源氏物語 19帖 薄雲:あらすじ・目次・原文対訳

松風 源氏物語
第一部
第19帖
薄雲
朝顔

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 
 

 薄雲のあらすじ

 光源氏31歳冬から32歳秋の話。

 明石の御方は悩みぬいた末、母尼君の説得もあって姫君を源氏に委ねることを決断する。雪の日に源氏が姫君を迎えに訪れ、明石の御方は涙ながらにそれを見送った。二条院では早速盛大な袴着が行われ、紫の上も今は姫君の可愛らしさに魅了されて、明石の御方のことも少しは許す気になるのだった。

 翌年、太政大臣(頭中将と葵の上の父)が亡くなり、その後も天変が相次いだ。不安定な政情の中、3月に病に臥していた藤壺が37歳で崩御。源氏は悲嘆のあまり、念誦堂に篭って泣き暮らした。法要が一段落した頃、藤壺の時代から仕えていた夜居の僧が、冷泉帝に出生の秘密を密かに告げた。衝撃を受けた帝は、実の父を臣下にしておくのは忍びないと考え源氏に位を譲ろうとしたが、源氏は強くそれを退けた。

(以上Wikipedia薄雲(源氏物語)より。色づけは本ページ)
 
目次
和歌抜粋内訳#薄雲(10首:別ページ)
主要登場人物
 
第19帖 薄雲
 光る源氏の内大臣時代
 三十一歳冬十二月から
 三十二歳秋までの物語
 
第一章 明石の物語 母子の雪の別れ
第二章 新春の女君たちの生活
第三章 藤壺女院の崩御
第四章 冷泉帝 出生の秘密と譲位ほのめかし
第五章 光る源氏 春秋優劣論と六条院造営の計画
 
 
第一章 明石の物語
 母子の雪の別れ
 第一段 明石、姫君の養女問題に苦慮する
 第二段 尼君、姫君を養女に出すことを勧める
 第三段 明石と乳母、和歌を唱和
 第四段 明石の母子の雪の別れ
 第五段 姫君、二条院へ到着
 第六段 歳末の大堰の明石
 
第二章 源氏の女君たちの物語
 新春の女君たちの生活
 第一段 東の院の花散里
 第二段 源氏、大堰山荘訪問を思いつく
 第三段 源氏、大堰山荘から嵯峨野の御堂、桂院に回る
 
第三章 藤壺の物語
 藤壺女院の崩御
 第一段 太政大臣薨去と天変地異
 第二段 藤壺入道宮の病臥
 第三段 藤壺入道宮の崩御
 第四段 源氏、藤壺を哀悼
 
第四章 冷泉帝の物語
 出生の秘密と譲位ほのめかし
 第一段 夜居僧都、帝に密奏
 第二段 冷泉帝、出生の秘密を知る
 第三段 帝、譲位の考えを漏らす
 第四段 帝、源氏への譲位を思う
 第五段 源氏、帝の意向を峻絶
 
第五章 光る源氏の物語
 春秋優劣論と六条院造営の計画
 第一段 斎宮女御、二条院に里下がり
 第二段 源氏、女御と往時を語る
 第三段 女御に春秋の好みを問う
 第四段 源氏、紫の君と語らう
 第五段 源氏、大堰の明石を訪う
 出典
 校訂
 

主要登場人物

 

光る源氏(ひかるげんじ)
三十一歳から三十二歳
呼称:源氏の大臣・内の大臣・大臣・大臣の君・殿・君
冷泉帝(れいぜいてい)
桐壺帝の第十皇子(実は光る源氏の子)
呼称:帝・内裏・主上
藤壺の宮(ふじつぼのみや)
冷泉帝の母
呼称:入道后の宮・入道の宮・后の宮・宮・故宮
明石の君(あかしのきみ)
源氏の妻
呼称:山里の人・大堰・母君・君・女
明石の姫君(あかしのひめぎみ)
光る源氏の娘
呼称:若君・姫君・君
明石の尼君(あかしのあまぎみ)
明石の君の母
呼称:尼君
紫の上(むらさきのうえ)
源氏の正妻
呼称:女君・対・上・君
夜居の僧都(よいのそうず)
藤壺の宮の加持僧
呼称:僧都
斎宮の女御(さいぐうのにょうご)
冷泉帝の女御
呼称:前斎宮・女御・宮・君

 
 以上の内容は、全て以下の原文のリンクを参照。文面はそのままで表記を若干整えた。
 
 
 

原文対訳

  定家本
(大島本
現代語訳
(渋谷栄一)
  薄雲
 
 

第一章 明石の物語 母子の雪の別れ

 
 

第一段 明石、姫君の養女問題に苦慮する

 
1  冬になりゆくままに、川づらの住まひ、いとど心細さまさりて、うはの空なる心地のみしつつ明かし暮らすを、君も、  冬になるにしたがって、川辺の生活は、ますます心細さがつのっていって、女君は上の空のような心地ばかりしながら毎日を暮らしているのを、君も、
2  「なほ、かくては、え過ぐさじ。
 かの、近き所に思ひ立ちね」
 「やはり、このまま過すことはできまい。
 あの、わが邸の近い所に移ることを決心なさい」
3  と、すすめたまへど、「つらき所多く心見果てむも、残りなき心地すべきを、いかに言ひてか」などいふやうに思ひ乱れたり。
 
 と、お勧めになるが、「冷淡な気持ちを多くすっかり見てしまうのも、未練も残らないことになるだろうから、何と恨みを言ったらよいものだろうか」などというように思い悩んでいた。
 
4  「さらば、この若君を。
 かくてのみは、便なきことなり。
 思ふ心あれば、かたじけなし。
 対に聞き置きて、常にゆかしがるを、しばし見ならはさせて、袴着の事なども、人知れぬさまならずしなさむとなむ思ふ」
 「それでは、この若君を……。
 こうしてばかりいては、不都合なことです。
 将来に期するところもあるので、恐れ多いことです。
 対の君も耳にして、いつも姫君に会いたがっているのですが、しばらくの間馴染ませて、袴着の祝いなども、ひっそりとではなく催そうと思う」
5  と、まめやかに語らひたまふ。
 「さ思すらむ」と思ひわたることなれば、いとど胸つぶれぬ。
 
 と、真剣にご相談になる。
 「きっとそのようにおっしゃるだろう」とかねがね思っていたことなので、ますます胸がつぶれる思いがした。
 
6  「改めてやむごとなき方にもてなされたまふとも、人の漏り聞かむことは、なかなかにや、つくろひがたく思されむ」  「今さら尊い人として大切に扱われなさっても、人が漏れ聞くだろうことは、かえってとりつくろいにくくお思いになるのではないでしょうか」
7  とて、放ちがたく思ひたる、ことわりにはあれど、  と言って、手放しがたく思っているのは、もっともなことではあるが、
8  「うしろやすからぬ方にやなどは、な疑ひたまひそ。
 かしこには、年経ぬれど、かかる人もなきが、さうざうしくおぼゆるままに、前斎宮のおとなびものしたまふをだにこそ、あながちに扱ひきこゆめれば、まして、かく憎みがたげなめるほどを、おろかには見放つまじき心ばへに」
 「安心できない取り扱いを受けやしまいかなどと、決してお疑いなさいますな。
 あちらには、何年にもなるのに、このような子どももいないのが淋しい気がするので、前斎宮の大きくおなりでいらしゃる方をさえ、無理に親代わりのお世話申しているようなので、まして、このようにあどけない年頃の人を、いいかげんなお世話はしない性格なのです」
9  など、女君の御ありさまの思ふやうなることも語りたまふ。  などと、女君のご様子が申し分ないことをお話になる。
 
10  「げに、いにしへは、いかばかりのことに定まりたまふべきにかと、つてにもほの聞こえし御心の、名残なく静まりたまへるは、おぼろけの御宿世にもあらず、人の御ありさまも、ここらの御なかにすぐれたまへるにこそは」と思ひやられて、  「ほんとに、昔はどれほどの方に落ち着かれるのだろうかと、噂にちらっと聞いたご好色心がすっかりお静まりになったのは並大抵のご宿縁ではなく、お人柄のご様子もおおぜいの方々の中でも優れていらっしゃるからこそだろう」と想像されて、
11 「数ならぬ人の並びきこゆべきおぼえにもあらぬを、さすがに、立ち出でて、人もめざましと思すことやあらむ。
 わが身は、とてもかくても同じこと。
 生ひ先遠き人の御うへも、つひには、かの御心にかかるべきにこそあめれ。
 さりとならば、げにかう何心なきほどにや譲りきこえまし」と思ふ。
 
「一人前でもない者がご一緒させていただける扱いでもないのに、それにもかかわらずさし出たら、あの方も身の程知らずなと、お思いになるやも知れぬ。
 自分の身は、どうなっても同じこと。
 将来のある姫君のお身の上も、ゆくゆくはあの方のお心次第であろう。
 そうとならば、仰せのとおりこのように無邪気な間にお譲り申し上げようかしら」と思う。
 
12  また、「手を放ちて、うしろめたからむこと。
 つれづれも慰む方なくては、いかが明かし暮らすべからむ。
 何につけてか、たまさかの御立ち寄りもあらむ」など、
 しかしまた一方では、「手放したら、不安でたまらないだろうこと。
 所在ない気持ちを慰めるすべもなくなっては、どのようにして毎日を暮らしてゆけようか。
 何を目当てとして、たまさかの君のお立ち寄りがあるだろうか」などと、
13 さまざまに思ひ乱るるに、身の憂きこと、限りなし。 さまざまに思い悩むにつけ、身の上のつらいこと、際限がない。
 
 
 

第二段 尼君、姫君を養女に出すことを勧める

 
14  尼君、思ひやり深き人にて、  尼君は、思慮の深い人なので、
15  「あぢきなし。
 見たてまつらざらむことは、いと胸いたかりぬべけれど、つひにこの御ためによかるべからむことをこそ思はめ。
 浅く思してのたまふことにはあらじ。
 ただうち頼みきこえて、渡したてまつりたまひてよ。
 母方からこそ、帝の御子も際々におはすめれ。
 この大臣の君の、世に二つなき御ありさまながら、世に仕へたまふは、故大納言の、今ひときざみなり劣りたまひて、更衣腹と言はれたまひし、けぢめにこそはおはすめれ。
 まして、ただ人はなずらふべきことにもあらず。
 また、親王たち、大臣の御腹といへど、なほさし向かひたる劣りの所には、人も思ひ落とし、親の御もてなしも、え等しからぬものなり。
 まして、これは、やむごとなき御方々にかかる人、出でものしたまはば、こよなく消たれたまひなむ。
 ほどほどにつけて、親にもひとふしもてかしづかれぬる人こそ、やがて落としめられぬはじめとはなれ。
 御袴着のほども、いみじき心を尽くすとも、かかる深山隠れにては、何の栄かあらむ。
 ただ任せきこえたまひて、もてなしきこえたまはむありさまをも、聞きたまへ」
 「つまらない心配です。
 お目にかかれないことは、とても胸の痛いことにちがいありませんが、結局は、姫君の御ためによいことだろうことを考えなさい。
 浅いお考えでおっしゃることではあるまい。
 ただご信頼申し上げて、お渡し申されよ。
 母方の身分によって、帝の御子もそれぞれに差がおありになるようです。
 あの大臣の君が、世に二人といない素晴らしいご様子でありながら、朝廷にお仕えなさっているのは、故大納言が、いま一段劣っていらっしゃって、更衣腹と言われなさった、その違いなのでいらっしゃるようです。
 ましてや、臣下の場合では比較することもできません。
 また、親王方や大臣の御腹といっても、やはり正妻であってこそです。
 劣り腹であっては、世間も軽視し、父親のご待遇も同等にはできないものなのです。
 まして、この姫君は、身分の高い女君方にこのような姫君がお生まれになったら、すっかり忘れ去られてしまうでしょう。
 身分相応につけ、父親にひとかどに大切にされた人こそは、そのまま軽んぜられないもととなるのです。
 御袴着の祝いも、どんなに一生懸命におこなっても、このような人里離れた所では何の見栄えがありましょう。
 ただお任せ申し上げなさって、そのおもてなしくださるご様子を見ていらっしゃい」
16  と教ふ。  と教える。
 
