枕草子162段 弘徽殿とは閑院の左大将の

故殿の御服 枕草子
中巻中
162段
弘徽殿
昔おぼえて

(旧)大系:162段
新大系:155段、新編全集:156段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:166段後段
 


 
 弘徽殿とは閑院の女御をぞきこゆる。その御方にうちふしといふ者のむすめ、左京といひて候ひけるを、「源中将語らひてなむ」と人々笑ふ。
 

 宮の職におはしまいしに参りて、「時々は宿直なども仕うまつるべけれど、さべきさまに女房などももてなし給はねば、いと宮仕へおろかに候ふこと。宿直所をだに賜りたらば、いみじうまめに候ひなむ」といひゐ給へれば、人々、「げに」などいらふるに、「まことに人は、うちふしやすむ所のあるこそよけれ。さるあたりには、しげう参り給ふなるものを」とさしいらへたりとて、「すべて、もの聞こえじ。方人とたのみ聞ゆれば、人のいひふるしたるさまにとりなし給ふなめり」など、いみじうまめだちて怨じ給ふを、「あな、あやし。いかなることをか聞こえつる。さらに聞きとがめ給ふべきことなし」などいふ。
 かたはらなる人をひきゆるがせば、「さるべきこともなきを、ほとほりいで給ふ、やうこそはあらめ」とて、はなやかに笑ふに、「これもかのいはせ給ふならむ」とて、いとものしと思ひ給へり。
 「さらにさやうのことをなむいひ侍らぬ。人のいふだににくきものを」といらへて、引き入りにしかば、後にもなほ、「人に恥ぢがましきこといひつけたり」とうらみて、「殿上人わらふとて、いひたるなめり」と宣へば、「さては、一人をうらみ給ふべきことにもあらざるに、あやし」といへば、その後はたえてやみ給ひにけり。
 
 

故殿の御服 枕草子
中巻中
162段
弘徽殿
昔おぼえて