源氏物語 22帖 玉鬘:あらすじ・目次・原文対訳

乙女 源氏物語
第一部
第22帖
玉鬘
初音

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 
 

 玉鬘(たまかずら)のあらすじ

 光源氏35歳の3月から12月。

 夕顔【4巻・謎の女生霊が現れた直後急死】の遺児玉鬘【かつての頭中将の子】は母の死後、4歳で乳母一家に伴われて筑紫へ下国し、乳母の夫太宰少弐が死去した後上京できぬまま、既に20歳になっていた。その美貌ゆえ求婚者が多く、乳母は玉鬘を「自分の孫」ということにして、病気で結婚できないと断り続けてきたが、中でも有力者である肥後の豪族大夫監の強引な求婚に困り果て、ついには次男・三男までもが大夫監に味方し、乳母一家は二つに分裂。長男の豊後介にはかって船で京に逃げ帰った。

 しかし京で母夕顔を探す当てもなく、神仏に願掛けし、長谷寺の御利益を頼み参詣の旅に出たが、椿市の宿で偶然、元は夕顔の侍女で今は源氏に仕える右近に再会した。右近から「源氏の大臣が自分の事のように、心配して探している」と知らされ、夕顔が亡くなった時のいきさつを聞いた乳母一家は、驚く。

 右近の報告に源氏は玉鬘を自分の娘というふれこみで六条院に迎え、花散里を後見に夏の町の西の対に住まわせた。豊後介は六条院の家司になり、「これで妻子を呼び寄せることが出来る」と安堵する。年の暮れ、源氏は紫の上とともに、女性らに贈る正月の晴れ着選びをした。

(以上Wikipedia玉鬘(源氏物語)より。色づけと【】は本ページ)
目次
和歌抜粋内訳#玉鬘(14首:別ページ)
主要登場人物
玉鬘の由来(独自)
 
第22帖 玉鬘(たまかずら)
 玉鬘の筑紫時代と
 光る源氏の太政大臣時代
 三十五歳の夏四月から冬十月までの物語
 
第一章 玉鬘 筑紫流離の物語
第二章 玉鬘 大夫監の求婚と筑紫脱出
第三章 玉鬘、右近と椿市で邂逅
第四章 光る源氏 玉鬘を養女とする物語
第五章 光る源氏 末摘花の物語と和歌論
 
 
第一章 玉鬘の物語
 筑紫流離の物語
 第一段 源氏と右近、夕顔を回想
 第二段 玉鬘一行、筑紫へ下向
 第三段 乳母の夫の遺言
 第四段 玉鬘への求婚
 
第二章 玉鬘の物語
 大夫監の求婚と筑紫脱出
 第一段 大夫の監の求婚
 第二段 大夫の監の訪問
 第三段 大夫の監、和歌を詠み贈る
 第四段 玉鬘、筑紫を脱出
 第五段 都に帰着
 
第三章 玉鬘の物語
 玉鬘、右近と椿市で邂逅
 第一段 岩清水八幡宮へ参詣
 第二段 初瀬の観音へ参詣
 第三段 右近も初瀬へ参詣
 第四段 右近、玉鬘に再会す
 第五段 右近、初瀬観音に感謝
 第六段 三条、初瀬観音に祈願
 第七段 右近、主人の光る源氏について語る
 第八段 乳母、右近に依頼
 第九段 右近、玉鬘一行と約束して別れる
 
第四章 光る源氏の物語
 玉鬘を養女とする物語
 第一段 右近、六条院に帰参する
 第二段 右近、源氏に玉鬘との邂逅を語る
 第三段 源氏、玉鬘を六条院へ迎える
 第四段 玉鬘、源氏に和歌を返す
 第五段 源氏、紫の上に夕顔について語る
 第六段 玉鬘、六条院に入る
 第七段 源氏、玉鬘に対面する
 第八段 源氏、玉鬘の人物に満足する
 第九段 玉鬘の六条院生活始まる
 
第五章 光る源氏の物語
 末摘花の物語と和歌論
 第一段 歳末の衣配り
 第二段 末摘花の返歌
 第三段 源氏の和歌論
 出典
 校訂
 

主要登場人物

 

光る源氏(ひかるげんじ)
三十五歳
呼称:光る源氏・大臣・大臣の君・殿
夕霧(ゆうぎり)
光る源氏の長男
呼称:中将・中将の君
紫の上(むらさきのうえ)
源氏の正妻
呼称:対の上・殿の上・上・女君・君
玉鬘(たまかづら)
内大臣の娘
呼称:若君・姫君・御方・君・西の対・藤原の瑠璃君
内大臣(ないだいじん)
呼称:内の大臣・父大臣・大臣・父君・中将殿
花散里(はなちるさと)
呼称:東の御方・夏の御方・御方
明石の御方(あかしのおほんかた)
呼称:明石の御方・北のおとど・明石
末摘花(すえつむはな)
呼称:末摘
乳母(めのと)
玉鬘の乳母
呼称:御乳母・祖母おとど・おとど・母おとど・老い人
豊後介(ぶんごのすけ)
玉鬘の乳母子
呼称:介・兵藤太
大夫監(たゆうのげん)
玉鬘への求婚者
呼称:大夫監・監
右近(うこん)
紫の上付きの女房
呼称:右近
三条(さんじょう)
玉鬘付きの女房
呼称:三条

 
 以上の内容は、全て以下の原文のリンクを参照。文面はそのままで表記を若干整えた。
 
 
 

玉鬘の由来

 
 
 玉蔓(たまかずら)は、玉かんざし。
 源氏においては、伊勢物語の玉葛(同36段)の含みもある。つまり実を結ばないこと(恋)。
 
 鬘は①カツラ(被り物)と、②カンザシの意味がある。
 玉がつくので、②カンザシでないと通らない。
 したがって玉蔓は、表面的には玉のかんざし(玉簪)。女子を象徴するアイテムの一つ。

 
 さらに歌詞としての意味、象徴性としては、伊勢の玉葛(ツル草)を掛けて読込み、長いだけで実らない
 玉かんざしは長く、また結ぶものではない。
 

 なお玉は、ほぼ常に魂を象徴する。
 玉は髪の美称ではない。それはこじつけ。そんな用例があるだろうか。いやない。

 
 本巻以降の通称、玉鬘十帖は、これまで主要人物ヒロインと夕霧まで一通り語った後の、小休止の外伝的なもの。分量もそれまでと比べ明らかに少ない。
 
 

原文対訳

和歌 定家本
(大島本
現代語訳
(渋谷栄一)
  玉鬘(たまかずら)
 
 

第一章 玉鬘の物語 筑紫流離の物語

 
 

第一段 源氏と右近、夕顔を回想

 
   年月隔たりぬれど、飽かざりし夕顔を、つゆ忘れたまはず、心々なる人のありさまどもを、見たまひ重ぬるにつけても、「あらましかば」と、あはれに口惜しくのみ思し出づ。
 
 年月がたってしまったが、諦めてもなお諦めきれなかった夕顔を、少しもお忘れにならず、人それぞれの性格を、次々に御覧になって来たのにつけても、「もし生きていたならば」と、悲しく残念にばかりお思い出しになる。
 
   右近は、何の人数ならねど、なほ、その形見と見たまひて、らうたきものに思したれば、古人の数に仕うまつり馴れたり。
 須磨の御移ろひのほどに、対の上の御方に、皆人びと聞こえ渡したまひしほどより、そなたにさぶらふ。
 心よくかいひそめたるものに、女君も思したれど、心のうちには、
 右近は、物の数にも入らないが、やはり、その形見と御覧になって、お目を掛けていらっしゃたので、古参の女房の一人として長くお仕えしていた。
 須磨へのご退去の折に、対の上に女房たちを皆お仕え申させなさったとき以来、あちらでお仕えしている。
 気立てのよく控え目な女房だと、女君もお思いになっていたが、心の底では、
   「故君ものしたまはましかば、明石の御方ばかりのおぼえには劣りたまはざらまし。
 さしも深き御心ざしなかりけるをだに、落としあぶさず、取りしたためたまふ御心長さなりければ、まいて、やむごとなき列にこそあらざらめ、この御殿移りの数のうちには交じらひたまひなまし」
 「亡くなったご主人が生きていられたならば、明石の御方くらいのご寵愛に負けはしなかったろうに。
 それほど深く愛していられなかった女性でさえ、お見捨てにならず、めんどうを見られるお心の変わらないお方だったのだから、まして、身分の高い人たちと同列とはならないが、この度のご入居者の数のうちには加わっていたであろうに」
   と思ふに、飽かず悲しくなむ思ひける。
 
 と思うと、悲しんでも悲しみきれない思いであった。
 
 
   かの西の京にとまりし若君をだに行方も知らず、ひとへにものを思ひつつみ、また、「今さらにかひなきことによりて、我が名漏らすな」と、口がためたまひしを憚りきこえて、尋ねても訪づれきこえざりしほどに、その御乳母の男、少弐になりて、行きければ、下りにけり。
 
 あの西の京に残っていた若君の行方をすら知らず、ひたすら世をはばかり、又、「今更いっても始まらないことだから、しゃべってうっかり私の名を世間に漏らすな」と、口止めなさったことにご遠慮申して、安否をお尋ね申さずにいたうちに、若君の乳母の夫が、大宰少弍になって、赴任したので、下ってしまった。
 
  かの若君の四つになる年ぞ、筑紫へは行きける。
 
あの若君が四歳になる年に、筑紫へは行ったのであった。
 
 
 

第二段 玉鬘一行、筑紫へ下向

 
   母君の御行方を知らむと、よろづの神仏に申して、夜昼泣き恋ひて、さるべき所々を尋ねきこえけれど、つひにえ聞き出でず。
 
 母君のお行方を知りたいと思って、いろいろの神仏に願掛け申して、夜昼となく泣き恋い焦がれて、心当たりの所々をお探し申したが、結局お訪ね当てることができない。
 
   「さらばいかがはせむ。
 若君をだにこそは、御形見に見たてまつらめ。
 あやしき道に添へたてまつりて、遥かなるほどにおはせむことの悲しきこと。
 なほ、父君にほのめかさむ」
 「それではどうしようもない。
 せめて若君だけでも、母君のお形見としてお世話申しそう。
 鄙の道にお連れ申して、遠い道中をおいでになることもおいたわしいこと。
 やはり、父君にそれとなくお話し申し上げよう」
   と思ひけれど、さるべきたよりもなきうちに、  と思ったが、適当なつてもないうちに、
   「母君のおはしけむ方も知らず、尋ね問ひたまはば、いかが聞こえむ」  「母君のいられる所も知らないで、お訪ねになられたら、どのようにお返事申し上げられようか」
   「まだ、よくも見なれたまはぬに、幼き人をとどめたてまつりたまはむも、うしろめたかるべし」  「まだ、十分に見慣れていられないのに、幼い姫君をお手許にお引き取り申すされるのも、やはり不安でしょう」
   「知りながら、はた、率て下りねと許したまふべきにもあらず」  「お知りになりながら、またやはり、筑紫へ連れて下ってよいとは、お許しになるはずもありますまい」
   など、おのがじし語らひあはせて、いとうつくしう、ただ今から気高くきよらなる御さまを、ことなるしつらひなき舟に乗せて漕ぎ出づるほどは、いとあはれになむおぼえける。
 
 などと、お互いに相談し合って、とてもかわいらしく、今から既に気品があってお美しいご器量を、格別の設備もない舟に乗せて漕ぎ出す時は、とても哀れに思われた。
 
 
   幼き心地に、母君を忘れず、折々に、  子供心にも、母君のことを忘れず、時々、
   「母の御もとへ行くか」  「母君様の所へ行くの」
   と問ひたまふにつけて、涙絶ゆる時なく、娘どもも思ひこがるるを、「舟路ゆゆし」と、かつは諌めけり。
 
 とお尋ねになるにつけて、涙の止まる時がなく、娘たちも思い焦がれているが、「舟路に不吉だ」と、泣く一方では制したのであった。
 
   おもしろき所々を見つつ、  美しい場所をあちこち見ながら、
   「心若うおはせしものを、かかる路をも見せたてまつるものにもがな」  「気の若い方でいらしたが、こうした道中をお見せ申し上げたかったですね」
   「おはせましかば、われらは下らざらまし」  「いいえ、いらっしゃいましたら、私たちは下ることもなかったでしょうに」
   と、京の方を思ひやらるるに、帰る浪もうらやましく、心細きに、舟子どもの荒々しき声にて、  と、都の方ばかり思いやられて、寄せては返す波も羨ましく、かつ心細く思っている時に、舟子たちが荒々しい声で、
   「うらがなしくも、遠く来にけるかな」  「物悲しくも、こんな遠くまで来てしまったよ」
   と、歌ふを聞くままに、二人さし向ひて泣きけり。
 
 と謡うのを聞くと、とたんに二人とも向き合って泣いたのであった。
 
 

338
 「舟人も たれを恋ふとか 大島の
 うらがなしげに 声の聞こゆる」
 「舟人も誰を恋い慕ってか大島の浦に
  悲しい声が聞こえます」
 

339
 「来し方も 行方も知らぬ 沖に出でて
 あはれいづくに 君を恋ふらむ」
 「来た方角もこれから進む方角も分からない沖に出て
  ああどちらを向いて女君を恋い求めたらよいのでしょう」
 
   鄙の別れに、おのがじし心をやりて言ひける。
 
 遠く都を離れて、それぞれに気慰めに詠むのであった。
 
   金の岬過ぎて、「われは忘れず」など、世とともの言種になりて、かしこに到り着きては、まいて遥かなるほどを思ひやりて、恋ひ泣きて、この君をかしづきものにて、明かし暮らす。
 
 金の岬を過ぎても、「我は忘れず」などと、明けても暮れても口ぐせになって、あちらに到着してからは、まして遠くに来てしまったことを思いやって、恋い慕い泣いては、この姫君を大切にお世話申して、明かし暮らしている。
 
   夢などに、いとたまさかに見えたまふ時などもあり。
 同じさまなる女など、添ひたまうて見えたまへば、名残心地悪しく悩みなどしければ、
 夢などに、ごく稀に現れなさる時などもある。
 同じ姿をした女などが、ご一緒にお見えになるので、その後に気分が悪く具合悪くなったりなどしたので、
   「なほ、世に亡くなりたまひにけるなめり」  「やはり、亡くなられたのだろう」
   と思ひなるも、いみじくのみなむ。
 
 と諦める気持ちになるのも、とても悲しい思いである。
 
 
 

第三段 乳母の夫の遺言

 
   少弐、任果てて上りなどするに、遥けきほどに、ことなる勢ひなき人は、たゆたひつつ、すがすがしくも出で立たぬほどに、重き病して、死なむとする心地にも、この君の十ばかりにもなりたまへるさまの、ゆゆしきまでをかしげなるを見たてまつりて、  少弍は、任期が終わって上京などするのに、遠い旅路である上に、格別の財力もない人では、ぐずぐずしたまま思い切って旅立ちしないでいるうちに、重い病に罹って、死にそうな気持ちでいた時にも、姫君が十歳ほどにおなりになった様子が、不吉なまでに美しいのを拝見して、
   「我さへうち捨てたてまつりて、いかなるさまにはふれたまはむとすらむ。
 あやしき所に生ひ出でたまふも、かたじけなく思ひきこゆれど、いつしかも京に率てたてまつりて、さるべき人にも知らせたてまつりて、御宿世にまかせて見たてまつらむにも、都は広き所なれば、いと心やすかるべしと、思ひいそぎつるを、ここながら命堪へずなりぬること」
 「自分までがお見捨て申しては、どんなに落ちぶれなさろうか。
 辺鄙な田舎で成長なさるのも、恐れ多いことと存じているが、早く都にお連れ申して、しかるべき方にもお知らせ申し上げて、ご運勢にお任せ申し上げるにも、都は広い所だから、とても安心であろうと、準備していたが、自分はこの地で果ててしまいそうなことだ」
   と、うしろめたがる。
 男子三人あるに、
 と、心配している。
 男の子が三人いるので、
   「ただこの姫君、京に率てたてまつるべきことを思へ。
 わが身の孝をば、な思ひそ」
 「ただこの姫君を、都へお連れ申し上げることだけを考えなさい。
 私の供養など、考えなくてもよい」
   となむ言ひ置きける。
 