 
17  さかしき人の心の占どもにも、もの問はせなどするにも、なほ「渡りたまひてはまさるべし」とのみ言へば、思ひ弱りにたり。
 
 賢い人の将来の予想などにも、また占わせたりなどをしても、やはり「お移りになった方が良いでしょう」とばかり言うので、気が弱くなってきた。
 
18  殿も、しか思しながら、思はむところのいとほしさに、しひてもえのたまはで、  殿も、そのようにお思いになりながら、悲しむ人の気の毒さに、無理におっしゃることもできないで、
19  「御袴着のことは、いかやうにか」  「袴着のお祝いは、どのようになさるのか」
20  とのたまへる御返りに、  とおっしゃる、そのお返事に、
21  「よろづのこと、かひなき身にたぐへきこえては、げに生ひ先もいとほしかるべくおぼえはべるを、たち交じりても、いかに人笑へにや」  「何事につけても、ふがいないわたくしのもとにお置き申しては、お言葉どおり将来もおかわいそうに思われますが、またご一緒させていただいても、どんなにもの笑いになりましょうやら」
22  と聞こえたるを、いとどあはれに思す。
 
 と申し上げるので、ますますお気の毒にお思いになる。
 
23  日など取らせたまひて、忍びやかに、さるべきことなどのたまひおきてさせたまふ。
 放ちきこえむことは、なほいとあはれにおぼゆれど、「君の御ためによかるべきことをこそは」と念ず。
 
 吉日などをお選びになって、ひっそりとしかるべき事がらをお決めになって準備させなさる。
 手放し申すことは、やはりとてもつらく思われるが、「姫君のご将来のために良いことを第一に」と辛抱する。
 
24  「乳母をもひき別れなむこと。
 明け暮れのもの思はしさ、つれづれをもうち語らひて、慰めならひつるに、いとどたつきなきことさへ取り添へ、いみじくおぼゆべきこと」と、君も泣く。
 
 「乳母とも離れてしまうことよ。
 朝な夕なの物思いや所在ない時を話相手にして、つね日頃慰めてきたのに、ますます頼りとするものがなくなることまで加わって、どんなにか悲しい思いをせねばならないこと」と、女君も泣く。
 
 
25  乳母も、  乳母も、
26  「さるべきにや、おぼえぬさまにて、見たてまつりそめて、年ごろの御心ばへの、忘れがたう恋しうおぼえたまふべきを、うち絶えきこゆることはよもはべらじ。
 つひにはと頼みながら、しばしにても、よそよそに、思ひのほかの交じらひしはべらむが、安からずもはべるべきかな」
 「そうなるはずの宿縁だったのでしょうか、思いがけないことで、お目にかかるようになって、長い間のお心配りが忘れがたくきっと恋しく思われなさいましょうが、ふっつり縁が切れることは決してありますまい。
 行く末はと期待しながら、しばらくの間であっても、別れ別れになって、思いもかけないご奉公をしますのが、不安でございましょうねえ」
27  など、うち泣きつつ過ぐすほどに、師走にもなりぬ。
 
 などと、泣き泣き日を過ごしているうちに、十二月にもなってしまった。
 
 
 

第三段 明石と乳母、和歌を唱和

 
28  雪、霰がちに、心細さまさりて、「あやしくさまざまに、もの思ふべかりける身かな」と、うち嘆きて、常よりもこの君を撫でつくろひつつ見ゐたり。
 
 雪や霰の日が多く、心細い気持ちもいっそうつのって、「不思議と何かにつけ、物思いがされるわが身だわ」と悲しんで、いつもよりもこの姫君を撫でたり身なりを繕ったりしながら見ていた。
 
29  雪かきくらし降りつもる朝、来し方行く末のこと、残らず思ひつづけて、例はことに端近なる出で居などもせぬを、汀の氷など見やりて、白き衣どものなよよかなるあまた着て、眺めゐたる様体、頭つき、うしろでなど、「限りなき人と聞こゆとも、かうこそはおはすらめ」と人びとも見る。
 落つる涙をかき払ひて、
 雪が空を暗くして降り積もった翌朝、過ぎ去った日々のことや将来のことを何もかもお考え続けて、いつもは特に端近な所に出ていることなどはしないのだが、汀の氷などを眺めやって、白い衣の柔らかいのを幾重にも重ね着て、物思いに沈んでいる容姿や、頭の恰好、後ろ姿などは、「どんなに高貴なお方と申し上げても、こんなではいらっしゃろう」と女房たちも見る。
 落ちる涙をかき払って、
30  「かやうならむ日、ましていかにおぼつかなからむ」と、らうたげにうち嘆きて、  「このような日は、今にもましてどんなにか心淋しいことでしょう」と、痛々しげに嘆いて、
 

299
 「雪深み 深山の道は 晴れずとも
 なほ文かよへ 跡絶えずして」
 「雪が深いので奥深い山里への道は通れなくなろうとも
  どうか手紙だけはください、跡の絶えないように」
 
31  とのたまへば、乳母、うち泣きて、  とおっしゃると、乳母も泣いて、
 

300
 「雪間なき 吉野の山を 訪ねても
 心のかよふ 跡絶えめやは」
 「雪の消える間もない吉野の山奥であろうとも必ず訪ねて行って
  心の通う手紙を絶やすことは決してしません」
 
32  と言ひ慰む。  と言って慰める。
 
 
 

第四段 明石の母子の雪の別れ

 
33  この雪すこし解けて渡りたまへり。
 例は待ちきこゆるに、さならむとおぼゆることにより、胸うちつぶれて、人やりならず、おぼゆ。
 
 この雪が少し解けて君がお越しになった。
 いつもはお待ち申し上げているのに、きっとそうであろうと思われるために胸がどきりとして、誰のせいでもない、自分の身分低いせいだと思わずにはいられない。
 
34  「わが心にこそあらめ。
 いなびきこえむをしひてやは、あぢきな」とおぼゆれど、「軽々しきやうなり」と、せめて思ひ返す。
 
 「自分の一存によるのだわ。
 お断り申し上げたら無理はなさるまい。
 つまらないことを」と思わずにはいられないが、「軽率なようなことだわ」と、無理に思い返す。
 
35  いとうつくしげにて、前にゐたまへるを見たまふに、  姫君がとてもかわいらしくて、前に座っていらっしゃるのを御覧になると、
36  「おろかには思ひがたかりける人の宿世かな」  「おろそかには思えない宿縁の人だなあ」
37  と思ほす。
 
 とお思いになる。
 
38 この春より生ふす御髪、尼削ぎのほどにて、ゆらゆらとめでたく、つらつき、まみの薫れるほどなど、言へばさらなり。
 よそのものに思ひやらむほどの心の闇、推し量りたまふに、いと心苦しければ、うち返しのたまひ明かす。
 
 今年の春から伸ばしている御髪は尼削ぎ程度になって、ゆらゆらとしてみごとで、顔の表情や目もとのほんのりとした美しさなどは、いまさら言うまでもない。
 他人の養女にして遠くから眺める母親の心惑いを推量なさると、まことに気の毒なので、繰り返して安心するように言って夜を明かす。
 
39  「何か。
 かく口惜しき身のほどならずだにもてなしたまはば」
 「いいえ。
 取るに足りない身分でないようにお持てなしさえいただけしましたら」
40  と聞こゆるものから、念じあへずうち泣くけはひ、あはれなり。
 
 と申し上げるものの、堪え切れずにほろっと泣く様子は、気の毒である。
 
41  姫君は、何心もなく、御車に乗らむことを急ぎたまふ。
 寄せたる所に、母君みづから抱きて出でたまへり。
 片言の、声はいとうつくしうて、袖をとらへて、「乗りたまへ」と引くも、いみじうおぼえて、
 姫君は無邪気にお車に乗ることをお急ぎになる。
 車を寄せてある所に、母君がご自身で抱いて出ていらっしゃった。
 片言で、声はとてもかわいらしくて、袖をつかまえて、「お乗りなさい」と引っ張るのも、ひどく堪らなく悲しくて、
 

301
 「末遠き 二葉の松に 引き別れ
 いつか木高き かげを見るべき」
 「幼い姫君にお別れしていつになったら
  立派に成長した姿を見ることができるのでしょう」
 
42  えも言ひやらず、いみじう泣けば、  最後まで言い切れず、ひどく泣くので、
43  「さりや。
 あな苦し」と思して、
 「無理もない。
 ああ、気の毒な」とお思いになって、
 

302
 「生ひそめし 根も深ければ 武隈の
 松に小松の 千代をならべむ
 「生まれてきた因縁も深いのだから
  いづれ一緒に暮らせるようになりましょう
 
44  のどかにを」  安心なさい」
45  と、慰めたまふ。
 さることとは思ひ静むれど、えなむ堪へざりける。
 乳母の少将とて、あてやかなる人ばかり、御佩刀、天児やうの物取りて乗る。
 人だまひによろしき若人、童女など乗せて、御送りに参らす。
 
 と慰めなさる。
 そうなることとは思って気持ちを落ち着けるが、とても堪えきれないのであった。
 乳母と少将と言った気品のある女房だけが、御佩刀や天児のような物を持って乗る。
 お供の車には見苦しくない若い女房や童女などを乗せて、お見送りに行かせた。
 
46  道すがら、とまりつる人の心苦しさを、「いかに。
 罪や得らむ」と思す。
 
 道中、後に残った人の気の毒さを、「どんなにつらかろう。
 罪を得ることだろうか」とお思いになる。
 
 
 

第五段 姫君、二条院へ到着

 
47  暗うおはし着きて、御車寄するより、はなやかにけはひことなるを、田舎びたる心地どもは、「はしたなくてや交じらはむ」と思ひつれど、西表をことにしつらはせたまひて、小さき御調度ども、うつくしげに調へさせたまへり。
 乳母の局には、西の渡殿の、北に当れるをせさせたまへり。
 
 暗くなってお着きになって、お車を寄せるや、華やかな感じが格別なので、田舎暮らしに慣れた女房たちの心地には、「さぞや、きまりの悪い奉公をすることになろうか」と思ったが、西面の部屋を特別に用意させなさって、数々の小さいお道具類をかわいらしげに準備させておありになった。
 乳母の部屋には、西の渡殿の北側に当たる所を用意させておありになった。
 
48  若君は、道にて寝たまひにけり。
 抱き下ろされて、泣きなどはしたまはず。
 こなたにて御くだもの参りなどしたまへど、やうやう見めぐらして、母君の見えぬをもとめて、らうたげにうちひそみたまへば、乳母召し出でて、慰め紛らはしきこえたまふ。
 
 若君は途中でお眠りになってしまっていた。
 抱きおろされても泣いたりなどなさらない。
 こちらでお菓子をお召し上がりなどなさるが、だんだんと見回して、母君が見えないのを探して、いじらしげにべそかいていらっしゃるので、乳母をお呼び出しになって、慰めたり気を紛らわしてさし上げなさる。
 
49  「山里のつれづれ、ましていかに」と思しやるはいとほしけれど、明け暮れ思すさまにかしづきつつ、見たまふは、ものあひたる心地したまふらむ。
 
 「山里の所在なさは、以前にもましてどんなにであろうか」とお思いやりになると気の毒であるが、朝な夕なにお思いどおりにお世話しいしい、それを御覧になるのは、満足のいく心地がなさるだろう。
 
50  「いかにぞや、人の思ふべき瑕なきことは、このわたりに出でおはせで」  「どうしてなのか、世間が非難する欠点のない子は、こちらにはお生まれにならないで」
51  と、口惜しく思さる。
 
 と、残念にお思いになる。
 
 
52  しばしは、人びともとめて泣きなどしたまひしかど、おほかた心やすくをかしき心ざまなれば、上にいとよくつき睦びきこえたまへれば、「いみじううつくしきもの得たり」と思しけり。
 こと事なく抱き扱ひ、もてあそびきこえたまひて、乳母も、おのづから近う仕うまつり馴れにけり。
 また、やむごとなき人の乳ある、添へて参りたまふ。
 
