伊勢物語 42段:誰が通ひ路 あらすじ・原文・現代語訳

第41段
 紫
伊勢物語
第二部
第42段
誰が通ひ路
第43段
しでの田長

 
 目次
 

 ・あらすじ(大意)
 

 ・原文対照
 

 ・現代語訳(逐語解説)
 
  知る知る女 なほはた得あらざり  
 
 

あらすじ

 
 
 むかし、男が「色好みと知る知る女」と近しくしていたが、ある理由で離れた。たまに会っても、なお後ろめたかった。
 そうして二日三日ほど会えない折、自分の通った道を、今は誰かが通るかと思う、と疑わしさで思った。そういう内容。
 
 なお「知る知る」とは、知りながらという意味ではない。知っていたけど我慢できなくなった? アホ?
 色好みと知られている、男が(近くでよく)知っている女という意味。明らかに多義性を意図した言葉。
 

 そしてこの段だけ見れば何のことか分からない。
 このような描写それ自体に文学的意味がある、というのならともかく。
 

 「色好み」とは、この物語で女にかけて言う時、小町(25段・逢はで寝る、37段・下紐等)。
 しかし男の「色好み」は、基本軽薄な色情として描かれる(39段・源の至)。
 

 小町は、そういう男達にたかられた話が伝わっている(小町針)。その時の情況のみ残した記録(事実の記載が全くない)。
 これを物語の形で残したのが竹取。25段の歌を小町の名で残しているのはその仕込み。証拠づくりの一環。
 

 同様の存在が紀有常。「あてなる男」があてられ(16・38・107段)、セットで色好み女が、37段に配置され、44段で送別会をする。
 有常は貴族だが、小町は簡単に名は出せない(累が及ぶ)。これ以上を虫をつけるわけにはいかない。
 
 

原文対照

男女
及び
和歌
定家本 武田本
(定家系)
朱雀院塗籠本
(群書類従本)
  第42段 誰が通ひ路
   
 むかし、男  昔、おとこ、  昔男。
  色好みと知る知る女を いろごのみとしるしる、女を 色ごのみとしる〳〵。
  あひ言へりけり。 あひいへりけり。 女をあひしけり。
       
  されど憎くはたあらざりけり。 されどにくゝはたあらざりけり。 にくゝもあらざり
  しばしばいきけれど しばしばいきけれど、 けれど。
  なほいと 猶いと なをいとうたがひ
  後めたく、 うしろめたく、 うしろめたなし[き歟]うへに。
  さりとて、いかではた得あるまじかりけり。 さりとて、いかではたえあるまじかりけり。 いとたゞには。
  なほはた得あらざりけるなかなりければ、 なをはたえあらざりけるなかなりければ あらざりけり。
  二日三日ばかりさはることありて、 ふつかみか許、さはることありて、 ふつかばかりいかで。
  えいかでかくなむ。 えいかでかくなむ。 かくなん。
       

79
 出でて来し
 あとだに未だ
 かはらじを
 いでゝこし
 あとだにいまだ
 かはらじを
 出て行
 あと(みち一本)たにいまた
 かはかぬに
  誰が通ひ路と
  今はなるらむ
  たがゝよひぢと
  いまはなるらむ
  たか通路と
  今はなるらん
       
  もの疑はしさに詠めるなり。 ものうたがはしさによめるなりけり。 ものうたがはしさに。よめるなり。
   

現代語訳

 
 

知る知る女

 

むかし、男
色好みと知る知る女をあひ言へりけり。
されど憎くはたあらざりけり。
しばしばいきけれどなほいと後めたく、さりとて、いかではた得あるまじかりけり。

 
 
むかし男
 むかし、男が
 

色好みと知る知る女を
 色好みと知られている、(男がよく)知っている女を
 

 色好み
 色恋ごとを好む。
 この物語においてこの言葉が女につく場合、小町として用いられる(25段・28段・37段等)。
 したがって、ここでは多情という意味はない。言い寄る(きも)男達を断固拒否した小町針のエピソード参照。
 ただし、男につけば色情過多の意味をもつ(39段・源の至)。つまり女は恋に生きて、男は硬派たるべきという著者の思想。これがこの段一番の趣旨。
 よって、著者は、人目もはばからず女につきまとう業平とは相容れない(65段)。
 

