万葉集 第一巻:一覧と配置

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第一巻
第二巻

 
 万葉集第一巻、その一覧と配置。
 内容はリンク先参照。底本は西本願寺本とのこと(最も代表的な写本とされる)。
 題詞と左注の読み下しを『萬葉集古義』の鹿持訓訂で補う。題詞と左注に併記した訓はこの引用で、常に対応しているとは限らない。
 しかし一致・不一致、それぞれに意味がある。
 

第一巻 目次と配置(84首)
雑歌(84首)
1
雄略◇ 
2
舒明◇ 
3
中皇命
間人老
4
中皇命
間人老
5
軍王
 
6
軍王
 
7
額田王 
8
額田王 
9
額田王 
10
中皇命
間人皇女
11
中皇命
間人皇女
12
中皇命
間人皇女
13
中大兄
天智◇
14
中大兄
天智◇
15
中大兄
天智◇
16
額田王 
17
額田王 
18
額田王 
19
井戸王 
20
額田王 
21
大海人
天武◇
22
吹芡刀自
23
時人
 
24
麻続王 
25
大海人
天武◇
26
大海人
天武◇
27
大海人
天武◇
28
持統◇ 
29
柿★
 
30
柿★
 
31
柿★
 
32
高市黒人
33
高市黒人
34
川島皇子
35
阿閇皇女
36
柿★
 
37
柿★
 
38
柿★
 
39
柿★
 
40
柿★
 
41
柿★
 
42
柿★
 
43
人麻呂妻
44
石上麻呂
45
柿★
 
46
柿★
 
47
柿★
 
48
柿★
 
49
柿★
 
50
役民
 
51
志貴皇子
52
未詳
 
53
未詳
 
54
坂門人足
55
調首淡海
56
春日蔵首老
57
長忌寸意吉麻呂
58
高市黒人
59
誉謝女王
60
長皇子 
61
舎人娘子
62
春日老 
63
山上憶良
64
志貴皇子
65
長皇子 
66
置始東人
67
高安大嶋
68
身人部王
69
清江娘子
70
高市黒人
71
忍坂部乙麻呂
72
藤原宇合
73
長皇子 
74
文武◇ 
75
長屋王 
76
元明◇ 
77
御名部皇女 
78
元明◇ 
79
未詳
 
80
未詳
 
81
長田王
 
82
長田王
 
83
長田王
 
84
長皇子
 
 

 

 一巻から四巻までは人麻呂の歌集と解する。
 五巻は憶良の歌集。それ以降は赤人が主体で、没した人麻呂の歌をメインに編纂した。それが人麻呂の精神を継承した赤人の高い評価(山柿の門)。
 だから五巻以降は、端的な人麻呂認定がなく人麻呂歌集とされる。つまり四巻までは自分認定。そして人麻呂没で憶良が一時的にしゃしゃり出たと見れる。
 

 三巻以降末尾に家持が出現するが、どう見てもその部分だけ後日の付加。全体でも各巻でも(17巻以降を除き)冒頭から中核に家持がくることは一切ない。
 家持が最も後発なので万葉の編纂者とする見解が一般だが、家持主体の17巻以降の固定的構成(一貫して冗長)と全体の構成は全く異なるためありえない。
 

 万葉の本質的構成は流動性に富み、無名を重んじ、シンプルさを貫いている。憶良と家持が支配的な巻は、一見してその精神と相容れず、徒に煩瑣である。
 古今と比較しても、支配的影響を持つ編纂者が冒頭の一巻・ニ巻に皆無ということはありえないし、家持は人麻呂赤人のような謙抑的な記述の者でもない。
 だから憶良と家持は、貫之と定家から赤人より評価されていない。そしてどちらも憶良を無視している。その原因は、五巻を少しでも見ればわかるはず。
 見ても何のことかわからない人は、少なくとも、貫之と定家と同じ感性ではない。
 

 一巻先頭の雄略と舒明は、古事記の続きであり、その精神と同様であるという意味。
 雄略は古事記下巻の象徴的エピソードの天皇で(一言主大神が顕現し、生意気だと神を殺そうとした雄略を屈服させた)、舒明は古事記最後の推古の次代。
 つまり万葉の雄略の歌は、無名の民と交わって理想の君主論でめでたしめでたしという歌ではない。すぐに殺そうとする、その穴の暗示。
 でなければこの篭(土運びのかご)とは何か。一般的記録を無視して翼賛しても全く意味がない。いや、公の見解こそが最も正しいというのがこの国の常。
 
 もっこをもって掘らせているこの穴は何の穴ですか?
 それを読者(と天皇)に問うた歌。無名のわれが。無名の民が問えるわけなどない。まして家持がこの微妙すぎる歌を先頭にすることもありえない。
 人麻呂の高らかな天皇賛美とかいうのは下卑た見方。歌の神のセンスで世襲を神などという訳がない。まして二世三世どころではない万世。
 神のような能力なら全く問題ない。つまり幼少の頃は、虚飾なく万能で神童と言わしめなければならない。
 

 無名の人々がいてこその国。名もなき我々が土にまみれて(もっこをもって)国を支えている、最初の歌はそういう歌。
 天皇賛美? 理想の君主論? それなら先頭をこんなわかりにくい歌にはしない。家持編纂というなら、家持の天皇礼賛の仕方と比較されたい。
 人麻呂は古事記の安万侶で万葉。万侶の分解形が人麻呂。もちろん万の言の葉が本来。だから雑歌から始まる。解釈とは何となくではない字義に即した説明。
 人麻呂は女性を非常に大事にするので、女性を立てること以外は、基本的にはどうでもいい。
 よって、元明天皇(78)直下の不明は、先頭に掛けた内容からも人麻呂。同時代にいて古事記の著者に一切ふれないことなどありえるか。つまり本人。
 人麻呂の直下についている黒人も、まず赤人(あか人はひとまろがしもにたゝむことかたく)。
 

第一巻

   
 

雜歌

   
   01/0001
題詞 雜歌 / 泊瀬朝倉宮 御宇天皇代 [<大>泊瀬稚武天皇] / 天皇御製歌
題訓 雑歌くさぐさのうた 泊瀬はつせの朝倉の宮に 天あめの下しろしめしし天皇すめらみことの代みよ  天皇のみよみませる御製歌おほみうた
原文 篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家吉閑名 告<紗>根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師<吉>名倍手 吾己曽座 我<許>背齒 告目 家呼毛名雄母
訓読 篭もよ み篭持ち 堀串もよ み堀串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて 我れこそ居れ しきなべて 我れこそ座せ 我れこそば 告らめ 家をも名をも
仮名 こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち このをかに なつますこ いへきかな のらさね そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ しきなべて われこそませ われこそば のらめ いへをもなをも
左注 なし
校異 雑歌 [元][紀] <> / 太→大 [紀][冷][文] / 吉 [玉小琴](塙)(楓) 告 /沙→紗 [元][類][冷] / 告→吉 [玉小琴] / 許者→許 [元][類][古]
事項 雑歌 作者:雄略天皇 朝倉宮 野遊び 演劇 妻問媿 予祝 枕詞 地名 奈良
訓異 みぶくしもち;みふくしもち, なつますこ;なつむすこ, のらさね;つけさね, おしなべて;おしなへて, われこそをれ;われこそをらし, しきなべて;つけなへて, われこそませ[略];われこそをらし, われこそば;われこそは, のらめ;せなにはつけめ,
   
  01/0002
題詞 高市岡本宮御宇天皇代 [息長足日廣額天皇] / 天皇登香具山 望國之時御製歌
題訓 高市の崗本の宮に天の下しろしめしし天皇の代 天皇の香具山に登りまして 望国くにみしたまへる時にみよみませる御製歌おほみうた
原文 山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都 怜A國曽 蜻嶋 八間跡能國者
訓読 大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は
仮名 やまとには むらやまあれど とりよろふ あめのかぐやま のぼりたち くにみをすれば くにはらは けぶりたちたつ うなはらは かまめたちたつ うましくにぞ あきづしま やまとのくには
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:舒明天皇 飛鳥 国見 予祝 枕詞 地名 動物 奈良 土地讃美 寿歌
訓異 むらやまあれど;むらやまあれと, あめのかぐやま;あまのかくやま, のぼりたち;のほりたち, くにみをすれば;くにみをすれは, けぶりたちたつ;けふりたちたつ, うましくにぞ;おもしろきくにそ, あきづしま;あきつしま,
   
  01/0003
題詞 天皇遊猟内野之時 中皇命使 間人連老獻歌
題訓 天皇の宇智の野ぬに遊猟みかりしたまへる時、中皇命なかちひめみこの 間人連老はしひとのむらじおゆをして献らせたまふ歌
原文 八隅知之 我大王乃 朝庭 取撫賜 夕庭 伊縁立之 御執乃 梓弓之 奈加弭乃 音為奈利 朝猟尓 今立須良思 暮猟尓 今他田渚良之 御執<能> <梓>弓之 奈加弭乃 音為奈里
訓読 やすみしし 我が大君の 朝には 取り撫でたまひ 夕には い寄り立たしし み執らしの 梓の弓の 中弭の 音すなり 朝猟に 今立たすらし 夕猟に 今立たすらし み執らしの 梓の弓の 中弭の 音すなり
仮名 やすみしし わがおほきみの あしたには とりなでたまひ ゆふへには いよりたたしし みとらしの あづさのゆみの なかはずの おとすなり あさがりに いまたたすらし ゆふがりに いまたたすらし みとらしの あづさのゆみの なかはずの おとすなり
左注 なし
校異 梓能→能梓 [元]
事項 雑歌 作者:中皇命:間人老 五条市 代作 弓讃姤 狩猟 宴席 地名 枕詞 寿歌
訓異 わがおほきみの;わかおほきみの, とりなでたまひ;とりなてたまひ, ゆふへには;ゆふへに, いよりたたしし;いよせたててし, あづさのゆみの;あつさのゆみの, なかはずの;なかはすの, あさがりに;あさかりに, ゆふがりに;ゆふかりに, あづさのゆみの;あつさのゆみの, なかはずの;なかはすの,
   
  01/0004
題詞 (天皇遊猟内野之時中皇命使間人連老獻歌)反歌
題訓 反かへし歌
原文 玉尅春 内乃大野尓 馬數而 朝布麻須等六 其草深野
訓読 たまきはる 宇智の大野に 馬並めて 朝踏ますらむ その草深野
仮名 たまきはる うちのおほのに うまなめて あさふますらむ そのくさふかの
左注 なし
校異 尅 (塙)(楓) 剋
事項 雑歌 作者:中皇命:間人老 五条市 代作 弓讃姤 狩猟 宴席 地名
訓異 そのくさふかの;そのくさふけの,
   
