竹取物語~車持皇子

 
 

 目次
 
 ・概要 ・本文
 
 

概要

 
 
 かぐや姫、車持皇子には
 東の海に蓬莱といふ山あンなり。それに白銀を根とし、黄金を莖とし、 白玉を實としてたてる木あり。それ一枝折りて給はらん
 
 

本文

       
和歌  文章
 番号
竹取物語
(國民文庫)
竹とりの翁物語
(群書類從)
       
  〔205〕 車持皇子は 倉もちの御子は。
  〔206〕 心たばかりある人にて、 心たばかりある人にて。
  〔207〕 公には、 おほやけには。
  〔208〕 「筑紫の國に湯あみに罷らん。」
とて、暇申して、
つくしの國にゆあみにまからん
とていとま申して。
  〔209〕 かぐや姫の家には、 かぐや姫の家には。
  〔210〕 「玉の枝とりになんまかる。」
といはせて下り給ふに、
玉のえだとりになむまかる
といはせてくだり給ふに。
  〔211〕 仕うまつるべき人々、
皆難波まで御おくりしけり。
つかふまつるべき人々
皆難波まで御送りしける。
       
  〔212〕 皇子「いと忍びて。」と宣はせて、
人も數多率ておはしまさず、
御子いと忍びてのたまはせて
人もあまたゐておはしまさず。
  〔213〕 近う仕うまつる限して出で給ひぬ。 ちかうつかうまつる限りしていで給ひ。
  〔214〕 御おくりの人々、
見奉り送りて歸りぬ。
御送りの人々
見たてまつり送りて歸りぬ。
  〔215〕 「おはしましぬ。」
と人には見え給ひて、
三日許ありて漕ぎ歸り給ひぬ。
おはしましぬ
と人にみえ給ひて
三日ばかりありて漕かへり給ひぬ。
       
  〔216〕 かねて事皆仰せたりければ、
その時一の工匠(たくみ)なりける
内匠(うちたくみ)
六人を召しとりて、
かねてことみなおほせたりければ
其時ひとつ(一のイ)寶なりける
かぢ[內イ]だくみ
六人をめしとりて。
  〔217〕 容易(たはやす)く人より
くまじき家を作りて、
たはやすく人より
くまじき家つくり[家をつくりてイ]。
  〔218〕 構を三重にしこめて、 かまどをみへにしこめて。
  〔219〕 工匠等を入れ給ひつゝ、
皇子も同じ所に籠り給ひて、
たくみらを入給ひつゝ
御子も同じ所にこもり給ひて。
  〔220〕 しらせ給ひつるかぎり しらせ給ひたるかぎり。
  〔221〕 十六そをかみにくどをあけて、
玉の枝をつくり給ふ。
十六そをかみにくどをあけて
玉のえだを作り給ふ。
  〔222〕 かぐや姫のたまふやうに、
違はずつくり出でつ。
かぐや姫のたまふやうに
たがはず作り出づ。
  〔223〕 いとかしこくたばかりて、 いとかしこくたばかりて。
  〔224〕 難波に密(みそか)にもて出でぬ。 難波にみそかにもて出ぬ。
       
       
  〔225〕 「船に乘りて歸り來にけり。」と、
殿に告げやりて、
いといたく苦しげなるさまして居給へり。
船に乘てかへり來にけりと
とのにつげやりて
いといたくくるしがりたるさましてゐたまへり。
       
  〔226〕 迎に人多く參りたり。 むかへに人多く參りたり。
  〔227〕 玉の枝をば長櫃に入れて、
物覆ひてもちて參る。
玉のえだをばながびつに入て
物おほひて持てまいる。
  〔228〕 いつか聞きけん、 いつか聞けむ。
  〔229〕 「車持皇子は、 くらもちの御子は。
  〔230〕 優曇華の花持ちて
上り給へり。」とのゝしりけり。
うどんぐゑの花もちて
のぼりたまへりとのゝしりけり。
  〔231〕 これをかぐや姫聞きて、
「我はこの皇子にまけぬべし。」
と、胸つぶれて思ひけり。
是をかぐや姫聞て
我は此御子にまけぬべし
と胸つぶれて思ひけり。
       
