古事記 都夫良意美と目弱王~原文対訳

黒日子王・白日子王 古事記
下巻⑤
20代 安康天皇
皇弟大長谷=雄略の殺戮物語
都夫良意美と目弱王
市辺之忍歯王
原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

ツブラオミ家(目弱王子の逃げた先)

     
亦興軍。  また軍を興して、  また軍を起して

都夫良
意美之家。
都夫良意美
つぶらおみが家を
圍かくみたまひき。
ツブラ
オホミの家を
お圍みになりました。
爾興軍
待戰。
ここに軍を興して
待ち戰ひて、
そこで軍を起して
待ち戰つて、
射出之矢。
如葦來散。
射出づる矢
葦あしの如く來散りき。
射出した矢が
葦のように飛んで來ました。
     
於是
大長谷王。
ここに
大長谷の王、
ここに
オホハツセの王は、
以矛爲杖。 矛を杖として、 矛ほこを杖として、
臨其内詔。 その内を臨みて
詔りたまはく、
その内をのぞいて
仰せられますには
我所相言之
孃子者。
「我が語らへる
孃子は、
「わたしが話をした
孃子は、
若有此家乎。 もしこの家にありや」
とのりたまひき。
もしやこの家にいるか」
と仰せられました。
     

都夫良意美。
ここに都夫良意美、 そこでツブラオホミが、
聞此詔命。 この詔命おほみことを聞きて、 この仰せを聞いて、
自參出。 みづからまゐ出でて、 自分で出て來て、
解所佩兵而。 佩ける兵つはものを解きて、 帶びていた武器を解いて、
八度拜。 八度拜をろがみて、 八度も禮拜して
白者。 白しつらくは、 申しましたことは
     
先日。
所問賜之
女子。
「先に
問ひたまへる
女子むすめ
「先に
お尋ねにあずかりました
女むすめの
訶良比賣者
侍。
訶良から比賣は、
侍さもらはむ。
カラ姫は
さしあげましよう。
亦副
五處之屯宅以獻。
また
五處の屯倉みやけを
副へて獻らむ
また
五か處のお倉を
つけて獻りましよう。
〈所謂五村屯宅者。
今葛城之五村苑人也〉
(いはゆる五處の屯倉は、
今の葛城の五村の苑人なり。)
 
     

其正身。
所以不參向者。
然れども
その正身ただみ
まゐ向かざる故は、
しかし
わたくし自身の
參りませんわけは、
自往古至今時。 古むかしより今に至るまで、 昔から今まで、

臣連。
隱於王宮。
臣連の、
王の宮に隱こもることは
聞けど、
臣下が
王の御殿に隱れたことは
聞きますけれども、
未聞
王子。
隱於臣家。
王子みこの
臣やつこの家に隱りませることは
いまだ聞かず。
王子が
臣下の家にお隱れになつたことは、
まだ聞いたことがありません。
     
是以思。 ここを以ちて思ふに、 そこで思いますに、
賎奴
意富美者。
賤奴やつこ
意富美は、
わたくし
オホミは、
雖竭力戰。 力をつくして戰ふとも、 力を盡して戰つても、
更無可勝。 更に
え勝つましじ。
決して
お勝ち申すことはできますまい。
然恃己。 然れどもおのれを恃みて、 しかしわたくしを頼んで、
入坐于隨家。 陋いやしき家に いやしい家に
之王子者。 入りませる王子は、 おはいりになつた王子は、
死而不棄。 命いのち死ぬとも棄てまつらじ」 死んでもお棄て申しません」と、
     
如此白而。 とかく白して、 このように申して、
亦取其兵。 またその兵を取りて、 またその武器を取つて、
還入以戰。 還り入りて戰ひき。 還りはいつて戰いました。
     

王子と家臣の最期

     
爾力窮。  ここに窮まり、 そうして力窮まり
矢盡。 矢も盡きしかば、 矢も盡きましたので、
白其王子。 その王子に白さく、 その王子に申しますには
僕者手悉傷。 「僕は痛手負ひぬ。 「わたくしは負傷いたしました。
矢亦盡。 矢も盡きぬ。 矢も無くなりました。
今不得戰。 今はえ戰はじ。 もう戰うことができません。
如何。 如何にせむ」とまをししかば、 どうしましよう」と申しましたから、
     
其王子。 その王子 その王子が、
答詔。 答へて詔りたまはく、 お答えになつて、
然者。
更無可爲。
「然らば
更にせむ術すべなし。
「それなら
もう致し方がない。
今殺吾。 今は吾を殺しせよ」
とのりたまひき。
わたしを殺してください」
と仰せられました。
     
故以刀
刺殺其王子。
かれ刀もちて
その王子を刺し殺せまつりて、
そこで刀で
王子をさし殺して、
乃切己頸
以死也。
すなはちおのが頸を切りて
死にき。
自分の頸を切つて
死にました。
黒日子王・白日子王 古事記
下巻⑤
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