  01/0005
題詞 幸讃岐國安益郡之時 軍王見山作歌
題訓 讃岐国安益郡あやのこほりに幸いでませる時、軍王いくさのおほきみの山を見てよみたまへる歌
原文 霞立 長春日乃 晩家流 和豆肝之良受 村肝乃 心乎痛見 奴要子鳥 卜歎居者 珠手次 懸乃宜久 遠神 吾大王乃 行幸能 山越風乃 獨<座> 吾衣手尓 朝夕尓 還比奴礼婆 大夫登 念有我母 草枕 客尓之有者 思遣 鶴寸乎白土 網能浦之 海處女等之 焼塩乃 念曽所焼 吾下情
訓読 霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず むらきもの 心を痛み ぬえこ鳥 うら泣け居れば 玉たすき 懸けのよろしく 遠つ神 我が大君の 行幸の 山越す風の ひとり居る 我が衣手に 朝夕に 返らひぬれば 大夫と 思へる我れも 草枕 旅にしあれば 思ひ遣る たづきを知らに 網の浦の 海人娘子らが 焼く塩の 思ひぞ焼くる 我が下心
仮名 かすみたつ ながきはるひの くれにける わづきもしらず むらきもの こころをいたみ ぬえこどり うらなけをれば たまたすき かけのよろしく とほつかみ わがおほきみの いでましの やまこすかぜの ひとりをる わがころもでに あさよひに かへらひぬれば ますらをと おもへるわれも くさまくら たびにしあれば おもひやる たづきをしらに あみのうらの あまをとめらが やくしほの おもひぞやくる  わがしたごころ
左注 (右檢日本書紀 無幸於讃岐國 亦軍王未詳也 但山上憶良大夫類聚歌林曰 記曰 天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午幸于伊<与>温湯宮[云々] 一<書> 是時 宮前在二樹木 此之二樹斑鳩比米二鳥大集 時勅多挂稲穂而養之 乃作歌[云々] 若疑従此便幸之歟)
校異 懸 [元][類][紀] 縣 / 居→座 [元][類][古]
事項 雑歌 作者:軍王 望郷 香川 行幸 羈旅 大夫 枕詞 地名
訓異 ながきはるひの;なかきはるひの, わづきもしらず;わつきもしらす, ぬえこどり;ぬえことり, わがおほきみの;わかおほきみの, いでましの;みゆきの, やまこすかぜの;やまこしのかせの, わがころもでに;わかころもてに, あさよひに;あさゆふに, かへらひぬれば;かへらひぬれは, たびにしあれば;たひにしあれは, たづきをしらに;たつきをしらに, あまをとめらが;あまをとめらか, おもひぞやくる;おもいそやくる, わがしたごころ;わかしたこころ,
   
  01/0006
題詞 (讃岐國安益郡之時軍王見山作歌)反歌
題訓 反し歌
原文 山越乃 風乎時自見 寐<夜>不落 家在妹乎 懸而小竹櫃
訓読 山越しの 風を時じみ 寝る夜おちず 家なる妹を 懸けて偲ひつ
仮名 やまごしの かぜをときじみ ぬるよおちず いへなるいもを かけてしのひつ
左注 右檢日本書紀 無幸於讃岐國 亦軍王未詳也 但山上憶良大夫類聚歌林曰 記曰 天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午 幸于伊<与>温湯宮[云々] 一<書> 是時 宮前在二樹木 此之二樹斑鳩比米二鳥大集 時勅多挂稲穂而養之 乃作歌[云々] 若疑従此便幸之歟
左注訓 右、日本書紀ヲ検カムガフルニ、讃岐国ニ幸スコト無シ。亦 軍王ハ詳ツマビラカナラズ。但シ山上憶良大夫ガ類聚歌林ニ 曰ク、紀ニ曰ク、天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午、 伊豫ノ温湯ノ宮ニ幸セリト云ヘリ。一書ニ云ク、是ノ時 宮ノ前ニ二ノ樹木在リ。此ノ二ノ樹ニ斑鳩イカルガ比米シメ二ノ鳥、 大ニ集マレリ。時ニ勅ミコトノリシテ多ク稲穂ヲ掛ケテ之ヲ養 ヒタマフ。乃チ作メル歌ト云ヘリ。若疑ケダシ此便ヨリ幸セルカ。
校異 <>→夜 [西(右書)][元][類][冷] / 豫→与 [元][類][古] / 書云→書 [元][類][紀] / 乃 [元][紀] 仍
事項 雑歌 作者:軍王 望郷 香川 行幸 羈旅 大夫 地名
訓異 やまごしの;やまこしの, かぜをときじみ;かせをときしみ, ぬるよおちず;ぬるよおちす, いへなるいもを;いへあるいもを,
   
  01/0007
題詞 明日香川原宮御宇天皇代 [天豊財重日足姫天皇] / 額田王歌 [未詳]
題訓 明日香の川原の宮に天の下しろしめしし天皇の代 額田王の歌
原文 金野乃 美草苅葺 屋杼礼里之 兎道乃宮子能 借五百礒所念
訓読 秋の野の み草刈り葺き 宿れりし 宇治の宮処の 仮廬し思ほゆ
仮名 あきののの みくさかりふき やどれりし うぢのみやこの かりいほしおもほゆ
左注 右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 一書戊申年幸比良宮大御歌 但紀曰 五年春正月己卯朔辛巳天皇至自紀温湯 三月戊寅朔天皇幸吉野宮而肆宴焉 庚辰日天皇幸近江之平浦
左注訓 右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲ検カムガフルニ曰ク、書ニ 曰ク、戊申ノ年比良ノ宮ニ幸ス大御歌ナリ。但シ紀 ニ曰ク、五年春正月己卯ノ朔ノ辛巳、天皇、紀ノ温 湯ヨリ至リマス。三月戊寅ノ朔、天皇吉野ノ宮ニ幸 シテ肆宴ス。庚辰、天皇近江ノ平浦ニ幸ス。
校異 辰 [元][冷] 辰ム
事項 雑歌 作者:額田王 京都 回想 羈旅 地名
訓異 やどれりし;やとれりし, うぢのみやこの;うちのみやこの, かりいほしおもほゆ;かりいほしそおもふ,
   
  01/0008
題詞 後岡本宮御宇天皇代 [天豊財重日足姫天皇位後即位後岡本宮] / 額田王歌
題訓 後の崗本の宮に天の下しろしめしし天皇の代 額田王の歌
原文 熟田津尓 船乗世武登 月待者 潮毛可奈比沼 今者許藝乞菜
訓読 熟田津に 船乗りせむと 月待てば 潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
仮名 にぎたつに ふなのりせむと つきまてば しほもかなひぬ いまはこぎいでな
左注 右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 飛鳥岡本宮御宇天皇元年己丑九年丁<酉>十二月己巳朔壬午 天皇大后幸于伊豫湯宮 後岡本宮馭宇天皇七年辛酉春正月丁酉朔<壬>寅 御船西征 始就于海路 庚戌御船泊于伊豫熟田津石湯行宮 天皇御覧昔日猶存之物 當時忽起感愛之情 所以因製歌詠為之哀傷也 即此歌者天皇御製焉 但額田王歌者別有四首
左注訓 右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲ検フルニ曰ク、飛鳥ノ岡本宮 ニ御宇シシ天皇元年己丑、九年丁酉十二月己巳ノ朔ノ壬午、 天皇太后、伊豫ノ湯ノ宮ニ幸ス。後ノ岡本宮ニ馭宇シシ天皇 七年辛酉ノ春正月丁酉ノ朔ノ壬寅、御船西ニ征キテ、始メテ 海路ニ就ク。庚戌、御船伊豫ノ熟田津ノ石湯行宮ニ泊ツ。天 皇、昔日ヨリ猶存レル物ヲ御覧シ、当時忽チ感愛ノ情ヲ起シ タマヒキ。所以因ソヱニ歌詠ヲ製マシテ為ニ哀傷シミタマフ。即チ 此ノ歌ハ天皇ノ御製ナリ。但額田王ノ歌ハ、別コトニ四首有リ。
校異 即位 [元][冷][紀](塙) 即 / 酋→酉 [元][冷][紀] / 丙→壬 [西(右書)][紀]
事項 雑歌 作者:額田王 道後温泉 愛媛 舟遊び 熟田津 代作 地名
訓異 にぎたつに;にきたつに, つきまてば;つきまては, いまはこぎいでな;いまはこきこな,
   
  01/0009
題詞 幸于紀温泉之時 額田王作歌
題訓 紀の温泉ゆに幸せる時、額田王のよみたまへる歌
原文 莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本
訓読 莫囂円隣之大相七兄爪謁気 我が背子が い立たせりけむ 厳橿が本
仮名 ***** ******* わがせこが いたたせりけむ いつかしがもと
左注 なし
校異 謁 [元][類][紀] 湯
事項 雑歌 作者:額田王 紀州 和歌山 難訓 厳橿 斎橿 植物
訓異 *****;ゆふつきの, *******;あふきてとひし, わがせこが;わかせこか, いたたせりけむ;いたたせるかね, いつかしがもと;いつかあはなむ,
   
  01/0010
題詞 中皇命徃于紀温泉之時御歌
題訓 中皇命の紀の温泉に徃いませる時の御歌
原文 君之齒母 吾代毛所知哉 磐代乃 岡之草根乎 去来結手名
訓読 君が代も 我が代も知るや 岩代の 岡の草根を いざ結びてな
仮名 きみがよも わがよもしるや いはしろの をかのくさねを いざむすびてな
左注 (右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 天皇御製歌[云々])
校異 磐 [元][冷][古] 盤
事項 雑歌 作者:中皇命:間人皇女 紀州 和歌山 羈旅 異伝 手向醎 植物
訓異 きみがよも;きみかよも, わがよもしるや;わかよもしれや, いざむすびてな;いさむすひてな,
   
  01/0011
題詞 (中皇命徃于紀温泉之時御歌)
原文 吾勢子波 借廬作良須 草無者 小松下乃 草乎苅核
訓読 我が背子は 仮廬作らす 草なくは 小松が下の 草を刈らさね
仮名 わがせこは かりほつくらす かやなくは こまつがしたの かやをからさね
左注 (右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 天皇御製歌[云々])
校異 なし
事項 雑歌 作者:中皇命:間人皇女 紀州 和歌山 異伝 羈旅 植物
訓異 わがせこは;わかせこは, かりほつくらす;かりいほつくらす, こまつがしたの;こまつかしたの, かやをからさね;かやをかりさね,
   
  01/0012
題詞 (中皇命徃于紀温泉之時御歌)
原文 吾欲之 野嶋波見世追 底深伎 阿胡根能浦乃 珠曽不拾 [或頭云 吾欲 子嶋羽見遠]
訓読 我が欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の玉ぞ拾はぬ [或頭云 我が欲りし子島は見しを]
仮名 わがほりし のしまはみせつ そこふかき あごねのうらの たまぞひりはぬ [わがほりし こしまはみしを]
左注 右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 天皇御製歌[云々]
左注訓 右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲ検カムガフルニ曰ク、天皇ノ 御製歌ト云ヘリ。
校異 なし
事項 雑歌 作者:中皇命:間人皇女 紀州 和歌山 羈旅 異伝 魂触り
訓異 わがほりし;わかほりし, あごねのうらの;あこねのうらの, たまぞひりはぬ;たまそひろはす, [わがほりし], [こしまはみしを];しまはみつるを,
   
  01/0013
題詞 中大兄[近江宮御宇天皇] <三山歌>
題訓 中大兄なかちおほえの三山みつやまの御歌
原文 高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相<挌>良思吉
訓読 香具山は 畝傍を愛しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古も しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき
仮名 かぐやまは うねびををしと みみなしと あひあらそひき かむよより かくにあるらし いにしへも しかにあれこそ うつせみも つまを あらそふらしき
左注 なし
校異 三山歌一首→三山歌 [元][紀][古] / 格→挌 [元][冷][文][紀]
事項 雑歌 作者:中大兄:天智 三山歌 兵庫 妻争媿 羈旅 地名 伝説
訓異 かぐやまは;かくやまは, うねびををしと;うねひををしと, かむよより;かみよより, かくにあるらし;かかるにあらし, あらそふらしき;あひうつらしき,
   
  01/0014
題詞 (中大兄[近江宮御宇天皇]<三山歌>)反歌
題訓 反し歌
原文 高山与 耳梨山与 相之時 立見尓来之 伊奈美國波良
訓読 香具山と 耳成山と 闘ひし時 立ちて見に来し 印南国原
仮名 かぐやまと みみなしやまと あひしとき たちてみにこし いなみくにはら
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:中大兄:天智 三山歌 兵庫 妻争媿 羈旅 地名 伝説
訓異 かぐやまと;かくやまと, いなみくにはら;いなひくにはら,
   
