宇治拾遺物語:藤大納言忠家、物言ふ女放屁の事

盗人大将軍大太郎 宇治拾遺物語
巻第三
3-2 (34)
藤大納言忠家
小式部内侍

 
 今は昔、藤大納言忠家といひける人、いまだ殿上人におはしける時、美々しき色好みなりける女房と物言ひて、夜ふくるほどに、月は昼よりもあかかりけるに、たへかねて、御簾をうちかづきて、長押のうえにのぼりて、肩をかきて、引き寄せけるほどに、髪をふりかけて、「あな、さまあし」と言ひて、くるめきけるほどに、いと高く鳴らしてけり。
 女房は、いふにもたへず、くたくたとして、寄り臥しにけり。
 この大納言、「心憂きことにもあひぬるものかな。世にありても何にかはせん。出家せん」とて、御簾の裾をすこしかきあげて、ぬき足をして、うたがひなく、出家せんと思ひて、二間ばかり行くほどに、そもそも、その女房過ちせんからに、出家すべきやうやはあると思ふ心、またつきて、ただただと、走り出でられにけり。
 女房はいかがなりけん、知らずとか。
 

盗人大将軍大太郎 宇治拾遺物語
巻第三
3-2 (34)
藤大納言忠家
小式部内侍