枕草子56段 殿上の名対面こそ

牛飼は 枕草子
上巻中
56段
殿上の名対面
若くよろしき男

(旧)大系:56段
新大系:53段、新編全集:54段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:58段
 


 
 殿上の名対面こそなほをかしけれ。御前に人侍ふをりは、やがて問ふもをかし。足音どもしてくづれ出づるを、上の御局の東おもてにて、耳をとなへて聞くに、知る人の名のあるは、ふと例の胸つぶるらむかし。また、ありともよく聞かせぬ人など、このをりに聞きつけたるは、いかが思ふらむ。「名のりよし」「あし」「聞きにくし」などさだむるもをかし。
 

 果てぬなりと聞くほどに、滝口の弓鳴らし、沓の音し、そそめき出づると、蔵人のいみじくたかく踏みごほめかして、丑寅のすみの勾欄に、高膝まづきといふゐずまひに、御前のかたにむかひて、うしろざまに、「誰々か侍る」と問ふこそをかしけれ。たかくほそく名乗り、また、人々侍はねば、名対面つかうまつらぬよし奏するも、「いかに」と問へば、さはる事ども奏するに、さ聞きてかへるを、方弘きかずとて、君たちの教へ給ひければ、いみじう腹立ち叱りて、かうがへて、また滝口にさへわらはる。
 

 御厨子所の御膳棚に沓おきて、いひののしらるるを、いとほしがりて、「誰が沓にかあらむ。え知らず」と主殿司、人々などのいひけるを、「やや、方弘がきたなきものぞ」とて、いとどさわがる。