和泉式部日記 和歌一覧 147首

概要 和泉式部日記
和歌一覧
全文

 

 『和泉式部日記』和歌一覧・147首。群書類従と三條西家本の対照。目次はこちらから。

 内訳:上の句のみ発句1(83)、連歌2(94+95、132+133)、短歌142首。

 ブラウザでの検索の便宜上、々以外の繰り返し記号と旧字は置き換え、上下、5・7・5の句で区切った。

 

 「中古三十六歌仙の一人、小倉百人一首にもその歌が収められている、平安時代を代表する歌人である和泉式部にふさわしく、日記のなかに和歌の贈答の場面が頻出し、この作品を大きく特徴付けている」(Wikipedia「和泉式部日記」)という評があるが、贈答歌は蜻蛉日記など平安女子の歌物の基本。本作品の大きな特徴というのはどうか。源氏物語では795首の8割以上が贈答。加えて女子は口語調で多作(他方男はこねて作る。土佐日記60首、奥の細道66首)。しかし名のある女子の中では多い方とまでは言えない(cf. 蜻蛉日記261+50首)。

 

 『和泉式部日記』の和歌の特徴としては、以下の目次に示すように四季や配分を全く重視してないことがある。気ままに詠むこと自体は悪くないが、中の方の句で大して意図を感じない字余りが目につく。

 それが『紫式部日記』での評につながるものと思う(和泉式部といふ人こそ、おもしろう書き交はしける。されど和泉はけしからぬかたこそあれ、うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才ある人、はかない言葉のにほひも見えはべるめり。歌はいとをかしきこと。ものおぼえ、歌のことわりまことの歌詠みざまにこそはべらざめれ、口にまかせたることどもに、かならずをかしき一ふしの、目にとまる詠み添へはべり)。

 本作において、微妙な部分で諸本の歌詞がしばしば異なることは「かならずをかしき一ふしの目にとまる」ということの反映かもしれない。超一流の作品ではそうした印象はないし、総体の配置・配分に感心できる意図を感じる。

 歌詞の印象としては、葛城の神などの古語も用いつつ、所々奇をてらう。なん→南(19, 25) ばかり→計(79, 137) らん→覧(9, 100) けん→劔(103)という表記は、そうした彼女の歌風の一例とは言えないだろうか。他作品で記憶にないがこうした表記はあるのだろうか。写す段階で平仮名にされてしまうと分からないが「見る覧」というのを見ると「ハテ?」となり、良く見ると「おお」となる。王道の歌詞の含みとは違って遊びのような感じもするが、中々面白く印象に残る。

 

目次
  長保5年(1003年)
4月 14首
5月-6月 32首
7月 6首
8月 11首
9月 13首
10月 49首
11月 22首
12月 0首
  寛弘元年(1004年)
1月 0首

 


 

歌番 上段:群書類従
下段:三條西家本

 

4月

1 かほる香に よそふるよりは 郭公
 きかはや同し 声やまさると
かほるかに よそふるよりは ほととぎす
 きかばやおなじ こゑやしたると
2 同しえに なきつつをりし 郭公
 声はかはらぬ ものとしらなん
おなじ枝に なきつつおりし ほととぎす
 こゑはかはらぬ ものとしらずや
3 うちいてても ありにし物を 中々に
 苦しきまても 歎くけふ哉
うちいでても ありにしものを 中々に
 くるしきまでも なげくけふかな
4 けふのまの 心にかへて 思ひやれ
 詠めつつのみ すくす月日を
けふのまの 心にかへて おもひやれ
 ながめつつのみ すぐす心を
5 語らはは 慰む方も ありやせん
 いふかひなくは 思はさらなむ
かたらはば なぐさむことも ありやせん
 いふかひなくは おもはざらなん
6 慰むと きけは語ら まほしけれと
 みの憂事に いふかひそなき
なぐさむと きけばかたら まほしけれど
 身のうきことぞ いふかひもなき
7 はかもなき 夢をたにみて 明しては
 何をか夏の 夜語りにせむ
はかもなき 夢をだにみで あかしては
 なにをかのちの よがたりにせん
8 よと共に ぬるとは袖を 思ふみも
 のとかに夢を 見る宵そなき
夜とともに ぬるとは袖を おもふ身も
 のどかに夢を みるよひぞなき
9 恋といへは よの常のとや 思ふ覧
 今朝の心は たくひたになし
こひといへば よのつねのとや おもふらん
 けさのこころは たぐひだになし
10 よの常の 事ともさらに おもほえす
 初て物を おもふみなれは
世のつねの ことともさらに おもほえず
 はじめてものを 思ふあしたは
11 またましも かはかりこそは 有まし〈か〉
 思もかけぬ けふの夕暮
またましも かばかりこそは あらましか
 おもひもかけぬ けふのゆふぐれ
12 ひたすらに まつ共いはは 休らはて
 行へきものを 妹か家路に
ひたぶるに まつともいはば やすらはで
 ゆくべきものを 君がいへぢに
13 かかれとも 覚束なくも 思ほへて
 是も昔の えにこそあるらめ
かかれども おぼつかなくも おもほえず
 これもむかしの さきこそあるらめ
14 郭公 よに隱れたる 忍ひねを
 いつかはきかん けふしすきなは
ほととぎす よにかくれたる しのびねを
 いつかはきかん けふもすぎなば

