奥の細道 飯塚の里:原文対照

信夫の里 奥の細道
飯塚の里
笠島


『おくのほそ道』
素龍清書原本 校訂
『新釈奥の細道』
   月の輪の渡しを越えて、 月の輪の渡しを越て
  瀬の上といふ宿に出づ。 瀨の上といふ宿に出づ
  佐藤庄司が旧跡は、 佐藤庄司が舊蹟は
  左の山際一里半ばかりにあり。 左の山ぎは一里半ばかりに有一本り字アリ
  飯塚の里鯖野と聞きて、尋ねたづね行くに、 飯塚の里鯖野と聞て尋ね〳〵行くに
  丸山といふに尋ねあたる。 丸山といふに大手の跡など尋ねあたる
  これ、庄司が旧館なり。 是庄司か舊舘なり
     
  麓に大手の跡など、  
  人の教ふるに任せて涙を落とし、 人のおしゆるに任せて泪をおとし
  またかたはらの古寺に一家の石碑を残す。 又かたはらの古寺に一家の碑を殘す
  中にも、ふたりの嫁がしるし、まづあはれなり。 中にも二人が嫁のしるし先哀なり
  女なれども 女なれども
  かひがひしき名の世に聞こえつるものかな かひ〳〵しき名の世に聞へつるものかな
  と、袂をぬらしぬ。  
     
  堕涙の石碑も遠きにあらず。 墮淚の石碑一本石ノ字ナシも遠きにあらず
  寺に入りて茶を乞へば、 寺に入て茶を乞へば
  ここに義経の太刀、 こゝに義經の太刀
  弁慶が笈をとどめて什物とす。 辨慶が笈をとゞめて什物とす
     

17
 笈も太刀も 五月に飾れ 紙幟  笈も太刀も 五月にかされ 紙幟
     
   五月朔日のことなり。 五月五日の事なり
  その夜、飯塚に泊る。 其夜飯塚にやとる
  温泉あれば、湯に入りて宿を借るに、 溫泉あれば湯に入て宿をかるに
  土座に筵を敷きて、あやしき貧家なり。 土座に莚を敷てあやしき貧家なり
  灯もなければ、 灯もなければ
  囲炉裏の火かげに寝所を設けて臥す。 ゐろりの火かげに寢所をまうけて臥
     
  夜に入りて雷鳴り、 夜に入て雷鳴り
  雨しきりに降りて、臥せる上より漏り、 雨しきりに降て臥せる上より雨もり
  蚤、蚊にせせられて眠らず、 蚤蚊にさゝれてさ一本せトアリ眠らず
  持病さへおこりて、また消え入るばかりになん。 持病さへおこりて消入ばかりになん
  短夜の空もやうやう明くれば、また旅立ちぬ。 短夜の空も漸〳〵明れば又旅立ぬ
     
   なほ夜のなごり、心すすまず。 猶夜の名殘こゝろすゝまず
  馬借りて桑折の駅に出づる。 馬をかり桑折の驛に出る一本コノるナシ
  遙かなる行末をかかへて、 遙なる行末をかゝへて
  かかる病おぼつかなしといへど、 かゝる病ひ覺束なしといへど
  羇旅辺土の行脚、捨身無常の観念、 羇旅邊土の行脚捨身無常の觀念
  道路に死なん、 道路に死なん
  これ天の命なりと、気力いささかとり直し、 是天命なりと氣力聊とり直し
  道縦横に踏んで、伊達の大木戸を越す。 路縱橫にふんで伊達の大木戶を越す
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飯塚の里
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