾見名 刺竹之 舎人壮裳 忍經等氷 還等氷見乍 誰子其迹哉 所思而在 如是 所為故為 古部 狭々寸為我哉 端寸八為 今日八方子等丹 五十狭邇迹哉 所思而在 如是 所為故為 古部之 賢人藻 後之世之 堅監将為迹 老人矣 送為車 持還来 <持還来>
訓読 みどり子の 若子髪には たらちし 母に抱かえ ひむつきの 稚児が髪には 木綿肩衣 純裏に縫ひ着 頚つきの 童髪には 結ひはたの 袖つけ衣 着し我れを 丹よれる 子らがよちには 蜷の腸 か黒し髪を ま櫛持ち ここにかき垂れ 取り束ね 上げても巻きみ 解き乱り 童になしみ さ丹つかふ 色になつける 紫の 大綾の衣 住吉の 遠里小野の ま榛持ち にほほし衣に 高麗錦 紐に縫ひつけ 刺部重部 なみ重ね着て 打麻やし 麻続の子ら あり衣の 財の子らが 打ちし栲 延へて織る布 日さらしの 麻手作りを 信巾裳成者之寸丹取為支屋所経 稲置娘子が 妻どふと 我れにおこせし 彼方の 二綾下沓 飛ぶ鳥 明日香壮士が 長雨禁へ 縫ひし黒沓 さし履きて 庭にたたずみ 退けな立ち 禁娘子が ほの聞きて 我れにおこせし 水縹の 絹の帯を 引き帯なす 韓帯に取らし わたつみの 殿の甍に 飛び翔ける すがるのごとき 腰細に 取り装ほひ まそ鏡 取り並め懸けて おのがなり かへらひ見つつ 春さりて 野辺を廻れば おもしろみ 我れを思へか さ野つ鳥 来鳴き翔らふ 秋さりて 山辺を行けば なつかしと 我れを思へか 天雲も 行きたなびく かへり立ち 道を来れば うちひさす 宮女 さす竹の 舎人壮士も 忍ぶらひ かへらひ見つつ 誰が子ぞとや 思はえてある かくのごと 所為故為 いにしへ ささきし我れや はしきやし 今日やも子らに いさとや 思はえてある かくのごと 所為故為 いにしへの 賢しき人も 後の世の 鑑にせむと 老人を 送りし車 持ち帰りけり 持ち帰りけり
仮名 みどりこの わかごかみには たらちし ははにむだかえ ひむつきの ちごがかみには ゆふかたぎぬ ひつらにぬひき うなつきの わらはかみには ゆひはたの そでつけごろも きしわれを によれる こらがよちには みなのわた かぐろしかみを まくしもち ここにかきたれ とりつかね あげてもまきみ ときみだり わらはになしみ さにつかふ いろになつける むらさきの おほあやのきぬ すみのえの とほさとをのの まはりもち にほほしきぬに こまにしき ひもにぬひつけ ***** なみかさねきて うちそやし をみのこら ありきぬの たからのこらが うちしたへ はへておるぬの ひさらしの あさてづくりを ***** ******* ***** いなきをとめが つまどふと われにおこせし をちかたの ふたあやしたぐつ とぶとり あすかをとこが ながめさへ ぬひしくろぐつ さしはきて にはにたたずみ そけなたち いさめをとめが ほのききて われにおこせし みはなだの きぬのおびを ひきおびなす からおびにとらし わたつみの とののいらかに とびかける すがるのごとき こしほそに とりよそほひ まそかがみ とりなめかけて おのがなり かへらひみつつ はるさりて のへをめぐれば おもしろみ われをおもへか さのつとり きなきかけらふ あきさりて やまへをゆけば なつかしと われをおもへか あまくもも ゆきたなびく かへりたち みちをくれば うちひさす みやをみな さすたけの とねりをとこも しのぶらひ かへらひみつつ たがこぞとや おもはえてある かくのごと ******* いにしへ ささきしわれや はしきやし けふやもこらに いさとや おもはえてある かくのごと ******* いにしへの さかしきひとも のちのよの かがみにせむと おいひとを おくりしくるま もちかへりけり もちかへりけり
左注 なし
校異 唯→々 [類][矢][京] / 歌 [西] 謌 / 生之→生 [紀][細] / 判→刺 [尼][類][紀] / <>→持還来 [尼]
事項 雑歌 歌物語 物語 作者:竹取翁 神仙 枕詞 難訓 植物 地名 堺市 大阪 教訓 嘆老
訓異 みどりこの;みとりこの, わかごかみには;わかこかみには, たらちし;たらちしの, ははにむだかえ;ははにいたかれ, ひむつきの;たまたすき, ちごがかみには;はふこかみには, ゆふかたぎぬ;むすふかたきぬ, ひつらにぬひき;ひつりにぬひき, うなつきの;たひつきの, わらはかみには;うなひこかみには, ゆひはたの;ゆふはたの, そでつけごろも;そてつきころも, こらがよちには;こらかよちには, みなのわた;みなしつらなる, かぐろしかみを;かくろなるかみを, ここにかきたれ;ここにかきたる, あげてもまきみ;あけてもまきみ, ときみだり;ときみたれ, わらはになしみ;うなひこになれる, さにつかふ;みつらにつかふる, いろになつける;いろになつけくる, おほあやのきぬ;おほあやのころも, まはりもち;まはきもて, *****;さしへかさね, なみかさねきて;へなみかさねきて, うちそやし;うちそはし, たからのこらが;たからのこらか, うちしたへ;うつたへは, はへておるぬの;へてをるぬのを, ひさらしの;ひにさらし, あさてづくりを;あさてつくらひ, *****;しきもなせは, *******;しきにとりしき, *****;やとにへて, いなきをとめが;いねすをとめか, つまどふと;つまとふと, われにおこせし;われにそきにし, ふたあやしたぐつ;ふたあやうらくつ, とぶとり;とふとりの, あすかをとこが;あすかをとこか, ながめさへ;なかめいみ, ぬひしくろぐつ;ぬひしくろくつ, にはにたたずみ;にはにたたすみ, そけなたち;いてなたち, いさめをとめが;いさむをとめか, われにおこせし;われにそこし, みはなだの;みはなたの, きぬのおびを;きぬのおひを, ひきおびなす;ひきおひなれる, からおびにとらし;からおひにとらし, とののいらかに;とののみさかに, とびかける;とひかける, すがるのごとき;すかるのことき, とりよそほひ;とりてかさらひ, まそかがみ;まそかかみ, とりなめかけて;とりなみかけて, おのがなり;おのかみの, のへをめぐれば;のへをめくれは, われをおもへか;われをおもふか, あきさりて;あきさけて, やまへをゆけば;やまへをゆけは, われをおもへか;われをおもふか, ゆきたなびく;ゆきたなひき, みちをくれば;みちをくるには, みやをみな;みやをみてもな, しのぶらひ;しのふらひ, たがこぞとや;たかこそとや, おもはえてある;おもひてあらむ, かくのごと;かく, *******;そしこし, いにしへ;いにしへの, けふやもこらに;いふやもこらに, いさとや;いさにとや, おもはえてある;おもひてあらむ, かくのごと;かく, *******;そしこし, さかしきひとも;かしこきひとも, かがみにせむと;かたみにせむと, おいひとを;おひひとを, もちかへりけり;もてかへりこね, もちかへりけり,
   
  16/3792
題詞 3791一首[并短歌])反歌二首
題訓 反し歌二首
原文 死者木苑 相不見在目 生而在者 白髪子等丹 不生在目八方
訓読 死なばこそ相見ずあらめ生きてあらば白髪子らに生ひずあらめやも
仮名 しなばこそ あひみずあらめ いきてあらば しろかみこらに おひずあらめやも
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 歌物語 物語 作者:竹取翁 神仙 嘆老
訓異 しなばこそ;しなはこそ, あひみずあらめ;あひみすあらめ, いきてあらば;いきてあらは, しろかみこらに;しらかみこらに, おひずあらめやも;おひさらめやも,
   
  16/3793
題詞 ((3791一首[并短歌])反歌二首)
原文 白髪為 子等母生名者 如是 将若異子等丹 所詈金目八
訓読 白髪し子らに生ひなばかくのごと若けむ子らに罵らえかねめや
仮名 しろかみし こらにおひなば かくのごと わかけむこらに のらえかねめや
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 歌物語 物語 作者:竹取翁 神仙 嘆老
訓異 しろかみし;しらかせむ, こらにおひなば;こらもいきなは, かくのごと;かくのこと, のらえかねめや;のられかねめや,
   
  16/3794
題詞 娘子等和歌九首
題訓 娘子ら和こたふる歌九首ここのつ
原文 端寸八為 老夫之歌丹 大欲寸 九兒等哉 蚊間毛而将居 [一]
訓読 はしきやし翁の歌におほほしき九の子らや感けて居らむ [一]
仮名 はしきやし おきなのうたに おほほしき ここののこらや かまけてをらむ
左注 なし
校異 歌 [西] 謌 / 歌 [西] 哥
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 作者:娘子
訓異  
   
  16/3795
題詞 (娘子等和歌九首)
原文 辱尾忍 辱尾黙 無事 物不言先丹 我者将依 [二]
訓読 恥を忍び恥を黙して事もなく物言はぬさきに我れは寄りなむ [二]
仮名 はぢをしのび はぢをもだして こともなく ものいはぬさきに われはよりなむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 作者:娘子
訓異 はぢをしのび;はちをしのひ, はぢをもだして;はちをもたして,
   
  16/3796
題詞 (娘子等和歌九首)
原文 否藻諾藻 随欲 可赦 皃所見哉 我藻将依 [三]
訓読 否も諾も欲しきまにまに許すべき顔見ゆるかも我れも寄りなむ [三]
仮名 いなもをも ほしきまにまに ゆるすべき かほみゆるかも われもよりなむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 作者:娘子
訓異 いなもをも;いなもうも, ほしきまにまに;おもはむままに, ゆるすべき;ゆるすへし, かほみゆるかも;かたちみえめや,
   
  16/3797
題詞 (娘子等和歌九首)
原文 死藻生藻 同心迹 結而為 友八違 我藻将依 [四]
訓読 死にも生きも同じ心と結びてし友や違はむ我れも寄りなむ [四]
仮名 しにもいきも おなじこころと むすびてし ともやたがはむ われもよりなむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 作者:娘子
訓異 おなじこころと;おなしこころと, むすびてし;むすひてし, ともやたがはむ;ともはたかはし,
   
  16/3798
題詞 (娘子等和歌九首)
原文 何為迹 違将居 否藻諾藻 友之波々 我裳将依 [五]
訓読 何すと違ひは居らむ否も諾も友のなみなみ我れも寄りなむ [五]
仮名 なにすと たがひはをらむ いなもをも とものなみなみ われもよりなむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 作者:娘子
訓異 なにすと;なにせむと, たがひはをらむ;たかひはをらむ, いなもをも;いなもうも,
   
  16/3799
題詞 (娘子等和歌九首)
原文 豈藻不在 自身之柄 人子之 事藻不盡 我藻将依 [六]
訓読 あにもあらじおのが身のから人の子の言も尽さじ我れも寄りなむ [六]
仮名 あにもあらじ おのがみのから ひとのこの こともつくさじ われもよりなむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 作者:娘子
訓異 あにもあらじ;あにもあらす, おのがみのから;おのかみからを, こともつくさじ;こともつくさし,
   
  16/3800
題詞 (娘子等和歌九首)
原文 者田為々寸 穂庭莫出 思而有 情者所知 我藻将依 [七]
訓読 はだすすき穂にはな出でそ思ひたる心は知らゆ我れも寄りなむ [七]
仮名 はだすすき ほにはないでそ おもひたる こころはしらゆ われもよりなむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 作者:娘子
訓異 はだすすき;はたすすき, ほにはないでそ;ほにはいつなと, おもひたる;おもひてある, こころはしらゆ;こころはしれり,
   
  16/3801
題詞 (娘子等和歌九首)
原文 墨之江之 岸野之榛丹 々穂所經迹 丹穂葉寐我八 丹穂氷而将居 [八]
訓読 住吉の岸野の榛ににほふれどにほはぬ我れやにほひて居らむ [八]
仮名 すみのえの きしののはりに にほふれど にほはぬわれや にほひてをらむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 地名 住吉 大阪 歌垣 作者:娘子
訓異 きしののはりに;きしののはきに, にほふれど;にほはせと, にほはぬわれや;にほはぬわれは,
   