 

5月-6月

15 忍ひねは くるしきものを 郭公
 こたかき声を けふよりはきけ
しのびねは くるしきものを 時鳥
 こだかきこゑを けふよりはきけ
16 いさやまた かかる思を 知ぬ哉
 あひてもあはて 明るものとは
いさやまだ かかるみちをば しらぬかな
 あひてもあはで あかすものとは
17 よと共に 物思ふ人は 夜とても
 うちとけてめの あふ時もなし
よとともに 物おもふ人は よるとても
 うちとけてめの あふ時もなし
18 おりすきは さてもこそやめ 五月雨の
 今宵菖蒲の ねをやかけまし
おりすぎて さてもこそやめ さみだれて
 こよひあやめの ねをやかけまし
19 つらけれと 忘れやはする 程ふれは
 いと恋しきに けふはまけ南
すぐすをも わすれやすると 程ふれば
 いと戀しさに けふはまけなん
20 まくるとも みえぬ物から 玉葛
 とふ人すらも たえまかちにて
まくるとも みえぬものから 玉かづら
 とふひとすぢも たえまがちにて
21 あけさりし 槙の戸口に 立なから
 つらき心の ためしとそ見し
あけざりし まきのとぐちに たちながら
 つらき心の ためしとぞみし
22 いかてかは 槙の板戸も さしながら
 つらき心の ありなしをみん
いかでかは まきのとぐちを さしながら
 つらきこころの ありなしをみん
23 おほかたに さみたるるとや 思ふらん
 君恋渡る けふの詠めを
おほかたに さみだるるとや おもふらん
 君こひわたる けふのながめを
24 忍ふらん 物ともしらて をのかたた
 みをしる雨と 思ひける哉
しのぶらん ものともしらで をのがただ
 身をしる雨と おもひけるかな
25 ふれはよの いとと憂身の しらるるを
 今日の詠めに 水増ら南
ふればよの いとどうさのみ しらるるに
 けふのながめに 水まさらなん
26 何せんに みをさへ捨てんと 思らん
 天か下には 君のみやふる
なにせんに 身をさへすてんと 思ふらん
 あめのしたには 君のみやふる
27 よもすから 何事をかは おもひつる
 窓うつ雨の 音をききつつ
よもすがら なにごとをかは おもひつる
 まどうつ雨の をとをききつつ
28 我もさそ 思やりつる雨の音を
 させるつまなき 宿はいかにと
われもさぞ おもひやりつる 雨のをとを
 させるつまなき やどはいかにと
29 大水の きしつきたるに くらふれと
 深き心は なをそまされる
おほ水の きしつきたるに くらぶれど
 ふかきこころは われぞまされる
30 今はよも きしもせしかし 大水の
 深きこころは 川と見せつつ
いまはよも きしもせじかし おほ水の
 ふかきこころは 川とみせつつ
31 よひことに 返しはすれと いかて猶
 曉おきは 君になさせし
よひごとに かへしはすとも いかでなを
 あかつきおきを 君にせさせじ
32 朝露に おくる思ひに くらふれは
 たたに帰らん 宵はまされり
あさ露の おくる思ひに くらぶれば
 ただにかへらん よひはまされり
33 ころしても 猶あかぬ哉 ねぬ鳥の
 折ふししらぬ 今朝の初声
ころしても 猶あかぬかな にはとりの
 おりふししらぬ けさの一こゑ
34 いかかとは 我こそ思へ 朝な朝な