 しばらくの間は、女房たちを探して泣いたりなどなさったが、だいたいが素直でかわいらしい性質なので、対の上にたいそうよく懐いてお慕いになるので、「とてもかわいらしい子を得た」とお思いになった。
 余念もなく抱いたりあやしなさったりして、乳母も自然とお側近くにお仕えするように慣れてしまった。
 また、身分の高い人で乳のよく出る人を加えてお仕えなさる。
 
53  御袴着は、何ばかりわざと思しいそぐことはなけれど、けしきことなり。
 御しつらひ、雛遊びの心地してをかしう見ゆ。
 参りたまへる客人ども、ただ明け暮れのけぢめしなければ、あながちに目も立たざりき。
 ただ、姫君の襷引き結ひたまへる胸つきぞ、うつくしげさ添ひて見えたまひつる。
 
 御袴着のお祝いはどれほども特別にご準備なさることもないが、その儀式は格別である。
 お飾り付けは雛遊びを思わせる感じでかわいらしく見える。
 参上なさったお客たちは、常日頃からも来客で賑わっているので、特に目立つこともなかった。
 ただ、姫君が襷を掛けていらっしゃる胸元が、かわいらしさが加わってお見えになった。
 
 
 

第六段 歳末の大堰の明石

 
54  大堰には、尽きせず恋しきにも、身のおこたりを嘆き添へたり。
 さこそ言ひしか、尼君もいとど涙もろなれど、かくもてかしづかれたまふを聞くはうれしかりけり。
 何ごとをか、なかなか訪らひきこえたまはむ、ただ御方の人びとに、乳母よりはじめて、世になき色あひを思ひいそぎてぞ、贈りきこえたまひける。
 
 大堰では、いつまでも恋しく思われるにつけ、わが身のつたなさを嘆き加えていた。
 そうは言ったものの、尼君もひとしお涙もろくなっているが、このように大切にされていらっしゃるのを聞くのは嬉しかった。
 いったい、どんなことをなまじお見舞い申し上げなされようか、ただお付きの人々に乳母をはじめとして、非常に立派な色合いの装束を思い立って、準備してお贈り申し上げなさるのであった。
 
55  「待ち遠ならむも、いとどさればよ」と思はむに、いとほしければ、年の内に忍びて渡りたまへり。
 
 「訪れが間遠になるのも、ますます思ったとおりだ」と思うだろうと、気の毒なので、年の内にこっそりとおいでになった。
 
56  いとどさびしき住まひに、明け暮れのかしづきぐさをさへ離れきこえて、思ふらむことの心苦しければ、御文なども絶え間なく遣はす。
 
 ますます寂しい生活で、朝な夕なのお世話する相手にさえお別れ申して、寂しい思いをしていることが気の毒なので、お手紙なども絶え間なくお遣わしになる。
 
57  女君も、今はことに怨じきこえたまはず、うつくしき人に罪ゆるしきこえたまへり。
 
 女君も、今では特にお恨み申し上げなさらず、かわいらしい姫君に免じて大目に見てさし上げていらっしゃった。
 
 
 

第二章 源氏の女君たちの物語 新春の女君たちの生活

 
 

第一段 東の院の花散里

 
58  年も返りぬ。
 うららかなる空に、思ふことなき御ありさまは、いとどめでたく、磨き改めたる御よそひに、参り集ひたまふめる人の、おとなしきほどのは、七日、御よろこびなどしたまふ、ひき連れたまへり。
 
 年も変わった。
 うららかな空に、何の悩みもないご様子は、ますますおめでたく磨き清められたご装飾のお邸に、年賀に参集なさる人でも、年輩の人たちは、七日の叙位のお礼を申し上げに、連れ立っていらっしゃった。
 
59  若やかなるは、何ともなく心地よげに見えたまふ。
 次々の人も、心のうちには思ふこともやあらむ、うはべは誇りかに見ゆる、ころほひなりかし。
 
 若い人たちは、何ということもなく心地よさそうにお見えになる。
 次々に身分の低い人たちも、心中には悩みもあるのであろうが、表面は満足そうに見える今日このごろである。
 
60  東の院の対の御方も、ありさまは好ましう、あらまほしきさまに、さぶらふ人びと、童女の姿など、うちとけず、心づかひしつつ過ぐしたまふに、近きしるしはこよなくて、のどかなる御暇の隙などには、ふとはひ渡りなどしたまへど、夜たち泊りなどやうに、わざとは見えたまはず。
 
 東の院の対の御方も、様子は好ましく、申し分ない様子で、伺候している女房たちや童女の姿などもきちんとして、気配りをしいしい過ごしていらっしゃるが、お邸に近い利点はこの上なくて、のんびりとしたお暇な時などには、ちょっとお越しになったりなさるが、夜のお泊まりなどのために、わざわざお見えになることはない。
 
61  ただ御心ざまのおいらかにこめきて、「かばかりの宿世なりける身にこそあらめ」と思ひなしつつ、ありがたきまでうしろやすくのどかにものしたまへば、をりふしの御心おきてなども、こなたの御ありさまに劣るけぢめこよなからずもてなしたまひて、あなづりきこゆべうはあらねば、同じごと、人参り仕うまつりて、別当どもも事おこたらず、なかなか乱れたるところなく、目やすき御ありさまなり。
 
 ただ、ご性質がおおようでおっとりとして、「このような運命であった身の上なのだろう」としいて思い込み、めったにないくらい安心でゆったりしていらっしゃるので、季節折ごとのお心配りなども、こちらのご様子にひどく劣るような差別はなくご待遇なさって、軽んじ申し上げるようなことはないので、同じように人々が大勢お仕え申して、別当連中も勤務を怠ることなく、かえって秩序立っていて、感じのよいご様子である。
 
 
 

第二段 源氏、大堰山荘訪問を思いつく

 
62  山里のつれづれをも絶えず思しやれば、公私もの騒がしきほど過ぐして、渡りたまふとて、常よりことにうち化粧じたまひて、桜の御直衣に、えならぬ御衣ひき重ねて、たきしめ、装束きたまひて、まかり申したまふさま、隈なき夕日に、いとどしくきよらに見えたまふ。
 女君、ただならず見たてまつり送りたまふ。
 
 山里の寂しさを絶えず心配なさっているので、公私に忙しい時期を過ごしてからお出かけになろうとして、いつもより特別にお粧いなさって、桜襲のお直衣に、何ともいえない素晴らしい御衣を着重ねて、香をたきしめ、身繕いなさって、お出かけのご挨拶をなさる様子が、隈なく射し込んでいる夕日にますます美しくお見えになるのを、女君はおだやかならぬ気持ちでお見送り申し上げなさる。
 
63  姫君は、いはけなく御指貫の裾にかかりて、慕ひきこえたまふほどに、外にも出でたまひぬべければ、立ちとまりて、いとあはれと思したり。
 こしらへおきて、「明日帰り来む」と、口ずさびて出でたまふに、渡殿の戸口に待ちかけて、中将の君して聞こえたまへり。
 
 姫君は、あどけなく御指貫の裾にまつわりついて、お慕い申し上げなさるうちに、御簾の外にまで出てしまいそうなので、立ちどまって、とてもかわいいとお思いになった。
 なだめすかして、「明日帰って来ましょう」と口ずさんでお出になると、渡殿の戸口に待ちかまえさせて、中将の君をして、申し上げさせなさった。
 
 

303
 「舟とむる 遠方人の なくはこそ
 明日帰り来む 夫と待ち見め」
 「あなたをお引き止めするあちらの方がいらっしゃらないのなら
  明日帰ってくるあなたと思ってお待ちいたしましょうが」
 
64  いたう馴れて聞こゆれば、いとにほひやかにほほ笑みて、  たいそうもの慣れて申し上げるので、いかにもにっこりと微笑んで、
 

304
 「行きて見て 明日もさね来む なかなかに
 遠方人は 心置くとも」
 「ちょっと行ってみて明日にはすぐに帰ってこよう
  かえってあちらが機嫌を悪くしようとも」
 
65  何事とも聞き分かでされありきたまふ人を、上はうつくしと見たまへば、遠方人のめざましきも、こよなく思しゆるされにたり。
 
 何ともわからないではしゃぎまわっていらっしゃる姫君を、対の上はかわいらしいと御覧になるので、あちらの人の不愉快さも、すっかり大目に見る気になっていらっしゃった。
 
66  「いかに思ひおこすらむ。
 われにて、いみじう恋しかりぬべきさまを」
 「どう思っているだろうか。
 自分だって、とても恋しく思わずにはいられないなのに」
67  と、うちまもりつつ、ふところに入れて、うつくしげなる御乳をくくめたまひつつ、戯れゐたまへる御さま、見どころ多かり。
 
 と、じっと姫君を見守りながら、ふところに入れて、かわいらしいお乳房をお含ませながら、あやしていらっしゃるご様子は、どこから見ても素晴らしい。
 
68 御前なる人びとは、  お側に仕える女房たちは、
69  「などか、同じくは」  「どうしてかしら。
 同じお生まれになるなら」
70  「いでや」  「ほんとうにね」
71  など、語らひあへり。  などと、話し合っていた。
 
 
 

第三段 源氏、大堰山荘から嵯峨野の御堂、桂院に回る

 
72  かしこには、いとのどやかに、心ばせあるけはひに住みなして、家のありさまも、やう離れめづらしきに、みづからのけはひなどは、見るたびごとに、やむごとなき人びとなどに劣るけぢめこよなからず、容貌、用意あらまほしうねびまさりゆく。
 
 あちらでは、まことのんびりと風雅な嗜みのある感じに暮らしていて、邸の有様も普通とは違って珍しいうえに、本人の態度などは、会うたびごとに高貴な方々にひどく見劣りする差は見られず、容貌や心ばせも申し分なく成長していく。
 
73  「ただ、世の常のおぼえにかき紛れたらば、さるたぐひなくやはと思ふべきを、世に似ぬひがものなる親の聞こえなどこそ、苦しけれ。
 人のほどなどは、さてもあるべきを」
 「ただ普通の評判で目立たないなら、そのような例はいないでもないと思ってもよいのだが、世にもまれな偏屈者だという父親の評判などは、それが困ったものだ。
 人柄などは十分であるが」
74 など思す。
 
などとお思いになる。
 
 
75  はつかに、飽かぬほどにのみあればにや、心のどかならず立ち帰りたまふも苦しくて、「夢のわたりの浮橋か」とのみ、うち嘆かれて、  ほんのわずかの逢瀬で、物足りないくらいだからであろうか、あわただしくお帰りになるのも気の毒なので、「夢の中の浮橋か」とばかり、ついお嘆きになられて、
76 箏の琴のあるを引き寄せて、かの明石にて、小夜更けたりし音も、例の思し出でらるれば、 箏の琴があるのを引き寄せて、あの明石で夜更けての音色もいつもどおりに自然と思い出されるので、
77 琵琶をわりなく責めたまへば、すこし掻き合はせたる、「いかで、かうのみひき具しけむ」と思さる。
 
琵琶を是非にとお勧めになると、少し掻き合わせたのが、「どうして、これほど上手に何でもお弾きになれたのだろう」と思わずにはいらっしゃれない。
 
78 若君の御ことなど、こまやかに語りたまひつつおはす。 姫君の御事などを、こまごまとお話しになってお過ごしになる。
 
 
79  ここは、かかる所なれど、かやうに立ち泊りたまふ折々あれば、はかなき果物、強飯ばかりはきこしめす時もあり。
 近き御寺、桂殿などにおはしまし紛らはしつつ、いとまほには乱れたまはねど、また、いとけざやかにはしたなく、おしなべてのさまにはもてなしたまはぬなどこそは、いとおぼえことには見ゆめれ。
 
 ここはこのような山里ではあるが、このようにお泊まりになる時々があるので、ちょっとした果物や強飯ぐらいはお召し上がりになる時もある。
 近くの御寺や桂殿などにお出かけになるふうに装い装いして、一途にのめり込みなさらないが、また一方、まことにはっきりと中途半端な普通の相手としてはお扱いなさらないなどは、愛情も格別深く見えるようである。
 
80  女も、かかる御心のほどを見知りきこえて、過ぎたりと思すばかりのことはし出でず、また、いたく卑下せずなどして、御心おきてにもて違ふことなく、いとめやすくぞありける。
 
 女君もこのような君のお心をお知り申し上げて、出過ぎているとお思いになるようなことはせず、またひどく低姿勢になることなどもせず、お心づもりに背くこともなく、たいそう無難な態度でいたのであった。
 
