古今和歌集 巻十 物名:歌の配置・コメント付

目次
  422
敏行
423
敏行
424
滋春
425
忠岑
426
不知
427
貫之
428
貫之
429
深養
430
滋蔭
431
友則
432
不知
433
不知
434
不知
435
遍昭
436
貫之
437
友則
438
友則
439
貫之
440
友則
441
不知
442
友則
443
不知
444
名実
445
文屋
446
利貞
447
篤行
448
不知
449
深養
450
利春
451
滋春
452
景式
453
真静
454
紀乳
455
兵衛
456
清行
457
兼覧
458
経覧
459
伊勢
460
貫之
461
貫之
462
忠岑
463
源恵
464
不知
465
滋春
466
良香
467
千里
468
聖宝
   
 
※先頭敏行連続。
 この他に先頭を続ける配置は、秋下の文屋、恋二の小町のみ。
 歌集の最後を敏行にしていることにも、秋上にも、貫之の敏行重視が表れる。
 しかし詞書等の指標では確かに上位だが、文屋と小町ほど意識されるわけではない。
 伊勢物語で1話(107段)だけ、実名で若者として登場したこともあるだろう。
 
 業平の義弟としても意味がある。
 この敏行に恋三で業平の先頭連続を崩させる(業平・敏行・業平)。
 これが伊勢が業平のものではないという、貫之の絶対の意志。
 秋下・恋二ときて、恋三で物名で年少の敏行に崩させるなどそれしかない。
 つまり配置で一般の認定に対抗している。
 
 言い換えれば、貫之でも一般の伊勢の歌を業平のものとみなす認定を覆せなかった。
 論理的にではなく政治的(貴族社会的)意味で。あるいは言っても無駄と判断した。
 それに多数に反する彼一人の意見を、公一般の認定にするのも筋ではないだろう。
 よって直接否定するのではなく、それを上回る対抗(抗弁)という形をとっている。
 残しておけば、いずれ確実に理解され覆せる。それは約1111年後。気が遠くなる。
 しかしこれが古を当然のものとして信じている人、古来の人の感覚と行い。
 
 そういう表現は源氏物語・絵合の巻にもある。
 「在五中将の名をば、え朽たさじ」とのたまはせて、宮「みるめこそ うらふりぬらめ年経にし 伊勢をの海人の名をや沈めむ」 かやうの女言にて、乱りがはしく争ふに、一巻に言の葉を尽くしてえも言ひやらず。ただ、あさはかなる若人どもは、死にかへりゆかしがれど、主上のも宮のも片端をだにえ見ず、いといたう秘めさせたまふ」
 
 つまり「在五中将の名は否定できないでしょう」と言わせておいて、宮「見る目なし。そうやって無名の伊勢の著者の名をこそ貶めていいのか」と、このように女(≒紫)が言うと、喧騒が巻き起こったが、その誰もが一部だけ見て語って他の部分は何にも語れない。在五の名と言いながら、公側の人々は伊勢を片端も見れない(在五は蔑称)。したがって、もうこのことは言うな(黙れ)と言われた(公の認定を維持できなくなるので)。なので言ひやらずに書いたと。
 
 なお、上記の「宮」は前伊勢斎宮の宮で、実質的には著者たる紫の意見。一般は形式的に中宮の藤壺とするが、文脈上彼女にする意味がない。別に藤壺でも支障はないが、斎宮が伊勢を擁護しているのが本来。それに絵合は前斎宮がメインの巻。

 
 

巻十:物名

   
   0422
詞書 うくひす
作者 藤原としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 心から 花のしつくに そほちつつ
 うくひすとのみ 鳥のなくらむ
かな こころから はなのしつくに そほちつつ
 うくひすとのみ とりのなくらむ
   
  0423
詞書 ほとときす
作者 藤原としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 くへきほと ときすきぬれや まちわひて
 なくなるこゑの 人をとよむる
かな くへきほと ときすきぬれや まちわひて
 なくなるこゑの ひとをとよむる
   
  0424
詞書 うつせみ
作者 在原しけはる(在原滋春)
原文 浪のうつ せみれはたまそ みたれける
 ひろははそてに はかなからむや
かな なみのうつ せみれはたまそ みたれける
 ひろははそてに はかなからむや
   
  0425
詞書 返し(うつせみ)
作者 壬生忠岑
原文 たもとより はなれて玉を つつまめや
 これなむそれと うつせ見むかし
かな たもとより はなれてたまを つつまめや
 これなむそれと うつせみむかし
   
  0426
詞書 うめ
作者 よみ人しらす
原文 あなうめに つねなるへくも 見えぬかな
 こひしかるへき かはにほひつつ
かな あなうめに つねなるへくも みえぬかな
 こひしかるへき かはにほひつつ
   
  0427
詞書 かにはさくら
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 かつけとも 浪のなかには さくられて
 風吹くことに うきしつむたま
かな かつけとも なみのなかには さくられて
 かせふくことに うきしつむたま
   