 なききかせつる 鳥を殺せは
いかにとは われこそおもへ あさなさな
 なききかせつる とりのつらさは
いかがとは われこそおもへ 朝な朝な
 なききかせつる とりのこころは(應永本)
35 我ことく おもひはいつや 山のはの
 月にかけつつ なけく心を
わがごとく おもひはいづや 山の葉の
 月にかけつつ なげくこころを
36 一夜見し 月そと思へと 詠れは
 心もゆかす めはそらにして
ひと夜みし 月ぞと思へば ながむれど
 心もゆかず めはそらにして
37 松山に 波高しとは 見てしかと
 今日の詠めは たたならぬかな
まつ山に なみたかしとは 見てしかど
 けふのながめは ただならぬかな
38 君をこそ 末の松とは 思ひつれ
 ひとしなみには 誰かこゆへき
君をこそ すゑの松とは ききわたれ
 ひとしなみには たれかこゆべき
39 つらしとも 又恋しとも 樣々に
 思ふ事こそ たえせさりけり
つらしとも 又恋しとも さまざまに
 おもふことこそ ひまなかりけれ
40 あふ事は とまれかくまれ 歎かしを
 恨絕えせぬ 中となりせは
あふ事は とまれかうまれ なげかじを
 うらみたえせぬ かなとなりなば
41 月をみて あれたる宿に 詠むとは
 見にこぬ迄も 誰につけよと
月をみて あれたるやどに ながむとは
 見にこぬまでも たれにつげよと
42 こころみに 雨もふらなん 宿過て
 浦行月の 影やとまると
こころみに 雨もふらなん やどすぎて
 そら行月の かげやとまると
43 あちきなく 雲井の月に さそはれて
 影こそいつれ 心やはゆく
あぢきなく 雲井の月に さそはれて
 かげこそいづれ こころやはゆく
44 我ゆへに 月を詠むと つけつれは
 まことかと見に 出てきにけり
我ゆへに 月をながむと つげつれば
 まことかと見に いでてきにけり
45 よしやよし 今はうらみし 磯に出て
 こき離れ行 海人の小舟を
よしやよし いまはうらみじ いそにいでて
 こぎはなれ行 あまのを舟を
46 袖の浦に たたわかやくと しほたれて
 船流したる 蜑(あま)とこそなれ
袖のうらに ただわがやくと しほたれて
 舟ながしたる あまとこそなれ

 

7月

47 思ひきや 七夕つめに みをなして
 天の河原を なかむへしとは
おもひきや 七夕つめに 身をなして
 あまのかはらを ながむべしとは
48 詠むらん 空をたにみす 棚機に
 いまるはかりの 我みと思へは
ながむらん 空をだにみず 七夕に
 いまるばかりの 我身とおもへば
49 ね覚ねは きかぬ成らん 荻風は
 ふかさらめやは 秋のよなよな
ねざめねば きかぬなるらん おぎ風は
 ふかざらめやは 秋のよなよな
50 荻風は ふかはいもねて 今よりそ
 驚すかと きくへかりける
おぎかぜは ふかばいもねで いまよりぞ
 をどろかすかと きくべかりける
51 徙然と 秋の日頃の ふるままに
 思ひしらせぬ あやしかりしも
くれぐれと 秋の日ごろの ふるままに
 おもひしられぬ あやしかりしも
52 人はいさ われはわすれす 日をふれと
 秋の夕暮 ありしあふこと
             ほどふれど
 秋のゆふぐれ ありしあふこと

 