81  おぼろけにやむごとなき所にてだに、かばかりもうちとけたまふことなく、気高き御もてなしを聞き置きたれば、  並々でない高貴な婦人方の所でさえ、これほど気をお許しになることもなく、礼儀正しいお振る舞いであることを、聞いていたので、
82  「近きほどに交じらひては、なかなかいと目馴れて、人あなづられなることどももぞあらまし。
 たまさかにて、かやうにふりはへたまへるこそ、たけき心地すれ」
 「近い所で一緒にいたら、かえってますます目慣れて、人から軽蔑されることなどもあろう。
 時たまにでも、このようにわざわざお越しくださるほうが、たいした気持ちがする」
83  と思ふべし。  と思うのであろう。
 
 
84  明石にも、さこそ言ひしか、この御心おきて、ありさまをゆかしがりて、おぼつかなからず、人は通はしつつ、胸つぶるることもあり、また、おもだたしく、うれしと思ふことも多くなむありける。
 
 明石の地でも、ああは言ったが、このお心づもりや様子を知りたくて、気がかりでないように、使者を行き来させて、胸をどきりとさせることもあったり、また面目に思うことも多くあったりするのであった。
 
 
 

第三章 藤壺の物語 藤壺女院の崩御

 
 

第一段 太政大臣薨去と天変地異

 
85  そのころ、太政大臣亡せたまひぬ。
 
 そのころ、太政大臣がお亡くなりになった。
 
86 世の重しとおはしつる人なれば、朝廷にも思し嘆く。
 しばし、籠もりたまひしほどをだに、天の下の騷ぎなりしかば、まして、悲しと思ふ人多かり。
 源氏の大臣も、いと口惜しく、よろづこと、おし譲りきこえてこそ、暇もありつるを、心細く、事しげくも思されて、嘆きおはす。
 
世の重鎮としていらっしゃった方なので、帝におかれてもお嘆きあそばされる。
 しばらくの間、引退していらっしゃった間でさえ、天下の騷ぎであったので、その時以上に悲しむ人々が多かった。
 源氏の大臣も、たいそう残念に、万事の政務をお譲り申し上げていたからこそお暇もあったのだが、心細く政務も忙しく思われなさって嘆いていっらっしゃる。
 
 
87  帝は、御年よりはこよなう大人大人しうねびさせたまひて、世の政事も、うしろめたく思ひきこえたまふべきにはあらねども、またとりたてて御後見したまふべき人もなきを、「誰れに譲りてかは、静かなる御本意もかなはむ」と思すに、いと飽かず口惜し。
 
 帝は、お年よりはこの上なく大人らしく御成人あそばして、天下の政治も心配申し上げなさるような必要はないのだが、また特別にご後見なさる適当な方もいないので、「いったい誰に譲って心静かに出家の本意をかなえられようか」とお思いになると、まことに残念でならない。
 
88  後の御わざなどにも、御子ども孫に過ぎてなむ、こまやかに弔らひ、扱ひたまひける。
 
 ご法事などにも、ご子息やお孫たち以上に、心をこめてご弔問なさり、お世話なさるのであった。
 
 
89  その年、おほかた世の中騒がしくて、朝廷ざまに、もののさとししげく、のどかならで、  その年は、いったいに世の中が騒然として、朝廷に対して、何事かの前兆が頻繁に現れて、不穏で、
90  「天つ空にも、例に違へる月日星の光見え、雲のたたずまひあり」  「天空にも、いつもと違った月や日や星の光りが見えて、雲がたなびいている」
91  とのみ、世の人おどろくこと多くて、道々の勘文どもたてまつれるにも、あやしく世になべてならぬことども混じりたり。
 内の大臣のみなむ、御心のうちに、わづらはしく思し知らるることありける。
 
 とばかり言って、世間の人の驚くことが多くて、それぞれの道の勘文を差し上げた中にも、不思議で世に尋常でない事柄が混じっていた。
 源氏の内大臣だけは、ご心中に厄介にそれとお分りになることがあるのであった。
 
 
 

第二段 藤壺入道宮の病臥

 
92  入道后の宮、春のはじめより悩みわたらせたまひて、三月にはいと重くならせたまひぬれば、行幸などあり。
 院に別れたてまつらせたまひしほどは、いといはけなくて、もの深くも思されざりしを、いみじう思し嘆きたる御けしきなれば、宮もいと悲しく思し召さる。
 
 入道后の宮は、春の初めころからずっとお悩みになって、三月にはたいそう重くおなりになったので、お見舞いの行幸などがある。
 帝は父院に御死別申し上げられたころは、とても幼くて、深くもお悲しみにはならなかったが、たいそうお嘆きの御様子なので、宮もとても悲しく思わずにはいらっしゃれない。
 
93  「今年は、かならず逃るまじき年と思ひたまへつれど、おどろおどろしき心地にもはべらざりつれば、命の限り知り顔にはべらむも、人やうたて、ことことしう思はむと憚りてなむ、功徳のことなども、わざと例よりも取り分きてしもはべらずなりにける。
 
 「今年は、必ずや逃れることのできない年回りと思っておりましたが、それほどひどい気分ではございませんでしたので、寿命を知っている顔をしますようなのも、人もいやに思いわざとらしいと思うだろうと遠慮して、功徳の事なども、特に平素よりも取り立てて致しませんでした。
 
94  参りて、心のどかに昔の御物語もなど思ひたまへながら、うつしざまなる折少なくはべりて、口惜しく、いぶせくて過ぎはべりぬること」  参内して、ゆっくりと昔のお話でもなどと思っておりながら、気分のすっきりした時が少のうございまして、残念にも鬱々として過ごしてしまいましたこと」
95  と、いと弱げに聞こえたまふ。
 
 と、たいそう弱々しくお申し上げなさる。
 
 
96  三十七にぞおはしましける。
 されど、いと若く盛りにおはしますさまを、惜しく悲しと見たてまつらせたまふ。
 
 宮は三十七歳でいらっしゃるのであった。
 けれども、とてもお若く盛りでいらっしゃるご様子を、惜しく悲しく拝し上げあそばす。
 
97  「慎ませたまふべき御年なるに、晴れ晴れしからで、月ごろ過ぎさせたまふことをだに、嘆きわたりはべりつるに、御慎みなどをも、常よりことにせさせたまはざりけること」  「お慎みあそばさねばならないお年回りであるが、気分もすぐれず、何か月かをお過ごしになることでさえ、嘆き悲しんでおりましたのに、ご精進などをもいつもより特別になさらなかったことよ」
98  と、いみじう思し召したり。  と、帝はひどく悲しくお思いであった。
 
 
99  ただこのころぞ、おどろきて、よろづのことせさせたまふ。
 月ごろは、常の御悩みとのみうちたゆみたりつるを、源氏の大臣も深く思し入りたり。
 限りあれば、ほどなく帰らせたまふも、悲しきこと多かり。
 
 つい最近になって気づいていろいろなご祈祷をおさせあそばす。
 今まではいつものご病気とばかり油断していたのだが、源氏の大臣も深くご心配になっていた。
 一定のきまりがあるので、間もなくお帰りあそばすのも、悲しいことが多かった。
 
100  宮、いと苦しうて、はかばかしうものも聞こえさせたまはず。
 御心のうちに思し続くるに、「高き宿世、世の栄えも並ぶ人なく、心のうちに飽かず思ふことも人にまさりける身」と思し知らる。
 主上の、夢のうちにも、かかる事の心を知らせたまはぬを、さすがに心苦しう見たてまつりたまひて、これのみぞ、うしろめたくむすぼほれたることに、思し置かるべき心地したまひける。
 
 宮はひどく苦しくて、はきはきとお話し申し上げることができない。
 ご心中思い続けなさるに、「高い宿縁は、この世の繁栄も並ぶ人がなく、心の中に物足りなく思うことも人一倍多い身であった」と思わずにはいらっしゃれない。
 主上が、夢の中にも、こうした事情を御存じあそばされないのを、それでもはやりお気の毒に拝し上げなさって、この事だけを気がかりで心の晴れないこととして、死後にも思い続けそうな気がなさるのであった。
 
 
 

第三段 藤壺入道宮の崩御

 
101  大臣は、朝廷方ざまにても、かくやむごとなき人の限り、うち続き亡せたまひなむことを思し嘆く。
 人知れぬあはれ、はた、限りなくて、御祈りなど思し寄らぬことなし。
 年ごろ思し絶えたりつる筋さへ、今一度、聞こえずなりぬるが、いみじく思さるれば、近き御几帳のもとに寄りて、御ありさまなども、さるべき人びとに問ひ聞きたまへば、親しき限りさぶらひて、こまかに聞こゆ。
 
 源氏の大臣は、朝廷の立場からしても、こうした高貴な方々ばかりが引き続いてお亡くなりになることをお嘆きになる。
 人には知られない思慕は、それはまた限りないほどで、ご祈祷などお気づきにならないことはない。
 長年思い絶っていたことさえ、もう一度申し上げられなくなってしまったのが、ひどく残念に思われなさるので、お側近くの御几帳の傍らに寄って、ご容態などについて、しかるべき女房たちにお尋ねになると、親しい女房だけがお付きしていて詳しく申し上げる。
 
102  「月ごろ悩ませたまへる御心地に、御行なひを時の間もたゆませたまはずせさせたまふ積もりの、いとどいたうくづほれさせたまふに、このころとなりては、柑子などをだに、触れさせたまはずなりにたれば、頼みどころなくならせたまひにたること」  「この数か月ずっとご気分がすぐれずにいらっしゃいましたのに、お勤めを少しの間も怠らずになさいました疲労も積もって、ますますひどくご衰弱あそばしたところに、最近になっては、柑子などをさえお口にあそばされなくなりましたので、ご回復の希望もなくなっておしまいになりましたことです」
103  と、泣き嘆く人びと多かり。
 
 と言って、泣き嘆き悲しんでいる女房たちが多かった。
 
 
104  「院の御遺言にかなひて、内裏の御後見仕うまつりたまふこと、年ごろ思ひ知りはべること多かれど、何につけてかは、その心寄せことなるさまをも、漏らしきこえむとのみ、のどかに思ひはべりけるを、今なむあはれに口惜しく」  「故院のご遺言どおりに、帝のご後見をなさっていらっしゃることを、長年ありがたく存じておりますことが多くございましたのですが、何かの機会にそのお礼の気持ちも並大抵でないことを、ちらっとでも知っていただこうとばかり、気長に待っておりましたが、今は悲しく残念に思われまして」
105  と、ほのかにのたまはするも、ほのぼの聞こゆるに、御応へも聞こえやりたまはず、泣きたまふさま、いといみじ。
 「などかうしも心弱きさまに」と、人目を思し返せど、いにしへよりの御ありさまを、おほかたの世につけても、あたらしく惜しき人の御さまを、心にかなふわざならねば、かけとどめきこえむ方なく、いふかひなく思さるること限りなし。
 
 と、かすかに仰せになるのも、ほのかに聞こえるので、お返事も十分に申し上げられず、お泣きになる様子は、実においたわしい。
 「どうしてこうも気が弱い状態で」と、人目を憚ってお気を取り直しなさるが、昔からのご様子を、世間一般から見ても、もったいなく惜しいご様子のお方を、寿命は思いどおりにならないことなので、お引き止め申すすべもなく、何とも言いようもなく悲しいこと限りない。
 
106  「はかばかしからぬ身ながらも、昔より、御後見仕うまつるべきことを、心のいたる限り、おろかならず思ひたまふるに、太政大臣の隠れたまひぬるをだに、世の中、心あわたたしく思ひたまへらるるに、また、かくおはしませば、よろづに心乱れはべりて、世にはべらむことも、残りなき心地なむしはべる」  「取るに足りないわが身ですが、昔からご後見申し上げねばならないことは、気のつく限り一生懸命に存じておりましたが、太政大臣がお亡くなりになったことだけでも、この世の無常迅速が存じられてなりませんのに、さらにまたこのようにいらっしゃいますと、わたくしまでが何から何まで心が乱れまして、生きていることも残り少ない気が致します」
107  など聞こえたまふほどに、燈火などの消え入るやうにて果てたまひぬれば、いふかひなく悲しきことを思し嘆く。
 