  〔232〕 かゝるほどに門(もん)を叩きて、 かゝるほどに門をたゝきて。
  〔233〕 「車持皇子おはしたり。」と告ぐ。 倉持の御子おはしたりとつぐ。
  〔234〕 「旅の御姿ながら
おはしましたり。」といへば、
旅の御姿ながら
おはしましたりといへば。
  〔235〕 逢ひ奉る。 あひたてまつる。
  〔236〕 皇子のたまはく、 御子のたまはく。
  〔237〕 「『命を捨てゝ
かの玉の枝持てきたり。』とて、
命をすてゝ
かの玉のえだもちて來りとて。
  〔238〕 かぐや姫に見せ奉り給へ。」といへば、 かぐや姫に見せ奉り給へといへば。
  〔239〕 翁もちて入りたり。 翁持て入たり。
       
  〔240〕 この玉の枝に文をぞつけたりける。 此玉のえだにふみぞつけたりける。
       
♪4 〔241〕 いたづらに
身はなしつとも玉の枝を
徒に
身はなしつとも玉のえた(をイ)
 手をらでさらに
 歸らざらまし
 たをらて更に
 かへらさらまし
       
  〔242〕 これをもあはれと見て居をるに、
竹取の翁走り入りていはく、
是をも哀とも見てをるに
竹とりの翁走入ていはく。
  〔243〕 「この皇子に申し給ひし
蓬莱の玉の枝を、
此御子に申給ひし
蓬萊の玉のえだを。
  〔244〕 一つの所もあやしき處なく、 ひとつの所あやしき所なく。
  〔245〕 あやまたずもておはしませり。 あやまたずもておはしませり。
  〔246〕 何をもちてか、
とかく申すべきにあらず。
何をもちて・[かイ]
とかく申べきにあらず。
  〔247〕 旅の御姿ながら、 旅御姿ながら。
  〔248〕 我御家へも
寄り給はずしておはしましたり。
我家へも
よりたまはずしておはしましたり。
  〔249〕 はやこの皇子に
あひ仕うまつり給へ。」といふに、
はや此御子に
あひつかうまつり給へといふに。
  〔250〕 物もいはず頬杖(つらづゑ)をつきて、 物もいはでつらづえ・(をイ)付て。
  〔251〕 いみじく歎かしげに思ひたり。 いみじくなげかしげに思ひたり。
       
  〔252〕 この皇子
「今さら何かといふべからず。」
といふまゝに、
御子
今何かと云べからず
と云まゝに。
  〔253〕 縁にはひのぼり給ひぬ。 緣にはひのぼり給ぬ。
  〔254〕 翁ことわりに思ふ。 翁理と思ひ。
  〔255〕 「この國に見えぬ玉の枝なり。 此國にみえぬ玉の枝也。
  〔256〕 この度はいかでかいなびまをさん。 此度はいかでかいなび申さん。
  〔257〕 人ざまもよき人におはす。」
などいひ居たり。
人樣もよき人におはす
など云ゐたり。
       
  〔258〕 かぐや姫のいふやう、 かぐや姫の云やうは(イ无)。
  〔259〕 「親ののたまふことを、
ひたぶるに
いなび申さんことのいとほしさに、
親のたまふ事を
ひたぶるに
いなび申さん事のいとをしさに。
  〔260〕 得難きものを、
かくあさましくもてくること」を
ねたく思ひ、
取がたき物を
かくあさましくもてきたる事を
ねたくおもひ
  〔261〕   ・[侍るといへど。なほイ]。
  〔262〕 翁は閨の内しつらひなどす。 翁は閨の內しつらひなどす。
       
       
  〔263〕 翁皇子に申すやう、 翁御子に申やう。
  〔264〕 「いかなる所にか
この木はさぶらひけん。
いかなる所にか
此木は候けん。
  〔265〕 怪しく麗しく
めでたきものにも。」と申す。
あやしくうるはしく
めでたきものにもと申。
       