8月

53 関越て けふそとふとや 人はしる
 思ひたえせぬ こころ遣ひを
せきこえて けふぞとふとや 人はしる
 おもひたえせぬ こころづかひを
54 あふみちは わすれぬめりと みし程に
 関打越て とふ人はたれ
あふみぢは わすれぬめりと みしものを
 せきうちこえて とふ人やたれ
55 山なから うみはこくとも 都へは
 なにか打出の 濱をみるへき
山ながら うきはたつとも みやこへは
 いつかうちでの はまは見るべき
56 尋ゆく 逢坂山の かひもなく
 おほめくはかり わするへしやは
たづねゆく あふさか山の かひもなく
 おぼめくばかり わするべしやは
57 うきにより ひたやこもりと 思ふとも
 近江の海は 打出て見よ
うきにより ひたやごもりと おもふとも
 あふみのうみは うちでてを見よ
58 関山の せきともあられぬ なみたこそ
 近江の海と 流いつらめ
せき山の せきとめられぬ 涙こそ
 あふみのうみと ながれいづらめ
59 心みに をのが心も こころみむ
 いさ都へと きてさそひ見ん
こころみに をのが心も こころみむ
 いざみやこへと きてさそひみよ
60 あさましや のりの山ちに 入そめて
 都へいさと 誰さそひけん
あさましや のりの山ぢに いりさして
 宮このかたへ たれさそひけん
61 山をいてて くらき道にそ たとりにし
 今一度の あふことにより
山をいでて くらきみちにぞ たどりこし
 いま一たびの あふことにより
62 なけきつつ 秋のみ空を 詠れは
 雲うちさはき 風そはけしき
なげきつつ 秋のみ空を ながむれば
 雲うちさはぎ 風ぞはげしき
63 秋風は けしきふくたに 恋しきに
 かき曇る日は いふ方そなき
秋風は 気色ふくだに かなしきに
 かきくもる日は いふかたぞなき

 

9月

64 秋の夜の 有明の月の 入まてに
 やすらひかねて 帰りにし哉
秋の夜の ありあけの月の いるまでに
 やすらひかねて かへりにしかな
65 秋のうちに 朽はてぬへく ことはりの
 雨に誰か 袖をからまし
秋のうちは くちはてぬべし ことはりの
 しぐれにたれか 袖はからまし
66 まとろまて あはれ幾夜に 成ぬらん
 只雁金を 聞わさにして
まどろまで あはれいくよに なりぬらん
 ただかりがねを きくわざにして
67 我ならぬ 人もさそみん 長月の
 晨明の月に しかしあはれは
我ならぬ 人もさぞみん なが月の
 ありあけの月に しかじあはれは
68 よそにても 同し心に 在明の
 月をみるやと 誰にとはまし
よそにても おなじ心に ありあけの
 月をみるやと たれにとはまし
69 秋のうちは くちける物を 人もさは
 我袖とのみ 思ひける哉
秋のうちは くちける物を 人もさは
 わが袖とのみ おもひけるかな
70 消ぬへき 露の命と おもはすは
 久しききくに かかりやはせむ
きえぬべき 露のいのちと 思はずば
 ひさしききくに かかりやはせぬ
71 まとろまて 雲井の雁の 音を聞は
 心つからの 業にそありける
まどろまで 雲井のかりの ねをきくは
 こころづからの わざにぞありける
72 我ならぬ 人も有明の 空をのみ
 おなし心に なかめけるかな
我ならぬ 人もありあけの 空をのみ
 おなじ心に ながめけるかな
73 よそにても 君計こそ 月はみめと
 思てゆきし けさそくるしき
よそにても 君ばかりこそ 月見めと
 おもひてゆきし けさぞくやしき
74 おしまるる 淚にかけは とまらなん
 心もしらす 秋はゆくとも
おしまるる なみだにかげは とまらなむ
 こころもしらず 秋はゆくとも
75 君ををきて いつち行らん 我たにも
 浮世中に しゐてこそふれ
君ををきて いづちゆくらん われだにも
 うき世中に しゐてこそふれ
76 打すてて 旅行人は さもあらは
 あれ又なきものに 君し思はは
うちすてて たびゆく人は さもあらば
 あれまたなきものと 君しおもはば

