徒然草191段 夜に入りて:原文

徒然草
第五部
191段
夜に入りて
神、仏にも

 
 「夜に入りて、物の映えなし」といふ人、いと口惜し。
よろづのものの綺羅、飾り、色ふしも、夜のみこそめでたけれ。
昼は、ことそぎ、およすけたる姿にてもありなん。
夜は、きららかに、はなやかなる装束、いとよし。
人の気色も、夜の火影ぞ、よきはなく、物言ひたる声も、暗くて聞きたる、用意ある、心にくし。
匂ひも、ものの音も、ただ、夜ぞひときはめでたき。
 

 さして殊なる事なき夜、うち更けて参れる人の、清げなるさましたる、いとよし。
若きどち、心止めて見る人は、時を分かぬものなれば、殊に、うち解けぬべき折節ぞ、褻、晴れなくひきつくろはまほしき。
よき男の、日暮れてゆするし、女も、夜更くるほどに、すべりつつ、鏡取りて、顔などつくろひて出づるこそ、をかしけれ。