  01/0015
題詞 ((中大兄[近江宮御宇天皇]<三山歌>)反歌)
原文 渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比<紗>之 今夜乃月夜 清明己曽
訓読 海神の 豊旗雲に 入日さし 今夜の月夜 さやけくありこそ
仮名 わたつみの とよはたくもに いりひさし こよひのつくよ さやけくありこそ
左注 右一首歌今案不似反歌也 但舊本以此歌載於反歌 故今猶載此次 亦紀曰 天豊財重日足姫天皇先四年乙巳立天皇為皇太子
左注訓 右ノ一首ノ歌、今案カムガフルニ反歌ニ似ズ。但シ旧本 此ノ歌ヲ以テ反歌ニ載セタリ。故レ今猶此ノ次ニ載 ス。亦紀ニ曰ク、天豊財重日足姫天皇ノ先ノ四年乙 巳、天皇ヲ立テテ皇太子ト為ス。
校異 祢→紗 [澤潟注釈] [元][類][冷] 弥
事項 雑歌 作者:中大兄:天智 三山歌 兵庫 妻争媿 羈旅
訓異 こよひのつくよ;こよひのつきよ, さやけくありこそ;すみあかくこそ,
   
  01/0016
題詞 近江大津宮御宇天皇代 [天命開別天皇謚曰天智天皇] / 天皇詔内大臣藤原朝臣競憐 春山萬花之艶 秋山千葉之彩時 額田王以歌判之歌
題訓 近江の大津の宮に天の下しろしめしし天皇の代 天皇の内大臣うちのおほまへつきみ藤原朝臣に詔みことのりして、春山の万花はなの艶いろ、秋山の千葉もみちの彩にほひを競憐あらそはしめたまふ時、額田王の歌を以もちて判ことはりたまへるその歌
原文 冬木成 春去来者 不喧有之 鳥毛来鳴奴 不開有之 花毛佐家礼抒 山乎茂 入而毛不取 草深 執手母不見 秋山乃 木葉乎見而者 黄葉乎婆 取而曽思努布 青乎者 置而曽歎久 曽許之恨之 秋山吾者
訓読 冬こもり 春さり来れば 鳴かずありし 鳥も来鳴きぬ 咲かずありし 花も咲けれど 山を茂み 入りても取らず 草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては 黄葉をば 取りてぞ偲ふ 青きをば 置きてぞ嘆く そこし恨めし 秋山吾は
仮名 ふゆこもり はるさりくれば なかずありし とりもきなきぬ さかずありし はなもさけれど やまをしみ いりてもとらず くさふかみ とりてもみず あきやまの このはをみては もみちをば とりてぞしのふ あをきをば おきてぞなげく そこしうらめし あきやまわれは
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:額田王 近江朝 大津 春秋優劣 植物 枕詞 宮廷
訓異 ふゆこもり;ふゆこなり, はるさりくれば;はるさりくれは, なかずありし;なかさりし, さかずありし;さかさりし, はなもさけれど;はなもさけれと, やまをしみ;やまをしけみ, いりてもとらず;いりてもとらす, とりてもみず;とりてもみえす, もみちをば;もみちをは, とりてぞしのふ;とりてそしのふ, あをきをば;あをきをは, おきてぞなげく;おきてそなけく, そこしうらめし;そこしうらみし, あきやまわれは;あきやまそわれは,
   
  01/0017
題詞 額田王下近江國時<作>歌井戸王即和歌
題訓 額田王の近江国に下りたまへる時よみたまへる歌
原文 味酒 三輪乃山 青丹吉 奈良能山乃 山際 伊隠萬代 道隈 伊積流萬代尓 委曲毛 見管行武雄 數々毛 見放武八萬雄 情無 雲乃 隠障倍之也
訓読 味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや
仮名 うまさけ みわのやま あをによし ならのやまの やまのまに いかくるまで みちのくま いつもるまでに つばらにも みつつゆかむを しばしばも みさけむやまを こころなく くもの かくさふべしや
左注 (右二首歌山上憶良大夫類聚歌林曰 遷都近江國時 御覧三輪山御歌焉 日本書紀曰 六年丙寅春三月辛酉朔己卯遷都于近江)
校異 <>→作 [元][類][紀]
事項 雑歌 作者:額田王 天智 代作 三輪山 鎮魂 国魂 枕詞 地名
訓異 うまさけ;うまさかの, やまのまに;やまのはに, いかくるまで;いかくるるまて, いつもるまでに;いつもるまてに, つばらにも;まくはしも, しばしばも;しはしはも, こころなく;こころなき, かくさふべしや;かくさふへしや,
   
  01/0018
題詞 (額田王下近江國時<作>歌井戸王即和歌)反歌
題訓 反し歌
原文 三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳 情有南畝 可苦佐布倍思哉
訓読 三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや
仮名 みわやまを しかもかくすか くもだにも こころあらなも かくさふべしや
左注 右二首歌山上憶良大夫類聚歌林曰 遷都近江國時 御覧三輪山御歌焉 日本書紀曰 六年丙寅春三月辛酉朔己卯遷都于近江
左注訓 右ノ二首ノ歌、山上憶良大夫ガ類聚歌林ニ曰ク、近江国 ニ都ヲ遷ス時、三輪山ヲ御覧シテ御歌ヨミマセリ。 日本書紀ニ曰ク、六年丙寅春三月辛酉朔己卯、近江ニ都 ヲ遷ス。
校異 畝 [類] 武
事項 雑歌 作者:額田王 天智 代作 三輪山 鎮魂 国魂 地名
訓異 みわやまを;みはやまを, くもだにも;くもたにも, こころあらなも;こころあらなむ, かくさふべしや;かくさふへしや,
   
  01/0019
題詞 ((額田王下近江國時<作>歌井戸王即和歌)反歌)
原文 綜麻形乃 林始乃 狭野榛能 衣尓著成 目尓都久和我勢
訓読 綜麻形の林のさきのさ野榛の衣に付くなす目につく吾が背
仮名 へそかたの はやしのさきの さのはりの きぬにつくなす めにつくわがせ
左注 右一首歌今案不似和歌 但舊本載于此次 故以猶載焉
左注訓 右ノ一首ノ歌、今按フニ和スル歌ニ似ズ。但シ旧本此ノ 次ニ載セタリ。故レ以テ猶載ス。
校異 なし
事項 雑歌 作者:井戸王 三輪山 和歌 古歌 植物 枕詞
訓異 へそかたの;そまかたの, はやしのさきの;はやしはしめの, さのはりの;さのはきの, きぬにつくなす;ころもにきなし, めにつくわがせ;めにつくわかせ,
   
  01/0020
題詞 天皇遊猟蒲生野時額田王作歌
題訓 天皇の蒲生野かまふぬに遊猟みかりしたまへる時、額田王のよみたまへる歌
原文 茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流
訓読 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る
仮名 あかねさす むらさきのゆき しめのゆき のもりはみずや きみがそでふる
左注 (紀曰 天皇七年丁卯夏五月五日縦猟於蒲生野 于時<大>皇弟諸王内臣及群臣 皆悉従焉)
校異 なし
事項 雑歌 作者:額田王 滋賀 野遊び 求婚 宴席 枕詞 植物
訓異 のもりはみずや;のもりはみすや, きみがそでふる;きみかそてふる,
   
  01/0021
題詞 (天皇遊猟蒲生野時額田王作歌)皇太子答御歌 [明日香宮御宇天皇謚曰天武天皇]
題訓 皇太子ひつぎのみこの答へたまへる御歌 明日香宮ニ御宇シシ天皇
原文 紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方
訓読 紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に我れ恋ひめやも
仮名 むらさきの にほへるいもを にくくあらば ひとづまゆゑに われこひめやも
左注 紀曰 天皇七年丁卯夏五月五日縦猟於蒲生野 于時<大>皇弟諸王内臣及群臣 皆悉従焉
左注訓 紀ニ曰ク、天皇七年丁卯夏五月五日、蒲生野ニ縦猟シ タマフ。時ニ大皇弟諸王内臣及ビ群臣皆悉ク従ヘリ。
校異 天→大 [元][冷][紀] / 皆悉 [元][冷] 悉皆
事項 雑歌 作者:大海人 天武 滋賀 野遊び 求婚 宴席 枕詞
訓異 むらさきの;あきはきの, にくくあらば;にくくあらは, ひとづまゆゑに;ひとつまゆゑに, われこひめやも;わかこひめやも,
   
  01/0022
題詞 明日香清御原宮天皇代 [天渟中原瀛真人天皇謚曰天武天皇] / 十市皇女参赴於伊勢神宮時見波多横山巌吹芡刀自作歌
題訓 明日香の清御原きよみはらの宮に天の下しろしめしし天皇の代 十市皇女とほちのひめみこの伊勢の神宮おほみがみのみやに参赴まゐでたまへる時、波多の横山の巌いはほを見て、吹黄刀自ふきのとじがよめる歌
原文 河上乃 湯津盤村二 草武左受 常丹毛冀名 常處女煮手
訓読 川の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて
仮名 かはのへの ゆついはむらに くさむさず つねにもがもな とこをとめにて
左注 吹芡刀自未詳也 但紀曰 天皇四年乙亥春二月乙亥朔丁亥十市皇女阿閇皇女参赴於伊勢神宮
左注訓 吹黄刀自ハ詳ラカナラズ。但シ紀ニ曰ク、天皇四年 乙亥春二月乙亥朔丁亥、十市皇女、阿閇皇女、伊勢 神宮ニ参赴タマヘリ。
校異 盤 [文][温] 磐
事項 雑歌 作者:吹芡刀自 十市皇女 阿閇皇女 三重 予祝
訓異 かはのへの;かはかみの, ゆついはむらに;ゆつはのむらに, くさむさず;くさむさす, つねにもがもな;つねにもかもな,
   
  01/0023
題詞 麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌
題訓 麻續王をみのおほきみの伊勢国伊良虞いらごの島に流はなたへたまひし時、時よの人の哀傷かなしみよめる歌
原文 打麻乎 麻續王 白水郎有哉 射等篭荷四間乃 珠藻苅麻須
訓読 打ち麻を麻続の王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります
仮名 うちそを をみのおほきみ あまなれや いらごのしまの たまもかります
左注 (右案日本紀曰 天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯三位麻續王有罪流于因幡 一子流伊豆嶋 一子流血鹿嶋也 是云配于伊勢國伊良虞嶋者 若疑後人縁歌辞而誤記乎)
校異 なし
事項 雑歌 作者:時人 麻続王 愛知 伝承 枕詞 地名 植物
訓異 うちそを;うつあさを, いらごのしまの;いらこかしまの,
   
  01/0024
題詞 (麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌)麻續王聞之感傷和歌
題訓 麻續王のこの歌を聞かして感傷かなしみ和へたまへる歌
原文 空蝉之 命乎惜美 浪尓所濕 伊良虞能嶋之 玉藻苅食
訓読 うつせみの命を惜しみ波に濡れ伊良虞の島の玉藻刈り食す
仮名 うつせみの いのちををしみ なみにぬれ いらごのしまの たまもかりをす
左注 右案日本紀曰 天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯三位麻續王有罪流于因幡 一子流伊豆嶋 一子流血鹿嶋也 是云配于伊勢國伊良虞嶋者 若疑後人縁歌辞而誤記乎
左注訓 右、日本紀ヲ案フルニ曰ク、天皇四年乙亥夏四月戊戌 ノ朔乙卯、三品麻續王、罪有リテ因幡ニ流サレタマフ。 一子ハ伊豆ノ島ニ流サレタマフ。一子ハ血鹿ノ島ニ流 サレタマフ。是ニ伊勢国伊良虞ノ島ニ配スト云フハ、 若疑後ノ人歌辞ニ縁リテ誤記セルカ。
校異 なし
事項 雑歌 作者:麻続王 愛知 伝承 歌語り 枕詞 植物 地名
訓異 なみにぬれ;なみにひて, いらごのしまの;いらこのしまの, たまもかりをす;たまもかります,
   