  16/3802
題詞 (娘子等和歌九首)
原文 春之野乃 下草靡 我藻依 丹穂氷因将 友之随意 [九]
訓読 春の野の下草靡き我れも寄りにほひ寄りなむ友のまにまに [九]
仮名 はるののの したくさなびき われもより にほひよりなむ とものまにまに
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 女歌 歌物語 物語 竹取翁 神仙 作者:娘子
訓異 したくさなびき;したくさなひき, われもより;われもよる,
   
  16/3803
題詞 昔者有壮士與美女也[姓名未詳] 不告二親竊為交接 於時娘子之意欲親令知 因作歌詠送與其夫歌曰
題訓 昔壮士をとこと美女をとめと有りき 姓名不詳。二親ちちははに告しらせずて、竊しぬひ交接あひたりき。時に娘子の意こころに、親に知らせまく欲おもひて、歌詠みて、其の夫せに送れるその歌
原文 隠耳 戀<者>辛苦 山葉従 出来月之 顕者如何
訓読 隠りのみ恋ふれば苦し山の端ゆ出でくる月の顕さばいかに
仮名 こもりのみ こふればくるし やまのはゆ いでくるつきの あらはさばいかに
左注 右或云 男有答歌者 未得探求也
左注訓 右、或ヒトノ云ク、男答ヘ歌有リトイヘリ。未ダ探リ求ムルコトヲ得ズ。
校異 <>→者 [類][古][温] / 歌 [西] 謌
事項 雑歌 物語 歌物語 密会 婚姻 女歌 人目 作者:娘子
訓異 こもりのみ;したにのみ, こふればくるし;こふれはくるし, やまのはゆ;やまのはに, いでくるつきの;いてくるつきの, あらはさばいかに;あらはれはいかに,
   
  16/3804
題詞 昔者有壮士 新成婚礼也 未經幾時忽為驛使被遣遠境 公事有限會期無日 於是娘子 感慟悽愴沈臥疾エ 累<年>之後壮士還来覆命既了 乃詣相視而娘子之姿容疲羸甚異言語哽咽 于時壮士哀嘆流涙裁歌口号 其歌一首
題訓 昔壮士をとこ有りけり。新たに婚礼よばひして、幾時いくだもあらぬに、忽ちに駅使はゆまつかひと為りて、遠き境に遣はさる。公事おほやけごと限り有り。会ふ期とき日無し。ここに娘子、感慟悽愴かなしみて、疾病やまひに沈臥こやれりき。年累へて後、壮士還り来て、覆かへりこと命まをし了をへて、乃ち詣ゆき相視るに、娘子の姿容かほ、疲羸甚異いたくみつれて、言語こととひ哽咽むせびき。時に壮士、哀嘆流涙かなしみて、裁歌口号うたよみせる、其の歌一首
原文 如是耳尓 有家流物乎 猪名川之 奥乎深目而 吾念有来
訓読 かくのみにありけるものを猪名川の沖を深めて我が思へりける
仮名 かくのみに ありけるものを ゐながはの おきをふかめて わがもへりける
左注 なし
校異 羊→年 [類][古][紀] / 歌 [西] 謌
事項 雑歌 歌物語 物語 悲別 地名 兵庫 挽歌 怨恨
訓異 ゐながはの;ゐなかはの, わがもへりける;わかおもへりける,
   
  16/3805
題詞 娘子臥聞夫君之歌従枕擧頭應聲和歌一首
題訓 娘子臥しながら夫せの君の歌を聞きて、枕より頭を挙げて声に和ふる歌一首
原文 烏玉之 黒髪所<沾>而 沫雪之 零也来座 幾許戀者
訓読 ぬばたまの黒髪濡れて沫雪の降るにや来ますここだ恋ふれば
仮名 ぬばたまの くろかみぬれて あわゆきの ふるにやきます ここだこふれば
左注 今案 此歌其夫被使既經累載而當還時雪落之冬也 因斯娘子作此沫雪之句歟
左注訓 今按フニ、此ノ歌、其ノ夫使ハサレテ、既ニ累載ヲ経、 還ル時ニ当テ、雪落ル冬ナリキ。斯ニ因テ娘子此ノ沫雪 ノ句ヲ作メルカ。
校異 歌 [西] 謌 / 沽→沾 [矢][京]
事項 雑歌 枕詞 歌物語 物語 女歌 恋情 悲別 作者:娘子
訓異 ぬばたまの;ぬはたまの, あわゆきの;あはゆきの, ふるにやきます;ふりてやきます, ここだこふれば;ここたこふれは,
   
  16/3806
題詞 なし
題訓 娘子が夫せに贈れる歌一首
原文 事之有者 小泊瀬山乃 石城尓母 隠者共尓 莫思吾背
訓読 事しあらば小泊瀬山の石城にも隠らばともにな思ひそ我が背
仮名 ことしあらば をばつせやまの いはきにも こもらばともに なおもひそわがせ
左注 右傳云 時有女子 不知父母竊接壮士也 壮士悚惕其親呵嘖稍有猶預之意 因此娘子<裁>作斯歌贈<與>其夫也
左注訓 右伝云いひつてけらく、時むかし女子をみな有りけり。父母に知らせずて 壮士をとこに竊しぬひ接あひたりき。壮士その親の呵嘖ころびをかしこみ て、稍やや猶予いざよふの意こころ有り。此に因りて娘子斯の歌を裁作よ みて、其の夫に贈与おくれりといへり。
校異 預 [類][古](塙) 豫 / 裁 [西(上書訂正)][尼][類][古] / 歌 [西] 哥 / 歟→與 [尼][類][古]
事項 雑歌 物語 歌物語 密会 結婚 地名 墳墓 人目 女歌 恋情 伝承 作者:娘子
訓異 ことしあらば;ことしあらは, をばつせやまの;をはつせやまの, こもらばともに;こもらはともに, なおもひそわがせ;おもふなわかせ,
   
  16/3807
題詞 なし
題訓 前さきの采女うねべが詠める歌一首
原文 安積香山 影副所見 山井之 淺心乎 吾念莫國
訓読 安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに
仮名 あさかやま かげさへみゆる やまのゐの あさきこころを わがおもはなくに
左注 右歌傳云 葛城王遣于陸奥<國>之時國司祇承緩怠異甚 於時王意不悦 怒色顕面 雖設飲饌不肯宴樂 於是有前采女 風流娘子 左手捧觴右手持水 撃之王膝而詠此歌 尓乃王意解悦樂飲終日
左注訓 右の歌は伝云いひつてけらく、葛城王、陸奥みちのくの国に 遣はさえし時、国司くにのみこともちあへしらふこと緩怠おろそか なりければ、王おほきみの意こころに悦びず、怒色顕面おもほでり まして、飲饌みあへを設まけしかども宴楽うたげをもしたま はざりき。ここに前さきの采女風流みさを娘子有りて、左の 手に觴さかづきを捧げ、右の手に水を持ち、王の膝みひざに 撃ちて、此の歌を詠みき。ここに王の意こころ解脱なごみて、 終日ひねもすに楽飲うたげあそびきといへり。
校異 <>→國 [西(右書)][尼][類][古]
事項 雑歌 物語 歌物語 伝承 地名 福島県 葛城王 女歌 橘諸兄 恋愛 序詞 作者:采女
訓異 かげさへみゆる;かけさへみゆる, わがおもはなくに;わかおもはなくに,
   
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題詞 なし
題訓 鄙いやしき人のよめる歌一首
原文 墨江之 小集樂尓出而 寤尓毛 己妻尚乎 鏡登見津藻
訓読 住吉の小集楽に出でてうつつにもおの妻すらを鏡と見つも
仮名 すみのえの をづめにいでて うつつにも おのづますらを かがみとみつも
左注 右傳云 昔者鄙人 姓名未詳也 于時郷里男女衆集野遊 是會集之中有鄙人 夫婦 其婦容姿端正秀於衆諸 乃彼鄙人之意弥増愛妻之情 而作斯歌賛嘆美皃也
左注訓 右伝云いひつてけらく、昔鄙しき人あり 姓名未詳也 。 時に郷里さとの男女をとこをみな、衆集つどひて野の遊びせり き。是の会集つどひの中うちに、鄙しき人夫婦めを有り。 其の婦め容姿かほ端正きらきらしきこと衆諸もろひとに秀れたり。 すなはち彼の鄙人をとこの意こころ、妻めを愛うつくしむの情こころ 弥いや増さりて、斯の歌をよみて美貌きらきらしきを讃嘆ほ めたりき。
校異 歌 [西] 謌
事項 雑歌 歌物語 物語 伝承 歌垣 野遊び 妻讃美 地名 住吉 大阪
訓異 をづめにいでて;をつめにいてて, おのづますらを;さかつますらを, かがみとみつも;かかみとみつも,
   
  16/3809
題詞 なし
題訓 娘子が恨みよみて献れる歌一首
原文 商變 領為跡之御法 有者許曽 吾下衣 反賜米
訓読 商返しめすとの御法あらばこそ我が下衣返し給はめ
仮名 あきかへし めすとのみのり あらばこそ あがしたごろも かへしたまはめ
左注 右傳云 時有所幸娘子<也>[姓名未詳] 寵薄之後還賜寄物[俗云可多美] 於是娘子怨恨 聊作<斯>歌獻上
左注訓 右伝云いひつてけらく、時むかし幸うるはしみせらえし娘子有り 姓名未詳。 寵薄こころうつろへる後、寄物かたみを還し賜りき 俗ニかたみト云フ 。こ こに娘子、怨恨うらみて聊か斯の歌をよみて献上たてまつりき。
校異 <>→也 [尼][類][古] / <>→斯 [尼][類]
事項 雑歌 歌物語 物語 伝承 女歌 怨恨 恋愛 失恋
訓異 あきかへし;あきかはり, めすとのみのり;しらすとのみのり, あらばこそ;あらはこそ, あがしたごろも;わかしたころも,
   
  16/3810
題詞 なし
題訓 娘子が恨みてよめる歌一首
原文 味飯乎 水尓醸成 吾待之 代者曽<无> 直尓之不有者
訓読 味飯を水に醸みなし我が待ちしかひはかつてなし直にしあらねば
仮名 うまいひを みづにかみなし わがまちし かひはかつてなし ただにしあらねば
左注 右傳云 昔有娘子也 相別其夫望戀經<年> 尓時夫君更<取>他妻 正身不来徒贈褁物 因此娘子作此恨歌還酬之也
左注訓 右伝云いひつてけらく、昔娘子有り。其の夫せに相別わかれ、 年を経て恋ひわたりき。さる間に夫の君、更に 他妻あだしつまを娶えて、正身みづからは来ずて、徒ただに苞つとを贈おこせ りき。此に因り娘子をとめ、此の恨みの歌を作みて、 還し酬おくれりき。
校異 無→无 [尼][類][古] / 羊→年 [類][古][紀] / 娶→取 [尼][類][古]
事項 雑歌 歌物語 物語 伝承 怨恨 恋愛 失恋 女歌
訓異 うまいひを;あちいひを, みづにかみなし;みつにかみなし, わがまちし;わかまちし, かひはかつてなし;よはかつてなし, ただにしあらねば;たたにしあらねは,
   