 と遺言していたのであった。
 
 
   その人の御子とは、館の人にも知らせず、ただ「孫のかしづくべきゆゑある」とぞ言ひなしければ、人に見せず、限りなくかしづききこゆるほどに、  どなたのお子であるとは、館の人たちにも知らせず、ひたすら「孫で大切にしなければならない訳のある子だ」とだけ言いつくろっていたので、誰にも見せ簡いで、大切にお世話申しているうちに、
  にはかに亡せぬれば、あはれに心細くて、ただ京の出で立ちをすれど、この少弐の仲悪しかりける国の人多くなどして、とざまかうざまに、懼ぢ憚りて、われにもあらで年を過ぐすに、 急に亡くなってしまったので、悲しく心細くて、ひたすら都へ出立しようとしたが、亡くなった少弍と仲が悪かった国の人々が多くいて、何やかやと、恐ろしく気遅れしていて、不本意にも年を越しているうちに、
  この君、ねびととのひたまふままに、母君よりもまさりてきよらに、父大臣の筋さへ加はればにや、品高くうつくしげなり。
 心ばせおほどかにあらまほしうものしたまふ。
 
この君は、成人して立派になられていくにつれて、母君よりも勝れて美しく、父大臣のお血筋まで引いているためであろか、上品でかわいらしげである。
 気立てもおっとりとしていて申し分なくいらっしゃる。
 
 
 

第四段 玉鬘への求婚

 
   聞きついつつ、好いたる田舎人ども、心かけ消息がる、いと多かり。
 ゆゆしくめざましくおぼゆれば、誰も誰も聞き入れず。
 
 聞きつけ聞きつけては、好色な田舎の男どもが、懸想をして手紙をよこしたがる者が、多くいた。
 滅相もない身のほど知らずなと思われるので、誰も誰も相手にしない。
 
   「容貌などは、さてもありぬべけれど、いみじきかたはのあれば、人にも見せで尼になして、わが世の限りは持たらむ」  「顔かたちなどは、まあ十人並と言えましょうが、ひどく不具なところがありますので、結婚させないで尼にして、私の生きているうちは面倒をみよう」
   と言ひ散らしたれば、  と言い触らしていたので、
   「故少弐の孫は、かたはなむあんなる」  「亡くなった少弍殿の孫は、不具なところがあるそうだ」
   「あたらものを」  「惜しいことだわい」
   と、言ふなるを聞くもゆゆしく、  と、人々が言っているらしいのを聞くのも忌まわしく、
   「いかさまにして、都に率てたてまつりて、父大臣に知らせたてまつらむ。
 いときなきほどを、いとらうたしと思ひきこえたまへりしかば、さりともおろかには思ひ捨てきこえたまはじ」
 「どのようにして、都にお連れ申して、父大臣にお知らせ申そう。
 幼い時分を、とてもかわいいとお思い申していられたから、いくら何でもいいかげんにお見捨て申されることはあるまい」
   など言ひ嘆くほど、仏神に願を立ててなむ念じける。
 
 などと言って嘆くとき、仏神に願かけ申して祈るのであった。
 
 
   娘どもも男子どもも、所につけたるよすがども出で来て、住みつきにたり。
 心のうちにこそ急ぎ思へど、京のことはいや遠ざかるやうに隔たりゆく。
 
 娘たちも息子たちも、場所相応の縁も生じて住み着いてしまっていた。
 心の中でこそ急いでいたが、都のことはますます遠ざかるように隔たっていく。
 
   もの思し知るままに、世をいと憂きものに思して、年三などしたまふ。
 二十ばかりになりたまふままに、生ひととのほりて、いとあたらしくめでたし。
 
 分別がおつきになっていくにつれて、わが身の運命をとても不幸せにお思いになって、年三の精進などをなさる。
 二十歳ほどになっていかれるにつれて、すっかり美しく成人されて、たいそうもったいない美人である。
 
   この住む所は、肥前国とぞいひける。
 そのわたりにもいささか由ある人は、まづこの少弐の孫のありさまを聞き伝へて、なほ、絶えず訪れ来るも、いといみじう、耳かしかましきまでなむ。
 
 姫君の住んでいる所は、肥前の国と言った。
 その周辺で少しばかり風流な人は、まずこの少弍の孫娘の様子を聞き伝えて、断られても断られても、なおも絶えずやって来る者がいるのは、とても大変なもので、うるさいほどである。
 
 
 

第二章 玉鬘の物語 大夫監の求婚と筑紫脱出

 
 

第一段 大夫の監の求婚

 
   大夫監とて、肥後国に族広くて、かしこにつけてはおぼえあり、勢ひいかめしき兵ありけり。
 むくつけき心のなかに、いささか好きたる心混じりて、容貌ある女を集めて見むと思ひける。
 この姫君を聞きつけて、
 大夫の監といって、肥後の国に一族が広くいて、その地方では名声があって、勢い盛んな武士がいた。
 恐ろしい無骨者だがわずかに好色な心が混じっていて、美しい女性をたくさん集めて妻にしようと思っていた。
 この姫君の噂を聞きつけて、
   「いみじきかたはありとも、我は見隠して持たらむ」  「ひどい不具なところがあっても、私は大目に見て妻にしたい」
   と、いとねむごろに言ひかかるを、いとむくつけく思ひて、  と、熱心に言い寄って来たが、とても恐ろしく思って、
   「いかで、かかることを聞かで、尼になりなむとす」  「どうかして、このようなお話には耳をかさないで、尼になってしまおうとするのに」
   と、言はせたれば、いよいよあやふがりて、おしてこの国に越え来ぬ。
 
 と、言わせたところが、ますます気が気でなくなって、強引にこの国まで国境を越えてやって来た。
 
 
   この男子どもを呼びとりて、語らふことは、  この男の子たちを呼び寄せて、相談をもちかけて言うことには、
   「思ふさまになりなば、同じ心に勢ひを交はすべきこと」  「思い通りに結婚出来たら、同盟を結んで互いに力になろうよ」
   など語らふに、二人は赴きにけり。
 
 などと持ちかけると、二人はなびいてしまった。
 
   「しばしこそ、似げなくあはれと思ひきこえけれ、おのおの我が身のよるべと頼まむに、いと頼もしき人なり。
 これに悪しくせられては、この近き世界にはめぐらひなむや」
 「最初のうちは、不釣り合いでかわいそうだと思い申していましたが、我々それぞれが後ろ楯と頼りにするには、とても頼りがいのある人物です。
 この人に悪く睨まれては、この国近辺では暮らして行けるものではないでしょう」
   「よき人の御筋といふとも、親に数まへられたてまつらず、世に知らでは、何のかひかはあらむ。
 この人のかくねむごろに思ひきこえたまへるこそ、今は御幸ひなれ」
 「高貴なお血筋の方といっても、親に子として扱っていただけず、また世間でも認めてもらえなければ、何の意味がありましょうや。
 この人がこんなに熱心にご求婚申していられるのこそ、今ではお幸せというものでしょう」
   「さるべきにてこそは、かかる世界にもおはしけめ。
 逃げ隠れたまふとも、何のたけきことかはあらむ」
 「そのような前世からの縁があって、このような田舎までいらっしゃったのだろう。
 逃げ隠れなさろうとも、何のたいしたことがありましょうか」
   「負けじ魂に、怒りなば、せぬことどもしてむ」  「負けん気を起こして、怒り出したら、とんでもないことをしかねません」
   と言ひ脅せば、「いといみじ」と聞きて、中の兄なる豊後介なむ、  と脅し文句を言うので、「とてもひどい話だ」と聞いて、子供たちの中で長兄である豊後介は、
   「なほ、いとたいだいしく、あたらしきことなり。
 故少弐ののたまひしこともあり。
 とかく構へて、京に上げたてまつりてむ」
 「やはり、とても不都合な、口惜しいことだ。
 故少弍殿がご遺言されていたこともある。
 あれこれと手段を講じて、都へお上らせ申そう」
   と言ふ。
 
 と言う。
 
 
   娘どもも泣きまどひて、  娘たちも悲嘆に泣き暮れて、
   「母君のかひなくてさすらへたまひて、行方をだに知らぬかはりに、人なみなみにて見たてまつらむとこそ思ふに」  「母君が何とも言いようのない状態でどこかへ行ってしまわれて、その行方をすら知らないかわりに、人並に結婚させてお世話申そうと思っていたのに」
   「さるものの中に混じりたまひなむこと」  「そのような田舎者の男と一緒になろうとは」
   と思ひ嘆くをも知らで、「我はいとおぼえ高き身」と思ひて、文など書きておこす。
 手などきたなげなう書きて、唐の色紙、香ばしき香に入れしめつつ、をかしく書きたりと思ひたる言葉ぞ、いとたみたりける。
 
 と言って嘆いているのも知らないで、「自分は大変に偉い人物と言われている身だ」と思って、懸想文などを書いてよこす。
 筆跡などは小奇麗に書いて、唐の色紙で香ばしい香を何度も何度も焚きしめた紙に、上手に書いたと思っている言葉が、いかにも田舎訛がまる出しなのであった。
 
   みづからも、この家の次郎を語らひとりて、うち連れて来たり。
 
 自分自身でも、この次男を仲間に引き入れて、連れ立ってやって来た。
 
 
 

第二段 大夫の監の訪問

 
   三十ばかりなる男の、丈高くものものしく太りて、きたなげなけれど、思ひなし疎ましく、荒らかなる振る舞ひなど、見るもゆゆしくおぼゆ。
 色あひ心地よげに、声いたう嗄れてさへづりゐたり。
 懸想人は夜に隠れたるをこそ、よばひとは言ひけれ、さまかへたる春の夕暮なり。
 秋ならねども、あやしかりけりと見ゆ。
 
 三十歳ぐらいの男で、背丈は高く堂々と太っていて、見苦しくないが、田舎者と思って見るせいか嫌らしい感じで、荒々しい動作などが、見えるのも忌まわしく思われる。
 色つやも元気もよく、声はひどくがらがら声でしゃべり続けている。
 懸想人は夜の暗闇に隠れて来てこそ、夜這いとは言うが、ずいぶんと変わった春の夕暮である。
 秋の季節ではないが、おかしな懸想人の来訪と見える。
 
   心を破らじとて、祖母おとど出で会ふ。
 
 機嫌を損ねまいとして、祖母殿が応対する。
 
   「故少弐のいと情けび、きらきらしくものしたまひしを、いかでかあひ語らひ申さむと思ひたまへしかども、さる心ざしをも見せ聞こえずはべりしほどに、いと悲しくて、隠れたまひにしを、その代はりに、一向に仕うまつるべくなむ、心ざしを励まして、今日は、いとひたぶるに、強ひてさぶらひつる。
 
 「故少弍殿がとても風雅の嗜み深くご立派な方でいらしたので、是非とも親しくお付き合いいただきたいと存じておりましたが、そうした気持ちもお見せ申さないうちに、たいそうお気の毒なことに、亡くなられてしまったが、その代わりにひたむきにお仕え致そうと、気を奮い立てて、今日はまことにご無礼ながら、あえて参ったのです。
 
   このおはしますらむ女君、筋ことにうけたまはれば、いとかたじけなし。
 ただ、なにがしらが私の君と思ひ申して、いただきになむささげたてまつるべき。
 おとどもしぶしぶにおはしげなることは、よからぬ女どもあまたあひ知りてはべるを聞こしめし疎むななり。
 さりとも、すやつばらを、人並みにはしはべりなむや。
 わが君をば、后の位に落としたてまつらじものをや」
 こちらにいらっしゃるという姫君、格別高貴な血筋のお方と承っておりますので、とてももったいないことでございます。
 ただ、私めのご主君とお思い申し上げて、頭上高く崇め奉りましょうぞ。
 祖母殿がお気が進まないでいられるのは、良くない妻妾たちを大勢かかえていますのをお聞きになって嫌がられるのでございましょう。
 しかしながら、そんなやつらを、同じように扱いましょうか。
 わが姫君をば、后の地位にもお劣り申させない所存でありますものを」
   など、いとよげに言ひ続く。
 
 などと、とても良い話のように言い続ける。
 
 
   「いかがは。
 かくのたまふを、いと幸ひありと思ひたまふるを、宿世つたなき人にやはべらむ、思ひ憚ることはべりて、いかでか人に御覧ぜられむと、人知れず嘆きはべるめれば、心苦しう見たまへわづらひぬる」
 「いえどう致しまして。
 このようにおっしゃって戴きますのを、とても幸せなことと存じますが、薄幸の人なのでございましょうか、遠慮致した方が良いことがございまして、どうして人様の妻にさせて頂くことができましょうと、人知れず嘆いていますようなので、気の毒にと思ってお世話申し上げるにも困り果てているのでございます」
   と言ふ。
 
 と言う。
 
   「さらに、な思し憚りそ。
 天下に、目つぶれ、足折れたまへりとも、なにがしは仕うまつりやめてむ。
 国のうちの仏神は、おのれになむ靡きたまへる」
 「またっく、そのようなことなどご遠慮なさいますな。
 万が一、目が潰れ、足が折れていらしても、私めが直して差し上げましょう。
 国中の仏神は、皆自分の言いなりになっているのだ」
   など、誇りゐたり。
 
 などと、大きなことを言っていた。
 
   「その日ばかり」と言ふに、「この月は季の果てなり」など、田舎びたることを言ひ逃る。
 
 「何日の時に」と日取りを決めて言うので、「今月は春の末の月である」などと、田舎めいたことを口実に言い逃れる。
 
 
 

第三段 大夫の監、和歌を詠み贈る

 
   下りて行く際に、歌詠ままほしかりければ、やや久しう思ひめぐらして、  降りて行く際に、和歌を詠みたく思ったので、だいぶ長いこと思いめぐらして、
 

340
 「君にもし 心違はば 松浦なる
 鏡の神を かけて誓はむ
 「姫君のお心に万が一違うようなことがあったら、どのような罰も受けましょうと、松浦に鎮座まします鏡の神に掛けて誓います
 
   この和歌は、仕うまつりたりとなむ思ひたまふる」  この和歌は、上手にお詠み申すことができたと我ながら存じます」
   と、うち笑みたるも、世づかずうひうひしや。
 あれにもあらねば、返しすべくも思はねど、娘どもに詠ますれど、
 と言って、微笑んでいるのも、不慣れで幼稚な歌であるよ。
 気が気ではなく、返歌をするどころではなく、娘たちに詠ませたが、
   「まろは、ましてものもおぼえず」  「私は、さらに何することもできません」
   とてゐたれば、いと久しきに思ひわびて、うち思ひけるままに、  と言ってじっとしていたので、とても時間が長くなってはと困って、思いつくままに、
 

341
 「年を経て 祈る心の 違ひなば
 鏡の神を つらしとや見む」
 「長年祈ってきましたことと違ったならば
  鏡の神を薄情な神様だとお思い申しましょう」
 
   とわななかし出でたるを、  と震え声で詠み返したのを、
   「待てや。
 こはいかに仰せらるる」
 「待てよ。
 それはどういう意味なのでしょうか」
   と、ゆくりかに寄り来たるけはひに、おびえて、おとど、色もなくなりぬ。
 娘たち、さはいへど、心強く笑ひて、
 と、不意に近寄って来た様子に、怖くなって、乳母殿は、血の気を失った。
 娘たちは、さすがに、気丈に笑って、
   「この人の、さまことにものしたまふを、引き違へ、いづらは思はれむを、なほ、ほけほけしき人の、神かけて、聞こえひがめたまふなめりや」  「姫君が、普通でない身体でいらっしゃるのを、せっかくのお気持ちに背きましたらなら、悔いることになりましょうものを、やはり、耄碌した人のことですから、神のお名前まで出して、うまくお答え申し上げ損ねられたのでしょう」
   と解き聞かす。
 