  01/0025
題詞 天皇御製歌
題訓 天皇のみよみませる御製歌おほみうた
原文 三吉野之 耳我嶺尓 時無曽 雪者落家留 間無曽 雨者零計類 其雪乃 時無如 其雨乃 間無如 隈毛不落 <念>乍叙来 其山道乎
訓読 み吉野の 耳我の嶺に 時なくぞ 雪は降りける 間無くぞ 雨は降りける その雪の 時なきがごと その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来る その山道を
仮名 みよしのの みみがのみねに ときなくぞ ゆきはふりける まなくぞ あめはふりける そのゆきの ときなきがごと そのあめの まなきがごと くまもおちず おもひつつぞくる そのやまみちを
左注 なし
校異 思→念 [元][類][紀][古]
事項 雑歌 作者:大海人:天武 異伝 吉野 民謡 地名
訓異 みみがのみねに;みかのみねに, ときなくぞ;ときなくそ, まなくぞ;まなくそ, あめはふりける;あめはふりなる, ときなきがごと;ときなきかこと, まなきがごと;ひまなきかこと, くまもおちず;くまもおちす, おもひつつぞくる;おもひつつそくる,
   
  01/0026
題詞 (天皇御製歌)或本歌
題訓 或ル本マキノ歌
原文 三芳野之 耳我山尓 時自久曽 雪者落等言 無間曽 雨者落等言 其雪 不時如 其雨 無間如 隈毛不堕 思乍叙来 其山道乎
訓読 み吉野の 耳我の山に 時じくぞ 雪は降るといふ 間なくぞ 雨は降るといふ その雪の 時じきがごと その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来る その山道を
仮名 みよしのの みみがのやまに ときじくぞ ゆきはふるといふ まなくぞ あめはふるといふ そのゆきの ときじきがごと そのあめの まなきがごと くまもおちず おもひつつぞくる そのやまみちを
左注 右句々相換因此重載焉
左注訓 右、句々相換レリ。此ニ因テ重テ載タリ。
校異 なし
事項 雑歌 作者:大海人:天武 異伝 吉野 民謡 地名
訓異 みみがのやまに;みかねに, ときじくぞ;ときしくそ, まなくぞ;ひまなくそ, ときじきがごと;ときならぬこと, まなきがごと;ひまなきかこと, くまもおちず;くまもおちす, おもひつつぞくる;おもひつつそくる,
   
  01/0027
題詞 天皇幸于吉野宮時御製歌
題訓 天皇の吉野の宮に幸せる時にみよみませる御製歌おほみうた
原文 淑人乃 良跡吉見而 好常言師 芳野吉見<与> 良人四来三
訓読 淑き人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よ良き人よく見
仮名 よきひとの よしとよくみて よしといひし よしのよくみよ よきひとよくみ
左注 紀曰 八年己卯五月庚辰朔甲申幸于吉野宮
左注訓 紀ニ曰ク、八年己卯五月庚辰朔甲申、吉野宮ニ幸ス。
校異 多→与 [元(朱)] [寛] 與 [西(右書)] 欲
事項 雑歌 作者:大海人:天武 吉野 行幸 地名 土地讃美
訓異 よきひとよくみ;よきひとよきみ,
   
  01/0028
題詞 藤原宮御宇天皇代[高天原廣野姫天皇 元年丁亥十一年譲位軽太子 <尊>号曰太上天皇] / 天皇御製歌
題訓 藤原の宮に天の下しろしめしし天皇の代 天皇のみよみませる御製歌おほみうた
原文 春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山
訓読 春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山
仮名 はるすぎて なつきたるらし しろたへの ころもほしたり あめのかぐやま
左注 なし
校異 <>→尊 [元][冷][紀]
事項 雑歌 作者:持統天皇 飛鳥 季節 地名 枕詞
訓異 はるすぎて;はるすきて, なつきたるらし;なつきにけらし, ころもほしたり;ころもさらせり, あめのかぐやま;あまのかくやま,
   
  01/0029
題詞 過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌
題訓 近江の荒れたる都を過ゆく時、柿本朝臣人麿がよめる歌
原文 玉手次 畝火之山乃 橿原乃 日知之御世従 [或云 自宮] 阿礼座師 神之<盡> 樛木乃 弥継嗣尓 天下 所知食之乎 [或云 食来] 天尓満 倭乎置而 青丹吉 平山乎超 [或云 虚見 倭乎置 青丹吉 平山越而] 何方 御念食可 [或云 所念計米可] 天離 夷者雖有 石走 淡海國乃 樂浪乃 大津宮尓 天下 所知食兼 天皇之 神之御言能 大宮者 此間等雖聞 大殿者 此間等雖云 春草之 茂生有 霞立 春日之霧流 [或云 霞立 春日香霧流 夏草香 繁成奴留] 百礒城之 大宮處 見者悲<毛> [或云 見者左夫思毛]
訓読 玉たすき 畝傍の山の 橿原の ひじりの御代ゆ [或云 宮ゆ] 生れましし 神のことごと 栂の木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを [或云 めしける] そらにみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え [或云 そらみつ 大和を置き あをによし 奈良山越えて] いかさまに 思ほしめせか [或云 思ほしけめか] 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の命の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 茂く生ひたる 霞立つ 春日の霧れる [或云 霞立つ 春日か霧れる 夏草か 茂くなりぬる] ももしきの 大宮ところ 見れば悲しも [或云 見れば寂しも]
仮名 たまたすき うねびのやまの かしはらの ひじりのみよゆ [みやゆ] あれましし かみのことごと つがのきの いやつぎつぎに あめのした しらしめししを [めしける] そらにみつ やまとをおきて あをによし ならやまをこえ [そらみつ やまとをおき あをによし ならやまこえて] いかさまに おもほしめせか [おもほしけめか] あまざかる ひなにはあれど いはばしる あふみのくにの ささなみの おほつのみやに あめのした しらしめしけむ すめろきの かみのみことの おほみやは ここときけども おほとのは ここといへども はるくさの しげくおひたる かすみたつ はるひのきれる [かすみたつ はるひかきれる なつくさか しげくなりぬる] ももしきの おほみやところ みればかなしも [みればさぶしも]
左注 なし
校異 書→盡 [元][類][冷] / 母→毛 [元][類][冷]
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 荒都歌 大津 鎮魂 地名 枕詞 地名 滋賀
訓異 うねびのやまの;うねひのやまの, ひじりのみよゆ;ひしりのみよゆ,[みやゆ], かみのことごと;かみのあらはす, つがのきの;とかのきの, いやつぎつぎに;いやつきつきに,[めしける],[そらみつ,やまとをおき,あをによし,ならやまこえて], おもほしめせか;おほしめしてか,[おもほしけめか], あまざかる;あまさかる, ひなにはあれど;ひなにはあれと, いはばしる;いははしる, あふみのくにの;あうみのくにの, ここときけども;ここときけとも, ここといへども;ここといへとも, はるくさの;わかくさの, しげくおひたる;しけくおひたる,[かすみたつ,はるひかきれる,なつくさか,しげくなりぬる], みればかなしも;みれはかなしも,[みればさぶしも],
   
  01/0030
題詞 (過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌)反歌
題訓 反し歌
原文 樂浪之 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津
訓読 楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ
仮名 ささなみの しがのからさき さきくあれど おほみやひとの ふねまちかねつ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 荒都歌 大津 鎮魂 地名 滋賀
訓異 しがのからさき;しかのからさき, さきくあれど;さきくあれと,
   
  01/0031
題詞 ((過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌)反歌)
原文 左散難弥乃 志我能 [一云 比良乃] 大和太 與杼六友 昔人二 亦母相目八毛 [一云 将會跡母戸八]
訓読 楽浪の志賀の [一云 比良の] 大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも [一云 逢はむと思へや]
仮名 ささなみの しがの [ひらの] おほわだ よどむとも むかしのひとに またもあはめやも [あはむとおもへや]
左注 なし
校異 二 [類][古] 尓
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 荒都歌 大津 鎮魂 地名 滋賀
訓異 しがの;しかの,[ひらの], おほわだ;おほわた, よどむとも;よとむとも, [あはむとおもへや],
   
  01/0032
題詞 高市古人感傷近江舊堵作歌 [或書云高市連黒人]
題訓 高市連黒人たけちのむらじくろひとが近江の堵みやこの旧あれたるを感傷しみよめる歌
原文 古 人尓和礼有哉 樂浪乃 故京乎 見者悲寸
訓読 古の人に我れあれや楽浪の古き都を見れば悲しき
仮名 いにしへの ひとにわれあれや ささなみの ふるきみやこを みればかなしき
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:高市黒人 荒都歌 大津 地名 滋賀
訓異 いにしへの;ふるひとに, ひとにわれあれや;われあるらめや, みればかなしき;みれはかなしき,
   
  01/0033
題詞 (高市古人感傷近江舊堵作歌 [或書云高市連黒人])
原文 樂浪乃 國都美神乃 浦佐備而 荒有京 見者悲毛
訓読 楽浪の国つ御神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも
仮名 ささなみの くにつみかみの うらさびて あれたるみやこ みればかなしも
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:高市黒人 荒都歌 大津 国魂 地名 滋賀
訓異 うらさびて;うらさひて, みればかなしも;みれはかなしも,
   
  01/0034
題詞 幸于紀伊國時川嶋皇子御作歌 [或云山上臣憶良作]
題訓 紀伊国に幸せる時、川島皇子のよみませる歌みうた 或ルヒト云ク、山上臣憶良ガ作
原文 白浪乃 濱松之枝乃 手向草 幾代左右二賀 年乃經去良武 [一云 年者經尓計武]
訓読 白波の浜松が枝の手向け草幾代までにか年の経ぬらむ [一云 年は経にけむ]
仮名 しらなみの はままつがえの たむけくさ いくよまでにか としのへぬらむ [としはへにけむ]
左注 日本紀曰朱鳥四年庚寅秋九月天皇幸紀伊國也
左注訓 日本紀ニ曰ク、朱鳥四年庚寅秋九月、天皇紀伊国ニ幸ス。
校異 曰 [冷][紀][細] 云
事項 雑歌 作者:川島皇子 山上憶良 代作 紀州 和歌山 行幸 植物 地名
訓異 はままつがえの;はままつかえの, いくよまでにか;いくよまてにか,
   
  01/0035
題詞 越勢能山時阿閇皇女御作歌
題訓 勢せの山を越えたまふ時、阿閇皇女あべのひめみこのよみませる御歌
原文 此也是能 倭尓四手者 我戀流 木路尓有云 名二負勢能山
訓読 これやこの大和にしては我が恋ふる紀路にありといふ名に負ふ背の山
仮名 これやこの やまとにしては あがこふる きぢにありといふ なにおふせのやま
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:阿閇皇女 羈旅 妹背 行幸 和歌山 紀州 地名 土地讃美
訓異 あがこふる;わかこふる, きぢにありといふ;きちにありといふ,
   
