伊勢物語 86段:おのがさま あらすじ・原文・現代語訳

第85段
目離れせぬ雪
伊勢物語
第三部
第86段
おのがさまざま
第87段
布引の滝

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  いと若き男、若き女 
 
  年ごろ経て あひ離れぬ
 
 
 
 

あらすじ

 
 
 この段は、20段(楓)から24段(梓弓)までの女の子、筒井筒の子を振り返った内容(この子は梓弓で果てた)。
 21段で、もう私を忘れたかと送ってきたが、ここまで忘れられないのは君だけ、今度は離れない、という内容。
 
 「おのがさまざま」は、21段末尾の「おのが世々になりにければ、うとくなりにけり」とかかっている。
 
 ~
 
 むかし、とても若い男がとても若い女と、互いに呼び合って会っていた(あひいへりけり。20段の「よばひてあひにけり」とかけて)。
 この時は、まだ互いの親がいたので(23段で女の親は亡くなった。男の親は他の人に会わせようとしてきた。10段・23段)、
 包んで言おうとしたが、言わずじまいになっていた(それが本段の歌の心)。
 

 年頃経て、女の元に、やはり当初の志を果たそうと思った。
 年ごろ経て女のもとに、なほ心ざしはたさむとや思ひけむ
 
 「年頃」とは、数年・長年の含みをもつが、冒頭の話から男が晩年に至るまでの間。
 「女のもと」とは、あの世。
 「心ざし」とは、前段「もとの心うしなはでまうでける」を経由して、23段
 
 男は、この女をこそ得めと思ふ、女はこの男をと思ひつゝ、親のあはすれど聞かでなむありける。
 ……などいひいひて、つひにほいのごとくあひにけり

 
 そこで男は歌を詠んでやった。

 今までに 忘れぬ人は 世にあらじ おのがさまざま 年の経ぬれば
 

 ここまで長く忘れられない人は、この世にはいないよ(つまり君一人だけ。しかしあの世に行ってしまって)。
 それほどまでに、互いに年を経てしまったな。
 
 としたが、やはりやめた。
 男にとって、女は変わらず、前のままだからな。こういう所も変わらんよな。送ろうとしてやめるところも変わらんわ。
 

 男も女も、互いに離れない、目離れせぬ(前段の内容とかけて)、宮仕えに行く(と解く)。
 その心は、ずっと一緒。君のために生きる。
 
 ~
 

 前段での「君」は文脈は全く違うが、この伏線。
 つまりその君(どこかの親王)のためではなく、こっちの君のため。
 しかし仕えるべき相手がいないのも変わらんと。
 
 
 
 

原文

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第86段 おのがさまざま
   
 むかし、いと若き男、  むかし、いとわかきおとこ、  むかし。いとわかきおとこ。
  若き女をあひいへりけり。 わかき女をあひいへりけり。 わかき女をあひいへりけり。
  おのおの親ありければ、 をのをのおやありければ、 をの〳〵おや有ければ。
  つゝみていひさしてやみにけり。 つゝみていひさしてやみにけり。 つゝみていひさしてけり。
  年ごろ経て女のもとに、 年ごろへて女のもとに、 年ごろへて女のかたより
  なほ心ざしはたさむとや思ひけむ、 猶心ざしはたさむとや思ひけむ、 猶このこととげんといへりければ。
  男うたをよみてやれりけり。 おとこ、うたをよみてやれりける。 男うたをよみてやれりけり。
いかゞおもひけん。
       

156
 今までに
 忘れぬ人は世にあらじ
 今までに
 わすれぬ人は世にもあらじ
 今迄に
 忘ぬ人は世にもあらし
  おのがさまざま
  年の経ぬれば
  をのがさまざま
  としのへぬれば
  をのかさま〳〵
  年のへぬれは
       
  とてやみにけり。 とてやみにけり。 といひてやみにけり。
  男も女もあひ離れぬ おとこも女も、あひはなれぬ 男女あひはなれぬ
  宮仕へになむいでにける。 宮づかへになむいでにける。 みやづかへになんいでたち(り一本)ける。
   