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題詞 戀夫君歌一首[并短歌]
題訓 娘子が夫の君を恋ふる歌一首、また短歌
原文 左耳通良布 君之三言等 玉梓乃 使毛不来者 憶病 吾身一曽 千<磐>破 神尓毛莫負 卜部座 龜毛莫焼曽 戀之久尓 痛吾身曽 伊知白苦 身尓染<登>保里 村肝乃 心砕而 将死命 尓波可尓成奴 今更 君可吾乎喚 足千根乃 母之御事歟 百不足 八十乃衢尓 夕占尓毛 卜尓毛曽問 應死吾之故
訓読 さ丹つらふ 君がみ言と 玉梓の 使も来ねば 思ひ病む 我が身ひとつぞ ちはやぶる 神にもな負ほせ 占部据ゑ 亀もな焼きそ 恋ひしくに 痛き我が身ぞ いちしろく 身にしみ通り むらきもの 心砕けて 死なむ命 にはかになりぬ 今さらに 君か我を呼ぶ たらちねの 母のみ言か 百足らず 八十の衢に 夕占にも 占にもぞ問ふ 死ぬべき我がゆゑ
仮名 さにつらふ きみがみことと たまづさの つかひもこねば おもひやむ あがみひとつぞ ちはやぶる かみにもなおほせ うらへすゑ かめもなやきそ こひしくに いたきあがみぞ いちしろく みにしみとほり むらきもの こころくだけて しなむいのち にはかになりぬ いまさらに きみかわをよぶ たらちねの ははのみことか ももたらず やそのちまたに ゆふけにも うらにもぞとふ しぬべきわがゆゑ
左注 (右傳云 時有娘子 姓車持氏也 其夫久逕年序不作徃来 于時娘子係戀傷心 沈臥痾エ 痩羸日異忽臨泉路 於是遣使喚其夫君来 而乃歔欷流渧口号斯歌 登時逝歿也)
校異 歌 [西] 謌 / 盤→磐 [尼][類][紀] / <>→登 [代匠記精撰本]
事項 雑歌 枕詞 恋情 女歌 歌物語 伝承 作者:車持娘子
訓異 きみがみことと;きみかみことと, たまづさの;たまつさの, つかひもこねば;つかひもこねは, あがみひとつぞ;あかみひとつそ, ちはやぶる;ちはやふる, かみにもなおほせ;かみにもおほすな, いたきあがみぞ;いたむわかみそ, みにしみとほり;みにしみてほり, こころくだけて;こころくたけて, きみかわをよぶ;きみかわをよふ, ももたらず;ももたらぬ, うらにもぞとふ;うらにもそとふ, しぬべきわがゆゑ;しなむわかゆへ,
   
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題詞 (戀夫君歌一首[并短歌])反歌
題訓 反し歌
原文 卜部乎毛 八十乃衢毛 占雖問 君乎相見 多時不知毛
訓読 占部をも八十の衢も占問へど君を相見むたどき知らずも
仮名 うらへをも やそのちまたも うらとへど きみをあひみむ たどきしらずも
左注 (右傳云 時有娘子 姓車持氏也 其夫久逕年序不作徃来 于時娘子係戀傷心 沈臥痾エ 痩羸日異忽臨泉路 於是遣使喚其夫君来 而乃歔欷流渧口号斯歌 登時逝歿也)
校異 なし
事項 雑歌 恋情 女歌 歌物語 伝承 作者:車持娘子
訓異 うらとへど;うらとへと, きみをあひみむ;きみをあひみる, たどきしらずも;たときしらすも,
   
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題詞 (戀夫君歌一首[并短歌])或本反歌曰
題訓 或ル本ノ反シ歌ニ曰ク、
原文 吾命者 惜雲不有 散<追>良布 君尓依而曽 長欲為
訓読 我が命は惜しくもあらずさ丹つらふ君によりてぞ長く欲りせし
仮名 わがいのちは をしくもあらず さにつらふ きみによりてぞ ながくほりせし
左注 右傳云 時有娘子 姓車持氏也 其夫久逕年序不作徃来 于時娘子係戀傷心 沈臥痾エ 痩羸日異忽臨泉路 於是遣使喚其夫君来 而乃歔欷流渧口号斯歌 登時逝歿也
左注訓 右伝云けらく、時むかし娘子有り 姓ハ車持氏ナリ。 其の夫せ年を逕へて徃来かよはず。時に娘子、息の緒に 恋ひつつ、痾疾やまひに沈臥こやれりき。日に異けに痩羸みつれ て、忽ち臨泉路みまかりなむとす。ここに使を遣はし て、其の夫の君を喚ぶ。来て乃ち歔欷なげきつつ斯 の歌を口号よみて、登時すなはち逝没みまかりき。
校異 退→追 [尼][類][古][紀]
事項 雑歌 歌物語 女歌 枕詞 恋情 伝承 作者:車持娘子
訓異 わがいのちは;わかいのちは, をしくもあらず;をしくもあらす, きみによりてぞ;きみによりてそ, ながくほりせし;なかくほりせし,
   
  16/3814
題詞 贈歌一首
題訓 壮士をとこが娘子の父母に贈れる歌一首
原文 真珠者 緒絶為尓伎登 聞之故尓 其緒復貫 吾玉尓将為
訓読 白玉は緒絶えしにきと聞きしゆゑにその緒また貫き我が玉にせむ
仮名 しらたまは をだえしにきと ききしゆゑに そのをまたぬき わがたまにせむ
左注 (右傳云 時有娘子 夫君見棄改適他氏也 于時或有壮士 不知改適此歌贈 遣請誂於女之父母者 於是父母之意壮士未聞委曲之旨 乃作彼歌報送以顕改適之縁也)
校異 なし
事項 雑歌 求婚 譬喩 歌物語 伝承 恋愛 贈答
訓異 をだえしにきと;をたえしにきと, ききしゆゑに;ききしゆへに, わがたまにせむ;わかたまにせむ,
   
  16/3815
題詞 答歌一首
題訓 答ふる歌一首
原文 白玉之 緒絶者信 雖然 其緒又貫 人持去家有
訓読 白玉の緒絶えはまことしかれどもその緒また貫き人持ち去にけり
仮名 しらたまの をだえはまこと しかれども そのをまたぬき ひともちいにけり
左注 右傳云 時有娘子 夫君見棄改適他氏也 于時或有壮士 不知改適此歌贈 遣請誂於女之父母者 於是父母之意壮士未聞委曲之旨 乃作彼歌報送以顕改適之縁也
左注訓 右伝云けらく、時むかし娘子有り。夫の君に棄てらえて 他氏ひとのいへに改め適ゆきき。時に壮士有りて、改め適くを 知らずて、此の歌を贈遣おくりて、女をみなの父母おやに請誂こひき。 ここに父母の意おもひけらく、壮士委曲つばらなる旨さまを聞しらじ とおもひて乃ち彼の歌に報送こたへがてり、改め適きし 縁よしを顕はせりきといへり。
校異 歌 [西] 謌 / 歌 [西] 謌 / 縁也 [尼][類][古][細](塙) 縁
事項 雑歌 譬喩 歌物語 伝承 恋愛 贈答
訓異 をだえはまこと;をたえはまこと, しかれども;しかれとも, ひともちいにけり;ひともていにけり,
   
  16/3816
題詞 穂積親王御歌一首
題訓 穂積親王の誦うたはせる歌一首
原文 家尓有之 櫃尓鏁刺 蔵而師 戀乃奴之 束見懸而
訓読 家にありし櫃にかぎさし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて
仮名 いへにありし ひつにかぎさし をさめてし こひのやつこの つかみかかりて
左注 右歌一首穂積親王宴飲之日酒酣之時好誦斯歌以為恒賞也
左注訓 右の歌一首は、穂積親王の宴したまふ時、いつも斯の歌を誦うたひて恒賞あそびくさと為たまへり。
校異 歌 [西] 謌
事項 雑歌 作者:穂積皇子 宴席 伝承 誦詠 戯笑 恋愛
訓異 ひつにかぎさし;ひつにさらさし,
   
  16/3817
題詞 なし
題訓 河村王の誦ひたまへる歌二首
原文 可流羽須波 田廬乃毛等尓 吾兄子者 二布夫尓咲而 立麻為所見 [田廬者多夫世<反>]
訓読 かるうすは田ぶせの本に我が背子はにふぶに笑みて立ちませり見ゆ [田廬者多夫世<反>]
仮名 かるうすは たぶせのもとに わがせこは にふぶにゑみて たちませりみゆ
左注 (右歌二首河村王宴居之時弾琴而即先誦此歌以為常行也)
左注訓
校異 也 [西(訂正右書)]→反 [類][紀][古]
事項 雑歌 作者:河村王 誦詠 伝承 宴席 戯笑 恋愛
訓異 かるうすは;かるはすは, たぶせのもとに;たふせのもとに, わがせこは;わかせこは, にふぶにゑみて;にふふにゑみて, たちませりみゆ;たちませるみゆ,
   
  16/3818
題詞 なし
原文 朝霞 香火屋之下乃 鳴川津 之努比管有常 将告兒毛欲得
訓読 朝霞鹿火屋が下の鳴くかはづ偲ひつつありと告げむ子もがも
仮名 あさかすみ かひやがしたの なくかはづ しのひつつありと つげむこもがも
左注 右歌二首河村王宴居之時弾琴而即先誦此歌以為常行也
左注訓 右の歌二首は、河村王の宴せる時、琴弾きて、即ち先づ 此の歌を誦よみて、常行あそびくさと為たまひき。
校異 なし
事項 雑歌 作者:河村王 誦詠 伝承 宴席 戯笑 恋愛
訓異 かひやがしたの;かひやかしたに, なくかはづ;なくかはつ, つげむこもがも;つけむこもかな,
   
  16/3819
題詞 なし
題訓 小鯛王をたひのおほきみの吟うたひたまへる歌二首
原文 暮立之 雨打零者 春日野之 草花之末乃 白露於母保遊
訓読 夕立の雨うち降れば春日野の尾花が末の白露思ほゆ
仮名 ゆふだちの あめうちふれば かすがのの をばながうれの しらつゆおもほゆ
左注 (右歌二首小鯛王宴居之日取琴 登時必先吟詠此歌也 其小鯛王者更名置始多久美斯人也)
校異 なし
事項 雑歌 作者:小鯛王 宴席 地名 奈良 譬喩 恋愛 伝承 誦詠 置始工 置始多久美 遊行女婦
訓異 ゆふだちの;ゆふたちの, あめうちふれば;あめうちふれは, かすがのの;かすかのの, をばながうれの;をはなかすえの,
   
  16/3820
題詞 なし
原文 夕附日 指哉河邊尓 構屋之 形乎宜美 諾所因来
訓読 夕づく日さすや川辺に作る屋の形をよろしみうべ寄そりけり
仮名 ゆふづくひ さすやかはへに つくるやの かたをよろしみ うべよそりけり
左注 右歌二首小鯛王宴居之日取琴 登時必先吟詠此歌也 其小鯛王者更名置始多久美斯人也
左注訓 右の歌二首は、小鯛王の宴の日、琴を取る登時すなはち 必先まづ此の歌を吟詠うたひたまひき。 小鯛王ハ、更マタノ名ハ置始多久美オキソメノタクミトイフ、斯ノ人ナリ。
校異 なし
事項 雑歌 作者:小鯛王 置始工 置始多久美 誦詠 宴席 伝承 遊行女婦 恋愛
訓異 ゆふづくひ;ゆふつくひ, かたをよろしみ;かたちをよしみ, うべよそりけり;しかそよりくる,
   
  16/3821
題詞 兒部女王嗤歌一首
題訓 兒部女王こべのおほきみの嗤あざけりの歌一首
原文 美麗物 何所不飽矣 坂門等之 角乃布久礼尓 四具比相尓計六
訓読 うましものいづく飽かじをさかとらが角のふくれにしぐひ合ひにけむ
仮名 うましもの いづくあかじを さかとらが つののふくれに しぐひあひにけむ
左注 右時有娘子 姓尺度氏也 此娘子不聴高姓美人之所誂應許下姓媿士之所誂也 於是兒部女王裁作此歌嗤咲彼愚也
左注訓 右、時むかし娘子有りき 姓ハ尺度氏ナリ。此の娘子、 高姓たふとき美人うましをとこの誂つまとふを聴かず、下姓いやしき醜士しこをの誂 ふを許ききき。ここに兒部女王、此の歌を裁作よみ て、彼その愚かたくなしきを嗤咲あざけりたまふ。
校異 なし
事項 雑歌 作者:児部女王 兒部女王 尺度 大阪 坂門氏 嘲笑 伝承 戯笑 恋愛
訓異 うましもの;よきものの, いづくあかじを;なそもあかぬを, さかとらが;さかとらか, しぐひあひにけむ;しくひあひにけむ,
   
  16/3822
題詞 古歌曰
題訓 古歌ふるうたに曰く
原文 橘 寺之長屋尓 吾率宿之 童女波奈理波 髪上都良武可
訓読 橘の寺の長屋に我が率寝し童女放髪は髪上げつらむか
仮名 たちばなの てらのながやに わがゐねし うなゐはなりは かみあげつらむか
左注 右歌椎野連長年脉曰 夫寺家之屋者不有俗人寝處 亦稱若冠女曰放髪<丱>矣 然則<腹>句已云放髪<丱>者 尾句不可重云著冠之辞哉
左注訓 右ノ歌、椎野連長年ガ説ニ曰ク、夫レ寺家ノ屋ハ、俗人 ノ寝処ニアラズ。亦若冠ノ女ヲ称イヒテ放髪丱ウナヰハナリト曰ヘリ。 然レバ腰ノ句已ニ放髪丱ト云ヘレバ、尾ノ句重ネテ著冠 ノ辞ヲ云フベカラザルカトイヘリ。
校異 艸→丱 [類][紀][温] / 脉 [万葉集拾穂抄](塙) 説 / 腰 [西(訂正左書)]→腹 [類][古][紀][細] / 艸→丱 [類][紀][温]
事項 雑歌 地名 明日香 奈良 古歌 伝承 誦詠 椎野長年 恋愛
訓異 たちばなの;たちはなの, てらのながやに;てらのなかやに, わがゐねし;わかゐねし, かみあげつらむか;かみあけつらむか,
   
