徒然草91段 赤舌日といふこと:原文

大納言法印 徒然草
第三部
91段
赤舌日
ある人弓射る

 
 赤舌日といふこと、陰陽道には沙汰なき事なり。
昔の人これを忌まず。
このころ、何者の言ひ出でて忌み始めけるにか、「この日ある事、末とほらず」と言ひて、その日言ひたりしこと、したりしこと、かなはず、得たりし物は失ひつ、企てたりし事ならずと言ふ、愚かなり。
吉日をえらびてなしたるわざの、末とほらぬを数へて見んも、また等しかるべし。
 

 そのゆゑは、無常変易の境、有りと見るものも存ぜず、始めある事も終りなし。
志は遂げず、望みは絶えず。
人の心不定なり。
物皆幻化なり。
何事か暫くも住する。
この理を知らざるなり。
「吉日に悪をなすに必ず凶なり。悪日に善をおこなふに、必ず吉なり」と言へり。
吉凶は人によりて、日によらず。