  〔266〕 皇子答こたへての給はく、 御子こたへての給く。
  〔267〕 「前一昨年(さをとゝし)の
二月(きさらぎ)の十日頃に、
難波より船に乘りて、海中にいでて、
さをとゝしの
きさらぎの十日頃に
難波より船に乘て海の中に出て。
  〔268〕 行かん方も知らず覺えしかど、 ゆかんかたもしらず覺しかど。
  〔269〕 『思ふこと成らでは、
世の中に生きて何かせん。』
と思ひしかば、
思ふ事ならで
世中にいきて何かせん
と思ひしかば。
  〔270〕 たゞ空しき風に任せてありく。 たゞむなしき風にまかせてありく。
  〔271〕 『命死なばいかゞはせん。 命しなばいかゞはせん。
  〔272〕 生きてあらん限はかくありきて、 いきてあらん限かくありきて。
  〔273〕 蓬莱といふらん山に逢ふや。』と、
浪にたゞよひ漕ぎありきて、
蓬萊といふらむ山にあふやと
海に漕たゞよひありきて。
  〔274〕 我國の内を離れてありき廻りしに、 我國のうちを離てありき廻まかイりしに。
  〔275〕 或時は浪荒れつゝ海の底にも入りぬべく、
或時は風につけて
知らぬ國にふき寄せられて、
ある時はなみ荒つゝ海の底に入ぬべく
或時は風につけて
しらぬ國に吹よせられて。
  〔276〕 鬼のやうなるものいで來て殺さんとしき。 鬼のやうなるもの出來て殺さんとす。
  〔277〕 或時には來し方行末も知らず、
海にまぎれんとしき。
ある時はこしかた行末もしらず
海にまぎれむとしき。
  〔278〕 或時にはかて盡きて、
草の根を食物としき。
或時にはかてつきて
草の根をくひものとす。
  〔279〕 或時はいはん方なく
むくつけなるもの來て、
食ひかゝらんとしき。
ある時はいはんかたなく
むくつけ[つけげイ]なるものきて
くひかゝらんとしき。
  〔280〕 或時には海の貝をとりて、命をつぐ。 ある時は海の貝をとりて命をつぐ。
  〔281〕 旅の空に助くべき人もなき所に、
いろ\/の病をして、
旅の空にたすけ給ふべき人もなき所に
色々のやまひをして。
  〔282〕 行方すらも覺えず、 行方空も[すらもイ]おぼえず。
  〔283〕 船の行くに任せて、
海に漂ひて、
五百日(いほか)といふ辰の時許に、
船の行にまかせて
海にたゞよひて
五百日といふ辰の時ばかりに。
  〔284〕 海の中に遙に山見ゆ。 海の中に纔に山みゆ。
  〔285〕 舟のうちをなんせめて見る。 舟のうちをなんせめてみる。
  〔286〕 海の上に漂へる山
いと大きにてあり。
海の上にたゞよへる山
いとおほきにて有。
  〔287〕 其山の樣高くうるはし。 其山のさま高くうるはし。
  〔288〕 『是や我覓むる山ならん。』
と思へど、
これや我救る[もとむるイ]山ならん
と思ひて。
  〔289〕 さすがに畏(おそろ)しく覺えて、 さすがにおそろしくおぼえて。
  〔290〕 山の圍(めぐり)を指し廻らして、
二三日(ふつかみか)許見ありくに、
天人(あまびと)の粧したる女、
山の中より出で來て、
銀の金鋺をもて
水を汲みありく。
山のめぐりをさしめぐらして
ニ三日ばかりみありくに
天人の粧ひしたる女
山の中より出來て
銀のかなまるをもちて
水をくみありく。
  〔291〕 これを見て船よりおりて、 是を見て船よりおりて。
  〔292〕 『この山の名を何とか申す。』と問ふに、 此山の名を何とか申ととふ。
  〔293〕 女答へて曰く、 女こたへていはく。
  〔294〕 『これは蓬莱の山なり。』と答ふ。 是は蓬萊の山なりと答。
  〔295〕 是を聞くに嬉しき事限なし。 是を聞に嬉しき事限なし。
  〔296〕 この女に、『かく宣ふは誰ぞ。』と問ふ。 此女かくの給ふは誰そととふ。
  〔297〕 『我名はほうかんるり。』といひて、 我な・[はイ]ほうかんるりと云て。
  〔298〕 ふと山の中に入りぬ。 ふと山の中に入ぬ。
  〔299〕 その山を見るに、
更に登るべきやうなし。
其山を見るに
更にのぼるべきやうなし。
  〔300〕 その山のそばつらを廻れば、 其山の岨ひらをめぐりければ。
  〔301〕 世の中になき花の木どもたてり。 世中になき花の木どもたてり。
  〔302〕 金銀瑠璃色の水
流れいでたり。
金銀瑠璃色の水
山よりながれ出たり。
  〔303〕 それにはいろ\/の玉の橋わたせり。 それには色々の玉の橋わたせり。
  〔304〕 そのあたり照り輝く木どもたてり。 そのあたりに照輝く木どもたてり。
  〔305〕 その中に
このとりて持てまうできたりしは、
其內に
このとりてもちてまうできたりしは。
  〔306〕 いとわろかりしかども、 いとわろかりしかども。
  〔307〕 『のたまひしに違はましかば。』とて、 の給ひしにたがはましかばと。
  〔308〕 この花を折りてまうできたるなり。 此花を折てまうで來る也。
  〔309〕 山は限なくおもしろし。 山は限なく面白し。
  〔310〕 世に譬ふべきにあらざりしかど、 世にたとふべきにあらざりしかど。
  〔311〕 この枝を折りてしかば、 此枝を折てしかば。
  〔312〕 さらに心もとなくて、 更に心もとなくて。
  〔313〕 船に乘りて追風ふきて、 舟に乘て追手の風吹て。
  〔314〕 四百餘日になんまうで來にし。 四百よ日になん詣きにし。
  〔315〕 大願(だいぐわん)の力にや、 大願・[のイ]力にや。
  〔316〕 難波より
昨日なん都にまうで來つる。
難波より
昨日なん都に詣きつる。
  〔317〕 さらに潮にぬれたる衣(ころも)を
だに脱ぎかへなでなん、まうで來つる。」
との給へば、
更に鹽に雰たる衣を
だに脫かへなでなん詣來つる
とのたまへば。
       
