枕草子137段 五月ばかり、月もなういと暗きに

頭の弁の職 枕草子
中巻上
137段
五月ばかり
円融院の

(旧)大系:137段
新大系:130段、新編全集:131段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:140段
 


 
 五月ばかり、月もなういと暗きに、「女房や候ひ給ふ」と声々して言へば、「出でて見よ。例ならず言ふは誰ぞとよ」と仰せらるれば、「こは誰そ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」と言ふ。
 ものも言はで御簾をもたげて、そよろとさし入るる、呉竹なりけり。
 「おい、この君にこそ」と言ひたるを聞きて「いざいざ、これまづ殿上に行きて語らむ」とて、式部卿の宮の源中将、六位どもなどありけるは、去ぬ。
 

 頭の弁はとまり給へり。
 「あやしくても去ぬる者どもかな。御前の竹を折りて、歌詠まむとしつるを、『同じくは職に参りて女房など呼び出できこえて』とて来つるに、呉竹の名をいととく言はれて去ぬるこそ、いとをかしけれ。誰が教へを聞きて、人のなべ知るべうもあらぬ事をば言ふぞ」など、宣へば、「竹の名とも知らぬものを。なめしとやおぼしつらむ」と言へば、「まことに、そは知らじを」など、宣ふ。
 

 まめごとなども言ひあはせてゐ給へるに、「栽ゑてこの君と称す」と誦じて、また集まり来たれば「殿上にて言ひ期しつる本意もなくては、など、帰り給ひぬるぞとあやしうこそありつれ」と宣へば、「さることには、なにの答へをかせむ。なかなかならむ。殿上にて言ひののしるを、上もきこしめして興ぜさせおはしましつ」と語る。
 頭の弁もろともに、同じことを返す返す誦じ給ひて、いとをかしければ、人々、皆とりどりにものなど言ひ明して、帰るとてもなほ、同じことを諸声に誦じて、左衛門の陣入るまで聞こゆ。
 

 つとめて、いととく、少納言の命婦といふが御文まゐらせたるに、この事を啓したりければ、下なるを召して、「さる事やありし」と問はせ給へば「知らず。なにとも知らで侍りしを、行成の朝臣のとりなしたるにや侍らむ」と申せば、「とりなすとも」とて、うち笑ませ給へり。誰が事をも、殿上人ほめけり、などきこしめすを、さ言はるる人をもよろこばせ給ふも、をかし。