 

10月

77 時雨にも 露にもあらて ぬたる夜は
 あやしくぬるる 手枕の袖
時雨にも 露にもあてで ねたるよを
 あやしくぬるる たまくらのそで
78 今朝のまは 今はひぬらん ゆめ計
 ぬると見えつる 手枕の袖
けさのまに いまはけぬらん 夢ばかり
 ぬるとみえつる たまくらの袖
79 夢計 なみたにぬると 見つらめと
 ほしそかねつる 手枕のそて
ゆめばかり なみだにぬると みつらめど
 ふしぞわづらふ たまくらの袖
80 露むすふ 道のまにまに 朝ほらけ
 ぬれてそきつる 手枕のそて
露むすぶ みちのまにまに あさぼらけ
 ぬれてぞきつる 手枕の袖
81 道芝の 露とおきぬる 人よりも
 我手枕の そてはかはかす
みちしばの 露におきゐる 人により
 わがたまくらの 袖もかはかず
82 手枕の 袖にも霜は 置けるを
 けさうちみれは 白妙にして
たまくらの 袖にも霜は をきてけり
 けさうちみれば しろたへにして
83 つまこふと おきあかしつる 霜なれは
つまこふと おきあかしつる しもなれば
84 ねぬるよの 月はみるやと けさはしも
 起ゐてまてと 問人もなし
ねぬる夜の 月はみるやと けさはしも
 おきゐてまてど とふ人もなし
85 まとろまて 一夜詠し 月みれと
 おきなからしも 明し顏なる
まどろまで ひと夜ながめし 月みると
 おきながらしも あかしがほなる
86 霜の上に 朝日さすめり 今は早
 打とけにける けしき見せなん
しものうへに あさひさすめり いまははや
 うちとけにたる 気色みせなん
87 朝日さし 今はきゆへき 霜なれと
 打とけかたき 空のけしきそ
あさ日影 さしてきゆべき しもなれど
 うちとけがたき 空のけしきぞ
88 君はこす 偶々みゆる 童をは
 いけとも今は いはしとおもふか
君はこず たまたまみゆる わらはをば
 いけともいまは いはじとおもふか
89 ことはりや 今はころさし この童
 忍ひのつまの いふことにより
ことはりや いまはころさじ このわらは
 しのびのつまの いふことにより
90 人しれぬ 心にかけて しのふをは
 わするとや思ふ 手枕のそて
人しれず 心にかけて しのぶるを
 わするとやおもふ たまくらの袖
91 物もいはて やみなましかは 懸てたに
 思ひ出ましや 手枕の袖
ものいはで やみなましかば かけてだに
 おもひいでましや 手枕のそで
92 見るや君 さようちふけて 山端に
 くまなくすめる 秋夜の月
見るや君 さ夜うちふけて 山のはに
 くまなくすめる 秋の夜の月
93 更ぬらんと 思ふ物から ねられねと
 中々なれは 月はしも見す
ふけぬらんと 思ふ物から ねられねど
 なかなかなれば 月はしもみず
94 ことのはふかく なりにけるかな
ことの葉ふかく なりにけるかな
95 しら露の はかなくをくと 見し程に
しら露の はかなくをくと みしほどに
96 葛城の 神もさこそは 思ひけめ
 くめちにわたす はしたなき迄
かづらきの かみもさこそは おもふらめ
 くめぢにわたす はしたなきまで
97 行の しるしもあらは 葛城の
 はしたなしとて さてややみなん
をこなひの しるしもあらば かづらきの
 はしたなしとて さてややみなん
98 我うへは 千鳥もつけし おほ鳥の
 羽にも霜は さやはをきける
わがうへは ちどりもつけじ おほとりの
 はねにもしもは さやはおきける
99 月も見て ねにきといひし 人の上に
 をきしもせしを 大鳥のこと
月も見で ねにきといひし 人のうへに
 おきしもせじを おほとりのごと
100 神無月 よにふりにたる 時雨とや
 けふの詠めを あかす見る覧
神無月 よにふりにたる 時雨とや
 けふのながめは わかずふるらん
101 しくれかも なににぬれたる 袂そと
 定めかねてそ 我も詠むる
時雨かも なににぬれたる たもとぞと
 さだめかねてぞ 我もながむる
102 紅葉はは 夜はの時雨に あらしかし
