枕草子245段 一条の院をば今内裏とぞいふ

蟻通の明神 枕草子
下巻上
245段
一条の院
身をかへて

(旧)大系:245段
新大系:227段、新編全集:228段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後は最も索引性に優れ三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:ナシ
 


 
 一条の院をば今内裏とぞいふ。おはします殿は清涼殿にて、その北なる殿におはします。西東は渡殿にて、わたらせ給ひ、まうのぼらせ給ふ道にて、前は壺なれば、前裁植ゑ、笹結ひて、いとをかし。
 

 二月二十日ばかりのうらうらとのどかに照たるに、渡殿の西の廂にて、上の御笛吹かせ給ふ。高遠の兵部卿御笛の師にてものし給ふを、御笛二つして、高砂ををりかへして吹かせ給ふは、なほいみじうめでたしといふも世の常なり。御笛のことどもなど奏し給ふ、いとめでたし。御簾のもとに集まり出でて、見奉る折は、「芹摘みし」などおぼゆることこそなけれ。
 

 すけただは木工の允にてぞ蔵人にはなりたる。いみじくあらあらしくうたてあれば、殿上人、女房、「あらはこそ」とつけたるを、歌に作りて、「さうなしの主、尾張人の種にぞありける」と歌ふは、尾張の兼時がむすめの腹なりけり。これを御笛に吹かせ給ふを、そひに候ひて、「なほ高く吹かせおはしませ。え聞き候はじ」と申せば、「いかが。さりとも、聞き知りなむ」とて、みそかにのみ吹かせ給ふに、あなたよりわたりおはしまして、「かの者なかりけり。ただ今こそ吹かめ」と仰せられて吹かせ給ふは、いみじうめでたし。
 
 

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一条の院
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