  16/3823
題詞 决<曰>
題訓 改メテ曰ク、
原文 橘之 光有長屋尓 吾率宿之 宇奈為放尓 髪擧都良武香
訓読 橘の照れる長屋に我が率ねし童女放髪に髪上げつらむか
仮名 たちばなの てれるながやに わがゐねし うなゐはなりに かみあげつらむか
左注 なし
校異 云→曰 [尼][類][古]
事項 雑歌 推敲 異伝 伝承 宴席 転用 改作 恋愛 植物
訓異 たちばなの;たちはなの, てれるながやに;てれるなかやに, わがゐねし;わかゐねし, かみあげつらむか;かみあけつらむか,
   
  16/3824
題詞 長忌寸意吉麻呂歌八首
題訓 長忌寸意吉麻呂が歌八首やつ
原文 刺名倍尓 湯和可世子等 櫟津乃 桧橋従来許武 狐尓安牟佐武
訓読 さし鍋に湯沸かせ子ども櫟津の桧橋より来む狐に浴むさむ
仮名 さしなべに ゆわかせこども いちひつの ひばしよりこむ きつねにあむさむ
左注 右一首傳云 一時衆<集>宴飲也 於<時>夜漏三更所聞狐聲 尓乃衆諸誘 奥麻呂曰 關此饌具雜器狐聲河橋等物但作歌者 即應聲作此歌也
左注訓 右の一首は、伝云いひつてけらく、ある時衆ひとびと集ひて宴飲うたげす。 時に夜ふけて狐の声聞こゆ。すなはち衆諸ひとびと奥麿を誘いざな ひけらく、此の饌具雑器くさぐさのうつはもの、狐の声、河橋等の物に 関かけて、歌よめといへり。即ち声に応こたへて此の歌を作 めり。
校異 會→集 [尼][類][紀] / 是→時 [尼][類] / 歌 [西] 哥
事項 雑歌 物名 宴席 作者:長意吉麻呂 戯笑 即興 伝承 誦詠
訓異 さしなべに;さすなへに, ゆわかせこども;ゆわかせことも, いちひつの;いちゐつの, ひばしよりこむ;ひはしよりこむ, きつねにあむさむ;きつにあむさむ,
   
  16/3825
題詞 詠行騰蔓菁食薦屋a歌
題訓
原文 食薦敷 蔓菁煮将来 a尓 行騰懸而 息此公
訓読 食薦敷き青菜煮て来む梁にむかばき懸けて休むこの君
仮名 すごもしき あをなにてこむ うつはりに むかばきかけて やすむこのきみ
左注 なし
左注訓 右の一首は、行騰むかはき、蔓菁あをな、食薦すこも、屋の梁うつはりを詠める歌。
校異 なし
事項 雑歌 物名 宴席 作者:長意吉麻呂 戯笑 即興 誦詠 植物
訓異 すごもしき;すこもしき, あをなにてこむ;あをなにもてこ, むかばきかけて;むかはきかけて,
   
  16/3826
題詞 詠荷葉歌
題訓
原文 蓮葉者 如是許曽有物 意吉麻呂之 家在物者 <宇>毛乃葉尓有之
訓読 蓮葉はかくこそあるもの意吉麻呂が家なるものは芋の葉にあらし
仮名 はちすばは かくこそあるもの おきまろが いへなるものは うものはにあらし
左注 なし
左注訓 右の一首は、荷葉はちすばを詠める歌。
校異 荢→宇 [尼][類][古]
事項 雑歌 物名 宴席 作者:長意吉麻呂 戯笑 即興 誦詠 植物
訓異 はちすばは;はちすはは, かくこそあるもの;かくこそあれも, おきまろが;おきまろか, うものはにあらし;いものはにあらし,
   
  16/3827
題詞 詠雙六頭歌
題訓
原文 一二之目 耳不有 五六三 四佐倍有<来> 雙六乃佐叡
訓読 一二の目のみにはあらず五六三四さへありけり双六のさえ
仮名 いちにのめ のみにはあらず ごろくさむ しさへありけり すぐろくのさえ
左注 なし
左注訓 右の一首は、双六すぐろくの頭子さえを詠める歌。
校異 <>→来 [古]
事項 雑歌 物名 宴席 作者:長意吉麻呂 戯笑 即興 誦詠
訓異 のみにはあらず;のみにはあらす, ごろくさむ;ころくさむ, すぐろくのさえ;すくろくのさい,
   
  16/3828
題詞 詠香塔厠<屎>鮒奴歌
題訓
原文 香塗流 塔尓莫依 川隈乃 屎鮒喫有 痛女奴
訓読 香塗れる塔にな寄りそ川隈の屎鮒食めるいたき女奴
仮名 かうぬれる たふになよりそ かはくまの くそふなはめる いたきめやつこ
左注 なし
左注訓 右の一首は、香、塔、厠、屎、鮒、奴を詠める歌。
校異 屎 [西(上書訂正)][尼][類][古]
事項 雑歌 物名 宴席 作者:長意吉麻呂 戯笑 即興 誦詠 動物
訓異 たふになよりそ;たうになよりそ, かはくまの;かはすみの,
   
  16/3829
題詞 詠酢醤蒜鯛水ク歌
題訓
原文 醤酢尓 蒜都伎合而 鯛願 吾尓勿所見 水ク乃煮物
訓読 醤酢に蒜搗きかてて鯛願ふ我れにな見えそ水葱の羹
仮名 ひしほすに ひるつきかてて たひねがふ われになみえそ なぎのあつもの
左注 なし
左注訓 右の一首は、酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠める歌。
校異 なし
事項 雑歌 物名 宴席 作者:長意吉麻呂 戯笑 即興 誦詠 植物 動物
訓異 たひねがふ;たいねかふ, われになみえそ;われになみせそ, なぎのあつもの;なきのあつもの,
   
  16/3830
題詞 詠玉掃鎌天木香棗歌
題訓
原文 玉掃 苅来鎌麻呂 室乃樹 與棗本 可吉将掃為
訓読 玉掃刈り来鎌麻呂むろの木と棗が本とかき掃かむため
仮名 たまばはき かりこかままろ むろのきと なつめがもとと かきはかむため
左注 なし
左注訓 右の一首は、玉、掃、鎌、天木香むろ、棗を詠める歌。
校異 なし
事項 雑歌 物名 宴席 作者:長意吉麻呂 戯笑 即興 誦詠 植物
訓異 たまばはき;たまははき, なつめがもとと;なつめかもとと,
   
  16/3831
題詞 詠白鷺啄木飛歌
題訓
原文 池神 力土儛可母 白鷺乃 桙啄持而 飛渡良武
訓読 池神の力士舞かも白鷺の桙啄ひ持ちて飛び渡るらむ
仮名 いけがみの りきじまひかも しらさぎの ほこくひもちて とびわたるらむ
左注 なし
左注訓 右の一首は、白鷺の木を啄ひて飛ぶを詠める歌。
校異 なし
事項 雑歌 物名 宴席 作者:長意吉麻呂 戯笑 即興 誦詠 動物
訓異 いけがみの;いけかみの, りきじまひかも;りきしまひかも, しらさぎの;しらさきの, とびわたるらむ;とひわたるらむ,
   
  16/3832
題詞 忌部首詠數種物歌一首 [名忘失也]
題訓 忌部首が数種くさぐさの物を詠める歌一首
原文 枳 蕀原苅除曽氣 倉将立 屎遠麻礼 櫛造刀自
訓読 からたちと茨刈り除け倉建てむ屎遠くまれ櫛造る刀自
仮名 からたちと うばらかりそけ くらたてむ くそとほくまれ くしつくるとじ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:忌部首 物名 宴席 戯笑 誦詠 即興 植物
訓異 からたちと;からたちの, うばらかりそけ;むはらかりそけ, くしつくるとじ;くしつくるとし,
   
  16/3833
題詞 境部王詠數種物歌一首 [穂積親王之子也]
題訓 境部王の数種の物を詠みたまへる歌一首 穂積親王ノ子ナリ
原文 虎尓乗 古屋乎越而 青淵尓 鮫龍取将来 劒刀毛我
訓読 虎に乗り古屋を越えて青淵に蛟龍捕り来む剣太刀もが
仮名 とらにのり ふるやをこえて あをふちに みつちとりこむ つるぎたちもが
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 動物 作者:境部王 物名 宴席 即興 穂積王 誦詠
訓異 みつちとりこむ;さめとりてこむ, つるぎたちもが;つるきたちもか,
   
  16/3834
題詞 作主未詳歌一首
題訓 作主よみひとしらざる歌一首
原文 成棗 寸三二粟嗣 延田葛乃 後毛将相跡 葵花咲
訓読 梨棗黍に粟つぎ延ふ葛の後も逢はむと葵花咲く
仮名 なしなつめ きみにあはつぎ はふくずの のちもあはむと あふひはなさく
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 植物 物名 宴席 誦詠 戯笑 譬喩 掛詞 序詞
訓異 きみにあはつぎ;きみにあはつき, はふくずの;はふくすの,
   
  16/3835
題詞 獻新田部親王歌一首 [未詳]
題訓 新田部親王に献れる歌一首
原文 勝間田之 池者我知 蓮無 然言君之 鬚無如之
訓読 勝間田の池は我れ知る蓮なししか言ふ君が鬚なきごとし
仮名 かつまたの いけはわれしる はちすなし しかいふきみが ひげなきごとし
左注 右或有人聞之曰 新田部親王出遊于堵裏御見勝間田之池感緒御心之中 還自彼池不任怜愛 於時語婦人曰 今日遊行見勝<間>田池 水影涛々蓮花 灼々 A怜断腸不可得言 尓乃婦人作此戯歌專輙吟詠也
左注訓 右或る人つたへけらく、新田部親王、堵みさとに 出遊いでまして、勝間田の池を見めして、御心の中に 感めでたまひ、彼その池より還りまして、忍ひか ねて、婦人をみなに語りたまはく、今日ゆきて、勝 間田池を見しに、水みちたたへて、蓮花はちす灼てり かがやけり。その怜おもしろさかぎりなし。ここに 婦人、此の戯歌たはれうたを作みて、すなはち吟詠うたひ きといへり。
校異 <>→間 [古][温][矢][京]
事項 雑歌 伝承 新田部皇子 植物 地名 奈良 物名 戯笑 宴席
訓異 しかいふきみが;しかいふきみか, ひげなきごとし;ひけなきかこと,
   
  16/3836
題詞 謗<侫>人歌一首
題訓 侫人ねぢけびとを謗そしれる歌一首
原文 奈良山乃 兒手柏之 兩面尓 左毛右毛 <侫>人之友
訓読 奈良山の児手柏の両面にかにもかくにも侫人の伴
仮名 ならやまの このてかしはの ふたおもに かにもかくにも こびひとのとも
左注 右歌一首博士消奈行文大夫作之
左注訓 右の歌一首は、博士消奈公行文せなのきみゆきふみの大夫まへつきみがよめる。
校異 俀→侫 [尼][細][温] / 俀→侫 [尼]
事項 雑歌 作者:消奈行文 嘲笑 戯笑 宴席 地名 奈良 植物
訓異 こびひとのとも;ねしけひとかも,
   