 と説明して上げる。
 
 
   「おい、さり、さり」とうなづきて、  「おお、そうか、そうか」とうなづいて、
   「をかしき御口つきかな。
 なにがしら、田舎びたりといふ名こそはべれ、口惜しき民にははべらず。
 都の人とても、何ばかりかあらむ。
 みな知りてはべり。
 な思しあなづりそ」
「なかなか素晴らしい詠みぶりであるよ。
 手前らは、田舎者だという評判こそござろうが、詰まらない民百姓どもではござりませぬ。
 都の人だからといって、何ということがあろうか。
 皆先刻承知でござる。
 けっして馬鹿にしてはなりませぬぞよ」
   とて、また、詠まむと思へれども、堪へずやありけむ、往ぬめり。
 
 と言って、もう一度、和歌を詠もうとしたが、とてもできなかったのであろうか、行ってしまったようである。
 
 
 

第四段 玉鬘、筑紫を脱出

 
   次郎が語らひ取られたるも、いと恐ろしく心憂くて、この豊後介を責むれば、  次男がまるめこまれたのも、とても怖く嫌な気分になって、この豊後介を催促すると、
   「いかがは仕まつるべからむ。
 語らひあはすべき人もなし。
 まれまれの兄弟は、この監に同じ心ならずとて、仲違ひにたり。
 この監にあたまれては、いささかの身じろきせむも、所狭くなむあるべき。
 なかなかなる目をや見む」
 「さてどのようにして差し上げたらよいのだろうか。
 相談できる相手もいない。
 たった二人しかの弟たちは、その監に味方しないと言って仲違いしてしまっている。
 この監に睨まれては、ちょっとした身の動きも、思うに任せられまい。
 かえって酷い目に遭うことだろう」
   と、思ひわづらひにたれど、姫君の人知れず思いたるさまの、いと心苦しくて、生きたらじと思ひ沈みたまへる、ことわりとおぼゆれば、いみじきことを思ひ構へて出で立つ。
 妹たちも、年ごろ経ぬるよるべを捨てて、この御供に出で立つ。
 
 と、考えあぐんでいたが、姫君が人知れず思い悩んでいられるのが、とても痛々しくて、生きていたくないとまで思い沈んでいられるのが、ごもっともだと思われたので、思いきった覚悟をめぐらして上京する。
 妹たちも、長年過ごしてきた縁者を捨てて、このお供して出立する。
 
 
   あてきと言ひしは、今は兵部の君といふぞ、添ひて、夜逃げ出でて舟に乗りける。
 大夫の監は、肥後に帰り行きて、四月二十日のほどに、日取りて来むとするほどに、かくて逃ぐるなりけり。
 
 あてきと言った娘は、今では兵部の君と言うが、一緒になって、夜逃げして舟に乗ったのであった。
 大夫の監は、肥後国に帰って行って、四月二十日のころにと、日取りを決めて嫁迎えに来ようとしているうちに、こうして逃げ出したのであった。
 
   姉のおもとは、類広くなりて、え出で立たず。
 かたみに別れ惜しみて、あひ見むことの難きを思ふに、年経つる故里とて、ことに見捨てがたきこともなし。
 ただ、松浦の宮の前の渚と、かの姉おもとの別るるをなむ、顧みせられて、悲しかりける。
 
 姉のおもとは、家族が多くなって、出立することができない。
 お互いに別れを惜しんで、再会することの難しいことを思うが、長年過ごした土地だからと言っても、格別去り難くもない。
 ただ、松浦の宮の前の渚と、姉おもとと別れるのが、後髪引かれる思いがして、悲しく思われるのであった。
 
 

342
 「浮島を 漕ぎ離れても 行く方や
 いづく泊りと 知らずもあるかな」
 「浮き島のように思われたこの地を漕ぎ離れて行きますけれど
  どこが落ち着き先ともわからない身の上ですこと」
 

343
 「行く先も 見えぬ波路に 舟出して
 風にまかする 身こそ浮きたれ」
 「行く先もわからない波路に舟出して
  風まかせの身の上こそ頼りないことです」
 
   いとあとはかなき心地して、うつぶし臥したまへり。
 
 とても心細い気がして、うつ伏していらっしゃった。
 
 
 

第五段 都に帰着

 
   「かく、逃げぬるよし、おのづから言ひ出で伝へば、負けじ魂にて、追ひ来なむ」と思ふに、心も惑ひて、早舟といひて、さまことになむ構へたりければ、思ふ方の風さへ進みて、危ふきまで走り上りぬ。
 響の灘もなだらかに過ぎぬ。
 
 「このように、逃げ出したことが、自然と人の口の端に上って知れたら、負けぬ気を起こして、後を追って来るだろう」と思うと、気もそぞろになって、早舟といって、特別の舟を用意して置いたので、その上あつらえ向きの風までが吹いたので、危ないくらい速くかけ上った。
 響灘も平穏無事に通過した。
 
   「海賊の舟にやあらむ。
 小さき舟の、飛ぶやうにて来る」
 「海賊船だろうか。
 小さい舟が、飛ぶようにしてやって来る」
   など言ふ者あり。
 海賊のひたぶるならむよりも、かの恐ろしき人の追ひ来るにやと思ふに、せむかたなし。
 
 などと言う者がいる。
 海賊で向う見ずな乱暴者よりも、あの恐ろしい人が追って来るのではないかと思うと、どうすることもできない気分である。
 
 

344
 「憂きことに 胸のみ騒ぐ 響きには
 響の灘も さはらざりけり」
 「嫌なことに胸がどきどきしてばかりいたので
  それに比べれば響の灘も名前ばかりでした」
 
   「川尻といふ所、近づきぬ」  「河尻という所に、近づいた」
   と言ふにぞ、すこし生き出づる心地する。
 例の、舟子ども、
 と言うので、少しは生きかえった心地がする。
 例によって、舟子たちが、
   「唐泊より、川尻おすほどは」  「唐泊から、河尻を漕ぎ行くときは」
   と歌ふ声の、情けなきも、あはれに聞こゆ。
 
 と謡う声が、無骨ながらも、心にしみて感じられる。
 
   豊後介、あはれになつかしう歌ひすさみて、  豊後介がしみじみと親しみのある声で謡って、
   「いとかなしき妻子も忘れぬ」  「とてもいとしい妻や子も忘れてしもた」
   とて、思へば、  と謡って、考えてみると、
   「げにぞ、皆うち捨ててける。
 いかがなりぬらむ。
 はかばかしく身の助けと思ふ郎等どもは、皆率て来にけり。
 我を悪しと思ひて、追ひまどはして、いかがしなすらむ」と思ふに、「心幼くも、顧みせで、出でにけるかな」
 「なるほど、舟唄のとおり、皆、家族を置いて来たのだ。
 どうなったことだろうか。
 しっかりした役に立つと思われる家来たちは、皆連れて来てしまった。
 私のことを憎いと思って、妻子たちを放逐して、どんな目に遭わせるだろう」と思うと、「浅はかにも、後先のことも考えず、飛び出してしまったことよ」
   と、すこし心のどまりてぞ、あさましき事を思ひ続くるに、心弱くうち泣かれぬ。
 
 と、少し心が落ち着いて初めて、とんでもないことをしたことを後悔されて、気弱に泣き出してしまった。
 
 
   「胡の地の妻児をば虚しく棄て捐てつ」  「胡の地の妻児をば虚しく棄捐してしまった」
   と誦ずるを、兵部の君聞きて、  と詠じたのを、兵部の君が聞いて、
   「げに、あやしのわざや。
 年ごろ従ひ来つる人の心にも、にはかに違ひて逃げ出でにしを、いかに思ふらむ」
 「ほんとうに、おかしなことをしてしまったわ。
 長年連れ添ってきた夫の心に、突然に背いて逃げ出したのを、どう思っていることだろう」
   と、さまざま思ひ続けらるる。
 
 と、さまざまに思わずにはいられない。
 
   「帰る方とても、そこ所と行き着くべき故里もなし。
 知れる人と言ひ寄るべき頼もしき人もおぼえず。
 ただ一所の御ためにより、ここらの年つき住み馴れつる世界を離れて、浮べる波風にただよひて、思ひめぐらす方なし。
 この人をも、いかにしたてまつらむとするぞ」
 「帰る所といっても、はっきりどこそこと落ち着くべき棲家もない。
 知り合いだといって頼りにできる人も頭に浮ばない。
 ただ姫君お一人のために、長い年月住み馴れた土地を離れて、あてどのない波風まかせの旅をして、何をどうしてよいのかわからない。
 この姫君を、どのようにして差し上げようと思っているのかしら」
   と、あきれておぼゆれど、「いかがはせむ」とて、急ぎ入りぬ。
 
 と、途方に暮れているが、「今さら管うすることもできない」と思って、急いで京に入った。
 
 
 

第三章 玉鬘の物語 玉鬘、右近と椿市で邂逅

 
 

第一段 岩清水八幡宮へ参詣

 
   九条に、昔知れりける人の残りたりけるを訪らひ出でて、その宿りを占め置きて、都のうちといへど、はかばかしき人の住みたるわたりにもあらず、あやしき市女、商人のなかにて、いぶせく世の中を思ひつつ、秋にもなりゆくままに、来し方行く先、悲しきこと多かり。
 
 九条に、昔知っていた人で残っていたのを訪ね出して、その宿を確保して、都の中とは言っても、れっきとした人々が住んでいる辺りではなく、卑しい市女や、商人などが住んでいる辺りで、気持ちの晴れないままに、秋に移っていくにつれて、これまでのことや今後のこと、悲しいことが多かった。
 
   豊後介といふ頼もし人も、ただ水鳥の陸に惑へる心地して、つれづれにならはぬありさまのたづきなきを思ふに、帰らむにもはしたなく、心幼く出で立ちにけるを思ふに、従ひ来たりし者どもも、類に触れて逃げ去り、本の国に帰り散りぬ。
 
 豊後介という頼りになる者も、ちょうど水鳥が陸に上がってうろうろしているような思いで、所在なく慣れない都の生活の何のつてもないことを思うにつけ、今さら国へ帰るのも体裁悪く、幼稚な考えから出立してしまったことを後悔していると、従って来た家来たちも、それぞれ縁故を頼って逃げ去り、元の国に散りじりに帰って行ってしまった。
 
 
   住みつくべきやうもなきを、母おとど、明け暮れ嘆きいとほしがれば、  落ち着いて住むすべもないのを、母乳母は、明けても暮れても嘆いて気の毒がっているので、
   「何か。
 この身は、いとやすくはべり。
 人一人の御身に代へたてまつりて、いづちもいづちもまかり失せなむに咎あるまじ。
 我らいみじき勢ひになりても、若君をさるものの中にはふらしたてまつりては、何心地かせまし」
 「いやどうして。
 我が身には、心配いりません。
 姫君お一方のお身代わりとなり申して、どこへなりと行って死んでも問題ありますまい。
 自分がどんなに豪者となっても、姫君をあのような田舎者の中に放っておき申したのでは、どのような気がしましょうか」
   と語らひ慰めて、  と心配せぬよう慰めて、
   「神仏こそは、さるべき方にも導き知らせたてまつりたまはめ。
 近きほどに、八幡の宮と申すは、かしこにても参り祈り申したまひし松浦、筥崎、同じ社なり。
 かの国を離れたまふとても、多くの願立て申したまひき。
 今、都に帰りて、かくなむ御験を得てまかり上りたると、早く申したまへ」
 「神仏は、しかるべき方向にお導き申しなさるでしょう。
 この近い所に、八幡宮と申す神は、あちらにおいても参詣し、お祈り申していらした松浦、箱崎と、同じ社です。
 あの国を離れ去るときも、たくさんの願をお掛け申されました。
 今、都に帰ってきて、このように御加護を得て無事に上洛することができましたと、早くお礼申し上げなさい」
   とて、八幡に詣でさせたてまつる。
 それのわたり知れる人に言ひ尋ねて、五師とて、早く親の語らひし大徳残れるを呼びとりて、詣でさせたてまつる。
 
 と言って、岩清水八幡宮に御参詣させ申し上げる。
 その辺の事情をよく知っている者に問い尋ねて、五師といって、以前に亡き父親が懇意にしていた社僧で残っていたのを呼び寄せて、御参詣させ申し上げる。
 
 
 

第二段 初瀬の観音へ参詣

 
   「うち次ぎては、仏の御なかには、初瀬なむ、日の本のうちには、あらたなる験現したまふと、唐土にだに聞こえあむなり。
 まして、わが国のうちにこそ、遠き国の境とても、年経たまへれば、若君をば、まして恵みたまひてむ」
 「次いでは、仏様の中では、初瀬に、日本でも霊験あらたかでいらっしゃると、唐土でも評判の高いといいます。
 まして、わが国の中で、遠い地方といっても、長年お住みになったのだから、姫君には、なおさら御利益があるでしょう」
   とて、出だし立てたてまつる。
 ことさらに徒歩よりと定めたり。
 ならはぬ心地に、いとわびしく苦しけれど、人の言ふままに、ものもおぼえで歩みたまふ。
 
 と言って、出発させ申し上げる。
 わざと徒歩で参詣することにした。
 慣れないこととて、とても辛く苦しいけれど、人の言うのにしたがって、無我夢中で歩いて行かれる。
 
   「いかなる罪深き身にて、かかる世にさすらふらむ。
 わが親、世に亡くなりたまへりとも、われをあはれと思さば、おはすらむ所に誘ひたまへ。
 もし、世におはせば、御顔見せたまへ」
 「どのような前世の罪業深い身であったために、このような流浪の日を送るのだろう。
 わたしの母親が、既にお亡くなりになっていらっしゃろうとも、わたしをかわいそうだとお思いになってくださるなら、いらっしゃるところへお連れください。
 もし、この世に生きていらっしゃるならば、お顔をお見せください」
   と、仏を念じつつ、ありけむさまをだにおぼえねば、ただ、「親おはせましかば」と、ばかりの悲しさを、嘆きわたりたまへるに、かくさしあたりて、身のわりなきままに、取り返しいみじくおぼえつつ、  と、仏に願いながら、生きていらしたときの面影をすら知らないので、ただ、「母親が生きていらしたら」と、ばかりの一途な悲しい思いを、嘆き続けていらっしゃったので、こうして今、慣れない徒歩の旅で、辛くて堪らないうちに、また改めて悲しい思いをかみしめながら、
  からうして、椿市といふ所に、四日といふ巳の時ばかりに、生ける心地もせで、行き着きたまへり。
 
やっとのことで、椿市という所に、四日目の巳の刻ごろに、生きた心地もしないで、お着きになった。
 
 
   歩むともなく、とかくつくろひたれど、足のうら動かれず、わびしければ、せむかたなくて休みたまふ。
 この頼もし人なる介、弓矢持ちたる人二人、さては下なる者、童など三、四人、女ばらある限り三人、壺装束して、樋洗めく者、古き下衆女二人ばかりとぞある。
 
 歩くともいえないありさまで、あれこれとどうにかやって来たが、もう一歩も歩くこともできず、辛いので、どうすることもできずお休みになる。
 この一行の頼りとする豊後介、弓矢を持たせている者が二人、その他には下衆と童たち三、四人、女性たちはすべてで三人、壷装束姿で、樋洗童女らしい者と老婆の下衆女房とが二人ほどいた。
 
   いとかすかに忍びたり。
 大御燈明のことなど、ここにてし加へなどするほどに日暮れぬ。
 家主人の法師、
 ひどく目立たないようにしていた。
 仏前に供えるお灯明など、ここで買い足しなどをしているうちに日が暮れた。
 宿の主人の法師が、
   「人宿したてまつらむとする所に、何人のものしたまふぞ。
 あやしき女どもの、心にまかせて」
 「他の方をお泊め申そうとしているお部屋に、どなたがお入りになっているのですか。
 下女たちが、勝手なことをして」
   とむつかるを、めざましく聞くほどに、げに、人びと来ぬ。
 
 と不平を言うのを、失礼なと思って聞いているうちに、なるほど、その人々が来た。
 
 
 