 昨日山へを みたらましかは
もみぢばは 夜半の時雨に あらじかし
 きのふ山べを 見たらましかば
103 そよやそよ なとて山へを みさり剣
 けさは悔れと 何のかひなし
そよやそよ などて山べを みざりけん
 けさはくゆれど なにのかひなし
104 あらしとは 思ふ物から 紅葉はの
 ちりや残れる いさ尋ね見ん
あらじとは 思ものから もみぢばの
 ちりやのこれる いざ行てみん
105 移はぬ 常盤の山も 紅葉せは
 いさかしゆきて のとのととみむ
うつろはぬ ときはの山も 紅葉せば
 いざかしゆきて とふとふもみん
106 高瀬舟 はや漕出よ さはること
 さし帰りにし あしまわけたり
たかせ舟 はやこぎいでよ さはること
 さしかへりにし あしまわけたり
107 山へには 車にのりて 行へきを
 たかせの舟は いかかよるへき
やまべにも くるまにのりて 行べきに
 たかせの舟は いかがよすべき
108 紅葉はの みにくる迄も ちらさらは
 高瀬の舟の いかか焦れん
もみぢ葉の みにくるまでも ちらざらば
 たかせの舟の なにかこがれん
109 ねぬるよの ね覚の夢に ならひてそ
 伏見の里を けさは起つる
ねぬる夜の ねざめの夢に ならひてぞ
 ふしみのさとを けさはおきける
110 其夜より 我身の上は 知れねは
 すすろにあらぬ 旅寢をそする
そのよより 我身のうへは しられねば
 すずろにあらぬ たびねをぞする
111 今の間に 君きまさなん 恋し迚
 なもあるものを 我ゆかんやは
いまのまに 君きまさなん 恋しとて
 なもあるものを われゆかんやは
112 君いまは 名のたつことを おもひける
 人からかかる 心とそみる
君はさは 名のたつことを 思ひけり
 人からかかる こころとぞ見る
113 うたかはは 又うちみしと 思えとも
 心に心 かなはさりけり
うたがはじ なをうらみじと おもふとも
 こころにこころ かなはざりけり
114 うらむらん 心はたゆる かきりなく
 たのむ君をそ 我も疑ふ
うらむらむ 心はたゆな かぎりなく
 たのむ君をぞ われもうたがふ
115 霜かれは わひしかりけり 秋風の
 ふくには荻の 音つれもしき
しもがれは わびしかりけり 秋風の
 ふくにはおぎの をとづれもしき
116 かれはてて 我よりほかに とふ人も
 嵐の風を いかかきくらん
かれはてて 我よりほかに とふ人も
 あらしのかぜを いかがきくらん
117 つれつれと けふかそふれは 年月に
 昨日そ物は 思はさりける
つれづれと けふかぞふれば とし月の
 きのふぞものは おもはざりける
118 思ふ事 なくて過しし おととひを
 昨日とけふに なすよしも哉
おもふこと なくて過にし おととひと
 昨日とけふに なるよしもがな
119 なくさむる 君もありとは おもへとも
 猶夕くれは 物そ悲しき
なぐさむる 君もありとは おもへども
 猶ゆふぐれは 物ぞかなしき
120 夕暮は 誰もさのみそ おもほゆる
 まちわふ君そ 人にまされる
夕ぐれは たれもさのみぞ おもほゆる
 まづいふ君ぞ 人にまされる
121 おきなから 明せる霜の 朝こそ
 まされる物は よになかりけれ
おきながら あかせる霜の あしたこそ
 まされるものは 世になかりけれ
122 われひとり おもふは思 かひもなし
 おなし心に 君もあらなん
我ひとり おもふおもひは かひもなし
 おなじこころに 君もあらなん
123 君は君 我は我とも へたてれは
 こころこころに あらん物かは
君はきみ われは我とも へだてねば
 こころごころに あらむものかは
124 たえし頃 たえねと思ひし 玉の緖を
 君により又 おしまるる哉
たえしころ たえねと思し たまのをの
 君により又 おしまるるかな
125 玉の緖は たえんものかは 契りてし
 なかき心に 結ひこめてき
たまのをの たえんものかは ちぎりをきし
 なかにこころは むすびこめてき