  16/3837
題詞 なし
題訓 荷葉はちすばを詠める歌一首
原文 久堅之 雨毛落奴可 蓮荷尓 渟在水乃 玉似<有将>見
訓読 ひさかたの雨も降らぬか蓮葉に溜まれる水の玉に似たる見む
仮名 ひさかたの あめもふらぬか はちすばに たまれるみづの たまににたるみむ
左注 右歌一首傳云 有右兵衛[姓名未詳] 多能歌作之藝也 于時府家備設酒食 饗宴府官人等 於是饌食盛之皆用荷葉 諸人酒酣歌儛駱驛 乃誘兵衛云 <關>其荷葉而作<歌>者 登時應聲作斯歌也
左注訓 右の歌一首は、伝云いひつてけらく、右の兵衛つはもののとねり有り 姓名未詳。 歌作みすることに能たへたり。時に府つかさ の家酒食さけさかなを備設まけ、府官人等つかさびとたちを饗宴あへす。ここに 饌食けを盛るに、皆荷葉はちすばを用ふ。諸人酒酣たけなはにして、 歌ひ舞ひ、駱駅兵衛つはもののとねりを誘ひて、其の荷葉に 関かけて、歌を作めといへり。すなはち声に応こたへて 斯の歌を作めり。
校異 将有→有将 [代匠記初稿本] / 歌 [西] 哥 / 歌 [西] 哥 / 開→關 [温] / 此歌→歌 [尼][類][古]
事項 雑歌 枕詞 宴席 誦詠 物名 即興 伝承
訓異 はちすばに;はちすはに, たまれるみづの;たまれるみつの, たまににたるみむ;たまににむみむ,
   
  16/3838
題詞 無心所著歌二首
題訓 心の著つく所無き歌二首
原文 吾妹兒之 額尓生<流> 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡
訓読 我妹子が額に生ふる双六のこと負の牛の鞍の上の瘡
仮名 わぎもこが ひたひにおふる すぐろくの ことひのうしの くらのうへのかさ
左注 (右歌者舎人親王令侍座曰 或有作無所由之歌人者賜以錢帛 于時大舎人 安倍朝臣子祖父乃作斯歌獻上 登時以所募物錢二千文給之也)
校異 <>→流 [尼][類][古][紀]
事項 雑歌 作者:安倍子祖父 舎人親王 即興 宴席 報償 伝承 誦詠
訓異 わぎもこが;わきもこか, ひたひにおふる;ひたいにおふる, すぐろくの;すくろくの,
   
  16/3839
題詞 (無心所著歌二首)
原文 吾兄子之 犢鼻尓為流 都夫礼石之 吉野乃山尓 氷魚曽懸有 [懸有反云 佐<我>礼流]
訓読 我が背子が犢鼻にするつぶれ石の吉野の山に氷魚ぞ下がれる [懸有反云 佐<我>礼流]
仮名 わがせこが たふさきにする つぶれいしの よしののやまに ひをぞさがれる
左注 右歌者舎人親王令侍座曰 或有作無所由之歌人者賜以錢帛 于時大舎人 安倍朝臣子祖父乃作斯歌獻上 登時以所募物錢二千文給之也
左注訓 右の歌は、舎人親王、侍座もとこびとに令のりごちたまはく、もし 由よる所無き歌を作む者有らば、銭帛ぜにきぬを賜たばらむとのり たまへり。時に大舎人安倍朝臣子祖父、乃ち斯の歌 を作みて献上たてまつる。登時すなはち募る所の銭二千文ふたちち給へりき。
校異 家→我 [類][古] (塙) [尼] 義 / 歌 [西] 哥
事項 雑歌 作者:安倍子祖父 舎人親王 即興 宴席 報償 伝承 誦詠 地名 吉野 奈良
訓異 わがせこが;わかせこか, つぶれいしの;つふれいしの, ひをぞさがれる;ひをそさかれる,
   
  16/3840
題詞 池田朝臣嗤大神朝臣奥守歌一首 [池田朝臣名忘失也]
題訓 池田朝臣が大神朝臣奥守を嗤あざける歌一首
原文 寺々之 女餓鬼申久 大神乃 男餓鬼被給而 其子将播
訓読 寺々の女餓鬼申さく大神の男餓鬼賜りてその子産まはむ
仮名 てらてらの めがきまをさく おほかみの をがきたばりて そのこうまはむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:池田真枚 大神奥守 嘲笑 戯笑 誦詠
訓異 めがきまをさく;めかきまうさく, おほかみの;おほうわの, をがきたばりて;をかきたはりて, そのこうまはむ;そのこはをまむ,
   
  16/3841
題詞 大神朝臣奥守報嗤歌一首
題訓 大神朝臣奥守が報へ嗤ける歌一首
原文 佛造 真朱不足者 水渟 池田乃阿曽我 鼻上乎穿礼
訓読 仏造るま朱足らずは水溜まる池田の朝臣が鼻の上を掘れ
仮名 ほとけつくる まそほたらずは みづたまる いけだのあそが はなのうへをほれ
左注 なし
校異 歌 [西] 哥
事項 雑歌 作者:大神奥守 池田真枚 嘲笑 戯笑 誦詠
訓異 まそほたらずは;あかにたらすは, みづたまる;みつたまる, いけだのあそが;いけたのあそか,
   
  16/3842
題詞 或云 / 平群朝臣<嗤>歌一首
題訓 或ヒト云ク、
平群朝臣が穂積朝臣を嗤咲あざける歌一首
原文 小兒等 草者勿苅 八穂蓼乎 穂積乃阿曽我 腋草乎可礼
訓読 童ども草はな刈りそ八穂蓼を穂積の朝臣が腋草を刈れ
仮名 わらはども くさはなかりそ やほたでを ほづみのあそが わきくさをかれ
左注 なし
校異 <>→嗤 [尼][古][紀]
事項 雑歌 作者:平群広成 穂積老人 嘲笑 戯笑 誦詠 枕詞
訓異 わらはども;わらはへも, やほたでを;やほたてを, ほづみのあそが;ほつみのあそか,
   
  16/3843
題詞 穂積朝臣和歌一首
題訓 穂積朝臣が和ふる歌一首
原文 何所曽 真朱穿岳 薦疊 平群乃阿曽我 鼻上乎穿礼
訓読 いづくにぞま朱掘る岡薦畳平群の朝臣が鼻の上を掘れ
仮名 いづくにぞ まそほほるをか こもたたみ へぐりのあそが はなのうへをほれ
左注 なし
校異 歌 [西] 謌
事項 雑歌 作者:穂積老人 平群広成 嘲笑 戯笑 誦詠 枕詞
訓異 いづくにぞ;いとこにそ, まそほほるをか;あかにほるをか, へぐりのあそが;へくりのあそか,
   
  16/3844
題詞 嗤咲黒色歌一首
題訓 土師宿禰水通はにしのすくねみみちが、巨勢朝臣豊人が黒色を嗤咲ける歌一首
原文 烏玉之 斐太乃大黒 毎見 巨勢乃小黒之 所念可聞
訓読 ぬばたまの斐太の大黒見るごとに巨勢の小黒し思ほゆるかも
仮名 ぬばたまの ひだのおほぐろ みるごとに こせのをぐろし おもほゆるかも
左注 (右歌者傳云 有大舎人土師宿祢水通字曰志婢麻呂也 於時大舎人巨勢朝臣豊人字曰正月麻呂 与巨勢斐太朝臣[名字忘之也 嶋村大夫之男也]兩人並 此彼皃黒色焉 於是土師宿祢水通作斯歌<嗤>咲者 <而>巨勢朝臣豊人聞之 即作和歌酬咲也)
校異 なし
事項 雑歌 枕詞 作者:土師水通 巨勢斐太 巨勢豊人 嘲笑 戯笑 誦詠
訓異 ぬばたまの;ぬはたまの, ひだのおほぐろ;ひたのおほくろ, みるごとに;みることに, こせのをぐろし;こせのをくろか,
   
  16/3845
題詞 答歌一首
題訓 巨勢朝臣豊人が答ふる歌一首
原文 造駒 土師乃志婢麻呂 白<久>有者 諾欲将有 其黒色乎
訓読 駒造る土師の志婢麻呂白くあればうべ欲しからむその黒色を
仮名 こまつくる はじのしびまろ しろくあれば うべほしからむ そのくろいろを
左注 右歌者傳云 有大舎人土師宿祢水通字曰志婢麻呂也 於時大舎人巨勢朝臣 豊人字曰正月麻呂 与巨勢斐太朝臣[名字忘之也 嶋村大夫之男也]兩人並 此彼皃黒色焉 於是土師宿祢水通作斯歌<嗤>咲者 <而>巨勢朝臣豊人聞之 即作和歌酬咲也
左注訓 右の歌は、伝云けらく、大舎人土師宿禰水通といふひと有り。 字あざなをば志婢麻呂と曰へり。時に大舎人巨勢朝臣豊人、字あざなを ば正月麻呂むつきまろと曰へり、巨勢斐太朝臣名字ハ忘レタリ。島村大夫ノ 男ナリ。両人ふたりみな貌かほ黒かりき。ここに土師宿禰水通、斯の歌を 作みて嗤咲けりぬ。かくて巨勢朝臣豊人これを聞きて、即ち 和への歌を作みて酬むくい咲あざけりきといへり。
校異 尓→久 [尼][類][古] / <>→嗤 [西(右書)][尼][類][紀] / <>→而 [尼][類][紀]
事項 雑歌 土師水通 巨勢斐太 作者:巨勢豊人 嘲笑 戯笑 誦詠
訓異 はじのしびまろ;はしのしひまろ, しろくあれば;しろにあれは, うべほしからむ;さもほしからむ,
   
  16/3846
題詞 戯嗤僧歌一首
題訓 戯れに僧ほうしを嗤ける歌一首
原文 法師等之 鬚乃剃杭 馬繋 痛勿引曽 僧半甘
訓読 法師らが鬚の剃り杭馬繋いたくな引きそ法師は泣かむ
仮名 ほふしらが ひげのそりくひ うまつなぎ いたくなひきそ ほふしはなかむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 戯笑 嘲笑
訓異 ほふしらが;ほふしらか, ひげのそりくひ;ひけのそりくひ, うまつなぎ;うまつなき, ほふしはなかむ;ほうしなからかも,
   
  16/3847
題詞 法師報歌一首
題訓 法師が報ふる歌一首
原文 檀越也 然勿言 <五十>戸<長>我 課役徴者 汝毛半甘
訓読 壇越やしかもな言ひそ里長が課役徴らば汝も泣かむ
仮名 だにをちや しかもないひそ さとをさが えだちはたらば いましもなかむ
左注 なし
校異 弖→五十 [万葉集古義] / 等→長 [万葉集新考]
事項 雑歌 報贈 作者:僧 戯笑 嘲笑
訓異 だにをちや;たむをちや, さとをさが;てこらわか, えだちはたらば;えたすはたらは, いましもなかむ;なれもなからかも,
   
  16/3848
題詞 夢裏作歌一首
題訓 夢いめの裡うちによめる歌一首
原文 荒城田乃 子師田乃稲乎 倉尓擧蔵而 阿奈干稲<々々>志 吾戀良久者
訓読 あらき田の鹿猪田の稲を倉に上げてあなひねひねし我が恋ふらくは
仮名 あらきたの ししだのいねを くらにあげて あなひねひねし あがこふらくは
左注 右歌一首忌部首黒麻呂夢裏作此戀歌贈友 覺而<令>誦習如前
左注訓 右の歌一首は、忌部首黒麿いみべのおびとくろまろが、夢の裡に此の恋の歌を 作みて友に贈り、覚めて誦習うたはしむるに前もとの如しといふ。
校異 干稲→々々 [尼][類][古] / 不→令 [西(訂正左書)][矢][京]
事項 雑歌 作者:忌部黒麻呂 伝承 序詞 恋情 説話
訓異 ししだのいねを;ししたのいねを, くらにあげて;くらにつみて, あなひねひねし;あなうたうたし, あがこふらくは;わかこふらくは,
   
  16/3849
題詞 猒世間無常歌二首
題訓 世間よのなかの常無きを厭ふ歌三首(3852含む)
原文 生死之 二海乎 猒見 潮干乃山乎 之努比鶴鴨
訓読 生き死にの二つの海を厭はしみ潮干の山を偲ひつるかも
仮名 いきしにの ふたつのうみを いとはしみ しほひのやまを しのひつるかも
左注 (右歌二首河原寺之佛堂裏在倭琴面之)
校異 なし
事項 雑歌 無常 厭世 仏教 須弥山 華厳経 川原寺 明日香 奈良
訓異 いとはしみ;いとひみて,
   
  16/3850
題詞 (猒世間無常歌二首)
原文 世間之 繁借廬尓 住々而 将至國之 多附不知聞
訓読 世間の繁き仮廬に住み住みて至らむ国のたづき知らずも
仮名 よのなかの しげきかりほに すみすみて いたらむくにの たづきしらずも
左注 右歌二首河原寺之佛堂裏在倭琴面之
左注訓 右の歌三首は、河原寺の仏堂ほとけどのの裡の倭琴やまとことの面おもに在り。(3852含む)
校異 なし
事項 雑歌 仏教 厭世 世間虚仮 極楽 川原寺 明日香 奈良
訓異 しげきかりほに;しけきかりほに, たづきしらずも;たつきしらすも,
   