第三段 右近も初瀬へ参詣

 
   これも徒歩よりなめり。
 よろしき女二人、下人どもぞ、男女、数多かむめる。
 馬四つ、五つ牽かせて、いみじく忍びやつしたれど、きよげなる男どもなどあり。
 
 この一行も徒歩でのようである。
 身分の良い女性が二人、下人どもは、男女らが、大勢のようである。
 馬を四、五頭牽かせたりして、たいそうひっそりと人目に立たないようにしていたが、こざっぱりとした男性たちが従っている。
 
   法師は、せめてここに宿さまほしくして、頭掻きありく。
 いとほしけれど、また、宿り替へむもさま悪しくわづらはしければ、人びとは奥に入り、他に隠しなどして、かたへは片つ方に寄りぬ。
 軟障などひき隔てておはします。
 
 法師は、無理してもこの一行を泊まらせたく思って、頭を掻きながらうろうろしている。
 気の毒であるが、また一方、宿を取り替えるのも体裁が悪くめんどうだったので、人々は奥の方に入り、下衆たちは目に付かないようなところに隠して、他の人たちは片端に寄った。
 幕などを間に引いていらっしゃる。
 
   この来る人も恥づかしげもなし。
 いたうかいひそめて、かたみに心づかひしたり。
 
 この新客も気の置ける相手ではない。
 ひどくこっそりと目立たないようにして、互いに気を遣っていた。
 
   さるは、かの世とともに恋ひ泣く右近なりけり。
 年月に添へて、はしたなき交じらひのつきなくなりゆく身を思ひなやみて、この御寺になむたびたび詣でける。
 
 それが実は、あの何年も主人を恋い慕っていた右近なのであった。
 年月がたつにつれて、中途半端な女房仕えが似つかわしくなっていく身を思い悩んで、このお寺に度々参詣していたのであった。
 
 
   例ならひにければ、かやすく構へたりけれど、徒歩より歩み堪へがたくて、寄り臥したるに、この豊後介、隣の軟障のもとに寄り来て、参り物なるべし、折敷手づから取りて、  いつもの馴れたことなので、身軽な旅支度であったが、徒歩での旅は我慢のできないほど疲れて、物に寄りかかって臥していると、この豊後介が、隣の幕の側に近寄って来て、お食事なのであろう、折敷を自分で持って、
   「これは、御前に参らせたまへ。
 御台などうちあはで、いとかたはらいたしや」
 「これは、御主人様に差し上げてください。
 お膳などが整わなくて、たいそう恐れ多いことですが」
   と言ふを聞くに、「わが並の人にはあらじ」と思ひて、物のはさまより覗けば、この男の顔、見し心地す。
 誰とはえおぼえず。
 いと若かりしほどを見しに、太り黒みてやつれたれば、多くの年隔てたる目には、ふとしも見分かぬなりけり。
 
 と言うのを聞くと、「自分と同じような身分の者ではあるまい」と思って、物の間から覗くと、この男の顔、見たことのある気がする。
 しかし誰とも思い出せない。
 たいそう若かった時を見たのだが、太って色黒くなって粗末な身なりをしていたので、長い年月の間を経た目では、すぐには見分けることができなかったのであった。
 
 
   「三条、ここに召す」  「三条、お呼びです」
   と呼び寄する女を見れば、また見し人なり。
 
 と呼び寄せる女を見ると、これもまた見た人なのであった。
 
   「故御方に、下人なれど、久しく仕うまつりなれて、かの隠れたまへりし御住みかまでありし者なりけり」  「亡くなったご主人に、下人であるが、長い間お仕えしていて、あの隠してお住みになった所までお供していた者であったよ」
   と見なして、いみじく夢のやうなり。
 主とおぼしき人は、いとゆかしけれど、見ゆべくも構へず。
 思ひわびて、
 と見て取ると、まるで夢のような心地である。
 主人と思われる方は、とても見たい気がするが、とても見えるようなしつらいではない。
 困って、
   「この女に問はむ。
 兵藤太といひし人も、これにこそあらめ。
 姫君のおはするにや」
 「この女に尋ねよう。
 兵藤太と言った人も、この男であろう。
 姫君がいらっしゃるのかしら」
   と思ひ寄るに、いと心もとなくて、この中隔てなる三条を呼ばすれど、食ひ物に心入れて、とみにも来ぬ、いと憎しとおぼゆるも、うちつけなりや。
 
 と思い及ぶと、とても気もそぞろになって、この中仕切りの所にいる三条を呼ばせたが、食事に夢中になっていて、すぐには来ない。
 ひどく憎らしく思われるのも、せっかちというものである。
 
 
 

第四段 右近、玉鬘に再会す

 
   からうして、  やっとして、
   「おぼえずこそはべれ。
 筑紫の国に、二十年ばかり経にける下衆の身を、知らせたまふべき京人よ。
 人違へにやはべらむ」
 「身に覚えのないことです。
 筑紫の国に、二十年ほど過ごした下衆の身を、ご存知の京の人がいようとは。
 人違いでございましょう」
   とて、寄り来たり。
 田舎びたる掻練に衣など着て、いといたう太りにけり。
 
 と言って、近寄って来た。
 田舎者めいた掻練の上に衣などを着て、とてもたいそう太っていた。
 
   わが齢もいとどおぼえて恥づかしけれど、  自分の年もますます思い知らされて、恥ずかしかったが、
   「なほ、さし覗け。
 われをば見知りたりや」
 「もっとよく、覗いてみなさい。
 私を知っていませんか」
   とて、顔さし出でたり。
 
 と言って、顔を差し出した。
 
 
   この女の手を打ちて、  この女は手を打って、
   「あが御許にこそおはしましけれ。
 あな、うれしともうれし。
 いづくより参りたまひたるぞ。
 上はおはしますや」
 「あなた様でいらしたのですね。
 ああ、何とも嬉しいことよ。
 どこから参りなさったのですか。
 ご主人様はいらっしゃいますか」
   と、いとおどろおどろしく泣く。
 若き者にて見なれし世を思ひ出づるに、隔て来にける年月数へられて、いとあはれなり。
 
 と言って、とてもおおげさに泣く。
 まだ若いころを見慣れていたのを思い出すと、今まで過ぎてきた年月の長さが数えられて、とても感慨深いものがある。
 
   「まづ、おとどはおはすや。
 若君は、いかがなりたまひにし。
 あてきと聞こえしは」
 「まずは、乳母殿はいらっしゃいますか。
 若君は、どうおなりになりましたか。
 あてきと言った人は」
   とて、君の御ことは、言ひ出でず。
 
 と言って、ご主人のお身の上のことは、言い出さない。
 
   「皆おはします。
 姫君も大人になりておはします。
 まづ、おとどに、かくなむと聞こえむ」
 「皆さんいらっしゃいます。
 姫君も大きくおなりです。
 まずは、乳母殿に、これこれと申し上げましょう」
   とて入りぬ。
 
 と言って入って行った。
 
 
   皆、驚きて、  皆、驚いて、
   「夢の心地もするかな」  「夢のような心地がしますね」
   「いとつらく、言はむかたなく思ひきこゆる人に、対面しぬべきことよ」  「とても辛く何とも言いようのないとお思い申していた人に、とうとう逢えるのだなんて」
   とて、この隔てに寄り来たり。
 気遠く隔てつる屏風だつもの、名残なくおし開けて、まづ言ひやるべき方なく泣き交はす。
 老い人は、ただ、
 と言って、この中仕切りに近寄って来た。
 よそよそしく隔てていた屏風のような物を、すっかり払い除けて、何とも言葉にも出されず、お互いに泣き合う。
 年老いた乳母が、ほんのわずかに、
   「わが君は、いかがなりたまひにし。
 ここらの年ごろ、夢にてもおはしまさむ所を見むと、大願を立つれど、遥かなる世界にて、風の音にてもえ聞き伝へたてまつらぬを、いみじく悲しと思ふに、老いの身の残りとどまりたるも、いと心憂けれど、うち捨てたてまつりたまへる若君の、らうたくあはれにておはしますを、冥途のほだしにもてわづらひきこえてなむ、またたきはべる」
 「ご主人様は、どうなさいましたか。
 長年、夢の中でもいらっしゃるところを見たいと大願を立てましたが、都から遠い筑紫にいたために、風の便りにも噂を伝え聞くことができませんでしたのを、たいそう悲しく思うと、老いた身でこの世に生きながらえていますのも、とてもつらいのですが、お残し申された若君が、いじらしく気の毒でいらっしゃったのを、冥途の障りになろうかとお世話に困ったままで、まだ目を瞑れないでおります」
   と言ひ続くれば、昔その折、いふかひなかりしことよりも、応へむ方なくわづらはしと思へども、  と言い続けるので、昔のあの当時のことを、今さら言っても詮ない事よりも、答えようがなく困ったと思うが、
   「いでや、聞こえてもかひなし。
 御方は、はや亡せたまひにき」
 「いえもう、申し上げたところで詮ないことでございます。
 御方は、もうとっくにお亡くなりになりました」
   と言ふままに、二、三人ながらむせかへり、いとむつかしく、せきかねたり。
 
 と言うなり、二、三人皆涙が込み上げてきて、とてもどうすることもできず、涙を抑えかねていた。
 
 
 

第五段 右近、初瀬観音に感謝

 
   日暮れぬと、急ぎたちて、御燈明の事どもしたため果てて、急がせば、なかなかいと心あわたたしくて立ち別る。
 「もろともにや」と言へど、かたみに供の人のあやしと思ふべければ、この介にも、ことのさまだに言ひ知らせあへず。
 われも人もことに恥づかしくはあらで、皆下り立ちぬ。
 
 日が暮れてしまうと、急ぎだして、御灯明の用意を済ませて、急がせるので、かえって落ち着かない気がして別れる。
 「ご一緒にいらっしゃいませんか」と言うが、お互いに供の人々が不思議に思うに違いないので、この豊後介にも事情を説明することさえしない。
 自分も相手も格別気を遣うこともなく、皆外へ出た。
 
   右近は、人知れず目とどめて見るに、なかにうつくしげなるうしろでの、いといたうやつれて、卯月の単衣めくものに着こめたまへる髪の透影、いとあたらしくめでたく見ゆ。
 心苦しう悲しと見たてまつる。
 
 右近は、こっそりと注意して見ると、一行の中にかわいらしい後ろ姿をして、とてもひどく身を忍んだ旅姿で、四月ころの単衣のようなものの中に着込めていらっしゃる髪が、透き通って見えるのが、とてももったいなく立派に見える。
 おいたわしくかわいそうにと拝する。
 
 
   すこし足なれたる人は、とく御堂に着きにけり。
 この君をもてわづらひきこえつつ、初夜行なふほどにぞ上りたまへる。
 
 少し歩きなれている人は、先に御堂に着いたのであった。
 この姫君を介抱するのに難渋しながら、初夜の勤行のころにお上りになった。
 
   いと騒がしく人詣で混みてののしる。
 
 とても騒がしく、人々の参詣で混み合って大騒ぎである。
 
   右近が局は、仏の右の方に近き間にしたり。
 
 右近の部屋は仏の右側の近い間に用意してある。
 
 
   この御師は、まだ深からねばにや、西の間に遠かりけるを、  姫君一行の御師は、まだなじみが浅いためであろうか、西の間で遠い所だったのを、
   「なほ、ここにおはしませ」  「もっと、こちらにいらっしゃいませ」
   と、尋ね交はし言ひたれば、男どもをばとどめて、介にかうかうと言ひあはせて、こなたに移したてまつる。
 
 と、探し合って言ったので、男たちはそこに置いて、豊後介にこれこれしかじかでと説明して、こちらにお移し申し上げる。
 
   「かくあやしき身なれど、ただ今の大殿になむさぶらひはべれば、かくかすかなる道にても、らうがはしきことははべらじと頼みはべる。
 田舎びたる人をば、かやうの所には、よからぬ生者どもの、あなづらはしうするも、かたじけなきことなり」
 「このように賤しい身ですが、今の大臣殿のお邸にお仕え致しておりますので、このように忍びの旅でも、無礼な扱いを受けるようなことはありますまいと心丈夫にしております。
 田舎者めいた者には、このような所では、たちの良くない者どもが、侮ったりするのも、恐れ多いことです」
   とて、物語いとせまほしけれど、おどろおどろしき行なひの紛れ、騒がしきにもよほされて、仏拝みたてまつる。
 右近は心のうちに、
 と言って、話をもっとしたく思ったが、仰々しい勤行の声に紛れ、騒がしさに引き込まれて、仏を拝み申し上げる。
 右近は、心の中で、
   「この人を、いかで尋ねきこえむと申しわたりつるに、かつがつ、かくて見たてまつれば、今は思ひのごと、大臣の君の、尋ねたてまつらむの御心ざし深かめるに、知らせたてまつりて、幸ひあらせたてまつりたまへ」  「この姫君を、何とかして尋ね上げたいとお願い申して来たが、何はともあれ、こうしてお逢い申せたので、今は願いのとおり、大臣の君が、お尋ね申したいというお気持ちが強いようなので、お知らせ申して、お幸せになりますように」
   など申しけり。
 
 などとお祈り申し上げたのであった。
 
 
 

第六段 三条、初瀬観音に祈願

 
   国々より、田舎人多く詣でたりけり。
 この国の守の北の方も、詣でたりけり。
 
 国々から、田舎の人々が大勢参詣しているのであった。
 大和国の守の北の方も、参詣しているのであった。
 
   いかめしく勢ひたるをうらやみて、この三条が言ふやう、  たいそうな勢いなのを羨んで、この三条が言うことには、
   「大悲者には、異事も申さじ。
 あが姫君、大弐の北の方、ならずは、当国の受領の北の方になしたてまつらむ。
 三条らも、随分に栄えて、返り申しは仕うまつらむ」
 「大慈悲の観音様には、他のことはお願い申し上げません。
 わが姫君様が、大弍の北の方に、さもなくば、この国の受領の北の方にして差し上げたく思います。
 わたくしめ三条らも、身分相応に出世して、お礼参りは致します」
   と、額に手を当てて念じ入りてをり。
 
 と、額に手を当てて念じている。
 
 
   右近、「いとゆゆしくも言ふかな」と聞きて、  右近は、「ひどく縁起でもないことを言うわ」と聞いて、
   「いと、いたくこそ田舎びにけれな。
 中将殿は、昔の御おぼえだにいかがおはしましし。
 まして、今は、天の下を御心にかけたまへる大臣にて、いかばかりいつかしき御仲に、御方しも、受領の妻にて、品定まりておはしまさむよ」
 「とても、ひどく田舎じみてしまったのね。
 頭の中将殿は、当時のご信任でさえどんなでもいらしゃいました。
 まして、今では天下をお心のままに動かしていらっしゃる大臣で、どんなにか立派なお間柄であるのに、このお方が、受領の妻として、お定まりになるものですか」
   と言へば、  と言うと、
   「あなかま。
 たまへ。
 大臣たちもしばし待て。
 大弐の御館の上の、清水の御寺、観世音寺に参りたまひし勢ひは、帝の行幸にやは劣れる。
 あな、むくつけ」
 「お静かに。
 言わせて頂戴。
 大臣とやらの話もちょっと待って。
 大弍のお館の奥方様が、清水のお寺や、観世音寺に参詣なさった時の勢いは、帝の行幸に劣っていましょうか。
 まあ、いやだこと」
   とて、なほさらに手をひき放たず、拝み入りてをり。
 
