竹取物語~汝幼き人

降臨 竹取物語
汝幼き人
羽衣

 
 「その中に王とおぼしき人」〔1132〕から、「「空よりもおちぬべき心ちす。」と、かきおく」〔1177〕まで。

 
 目次
 
 ・本文 ・解説
 

本文

     
 文章
 番号
竹取物語
(國民文庫)
竹とりの翁物語
(群書類從)
     
〔1132〕 その中に王とおぼしき人、 その中にわうとおぼしき人。
〔1133〕 「家に造麿まうでこ。」といふに、 いへに宮つこまろまふでこといふに。
〔1134〕 猛く思ひつる造麿も、 たけく思ひつる宮つこまろも。
〔1135〕 物に醉ひたる心ちして
うつぶしに伏せり。
物におそひ[ゑひイ]たる心ちして
うつぶしにふせり。
     
〔1136〕 いはく、 いはく。
〔1137〕 「汝をさなき人、 汝おさなき人。
〔1138〕 聊なる功徳を翁つくりけるによりて、 いさゝかなるくどくを翁つくりけるによりて。
〔1139〕 汝が助にとて 汝がたすけにとて。
〔1140〕 片時の程とて降しゝを、 片時の程とてくだしゝを。
〔1141〕 そこらの年頃そこらの金賜ひて、 そこの年比そこらのこがねたまひて。
〔1142〕 身をかへたるが如くなりにたり。 みをかへたるがごと・[くイ]なりにけり。
〔1143〕 かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、 かぐや姫はつみをつくり給へりければ。
〔1144〕 かく賤しきおのれが許に
しばしおはしつるなり。
かくいやしきをの・[れイ]がもとに
しばしおはしつる也。
〔1145〕 罪のかぎりはてぬれば、
かく迎ふるを、翁は泣き歎く、
つみの限はてぬれば
かくむかふるを翁はなきなげく。
〔1146〕 あたはぬことなり。 あたはぬ事也。
〔1147〕 はや返し奉れ。」といふ。 はやいだ(かへイ)し奉れと云。
     
     
〔1148〕 翁答へて申す、 翁こたへて申。
〔1149〕 「かぐや姫を養ひ奉ること
二十年あまりになりぬ。
かぐや姫を養奉る事
廿餘年に成ぬ。
〔1150〕 片時との給ふに
怪しくなり侍りぬ。
かた時との給ふに
あやしくなり侍りぬ。
〔1151〕 また他處(ことどころ)に
かぐや姫と申す人ぞ
おはしますらん。」といふ。
又こと所に
かぐや姫と申人ぞ
おはしますらんと云。
〔1152〕 「こゝにおはするかぐや姫は、
重き病をし給へば
え出でおはしますまじ。」と申せば、
爱におはするかぐや姫は
おもき病をしたまへば
えいでおはすまじと申せば。
     
〔1153〕 その返事はなくて、 その返事はなくて。
〔1154〕 屋の上に飛車をよせて、 屋のうへにとぶ車よせて。
〔1155〕 「いざかぐや姫、 いざかぐや姫。
〔1156〕 穢き所に
いかでか久しくおはせん。」といふ。
きたなき所に
いかでか久しくおはせむと云。
〔1157〕 立て籠めたる所の戸
即たゞあきにあきぬ。
たてこめたる所の戶
則たゞあきにあきぬ。
〔1158〕 格子どもゝ人はなくして開きぬ。 かうしどもも人はなくしてあきぬ。
     
        
〔1159〕 嫗抱きて居たるかぐや姫
外(と)にいでぬ。
女いだきてゐたるかぐや姫
とに出ぬ。
〔1160〕 えとゞむまじければ、 えとゞむまじければ。
〔1161〕 たゞさし仰ぎて泣きをり。 たゞさしあふぎてなきをり。
〔1162〕 竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、 竹取心まどひてなきふせる所によりて。
〔1163〕 かぐや姫いふ、 かぐや姫云。
〔1164〕 「こゝにも心にもあらでかくまかるに、
昇らんをだに見送り給へ。」といへども、
こゝにも心にもあらでかくまかり
のぼらんをだに見をくり給へといへども。
     
〔1165〕 「何しに悲しきに見送り奉らん。 なにしに悲しきにみ送りたてまつらむ。
〔1166〕 我をばいかにせよとて、
棄てゝは昇り給ふぞ。
我をばいかにせよとて
捨てはのぼり給ふぞ。
〔1167〕 具して率ておはせね。」と、
泣きて伏せれば、
ぐしてゐておはせねと
啼てふせれば。
〔1168〕 御心惑ひぬ。 御心まどひぬ。
     
       
〔1169〕 「文を書きおきてまからん。 ふみをかき置てまからむ。
〔1170〕 戀しからんをり\/、とり出でて見給へ。」
とて、うち泣きて書くことばは、
戀しからん折々とり出てみ給へ
とて打なきてかく。
〔1171〕   ことばは。
     
〔1172〕 「この國に生れぬるとならば、 この國にむまれぬるとならば。
〔1173〕 歎かせ奉らぬ程まで侍るべきを、
侍らで過ぎ別れぬること、
返す\〃/本意なくこそ覺え侍れ。
なげかせ奉らぬほどまで
侍らですぎ別侍(ぬイ)るこそ
かへすがへすほいなくこそおぼえ侍れ。
     
〔1174〕 脱ぎおく衣(きぬ)をかたみと見給へ。 ぬぎをくきぬをかたみとみ給へ。
〔1175〕 月の出でたらん夜は見おこせ給へ。 月の出たらむ夜は見をこせ給へ。
〔1176〕 見すて奉りてまかる 見すて奉りてまかる。
〔1177〕

空よりもおちぬべき心ちす。」

と、かきおく。

そらよりもおちぬべき心ちする

とかきをく。

     

解説

 
 
 「汝おさなき人」は、おさなき・おきな。さ抜きのおきなのアナグラム。