  01/0036
題詞 幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌
題訓 吉野の宮に幸せる時、柿本朝臣人麿がよめる歌
原文 八隅知之 吾大王之 所聞食 天下尓 國者思毛 澤二雖有 山川之 清河内跡 御心乎 吉野乃國之 花散相 秋津乃野邊尓 宮柱 太敷座波 百礒城乃 大宮人者 船並弖 旦川渡 舟<競> 夕河渡 此川乃 絶事奈久 此山乃 弥高<思良>珠 水激 瀧之宮子波 見礼跡不飽可<問>
訓読 やすみしし 我が大君の きこしめす 天の下に 国はしも さはにあれども 山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば ももしきの 大宮人は 舟並めて 朝川渡る 舟競ひ 夕川渡る この川の 絶ゆることなく この山の いや高知らす 水激る 瀧の宮処は 見れど飽かぬかも
仮名 やすみしし わがおほきみの きこしめす あめのしたに くにはしも さはにあれども やまかはの きよきかふちと みこころを よしののくにの はなぢらふ あきづののへに みやばしら ふとしきませば ももしきの おほみやひとは ふねなめて あさかはわたる ふなぎほひ ゆふかはわたる このかはの たゆることなく このやまの いやたかしらす みづはしる たきのみやこは みれどあかぬかも
左注 (右日本紀曰 三年己丑正月天皇幸吉野宮 八月幸吉野宮 四年庚寅二月幸吉野宮 五月幸吉野宮 五年辛卯正月幸吉野宮 四月幸吉野宮者 未詳知何月従駕作歌)
校異 並 [古][紀] 并 / 竟→競 [元][類][紀] / 良思→思良 [元][類][紀] / 聞→問 [元][類][冷]
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 吉野 離宮 行幸 従駕 宮廷讃美 国見 地名 枕詞
訓異 わがおほきみの;わかおほきみの, さはにあれども;さはにあれとも, きよきかふちと;きよきかうちと, はなぢらふ;はなちらふ, あきづののへに;あきつののへに, みやばしら;みやはしら, ふとしきませば;ふとしきませは, あさかはわたる;あさかはわたり, ふなぎほひ;ふなきほひ, ゆふかはわたる;ゆふかはわたり, たゆることな[寛]く, いやたかしらす;いやたかからし, みづはしる;みつの, みれどあかぬかも;みれとあかぬかも,
   
  01/0037
題詞 (幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌)反歌
題訓 反し歌
原文 雖見飽奴 吉野乃河之 常滑乃 絶事無久 復還見牟
訓読 見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまたかへり見む
仮名 みれどあかぬ よしののかはの とこなめの たゆることなく またかへりみむ
左注 (右日本紀曰 三年己丑正月天皇幸吉野宮 八月幸吉野宮 四年庚寅二月幸吉野宮 五月幸吉野宮 五年辛卯正月幸吉野宮 四月幸吉野宮者 未詳知何月従駕作歌)
校異 なし
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 吉野 離宮 行幸 従駕 宮廷讃美 国見 地名
訓異 みれどあかぬ;みれとあかぬ,
   
  01/0038
題詞 (幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌)
原文 安見知之 吾大王 神長柄 神佐備世須登 <芳>野川 多藝津河内尓 高殿乎 高知座而 上立 國見乎為<勢><婆> 疊有 青垣山 々神乃 奉御調等 春部者 花挿頭持 秋立者 黄葉頭<刺>理 [一云 黄葉加射之] <逝>副 川之神母 大御食尓 仕奉等 上瀬尓 鵜川乎立 下瀬尓 小網刺渡 山川母 依弖奉流 神乃御代鴨
訓読 やすみしし 我が大君 神ながら 神さびせすと 吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知りまして 登り立ち 国見をせせば たたなはる 青垣山 山神の 奉る御調と 春へは 花かざし持ち 秋立てば 黄葉かざせり [一云 黄葉かざし] 行き沿ふ 川の神も 大御食に 仕へ奉ると 上つ瀬に 鵜川を立ち 下つ瀬に 小網さし渡す 山川も 依りて仕ふる 神の御代かも
仮名 やすみしし わがおほきみ かむながら かむさびせすと よしのかは たぎつかふちに たかとのを たかしりまして のぼりたち くにみをせせば たたなはる あをかきやま やまつみの まつるみつきと はるへは はなかざしもち あきたてば もみちかざせり [もみちばかざし] ゆきそふ かはのかみも おほみけに つかへまつると かみつせに うかはをたち しもつせに さでさしわたす やまかはも よりてつかふる かみのみよかも
左注 (右日本紀曰 三年己丑正月天皇幸吉野宮 八月幸吉野宮 四年庚寅二月幸吉野宮 五月幸吉野宮 五年辛卯正月幸吉野宮 四月幸吉野宮者 未詳知何月従駕作歌)
校異 吉→芳 [元][類][紀] / <>→勢 [冷] / 波→婆 [元] / 判→刺 [元][類][紀] / 遊→逝 [元]
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 吉野 離宮 行幸 従駕 宮廷讃美 国見 地名
訓異 わがおほきみ;わかおほきみの, かむながら;かみなから, かむさびせすと;かみさひせすと, たぎつかふちに;たきつかうちに, のぼりたち;のほりたち, くにみをせせば;くにみをすれは, あをかきやま;あをかきやまの, はるへは;はるへには, はなかざしもち;はなかさしもち, あきたてば;あきたては, もみちかざせり;もみちかさせり,[もみちばかざし], ゆきそふ;ゆふ, うかはをたち;うかはをたて, さでさしわたす;さてさしわたす,
   
  01/0039
題詞 (幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌)反歌
題訓 反し歌
原文 山川毛 因而奉流 神長柄 多藝津河内尓 船出為加母
訓読 山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に舟出せすかも
仮名 やまかはも よりてつかふる かむながら たぎつかふちに ふなでせすかも
左注 右日本紀曰 三年己丑正月天皇幸吉野宮 八月幸吉野宮 四年庚寅二月幸吉野宮 五月幸吉野宮 五年辛卯正月幸吉野宮 四月幸吉野宮者 未詳知何月従駕作歌
左注訓 右、日本紀ニ曰ク、三年己丑正月、天皇吉野宮ニ幸ス。 八月、吉野宮ニ幸ス。四年庚寅二月、吉野宮ニ幸ス。 五月、吉野宮ニ幸ス。五年辛卯正月、吉野宮ニ幸ス。 四月、吉野宮ニ幸セリトイヘリ。何月ノ従駕ニテ作ル 歌ナルコトヲ詳ラカニ知ラズ。
校異 なし
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 吉野 離宮 行幸 従駕 宮廷讃美 国見 地名
訓異 かむながら;かみなから, たぎつかふちに;たきつかうちに, ふなでせすかも;ふなてするかも,
   
  01/0040
題詞 幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌
題訓 伊勢国に幸せる時の歌(右の三首みうたは、柿本朝臣人麿が京みやこに留りてよめる。)
原文 鳴呼見乃浦尓 船乗為良武 D嬬等之 珠裳乃須十二 四寳三都良武香
訓読 嗚呼見の浦に舟乗りすらむをとめらが玉裳の裾に潮満つらむか
仮名 あみのうらに ふなのりすらむ をとめらが たまものすそに しほみつらむか
左注 (右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位三上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮)
校異 なし
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 留京 留守 伊勢行幸 地名
訓異 をとめらが;をとめらか,
   
  01/0041
題詞 (幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌)
原文 釼著 手節乃埼二 今<日>毛可母 大宮人之 玉藻苅良<武>
訓読 釧着く答志の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ
仮名 くしろつく たふしのさきに けふもかも おほみやひとの たまもかるらむ
左注 (右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位三上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮)
校異 <>→日 [類][冷][紀] / 哉→武 [類][冷][紀]
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 留京 留守 伊勢行幸 地名 枕詞
訓異 くしろつく;たちはきの,
   
  01/0042
題詞 (幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌)
題訓 (伊勢国に幸せる時の歌)右の三首みうたは、柿本朝臣人麿が京みやこに留りてよめる。
原文 潮左為二 五十等兒乃嶋邊 榜船荷 妹乗良六鹿 荒嶋廻乎
訓読 潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ舟に妹乗るらむか荒き島廻を
仮名 しほさゐに いらごのしまへ こぐふねに いものるらむか あらきしまみを
左注 (右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位三上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮)
校異 なし
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 留京 留守 伊勢行幸 地名
訓異 いらごのしまへ;いらこのしまへ, こぐふねに;こくふねに, あらきしまみを;あらきしまわを,
   
  01/0043
題詞 (幸于伊勢國時)當麻真人麻呂妻作歌
題訓 右の一首ひとうたは、當麻真人麻呂たぎまのまひとまろが妻め。
原文 吾勢枯波 何所行良武 己津物 隠乃山乎 今日香越等六
訓読 我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ
仮名 わがせこは いづくゆくらむ おきつもの なばりのやまを けふかこゆらむ
左注 (右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位三上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮)
校異 なし
事項 雑歌 作者:當麻真人麻呂妻 留京 留守 伊勢行幸 妻歌 枕詞 地名
訓異 わがせこは;わかせこは, いづくゆくらむ;いつちゆくらむ, なばりのやまを;かくれのやまを,
   
  01/0044
題詞 (幸于伊勢國時)石上大臣従駕作歌
題訓 右の一首は、石上いそのかみの大臣おほまへつきみの従駕おほみともつかへまつりてよめる。
原文 吾妹子乎 去来見乃山乎 高三香裳 日本能不所見 國遠見可聞
訓読 我妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも
仮名 わぎもこを いざみのやまを たかみかも やまとのみえぬ くにとほみかも
左注 右日本紀曰 朱鳥六年壬辰春三月丙寅朔戊辰以浄<廣>肆廣瀬王等為留守官 於是中納言三輪朝臣高市麻呂脱其冠位三上於朝重諌曰 農作之前車駕未可以動 辛未天皇不従諌 遂幸伊勢 五月乙丑朔庚午御阿胡行宮
左注訓 右、日本紀ニ曰ク、朱鳥六年壬辰春三月丙寅ノ朔戊辰、 浄広肆廣瀬王等ヲ以テ、留守官ト為ス。是ニ中納言三輪 朝臣高市麻呂、其ノ冠位カガフリヲ脱キテ、朝ニササゲテ、重ネ テ諌メテ曰ク、農作ナリハヒノ前、車駕以テ動スベカラズ。辛未、 天皇諌ニ従ハズシテ、遂ニ伊勢ニ幸シタマフ。五月乙丑 朔庚午、阿胡行宮ニ御ス。
校異 <>→廣 [西(右書)][元][冷][紀]
事項 雑歌 作者:石上麻呂 伊勢 行幸 三重 羈旅 望郷 枕詞 地名
訓異 わぎもこを;わきもこを, いざみのやまを;いさみのやまを,
   
  01/0045
題詞 軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌
題訓 輕皇子の安騎あきの野に宿りませる時、柿本朝臣人麿がよめる歌
原文 八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 神長柄 神佐備世須<等> 太敷為 京乎置而 隠口乃 泊瀬山者 真木立 荒山道乎 石根 禁樹押靡 坂鳥乃 朝越座而 玉限 夕去来者 三雪落 阿騎乃大野尓 旗須為寸 四能乎押靡 草枕 多日夜取世須 古昔念而
訓読 やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 神ながら 神さびせすと 太敷かす 都を置きて 隠口の 初瀬の山は 真木立つ 荒き山道を 岩が根 禁樹押しなべ 坂鳥の 朝越えまして 玉限る 夕去り来れば み雪降る 安騎の大野に 旗すすき 小竹を押しなべ 草枕 旅宿りせす いにしへ思ひて
仮名 やすみしし わがおほきみ たかてらす ひのみこ かむながら かむさびせすと ふとしかす みやこをおきて こもりくの はつせのやまは まきたつ あらきやまぢを いはがね さへきおしなべ さかとりの あさこえまして たまかぎる ゆふさりくれば みゆきふる あきのおほのに はたすすき しのをおしなべ くさまくら たびやどりせす いにしへおもひて
左注 なし
校異 登→等 [元][冷][紀]
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 軽皇子 阿騎野 遊猟 狩猟 皇子讃歌 草壁皇子 追悼 大嘗祭 祭式 宇陀 地名 枕詞 植物
訓異 わがおほきみ;わかおほきみの, ひのみこ;ひのわかみこは, かむながら;かみなから, かむさびせすと;かみさひせすと, ふとしかす;ふとしきし, みやこをおきて;みやこをおきに, まきたつ;まきたてる, あらきやまぢを;あらやまみちを, いはがね;いはかねの, さへきおしなべ;ふせきおしなみ, あさこえまして;あさこゆまして, たまかぎる;たまきはる, ゆふさりくれば;ゆふさりくれは, しのをおしなべ;しのをおしなみ, たびやどりせす;たひやとりせす, いにしへおもひて;むかしおもひて,
   