  16/3851
題詞 なし
題訓 藐姑射はこやの山の歌一首
原文 心乎之 無何有乃郷尓 置而有者 藐狐射能山乎 見末久知香谿務
訓読 心をし無何有の郷に置きてあらば藐孤射の山を見まく近けむ
仮名 こころをし むがうのさとに おきてあらば はこやのやまを みまくちかけむ
左注 右歌一首
左注訓 右の歌一首は、作主よみひと未詳しらず。
校異 なし
事項 雑歌 荘子 遁世 無心
訓異 むがうのさとに;ふかうのさとに, おきてあらば;おきたらは,
   
  16/3852
題詞 なし
題訓 (世間よのなかの常無きを厭ふ歌三首)
原文 鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼
訓読 鯨魚取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ
仮名 いさなとり うみやしにする やまやしにする しぬれこそ うみはしほひて やまはかれすれ
左注 右歌一首
左注訓 右の歌三首(3849・3850・3852)は、河原寺の仏堂ほとけどのの裡の倭琴やまとことの面おもに在り。
校異 なし
事項 雑歌 枕詞 仏教 輪廻 無常 旋頭歌 譬喩
訓異 しぬれこそ;しねはこそ,
   
  16/3853
題詞 嗤咲痩人歌二首
題訓 痩人やせひとを嗤咲ける歌二首
題訓 痩人やせひとを嗤咲ける歌二首
原文 石麻呂尓 吾物申 夏痩尓 <吉>跡云物曽 武奈伎取<喫> [賣世反也]
訓読 石麻呂に我れ物申す夏痩せによしといふものぞ鰻捕り食せ [賣世反也]
仮名 いはまろに われものまをす なつやせに よしといふものぞ むなぎとりめせ
左注 (右有吉田連老字曰石麻呂 所謂仁<敬>之子也 其老為人身體甚痩 雖多喫飲形以飢饉 <因>此大伴宿祢家持聊作斯歌以為戯咲也)
校異 告→吉 [類][古][紀] / 食→喫 [尼][類]
事項 雑歌 吉田老 作者:大伴家持 戯笑 嘲笑 動物
訓異 いはまろに;いしまろに, われものまをす;われものまうす, よしといふものぞ;よしといふものそ, むなぎとりめせ;むなきとりめせ,
   
  16/3854
題詞 (嗤咲痩人歌二首)
原文 痩々母 生有者将在乎 波多也波多 武奈伎乎漁取跡 河尓流勿
訓読 痩す痩すも生けらばあらむをはたやはた鰻を捕ると川に流るな
仮名 やすやすも いけらばあらむを はたやはた むなぎをとると かはにながるな
左注 右有吉田連老字曰石麻呂 所謂仁<敬>之子也 其老為人身體甚痩 雖多喫飲形以飢饉 <因>此大伴宿祢家持聊作斯歌以為戯咲也
左注訓 右、吉田連老といふひと有り。字をば石麻呂と曰へり。 所謂仁教の子なり。其の老、為人身体かたち甚いたく痩せたり。 多く喫飲のみくらへども、形飢饉うゑひとのごとし。此に因りて大伴 宿禰家持、聊か斯の歌を作みて戯咲あざけりす。
校異 漁取 [尼][類] 漁 / 教→敬 [尼][類][古] / <>→因 [西(右書)][尼][類][古]
事項 雑歌 作者:大伴家持 吉田老 戯笑 嘲笑 動物
訓異 やすやすも;やせやせも, いけらばあらむを;いけらはあらむを, むなぎをとると;むなきをとると, かはにながるな;かはになかるな,
   
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題詞 高宮王詠數首物歌二首
題訓 高宮王の数種くさぐさの物を詠める歌二首
原文 コ莢尓 延於保登礼流 屎葛 絶事無 宮将為
訓読 さう莢に延ひおほとれる屎葛絶ゆることなく宮仕へせむ
仮名 さうけふに はひおほとれる くそかづら たゆることなく みやつかへせむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:高宮王 物名 宴席 即興 植物
訓異 さうけふに;ふちのきに, くそかづら;くそかつら,
   
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題詞 (高宮王詠數首物歌二首)
原文 波羅門乃 作有流小田乎 喫烏 <瞼>腫而 幡幢尓居
訓読 波羅門の作れる小田を食む烏瞼腫れて幡桙に居り
仮名 ばらもにの つくれるをだを はむからす まなぶたはれて はたほこにをり
左注 なし
校異 サ→瞼 [古][紀][矢][京]
事項 雑歌 作者:高宮王 物名 宴席 即興 動物
訓異 ばらもにの;はらもんの, つくれるをだを;つくれるをたを, まなぶたはれて;まなふたはれて,
   
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題詞 戀夫君歌一首
題訓 夫せの君を恋ふる歌一首
原文 飯喫騰 味母不在 雖行徃 安久毛不有 赤根佐須 君之情志 忘可祢津藻
訓読 飯食めど うまくもあらず 行き行けど 安くもあらず あかねさす 君が心し 忘れかねつも
仮名 いひはめど うまくもあらず ゆきゆけど やすくもあらず あかねさす きみがこころし わすれかねつも
左注 右歌一首傳云 佐為王有近習婢也 于時宿直不遑夫君難遇 感情馳結係戀實深 於是當宿之夜夢裏相見 覺寤<探>抱曽無觸手 尓乃哽咽歔欷高聲吟詠此歌 因王聞之哀慟永免侍宿也
左注訓 右の歌一首は、伝云けらく、佐為王さゐのおほきみ、近習婢まかたち有り。 時に宿直とのゐ遑いとまなく、夫の君遇ひ難し。感情こころいたく結 ぼれ、係恋おもひ実まことに深し。ここに宿とのゐに当たる夜、夢 の裡に相見る。覚寤おどろきて探抱かきさぐれども手にも触れず。 すなはち哽咽歔欷かなしみ、高く此の歌を吟詠うたひき。因かれ 王聞かして、哀慟あはれみたまひ、永へに侍宿とのゐすることを 免ゆるしき。
校異 採→探 [尼][紀]
事項 雑歌 枕詞 伝承 佐為王婢 遊仙窟 恋情 誦詠
訓異 いひはめど;いひはめと, うまくもあらず;うまくもあらす, ゆきゆけど;ありけとも, やすくもあらず;やすくもあらす, きみがこころし;きみかこころし,
   
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題詞 なし
題訓 恋の歌二首
原文 比来之 吾戀力 記集 功尓申者 五位乃冠
訓読 このころの我が恋力記し集め功に申さば五位の冠
仮名 このころの あがこひぢから しるしあつめ くうにまをさば ごゐのかがふり
左注 (右歌二首)
校異 なし
事項 雑歌 恋情 戯笑 嘲笑 誦詠 宴席
訓異 あがこひぢから;わかこひちから, くうにまをさば;くうにまうさは, ごゐのかがふり;こゐのかうふり,
   
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題詞 なし
原文 <頃>者之 吾戀力 不給者 京兆尓 出而将訴
訓読 このころの我が恋力賜らずはみさとづかさに出でて訴へむ
仮名 このころの あがこひぢから たばらずは みさとづかさに いでてうれへむ
左注 右歌二首
左注訓 右の歌二首は、作者未詳。
校異 項→頃 [温][細]
事項 雑歌 恋情 戯笑 嘲笑 誦詠 宴席
訓異 あがこひぢから;わかこひちから, たばらずは;たまはすは, みさとづかさに;みやこにいてて, いでてうれへむ;いててうたへまうさむ,
   
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題詞 筑前國志賀白水郎歌十首
題訓 筑前国つくしのみちのくちのくに志賀しかの白水郎あまが歌十首とを
原文 王之 不遣尓 情進尓 行之荒雄良 奥尓袖振
訓読 大君の遣はさなくにさかしらに行きし荒雄ら沖に袖振る
仮名 おほきみの つかはさなくに さかしらに ゆきしあらをら おきにそでふる
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 なし
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 代作 福岡 志賀島 神亀 年紀
訓異 つかはさなくに;つかはささるに, おきにそでふる;おきにそてふる,
   
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題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 荒雄良乎 将来可不来可等 飯盛而 門尓出立 雖待来不座
訓読 荒雄らを来むか来じかと飯盛りて門に出で立ち待てど来まさず
仮名 あらをらを こむかこじかと いひもりて かどにいでたち まてどきまさず
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 なし
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 荒雄妻 女歌 福岡 志賀島 神亀 年紀
訓異 こむかこじかと;こむかこしかと, かどにいでたち;かとにいてたち, まてどきまさず;まてときまさす,
   
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題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 志賀乃山 痛勿伐 荒雄良我 余須可乃山跡 見管将偲
訓読 志賀の山いたくな伐りそ荒雄らがよすかの山と見つつ偲はむ
仮名 しかのやま いたくなきりそ あらをらが よすかのやまと みつつしのはむ
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 なし
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 荒雄妻 女歌 地名 志賀島 福岡 神亀 年紀
訓異 あらをらが;あらをらか,
   
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題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 荒雄良我 去尓之日従 志賀乃安麻乃 大浦田沼者 不樂有哉
訓読 荒雄らが行きにし日より志賀の海人の大浦田沼は寂しくもあるか
仮名 あらをらが ゆきにしひより しかのあまの おほうらたぬは さぶしくもあるか
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 なし
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 荒雄妻 女歌 地名 志賀島 福岡 神亀 年紀
訓異 あらをらが;あらをらか, さぶしくもあるか;かなしくもあるか,
   
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題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 官許曽 指弖毛遣米 情出尓 行之荒雄良 波尓袖振
訓読 官こそさしても遣らめさかしらに行きし荒雄ら波に袖振る
仮名 つかさこそ さしてもやらめ さかしらに ゆきしあらをら なみにそでふる
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 なし
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 志賀島 福岡 神亀 年紀
訓異 なみにそでふる;なみにそてふる,
   
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題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 荒雄良者 妻子之産業乎波 不念呂 年之八歳乎 将騰来不座
訓読 荒雄らは妻子の業をば思はずろ年の八年を待てど来まさず
仮名 あらをらは めこのなりをば おもはずろ としのやとせを まてどきまさず
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 なし
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 荒雄妻 女歌 地名 志賀島 福岡 神亀 年紀
訓異 めこのなりをば;めこのわさをは, おもはずろ;おもはすろ, まてどきまさず;まてときまさす,
   
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題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 奥鳥 鴨云船之 還来者 也良乃<埼>守 早告許曽
訓読 沖つ鳥鴨とふ船の帰り来ば也良の崎守早く告げこそ
仮名 おきつとり かもとふふねの かへりこば やらのさきもり はやくつげこそ
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 崎→埼 [尼][類][紀]
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 荒雄妻 女歌 地名 志賀島 福岡 神亀 年紀
訓異 かもとふふねの;かもといふふねの, かへりこば;かへりこは, はやくつげこそ;はやくつけこそ,
   
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題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 奥鳥 鴨云舟者 也良乃<埼> 多未弖榜来跡 所<聞>許奴可聞
訓読 沖つ鳥鴨とふ船は也良の崎廻みて漕ぎ来と聞こえ来ぬかも
仮名 おきつとり かもとふふねは やらのさき たみてこぎくと きこえこぬかも
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 崎→埼 [尼][類][紀] / 聞礼→聞 [尼]
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 荒雄妻 女歌 地名 志賀島 福岡 神亀 年紀
訓異 かもとふふねは;かもといふふねは, たみてこぎくと;たみてこきくと, きこえこぬかも;きかしこぬかも,
   
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題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 奥去哉 赤羅小船尓 褁遣者 若人見而 解披見鴨
訓読 沖行くや赤ら小舟につと遣らばけだし人見て開き見むかも
仮名 おきゆくや あからをぶねに つとやらば けだしひとみて ひらきみむかも
左注 (右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌)
校異 なし
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 荒雄妻 女歌 地名 志賀島 福岡 神亀 年紀
訓異 あからをぶねに;あからをふねに, つとやらば;つとやらは, けだしひとみて;わかきひとみて, ひらきみむかも;ときあけみむかも,
   