 

11月

126 神代より ふりはてにける 雪なれと
 けふはことにも 珍しき哉
神世より ふりはてにける 雪なれば
 けふはことにも めづらしきかな
127 初雪と いつれの冬も みしままに
 珍しけなき みのみふりつつ
はつ雪と いづれの冬も みるままに
 めづらしげなき 身のみふりつつ
128 暇なみ きまさすは 我ゆかん
 ふみつくるらん 道をしらはや
いとまなみ 君きまさずば 我ゆかん
 ふみつくるらん みちをしらばや
129 我宿に 尋ねてきませ ふみつくる
 道も敎へん あひもみるへく
わがやどに たづねてきませ ふみつくる
 みちもをしへん あひもみるべく
130 さゆるよの 数かく鴫は 我なれや
 いく朝霜を 置てみつらん
さゆる夜の かずかくしぎは 我なれや
 いくあさしもを をきてみつらん
131 雪もふり 雨も降ぬる この頃を
 朝しもとのみ おきゐてはみる
雨もふり 雪もふるめる このころを
 あさしもとのみ をきゐては見る
132 なをさりの あらましことに 夜もすから
なをざりの あらましごとに 夜もすがら
133 おつるなみたは 雨とこそふれ
おつるなみだは 雨とこそふれ
134 現にて 思へはいはん かたもなし
 今宵のことを 夢になさはや
うつつにて おもへばいはん かたもなし
 こよひのことを 夢になさばや
135 しかはかり 契りし物を 定なき
 さはよの常に おもひなせとや
しかばかり ちぎりし物を さだめなき
 さはよのつねに おもひなせとや
136 現とは 思はさらなん ねぬるよの
 夢に見えつる うき事ともを
うつつとも おもはざらなん ねぬるよの
 ゆめに見えつる うきことぞそは
137 ほとしらぬ 命計そ さためなき
 契しことは 住の江のまつ
ほどしらぬ いのちばかりぞ さだめなき
 ちぎりてかはすすみよしの松
138 あな恋し いまも見てしか 山賤の
 垣ほにおふる やまと撫子
あな恋し いまもみてしが 山がつの
 かきほにさける やまとなでしこ
139 恋しくは きてもみよかし 千早振
 神のいさむる 道ならなくに
恋しくば きても見よかし ちはやふる
 神のいさむる みちならなくに
140 あふみちは 神の諫に あらねとも
 法の蓬に をれはたたぬそ
あふみちは 神のいさめに さはらねど
 のりのむしろに をればたたぬぞ
141 われさらは 進みてゆかん 君はたた
 法の筵を ひろむはかりそ
われさらば すすみてゆかん 君はただ
 のりのむしろに ひろむばかりぞ
142 雪ふれは 木々の木のはも 春ならて
 をしなへ梅の 花そ咲ける
雪ふれば 木々のこのはも 春ならで
 をしなべ梅の 花ぞさきける
143 梅は早 咲にけりとて おれはちる
 花とそ雪の ふるは見えける
梅ははや さきにけりとて おればちる
 花とぞ雪の ふればみえける
144 冬のよは こひしきことに めもあはて
 衣かたしき 明そしにける
冬の夜の 恋しきことに めもあはで
 ころもかたしきあけぞしにける
145 冬のよは めさへ氷に とちられて
 明しかたきを 明しけるかな
冬の夜の めさへこほりに とぢられて
 あかしがたきを あかしつるかな
146 くれ竹の よよのふる事 おもほゆる
 昔かたりは 我のみそせん
くれ竹の 世々のふること おもほゆる
 むかしがたりは われのみやせん
147 呉竹の うきふししけき 世中に
 あらしとそ思ふ 暫しはかりも
くれ竹の うきふししげき 世中に
 あらじとぞおもふ しばしばかりも

 

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