  01/0046
題詞 (軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌
題訓 短歌みじかうた
原文 阿騎乃<野>尓 宿旅人 打靡 寐毛宿良<目>八方 古部念尓
訓読 安騎の野に宿る旅人うち靡き寐も寝らめやもいにしへ思ふに
仮名 あきののに やどるたびひと うちなびき いもぬらめやも いにしへおもふに
左注 なし
校異 <>→野 [紀] / 自→目 [類][紀]
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 軽皇子 阿騎野 遊猟 狩猟 皇子讃歌 草壁皇子 追悼 大嘗祭 祭式 宇陀 地名
訓異 やどるたびひと;やとるたひひと, うちなびき;うちなひき, いもぬらめやも;いもねらしやも, いにしへおもふに;いにしおもふに,
   
  01/0047
題詞 ((軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌)
原文 真草苅 荒野者雖有 葉 過去君之 形見跡曽来師
訓読 ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君が形見とぞ来し
仮名 まくさかる あらのにはあれど もみちばの すぎにしきみが かたみとぞこし
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 軽皇子 阿騎野 遊猟 狩猟 皇子讃歌 草壁皇子 追悼 大嘗祭 祭式 宇陀 地名 枕詞
訓異 もみちばの;は, すぎにしきみが;すぎゆくきみか, かたみとぞこし;かたみとあとよりそこし,
   
  01/0048
題詞 ((軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌)
原文 東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡
訓読 東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ
仮名 ひむがしの のにかぎろひの たつみえて かへりみすれば つきかたぶきぬ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 軽皇子 阿騎野 遊猟 狩猟 皇子讃歌 草壁皇子 追悼 大嘗祭 祭式 宇陀 地名
訓異 ひむがしの;あずま
  のにかぎろひの;ののけぶりの
  たつみえて;たてるところみて, かへりみすれば;かへりみすれは, つきかたぶきぬ;つきかたふきぬ,
   
  01/0049
題詞 ((軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌)短歌)
原文 日雙斯 皇子命乃 馬副而 御猟立師斯 時者来向
訓読 日並の皇子の命の馬並めてみ狩り立たしし時は来向ふ
仮名 ひなみしの みこのみことの うまなめて みかりたたしし ときはきむかふ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:柿本人麻呂 軽皇子 阿騎野 遊猟 狩猟 皇子讃歌 草壁皇子 追悼 大嘗祭 祭式 宇陀 地名
訓異 ひなみしの;ひなし, うまなめて;むまになめて, みかりたたしし;みかりたちしし, ときはきむかふ;ときはこむかふ,
   
  01/0050
題詞 藤原宮之役民作歌
題訓 藤原の宮営つくりに役たてる民のよめる歌
原文 八隅知之 吾大王 高照 日<乃>皇子 荒妙乃 藤原我宇倍尓 食國乎 賣之賜牟登 都宮者 高所知武等 神長柄 所念奈戸二 天地毛 縁而有許曽 磐走 淡海乃國之 衣手能 田上山之 真木佐苦 桧乃嬬手乎 物乃布能 八十氏河尓 玉藻成 浮倍流礼 其乎取登 散和久御民毛 家忘 身毛多奈不知 鴨自物 水尓浮居而 吾作 日之御門尓 不知國 依巨勢道従 我國者 常世尓成牟 圖負留 神龜毛 新代登 泉乃河尓 持越流 真木乃都麻手乎 百不足 五十日太尓作 泝須<良>牟 伊蘇波久見者 神随尓有之
訓読 やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤原が上に 食す国を 見したまはむと みあらかは 高知らさむと 神ながら 思ほすなへに 天地も 寄りてあれこそ 石走る 近江の国の 衣手の 田上山の 真木さく 桧のつまでを もののふの 八十宇治川に 玉藻なす 浮かべ流せれ 其を取ると 騒く御民も 家忘れ 身もたな知らず 鴨じもの 水に浮き居て 我が作る 日の御門に 知らぬ国 寄し巨勢道より 我が国は 常世にならむ 図負へる くすしき亀も 新代と 泉の川に 持ち越せる 真木のつまでを 百足らず 筏に作り 泝すらむ いそはく見れば 神ながらにあらし
仮名 やすみしし わがおほきみ たかてらす ひのみこ あらたへの ふぢはらがうへに をすくにを めしたまはむと みあらかは たかしらさむと かむながら おもほすなへに あめつちも よりてあれこそ いはばしる あふみのくにの ころもでの たなかみやまの まきさく ひのつまでを もののふの やそうぢがはに たまもなす うかべながせれ そをとると さわくみたみも いへわすれ みもたなしらず かもじもの みづにうきゐて わがつくる ひのみかどに しらぬくに よしこせぢより わがくには とこよにならむ あやおへる くすしきかめも あらたよと いづみのかはに もちこせる まきのつまでを ももたらず いかだにつくり のぼすらむ いそはくみれば かむながらにあらし
左注 右日本紀曰 朱鳥七年癸巳秋八月幸藤原宮地 八年甲午春正月幸藤原宮 冬十二月庚戌朔乙卯遷居藤原宮
左注訓 右、日本紀ニ曰ク、朱鳥七年癸巳秋八月、藤原ノ宮地ニ 幸ス。八年甲午春正月、藤原宮ニ幸ス。冬十二月庚戌ノ 朔乙卯、藤原宮ニ遷リ居ス。
校異 之→乃 [元][類][冷][紀] / 郎→良 [元][類][紀]
事項 雑歌 作者:役民 藤原 枕詞 地名
訓異 わがおほきみ;わかおほきみの, ひのみこ;ひのわかみこは, ふぢはらがうへに;ふちはらかうへに, をすくにを;をしくにを, みあらかは;みやこには, たかしらさむと;たかしるらむと, かむながら;かみなから, いはばしる;いははしる, あふみのくにの;あはうみのくにの, ころもでの;ころもての, ひのつまでを;ひのつまてを, やそうぢがはに;やそうちかはに, うかべながせれ;うかへなかせれ, みもたなしらず;みもたなしらす, かもじもの;かもしもの, みづにうきゐて;みつにうきさて, わがつくる;わかつくる, ひのみかどに;ひのみかとに, しらぬくに;いそのくに, よしこせぢより;よりこせちより, わがくには;わかくには, あやおへる;ふみおへる, くすしきかめも;あやしきかめも, あらたよと;あたらよと, いづみのかはに;いつみのかはに, まきのつまでを;まきのつまてを, ももたらず;ももたらす, いかだにつくり;いかたにつくり, のぼすらむ;のほすらむ, いそはくみれば;いそはくみるは, かむながらにあらし;かみのままならし,
   
  01/0051
題詞 従明日香宮遷居藤原宮之後志貴皇子御作歌
題訓 明日香の宮より藤原の宮に遷り居ましし後、志貴皇子のよみませる御歌
原文 婇女乃 袖吹反 明日香風 京都乎遠見 無用尓布久
訓読 采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く
仮名 うねめの そでふきかへす あすかかぜ みやこをとほみ いたづらにふく
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:志貴皇子 荒都歌 飛鳥 地名
訓異 うねめの;たをやめの, そでふきかへす;そてふきかへす, あすかかぜ;あすかかせ, いたづらにふく;いたつらにふく,
   
  01/0052
題詞 藤原宮御井歌
題訓 藤原の宮の御井の歌
原文 八隅知之 和期大王 高照 日之皇子 麁妙乃 藤井我原尓 大御門 始賜而 埴安乃 堤上尓 在立之 見之賜者 日本乃 青香具山者 日經乃 大御門尓 春山<跡> 之美佐備立有 畝火乃 此美豆山者 日緯能 大御門尓 弥豆山跡 山佐備伊座 耳<為>之 青菅山者 背友乃 大御門尓 宣名倍 神佐備立有 名細 吉野乃山者 影友乃 大御門<従> 雲居尓曽 遠久有家留 高知也 天之御蔭 天知也 日<之>御影乃 水許曽婆 常尓有米 御井之清水
訓読 やすみしし 我ご大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤井が原に 大御門 始めたまひて 埴安の 堤の上に あり立たし 見したまへば 大和の 青香具山は 日の経の 大御門に 春山と 茂みさび立てり 畝傍の この瑞山は 日の緯の 大御門に 瑞山と 山さびいます 耳成の 青菅山は 背面の 大御門に よろしなへ 神さび立てり 名ぐはし 吉野の山は かげともの 大御門ゆ 雲居にぞ 遠くありける 高知るや 天の御蔭 天知るや 日の御蔭の 水こそば とこしへにあらめ 御井のま清水
仮名 やすみしし わごおほきみ たかてらす ひのみこ あらたへの ふぢゐがはらに おほみかど はじめたまひて はにやすの つつみのうへに ありたたし めしたまへば やまとの あをかぐやまは ひのたての おほみかどに はるやまと しみさびたてり うねびの このみづやまは ひのよこの おほみかどに みづやまと やまさびいます みみなしの あをすがやまは そともの おほみかどに よろしなへ かむさびたてり なぐはし よしののやまは かげともの おほみかどゆ くもゐにぞ とほくありける たかしるや あめのみかげ あめしるや ひのみかげの みづこそば とこしへにあらめ みゐのましみづ
左注 (右歌作者未詳)
校異 路→跡 [古] / 高→為 [万葉考] / 徒→従 [元][類][紀] / <>→之 [元][類][古][冷][紀]
事項 雑歌 藤原 宮廷讃美 御井 枕詞 地名 奈良
訓異 わごおほきみ;わかおほきみの, ひのみこ;ひのわかみこ, ふぢゐがはらに;ふちゐかはらに, おほみかど;おほみかと, はじめたまひて;はしめたまひて, めしたまへば;みしたまへれは, あをかぐやまは;あをかくやまは, おほみかどに;おほきみかとに, はるやまと;はるやまち, しみさびたてり;しみさひたてり, うねびの;うねひの, このみづやまは;このみつあまは, ひのよこの;ひのぬきの, おほみかどに;おほきみかとに, みづやまと;みつやまと, やまさびいます;やまさひいます, みみなしの;みみたかの, あをすがやまは;あをすけやまは, おほみかどに;おほきみかとに, かむさびたてり;かみさひたてり, なぐはし;なくわし, かげともの;かけともの, おほみかどゆ;おほきみかとに, くもゐにぞ;くもゐにそ, あめのみかげ;あめのみかけ, ひのみかげの;ひのみかけの, みづこそば;みつこそは, とこしへにあらめ;ときはにあらめ, みゐのましみづ;みゐのきよみつ,
   
  01/0053
題詞 (藤原宮御井歌)短歌
原文 藤原之 大宮都加倍 安礼衝哉 處女之友者 <乏>吉<呂>賀聞
訓読 藤原の大宮仕へ生れ付くや娘子がともは羨しきろかも
仮名 ふぢはらの おほみやつかへ あれつくや をとめがともは ともしきろかも
左注 右歌作者未詳
左注訓 右の歌、作者よみひと未詳しらず。
校異 之→乏 [玉嬥小琴] / 召→呂 [元][類][紀]
事項 雑歌 藤原 宮廷讃美 御井 地名 奈良
訓異 ふぢはらの;ふちはらの, あれつくや;あれせむや, をとめがともは;をとめかともは, ともしきろかも;しきりめすかも,
   