現代語訳

 
 

いと若き男、若き女

 

むかし、いと若き男、若き女をあひいへりけり。
おのおの親ありければ、つゝみていひさしてやみにけり。

 
 
むかし、いと若き男
 むかし、とても若い男が
 
 このような限定は今まで著者ではなかったが、専ら時間の形容なので著者。
 「今の翁」(むかし男の裏返し)が40段にあった。つまり気ままに書き始めて数年経過したとも見れる。
 
 「若き男若き女」とセットで、21段「むかし、男をんな」のこと。男女連続はここにしかない。
 

若き女をあひいへりけり
 (とても)若い女と、互いに呼び合い会っていた
 (20段参照。宮仕えで忙しく筒井(大和)の女の子に来てもらっていた)。
 

 あひ【相】
 :ともに。いっしょに。互いに。
 

 あひいへり:呼び合う
 「よばひてあひにけり」(20段)を言い換えた42段に出てきた言葉。
 一方的な夜這いではなく、意思疎通のある呼ばひに純粋化させた言葉。
 42段(誰が通ひ路)では小町の話だったが、
 ここでは大元にさかのぼって、20段の子、筒井筒・梓弓の子。
 

おのおの親ありければ
 (この頃はまだ)各々親がいたので
 
 筒井筒で女の子の親は亡くなった。
 84段では男の母親が別れを嘆いていた(その後は不明)。
 

つゝみて、いひさして、やみにけり
 包んで(何か)言おうとして、やはりやめた。
 

 いひさす 【言ひさす】
 :途中まで言いかけてやめる。
 
 つまり、ここまでは筒井筒で本意を遂げる前の段階の話。
 
 

年ごろ経て

 

年ごろ経て女のもとに、なほ心ざしはたさむとや思ひけむ、
男うたをよみてやれりけり。
 
今までに 忘れぬ人は世にあらじ
 おのがさまざま 年の経ぬれば
 
とてやみにけり。

 
 
年ごろ経て女のもとに
 年を経て女のもとに
 

 としごろ【年頃】
 :長年の間。長年。数年間。数年来。
 
 ここで長年と解すると時期を失するように見えるが、既に時期は失した。
 一緒になりつつ、梓弓で宮仕えに出て離れ離れになって、女は果てた。
 

なほ心ざしはたさむとや思ひけむ
 なお当初の志しを果たそうと思った。
 
 当初は前段の「もとの心うしなはで」から読み込む。
 「はたさむ」は、女が果てたことを受けている。
 
 つまり、今度は一緒にいようと思った。
 二人は古からの関係なので。
 「いにしへゆくさきのことどもなどいひて」
 「いにしへよりもあはれにてなむ通ひける」(22段)
 

男うたをよみてやれりけり
 男が歌を詠んで捧げる。
 

今までに 忘れぬ人は世にあらじ
 今まで、ここまで忘れなかった人は、この世にはいないよ
 

おのがさまざま 年の経ぬれば
 わたし達もあれから色々、年をくってしまったな
 

 21段とはいひけれど、おのが世々になりにければ、うとくなりにけり
 

 おの【己】
 :自分自身。私。
 小野の雪とかけ、小町より付き合いが長いし、何より妻だったのだから、自ら会いにゆきにけり。
 

とてやみにけり
 としてやはりやめた。女は若いままだから。
 
 

あひ離れぬ

 

男も女もあひ離れぬ宮仕へになむいでにける。

 
 
男も女もあひ離れぬ
 (今度は)男も女も互いにもう離れない
 

 「あひ」は、互いにと強調の接頭を掛けている。
 

 「離れぬ」とは、離れたという意味ではない。
 「ぬ」はとり方によって真逆の意味になるが、それを利用し、かつて離れてしまったが、それを暗示させながら、離れないという意味。
 この言葉は、文脈から判断しなければ意味を確定できない。それだけで決められるものではない。
 

宮仕へになむいでにける
 宮仕えにしようと思った。
 
 そして今日も仕事に行く。