奥の細道 日光:原文対照



『おくのほそ道』
素龍清書原本 校訂
『新釈奥の細道』
   三十日、日光山の麓に泊る。 三十日日光山の麓に泊る
  あるじのいひけるやう、 あるじの云けるやう
  「わが名を仏五左衛門といふ。 我名を佛五左衞門といふ
  よろづ正直を旨とするゆゑに、 萬正直を旨とする故に
  人かくは申し侍るまま、 人かくは申侍るまゝ
  一夜の草の枕もうち解けて休み給へ」といふ。 一夜の草の枕もうちとけて休み給へと云ふ
     
  いかなる仏の濁世塵土に示限して、 いかなる佛の濁世塵土に示現して
  かかる桑門の乞食巡礼ごときの人を かゝる桑門の乞食順禮ごとき人を
  助け給ふにやと、 たすけ給ふにやと
  あるじのなすことに心をとどめて見るに、 主のなすことに心をとめてみるに
  ただ無智無分別にして、正直偏固の者なり。 たゞ無智無分別にして正直偏固のものなり
  剛毅朴訥の仁に近きたぐひ、 剛毅木訥の仁に近きたぐひ
  気禀の清質もつとも尊ぶべし。 氣稟の淸質尤尊ぶべし
     
   卯月朔日、御山に詣拝す。 卯月朔日御山に詣拜す
  往昔、この御山を二荒山と書きしを、 徃昔此御山を二荒山とかきしを
  空海大師開基の時、日光と改め給ふ。 空海大師開基の時日光と改給ふも一本もナシ
  千歳未来を悟り給ふにや、 千歲未來をさとり給ふにや
  今この御光一天にかかやきて、 今此御光一天にかゞやきて
  恩沢八荒にあふれ、 恩澤八荒にあふれ
  四民安堵の栖穏やかなり。 國民安堵の栖穩かなり
  なほ憚り多くて、筆をさし置きぬ。 猶憚多くて筆をさし置ぬ
     

3
 あらたふと 青葉若葉の 日の光  あらたふと 靑葉若葉の 日の光
     
  黒髪山は、霞かかりて、雪いまだ白し。 黑髮山はかすみかゝりて雪いまだ白し
     

4
 剃り捨てて 黒髪山に 衣更  曾良  剃すてゝ くろかみ山に 衣かへ  曾良
     
   曾良は、河合氏にして、惣五郎といへり。 曾良は河合氏にして惣五郞一本良トアリと云り
  芭蕉の下葉に軒を並べて、 芭蕉の下葉に軒をならべて
  予が薪水の労を助く。 予か薪水の勞をたすく
  このたび、松島、象潟の眺め このたび松島象潟の眺め一本なかめをトアリ
  ともにせんことを喜び、 ともにせん事を悅び
  かつは羇旅の難をいたはらんと、 かつは羈旅の難をいたはらんと
  旅立つ暁、髪を剃りて、墨染めにさまをかへ、 たびだつ曉髮を剃て墨染にさまをかへ
  惣五を改めて宗悟とす。 改て惣五を宗悟とす
  よつて黒髪山の句あり。 よりて黑髮山の句有り
  衣更の二字、力ありて聞こゆ。 衣かへの二字力ありて聞ゆ
     
   二十余町山を登つて、滝あり。 廿餘町山を登て瀧あり
  岩洞の頂より飛来して 岩洞の頂より飛流して
  百尺、千岩の碧潭に落ちたり。 百尺千巖の碧潭におちたり
  岩窟に身をひそめ入りて 岩窟に身をひそめて
  滝の裏より見れば、 瀧のうらよりみれは
  裏見の滝と申し伝へ侍るなり。 うらみの瀧と申傳へ侍る也
     

5
 しばらくは 滝にこもるや 夏の初め  しばらくは 瀧に籠るや 夏の初