 と言って、ますます手を額から離さず、一心に拝んでいた。
 
 
   筑紫人は、三日籠もらむと心ざしたまへり。
 右近は、さしも思はざりけれど、かかるついで、のどかに聞こえむとて、籠もるべきよし、大徳呼びて言ふ。
 御あかし文など書きたる心ばへなど、さやうの人はくだくだしうわきまへければ、常のことにて、
 筑紫の人たちは、三日間参籠しようとお心づもりしていらっしゃった。
 右近は、そうは思っていなかったが、このような機会に、ゆっくりお話しようと思って、参籠する由を、大徳を呼んで言う。
 願文などに書いてある趣旨などは、そのような人はこまごまと承知していたので、いつものように、
   「例の藤原の瑠璃君といふが御ためにたてまつる。
 よく祈り申したまへ。
 その人、このころなむ見たてまつり出でたる。
 その願も果たしたてまつるべし」
 「いつもの藤原の瑠璃君というお方のために奉ります。
 よくお祈り申し上げてくださいませ。
 その方は、つい最近お捜し申し上げました。
 そのお礼参りも申し上げましょう」
   と言ふを聞くも、あはれなり。
 法師、
 と言うのを、耳にするのも嬉しい気がする。
 法師は、
   「いとかしこきことかな。
 たゆみなく祈り申しはべる験にこそはべれ」
 「それはとてもおめでたいことですな。
 怠りなくお祈り申し上げたしるしでございます」
   と言ふ。
 いと騒がしう、夜一夜行なふなり。
 
 と言う。
 とても騒がしく、一晩中お勤めするのである。
 
 
 

第七段 右近、主人の光る源氏について語る

 
   明けぬれば、知れる大徳の坊に下りぬ。
 物語、心やすくとなるべし。
 姫君のいたくやつれたまへる、恥づかしげに思したるさま、いとめでたく見ゆ。
 
 夜が明けたので、知っている大徳の坊に下がった。
 話を、心おきなくというのであろう。
 姫君がひどく質素にしていらっしゃるのを恥ずかしそうに思っていらっしゃる様子が、たいそう立派に見える。
 
 
   「おぼえぬ高き交じらひをして、多くの人をなむ見集むれど、殿の上の御容貌に似る人おはせじとなむ、年ごろ見たてまつるを、また、生ひ出でたまふ姫君の御さま、いとことわりにめでたくおはします。
 かしづきたてまつりたまふさまも、並びなかめるに、かうやつれたまへる御さまの、劣りたまふまじく見えたまふは、ありがたうなむ。
 
 「思いもかけない高貴な方にお仕えして、大勢の方々を見てきましたが、殿の上様のご器量に並ぶ方はいらっしゃらないと、長年拝見しておりましたが、また一方に、ご成長されてゆく姫君のご器量も、当然のことながら優れていらっしゃいます。
 大切にお育て申し上げなさる様子も、又とないくらいですが、このように質素にしていらっしゃる姫君が、お劣りにならないくらいにお見えになりますのは、めったにないお美しさであります。
 
   大臣の君、父帝の御時より、そこらの女御、后、それより下は残るなく見たてまつり集めたまへる御目にも、当代の御母后と聞こえしと、この姫君の御容貌とをなむ、『よき人とはこれを言ふにやあらむとおぼゆる』と聞こえたまふ。
 
 大臣の君は、御父帝の御時代から、多数の女御や、后をはじめ、それより以下の女は残るところなくご存知でいらしたお目には、今上帝の御母后と申し上げた方と、この姫君のご器量とを、『美人とはこのような方をいうのであろうかと思われる』とお口にしていらっしゃいます。
 
   見たてまつり並ぶるに、かの后の宮をば知りきこえず、姫君はきよらにおはしませど、まだ、片なりにて、生ひ先ぞ推し量られたまふ。
 
 拝見して比べますに、あの后の宮は存じません。
 姫君はおきれいでいらっしゃいますが、まだ、お小さくて、これから先どんなにお美しくなられることかと思いやられます。
 
   上の御容貌は、なほ誰か並びたまはむと、なむ見えたまふ。
 殿も、すぐれたりと思しためるを、言に出でては、何かは数へのうちには聞こえたまはむ。
 『我に並びたまへるこそ、君はおほけなけれ』となむ、戯れきこえたまふ。
 
 上のご器量は、やはりどなたが及びなされましょうと、お見えになります。
 殿も、優れているとお思いでいらっしゃいますが、口に出しては、どうして数の中にお加え申されましょうか。
 『わたしと夫婦でいらっしゃるとは、あなたは分不相応ですよ』と、ご冗談を申し上げていらっしゃいます。
 
   見たてまつるに、命延ぶる御ありさまどもを、またさるたぐひおはしましなむやとなむ思ひはべるに、いづくか劣りたまはむ。
 ものは限りあるものなれば、すぐれたまへりとて、頂きを離れたる光やはおはする。
 ただ、これを、すぐれたりとは聞こゆべきなめりかし」
 拝見すると、寿命が延びるお二方のご様子を、また他にそのような例がいらっしゃるだろうかと、思っておりましたが、どこが劣ったところがございましょうか。
 物には限度というものがありますから、どんなに優れていらっしゃろうとも、頭上から光をお放ちになるようなことはありません。
 ただ、こういう方をこそ、お美しいと申し上げるべきでしょう」
 
   と、うち笑みて見たてまつれば、老い人もうれしと思ふ。
 
 と、微笑んで拝見するので、老人も嬉しく思う。
 
 
 

第八段 乳母、右近に依頼

 
   「かかる御さまを、ほとほとあやしき所に沈めたてまつりぬべかりしに、あたらしく悲しうて、家かまどをも捨て、男女の頼むべき子どもにも引き別れてなむ、かへりて知らぬ世の心地する京にまうで来し。
 
 「このようなお美しい方を、危うく辺鄙な土地に埋もれさせ申し上げてしまうところでしたのを、もったいなく悲しくて、家やかまどを捨てて、息子や娘の頼りになるはずの子どもたちにも別れて、かえって見知らない世界のような心地がする京に上って来ました。
 
   あが御許、はやくよきさまに導ききこえたまへ。
 高き宮仕へしたまふ人は、おのづから行き交じりたるたよりものしたまふらむ。
 父大臣に聞こしめされ、数まへられたまふべきたばかり、思し構へよ」
 あなた、早く良いようにお導きくださいまし。
 高い宮仕えをなさる方は、自然と交際の便宜もございましょう。
 父大臣のお耳に入れられて、お子様の中に数え入れてもらえるような工夫を、お計らいになってください」
   と言ふ。
 恥づかしう思いて、うしろ向きたまへり。
 
 と言う。
 恥ずかしくお思いになって、後ろをお向きになっていらっしゃった。
 
 
   「いでや、身こそ数ならねど、殿も御前近く召し使ひたまへば、ものの折ごとに、『いかにならせたまひにけむ』と聞こえ出づるを、聞こしめし置きて、『われいかで尋ねきこえむと思ふを、聞き出でたてまつりたらば』となむ、のたまはする」  「いやもう、わたしはとるにたりない身の上ですけれども、殿も御前近くにお使いになってくださいますので、何かの時毎に、『どうおなりあそばしたことでしょう』と口に出し申し上げたのを、お心にお掛けになっていらして、『わたしも何とかお捜し申したいと思うが、もしお聞き出し申したら』と、仰せになっています」
   と言へば、  と言うと、
   「大臣の君は、めでたくおはしますとも、さるやむごとなき妻どもおはしますなり。
 まづまことの親とおはする大臣にを知らせたてまつりたまへ」
 「大臣の君は、ご立派でいらっしゃっても、そうしたれっきとした奥方様たちがいらっしゃると言います。
 まずは実の親でいらっしゃる内大臣様にお知らせ申し上げなさってください」
   など言ふに、  などと言うので、
 
   ありしさまなど語り出でて、  昔の事情などを話に出して、
   「世に忘れがたく悲しきことになむ思して、『かの御代はりに見たてまつらむ。
 子も少なきがさうざうしきに、わが子を尋ね出でたると人には知らせて』と、そのかみよりのたまふなり。
 
 「ほんとうに忘れられず悲しいこととお思いになって、『あの方の代わりにお育て申し上げよう。
 子どもも少ないのが寂しいから、自分の子を捜し出したのだと世間の人には思わせて』と、その当時から仰せになっているのです。
 
   心の幼かりけることは、よろづにものつつましかりしほどにて、え尋ねても聞こえで過ごししほどに、少弐になりたまへるよしは、御名にて知りにき。
 まかり申しに、殿に参りたまへりし日、ほの見たてまつりしかども、え聞こえで止みにき。
 
 分別の足りなかったことは、いろいろと遠慮の多かった時なので、お尋ね申すこともできないでいるうちに、大宰少弍におなりになったことは、お名前で知りました。
 赴任の挨拶に、殿に参られた日、ちらっと拝見しましたが、声をかけることができずじまいでした。
 
   さりとも、姫君をば、かのありし夕顔の五条にぞとどめたてまつりたまへらむとぞ思ひし。
 あな、いみじや。
 田舎人にておはしまさましよ」
 そうはいっても、姫君は、あの昔の夕顔の五条の家にお残し申されたものと思っていました。
 ああ、何ともったいない。
 田舎者におなりになってしまうところでしたねえ」
   など、うち語らひつつ、日一日、昔物語、念誦などしつつ。
 
 などと、お話しながら、一日中、昔話や、念誦などして。
 
 
 

第九段 右近、玉鬘一行と約束して別れる

 
   参り集ふ人のありさまども、見下さるる方なり。
 前より行く水をば、初瀬川といふなりけり。
 右近、
 参詣する人々の様子が、見下ろせる所である。
 前方を流れる川は、初瀬川というのであった。
 右近は、
 

345
 「二本の 杉のたちどを 尋ねずは
 古川野辺に 君を見ましや
 「二本の杉の立っている長谷寺に参詣しなかったなら
  古い川の近くで姫君にお逢いできたでしょうか
 
   うれしき瀬にも」  『嬉しき逢瀬です』」
   と聞こゆ。
 
 と申し上げる。
 
 

346
 「初瀬川 はやくのことは 知らねども
 今日の逢ふ瀬に 身さへ流れぬ」
 「昔のことは知りませんが、今日お逢いできた
  嬉し涙でこの身まで流れてしまいそうです」
 
   と、うち泣きておはするさま、いとめやすし。
 
 とお詠みになって、泣いていらっしゃる様子、とても好感がもてる。
 
   「容貌はいとかくめでたくきよげながら、田舎び、こちこちしうおはせましかば、いかに玉の瑕ならまし。
 いで、あはれ、いかでかく生ひ出でたまひけむ」
 「ご器量はとてもこのように素晴らしく美しくいらしても、田舎人めいて、ごつごつしていらっしゃったら、どんなにか玉の瑕になったことであろうに。
 いやもう、立派に、どうしてこのようにご成長されたのであろう」
   と、おとどをうれしく思ふ。
 
 と、乳母殿に感謝する。
 
   母君は、ただいと若やかにおほどかにて、やはやはとぞ、たをやぎたまへりし。
 これは気高く、もてなしなど恥づかしげに、よしめきたまへり。
 筑紫を心にくく思ひなすに、皆、見し人は里びにたるに、心得がたくなむ。
 
 母君は、ただたいそう若々しくおっとりしていて、なよなよと、しなやかでいらした。
 この姫君は気品が高く、動作などもこちらが恥ずかしくなるくらいに、優雅でいらっしゃる。
 筑紫の地を奥ゆかしく思ってみるが、皆、他の人々は田舎人めいてしまったのも、合点が行かない。
 
 
   暮るれば、御堂に上りて、またの日も行なひ暮らしたまふ。
 
 日が暮れたので、御堂に上って、翌日も同じように勤行してお過ごしになる。
 
   秋風、谷より遥かに吹きのぼりて、いと肌寒きに、ものいとあはれなる心どもには、よろづ思ひ続けられて、人並々ならむこともありがたきことと思ひ沈みつるを、この人の物語のついでに、父大臣の御ありさま、腹々の何ともあるまじき御子ども、皆ものめかしなしたてたまふを聞けば、かかる下草頼もしくぞ思しなりぬる。
 
 秋風が、谷から遥かに吹き上がってきて、とても肌寒く感じられる上に、感慨無量の人々にとっては、それからそれへと連想されて、人並みになるようなことも難しいことと沈みこんでいたが、この右近の話の中に、父内大臣のご様子、他のたいしたことのない方々が生んだご子息たちも、皆一人前になさっていることを聞くと、このような日陰者も頼もしく、お思いになるのであった。
 
   出づとても、かたみに宿る所も問ひ交はして、もしまた追ひ惑はしたらむ時と、危ふく思ひけり。
 右近が家は、六条の院近きわたりなりければ、ほど遠からで、言ひ交はすもたつき出で来ぬる心地しけり。
 
 出る時にも、互いに住所を聞き交わして、もしも再び姫君の行く方が分からなくなってしまってはと、心配に思うのであった。
 右近の家は、六条院の近辺だったので、程遠くないので、話し合うにも便宜ができた心地がしたのであった。
 
 
 

第四章 光る源氏の物語 玉鬘を養女とする物語

 
 

第一段 右近、六条院に帰参する

 
   右近は、大殿に参りぬ。
 このことをかすめ聞こゆるついでもやとて、急ぐなりけり。
 御門引き入るるより、けはひことに広々として、まかで参りする車多くまよふ。
 数ならで立ち出づるも、まばゆき心地する玉の台なり。
 その夜は御前にも参らで、思ひ臥したり。
 
 右近は、大殿に参上した。
 このことをちらっとお耳に入れる機会もあろうかと思って、急ぐのであった。
 ご門を入るや、感じが格別に広々として、退出や参上する車が多く行き来している。
 一人前でもない者が出入りするのも、気のひける思いがする玉の御殿である。
 その夜は御前にも参上しないで、思案しながら寝た。
 
 
   またの日、昨夜里より参れる上臈、若人どものなかに、取り分きて右近を召し出づれば、おもだたしくおぼゆ。
 大臣も御覧じて、
 翌日、昨夜里から参上した身分の高い女房、若い女房たちの中で、特別に右近をお召しになったので、晴れがましい気がする。
 大臣も御覧になって、
   「などか、里居は久しくしつるぞ。
 例ならず、やまめ人の、引き違へ、こまがへるやうもありかし。
 をかしきことなどありつらむかし」
 「どうして、里住みを長くしていたのだ。
 めずらしく寡婦が、うって変わって、若変ったようなことでもしたのでしょうか。
 きっとおもしろいことがあったのでしょう」
   など、例の、むつかしう、戯れ事などのたまふ。
 
 などと、例によって、返事に困るような、冗談をおっしゃる。
 
   「まかでて、七日に過ぎはべりぬれど、をかしきことははべりがたくなむ。
 山踏しはべりて、あはれなる人をなむ見たまへつけたりし」
 「お暇をいただいて、七日以上過ぎましたが、おもしろいことなどめったにございません。
 山路歩きしまして、懐かしい人にお逢いいたしました」
   「何人ぞ」  「どのような人か」
   と問ひたまふ。
 
 とお尋ねになる。
 
   「ふと聞こえ出でむも、まだ上に聞かせたてまつらで、取り分き申したらむを、のちに聞きたまうては、隔てきこえけりとや思さむ」など、思ひ乱れて、  「ここで申し上げるのも、まだ主人にお聞かせ申さないで、特別に申し上げるようなのを、後でお聞きになったら、自分が隠しごとを申したとお思いになるのではないかしら」などと、思い悩んで、
   「今聞こえさせはべらむ」  「そのうちにお話申し上げましょう」
   とて、人びと参れば、聞こえさしつ。
 
 と言って、女房たちが参上したので、中断した。
 
 
   大殿油など参りて、うちとけ並びおはします御ありさまども、いと見るかひ多かり。
 女君は、二十七八にはなりたまひぬらむかし、盛りにきよらにねびまさりたまへり。
 すこしほど経て見たてまつるは、「また、このほどにこそ、にほひ加はりたまひにけれ」と見えたまふ。
 
 大殿油などを点灯して、うちとけて並んでいらっしゃるご様子、たいそう見ごたえがあった。
 女君は、二十七、八歳におなりになったであろう、今を盛りといよいよ美しく成人されていらっしゃる。
 少し日をおいて拝見すると、「また、この間にも美しさがお加わりになった」とお見えになる。
 