 などとお申し上げになっているうちに、燈火などが消えるようにしてお隠れになってしまったので、何とも言いようがない悲しいお別れをお嘆きになる。
 
 
 

第四段 源氏、藤壺を哀悼

 
108  かしこき御身のほどと聞こゆるなかにも、御心ばへなどの、世のためしにもあまねくあはれにおはしまして、豪家にことよせて、人の愁へとあることなどもおのづからうち混じるを、いささかもさやうなる事の乱れなく、人の仕うまつることをも、世の苦しみとあるべきことをば、止めたまふ。
 
 恐れ多い身分のお方と申し上げた中でも、ご性質などが世の中の例としても広く慈悲深くいらっしゃって、権勢を笠に着て人々が迷惑することを自然と行ないがちなのだが、少しもそのような道理に外れた事はなくて、人々が奉仕することも世の苦しみとなるはずのことはお止めになる。
 
109  功徳の方とても、勧むるによりたまひて、いかめしうめづらしうしたまふ人なども、昔のさかしき世に皆ありけるを、これは、さやうなることなく、ただもとよりの宝物、得たまふべき年官、年爵、御封の物のさるべき限りして、まことに心深きことどもの限りをし置かせたまへれば、何とわくまじき山伏などまで惜しみきこゆ。
 
 功徳の方面でも、人の勧めに従いなさって、荘厳に珍しいくらい立派になさる人なども昔の聖代には皆あったのだが、この后宮はそのようなこともなく、ただもとからの財産や頂戴なさるはずの年官、年爵、御封のしかるべき収入だけで、ほんとうに真心のこもった供養の最善をしておかれになったので、物のわけも分からない山伏などまでもが惜しみ申し上げる。
 
110  をさめたてまつるにも、世の中響きて、悲しと思はぬ人なし。
 殿上人など、なべてひとつ色に黒みわたりて、ものの栄なき春の暮なり。
 二条院の御前の桜を御覧じても、花の宴の折など思し出づ。
 「今年ばかりは」と、一人ごちたまひて、人の見とがめつべければ、御念誦堂に籠もりゐたまひて、日一日泣き暮らしたまふ。
 夕日はなやかにさして、山際の梢あらはなるに、雲の薄くわたれるが、鈍色なるを、何ごとも御目とどまらぬころなれど、いとものあはれに思さる。
 
 ご葬送の時にも、世を挙げての騷ぎで、悲しいと思わない人はいない。
 殿上人なども、すべて黒一色の喪服で、何の華やかさもない晩春である。
 二条院のお庭先の桜を御覧になるにつけても、花の宴の時などをお思い出しになる。
 「今年ぐらいは灰色に咲いて欲しい」と独り口ずさみなさって、他人が変に思うに違いないので、御念誦堂にお籠もりなさって、一日中泣き暮らしなさる。
 夕日が明るく射して、山際の梢がくっきりと見えるところに、雲が薄くたなびいているのが鈍色なのを、何ごとにもお目に止まらないころなのだが、たいそう悲しく思わずにはいらっしゃれない。
 
 

305
 「入り日さす 峰にたなびく 薄雲は
 もの思ふ袖に 色やまがへる」
 「入日が射している峰の上にたなびいている薄雲は
  悲しんでいるわたしの喪服の袖の色に似せたのだろうか」
 
111  人聞かぬ所なれば、かひなし。  誰も聞いていない所なので、せっかくの哀悼の歌もかいがない。
 
 
 

第四章 冷泉帝の物語 出生の秘密と譲位ほのめかし

 
 

第一段 夜居僧都、帝に密奏

 
112  御わざなども過ぎて、事ども静まりて、帝、もの心細く思したり。
 
 ご法事なども終わって、諸々の事柄も落ち着いて、帝は何となく心細くお思いでいらっしゃった。
 
113 この入道の宮の御母后の御世より伝はりて、次々の御祈りの師にてさぶらひける僧都、故宮にもいとやむごとなく親しきものに思したりしを、朝廷にも重き御おぼえにて、いかめしき御願ども多く立てて、世にかしこき聖なりける、 この入道の宮の母后の御代から引き続いて、代々のご祈祷の僧としてお仕えしてきた僧都は、故宮におかれてもたいそう尊敬なさって信頼していらっしゃったが、帝におかせられても御信任厚くて重大な御勅願をいくつもお立てになって、実にすぐれた僧侶であったが、
114 年七十ばかりにて、今は終りの行なひをせむとて籠もりたるが、宮の御事によりて出でたるを、内裏より召しありて、常にさぶらはせたまふ。
 
年は七十歳ほどで、今は自分の後生を願うための勤行をしようと思って籠もっていたのだが、宮の御事のために出て来ていたのを、宮中からお召しがあって、いつもお側に伺候させてお置きになる。
 
 
115  このごろは、なほもとのごとく参りさぶらはるべきよし、大臣も勧めのたまへば、  これからは、やはり以前同様に参内してお仕えするようにと、大臣もお勧めおっしゃるなるので、
116  「今は、夜居など、いと堪へがたうおぼえはべれど、仰せ言のかしこきにより、古き心ざしを添へて」  「今では夜居のお勤めなどはとても堪えがたく思われますが、お言葉の恐れ多いことによって、昔からのご厚志に感謝を込めまして」
117  とて、さぶらふに、静かなる暁に、人も近くさぶらはず、あるはまかでなどしぬるほどに、古代にうちしはぶきつつ、世の中のことども奏したまふついでに、  と言って、お仕えしていたが、ある静かな暁方に、誰もお側近くにいないで、ある人は里に退出などしていた折に、老人っぽく咳をしながら世の中の事どもを奏上なさるついでに、
118  「いと奏しがたく、かへりては罪にもやまかり当たらむと思ひたまへ憚る方多かれど、知ろし召さぬに、罪重くて、天眼恐ろしく思ひたまへらるることを、心にむせびはべりつつ、命終りはべりなば、何の益かははべらむ。
 仏も心ぎたなしとや思し召さむ」
 「まことに申し上げにくく、申し上げたらかえって仏罪に当たろうかと憚り存じられることが多いのですが、御存じでないために罪が重くて天眼が恐ろしく存じられますことを、心中に嘆きながら寿命が終わってしまいましたならば、何の益がございましょうか。
 仏も不正直なとお思いになるでしょう」
119  とばかり奏しさして、えうち出でぬことあり。  とだけ申し上げかけて、それ以上言えないことがある。
 
 
 

第二段 冷泉帝、出生の秘密を知る

 
120  主上、「何事ならむ。
 この世に恨み残るべく思ふことやあらむ。
 法師は、聖といへども、あるまじき横様の嫉み深く、うたてあるものを」と思して、
 主上は、「いったい何事だろうか。
 この世に執着の残るよう思うことがあるのだろうか。
 法師は、聖僧とはいっても、道に外れた嫉妬心が深くて、困ったものだから」とお思いあそばして、
121  「いはけなかりし時より、隔て思ふことなきを、そこには、かく忍び残されたることありけるをなむ、つらく思ひぬる」  「わたしは幼かった時から、隔てなく思っていたのに、そなたにはそのように隠してこられたことがあったとは、つらく思いますぞ」
122  とのたまはすれば、  と仰せになると、
123  「あなかしこ。
 さらに、仏の諌め守りたまふ真言の深き道をだに、隠しとどむることなく広め仕うまつりはべり。
 まして、心に隈あること、何ごとにかはべらむ。
 
 「ああ恐れ多い。
 少しも、仏の禁じて秘密になさる真言の深い道でさえ、隠しとどめることなくご伝授申し上げております。
 まして、心に隠していることは、何がございましょうか。
 
124  これは来し方行く先の大事とはべることを、過ぎおはしましにし院、后の宮、ただ今世をまつりごちたまふ大臣の御ため、すべて、かへりてよからぬ事にや漏り出ではべらむ。
 かかる老法師の身には、たとひ愁へはべりとも、何の悔かはべらむ。
 仏天の告げあるによりて奏しはべるなり。
 
 これは、過去来世にわたる重大事でございますが、お隠れあそばしました院や、后の宮、現在政治をお執りになっている源氏の大臣の御ために、すべて、かえってよくないこととして漏れ出すことがありはしまいか。
 このような老法師の身には、たとい災いがありましょうとも、何の悔いもありません。
 仏天のお告げがあることによって申し上げるのでございます。
 
125  わが君はらまれおはしましたりし時より、故宮の深く思し嘆くことありて、御祈り仕うまつらせたまふゆゑなむはべりし。
 詳しくは法師の心にえ悟りはべらず。
 事の違ひめありて、大臣横様の罪に当たりたまひし時、いよいよ懼ぢ思し召して、重ねて御祈りども承はりはべりしを、大臣も聞こし召してなむ、またさらに言加へ仰せられて、御位に即きおはしまししまで仕うまつることどもはべりし。
 
 わが君がご胎内にいらっしゃった時から、故宮には深くご悲嘆なられることがありまして、ご祈祷をおさせになる仔細がございました。
 詳しいことは法師の心には理解できません。
 思いがけない事件が起こって、源氏の大臣が無実の罪に当たりなさった時、ますます恐ろしくお思いあそばされて、重ねてご祈祷を承りましたが、大臣もご理解あそばして、またさらにご祈祷を仰せつけになって、御即位あそばした時までお勤め申した事がございました。
 
126  その承りしさま」  その承りましたご祈祷の内容は……」
127  とて、詳しく奏するを聞こし召すに、あさましうめづらかにて、恐ろしうも悲しうも、さまざまに御心乱れたり。
 
 と言って、詳しく奏上するのをお聞きあそばすと、驚くほどめったにないことで、恐ろしくも悲しくも、さまざまにお心がお乱れになった。
 
 
128  とばかり、御応へもなければ、僧都、「進み奏しつるを便なく思し召すにや」と、わづらはしく思ひて、やをらかしこまりてまかづるを、召し止めて、  しばらくの間、御返答もないので、僧都は、「進んで奏上したのを不都合にお思いになったのだろうか」と、困ったことに思って、静かに恐縮して退出するのを、お呼び止めになって、
129  「心に知らで過ぎなましかば、後の世までの咎めあるべかりけることを、今まで忍び籠められたりけるをなむ、かへりてはうしろめたき心なりと思ひぬる。
 またこの事を知りて漏らし伝ふるたぐひやあらむ」
 「わたしが知らずに過ぎてしまったならば、来世までも罪があるに違いなかったことを、今まで隠しておられたのを、かえって安心のならない人だと思った。
 またこの事を知っていて誰かに漏らすような人はいるだろうか」
130  とのたまはす。
 
 と仰せになる。
 
131  「さらに、なにがしと王命婦とより他の人、この事のけしき見たるはべらず。
 さるによりなむ、いと恐ろしうはべる。
 天変しきりにさとし、世の中静かならぬは、このけなり。
 いときなく、ものの心知ろし召すまじかりつるほどこそはべりつれ、やうやう御齢足りおはしまして、何事もわきまへさせたまふべき時に至りて、咎をも示すなり。
 よろづのこと、親の御世より始まるにこそはべるなれ。
 何の罪とも知ろし召さぬが恐ろしきにより、思ひたまへ消ちてしことを、さらに心より出しはべりぬること」
 「いえまったく、拙僧と王命婦以外の人は、この事の様子を知っている者はございません。
 それですから、実に恐ろしいのでございます。
 天変地異がしきりに現れ、世の中が平穏でないのは、このせいです。
 御幼少で、物の道理を御分別おできになれなかった間はよろしゅうございましたが、だんだんと御年齢が加わっていらっしゃいまして、何事も御分別あそばせるころになったので、咎を示すのです。
 万事が、親の御代より始まるもののようでございます。
 何の罪とも御存知あそばさないのが恐ろしいので、忘れ去ろうとしていたことを、あえて申し上げた次第です」
132  と、泣く泣く聞こゆるほどに、明け果てぬれば、まかでぬ。  と、泣く泣く申し上げるうちに、夜がすっかり明けてしまったので、退出した。
 