  〔318〕 翁聞きて、うち歎きてよめる、 翁聞て打歎てよめる。
       
♪5 〔319〕 呉竹の
よゝのたけとり野山にも
吳竹の
よゝの竹とり野山にも
 さやはわびしき
 ふしをのみ見し
 さやは侘しき
 ふしをのみ見し
       
  〔320〕 これを皇子聞きて、 是を御子聞て。
  〔321〕 「こゝらの日頃
思ひわび侍りつる心は、
こゝらの日頃
思ひ侘侍りつる心・[はイ]。
  〔322〕 今日なんおちゐぬる。」 今日なら[イ无]むおちゐぬる。
  〔323〕 との給ひて、かへし、 との給ひて返し。
       
♪6 〔324〕 わが袂
けふかわければわびしさの
わか袂
けふかはけれは侘しさの
 ちくさのかずも
 忘られぬべし
 千種のかすも
 忘られぬへし
       
  〔325〕 との給ふ。 との給ひ。
       
       
  〔326〕 かゝるほどに、
男(をとこ)ども
六人連ねて庭にいできたり。
かゝる程に
男・[どもイ]
六人つらねて庭に出來たり。
  〔327〕 一人の男、 一人・(のイ)おとこ。
  〔328〕 文挾(ふばさみ)に
文をはさみてまをす。
ふばさみに
文を挿て申。
       
  〔329〕 「作物所(つくもどころ)の
寮(つかさ)のたくみ
漢部(あやべ)内麿まをさく、
つくもどころ
つかさのたくみ
あやべのうちまろ申さく。
       
  〔330〕 『玉の木を作りて
仕うまつりしこと、
玉の木を作り
つかふまつりし事。
  〔331〕 心を碎きて、 五穀を斷て。
  〔332〕 千餘日に
力を盡したること少からず。
千餘日に
力をつくしたる事すくなからず。
  〔333〕 しかるに祿いまだ賜はらず。 然るに錄[マヽ]いまだ給はらず。
  〔334〕 これを賜はり分ちて、
けごに賜はせん。』」
といひてさゝげたり。
是給はりてわろき
けごにたまはせん
と云てさゝげたり。
       
  〔335〕 竹取の翁、
「この工匠等が申すことは
竹とり
此工等が申事を[はイ]。
  〔336〕 何事ぞ。」とかたぶきをり。 何事ぞとかたぶきおり。
  〔337〕 皇子は我にもあらぬけしきにて、 御子は我にもあらぬけしきにて。
  〔338〕 肝消えぬべき心ちして居給へり。 肝消ぬベき心ちしてゐ給へり。
       
  〔339〕 これをかぐや姫聞きて、 是をかぐや姫聞て。
  〔340〕 「この奉る文をとれ。」
といひて見れば、
此奉る文をとれ
と云てみれば。
  〔341〕 文に申しけるやう、 ふみに申けるやう。
       
  〔342〕 「皇子の君 御子のきみ。
  〔343〕 千餘日賤しき工匠等と諸共に、
同じ所に隱れ居給ひて、
千日いやしき匠等ともろともに
同じ所に隱ゐたまひて。
  〔344〕 かしこき玉の枝を作らせ給ひて、 かしこき玉の枝をつくらせ給ひて。
  〔345〕 『官(つかさ)も賜はらん。』
と仰せ給ひき。
司もたまは・(らイ)ん
と仰給ひき。
  〔346〕 これをこの頃案ずるに、 是を・[このイ]頃あんずるに。
  〔347〕 『御つかひとおはしますべき、
かぐや姫の要じ給ふべき
なりけり。』と承りて、
御つかひとおはしますべき
かぐや姫のえうし給ふべき
成けりと承て。
  〔348〕 この宮より賜はらんと申して 此宮よりたまはらんと申て。
  〔349〕 給はるべきなり。」
といふを聞きて、
給るべきなり
と云を聞て。
       
