枕草子5段 四月、祭の頃

三月三日は 枕草子
上巻上
5段
四月、祭の頃
同じこと

(旧)大系:5段
新大系:2段、新編全集:3段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず、混乱を招くので、三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:3段
 


 
 四月、祭の頃いとをかし。上達部、殿上人も、上のきぬのこきうすきばかりのけぢめにて、白襲どのおなじさまに、すずしげにをかし。木々の木の葉、まだいとしげうはあらで、若やかにあをみわたりたるに、霞も霧もへだてぬ空のけしきの、なにとなくすずろにをかしきに、すこしくもりたる夕つ方、夜など、しのびたる郭公の、遠くそらかねかとおぼゆばかり、たどたどしきを聞きつけたらむは、なに心地かせむ。
 

 祭近くなりて、青朽葉、二藍の物どもおしまきて、紙などにけしきばかりおしつつみて、いきちがひもてありくこそをかしけれ。すそ濃、むら濃なども、つねよりはをかしく見ゆ。わらはべの、かしらばかりをあらひつくろひて、なりはみなほころびたえ、乱れかかりたるもあるが、屐子、履などに、「緒すげさせ。裏をさせ」などもてさわぎて、いつしかその日にならなむと、いそぎおしありくも、いとをかしや。
 あやしうをどりありく者どももの、装束きしたてつれば、いみじく定者などいふ法師のやうにねりさまよふ。いかに心もとなからむ、ほどほどにつけて、親、をばの女、姉などの、供し、つくろひて、率てありくもをかし。
 

 蔵人思ひしめたる人の、ふとしもえならぬが、この日青色きたるこそ、やがてぬがせでもあらばや、とおぼゆれ。綾ならぬはわろき。