  16/3869
題詞 (筑前國志賀白水郎歌十首)
原文 大船尓 小船引副 可豆久登毛 志賀乃荒雄尓 潜将相八方
訓読 大船に小舟引き添へ潜くとも志賀の荒雄に潜き逢はめやも
仮名 おほぶねに をぶねひきそへ かづくとも しかのあらをに かづきあはめやも
左注 右以神龜年中大宰府差筑前國宗像郡之百姓宗形部津麻呂宛對馬送粮舶柁師也 于時津麻呂詣於滓屋郡志賀村白水郎荒雄之許語曰 僕有小事若疑不許歟 荒雄答曰 走雖異郡同船日久 志篤兄弟在於殉死 豈復辞哉 津麻呂曰府官差僕宛對馬送粮舶柁師 容齒衰老不堪海路 故来祇候願垂相替矣 於是荒雄許諾遂従彼事自肥前國松浦縣美祢良久<埼>發舶直射對馬渡海登時忽天暗冥暴風交雨竟無順風沈没海中焉 因斯妻子等不勝犢慕裁作此歌 或云 筑前國守山上憶良臣悲感妻子之傷述志而作此歌
左注訓 右、神亀の年中とし、太宰府おほみこともちのつかさ、筑前国宗像郡の 百姓おほみたから、宗形部津麻呂を差して、對馬の粮かてを送る 舶の柁師かぢとりに充あつ。時に津麻呂、滓屋かすや郡志賀村の白 水郎、荒雄が許に詣ゆきて語りけらく、「僕あれ小事ことあり。 もし許さじか」。荒雄答へけらく、「僕郡こほり異かはれど も、船に同あひのること日久し。志兄弟はらからより篤し。殉死ともにし ぬとも、なぞも辞いなまむ」。津麻呂が曰く、「府官つかさ僕あれ を差して對馬の粮かてを送る舶の柁師かぢとりに充あつ。容歯よはひ衰老おとろ へ海つ路ぢに堪へず。故かれ来たりて祇候さもらふ。願はくは相 替りてよ」。ここに荒雄、許諾うべなひて遂に彼その事に従ひ、 肥前国松浦県美弥良久みみらくの埼より発舶ふなだちして、直に對馬 を射して海を渡る。すなはち天そら暗冥くらがり、暴風よこしまかぜ雨に 交じり、竟に順風おひて無くして、海中うみに沈没しづみき。因斯かれ妻め 子こ等、特慕しぬひかねて此の謌を裁作よめり。或ひは、筑前 国守山上憶良臣、妻子の傷みを悲感かなしみ、志を述べて此 の歌を作めりといへり。
校異 崎→埼 [尼][類][紀]
事項 雑歌 作者:山上憶良 志賀白水郎 荒雄 伝承 同情 恋情 功績 悲別 代作 荒雄妻 女歌 地名 志賀島 福岡 神亀 年紀
訓異 おほぶねに;おほふねに, をぶねひきそへ;をふねひきそへ, かづくとも;かつくとも, かづきあはめやも;かつきあはむやも,
   
  16/3870
題詞 なし
題訓 無名歌六首
原文 紫乃 粉滷乃海尓 潜鳥 珠潜出者 吾玉尓将為
訓読 紫の粉潟の海に潜く鳥玉潜き出ば我が玉にせむ
仮名 むらさきの こがたのうみに かづくとり たまかづきでば わがたまにせむ
左注 右歌一首
校異 なし
事項 雑歌 地名 枕詞 動物 民謡 歌謡 恋愛 譬喩
訓異 こがたのうみに;こかたのうみに, かづくとり;かつくとり, たまかづきでば;たまかつきいては, わがたまにせむ;わかたまにせむ,
   
  16/3871
題詞 なし
原文 角嶋之 迫門乃稚海藻者 人之共 荒有之可杼 吾共者和海藻
訓読 角島の瀬戸のわかめは人の共荒かりしかど我れとは和海藻
仮名 つのしまの せとのわかめは ひとのむた あらかりしかど われとはにきめ
左注 右歌一首
校異 なし
事項 雑歌 地名 山口 植物 民謡 歌謡 歌垣 譬喩
訓異 ひとのむた;ひとのとも, あらかりしかど;あれたりしかと, われとはにきめ;わかともはわかめ,
   
  16/3872
題詞 なし
原文 吾門之 榎實毛利喫 百千鳥 々々者雖来 君曽不来座
訓読 我が門の榎の実もり食む百千鳥千鳥は来れど君ぞ来まさぬ
仮名 わがかどの えのみもりはむ ももちとり ちとりはくれど きみぞきまさぬ
左注 (右歌二首)
校異 なし
事項 雑歌 植物 動物 女歌 怨恨 恋情 民謡 歌謡
訓異 わがかどの;わかかとの, ちとりはくれど;ちとりはくれと, きみぞきまさぬ;きみそきまさす,
   
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題詞 なし
原文 吾門尓 千鳥數鳴 起余々々 我一夜妻 人尓所知名
訓読 我が門に千鳥しば鳴く起きよ起きよ我が一夜夫人に知らゆな
仮名 わがかどに ちとりしばなく おきよおきよ わがひとよづま ひとにしらゆな
左注 右歌二首
校異 なし
事項 雑歌 動物 女歌 遊行女婦 歌謡
訓異 わがかどに;わかかとに, ちとりしばなく;ちとりしはなく, わがひとよづま;わかひとよつま, ひとにしらゆな;ひとにしらすな,
   
  16/3874
題詞 なし
原文 所射鹿乎 認河邊之 和草 身若可倍尓 佐宿之兒等波母
訓読 射ゆ鹿を認ぐ川辺のにこ草の身の若かへにさ寝し子らはも
仮名 いゆししを つなぐかはへの にこぐさの みのわかかへに さねしこらはも
左注 右歌一首
校異 なし
事項 雑歌 恋愛 回想 歌謡 動物 序詞
訓異 いゆししを;いるしかを, つなぐかはへの;とむるかはへの, にこぐさの;にこくさの, みのわかかへに;みわかきかへに,
   
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題詞 なし
原文 琴酒乎 押垂小野従 出流水 奴流久波不出 寒水之 心毛計夜尓 所念 音之少寸 道尓相奴鴨 少寸四 道尓相佐婆 伊呂雅世流 菅笠小笠 吾宇奈雅流 珠乃七條 取替毛 将申物乎 少寸 道尓相奴鴨
訓読 琴酒を 押垂小野ゆ 出づる水 ぬるくは出でず 寒水の 心もけやに 思ほゆる 音の少なき 道に逢はぬかも 少なきよ 道に逢はさば 色げせる 菅笠小笠 我がうなげる 玉の七つ緒 取り替へも 申さむものを 少なき道に 逢はぬかも
仮名 ことさけを おしたれをのゆ いづるみづ ぬるくはいでず さむみづの こころもけやに おもほゆる おとのすくなき みちにあはぬかも すくなきよ みちにあはさば いろげせる すげかさをがさ わがうなげる たまのななつを とりかへも まをさむものを すくなきみちに あはぬかも
左注 右歌一首
校異 なし
事項 雑歌 序詞 問答 恋愛
訓異 おしたれをのゆ;おしたれをのに, いづるみづ;いつるみつ, ぬるくはいでず;ぬるくはいてす, さむみづの;ひやみつの, みちにあはぬかも;みちにあひぬかも, みちにあはさば;みちにあへるさは, いろげせる;いろちせる, すげかさをがさ;すかかさをかさ, わがうなげる;わかうなける, とりかへも;とりすても, まをさむものを;まうさむものを, あはぬかも;あひぬかも,
   
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題詞 豊前國白水郎歌一首
題訓 豊前国とよくにのみちのくちの白水郎あまが歌一首
原文 豊國 企玖乃池奈流 菱之宇礼乎 採跡也妹之 御袖所沾計武
訓読 豊国の企救の池なる菱の末を摘むとや妹がみ袖濡れけむ
仮名 とよくにの きくのいけなる ひしのうれを つむとやいもが みそでぬれけむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 福岡 採菱 労働 民謡 地名
訓異 つむとやいもが;つむとやいもか, みそでぬれけむ;みそてぬれけむ,
   
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題詞 豊後國白水郎歌一首
題訓 豊後国とよくにのみちのしりの白水郎が歌一首
原文 紅尓 染而之衣 雨零而 尓保比波雖為 移波米也毛
訓読 紅に染めてし衣雨降りてにほひはすともうつろはめやも
仮名 くれなゐに そめてしころも あめふりて にほひはすとも うつろはめやも
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 大分 民謡 恋愛 歌謡
訓異 -
   
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題詞 能登國歌三首
題訓 能登の国の歌三首
原文 <堦>楯 熊来乃夜良尓 新羅斧 堕入 和之 河毛R河毛R 勿鳴為曽弥 浮出流夜登将見 和之
訓読 はしたての 熊来のやらに 新羅斧 落し入れ わし かけてかけて な泣かしそね 浮き出づるやと見む わし
仮名 はしたての くまきのやらに しらきをの おとしいれ わし かけてかけて ななかしそね うきいづるやとみむ わし
左注 右一首傳云 或有愚人 斧堕海底而不解鐵沈無理浮水 聊作此歌口吟為喩也
左注訓 右の歌一首は、伝云けらく、或る愚人かたくなひと、斧の 海底うみに堕ちて、鉄かね沈しづきて浮かばざることを解さとら ざりしかば、聊か此の歌をよみて喩さとせりき。
校異 楷→堦 [尼][類][紀] / 河 [類](塙) 阿
事項 雑歌 石川 枕詞 民謡 歌謡 中島町 伝承 嘲笑 戯笑
訓異 おとしいれ;おとしいるる, うきいづるやとみむ;うきいつるやとはたみてむ,
   
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題詞 (能登國歌三首)
原文 堦楯 熊来酒屋尓 真奴良留奴 和之 佐須比立 率而来奈麻之乎 真奴良留奴 和之
訓読 はしたての 熊来酒屋に まぬらる奴 わし さすひ立て 率て来なましを まぬらる奴 わし
仮名 はしたての くまきさかやに まぬらるやつこ わし さすひたて ゐてきなましを まぬらるやつこ わし
左注 右一首
校異 なし
事項 雑歌 石川 枕詞 中島町 民謡 歌謡 嘲笑 戯笑
訓異 まぬらるやつこ;まのらるの, まぬらるやつこ;まのらるの,
   
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題詞 (能登國歌三首)
原文 所聞多祢乃 机之嶋能 小螺乎 伊拾持来而 石以 都追伎破夫利 早川尓 洗濯 辛塩尓 古胡登毛美 高坏尓盛 机尓立而 母尓奉都也 目豆兒乃<ス> 父尓獻都也 身女兒乃<ス>
訓読 鹿島嶺の 机の島の しただみを い拾ひ持ち来て 石もち つつき破り 早川に 洗ひ濯ぎ 辛塩に こごと揉み 高坏に盛り 机に立てて 母にあへつや 目豆児の刀自 父にあへつや 身女児の刀自
仮名 かしまねの つくゑのしまの しただみを いひりひもちきて いしもち つつきやぶり はやかはに あらひすすぎ からしほに こごともみ たかつきにもり つくゑにたてて ははにあへつや めづこのとじ ちちにあへつや みめこのとじ
左注 なし
校異 屓→ス [尼]
事項 雑歌 石川 地名 能登島 民謡 歌謡
訓異 かしまねの;そもたねの, つくゑのしまの;つくえのしまの, しただみを;したたみを, いひりひもちきて;いひろひもちきて, いしもち;いしもちて, つつきやぶり;つつきやふり, あらひすすぎ;あらひすすき, こごともみ;ここともみ, つくゑにたてて;つくえにたてて, ははにあへつや;ははにまつりつや, めづこのとじ;めつちこのまけ, ちちにあへつや;ちちにまつりつや, みめこのとじ;みめちこのまけ,
   
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題詞 越中國歌四首
題訓 越中国こしのみちのなかのくにの歌四首
原文 大野路者 繁道森p 之氣久登毛 君志通者 p者廣計武
訓読 大野道は茂道茂路茂くとも君し通はば道は広けむ
仮名 おほのぢは しげちしげみち しげくとも きみしかよはば みちはひろけむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 富山 転用 女歌 恋愛 民謡 歌謡
訓異 おほのぢは;おほのちは, しげちしげみち;しけちはしけち, しげくとも;しけくとも, きみしかよはば;きみしかよはは,
   