   かの人をいとめでたし、劣らじと見たてまつりしかど、思ひなしにや、なほこよなきに、「幸ひのなきとあるとは、隔てあるべきわざかな」と見合はせらる。
 
 あの姫君をとても素晴らしい、この女君に負けないくらいだと拝見したが、思いなしか、やはりこの女君はこの上ないので、「運のある方とない方とでは、違いがあるものだわ」と自然と比較される。
 
 
 

第二段 右近、源氏に玉鬘との邂逅を語る

 
   大殿籠もるとて、右近を御脚参りに召す。
 
 お寝みになろうとして、右近をお足さすらせに召す。
 
   「若き人は、苦しとてむつかるめり。
 なほ年経ぬるどちこそ、心交はして睦びよかりけれ」
 「若い女房は、疲れると言って嫌がるようです。
 やはりお互いに年配どうしは、気が合ってうまくいきますね」
   とのたまへば、人びと忍びて笑ふ。
 
 とおっしゃると、女房たちはひそひそと笑う。
 
   「さりや。
 誰か、その使ひならいたまはむをば、むつからむ」
 「そうですわ。
 誰が、そのようにお使い慣らされるのを、嫌がりましょう」
   「うるさき戯れ事言ひかかりたまふを、わづらはしきに」  「やっかいなご冗談をお言いかけなさるのが、煩わしいので」
   など言ひあへり。
 
 などと互いに言う。
 
 
   「上も、年経ぬるどちうちとけ過ぎ、はた、むつかりたまはむとや。
 さるまじき心と見ねば、危ふし」
 「紫の上も、年とった者どうしが仲よくし過ぎると、それはやはり、ご機嫌を悪くされるだろうと思うよ。
 そのようなこともなさそうなお心とは見えないから、危険なものです」
   など、右近に語らひて笑ひたまふ。
 いと愛敬づき、をかしきけさへ添ひたまへり。
 
 などと、右近に話してお笑いになる。
 たいそう愛嬌があって、冗談をおっしゃるところまでがお加わりになっていらっしゃる。
 
   今は朝廷に仕へ、忙しき御ありさまにもあらぬ御身にて、世の中のどやかに思さるるままに、ただはかなき御戯れ事をのたまひ、をかしく人の心を見たまふあまりに、かかる古人をさへぞ戯れたまふ。
 
 今では朝廷にお仕えし、忙しいご様子でもないお身体なので、世の中の事に対してものんびりとしたお気持ちのままに、ただとりとめもないご冗談をおっしゃって、おもしろく女房たちの気持ちをお試しになるあまりに、このような古女房をまでおからかいになる。
 
   「かの尋ね出でたりけむや、何ざまの人ぞ。
 尊き修行者語らひて、率て来たるか」
 「あの捜し出した人というのは、どのような人か。
 尊い修行者と親しくして、連れて来たのか」
   と問ひたまへば、  とお尋ねになると、
   「あな、見苦しや。
 はかなく消えたまひにし夕顔の露の御ゆかりをなむ、見たまへつけたりし」
 「まあ、人聞きの悪いことを。
 はかなくお亡くなりになった夕顔の露の縁のある人を、お見つけ申したのです」
   と聞こゆ。
 
 と申し上げる。
 
 
   「げに、あはれなりけることかな。
 年ごろはいづくにか」
 「ほんとうに、思いもかけないことであるなあ。
 長い年月どこにいたのか」
   とのたまへば、  とお尋ねになるので、
   ありのままには聞こえにくくて、  真実そのままには申し上げにくいので、
   「あやしき山里になむ。
 昔人もかたへは変はらではべりければ、その世の物語し出ではべりて、堪へがたく思ひたまへりし」
 「辺鄙な山里に、昔の女房も幾人かは変わらずに仕えておりましたので、その当時の話を致しまして、たまらない思いが致しました」
   など聞こえゐたり。
 
 などとお答え申した。
 
   「よし、心知りたまはぬ御あたりに」  「よし、事情をご存知でない方の前だから」
   と、隠しきこえたまへば、  とお隠し申しなさると、
   上、  紫の上は、
   「あな、わづらはし。
 ねぶたきに、聞き入るべくもあらぬものを」
 「まあ、やっかいなお話ですこと。
 眠たいので、耳に入るはずもありませんのに」
   とて、御袖して御耳塞ぎたまひつ。
 
 とおっしゃって、お袖で耳をお塞ぎになった。
 
 
   「容貌などは、かの昔の夕顔と劣らじや」  「器量などは、あの昔の夕顔に劣らないだろうか」
   などのたまへば、  などとおっしゃると、
   「かならずさしもいかでかものしたまはむと思ひたまへりしを、こよなうこそ生ひまさりて見えたまひしか」  「きっと母君ほどでいらっしゃるまいと存じておりましたが、格別に優れてご成長なさってお見えになりました」
   と聞こゆれば、  と申し上げるので、
   「をかしのことや。
 誰ばかりとおぼゆ。
 この君と」
 「興味あることだ。
 誰くらいに見えますか。
 この紫の君とは」
   とのたまへば、  とおっしゃると、
   「いかでか、さまでは」  「どうして、それほどまでは」
   と聞こゆれば、  と申し上げるので、
   「したり顔にこそ思ふべけれ。
 我に似たらばしも、うしろやすしかし」
 「得意になって思っているのだな。
 わたしに似ていたら、安心だ」
   と、親めきてのたまふ。
 
 と、実の親のようにおっしゃる。
 
 
 

第三段 源氏、玉鬘を六条院へ迎える

 
   かく聞きそめてのちは、召し放ちつつ、  このように聞き初めてから後は、幾度もお召しになっては、
   「さらば、かの人、このわたりに渡いたてまつらむ。
 年ごろ、もののついでごとに、口惜しう惑はしつることを思ひ出でつるに、いとうれしく聞き出でながら、今までおぼつかなきも、かひなきことになむ。
 
 「それでは、その人を、ここにお迎え申そう。
 長年、何かの折ごとに、残念にも行く方がわからなくなったことを思い出していたが、とても嬉しく聞き出しながら、今まで会わないでいるのも、つまらなことだ。
 
   父大臣には、何か知られむ。
 いとあまたもて騒がるめるが、数ならで、今はじめ立ち交じりたらむが、なかなかなることこそあらめ。
 我は、かうさうざうしきに、おぼえぬ所より尋ね出だしたるとも言はむかし。
 好き者どもの心尽くさするくさはひにて、いといたうもてなさむ」
 父の大臣には、どうして知らせる必要があろうか。
 たいそう大勢の子どもたちに大騷ぎしているようであるが、数ならぬ身で、今初めて仲間入りしたところで、かえってつらい思いをすることであろう。
 わたしは、このように子どもが少ないので、思いがけない所から捜し出したとでも言っておこうよ。
 好色者たちに気をもませる種として、たいそう大切にお世話しよう」
   など語らひたまへば、   などとうまくおっしゃるので、
   かつがついとうれしく思ひつつ、  一方では嬉しく思うものの、
   「ただ御心になむ。
 大臣に知らせたてまつらむとも、誰れかは伝へほのめかしたまはむ。
 いたづらに過ぎものしたまひし代はりには、ともかくも引き助けさせたまはむことこそは、罪軽ませたまはめ」
 「ただお心のままにどうぞ。
 父大臣にお知らせ申すとしても、どなたがお耳にお入れなさいましょう。
 むなしくお亡くなりになった方の代わりに、何としてでもお助けあそばすことが、罪滅ぼしあそばすことになりましょう」
   と聞こゆ。
 
 と申し上げる。
 
   「いたうもかこちなすかな」  「ひどく言いがかりをつけますね」
   と、ほほ笑みながら、涙ぐみたまへり。
 
 と、苦笑いしながら、涙ぐんでいらっしゃる。
 
 
   「あはれに、はかなかりける契りとなむ、年ごろ思ひわたる。
 かくて集へる方々のなかに、かの折の心ざしばかり思ひとどむる人なかりしを、命長くて、わが心長さをも見はべるたぐひ多かめるなかに、いふかひなくて、右近ばかりを形見に見るは、口惜しくなむ。
 思ひ忘るる時なきに、さてものしたまはば、いとこそ本意かなふ心地すべけれ」
 「しみじみと、感慨深い関係であったと、長年思っていた。
 このように六条院に集っている方々の中に、あの時のように気持ちを惹かれる人はなかったが、長生きをして、自分の愛情の変わらなさを見ております人々が多くいる中で、言っても詮ないことになってしまい、右近だけを形見として見ているのは、残念なことだ。
 忘れる時もないが、そのようにここにいらしてくれたら、たいそう長年の願いが叶う気持ちがするに違いない」
   とて、御消息たてまつれたまふ。
 
 と言って、お手紙を差し上げなさる。
 
   かの末摘花のいふかひなかりしを思し出づれば、さやうに沈みて生ひ出でたらむ人のありさまうしろめたくて、まづ、文のけしきゆかしく思さるるなりけり。
 
 あの末摘花の何とも言いようもなかったのをお思い出しになると、そのように落ちぶれた境遇で育ったような人の様子が不安になって、まずは、手紙の様子がどんなものかと思わずにはいらっしゃれないのであった。
 
   ものまめやかに、あるべかしく書きたまひて、端に、  きまじめに、それにふさわしくお認めになって、端の方に、
   「かく聞こゆるを、  「このようにお便り申し上げますのを、
 

347
 知らずとも 尋ねて知らむ 三島江に
 生ふる三稜の 筋は絶えじを」
  今はご存知なくともやがて聞けばおわかりになりましょう
  三島江に生えている三稜のようにわたしとあなたは縁のある関係なのですから」
 
   となむありける。
 
 とあったのであった。
 
 
   御文、みづからまかでて、のたまふさまなど聞こゆ。
 御装束、人びとの料などさまざまあり。
 上にも語らひきこえたまへるなるべし、御匣殿などにも、設けの物召し集めて、色あひ、しざまなど、ことなるをと、選らせたまへれば、田舎びたる目どもには、まして珍らしきまでなむ思ひける。
 
 お手紙は、右近みずから持参して、おっしゃる様子などを申し上げる。
 ご装束、女房たちの物などいろいろとある。
 紫の上にもご相談申し上げられたのであろう、御匣殿などでも、用意してある品物を取り集めて、色あいや、出来具合などのよい物をと、選ばせなさったので、田舎じみた人々の目には、ひとしお目を見張るほどに思ったのであった。
 
 
 

第四段 玉鬘、源氏に和歌を返す

 
   正身は、  ご本人は、
   「ただかことばかりにても、まことの親の御けはひならばこそうれしからめ、いかでか知らぬ人の御あたりには交じらはむ」  「ほんの申し訳程度でも、実の親のお気持ちならば、どんなにか嬉しいであろう。
 どうして知らない方の所に出て行けよう」
   と、おもむけて、苦しげに思したれど、  と、ほのめかして、苦しそうに悩んでいたが、
   あるべきさまを、右近聞こえ知らせ、人びとも、  とるべき態度を、右近が申し上げ教え、女房たちも、
   「おのづから、さて人だちたまひなば、大臣の君も尋ね知りきこえたまひなむ。
 親子の御契りは、絶えて止まぬものなり」
 「自然と、そのようにしてあちらで一人前の姫君となられたら、大臣の君もお聞きつけになられるでしょう。
 親子のご縁は、けっして切れるものではありません」
   「右近が、数にもはべらず、いかでか御覧じつけられむと思ひたまへしだに、仏神の御導きはべらざりけりや。
 まして、誰れも誰れもたひらかにだにおはしまさば」
 「右近が、物の数ではございませんが、ぜひともお目にかかりたいと念じておりましたのさえ、仏神のお導きがございませんでしたか。
 まして、どなたもどなたも無事でさえいらしたら」
   と、皆聞こえ慰む。
 
 と、皆がお慰め申し上げる。
 
 
   「まづ御返りを」と、責めて書かせたてまつる。
 
 「まずは、お返事を」と、無理にお書かせ申し上げる。
 
   「いとこよなく田舎びたらむものを」  「とてもひどく田舎じみているだろう」
   と恥づかしく思いたり。
 
 と恥ずかしくお思いであった。
 
   唐の紙のいと香ばしきを取り出でて、書かせたてまつる。
 
 唐の紙でたいそうよい香りのを取り出して、お書かせ申し上げる。
 
 

348
 「数ならぬ 三稜や何の 筋なれば
 憂きにしもかく 根をとどめけむ」
 「物の数でもないこの身はどうして
  三稜のようにこの世に生まれて来たのでしょう」
 
   とのみ、ほのかなり。
 手は、はかなだち、よろぼはしけれど、あてはかにて口惜しからねば、御心落ちゐにけり。
 
 とだけ、墨付き薄く書いてある。
 筆跡は、かぼそげにたどたどしいが、上品で見苦しくないので、ご安心なさった。
 
   住みたまふべき御かた御覧ずるに、  お住まいになるべき部屋をお考えになると、
   「南の町には、いたづらなる対どもなどなし。
 勢ひことに住み満ちたまへれば、顕証に人しげくもあるべし。
 中宮おはします町は、かやうの人も住みぬべく、のどやかなれど、さてさぶらふ人の列にや聞きなさむ」と思して、「すこし埋れたれど、丑寅の町の西の対、文殿にてあるを、異方へ移して」と思す。
 
 「南の町には、空いている対の屋などはない。
 威勢も特別でいっぱいに使っていらっしゃるので、目立つし人目も多いことだろう。
 中宮のいらっしゃる町は、このような人が住むのに適してのんびりしているが、そうするとそこにお仕えする女房と同じように思われるだろう」とお考えになって、「少し埋もれた感じだが、丑寅の町の西の対が、文殿になっているのを、他の場所に移して」とお考えになる。
 
   「あひ住みにも、忍びやかに心よくものしたまふ御方なれば、うち語らひてもありなむ」  「一緒に住むことになっても、慎ましく気立てのよいお方だから、話相手になってよいだろう」
   と思しおきつ。
 
 とお決めになった。
 
 
 

第五段 源氏、紫の上に夕顔について語る

 
   上にも、今ぞ、かのありし昔の世の物語聞こえ出でたまひける。
 かく御心に籠めたまふことありけるを、恨みきこえたまふ。
 
 紫の上にも、今初めて、あの昔の話をお話し申し上げたのであった。
 このようお心に秘めていらしたことがあったのを、お恨み申し上げなさる。
 
   「わりなしや。
 世にある人の上とてや、問はず語りは聞こえ出でむ。
 かかるついでに隔てぬこそは、人にはことには思ひきこゆれ」
 「困ったことですね。
 生きている人の身の上でも、問わず語りは申したりしましょうか。
 このような時に、隠さず申し上げるのは、他の人以上にあなたを愛しているからです」
   とて、いとあはれげに思し出でたり。
 
 と言って、とてもしみじみとお思い出しになっていた。
 
 
   「人の上にてもあまた見しに、いと思はぬなかも、女といふものの心深きをあまた見聞きしかば、さらに好き好きしき心はつかはじとなむ思ひしを、おのづからさるまじきをもあまた見しなかに、あはれとひたぶるにらうたきかたは、またたぐひなくなむ思ひ出でらるる。
 世にあらましかば、北の町にものする人の列には、などか見ざらまし。
 人のありさま、とりどりになむありける。
 かどかどしう、をかしき筋などはおくれたりしかども、あてはかにらうたくもありしかな」
 「他人の身の上として大勢見て来たが、ほれほどにも思わなかった中でも、女性というものの愛執の深さを多数見たり聞いたりしてきましたので、少しも浮気心はつかうまいと思っていたが、いつの間にかそうあってはならなかった女を多数相手にした中で、しみじみとひたすらかわいらしく思えた方では、他に例がなく思い出されます。
 生きていたならば、北の町におられる人と同じくらいには、世話しないことはなかったでしょう。
 人の有様は、いろいろですね。
 才気があり趣味の深い点では劣っていたが、上品でかわいらしかったなあ」
   などのたまふ。
 