  01/0054
題詞 大寶元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀<伊>國時歌
題訓 大宝だいはう元年はじめのとし辛丑かのとうし、太上天皇の吉野の宮に幸せる時の歌
原文 巨勢山乃 列々椿 都良々々尓 見乍思奈 許湍乃春野乎
訓読 巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を
仮名 こせやまの つらつらつばき つらつらに みつつしのはな こせのはるのを
左注 右一首坂門人足
左注訓 右の一首は、坂門人足さかどのひとたり。
校異 紀国→紀伊国 [元][類][紀]
事項 雑歌 大宝1年9月 年紀 作者:坂門人足 紀伊行幸 和歌山 巨勢 従駕 羈旅 土地讃美 地名
訓異 つらつらつばき;つらつらつはき, みつつしのはな;みつつおもふな,
   
  01/0055
題詞 (大寶元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀<伊>國時歌)
題訓 太上天皇の紀伊国に幸せる時、調首淡海つきのおびとあふみがよめる歌
原文 朝毛吉 木人乏母 亦打山 行来跡見良武 樹人友師母
訓読 あさもよし紀人羨しも真土山行き来と見らむ紀人羨しも
仮名 あさもよし きひとともしも まつちやま ゆきくとみらむ きひとともしも
左注 右一首調首淡海
校異 なし
事項 雑歌 大宝1年9月 年紀 作者:調首淡海 紀伊行幸 和歌山 亦打山 従駕 羈旅 土地讃美 地名 枕詞
訓異 あさもよし;あさもよい,
   
  01/0056
題詞 (大寶元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀<伊>國時歌)或本歌
題訓 或ル本ノ歌
原文 河上乃 列々椿 都良々々尓 雖見安可受 巨勢能春野者
訓読 川上のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は
仮名 かはかみの つらつらつばき つらつらに みれどもあかず こせのはるのは
左注 右一首春日蔵首老
左注訓 右の一首は、春日蔵首老かすがのくらびとおゆ。
校異 なし
事項 雑歌 大宝1年9月 年紀 作者:春日蔵首老 或本歌 巨勢 羈旅 土地讃美 地名 植物
訓異 つらつらつばき;つらつらつはき, みれどもあかず;みれともあかす,
   
  01/0057
題詞 二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌
題訓 二年ふたとせといふとし壬寅みづのえとら、太上天皇の参河国に幸せる時の歌
原文 引馬野尓 仁保布榛原 入乱 衣尓保波勢 多鼻能知師尓
訓読 引間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに
仮名 ひくまのに にほふはりはら いりみだれ ころもにほはせ たびのしるしに
左注 右一首長忌寸奥麻呂
左注訓 右の一首は、長忌寸奥麻呂ながのいみきおきまろ。
校異 なし
事項 雑歌 大宝2年 年紀 作者:長忌寸意吉麻呂 三河行幸 愛知 従駕 持統 羈旅 土地讃美 地名 植物
訓異 にほふはりはら;にほふはきはら, いりみだれ;いちみたる,
   
  01/0058
題詞 (二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌)
原文 何所尓可 船泊為良武 安礼乃埼 榜多味行之 棚無小舟
訓読 いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小舟
仮名 いづくにか ふなはてすらむ あれのさき こぎたみゆきし たななしをぶね
左注 右一首高市連黒人
左注訓 右の一首は、高市連黒人。
校異 なし
事項 雑歌 大宝2年 年紀 作者:高市黒人 三河行幸 愛知 従駕 持統 羈旅 地名
訓異 いづくにか;いつこにか, こぎたみゆきし;こきたみゆきし, たななしをぶね;たななしをふね,
   
  01/0059
題詞 譽謝女王作歌
題訓 右の一首は、譽謝女王よさのおほきみ。
原文 流經 妻吹風之 寒夜尓 吾勢能君者 獨香宿良<武>
訓読 流らふる妻吹く風の寒き夜に我が背の君はひとりか寝らむ
仮名 ながらふる つまふくかぜの さむきよに わがせのきみは ひとりかぬらむ
左注 なし
校異 哉→武 [西(訂正左書)][元][類][紀]
事項 雑歌 作者:誉謝女王 妻歌
訓異 ながらふる;なからふる, つまふくかぜの;つまふくかせの, わがせのきみは;わかせのきみは,
   
  01/0060
題詞 長皇子御歌
題訓 右の一首は、長皇子ながのみこ。
原文 暮相而 朝面無美 隠尓加 氣長妹之 廬利為里計武
訓読 宵に逢ひて朝面無み名張にか日長く妹が廬りせりけむ
仮名 よひにあひて あしたおもなみ なばりにか けながくいもが いほりせりけむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:長皇子 地名 奈良
訓異 あしたおもなみ;あさかほなしみ, なばりにか;かくれにか, けながくいもが;けなかきいもか,
   
  01/0061
題詞 舎人娘子従駕作歌
題訓 右の一首は、舎人娘子とねりのいらつめが従駕おほみともつかへまつりてよめる。
原文 <大>夫之 得物矢手挿 立向 射流圓方波 見尓清潔之
訓読 大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし
仮名 ますらをの さつやたばさみ たちむかひ いるまとかたは みるにさやけし
左注 なし
校異 丈→大 [元][類][冷]
事項 雑歌 作者:舎人娘子 伊勢行幸 三重 従駕 国見 羈旅 土地讃美 地名
訓異 さつやたばさみ;ともやたはさみ,
   
  01/0062
題詞 三野連[名闕]入唐時春日蔵首老作歌
題訓 三野連が唐もろこしに入つかはさるる時、春日蔵首老がよめる歌
原文 在根良 對馬乃渡 々中尓 <幣>取向而 早還許年
訓読 在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね
仮名 ありねよし つしまのわたり わたなかに ぬさとりむけて はやかへりこね
左注 なし
校異 弊→幣 [元][類][冷]
事項 雑歌 作者:春日老 三野連 入唐 餞別 地名 対馬
訓異 -
   
  01/0063
題詞 山上臣憶良在大唐時憶本郷作歌
題訓 山上臣憶良やまのへのおみおくらが、大唐もろこしに在りし時、本郷くに憶しぬひてよめる歌
原文 去来子等 早日本邊 大伴乃 御津乃濱松 待戀奴良武
訓読 いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ
仮名 いざこども はやくやまとへ おほともの みつのはままつ まちこひぬらむ
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 作者:山上憶良 唐 望郷 地名
訓異 いざこども;いさことも, はやくやまとへ;はやひのもとへ,
   
  01/0064
題詞 慶雲三年丙午幸于難波宮時 / 志貴皇子御作歌
題訓 慶雲きやううむ三年みとせといふとし丙午ひのえうま、難波の宮に幸せる時の歌
原文 葦邊行 鴨之羽我比尓 霜零而 寒暮夕 <倭>之所念
訓読 葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ
仮名 あしへゆく かものはがひに しもふりて さむきゆふへは やまとしおもほゆ
左注 なし
校異 和→倭 [元][冷][紀]
事項 雑歌 慶雲3年 年紀 作者:志貴皇子 難波 行幸 従駕 大阪 望郷 文武 羈旅 動物 植物 地名
訓異 かものはがひに;かものはかひに, やまとしおもほゆ;やまとしそおもふ,
   
  01/0065
題詞 (慶雲三年丙午幸于難波宮時)長皇子御歌
題訓 右の一首は、長皇子。
原文 霰打 安良礼松原 住吉<乃> 弟日娘与 見礼常不飽香聞
訓読 霰打つ安良礼松原住吉の弟日娘女と見れど飽かぬかも
仮名 あられうつ あられまつばら すみのえの おとひをとめと みれどあかぬかも
左注 なし
校異 之→乃 [元][類][古][冷][紀]
事項 雑歌 慶雲3年 年紀 作者:長皇子 難波 行幸 従駕 大阪 地名讃美 文武 枕詞 地名
訓異 あられうつ;あられふる, あられまつばら;あられまつはら, みれどあかぬかも;みれとあらぬかも,
   
  01/0066
題詞 太上天皇幸于難波宮時歌
題訓 太上天皇おほきすめらみことの難波の宮に幸せる時の歌
原文 大伴乃 高師能濱乃 松之根乎 枕宿杼 家之所偲由
訓読 大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ
仮名 おほともの たかしのはまの まつがねを まくらきぬれど いへししのはゆ
左注 右一首置始東人
左注訓 右の一首は、置始東人おきそめのあづまひと。
校異 なし
事項 雑歌 作者:置始東人 難波 行幸 従駕 大阪 持統 望郷 羈旅 地名 植物
訓異 まつがねを;まつかねを, まくらきぬれど;まくらねぬとか,
   
  01/0067
題詞 (太上天皇幸于難波宮時歌)
原文 旅尓之而 物戀<之伎><尓 鶴之>鳴毛 不所聞有世者 孤悲而死萬思
訓読 旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえずありせば恋ひて死なまし
仮名 たびにして ものこほしきに たづがねも きこえずありせば こひてしなまし
左注 右一首高安大嶋
左注訓 右の一首は、高安大島。
校異 <>→之伎<乃> [西(左右書)] / 乃→尓鶴之 [全註釈][注釈] / 鳴(事)[西(左書)]→鳴 [元][類][紀]
事項 雑歌 作者:高安大嶋 難波 行幸 従駕 大阪 持統 望郷 羈旅 地名 動物
訓異 たびにして;たひにして, ものこほしきに;ものこひしきの, たづがねも;なくことも, きこえずありせば;きこえさりせは,
   
  01/0068
題詞 (太上天皇幸于難波宮時歌)
原文 大伴乃 美津能濱尓有 忘貝 家尓有妹乎 忘而念哉
訓読 大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや
仮名 おほともの みつのはまなる わすれがひ いへなるいもを わすれておもへや
左注 右一首身人部王
左注訓 右の一首は、身人部王むとべのおほきみ。
校異 なし
事項 雑歌 作者:身人部王 難波 行幸 従駕 大阪 持統 望郷 地名 序詞
訓異 みつのはまなる;みつのはまにある, わすれがひ;わすれかひ, いへなるいもを;いへにあるいもを,
   
  01/0069
題詞 (太上天皇幸于難波宮時歌)
原文 草枕 客去君跡 知麻世婆 <崖>之<埴>布尓 仁寶播散麻思<呼>
訓読 草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを
仮名 くさまくら たびゆくきみと しらませば きしのはにふに にほはさましを
左注 右一首清江娘子進長皇子[姓氏未詳]
左注訓 右の一首は、清江娘子すみのえのをとめが、長皇子に 進たてまつれる歌。姓氏ハ詳カナラズ。
校異 婆 [元][類][紀] 波 / 岸→崖 [元][類] / 垣→埴 [元][類] / 乎→呼 [元][類]
事項 雑歌 作者:清江娘子 長皇子 遊行女婦 難波 大阪 持統 恋歌 旅 地名
訓異 たびゆくきみと;たひゆくきみと, しらませば;しらませは,
   
  01/0070
題詞 太上天皇幸于吉野宮時高市連黒人作歌
題訓 大宝だいはう元年はじめのとし辛丑かのとうし、太上天皇の吉野の宮に幸せる時の歌
原文 倭尓者 鳴而歟来良武 呼兒鳥 象乃中山 呼曽越奈流
訓読 大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる
仮名 やまとには なきてかくらむ よぶこどり きさのなかやま よびぞこゆなる
左注 なし
左注訓 右の一首は、高市連黒人。
校異 なし
事項 雑歌 作者:高市黒人 吉野 持統 行幸 大阪 従駕 望郷 地名 動物
訓異 よぶこどり;よふことり, よびぞこゆなる;よひそこゆなる,
   
  01/0071
題詞 大行天皇幸于難波宮時歌
題訓 大行天皇さきのすめらみことの難波の宮に幸せる時の歌
原文 倭戀 寐之不所宿尓 情無 此渚崎<未>尓 多津鳴倍思哉
訓読 大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや
仮名 やまとこひ いのねらえぬに こころなく このすさきみに たづなくべしや
左注 右一首忍坂部乙麻呂
左注訓 右の一首は、忍坂部乙麻呂おさかべのおとまろ。
校異 <>→未 [元][類][冷][紀]
事項 雑歌 作者:忍坂部乙麻呂 文武 難波 行幸 大阪 従駕 望郷 動物 地名
訓異 いのねらえぬに;いのねられぬに, このすさきみに;ここのすさきに, たづなくべしや;たつなくへしや,
   