  0428
詞書 すもものはな
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 今いくか 春しなけれは うくひすも
 ものはなかめて 思ふへらなり
かな いまいくか はるしなけれは うくひすも
 ものはなかめて おもふへらなり
   
  0429
詞書 からもものはな
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 あふからも ものはなほこそ かなしけれ
 わかれむ事を かねて思へは
かな あふからも ものはなほこそ かなしけれ
 わかれむことを かねておもへは
   
  0430
詞書 たちはな
作者 をののしけかけ(小野滋蔭)
原文 葦引の 山たちはなれ 行く雲の
 やとりさためぬ 世にこそ有りけれ
かな あしひきの やまたちはなれ ゆくくもの
 やとりさためぬ よにこそありけれ
   
  0431
詞書 をかたまの木
作者 とものり(紀友則)
原文 みよしのの よしののたきに うかひいつる
 あわをかたまの きゆと見つらむ
かな みよしのの よしののたきに うかひいつる
 あわをかたまの きゆとみつらむ
   
  0432
詞書 やまかきの木
作者 よみ人しらす
原文 秋はきぬ いまやまかきの きりきりす
 よなよななかむ 風のさむさに
かな あきはきぬ いまやまかきの きりきりす
 よなよななかむ かせのさむさに
   
  0433
詞書 あふひ、かつら
作者 よみ人しらす
原文 かくはかり あふひのまれに なる人を
 いかかつらしと おもはさるへき
かな かくはかり あふひのまれに なるひとを
 いかかつらしと おもはさるへき
   
  0434
詞書 あふひ、かつら
作者 よみ人しらす
原文 人めゆゑ のちにあふひの はるけくは
 わかつらきにや 思ひなされむ
かな ひとめゆゑ のちにあふひの はるけくは
 わかつらきにや おもひなされむ
   
  0435
詞書 くたに
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 ちりぬれは のちはあくた になる花を
 思ひしらすも まとふてふかな
かな ちりぬれは のちはあくたに なるはなを
 おもひしらすも まとふてふかな
   
  0436
詞書 さうひ
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 我はけさ うひにそ見つる 花の色を
 あたなる物と いふへかりけり
かな われはけさ うひにそみつる はなのいろを
 あたなるものと いふへかりけり
   
  0437
詞書 をみなへし
作者 とものり(紀友則)
原文 白露を 玉にぬくやと ささかにの
 花にも葉にも いとをみなへし
かな しらつゆを たまにぬくやと ささかにの
 はなにもはにも いとをみなへし
   
  0438
詞書 をみなへし
作者 とものり(紀友則)
原文 あさ露を わけそほちつつ 花見むと
 今その山を みなへしりぬる
かな あさつゆを わけそほちつつ はなみむと
 いまそのやまを みなへしりぬる
   
  0439
詞書 朱雀院のをみなへしあはせの時に、
をみなへしといふ
いつもしをくのかしらにおきてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 をくら山 みねたちならし なくしかの
 へにけむ秋を しる人そなき
かな をくらやま みねたちならし なくしかの
 へにけむあきを しるひとそなき
   
  0440
詞書 きちかうの花
作者 とものり(紀友則)
原文 秋ちかう のはなりにけり 白露の
 おけるくさはも 色かはりゆく
かな あきちかう のはなりにけり しらつゆの
 おけるくさはも いろかはりゆく
   
  0441
詞書 しをに
作者 よみ人しらす
原文 ふりはへて いさふるさとの 花見むと
 こしをにほひそ うつろひにける
かな ふりはへて いさふるさとの はなみむと
 こしをにほひそ うつろひにける
   
  0442
詞書 りうたむのはな
作者 とものり(紀友則)
原文 わかやとの 花ふみしたく とりうたむ
 のはなけれはや ここにしもくる
かな わかやとの はなふみしたく とりうたむ
 のはなけれはや ここにしもくる
   
  0443
詞書 をはな
作者 よみ人しらす
原文 ありと見て たのむそかたき うつせみの
 世をはなしとや 思ひなしてむ
かな ありとみて たのむそかたき うつせみの
 よをはなしとや おもひなしてむ
   
  0444
詞書 けにこし
作者 やたへの名実(矢田部名実、やたべのなざね)
原文 うちつけに こしとや花の 色を見む
 おく白露の そむるはかりを
かな うちつけに こしとやはなの いろをみむ
 おくしらつゆの そむるはかりを
   
  0445
詞書 二条の后春宮のみやすん所と申しける時に、
めとにけつり花させりける
をよませたまひける
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 花の木に あらさらめとも さきにけり
 ふりにしこのみ なるときもかな
かな はなのきに あらさらめとも さきにけり
 ふりにしこのみ なるときもかな
   
  0446
詞書 しのふくさ
作者 きのとしさた(紀利貞)
原文 山たかみ つねに嵐の 吹くさとは
 にほひもあへす 花そちりける
かな やまたかみ つねにあらしの ふくさとは
 にほひもあへす はなそちりける
   