 
133  主上は、夢のやうにいみじきことを聞かせたまひて、いろいろに思し乱れさせたまふ。
 
 主上は、夢のような心地で重大な事をお聞きあそばして、さまざまにお思い乱れなさる。
 
134  「故院の御ためもうしろめたく、大臣のかくただ人にて世に仕へたまふも、あはれにかたじけなかりける事」  「故院の御為にもお気がとがめ、大臣がこのように臣下として朝廷に仕えていらっしゃるのも、もったいないこと」と、
135  かたがた思し悩みて、日たくるまで出でさせたまはねば、 あれこれと御煩悶なさって、日が高くなるまでお出ましにならないので、
 
136 「かくなむ」と聞きたまひて、大臣も驚きて参りたまへるを、御覧ずるにつけても、いとど忍びがたく思し召されて、御涙のこぼれさせたまひぬるを、 「これこれしかじかである」と大臣もお聞きになって、驚いて参内なさったのを、お目にかかりあそばすにつけても、ますます堪えがたくお思いになって、お涙がこぼれあそばしたのを、
137  「おほかた故宮の御事を、干る世なく思し召したるころなればなめり」  「おおかた故母宮の御事を、涙の乾く間もなくお悲しみになっているころだからなのだろう」
138  と見たてまつりたまふ。  と拝し上げなさる。
 
 
 

第三段 帝、譲位の考えを漏らす

 
139  その日、式部卿の親王亡せたまひぬるよし奏するに、いよいよ世の中の騒がしきことを嘆き思したり。
 かかるころなれば、大臣は里にもえまかでたまはで、つとさぶらひたまふ。
 
 その日、式部卿の親王がお亡くなりになった旨を奏上するので、ますます世の中が穏やかならざることをお嘆きにあそばした。
 このような状況なので、源氏の大臣は里邸にもご退出になることができず、付ききりでいらっしゃる。
 
140  しめやかなる御物語のついでに、  しんみりとしたお話のついでに、
141  「世は尽きぬるにやあらむ。
 もの心細く例ならぬ心地なむするを、天の下もかくのどかならぬに、よろづあわたたしくなむ。
 故宮の思さむところによりてこそ、世間のことも思ひ憚りつれ、今は心やすきさまにても過ぐさまほしくなむ」
 「わが寿命は終わってしまうのであろうか、何となく心細くいつもと違った心地がします上に、世の中もこのように穏やかでないので、万事に落ち着かない気がします。
 亡き母宮がご心配なさるからと思って、帝位のことも遠慮しておりましたが、今では安楽な状態で世を過ごしたく思っています」
142  と語らひきこえたまふ。  と御相談申し上げあそばされる。
 
 
143  「いとあるまじき御ことなり。
 世の静かならぬことは、かならず政事の直く、ゆがめるにもよりはべらず。
 さかしき世にしもなむ、よからぬことどももはべりける。
 聖の帝の世にも、横様の乱れ出で来ること、唐土にもはべりける。
 わが国にもさなむはべる。
 まして、ことわりの齢どもの、時至りぬるを、思し嘆くべきことにもはべらず」
 「まったくとんでもないお考えです。
 世の中が静かでないことは、必ずしも政道が真っ直ぐであるとか、また曲がっているとかによるものではございません。
 すぐれた世でもよくないことどもはございました。
 聖帝の御世にも、横ざまの乱れが出てきたことは、唐土にもございました。
 わが国でもそうでございます。
 まして、当然の年齢の方々が寿命の至るのも、お嘆きになることではございません」
144  など、すべて多くのことどもを聞こえたまふ。
 片端まねぶも、いとかたはらいたしや。
 
 などと、なにかにつけたくさんのことがらを申し上げなさる。
 ――その一部分を語り伝えるのも、とても気がひけることである。
 
 
145  常よりも黒き御装ひに、やつしたまへる御容貌、違ふところなし。
 主上も、年ごろ御鏡にも、思しよることなれど、聞こし召ししことの後は、またこまかに見たてまつりたまひつつ、ことにいとあはれに思し召さるれば、「いかで、このことをかすめ聞こえばや」と思せど、さすがに、はしたなくも思しぬべきことなれば、若き御心地につつましくて、ふともえうち出できこえたまはぬほどは、ただおほかたのことどもを、常よりことになつかしう聞こえさせたまふ。
 
 いつもより黒いお召し物で、喪に服していらっしゃる御容貌は、源氏の大臣と異なるところがない。
 主上も、いく年もお鏡を御覧になるにつけ、お気づきなっていることではあるが、そのお話をお聞きあそばしてから後は、またしげしげとお顔を御覧になりながら、格別にいっそうしみじみとお思いなされるので、「何とかして、このことをちらっと申し上げたい」とお思いになるが、何といってもやはり、きまりが悪くお思いになるに違いないことなので、お若い心地から遠慮されて、すぐにお話申し上げられないあいだは、世間一般の話をいつもより特に親密にお話し申し上げあそばされる。
 
146  うちかしこまりたまへるさまにて、いと御けしきことなるを、かしこき人の御目には、あやしと見たてまつりたまへど、いとかく、さださだと聞こし召したらむとは思さざりけり。
 
 慇懃にかしこまっていらっしゃる御態度で、とても御様子が違っているのを、源氏の大臣のすぐれた人のお眼には、妙だと拝し上げなさったが、とてもこのように、はっきりとお聞きあそばしたとはお思いもよりなさらなかったのであった。
 
 
 

第四段 帝、源氏への譲位を思う

 
147  主上は、王命婦に詳しきことは、問はまほしう思し召せど、  主上は、王命婦に詳しいことはお尋ねになりたくお思いになったが、
148  「今さらに、しか忍びたまひけむこと知りにけりと、かの人にも思はれじ。
 ただ、大臣にいかでほのめかし問ひきこえて、先々のかかる事の例はありけりやと問ひ聞かむ」
 「今さら、母后があのようにお隠しになっていらっしゃったことを知ってしまったと、あの人にも思われたくない。
 ただ、大臣に何とかそれとなくお尋ね申し上げて、昔にもこのような例はあったろうかと聞いてみたい」
149  とぞ思せど、さらについでもなければ、いよいよ御学問をせさせたまひつつ、さまざまの書どもを御覧ずるに、  とお思いになるが、まったくその機会もないので、ますます御学問をあそばしては、さまざまの書籍を御覧になるのだが、
150  「唐土には、現はれても忍びても、乱りがはしき事いと多かりけり。
 日本には、さらに御覧じ得るところなし。
 たとひあらむにても、かやうに忍びたらむことをば、いかでか伝へ知るやうのあらむとする。
 一世の源氏、また納言、大臣になりて後に、さらに親王にもなり、位にも即きたまひつるも、あまたの例ありけり。
 人柄のかしこきにことよせて、さもや譲りきこえまし」
 「唐土には、公然となったのもまた内密のも、血統の乱れている例がとても多くあった。
 しかし日本には、まったく御覧になれない。
 たといあったとしても、このように内密のことを、どうして伝え知るすべがあるというのか。
 一世の源氏が、また納言や大臣となって後に、さらに親王にもなり、皇位にもおつきになったのも、多数の例があったのであった。
 大臣の人柄のすぐれたことにかこつけて、そのようにお譲り申し上げようか」
151  など、よろづにぞ思しける。  などと、いろいろお考えになったのであった。
 
 
 

第五段 源氏、帝の意向を峻絶

 
152  秋の司召に、太政大臣になりたまふべきこと、うちうちに定め申したまふついでになむ、帝、思し寄する筋のこと、漏らしきこえたまひけるを、大臣、いとまばゆく、恐ろしう思して、さらにあるまじきよしを申し返したまふ。
 
 秋の司召に、太政大臣におなりになるようなことを、内々にお定め申しなさる機会に、帝がかねて源氏の大臣に御譲位の御意向をお洩らし申し上げられたので、大臣は、とても目も上げられず恐ろしくお思いになって、それは決してあってはならないことである主旨のご辞退を申し上げなさる。
 
153  「故院の御心ざし、あまたの皇子たちの御中に、とりわきて思し召しながら、位を譲らせたまはむことを思し召し寄らずなりにけり。
 何か、その御心改めて、及ばぬ際には昇りはべらむ。
 ただ、もとの御おきてのままに、朝廷に仕うまつりて、今すこしの齢かさなりはべりなば、のどかなる行なひに籠もりはべりなむと思ひたまふる」
 「故院のお志は、多数の親王たちの中で、わたしを特別に御寵愛くださりながらも、御位をお譲りあそばすことはお考えあそばしませんでした。
 どうしてその御遺志に背いて及びもつかない御位につけましょうか。
 ただ、もとのお考えどおりに朝廷にお仕えして、もう少し年を重ねましたならば、のんびりとした仏道にひき籠もりましょうと存じております」
154  と、常の御言の葉に変はらず奏したまへば、いと口惜しうなむ思しける。  と、いつものお言葉と変わらずに奏上なさるので、まことに残念にお思いになった。
 
 
155  太政大臣になりたまふべき定めあれど、しばし、と思すところありて、ただ御位添ひて、牛車聴されて参りまかでしたまふを、帝、飽かず、かたじけなきものに思ひきこえたまひて、なほ親王になりたまふべきよしを思しのたまはすれど、  太政大臣におなりになるよう決定があるが、今しばらくとお考えになるところがあって、ただ位階だけ一つ昇進して、牛車を聴されて、参内や退出をなさるのを、帝はもの足りなくもったいないこととお思い申し上げなさって、やはり親王におなりになるよう仰せになるが、
156  「世の中の御後見したまふべき人なし。
 権中納言、大納言になりて、右大将かけたまへるを、今一際あがりなむに、何ごとも譲りてむ。
 さて後に、ともかくも、静かなるさまに」
 「そうなると、政治のご後見をおできになる人がいない。
 権中納言が大納言になって右大将を兼任していらっしゃるが、もう一段昇進したならば、何ごとも譲ろう。
 その後に、どうなるにせよ、静かに暮らそう」
157  とぞ思しける。
 なほ思しめぐらすに、
 とお思いになっていた。
 さらにあれこれ、お考えめぐらすと、
158  「故宮の御ためにもいとほしう、また主上のかく思し召し悩めるを見たてまつりたまふもかたじけなきに、誰れかかることを漏らし奏しけむ」  「故后宮のためにも気の毒であり、また主上がこのようにお悩みでいらっしゃるのを拝し上げなさるにも恐れ多くて、誰がこのような秘密を洩らしお耳に入れ申したのだろうか」
159  と、あやしう思さる。
 
 と、不思議に思わずにはいらっしゃれない。
 
 
160  命婦は、御匣殿の替はりたる所に移りて、曹司たまはりて参りたり。
 大臣、対面したまひて、
 王命婦は、御匣殿が替わった後に移って、お部屋を賜って出仕していた。
 源氏の大臣は、お目にかかりなさって、
161  「このことを、もし、もののついでに、露ばかりにても漏らし奏したまふことやありし」  「故后宮は、このことを、もしや何かの機会に少しでも洩らしお耳に入れ申されたことはありましたか」
162  と案内したまへど、  とお尋ねになるが、
163  「さらに。
 かけても聞こし召さむことを、いみじきことに思し召して、かつは、罪得ることにやと、主上の御ためを、なほ思し召し嘆きたりし」
 「いいえけっして。
 少しでも帝のお耳に入りますことを、大変なことだと思し召しで、しかしまた一方では、罪を得ることではないかと、主上の御身の上を、やはりお案じあそばして嘆いていらっしゃいました」
164  と聞こゆるにも、ひとかたならず心深くおはせし御ありさまなど、尽きせず恋ひきこえたまふ。
 
 と申し上げるにつけても、並々ならず思慮深い方でいらっしゃったご様子などを、限りなく恋しくお思い出し申し上げなさる。
 
 
 

第五章 光る源氏の物語 春秋優劣論と六条院造営の計画

 
 

第一段 斎宮女御、二条院に里下がり

 
165  斎宮の女御は、思ししもしるき御後見にて、やむごとなき御おぼえなり。
 御用意、ありさまなども、思ふさまにあらまほしう見えたまへれば、かたじけなきものにもてかしづききこえたまへり。
 
 斎宮の女御は、ご期待どおりのご後見役によって、たいそうな帝の御寵愛である。
 お心づかいや態度なども、思うとおりに申し分なくお見えになるので、源氏の大臣はもったいないお方として大切にお世話申し上げなさっていた。
 