あひ言へりけり
 互いに呼び合い会っていた。
  

 あひ【相】
 :ともに。いっしょに。互いに。
 

 あひ言ふ:呼び合う
 

 あひいへりけり:「よばひてあひにけり」(20段)を言い換えた言葉。著者特有の言葉だろう。このような概念の区別は学者でもまずしない。
 一方的な夜這いではなく、意思疎通のある呼ばひに純粋化させた意味。
 そうするほど色々近い関係。麗しき友(46段)。友達=男!ではない。アホですか。
 

されど憎く
 しかし(さすがの彼女なので)心憎く
 
 憎し
 現代と同じ。ここではさすが(なれている間柄で、若干からかって、すごいね)という意味。いよっ憎いね。
 なぜなら色好みで知られているから。モテているから。ただし変なのばかりに(小町針→竹取)。 

 「あはじともいはざりける女の、 さすがなりける」(25段。これを「色好みなる女(=小町)」のこととしている)

 つまり、「むかし男」は、拒絶されている他の男達とは違う立場にいた。言い寄る文脈ではなく近くにいた。
  
 加えて、そのように彼女が面倒ごとに巻き込まれることで、
 38段にあるように、思うにまかせない≒恋というのか(あ、好きかも)という意味。憎からず。)
 

はたあらざりけり
 (そんなこんなで)近くにはいないようになったので、
 

 はた:【端・機・服】
 ①近く
 ②機織仕事

 これをまとめて、男女が一緒に縫殿で働くこと(だから、二人で六歌仙)。
 小町が「そとおりひめ」の流れで機織と結びつくことは、37段・下紐を参照。そして紐は結ぶもの。
 
 この「はた」を塗籠本は省略するが、このような難儀な意味をとれなかったからだろう。
 

しばしばいきけれど
 しばしばこちらから会いには行ったが、
 

なほいと
 なおまだ(とても)
 
 なおだけで強調の意味があるので、非常に。
 

後めたく
 後ろめたく
 
 これはつまり、37段の下紐にある「色好みなりける女に逢へりけり。 うしろめたくや思ひけむ」の内容。
 後ろめたいから、「下紐解くな」(おおっぴらにしないで)といっている。そこで小町は、二人で結んだ紐だもの、と言っている。
 
 何が後ろめたいかといえば、
 二人でわんさか恋歌をつくって、名出しの小町が色好み(多情)とされ、変なのがわんさか沸いてきたこと(昔のスーパーアイドル&オタク。竹取)。
 二つ目には、小町の近くにはいるが、男には24段・梓弓の妻がいたこと。その子は既に果てたが、どちらにも礼儀に欠けると思っている。
 でも小町をこのまま放っておくのも礼儀に欠けると思う。そしてやっぱ憎からぬ。
 

さりとていかで
 そうはいうものの、どうして
 

はた得あるまじかりけり
 会ってはいけないことがあるだろうか、いやどうだろうか。
 

 はた:【将】
 やはり、いやまてよ。「はたと」 二つのことの並立・対立。
 →このはたは、前述のはたと同音異義で用いており著者の特徴。「知る知る」も同じ。
 そして、このはたには「さりとて」という意味もある。したがって、前後の連結は確実に意図している。
 よって、塗籠がここでも「はた」を無視するのは、明確に誤り。
 この物語はバラバラではない。つながっている。作者がバラバラとか言うは、読めていないだけ。
 
 

なほはた得あらざり

 

なほはた得あらざりけるなかなりければ、
二日三日ばかりさはることありて、えいかでかくなむ。
 
出でて来し あとだに未だ かはらじを
 誰が通ひ路と 今はなるらむ
 
もの疑はしさに詠めるなり。

 
なほはた得あらざりけるなかなりければ
 なおエンエンどっちつかずの心境であった所
 

二日三日ばかりさはることありて
 数日ほど差し支えがあって
 (仕事の所用があって)
 

 さはり
 差し支え(仕事が入ること。特に判事の用語。→六歌仙の経歴を参照)
 

えいかでかくなむ
 行くことができなかったので
 

 え+いか+で+かくなむ(このように・順接)
 

出でて来し
 出てきた
 

あとだに未だ
 後は未だに
 

かはらじを
 変わらないか
 

誰が通ひ路と
 誰かが通う道に
 

今はなるらむ
 今はなっているか
  

もの疑はしさに詠めるなり
 と、もの疑わしさに詠んだのである。 つまり、あ…好きなのかも。
  
 他の男が小町によりつかないか心配。
 いやまてよ、さりとてそういう立場でもないかと、はたと思う。変わらんなあと。