源氏物語 夕霧:巻別和歌26首・逐語分析

鈴虫 源氏物語
和歌一覧
各巻別内訳
39帖 夕霧
御法

 
 源氏物語・夕霧巻の和歌26首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。

 夕霧個人の和歌一覧はリンク先参照。

 

 内訳:12(夕霧)、7(落葉宮=柏木妻)、3(雲居雁=夕霧妻)、1×3(一条=落葉母、少将君=一条姪、頭中将=柏木父、藤典侍=夕霧愛人)※最初最後
 

夕霧・和歌の対応の程度と歌数
和歌間の文字数
即答 4首  40字未満
応答 8首  40~100字未満
対応 10首  ~400~1000字+対応関係文言
単体 4首  単一独詠・直近非対応

※分類について和歌一覧・総論部分参照。

 

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 上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。

 なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
 


  原文
(定家本校訂)
現代語訳
(渋谷栄一)
526
里の
あはれを添ふる
夕霧
ち出でむ空も
なき心地して
〔夕霧〕山里の
物寂しい気持ちを添える
夕霧のために
帰って行く気持ちにも
なれずおります
527
賤の
籬をこめて

心そらなる
人はとどめず
〔落葉宮:柏木妻・女二宮〕山里の
垣根に
立ち籠めた霧も
気持ちのない
人は引き止めません
528
我のみや
憂き世を知れる
ためしにて
れそふ袖の
を朽たすべき
〔落葉宮:柏木妻〕わたしだけが
不幸な結婚をした女の
例として
さらに涙の袖を濡らして
悪い評判を受けなければならないのでしょうか
529
おほかたは
衣を
着せずとも
朽ちにし袖の
やは隠るる
〔夕霧〕だいたいが
わたしがあなたに悲しい思いを
させなくても
既に立ってしまった悪い評判は
もう隠れるものではありません
530
荻原や
端の露
そぼちつつ
八重立つ
分けぞ行くべき
〔夕霧〕荻原の
軒葉の荻の露に
濡れながら
幾重にも立ち籠めた霧の
中を帰って行かねばならないのでしょう
531
分け行かむ
葉の露
かことにて
なほ濡衣を
かけむとや思ふ
〔落葉宮〕帰って行かれる
草葉の露に
濡れるのを言いがかりにして
わたしに濡れ衣を
着せようとお思いなのですか
532
贈:
魂を
つれなき袖

留めおきて
わが心から
惑はるるかな
〔夕霧→落葉宮〕魂を
つれないあなたの所に
置いてきて
自分ながら
どうしてよいか分かりません
533
せくからに
浅さぞ見えむ
山川の
流れての名を
つつみ果てずは
〔夕霧〕拒むゆえに
浅いお心が見えましょう
山川の
流れのように浮名は
包みきれませんから
534
代答
女郎花
萎るる辺を
いづことて
一夜ばかりの
宿を借りけむ
〔一条御息所:落葉の母〕女郎花が
萎れている野辺を
どういうおつもりで
一夜だけの
宿をお借りになったのでしょう
535
秋の
草の茂みは
分けしかど
仮寝の枕
結びやはせし
〔夕霧〕秋の野の
草の茂みを
踏み分けてお伺い致しましたが
仮初の夜の枕に
契りを結ぶようなことを致しましょうか
536
あはれをも
いかに知りてか
慰めむ
あるや恋しき
亡きや悲しき
〔雲居雁〕お悲しみを
何が原因と知って
お慰めしたらよいものか
生きている方が恋しいのか、
亡くなった方が悲しいのか
537
いづれとか
分きて眺めむ
消えかへる
露も草葉の
うへと見ぬ世を
〔夕霧〕特に何がといって
悲しんでいるのではありません
消えてしまう
露も草葉の
上だけでないこの世ですから
538
里遠み
小野の篠原
わけて来て
我も鹿こそ
声も惜しまね
〔夕霧〕人里が遠いので
小野の篠原を
踏み分けて来たが
わたしも鹿のように
声も惜しまず泣いています
539
藤衣
露けき秋の
山人は
鹿の鳴く音に
音をぞ添へつる
〔少将君:一条御息所の姪〕喪服も
涙でしめっぽい秋の
山里人は
鹿の鳴く音に
声を添えて泣いています
540
見し人の
影澄み果てぬ
池水に
ひとり宿守る
秋の夜の
〔夕霧〕あの人が
もう住んでいない
この邸の池の水に
独り宿守りしている
秋の夜の月よ
541
いつとかは
おどろかすべき
明けぬ夜の
夢覚めてとか
言ひしひとこと
〔夕霧〕いつになったら
お訪ねしたらよいのでしょうか
明けない夜の
夢が覚めたらと
おっしゃったことは
542
答:

泣く音を立つる
小野山は
絶えぬ
音無の滝
〔落葉宮〕朝な夕なに
声を立てて泣いている
小野山では
ひっきりなしに流れる涙は
音無の滝になるのだろうか
543
のぼりにし
峰の
たちまじり
思はぬ方に
なびかずもがな
〔落葉宮〕母君が上っていった
峰の煙と
一緒になって
思ってもいない方角には
なびかずにいたいものだわ
544
恋しさの
慰めがたき
形見にて
にくもる
玉の筥かな
〔落葉宮〕恋しさを
慰められない
形見の品として
涙に曇る
玉の箱ですこと
545
贈:
怨みわび
胸あきがたき
冬の夜に
また鎖しまさる
関の岩門
〔夕霧→落葉宮〕怨んでも怨みきれません、
胸の思いを晴らすことのできない
冬の夜に
そのうえ鎖された
関所のような岩の門です
546
馴るる身を
恨むるよりは
松島の
海人の衣

裁ちやかへまし
〔雲居雁〕長年連れ添って古びたこの身を
恨んだりするよりも

いっそ尼衣に
着替えてしまおうかしら
547
松島の
海人の

なれぬとて
脱ぎ替へつてふ
名を立ためやは
〔夕霧〕

いくら長年連れ添ったからといって、
わたしを見限って尼になったという
噂が立ってよいものでしょうか
548
契りあれや
君を心に
とどめおきて
あはれと
恨めしと聞く
〔頭中将:大臣:柏木父〕前世からの因縁があってか、
あなたのことを

お気の毒にと思う一方で、
恨めしい方だと聞いております
549
何ゆゑか
世に数ならぬ
身ひとつを
憂しとも
かなしとも聞く
〔落葉宮:柏木妻〕どういうわけで、
世の中で人数にも入らない
わたしのような身を
辛いとも思い
愛しいともお聞きになるのでしょう
550
数ならば
身に知られまし
世の憂さを
人の
ためにも
濡らす袖かな
〔藤典侍:夕霧愛人〕わたしが人数にも入る女でしたら
夫婦仲の悲しみを思い知られましょうが

あなたのために
涙で袖をぬらしております
551
人の世の
憂きを
あはれと
見しかども
身にかへむとは
思はざりしを
〔雲居雁:夕霧妻〕他人の夫婦仲の
辛さをかわいそうにと思って
見てきたが
わが身のこととまでは
思いませんでした