166  秋のころ、二条院にまかでたまへり。
 寝殿の御しつらひ、いとど輝くばかりしたまひて、今はむげの親ざまにもてなして、扱ひきこえたまふ。
 
 秋ごろに、二条院に里下がりなさった。
 寝殿のご設備はいっそう輝くほどになさって、今ではまったくの実の親のような態度でお世話申し上げていらっしゃる。
 
167  秋の雨いと静かに降りて、御前の前栽の色々乱れたる露のしげさに、いにしへのことどもかき続け思し出でられて、御袖も濡れつつ、女御の御方に渡りたまへり。
 こまやかなる鈍色の御直衣姿にて、世の中の騒がしきなどことつけたまひて、やがて御精進なれば、数珠ひき隠して、さまよくもてなしたまへる、尽きせずなまめかしき御ありさまにて、御簾の内に入りたまひぬ。
 
 秋の雨がとても静かに降って、お庭先の前栽が色とりどりに咲き乱れて、それに露がいっぱい置いているのにつけても、昔のことがらがそれからそれへと自然と続けて思い出されて、お袖も濡らし濡らして、女御の御方にお出向きになった。
 色の濃い鈍色のお直衣姿で、世の中が平穏でないのを口実になさって、そのまま御精進中なので、数珠を袖に隠して体裁よく振る舞っていらっしゃるのが、限りなく優美なご様子で、御簾の中にお入りになった。
 
 
 

第二段 源氏、女御と往時を語る

 
168  御几帳ばかりを隔てて、みづから聞こえたまふ。
 
 御几帳だけを隔てて、ご自身でお話し申し上げなさる。
 
169  「前栽どもこそ残りなく紐解きはべりにけれ。
 いとものすさまじき年なるを、心やりて時知り顔なるも、あはれにこそ」
 「どの前栽もすっかり咲きほころびましたね。
 まことにおもしろくない年ですが、得意そうに時節を心得顔に咲いているのが、胸打たれますね」
170  とて、柱に寄りゐたまへる夕ばえ、いとめでたし。
 昔の御ことども、かの野の宮に立ちわづらひし曙などを、聞こえ出でたまふ。
 いとものあはれと思したり。
 
 とおっしゃって、柱に寄りかかっていらっしゃる夕映えのお姿、それはたいそう見事である。
 在世中のあれこれのお話、あの野宮を訪れて帰りがたかった朝の話などをお話し申し上げなさる。
 まことにしみじみとお思いになった。
 
 
171  宮も、「かくれば」とにや、すこし泣きたまふけはひ、いとらうたげにて、うち身じろきたまふほども、あさましくやはらかになまめきておはすべかめる。
 「見たてまつらぬこそ、口惜しけれ」と、胸のうちつぶるるぞ、うたてあるや。
 
 宮も、古歌に『こうだから涙ぐまれる』というようにか、少しお泣きになる様子はとても可憐な感じで、ちょっとお身じろぎなさる気配も、驚くほど柔らかく優美でいらっしゃるようだ。
 ――「お顔を拝見しないのは、まことに残念だ」とお思いになって、胸がどきどきなさるのは困ったことであるよ。
 
172  「過ぎにし方、ことに思ひ悩むべきこともなくてはべりぬべかりし世の中にも、なほ心から、好き好きしきことにつけて、もの思ひの絶えずもはべりけるかな。
 さるまじきことどもの、心苦しきが、あまたはべりし中に、つひに心も解けず、むすぼほれて止みぬること、二つなむはべる。
 
 「過ぎ去った昔、特に思い悩むようなこともなくて過せたはずでございました時分にも、やはり性分で好色沙汰に関しては物思いも絶えずございましたよ。
 よくない恋愛事の中で、気の毒なことをしたことが多数ありました中で、最後まで心も打ち解けず、思いも晴れずに終わったことが、二つあります。
 
173  一つは、この過ぎたまひにし御ことよ。
 あさましうのみ思ひつめて止みたまひにしが、長き世の愁はしきふしと思ひたまへられしを、かうまでも仕うまつり、御覧ぜらるるをなむ、慰めに思うたまへなせど、燃えし煙の、むすぼほれたまひけむは、なほいぶせうこそ思ひたまへらるれ」
 その一つは、あのお亡くなりになった母君の御ことですよ。
 驚くほど物を思いつめてお亡くなりになってしまったことが、生涯の嘆きの種と存じられましたが、このようにお世話申して、親しくしていただけるのを、せめて罪滅ぼしのように存じておりますが、『燃え立った恋の煙』が、解けぬままになってしまわれたのだろうとは、やはり気がかりに存じられてなりません」
174  とて、今一つはのたまひさしつ。  とおっしゃって、もう一つは話されずに終わった。
 
 
175  「中ごろ、身のなきに沈みはべりしほど、方々に思ひたまへしことは、片端づつかなひにたり。
 東の院にものする人の、そこはかとなくて、心苦しうおぼえわたりはべりしも、おだしう思ひなりにてはべり。
 心ばへの憎からぬなど、我も人も見たまへあきらめて、いとこそさはやかなれ。
 
 「ひところ、身を沈めておりましたとき、あれこれと考えておりましたことは、少しずつ叶ってきました。
 東の院にいる人が、頼りない境遇でずっと気の毒に思っておりましたのも、今では安心できる状態になっております。
 気立てがよいところなど、わたしも相手もよく理解し合っていて、とてもさっぱりとしたものです。
 
176  かく立ち返り、朝廷の御後見仕うまつるよろこびなどは、さしも心に深く染まず、かやうなる好きがましき方は、静めがたうのみはべるを、おぼろけに思ひ忍びたる御後見とは、思し知らせたまふらむや。
 あはれとだにのたまはせずは、いかにかひなくはべらむ」
 このように京に帰って来て、朝廷のご後見致します喜びなどは、それほど心に深く思いませんが、このような好色めいた心は、鎮めがたくばかりおりますが、並々ならぬ我慢を重ねたご後見であるとは、ご存知でいらっしゃいましょうか。
 せめて同情するとだけでもおっしゃっていただけなければ、どんなにか張り合いのないことでしょう」
177  とのたまへば、むつかしうて、御応へもなければ、  とおっしゃるので、困ってしまって、お返事もないので、
178  「さりや。
 あな心憂」
 「やはり、そうですか。
 ああ情けない」
179  とて、異事に言ひ紛らはしたまひつ。  と言って、他の話題に転じて紛らしておしまいになった。
 
 
180  「今は、いかでのどやかに、生ける世の限り、思ふこと残さず、後の世の勤めも心にまかせて、籠もりゐなむと思ひはべるを、この世の思ひ出にしつべきふしのはべらぬこそ、さすがに口惜しうはべりぬべけれ。
 かならず、幼き人のはべる、生ひ先いと待ち遠なりや。
 かたじけなくとも、なほ、この門広げさせたまひて、はべらずなりなむ後にも、数まへさせたまへ」
 「今では、何とか心安らかに生きている間は心残りがないように、来世のためのお勤めを思う存分にしつつ、籠もって過ごしたいと思っておりますが、この世の思い出にできることがございませんのが、何といっても残念なことでございます。
 きっと、幼い姫君がおりますが、将来が待ち遠しいことですよ、恐れ多いことですが、何といっても、この家を繁栄させなさって、わたしが亡くなりました後も、お見捨てなさらないでください」
181  など聞こえたまふ。
 
 などと申し上げなさる。
 
182  御応へは、いとおほどかなるさまに、からうして一言ばかりかすめたまへるけはひ、いとなつかしげなるに聞きつきて、しめじめと暮るるまでおはす。
 
 お返事は、とてもおっとりとした様子で、やっと一言ほどわずかにおっしゃる感じ、たいそう優しそうなのに聞き入って、しんみりと日が暮れるまでいらっしゃる。
 
 
 

第三段 女御に春秋の好みを問う

 
183  「はかばかしき方の望みはさるものにて、年のうち行き交はる時々の花紅葉、空のけしきにつけても、心の行くこともしはべりにしがな。
 春の花の林、秋の野の盛りを、とりどりに人争ひはべりける、そのころの、げにと心寄るばかりあらはなる定めこそはべらざなれ。
 
 「頼もしい方面の望みはそれとして、一年の間の移り変わる四季折々の花や紅葉、空の様子につけても、心のゆく楽しみをしてみたいものですね。
 春の花の林や、秋の野の盛りについて、それぞれに論争しておりましたが、その季節の、まことにそのとおりと納得できるようなはっきりとした判断はないようでございます。
 
184  唐土には、春の花の錦に如くものなしと言ひはべめり。
 大和言の葉には、秋のあはれを取り立てて思へる。
 いづれも時々につけて見たまふに、目移りて、えこそ花鳥の色をも音をもわきまへはべらね。
 
 唐土では、春の花の錦に匹敵するものはないと言っているようでございます。
 和歌では、秋のしみじみとした情緒を格別にすぐれたものとしています。
 どちらも季節折々につけて見ておりますと、目移りして、花や鳥の色彩や音色の美しさを判別することができません。
 
185  狭き垣根のうちなりとも、その折の心見知るばかり、春の花の木をも植ゑわたし、秋の草をも堀り移して、いたづらなる野辺の虫をも棲ませて、人に御覧ぜさせむと思ひたまふるを、いづ方にか御心寄せはべるべからむ」  狭い邸の中だけでも、その季節の情趣が分かる程度に、春の花の木を一面に植え、秋の草をも移植して、つまらない野辺の虫たちを棲ませて、皆様にも御覧に入れようと存じておりますが、どちらをお好きでしょうか」
 
186  と聞こえたまふに、いと聞こえにくきことと思せど、むげに絶えて御応へ聞こえたまはざらむもうたてあれば、  と申し上げなさると、とてもお答え申しにくいこととお思いになるが、まるっきり何ともお答え申し上げなさらないのも具合が悪いので、
187  「まして、いかが思ひ分きはべらむ。
 げに、いつとなきなかに、あやしと聞きし夕べこそ、はかなう消えたまひにし露のよすがにも、思ひたまへられぬべけれ」
 「まして、わたしなどにどうして優劣を弁えることができましょうか。
 おっしゃるとおり、どちらも素晴らしいですが、いつとても恋しくないことはない中で、『不思議に恋しく思われる』と聞いた秋の夕べが、はかなくお亡くなりになった母の露の縁につけて、自然と好ましく存じられます」
188  と、しどけなげにのたまひ消つも、いとらうたげなるに、え忍びたまはで、  と、とりつくろわないようにおっしゃって言いさしなさるのが、実にかわいらしいので、堪えることがおできになれず、
 

306
 「君もさは あはれを交はせ 人知れず
 わが身にしむる 秋の夕風
 「あなたもそれでは情趣を交わしてください、誰にも知られず
  自分ひとりでしみじみと身にしみて感じている秋の夕風ですから
 
189  忍びがたき折々もはべりかし」  我慢できないことも度々ございますよ」
 
190  と聞こえたまふに、「いづこの御応へかはあらむ。
 心得ず」と思したる御けしきなり。
 このついでに、え籠めたまはで、恨みきこえたまふことどもあるべし。
 
 と申し上げなさると、「どのようなお返事ができよう、分かりません」とお思いのご様子である。
 この機会に、抑えきれずに、お恨み申し上げなさることがあるにちがいない。
 
191  今すこし、ひがこともしたまひつべけれども、いとうたてと思いたるも、ことわりに、わが御心も、「若々しうけしからず」と思し返して、うち嘆きたまへるさまの、もの深うなまめかしきも、心づきなうぞ思しなりぬる。
 
 もう少しで、間違いもしでかしなさるところであるが、とてもいやだとお思いでいるのも、もっともなので、またご自分でも「若々しく良くないことだ」とお思い返しなさって、お嘆きになっていらっしゃる様子が、思慮深く優美なのも、気にくわなくお思いになった。
 
192  やをらづつひき入りたまひぬるけしきなれば、  少しずつ奥の方へお入りになって行かれるご様子なので、
193  「あさましうも、疎ませたまひぬるかな。
 まことに心深き人は、かくこそあらざなれ。
 よし、今よりは、憎ませたまふなよ。
 つらからむ」
 「驚くほどお嫌いになるのですね。
 ほんとうに情愛の深い人は、このようにはしないものと言います。
 よし、今からは、お憎みにならないでください。
 つらいことでしょうから」
194  とて、渡りたまひぬ。
 