 などとおっしゃる。
 
   「さりとも、明石の列には、立ち並べたまはざらまし」  「そうは言っても、明石の方と同じようには、お扱いなさらないでしょう」
   とのたまふ。
 
 とおっしゃる。
 
   なほ北の御殿をば、めざましと心置きたまへり。
 姫君の、いとうつくしげにて、何心もなく聞きたまふが、らうたければ、また、「ことわりぞかし」と思し返さる。
 
 やはり、北の殿の御方を、気にさわる者とお思いであった。
 姫君が、とてもかわいらしげに何心もなく聞いていらっしゃるのが、いじらしいので、また一方では、「もっともなことだわ」と思い返しなさる。
 
 
 

第六段 玉鬘、六条院に入る

 
   かくいふは、九月のことなりけり。
 渡りたまはむこと、すがすがしくもいかでかはあらむ。
 よろしき童女、若人など求めさす。
 筑紫にては、口惜しからぬ人びとも、京より散りぼひ来たるなどを、たよりにつけて呼び集めなどしてさぶらはせしも、にはかに惑ひ出でたまひし騷ぎに、皆おくらしてければ、また人もなし。
 京はおのづから広き所なれば、市女などやうのもの、いとよく求めつつ、率て来。
 その人の御子などは知らせざりけり。
 
 こういう話は、九月のことなのであった。
 お渡りになることは、どうしてすらすらと事が運ぼうか。
 適当な童女や、若い女房たちを探させる。
 筑紫では、見苦しくない人々も、京から流れて下って来た人などを、縁故をたどって呼び集めなどして仕えさせていたのも、急に飛び出して上京なさった騒ぎに、皆を残して来たので、また他に女房もいない。
 京は自然と広い所なので、市女などのような者を、たいそううまく使っては探し出して、連れて来る。
 誰それの姫君などとは知らせなかったのであった。
 
   右近が里の五条に、まづ忍びて渡したてまつりて、人びと選りととのへ、装束ととのへなどして、十月にぞ渡りたまふ。
 
 右近の実家の五条の家に、最初こっそりとお移し申し上げて、女房たちを選びすぐり、装束を調えたりして、十月に六条院にお移りになる。
 
 
   大臣、東の御方に聞こえつけたてまつりたまふ。
 
 大臣は、東の御方にお預け申し上げなさる。
 
   「あはれと思ひし人の、ものうじして、はかなき山里に隠れゐにけるを、幼き人のありしかば、年ごろも人知れず尋ねはべりしかども、え聞き出ででなむ、女になるまで過ぎにけるを、おぼえぬかたよりなむ、聞きつけたる時にだにとて、移ろはしはべるなり」とて、「母も亡くなりにけり。
 中将を聞こえつけたるに、悪しくやはある。
 同じごと後見たまへ。
 山賤めきて生ひ出でたれば、鄙びたること多からむ。
 さるべく、ことにふれて教へたまへ」
 「いとしいと思っていた女が、気落ちして、たよりない山里に隠れ住んでいたのだが、幼い子がいたので、長年人に知らせず捜しておりましたが、聞き出すことが出来ませんで、年頃の女性になるまで過ぎてしまったが、思いがけない方面から、聞きつけた時には、せめてと思って、お引き取りするのでございます」と言って、「母も亡くなってしまったのです。
 中将をお預け申し上げましたが、不都合ありませんね。
 同じようにお世話なさってください。
 山家育ちのように成長してきたので、田舎めいたことが多くございましょう。
 しかるべく、機会にふれて教えてやってください」
   と、いとこまやかに聞こえたまふ。
 
 と、とても丁寧にお頼み申し上げなさる。
 
 
   「げに、かかる人のおはしけるを、知りきこえざりけるよ。
 姫君の一所ものしたまふがさうざうしきに、よきことかな」
 「なるほど、そのような人がいらっしゃるのを、存じませんでしたわ。
 姫君がお一人いらっしゃるのは寂しいので、よいことですわ」
   と、おいらかにのたまふ。
 
 と、おおようにおっしゃる。
 
   「かの親なりし人は、心なむありがたきまでよかりし。
 御心もうしろやすく思ひきこゆれば」
 「その母親だった人は、気立てがめったにいないまでによい人でした。
 あなたの気立ても安心にお思い申しておりますので」
   などのたまふ。
 
 などとおっしゃる。
 
   「つきづきしく後む人なども、こと多からで、つれづれにはべるを、うれしかるべきこと」  「相応しくお世話している人などと言っても、面倒がかからず、暇でおりますので、嬉しいことですわ」
   になむのたまふ。
 
 とおっしゃる。
 
 
   殿のうちの人は、御女とも知らで、  殿の内の女房たちは、殿の姫君とも知らないで、
   「何人、また尋ね出でたまへるならむ」  「どのような女を、また捜し出して来られたのでしょう」
   「むつかしき古者扱ひかな」  「厄介な昔の女性をお集めになることですわ」
   と言ひけり。
 
 と言った。
 
 
   御車三つばかりして、人の姿どもなど、右近あれば、田舎びず仕立てたり。
 殿よりぞ、綾、何くれとたてまつれたまへる。
 
 お車を三台ほどで、お供の人々の姿などは、右近がいたので、田舎くさくないように仕立ててあった。
 殿から、綾や、何やかやかとお贈りなさっていた。
 
 
 

第七段 源氏、玉鬘に対面する

 
   その夜、やがて大臣の君渡りたまへり。
 
 その夜、さっそく大臣の君がお渡りになった。
 
   昔、光る源氏などいふ御名は、聞きわたりたてまつりしかど、年ごろのうひうひしさに、さしも思ひきこえざりけるを、ほのかなる大殿油に、御几帳のほころびよりはつかに見たてまつる、いとど恐ろしくさへぞおぼゆるや。
 
 その昔、光る源氏などといった評判は、始終お聞き知り申し上げていたが、長年都の生活に縁がなかったので、それほどともお思い申していなかったが、かすかな大殿油の光に、御几帳の隙間からわずかに拝見すると、ますます恐ろしいまでに思われるお美しさであるよ。
 
 
   渡りたまふ方の戸を、右近かい放てば、  お渡りになる方の戸を、右近が掛け金を外して開けると、
   「この戸口に入るべき人は、心ことにこそ」  「この戸口から入れる人は、特別な気がしますね」
   と笑ひたまひて、廂なる御座についゐたまひて、  とお笑いになって、廂の間のご座所に膝をおつきになって、
   「燈こそ、いと懸想びたる心地すれ。
 親の顔はゆかしきものとこそ聞け。
 さも思さぬか」
 「燈火は、とても懸想人めいた心地がするな。
 親の顔は見たいものと聞いている。
 そうお思いなさらないかね」
   とて、几帳すこし押しやりたまふ。
 
 と言って、几帳を少し押しやりなさる。
 
 
   わりなく恥づかしければ、そばみておはする様体など、いとめやすく見ゆれば、うれしくて、  たまらなく恥ずかしいので、横を向いていらっしゃる姿態など、たいそう難なく見えるので、嬉しくて、
   「今すこし、光見せむや。
 あまり心にくし」
 「もう少し、明るくしてくれませんか。
 あまりに奥ゆかしすぎる」
   とのたまへば、右近、かかげてすこし寄す。
 
 とおっしゃるので、右近が、燈芯をかき立てて少し近付ける。
 
   「おもなの人や」  「遠慮のない人だね」
   とすこし笑ひたまふ。
 
 と少しお笑いになる。
 
   げにとおぼゆる御まみの恥づかしげさなり。
 
 なるほど似ていると思われるお目もとの美しさである。
 
   いささかも異人と隔てあるさまにものたまひなさず、いみじく親めきて、  少しも他人として隔て置くようにおっしゃらず、まことに実の親らしくして、
   「年ごろ御行方を知らで、心にかけぬ隙なく嘆きはべるを、かうて見たてまつるにつけても、夢の心地して、過ぎにし方のことども取り添へ、忍びがたきに、えなむ聞こえられざりける」  「長年お行く方も知らないで、心から忘れる間もなく嘆いておりましたが、こうしてお目にかかれたにつけても、夢のような心地がして、過ぎ去った昔のことがいろいろと思い出されて、堪えがたくて、すらすらとお話もできないほどですね」
   とて、御目おし拭ひたまふ。
 まことに悲しう思し出でらる。
 
 と言って、お目をお拭いになる。
 ほんとうに悲しく思い出さずにはいられない。
 
   御年のほど、数へたまひて、  お年のほど、お数えになって、
   「親子の仲の、かく年経たるたぐひあらじものを。
 契りつらくもありけるかな。
 今は、ものうひうひしく、若びたまふべき御ほどにもあらじを、年ごろの御物語など聞こえまほしきに、などかおぼつかなくは」
 「親子の仲で、このように長年会わずに過ぎた例はあるまいものを。
 宿縁のつらいことであったよ。
 今は、恥ずかしがって、子供っぽくなさるほどのお年でもあるまいから、長年のお話なども申し上げたいのだが、どうして何もおっしゃってくださらぬのか」
   と恨みたまふに、  とお恨みになると、
   聞こえむこともなく、恥づかしければ、  申し上げることもなく、恥ずかしいので、
   「脚立たず沈みそめはべりにけるのち、何ごともあるかなきかになむ」  「幼いころに流浪するようになってから後、何ごとも頼りなく過ごして来ました」
   と、ほのかに聞こえたまふ声ぞ、昔人にいとよくおぼえて若びたりける。
 
 と、かすかに申し上げなさるお声が、亡くなった母にたいそうよく似て若々しい感じであった。
 
   ほほ笑みて、  微笑して、
   「沈みたまひけるを、あはれとも、今は、また誰れかは」  「苦労していらっしゃったのを、かわいそうにと、今は、わたしの他に誰が思いましょう」
   とて、心ばへいふかひなくはあらぬ御応へと思す。
 
 と言って、嗜みのほどは悪くはないとお思いになる。
 
 
   右近に、あるべきことのたまはせて、渡りたまひぬ。
 
 右近に、しかるべき事柄をお命じになって、出て行かれた。
 
 
 

第八段 源氏、玉鬘の人物に満足する

 
   めやすくものしたまふを、うれしく思して、上にも語りきこえたまふ。
 
 無難でいらっしゃったのを、嬉しくお思いになって、紫の上にもご相談申し上げなさる。
 
   「さる山賤のなかに年経たれば、いかにいとほしげならむとあなづりしを、かへりて心恥づかしきまでなむ見ゆる。
 かかる者ありと、いかで人に知らせて、兵部卿宮などの、この籬のうち好ましうしたまふ心乱りにしがな。
 好き者どもの、いとうるはしだちてのみ、このわたりに見ゆるも、かかる者のくさはひのなきほどなり。
 いたうもてなしてしがな。
 なほうちあはぬ人のけしき見集めむ」
 「ある田舎に長年住んでいたので、どんなにおかわいそうなと見くびっていたのでしたが、かえってこちらが恥ずかしくなるくらいに見えます。
 このような姫君がいると、何とか世間の人々に知らせて、兵部卿宮などが、この邸の内に好意を寄せていらっしゃる心を騒がしてみたいものだ。
 風流人たちが、たいそうまじめな顔ばかりして、ここに見えるのも、こうした話の種になる女性がいないからである。
 たいそう世話を焼いてみたいものだ。
 知っては平気ではいられない男たちの心を見てやろう」
   とのたまへば、  とおっしゃると、
   「あやしの人の親や。
 まづ人の心励まさむことを先に思すよ。
 けしからず」
 「変な親ですこと。
 まっさきに人の心をそそるようなことをお考えになるとは。
 よくありませんよ」
   とのたまふ。
 
 とおっしゃる。
 
   「まことに君をこそ、今の心ならましかば、さやうにもてなして見つべかりけれ。
 いと無心にしなしてしわざぞかし」
 「ほんとうにあなたをこそ、今のような気持ちだったならば、そのように扱って見たかったのですがね。
 まったく心ない考えをしてしまったものだ」
   とて、笑ひたまふに、面赤みておはする、いと若くをかしげなり。
 
 と言って、お笑いになると、顔を赤くしていらっしゃる、とても若く美しい様子である。
 
   硯引き寄せたまうて、手習に、  硯を引き寄せなさって、手習いに、
 

349
 「恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら
 いかなる筋を 尋ね来つらむ
 「ずっと恋い慕っていたわが身は同じであるが
  その娘はどのような縁でここに来たのであろうか
 
   あはれ」  ああ、奇縁だ」
   と、やがて独りごちたまへば、「げに、深く思しける人の名残なめり」と見たまふ。
 
 と、そのまま独り言をおっしゃっるので、「なるほど、深くお愛しになった女の忘れ形見なのだろう」と御覧になる。
 
 
 

第九段 玉鬘の六条院生活始まる

 
   中将の君にも、  中将の君にも、
   「かかる人を尋ね出でたるを、用意して睦び訪らへ」  「このような人を尋ね出したので、気をつけて親しく訪れなさい」
   とのたまひければ、こなたに参うでたまひて、  とおっしゃったので、こちらに参上なさって、
   「人数ならずとも、かかる者さぶらふと、まづ召し寄すべくなむはべりける。
 御渡りのほどにも、参り仕うまつらざりけること」
 「つまらない者ですが、このような弟もいると、まずはお召しになるべきでございましたよ。
 お引っ越しの時にも、参上してお手伝い致しませんでしたことが」
   と、いとまめまめしう聞こえたまへば、かたはらいたきまで、心知れる人は思ふ。
 
 と、たいそう実直にお申し上げになるので、側で聞いているのもきまりが悪いくらいに、事情を知っている女房たちは思う。
 
   心の限り尽くしたりし御住まひなりしかど、あさましう田舎びたりしも、たとしへなくぞ思ひ比べらるるや。
 御しつらひよりはじめ、今めかしう気高くて、親、はらからと睦びきこえたまふ御さま、容貌よりはじめ、目もあやにおぼゆるに、今ぞ、三条も大弐をあなづらはしく思ひける。
 まして、監が息ざしけはひ、思ひ出づるもゆゆしきこと限りなし。
 
 思う存分に数奇を凝らしたお住まいではあったが、あきれるくらい田舎びていたのが、何とも比べようもなく思われるよ。
 お部屋のしつらいをはじめとして、当世風で上品で、親、姉弟として親しくお付き合いさせていただいていらっしゃるご様子、容貌をはじめ、目もくらむほどに思われるので、今になって、三条も大弍を軽々しく思うのであった。
 まして、大夫の監の鼻息や態度は、思い出すのも忌ま忌ましいことこの上ない。
 
 
   豊後介の心ばへをありがたきものに君も思し知り、右近も思ひ言ふ。
 「おほぞうなるは、ことも怠りぬべし」とて、こなたの家司ども定め、あるべきことどもおきてさせたまふ。
 豊後介もなりぬ。
 
 豊後介の心根を立派なものだと姫君もご理解なさりになり、右近もそう思って口にする。
 「いい加減にしていたのでは不行き届きも生じるだろう」と考えて、こちら方の家司たちを任命して、しかるべき事柄を決めさせなさる。
 豊後介も家司になった。
 
   年ごろ田舎び沈みたりし心地に、にはかに名残もなく、いかでか、仮にても立ち出で見るべきよすがなくおぼえし大殿のうちを、朝夕に出で入りならし、人を従へ、事行なふ身となれば、いみじき面目と思ひけり。
 大臣の君の御心おきての、こまかにありがたうおはしますこと、いとかたじけなし。
 
 長年田舎に沈淪していた心地には、急にすっかり変わり、どうして、仮にも自分のような者が出入りできる縁さえないと思っていた大殿の内を、朝な夕なに出入りし、人を従えて、事務を行う身」となることができたのは、たいそう面目に思った。
 大臣の君のお心配りが、細かに行き届いて世にまたとないほどでいらっしゃることは、たいそうもったいない。
 
 
 

第五章 光る源氏の物語 末摘花の物語と和歌論

 
 