  〔350〕 かぐや姫、
暮るゝまゝに
思ひわびつる心地ゑみ榮えて、
かぐや姫の
くるゝまゝに
忍ひ侘つる心ちわらひさかへて。
  〔351〕 翁を呼びとりていふやう、 翁をよびとりて云やう。
  〔352〕 「誠に蓬莱の木かとこそ思ひつれ、 誠蓬萊の木とこそ思ひつれ。
  〔353〕 かくあさましき
虚事にてありければ、
かくあさましき
空事にてありけれ・(はイ)。
  〔354〕 はや疾くかへし給へ。」といへば、 はや返し給へといへば。
       
  〔355〕 翁こたふ、 翁こたふ。
  〔356〕 「さだかに造らせたるもの
と聞きつれば、
さすが[だかイ]につくらせたる物
と聞つれば。
  〔357〕 かへさんこといと易し。」
とうなづきをり。
返さん事いとやすし
とうなづきおり。
       
  〔358〕 かぐや姫の心ゆきはてゝ、 かぐや姫の心行果て。
  〔359〕 ありつる歌のかへし、 ありつる歌のかへし。
       
♪7 〔360〕 まことかと
聞きて見つればことの葉を
まことかと
聞てみつれは言の葉を
 飾れる玉の
 枝にぞありける
 飾れる玉の
 枝にそ有ける
       
  〔361〕 といひて、玉の枝もかへしつ。 と云て玉のえだも返しつ。
       
  〔362〕 竹取の翁 竹取の翁。
  〔363〕 さばかり語らひつるが、 さばかりかたらひつるが。
  〔364〕 さすがに覺えて眠(ねぶ)りをり。 さすがに覺てねぶりをり。
  〔365〕 皇子はたつもはした 御子は立もはした。
  〔366〕 居るもはしたにて居給へり。 ゐるもはしたにてゐ給へり。
  〔367〕 日の暮れぬればすべ出で給ひぬ。 日の暮ぬればすベり出給ひぬ。
       
  〔368〕 かのうれへせし工匠等をば、 かのうれへせしたくみをば。
  〔369〕 かぐや姫呼びすゑて、 かぐや姫よびすへて。
  〔370〕 「嬉しき人どもなり。」といひて、 うれしき人どもなりといひて。
  〔371〕 祿いと多くとらせ給ふ。 錄[マヽ]ども(いとイ)多くとらせ給ふ。
       
  〔372〕 工匠等いみじく喜びて、
「思ひつるやうにもあるかな。」
といひて、
たくみらいみじく喜て
思ひつるやうにも有哉
と云て歸る。
  〔373〕 かへる道にて、車持皇子 道にてくらもちの御子。
  〔374〕 血の流るゝまで
ちようぜさせ給ふ。
ちのながるゝまで
ちやうぜさせ給ふ。
  〔375〕 祿得しかひもなく ろくえしかひもなく。
  〔376〕 皆とり捨てさせ給ひてければ、 みな取すてさせ給ひてければ。
  〔377〕 逃げうせにけり。 迯うせにけり。
       
  〔378〕 かくてこの皇子、 かくて此御子は。
  〔379〕 「一生の恥
これに過ぐるはあらじ。
一しやうのはぢ
是にすぐるはあらじ。
  〔380〕 女をえずなりぬるのみにあらず、 女を得ず成ぬるのみにあらず。
  〔381〕 天の下の人の
見思はんことの
恥かしき事。」との給ひて、
天下の人の
見思はん事の
はづかしき事との給ひて。
  〔382〕 たゞ一所深き山へ入り給ひぬ。 たゞ一所ふかき山へ入給ひぬ。
       
  〔383〕 宮司候ふ人々、
皆手を分ちて
求め奉れども、
宮司さぶらひし人々
みなてを分ちて
もとめたてまつれども。
  〔384〕 御薨(みまかり)もやし
たまひけん、
御しにもやし
給ひけん。
  〔385〕 え見つけ奉らずなりぬ。 えみつけ奉らず成にけり[ぬイ]。
       
  〔386〕 皇子の御供に
隱し給はんとて、
〔みこの御供に
かくし給はんとて。
  〔387〕 年頃見え給はざりけるなりけり。 年比見え給はざりけるなり。〕
  〔388〕 是をなん
たまさかる
とはいひ始めける。
是をなん
たまかざ[さかイ]る
とはいひはじめける。