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題詞 (越中國歌四首)
原文 澁谿乃 二上山尓 鷲曽子産跡云 指羽尓毛 君之御為尓 鷲曽子生跡云
訓読 渋谿の二上山に鷲ぞ子産むといふ翳にも君のみために鷲ぞ子産むといふ
仮名 しぶたにの ふたがみやまに わしぞこむといふ さしはにも きみのみために わしぞこむといふ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 富山 地名 民謡 歌謡 旋頭歌
訓異 しぶたにの;しふたにの, ふたがみやまに;ふたかみやまに, わしぞこむといふ;わしそこうむといふ, きみのみために;きみかみために, わしぞこむといふ;わしそこうむといふ,
   
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題詞 (越中國歌四首)
原文 伊夜彦 於能礼神佐備 青雲乃 田名引日<須>良 霂曽保零 [一云 安奈尓可武佐備]
訓読 弥彦おのれ神さび青雲のたなびく日すら小雨そほ降る [一云 あなに神さび]
仮名 いやひこ おのれかむさび あをくもの たなびくひすら こさめそほふる [あなにかむさび]
左注 なし
校異 <>→須 [代匠記精撰本]
事項 雑歌 越後 新潟 地名 神事 歌謡
訓異 いやひこ;いやひこの, おのれかむさび;おのれかみさひ, たなびくひすら;たなひくひすら, [あなにかむさび];あなにかむさひ,
   
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題詞 (越中國歌四首)
原文 伊夜彦 神乃布本 今日良毛加 鹿乃伏<良>武 皮服著而 角附奈我良
訓読 弥彦神の麓に今日らもか鹿の伏すらむ皮衣着て角つきながら
仮名 いやひこ かみのふもとに けふらもか しかのふすらむ かはころもきて つのつきながら
左注 なし
校異 <>→良 [西(左書)][尼][紀][温]
事項 雑歌 越後 新潟 仏足石歌体 神事 歌謡
訓異 いやひこ;いやひこの, かはころもきて;かはのきぬきて, つのつきながら;つのつきなから,
   
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題詞 乞食者<詠>二首
題訓 乞食者ほかひひとの詠うた二首
原文 伊刀古 名兄乃君 居々而 物尓伊行跡波 韓國乃 虎云神乎 生取尓 八頭取持来 其皮乎 多々弥尓刺 八重疊 平群乃山尓 四月 与五月間尓 藥猟 仕流時尓 足引乃 此片山尓 二立 伊智比何本尓 梓弓 八多婆佐弥 比米加夫良 八多婆左弥 完待跡 吾居時尓 佐男鹿乃 来<立>嘆久 頓尓 吾可死 王尓 吾仕牟 吾角者 御笠乃<波>夜詩 吾耳者 御墨坩 吾目良波 真墨乃鏡 吾爪者 御弓之弓波受 吾毛等者 御筆波夜斯 吾皮者 御箱皮尓 吾完者 御奈麻須波夜志 吾伎毛母 御奈麻須波夜之 吾美義波 御塩乃波夜之 耆矣奴 吾身一尓 七重花佐久 八重花生跡 白賞尼 <白賞尼>
訓読 いとこ 汝背の君 居り居りて 物にい行くとは 韓国の 虎といふ神を 生け捕りに 八つ捕り持ち来 その皮を 畳に刺し 八重畳 平群の山に 四月と 五月との間に 薬猟 仕ふる時に あしひきの この片山に 二つ立つ 櫟が本に 梓弓 八つ手挟み ひめ鏑 八つ手挟み 獣待つと 我が居る時に さを鹿の 来立ち嘆かく たちまちに 我れは死ぬべし 大君に 我れは仕へむ 我が角は み笠のはやし 我が耳は み墨の坩 我が目らは ますみの鏡 我が爪は み弓の弓弭 我が毛らは み筆はやし 我が皮は み箱の皮に 我が肉は み膾はやし 我が肝も み膾はやし 我がみげは み塩のはやし 老いたる奴 我が身一つに 七重花咲く 八重花咲くと 申しはやさね 申しはやさね
仮名 いとこ なせのきみ をりをりて ものにいゆくとは からくにの とらといふかみを いけどりに やつとりもちき そのかはを たたみにさし やへたたみ へぐりのやまに うづきと さつきとのまに くすりがり つかふるときに あしひきの このかたやまに ふたつたつ いちひがもとに あづさゆみ やつたばさみ ひめかぶら やつたばさみ ししまつと わがをるときに さをしかの きたちなげかく たちまちに われはしぬべし おほきみに われはつかへむ わがつのは みかさのはやし わがみみは みすみのつほ わがめらは ますみのかがみ わがつめは みゆみのゆはず わがけらは みふみてはやし わがかはは みはこのかはに わがししは みなますはやし わがきもも みなますはやし わがみげは みしほのはやし おいたるやつこ あがみひとつに ななへはなさく やへはなさくと まをしはやさね まをしはやさね
左注 右歌一首為鹿述痛作之也
左注訓 右の歌一首は、鹿の為に痛おもひを述べてよめり。
校異 詠歌 [西(右書)]→詠 [類][紀][細] / 完 [類] 宍 / 立来→立 [尼] / 婆→波 [尼][類][紀] / 完 [類] 宍 / 々々々→白賞尼 [尼][類][紀]
事項 雑歌 作者:乞食者 寿歌 枕詞 歌謡
訓異 いとこ;いとふるき, なせのきみ;なあにのきみは, いけどりに;いけとりに, たたみにさし;たたみにさして, へぐりのやまに;へくりのやまに, うづきと;うつきとや, さつきとのまに;さつきほとに, くすりがり;くすりかり, いちひがもとに;いちひかもとに, あづさゆみ;あつさゆみ, やつたばさみ;はたはさみ, ひめかぶら;ひめかふら, やつたばさみ;はたはさみ, わがをるときに;わかをるときに, きたちなげかく;きたちきなけく, われはしぬべし;われしにぬへし, わがつのは;わかつのは, わがみみは;わかみみは, みすみのつほ;みすみのつほに, わがめらは;わかめらは, ますみのかがみ;ますみのかかみ, わがつめは;わかつめは, みゆみのゆはず;みゆみのゆはす, わがけらは;わかけらは, みふみてはやし;みふてのはやし, わがかはは;わかかはは, わがししは;わかししは, わがきもも;わかきもも, わがみげは;わかみちは, おいたるやつこ;おいはてをぬ, あがみひとつに;わかみひとつに, まをしはやさね;まうさね, まをしはやさね;まうさね,
   
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題詞 (乞食者<詠>二首)
原文 忍照八 難波乃小江尓 廬作 難麻理弖居 葦河尓乎 王召跡 何為牟尓 吾乎召良米夜 明久 <吾>知事乎 歌人跡 和乎召良米夜 笛吹跡 和乎召良米夜 琴引跡 和乎召良米夜 彼<此>毛 <命>受牟跡 今日々々跡 飛鳥尓到 雖<置> <々>勿尓到 雖不策 都久怒尓到 東 中門由 参納来弖 命受例婆 馬尓己曽 布毛太志可久物 牛尓己曽 鼻縄波久例 足引乃 此片山乃 毛武尓礼乎 五百枝波伎垂 天光夜 日乃異尓干 佐比豆留夜 辛碓尓舂 庭立 <手>碓子尓舂 忍光八 難波乃小江乃 始垂乎 辛久垂来弖 陶人乃 所作瓶乎 今日徃 明日取持来 吾目良尓 塩柒給 <腊>賞毛 <腊賞毛>
訓読 おしてるや 難波の小江に 廬作り 隠りて居る 葦蟹を 大君召すと 何せむに 我を召すらめや 明けく 我が知ることを 歌人と 我を召すらめや 笛吹きと 我を召すらめや 琴弾きと 我を召すらめや かもかくも 命受けむと 今日今日と 飛鳥に至り 置くとも 置勿に至り つかねども 都久野に至り 東の 中の御門ゆ 参入り来て 命受くれば 馬にこそ ふもだしかくもの 牛にこそ 鼻縄はくれ あしひきの この片山の もむ楡を 五百枝剥き垂り 天照るや 日の異に干し さひづるや 韓臼に搗き 庭に立つ 手臼に搗き おしてるや 難波の小江の 初垂りを からく垂り来て 陶人の 作れる瓶を 今日行きて 明日取り持ち来 我が目らに 塩塗りたまひ きたひはやすも きたひはやすも
仮名 おしてるや なにはのをえに いほつくり なまりてをる あしがにを おほきみめすと なにせむに わをめすらめや あきらけく わがしることを うたひとと わをめすらめや ふえふきと わをめすらめや ことひきと わをめすらめや かもかくも みことうけむと けふけふと あすかにいたり おくとも おくなにいたり つかねども つくのにいたり ひむがしの なかのみかどゆ まゐりきて みことうくれば うまにこそ ふもだしかくもの うしにこそ はなづなはくれ あしひきの このかたやまの もむにれを いほえはきたり あまてるや ひのけにほし さひづるや からうすにつき にはにたつ てうすにつき おしてるや なにはのをえの はつたりを からくたりきて すゑひとの つくれるかめを けふゆきて あすとりもちき わがめらに しほぬりたまひ きたひはやすも きたひはやすも
左注 右歌一首為蟹述痛作之也
左注訓 右の歌一首は、蟹の為に痛おもひを述べてよめり。
校異 若→吾 [尼][類][紀] / <>→此 [万葉集古義] / 令→命 [尼][類] / 立→置 (塙) / 置→々 (塙) / <>→手 [尼][類] / 時→腊 [尼][類] / 々々々→腊賞毛 [尼][類][紀]
事項 雑歌 作者:乞食者 寿歌 歌謡 枕詞
訓異 なまりてをる;かたまりてをる, あしがにを;あしかにを, わがしることを;わかしることを, わをめすらめや;わをぬすらめや, かもかくも;かれも, みことうけむと;うけむと, おくとも;たてれとも, おくなにいたり;おきなにいたり, つかねども;うたねとも, つくのにいたり;つくぬにいたり, ひむがしの;ひくかしの, なかのみかどゆ;なかのみかとゆ, まゐりきて;まいりいりきて, みことうくれば;おほすれは, ふもだしかくもの;ふもたしかくも, はなづなはくれ;はなはなはくれ, いほえはきたり;いほえはきたれ, ひのけにほし;ひのけにほして, さひづるや;さひつるや, にはにたつ;にはにたち, てうすにつき;からうすにつき, はつたりを;はつたれを, からくたりきて;からくたれきて, わがめらに;わかめらに, しほぬりたまひ;しほぬりたへと, きたひはやすも;まうさも, きたひはやすも;まうさも,
   
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題詞 怕物歌三首
題訓 怕おどろしき物の歌三首
原文 天尓有哉 神樂良能小野尓 茅草苅 々々<婆>可尓 鶉乎立毛
訓読 天にあるやささらの小野に茅草刈り草刈りばかに鶉を立つも
仮名 あめにあるや ささらのをのに ちがやかり かやかりばかに うづらをたつも
左注 なし
校異 波→婆 [尼][類][古]
事項 雑歌 宴席 恐怖 動物 誦詠 異界
訓異 ちがやかり;ちかやかり, かやかりばかに;かやかりはかに, うづらをたつも;うつらをたつも,
   
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題詞 (怕物歌三首)
原文 奥國 領君之 <柒>屋形 黄<柒>乃屋形 神之門<渡>
訓読 沖つ国うしはく君の塗り屋形丹塗りの屋形神の門渡る
仮名 おきつくに うしはくきみの ぬりやかた にぬりのやかた かみのとわたる
左注 なし
校異 染→柒 (塙) / 涙→渡 [尼][紀]
事項 雑歌 宴席 恐怖 異界 誦詠
訓異 うしはくきみの;しらせしきみか, ぬりやかた;そめやかた, にぬりのやかた;きそめのやかた,
   
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題詞 (怕物歌三首)
原文 人魂乃 佐青有<公>之 但獨 相有之雨夜<乃> 葉非左思所念
訓読 人魂のさ青なる君がただひとり逢へりし雨夜の葉非左し思ほゆ
仮名 ひとたまの さをなるきみが ただひとり あへりしあまよの ***しおもほゆ
左注 なし
校異 君→公 [類][古][紀] / <>→乃 [尼][類][古]
事項 雑歌 難訓 恐怖 宴席 誦詠
訓異 さをなるきみが;さをなるきみか, ただひとり;たたひとり, あへりしあまよの;あへりしあまよは, ***しおもほゆ;ひさしとそおもふ,