枕草子193段 南ならずは東の廂の板の

いみじう暑き昼中 枕草子
中巻下
193段
南ならずは
大路近なる

(旧)大系:193段
新大系:184段、新編全集:184段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後最も索引性に優れる三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:ナシ
 


 
 南ならずは東の廂の板の、かげ見ゆばかりなるに、あざやかなる畳をうち置きて、三尺の几帳の帷子いと涼し気に見えたるをおしやれば、ながれて思ふほどよりも過ぎて立てるに、しろき生絹の単衣、紅の袴、宿直物には、濃き衣のいたうは萎えぬを、すこしひきかけて臥したり。
 

 灯篭に火ともしたる、二間ばかりさりて、簾高うあげて、女房二人ばかり、童など、長押によりかかり、また、おろしたる簾にそひて臥したるもあり。火取に火深う埋みて、心細げににほはしたるも、いとのどやかに、心にくし。
 

 宵うち過ぐるほどに、しのびやかに門たたく音のすれば、例の心知りの人来て、けしきばみ立ちかくし、人まもりて入れたるこそ、さるかたにをかしけれ。
 かたはらにいとよく鳴る琵琶のをかしげなるがあるを、物語のひまひまに、音もたてず、爪弾きにかき鳴らしたるこそをかしけれ。
 
 

いみじう暑き昼中 枕草子
中巻下
193段
南ならずは
大路近なる