第一段 歳末の衣配り

 
   年の暮に、御しつらひのこと、人びとの装束など、やむごとなき御列に思しおきてたる、「かかりとも、田舎びたることや」と、山賤の方にあなづり推し量りきこえたまひて調じたるも、たてまつりたまふついでに、織物どもの、我も我もと、手を尽くして織りつつ持て参れる細長、小袿の、色々さまざまなるを御覧ずるに、  年の暮に、お飾りのことや、女房たちの装束などを、高貴な夫人方と同じようにお考えおいたが、「器量はこうでも、田舎めいている点もありはしないか」と、山里育ちのように軽んじ想像申し上げなさって仕立てたのを、差し上げなさる折に、いろいろな織物を、我も我もと、技を競って織っては持って上がった細長や、小袿の、色とりどりでさまざまなのを御覧になると、
   「いと多かりけるものどもかな。
 方々に、うらやみなくこそものすべかりけれ」
 「たいそうたくさんの織物ですね。
 それぞれの方々に、羨みがないように分けてやるとよいですね」
   と、上に聞こえたまへば、  と、紫の上にお申し上げなさると、
   御匣殿に仕うまつれるも、こなたにせさせたまへるも、皆取う出させたまへり。
 
 御匣殿でお仕立て申したのも、こちらでお仕立てさせなさったのも、みな取り出させなさっていた。
 
 
   かかる筋はた、いとすぐれて、世になき色あひ、匂ひを染めつけたまへば、ありがたしと思ひきこえたまふ。
 
 このような方面のことはそれは、とても上手で、世に類のない色合いや、艶を染め出させなさるので、めったにいない人だとお思い申し上げになさる。
 
   ここかしこの擣殿より参らせたる擣物ども御覧じ比べて、濃き赤きなど、さまざまを選らせたまひつつ、御衣櫃、衣筥どもに入れさせたまうて、おとなびたる上臈どもさぶらひて、「これは、かれは」と取り具しつつ入る。
 上も見たまひて、
 あちらこちらの擣殿から進上したいくつもの擣物をご比較なさって、濃い紫や赤色などを、さまざまお選びになっては、いくつもの御衣櫃や、衣箱に入れさせなさって、年配の上臈の女房たちが伺候して、「これは、あれは」と取り揃えて入れる。
 紫の上も御覧になって、
   「いづれも、劣りまさるけぢめも見えぬものどもなめるを、着たまはむ人の御容貌に思ひよそへつつたてまつれたまへかし。
 着たる物のさまに似ぬは、ひがひがしくもありかし」
 「どれもこれも、劣り勝りの見えないもののようですが、お召しになる人のご器量に似合うように選んで差し上げなさい。
 お召し物が似合わないのは、みっともないことですから」
   とのたまへば、  とおっしゃると、
   大臣うち笑ひて、  大臣も笑って、
   「つれなくて、人の御容貌推し量らむの御心なめりな。
 さては、いづれをとか思す」
 「それとなく、他の人たちのご器量を想像しようというおつもりのようですね。
 では、あなたはどれをご自分のにとお思いですか」
   と聞こえたまへば、  と申し上げなさると、
   「それも鏡にては、いかでか」  「それは鏡で見ただけでは、どうして決められましょうか」
   と、さすが恥ぢらひておはす。
 
 と、そうは言ったものの恥ずかしがっていらっしゃる。
 
 
   紅梅のいと紋浮きたる葡萄染の御小袿、今様色のいとすぐれたるとは、かの御料。
 桜の細長に、つややかなる掻練取り添へては、姫君の御料なり。
 
 紅梅のたいそうくっきりと紋が浮き出た葡萄染の御小袿と、流行色のとても素晴らしいのは、こちらのお召し物。
 桜の細長に、艶のある掻練を取り添えたのは、姫君の御料である。
 
   浅縹の海賦の織物、織りざまなまめきたれど、匂ひやかならぬに、いと濃き掻練具して、夏の御方に。
 
 浅縹の海賦の織物で、織り方は優美であるが、鮮やかな色合いでないものに、たいそう濃い紅の掻練を付けて、夏の御方に。
 
   曇りなく赤きに、山吹の花の細長は、かの西の対にたてまつれたまふを、上は見ぬやうにて思しあはす。
 「内の大臣の、はなやかに、あなきよげとは見えながら、なまめかしう見えたる方のまじらぬに似たるなめり」と、げに推し量らるるを、色には出だしたまはねど、殿見やりたまへるに、ただならず。
 
 曇りなく明るくて、山吹の花の細長は、あの西の対の方に差し上げなさるのを、紫の上は見ぬふりをして想像なさる。
 「内大臣が、はなやかで、ああ美しいと見える一方で、優美に見えるところがないのに似たのだろう」と、お言葉どおりだと推量されるのを、顔色にはお出しにならないが、殿がご覧やりなさると、ただならぬ関心を寄せているようである。
 
 
   「いで、この容貌のよそへは、人腹立ちぬべきことなり。
 よきとても、物の色は限りあり、人の容貌は、おくれたるも、またなほ底ひあるものを」
 「いや、この器量比べは、当人の腹を立てるに違いないことだ。
 よいものだといっても、物の色には限りがあり、人の器量というものは、劣っていても、また一方でやはり奥底のあるものだから」
   とて、かの末摘花の御料に、柳の織物の、よしある唐草を乱れ織れるも、いとなまめきたれば、人知れずほほ笑まれたまふ。
 
 と言って、あの末摘花の御料に、柳の織物で、由緒ある唐草模様を乱れ織りにしたのも、とても優美なので、人知れず苦笑されなさる。
 
   梅の折枝、蝶、鳥、飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に、濃きがつややかなる重ねて、明石の御方に。
 思ひやり気高きを、上はめざましと見たまふ。
 
 梅の折枝に、蝶や、鳥が、飛び交い、唐風の白い小袿に、濃い紫の艶のあるのを重ねて、明石の御方に。
 衣装から想像して気品があるのを、紫の上は憎らしいとお思いになる。
 
   空蝉の尼君に、青鈍の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子の御衣、聴し色なる添へたまひて、同じ日着たまふべき御消息聞こえめぐらしたまふ。
 げに、似ついたる見むの御心なりけり。
 
 空蝉の尼君に、青鈍色の織物、たいそう気の利いたのを見つけなさって、御料にある梔子色の御衣で、聴し色なのをお添えになって、同じ元日にお召しになるようにとお手紙をもれなくお回しになる。
 なるほど、似合っているのを見ようというお心なのであった。
 
 
 

第二段 末摘花の返歌

   皆、御返りどもただならず。
 御使の禄、心々なるに、末摘、東の院におはすれば、今すこしさし離れ、艶なるべきを、うるはしくものしたまふ人にて、あるべきことは違へたまはず、山吹の袿の、袖口いたくすすけたるを、うつほにてうち掛けたまへり。
 御文には、いとかうばしき陸奥紙の、すこし年経、厚きが黄ばみたるに、
 すべて、お返事は並大抵ではない。
 お使いへの禄も、それぞれに気をつかっていたが、末摘花は、東院にいらっしゃるので、もう少し違って、一趣向あってしかるべきなのに、几帳面でいらっしゃる人柄で、定まった形式は違えなさらず、山吹の袿で、袖口がたいそう煤けているのを、下に衣も重ねずにお与えになった。
 お手紙には、とても香ばしい陸奥国紙で、少し古くなって厚く黄ばんでいる紙に、
   「いでや、賜へるは、なかなかにこそ。
 
 「どうも、戴くのは、かえって恨めしゅうございまして。
 
 

350
 着てみれば 恨みられけり 唐衣
 返しやりてむ 袖を濡らして」
  着てみると恨めしく思われます、この唐衣は
  お返ししましょう、涙で袖を濡らして」
 
   御手の筋、ことに奥よりにたり。
 いといたくほほ笑みたまひて、とみにもうち置きたまはねば、上、何ごとならむと見おこせたまへり。
 
 ご筆跡は、特に古風であった。
 たいそう微笑を浮かべなさって、直ぐには手放しなさらないので、紫の上は、どうしたのかしらと覗き込みなさった。
 
   御使にかづけたる物を、いと侘しくかたはらいたしと思して、御けしき悪しければ、すべりまかでぬ。
 いみじく、おのおのはささめき笑ひけり。
 かやうにわりなう古めかしう、かたはらいたきところのつきたまへるさかしらに、もてわづらひぬべう思す。
 恥づかしきまみなり。
 
 お使いに取らせた物が、とてもみすぼらしく体裁が悪いとお思いになって、ご機嫌が悪かったので、御前をこっそり退出した。
 ひどく、ささやき合って笑うのであった。
 このようにむやみに古風に体裁の悪いところがおありになる振る舞いに、手を焼くのだとお思いになる。
 気恥ずかしくなる目もとである。
 
 
 

第三段 源氏の和歌論

 
   「古代の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』かことこそ離れねな。
 まろも、その列ぞかし。
 さらに一筋にまつはれて、今めきたる言の葉にゆるぎたまはぬこそ、ねたきことは、はたあれ。
 人の中なることを、をりふし、御前などのわざとある歌詠みのなかにては、『円居』離れぬ三文字ぞかし。
 昔の懸想のをかしき挑みには、『あだ人』といふ五文字を、やすめどころにうち置きて、言の葉の続きたよりある心地すべかめり」
 「昔風の歌詠みは、『唐衣』、『袂濡るる』といった恨み言が抜けないですね。
 自分も、同じですが。
 まったく一つの型に凝り固まって、当世風の詠み方に変えなさらないのが、ご立派と言えばご立派なものです。
 人々が集まっている中にいることを、何かの折ふしに、御前などにおける特別の歌を詠む時には『まとゐ』が欠かせぬ三文字なのですよ。
 昔の恋のやりとりは、『あだ人--』という五文字を、休め所の第三句に置いて、言葉の続き具合が落ち着くような感じがするようです」
   など笑ひたまふ。
 
 などとお笑いになる。
 
 
   「よろづの草子、歌枕、よく案内知り見尽くして、そのうちの言葉を取り出づるに、詠みつきたる筋こそ、強うは変はらざるべけれ。
 
 「さまざまな草子や、歌枕に、よく精通し読み尽くして、その中の言葉を取り出しても、詠み馴れた型は、たいして変わらないだろう。
 
   常陸の親王の書き置きたまへりける紙屋紙の草子をこそ、見よとておこせたりしか。
 和歌の髄脳いと所狭う、病去るべきところ多かりしかば、もとよりおくれたる方の、いとどなかなか動きすべくも見えざりしかば、むつかしくて返してき。
 よく案内知りたまへる人の口つきにては、目馴れてこそあれ」
 常陸の親王がお書き残しになった紙屋紙の草子を、読んでみなさいと贈ってよこしたことがありました。
 和歌の規則がたいそうびっしりとあって、歌の病として避けるべきところが多く書いてあったので、もともと苦手としたことで、ますますかえって身動きがとれなく思えたので、わずらわしくて返してしまった。
 よく内容をご存知の方の詠みぶりとしては、ありふれた歌ですね」
   とて、をかしく思いたるさまぞ、いとほしきや。
 
 とおっしゃって、おもしろがっていらっしゃる様子、お気の毒なことである。
 
   上、いとまめやかにて、  上は、たいそう真面目になって、
   「などて、返したまひけむ。
 書きとどめて、姫君にも見せたてまつりたまふべかりけるものを。
 ここにも、もののなかなりしも、虫みな損なひてければ。
 見ぬ人はた、心ことにこそは遠かりけれ」
 「どうして、お返しになったのですか。
 書き写して、姫君にもお見せなさるべきでしたのに。
 私の手もとにも、何かの中にあったのも、虫がみな食ってしまいましたので。
 まだ見てない人は、やはり特に心得が足りないのです」
   とのたまふ。
 
 とおっしゃる。
 
 
   「姫君の御学問に、いと用なからむ。
 すべて女は、立てて好めることまうけてしみぬるは、さまよからぬことなり。
 何ごとも、いとつきなからむは口惜しからむ。
 ただ心の筋を、漂はしからずもてしづめおきて、なだらかならむのみなむ、めやすかるべかりける」
 「姫君のお勉強には、必要がないでしょう。
 総じて女性は、何か好きなものを見つけてそれに凝ってしまうことは、体裁のよいものではありません。
 どのようなことにも、不調法というのも感心しないものです。
 ただ自分の考えだけは、ふらふらさせずに持っていて、おだやかに振る舞うのが、見た目にも無難というものです」
   などのたまひて、返しは思しもかけねば、  などとおっしゃって、返歌をしようとはまったくお考えでないので、
   「返しやりてむ、とあめるに、これよりおし返したまはざらむも、ひがひがしからむ」  「返してしまおう、とあるようなのに、こちらからお返歌なさらないのも、礼儀に外れていましょう」
   と、そそのかしきこえたまふ。
 
 と、お勧め申し上げなさる。
 
   情け捨てぬ御心にて、書きたまふ。
 いと心やすげなり。
 思いやりのあるお心なので、お書きになる。
 とても気安いふうである。
 

351
 「返さむと 言ふにつけても 片敷の
 夜の衣を 思ひこそやれ
 「お返ししましょうとおっしゃるにつけても
  独り寝のあなたをお察しいたします
 
   ことわりなりや」  ごもっともですね」
   とぞあめる。
 
 とあったようである。
 
 
 

【出典】

 
  出典1 世の中にあらましかばと思ふ人亡きが多くもなりにけるかな(拾遺集哀傷-一二九九 藤原為頼泳(戻)  
  出典2 犬上の鳥籠の山なる名取川いさと答へよ我が名漏らすな(古今集墨滅歌-一一〇八 読人しらず)(戻)  
  出典3 いとどしく過ぎ行く方の恋しきにうらやましくも帰る浪かな(後撰集羈旅-一三五二 在原業平)(戻)  
  出典4 思ひきや鄙の別に衰へて海人の縄たき漁りせむとは(古今集雑下-九六一 小野篁)(戻)  
  出典5 ちはやぶる金の岬を過ぐるとも我は忘れず志賀の皇神(万葉集巻七-一二三四)(戻)  
  出典6 いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べはあやしかりけり(古今集恋一-五四六 読人しらず)(戻)  
  出典7 涼源郷井不得見 胡地妻児虚棄捐(白氏文集巻三-一四四)(戻)  
  出典8 初瀬川古川野辺に二本ある杉年を経てまたも逢ひ見む二本ある杉(古今集雑体-一〇〇九 読人しらず)(戻)  
  出典9 祈りつつ頼みぞ渡る初瀬川うれしき瀬にも流れ逢ふやと(古今六帖三-一五七〇)(戻)  
  出典10 かぞいろはいかにあはれと思ふらむ三年になりぬ脚立たずして(和漢朗詠下-六六 大江朝綱)(戻)  
 
 

【校訂】

 
  備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△  
  校訂1 なるを--(/+なるを)(戻)  
  校訂2 堪へず--たら(ら/$へ<朱>)す(戻)  
  校訂3 来むと--こむ(む/+と<朱>)(戻)  
  校訂4 波路に--浪路と(と/$に<朱>)(戻)  
  校訂5 我を--我(我/+を)(戻)  
  校訂6 衣--きき(き<後出>/#<朱>)ぬ(戻)  
  校訂7 ならずは--なら(ら/+す)は(戻)  
  校訂8 観世音寺--観(観/+世)音寺(戻)  
  校訂9 残る--のこり(り/$る)(戻)  
  校訂10 いづくか--いつくる(る/$か)(戻)  
  校訂11 心どもには--心も(も/$)と(と/+も)には(戻)  
  校訂12 集へる--つとへ(へ/+る)(戻)  
  校訂13 筋は--すち(ち/+は)(戻)  
  校訂14 など--なとゝ(ゝ/#)(戻)  
  校訂15 おはします--おはし(し/+ます)(戻)  
  校訂16 渡り--(/+わたり)(戻)  
  校訂17 さぶらはせ--さふら(ら/+は<朱>)せ(戻)  
  校訂18 率て来--いて(て/+く)(戻)  
  校訂19 なるまで--なか(か/$る)まて(戻)  
  校訂20 なれば--なれる(る/#)は(戻)  
  校訂21 推し量らるる--をしは(は/+か)らるゝ(戻)  
  校訂22 蝶、鳥--てうう(う<後出>/$とり)(戻)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)大島本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。