  01/0072
題詞 (大行天皇幸于難波宮時歌)
原文 玉藻苅 奥敝波不<榜> 敷妙<乃> 枕之邊人 忘可祢津藻
訓読 玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも
仮名 たまもかる おきへはこがじ しきたへの まくらのあたり わすれかねつも
左注 右一首式部卿藤原宇合
左注訓 右の一首は、式部卿のりのつかさのかみ藤原宇合。
校異 搒→榜 [元] / 之→乃 [元][類][紀]
事項 雑歌 作者:藤原宇合 難波 文武 行幸 大阪 従駕 植物 枕詞
訓異 おきへはこがじ;おきへはこかし,
   
  01/0073
題詞 (大行天皇幸于難波宮時歌)長皇子御歌
原文 吾妹子乎 早見濱風 倭有 吾松椿 不吹有勿勤
訓読 我妹子を早見浜風大和なる我を松椿吹かざるなゆめ
仮名 わぎもこを はやみはまかぜ やまとなる あをまつつばき ふかざるなゆめ
左注 なし
左注訓 右の一首は、長皇子。
校異 なし
事項 雑歌 作者:長皇子 望郷 難波 大阪 文武 従駕 行幸 地名 植物
訓異 わぎもこを;わきもこを, はやみはまかぜ;はやみはまかせ, あをまつつばき;かかまつつはき, ふかざるなゆめ;ふかさるなゆめ,
   
  01/0074
題詞 大行天皇幸于吉野宮時歌
題訓 大行天皇の吉野の宮に幸せる時の歌
原文 見吉野乃 山下風之 寒久尓 為當也今夜毛 我獨宿牟
訓読 み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我が独り寝む
仮名 みよしのの やまのあらしの さむけくに はたやこよひも わがひとりねむ
左注 右一首或云 天皇御製歌
左注訓 右の一首は、或るひとの云はく、天皇のみよみませる 御製歌おほみうた。
校異 なし
事項 雑歌 作者:文武 吉野 行幸 望郷 妹 異伝 地名
訓異 やまのあらしの;やましたかせの, わがひとりねむ;われひとりねむ,
   
  01/0075
題詞 (大行天皇幸于吉野宮時歌)
原文 宇治間山 朝風寒之 旅尓師手 衣應借 妹毛有勿久尓
訓読 宇治間山朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに
仮名 うぢまやま あさかぜさむし たびにして ころもかすべき いももあらなくに
左注 右一首長屋王
左注訓 右の一首は、長屋王。
校異 なし
事項 雑歌 作者:長屋王 吉野 行幸 妹 地名
訓異 うぢまやま;うちまやま, あさかぜさむし;あさかせさむし, たびにして;たひにして, ころもかすべき;ころもかすへき,
   
  01/0076
題詞 和銅元年戊申 / 天皇<御製>
題訓 寧樂ならの宮に天の下知ろしめしし天皇の代  和銅元年はじめのとし戊申つちのえさる、天皇のみよみませる御製歌おほみうた
原文 大夫之 鞆乃音為奈利 物部乃 大臣 楯立良思母
訓読 ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも
仮名 ますらをの とものおとすなり もののふの おほまへつきみ たてたつらしも
左注 なし
校異 御製歌→御製 [冷][紀]
事項 雑歌 和銅1年 年紀 作者:元明 和銅 儀式
訓異 おほまへつきみ;おほまうちきみ,
   
  01/0077
題詞 (和銅元年戊申 / 天皇<御製>)御名部皇女奉和御歌
題訓 御名部皇女みなべのひめみこの和こたへ奉れる御歌
原文 吾大王 物莫御念 須賣神乃 嗣而賜流 吾莫勿久尓
訓読 吾が大君ものな思ほし皇神の継ぎて賜へる我なけなくに
仮名 わがおほきみ ものなおもほし すめかみの つぎてたまへる われなけなくに
左注 なし
校異 なし
事項 雑歌 和銅1年 年紀 作者:御名部皇女 奉和
訓異 わがおほきみ;わかみかと, ものなおもほし;ものなおもほしそ, つぎてたまへる;つきてたまへる, われなけなくに;われならなくに,
   
  01/0078
題詞 和銅三年庚戌春二月従藤原宮遷于寧樂宮時御輿停長屋原<廻>望古郷<作歌> [一書云 太上天皇御製]
題訓 三年庚戌かのえいぬ春三月やよひ藤原の宮より寧樂の宮に遷りませる時、長屋の原に御輿みこし停とどめて古郷ふるさとを廻望かへりみしたまひてよみませる歌みうた 一書ニ云ク、飛鳥宮ヨリ藤原宮ニ遷リマセル時、太上天皇御製ミマセリ
原文 飛鳥 明日香能里乎 置而伊奈婆 君之當者 不所見香聞安良武 [一云 君之當乎 不見而香毛安良牟]
訓読 飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ [一云 君があたりを見ずてかもあらむ]
仮名 とぶとりの あすかのさとを おきていなば きみがあたりは みえずかもあらむ [きみがあたりを みずてかもあらむ]
左注 なし
校異 迥→廻 [元][類] / 御作歌→作歌 [類][古][冷][紀]
事項 雑歌 和銅3年 年紀 作者:元明 持統 古歌 転用 遷都 望郷 恋情 枕詞 愛惜
訓異 とぶとりの;とふとりの, おきていなば;おきていなは, きみがあたりは;きみのあたりは, みえずかもあらむ;みえぬかもあらむ, [きみがあたりを, みずてかもあらむ]
   
  01/0079
題詞 或本従藤原<京>遷于寧樂宮時歌
題訓 藤原の京より寧樂の宮に遷りませる時の歌
原文 天皇乃 御命畏美 柔備尓之 家乎擇 隠國乃 泊瀬乃川尓 H浮而 吾行河乃 川隈之 八十阿不落 万段 顧為乍 玉桙乃 道行晩 青<丹>吉 楢乃京師乃 佐保川尓 伊去至而 我宿有 衣乃上従 朝月夜 清尓見者 栲乃穂尓 夜之霜落 磐床等 川之<水>凝 冷夜乎 息言無久 通乍 作家尓 千代二手 来座多公与 吾毛通武
訓読 大君の 命畏み 柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に 舟浮けて 我が行く川の 川隈の 八十隈おちず 万たび かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし あをによし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 さやかに見れば 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と 川の水凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに 来ませ大君よ 我れも通はむ
仮名 おほきみの みことかしこみ にきびにし いへをおき こもりくの はつせのかはに ふねうけて わがゆくかはの かはくまの やそくまおちず よろづたび かへりみしつつ たまほこの みちゆきくらし あをによし ならのみやこの さほかはに いゆきいたりて わがねたる ころものうへゆ あさづくよ さやかにみれば たへのほに よるのしもふり いはとこと かはのみづこり さむきよを やすむことなく かよひつつ つくれるいへに ちよまでに きませおほきみよ われもかよはむ
左注 (右歌<作>主未詳)
校異 宮京→京 [元][類][冷][紀] / 川 [類][古] 河 / <>→丹 [西(右書)][類][古][冷][紀] / 氷→水 [類][冷] / 来 [万葉考](塙)(楓) 尓
事項 雑歌 遷都 藤原 奈良 地名 枕詞
訓異 おほきみの;すめろきの, にきびにし;にきひにし, いへをおき;いへをえらひて, わがゆくかはの;わかゆくかはの, やそくまおちず;やそくまおちす, よろづたび;よそつたひ, わがねたる;わかねたる, ころものうへゆ;ころものうへに, あさづくよ;あさつくよ, さやかにみれば;さやかにみれは, かはのみづこり;かはのひこりて, さむきよを;さゆるよを, やすむことなく;やむこともなく, ちよまでに;ちよにて, きませおほきみよ;きませおほきみと,
   
  01/0080
題詞 (或本従藤原<京>遷于寧樂宮時歌)反歌
題訓 反し歌
原文 青丹吉 寧樂乃家尓者 万代尓 吾母将通 忘跡念勿
訓読 あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな
仮名 あをによし ならのいへには よろづよに われもかよはむ わするとおもふな
左注 右歌<作>主未詳
左注訓 右の歌は、作主よみひと未詳しらず。
校異 <>→作 [西(右書)][冷][紀][文]
事項 雑歌 遷都 藤原 奈良 枕詞 地名
訓異 よろづよに;よろつよに,
   
  01/0081
題詞 和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齋宮時山邊御井<作>歌
題訓 五年いつとせといふとし壬子みづのえね夏四月うづき、長田王ながたのおほきみを伊勢の斎宮いつきのみやに遣はさるる時、山辺の御井にてよめる歌
原文 山邊乃 御井乎見我弖利 神風乃 伊勢處女等 相見鶴鴨
訓読 山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも
仮名 やまのへの みゐをみがてり かむかぜの いせをとめども あひみつるかも
左注 なし
校異 依→作 [西(補訂)]
事項 雑歌 和銅5年4月 年紀 作者:長田王 伊勢 三重 御井 土地讃美 和銅 地名 枕詞
訓異 みゐをみがてり;みゐをみかてり, かむかぜの;かみかせの, いせをとめども;いせのをとめら,
   
  01/0082
題詞 (和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齋宮時山邊御井<作>歌)
原文 浦佐夫流 情佐麻<祢>之 久堅乃 天之四具礼能 流相見者
訓読 うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流らふ見れば
仮名 うらさぶる こころさまねし ひさかたの あめのしぐれの ながらふみれば
左注 (右二首今案不似御井所<作> 若疑當時誦之古歌歟)
校異 弥→祢 [代匠記精撰本]
事項 雑歌 和銅5年4月 年紀 作者:長田王 伊勢 三重 御井 古歌 転用 和銅 枕詞
訓異 うらさぶる;うらさふる, こころさまねし;こころさまみし, あめのしぐれの;あまのしくれの, ながらふみれば;なかれあふみは,
   
  01/0083
題詞 (和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齋宮時山邊御井<作>歌)
原文 海底 奥津白波 立田山 何時鹿越奈武 妹之當見武
訓読 海の底沖つ白波龍田山いつか越えなむ妹があたり見む
仮名 わたのそこ おきつしらなみ たつたやま いつかこえなむ いもがあたりみむ
左注 右二首今案不似御井所<作> 若疑當時誦之古歌歟
左注訓 右ノ二首ハ、今案カムガフルニ御井ノ所ノ作ニ似ズ。若疑ケダシ当時誦セル古歌カ。
校異 <>→作 [西(訂正)][冷][紀]
事項 雑歌 和銅5年4月 年紀 作者:長田王 伊勢 三重 御井 古歌 転用 和銅 羈旅 望郷 地名 序詞
訓異 わたのそこ;わたつみの, いもがあたりみむ;いもかあたりみむ,
   
  01/0084
題詞 寧樂宮 / 長皇子與志貴皇子於佐紀宮倶宴歌
題訓 長皇子と、志貴皇子と、佐紀の宮にて倶宴うたげしたまふときの歌
原文 秋去者 今毛見如 妻戀尓 鹿将鳴山曽 高野原之宇倍
訓読 秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上
仮名 あきさらば いまもみるごと つまごひに かなかむやまぞ たかのはらのうへ
左注 右一首長皇子
左注訓 右の一首は、長皇子。
校異 なし
事項 雑歌 作者:長皇子 志貴皇子 宴席 屏風歌 奈良 動物 地名
訓異 あきさらば, いまもみるごと, つまごひに, かなかむやまぞ, たかのはらのうへ