 とおっしゃって、お渡りになった。
 
 
195  うちしめりたる御匂ひのとまりたるさへ、疎ましく思さる。
 人びと、御格子など参りて、
 しっとりとした香が残っているのまでが、不愉快にお思いになる。
 女房たちは、御格子などを下ろして、
196  「この御茵の移り香、言ひ知らぬものかな」  「この御褥の移り香は、何とも言えないですね」
197  「いかでかく取り集め、柳の枝に咲かせたる御ありさまならむ」  「どうしてこう、何から何まで『柳の枝に花を咲かせた』ようなご様子なのでしょう」
198  「ゆゆしう」  「気味が悪いまでに」
199  と聞こえあへり。  とお噂申し上げ合っていた。
 
 
 

第四段 源氏、紫の君と語らう

 
200  対に渡りたまひて、とみにも入りたまはず、いたう眺めて、端近う臥したまへり。
 燈籠遠くかけて、近く人びとさぶらはせたまひて、物語などせさせたまふ。
 
 西の対にお渡りになって、すぐにもお入りにならず、たいそう物思いに耽って、端近くに横におなりになった。
 燈籠を遠くに掛けて、近くに女房たちを伺候させなさって、お話などをさせになる。
 
201  「かうあながちなることに胸ふたがる癖の、なほありけるよ」  「このように無理な恋に胸がいっぱいになる癖が、いまも残っていたことよ」
202  と、わが身ながら思し知らる。
 
 と、自分自身反省せずにはいらっしゃれない。
 
203  「これはいと似げなきことなり。
 恐ろしう罪深き方は多うまさりけめど、いにしへの好きは、思ひやりすくなきほどの過ちに、仏神も許したまひけむ」と、思しさますも、「なほ、この道は、うしろやすく深き方のまさりけるかな」
 「これはまことに相応しくないことだ。
 恐ろしく罪深いことは多くあったろうが、昔の好色は思慮の浅いころの過ちであったから、仏や神もお許しになったことだろう」と、心をお鎮めになるにつけても、「やはり、この恋の道は、危なげなく思慮深さが増してきたものだな」
204  と、思し知られたまふ。
 
 とお思い知られなさる。
 
 
205  女御は、秋のあはれを知り顔に応へ聞こえてけるも、「悔しう恥づかし」と、御心ひとつにものむつかしうて、悩ましげにさへしたまふを、いとすくよかにつれなくて、常よりも親がりありきたまふ。
 
 女御は、秋の情趣を知っているようにお答え申し上げたのも、「悔しく恥ずかしい」と、独り心の中でくよくよなさって、悩ましそうにさえなさっているのを、実にさっぱりと何くわぬ顔で、いつもよりも親らしく振る舞っていらっしゃる。
 
206  女君に、  女君に、
207  「女御の、秋に心を寄せたまへりしもあはれに、君の、春の曙に心しめたまへるもことわりにこそあれ。
 時々につけたる木草の花によせても、御心とまるばかりの遊びなどしてしがなと、公私のいとなみしげき身こそふさはしからね、いかで思ふことしてしがなと、ただ、御ためさうざうしくやと思ふこそ、心苦しけれ」
 「女御が秋に心を寄せていらっしゃるのも感心されますし、あなたが春の曙に心を寄せていらっしゃるのももっともです。
 季節折々に咲く木や草の花を鑑賞しがてら、あなたのお気に入るような催し事などをしてみたいものだと、公私ともに忙しい身には相応しくないが、何とかして望みを遂げたいものですと、ただ、あなたにとって寂しくないだろうかと思うのが、気の毒なのです」
208  など語らひきこえたまふ。  などと親密にお話申し上げになる。
 
 
 

第五段 源氏、大堰の明石を訪う

 
209  「山里の人も、いかに」など、絶えず思しやれど、所狭さのみまさる御身にて、渡りたまふこと、いとかたし。
 
 「山里の人も、どうしているだろうか」などと、絶えず案じていらっしゃるが、窮屈さばかりが増していくお身の上なので、お出かけになることは、まことにむずかしい。
 
210  「世の中をあぢきなく憂しと思ひ知るけしき、などかさしも思ふべき。
 心やすく立ち出でて、おほぞうの住まひはせじと思へる」を、「おほけなし」とは思すものから、いとほしくて、例の、不断の御念仏にことつけて渡りたまへり。
 
 「夫婦仲をつまらなくつらいと思っている様子だが、どうしてそのように考える必要があろうか。
 気安く京に出て来て、並々の生活はするまいと思っているが、それは思い上がった考えだ」とはお思いになる一方で、不憫に思って、いつもの不断の御念仏にかこつけてお出向きになった。
 
 
211  住み馴るるままに、いと心すごげなる所のさまに、いと深からざらむことにてだに、あはれ添ひぬべし。
 まして、見たてまつるにつけても、つらかりける御契りの、さすがに、浅からぬを思ふに、なかなかにて慰めがたきけしきなれば、こしらへかねたまふ。
 
 住み馴れていくにしたがって、とてももの寂しい場所の様子なので、たいして深い事情がない人でさえ、きっと悲哀を増すであろう。
 ましてお逢い申し上げるにつけても、つらかった宿縁の、とはいえ、浅くないのを思うと、かえって慰めがたい様子なので、なだめかねなさる。
 
212  いと木繁き中より、篝火どもの影の、遣水の螢に見えまがふもをかし。
 
 たいそう茂った木立の間から、いくつもの篝火の光が遣水の上を飛び交う螢のように見えるのも趣深く感じられる。
 
213  「かかる住まひにしほじまざらましかば、めづらかにおぼえまし」  「このような生活に馴れていなかったら、さぞ珍しく思えたでしょうに」
214  とのたまふに、  とおっしゃると、
 

307
 「漁りせし 影忘られぬ 篝火は
 身の浮舟や 慕ひ来にけむ
 「あの明石の浦の漁り火が思い出されますのは
  わが身の憂さを追ってここまでやって来たのでしょうか
 
215  思ひこそ、まがへられはべれ」  間違われそうでございます」
216  と聞こゆれば、  と申し上げると、
 

308
 「浅からぬ したの思ひを 知らねばや
 なほ篝火の 影は騒げる
 「わたしの深い気持ちを御存知ないからでしょうか
  今でも篝火のようにゆらゆらと心が揺れ動くのでしょう
 
217  誰れ憂きもの」  『誰が憂きもの』と、させたのでしょう」
218  と、おし返し恨みたまへる。  と、逆にお恨みになっていらっしゃる。
 
 
219  おほかたもの静かに思さるるころなれば、尊きことどもに御心とまりて、例よりは日ごろ経たまふにや、すこし思ひ紛れけむ、とぞ。
 
 だいたいに自然と物静かな思いにおなりの時候なので、尊い仏事にご熱心になって、いつもよりは長くご滞在になったのであろうか、少し物思いも慰められたろう、と言うことである。
 
 
 

【出典】

 
  出典1 宿変へて松にも見えずなりぬればつらき所の多くもあるかな(後撰集恋三-七〇五 女)(戻)  
  出典2 恨みての後さへ人のつらからばいかに言ひてか音をも泣かまし(拾遺集恋五-九八五 読人しらず)(戻)  
  出典3 かく恋ひむものとも我は思ひにき心のうらぞまさしかりける(古今集恋四-七〇〇 読人しらず)(戻)  
  出典4 人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな(後撰集雑一-一一〇二 藤原兼輔)(戻)  
  出典5 植ゑし時契りやしけむ武隈の松を再びあひ見つるかな(後撰集雑三-一二四一 藤原元善)(戻)  
  出典6 桜人 その舟止め 島つ田を 十町作れる 見て帰り来むや そよや 明日帰り来む そよや 言をこそ 明日とも言はめ 遠方に 妻ざる夫は 明日もさね来じや そよや 明日もさね来じや そよや(催馬楽-桜人)(戻)  
  出典7 世の中は夢のわたりの浮き橋かうち渡りつつ物をこそ思へ(源氏釈所引、出典未詳)(戻)  
  出典8 命だに心にかなふものならば何か別れの悲しからまし(古今集離別-三八七 白女)(戻)  
  出典9 説無漏妙法 度無量衆生 後当入涅槃 如煙尽灯滅(法華経-安楽行品)(戻)  
  出典10 深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け(古今集哀傷-八三二 上野岑雄)(戻)  
  出典11 百草の花の紐解く秋の野を思ひ戯れむ人な咎めそ(古今集秋上-二四六 読人しらず)(戻)  
  出典12 いにしへの昔のことをいとどしくかくれば袖に露けかりけり(源氏釈所引、出典未詳)(戻)  
  出典13 結ぼほれ燃えし煙をいかがせむ君だにこめよ長き契りを(源氏釈所引、出典未詳)(戻)  
  出典14 春はただ花のひとへに咲くばかりもののあはれは秋ぞまされる(拾遺集雑下-五一一 読人しらず)(戻)  
  出典15 春秋に思ひ乱れて分きかねつ時につけつつ移る心は(拾遺集雑下-五〇九 紀貫之)(戻)  
  出典16 花鳥の色をも音をもいたづらにもの憂かる身には過ぐすのみなりけり(後撰集夏-二一二 藤原雅正)(戻)  
  出典17 いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べはあやしかりけり(古今集恋一-五四六 読人しらず)(戻)  
  出典18 梅が香を桜の花に匂はせて柳が枝に咲かせてしがな(後拾遺集春上-八二 中原致時)(戻)  
  出典19 篝火の影となる身のわびしきは流れて下に燃ゆるなりけり(古今集恋一-五三〇 読人しらず)(戻)  
  出典20 うたかたも思へば悲し世の中を誰れ憂きものと知らせそめけむ(古今六帖三-一七二六)(戻)  
 
 

【校訂】

 
  備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△  
  校訂1 川づらの--か(か/+は)つらの(戻)  
  校訂2 あれど--あれ(れ/+と)(戻)  
  校訂3 見放つ--見(見/+は)なつ(戻)  
  校訂4 ことは--事(事/+は)(戻)  
  校訂5 とも--とん(ん/#も)(戻)  
  校訂6 生ふす--おほ(ほ/#ふ)す(戻)  
  校訂7 尼削ぎ--あま(ま/+そき)(戻)  
  校訂8 なき--なく(く/$き)(戻)  
  校訂9 どもも--とんゝ(んゝ/#もゝ)(戻)  
  校訂10 とも--とん(ん/$も)(戻)  
  校訂11 政事も--まつりことん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂12 ども--とん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂13 ども--とん(ん/#も)(戻)  
  校訂14 のみ--の身(身/$み)(戻)  
  校訂15 にぞ--にて(て/#そ)(戻)  
  校訂16 ころぞ--ころそ(そ/$そ)(戻)  
  校訂17 ことも--ことん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂18 なども--なとん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂19 なども--なとん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂20 さかしき--さ(さ/+か)しき(戻)  
  校訂21 いはけなかり--いは(は/$は<朱>)けなかり(戻)  
  校訂22 ども--とん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂23 たぐひや--たくひ(ひ/+や)(戻)  
  校訂24 ころ--こゝ(ゝ/#)ろ(戻)  
  校訂25 ども--とん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂26 たまひつつ--*給ふつゝ(戻)  
  校訂27 ふとも--ふとん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂28 問ひ--(/+とひ<朱>)(戻)  
  校訂29 ども--とん(ん/$も)(戻)  
  校訂30 ものに--もの(も/+にイ)(戻)  
  校訂31 秋のころ--秋(秋/+の<朱>)ころ(戻)  
  校訂32 ども--とん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂33 ことも--ことん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂34 むすぼほれ--む(む/+す<朱>)ほゝれ(戻)  
  校訂35 なれ--なれは(は/$<朱>)(戻)  
  校訂36 思ひ--(/+思<朱>)(戻)  
  校訂37 ことも--ことん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂38 ひがことも--ひかことん(ん/$も<朱>)(戻)  
  校訂39 かな--(/+かな)(戻)  
  校訂40 こそ--(/+こ<朱>)そ(戻)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)大島本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。