枕草子238段 細殿にびんなき人なむ

よろづの 枕草子
下巻上
238段
細殿に
三条の宮に

(旧)大系:238段
新大系:221段、新編全集:222段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後は最も索引性に優れ三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:215段
 


 
 「細殿にびんなき人なむ、暁にかささして出でける」といひ出でたるを、よく聞けば、わがうえなりけり。
 地下などいひても、目やすく、人にゆるさるばかりの人にもあらざなるを、あやしのことやと思ふほどに、上より御文持て来て、「返りごと、ただいま」と仰せられたり。
 なにごとにかとて見れば、大がさの絵をかきて、人は見えず、ただ手の限り笠をとらへさせて、下に、
 

♪A
  山の端明けし あしたより
 

と書かせ給へり。
 なほはかなきことにても、ただめでたくのみおぼえさせ給ふに、はづかしく心づきなきことは、いかでか御覧ぜられじと思ふに、かかるそら言のいでくる、くるしけれど、をかしくて、こと紙に雨をいみじう降らせて、下に、
 

♪B
  ならぬ名の 立ちにけるかな
 

さてや、「ぬれ衣にはなり侍らむ」と啓したれば、右近の内侍などに語らせ給ひて、笑はせ給ひけり。
 
 

よろづの 枕草子
下巻上
238段
細殿に
三条の宮に