  0447
詞書 やまし
作者 平あつゆき(平篤行)
原文 郭公 みねのくもにや ましりにし
 ありとはきけと 見るよしもなき
かな ほとときす みねのくもにや ましりにし
 ありとはきけと みるよしもなき
   
  0448
詞書 からはき
作者 よみ人しらす
原文 空蝉の からは木ことに ととむれと
 たまのゆくへを 見ぬそかなしき
かな うつせみの からはきことに ととむれと
 たまのゆくへを みぬそかなしき
   
  0449
詞書 かはなくさ
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 うはたまの 夢になにかは なくさまむ
 うつつにたにも あかぬ心は
かな うはたまの ゆめになにかは なくさまむ
 うつつにたにも あかぬこころは
   
  0450
詞書 さかりこけ
作者 たかむこのとしはる(高向利春)
原文 花の色は たたひとさかり こけれとも
 返す返すそ つゆはそめける
かな はなのいろは たたひとさかり こけれとも
 かへすかへすそ つゆはそめける
   
  0451
詞書 にかたけ
作者 しけはる(在原滋春)
原文 いのちとて つゆをたのむに かたけれは
 物わひしらに なくのへのむし
かな いのちとて つゆをたのむに かたけれは
 ものわひしらに なくのへのむし
   
  0452
詞書 かはたけ
作者 かけのりのおほきみ(景式王)
原文 さ夜ふけて なかはたけゆく 久方の
 月ふきかへせ 秋の山風
かな さよふけて なかはたけゆく ひさかたの
 つきふきかへせ あきのやまかせ
   
  0453
詞書 わらひ
作者 真せいほうし(真静法師『古今和歌集目録』。詳細不明)
原文 煙たち もゆとも見えぬ 草のはを
 たれかわらひと なつけそめけむ
かな けふりたち もゆともみえぬ くさのはを
 たれかわらひと なつけそめけむ
   
  0454
詞書 ささ、まつ、ひは、はせをは
作者 きのめのと(紀乳母)
原文 いささめに 時まつまにそ 日はへぬる
 心はせをは 人に見えつつ
かな いささめに ときまつまにそ ひはへぬる
 こころはせをは ひとにみえつつ
   
  0455
詞書 なし、なつめ、くるみ
作者 兵衛(※藤原高経の娘とのこと)
原文 あちきなし なけきなつめそ うき事に
 あひくるみをは すてぬものから
かな あちきなし なけきなつめそ うきことに
 あひくるみをは すてぬものから
   
  0456
詞書 からことといふ所にて春のたちける日よめる
作者 安倍清行朝臣
原文 浪のおとの けさからことに きこゆるは
 春のしらへや 改るらむ
かな なみのおとの けさからことに きこゆるは
 はるのしらへや あらたまるらむ
   
  0457
詞書 いかかさき
作者 兼覧王
原文 かちにあたる 浪のしつくを 春なれは
 いかかさきちる 花と見さらむ
かな かちにあたる なみのしつくを はるなれは
 いかかさきちる はなとみさらむ
   
  0458
詞書 からさき
作者 あほのつねみ(阿保経覧)
原文 かの方に いつからさきに わたりけむ
 浪ちはあとも のこらさりけり
かな かのかたに いつからさきに わたりけむ
 なみちはあとも のこらさりけり
   
  0459
詞書 からさき
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 浪の花 おきからさきて ちりくめり
 水の春とは 風やなるらむ
かな なみのはな おきからさきて ちりくめり
 みつのはるとは かせやなるらむ
   
  0460
詞書 かみやかは
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 うはたまの わかくろかみや かはるらむ
 鏡の影に ふれるしらゆき
かな うはたまの わかくろかみや かはるらむ
 かかみのかけに ふれるしらゆき
   
  0461
詞書 よとかは
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あしひきの 山へにをれは 白雲の
 いかにせよとか はるる時なき
かな あしひきの やまへにをれは しらくもの
 いかにせよとか はるるときなき
   
  0462
詞書 かたの
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 夏草の うへはしけれる ぬま水の
 ゆくかたのなき わか心かな
かな なつくさの うへはしけれる ぬまみつの
 ゆくかたのなき わかこころかな
   
  0463
詞書 かつらのみや
作者 源ほとこす(源恵、みなもとのほどこす)
原文 秋くれは 月のかつらの みやはなる
 ひかりを花と ちらすはかりを
かな あきくれは つきのかつらの みやはなる
 ひかりをはなと ちらすはかりを
   
  0464
詞書 百和香
作者 よみ人しらす
原文 花ことに あかすちらしし 風なれは
 いくそはくわか うしとかは思ふ
かな はなことに あかすちらしし かせなれは
 いくそはくわか うしとかはおもふ
   
  0465
詞書 すみなかし
作者 しけはる(在原滋春)
原文 春かすみ なかしかよひち なかりせは
 秋くるかりは かへらさらまし
かな はるかすみ なかしかよひち なかりせは
 あきくるかりは かへらさらまし
   
  0466
詞書 おきひ
作者 みやこのよしか(都良香)
原文 流れいつる 方たに見えぬ 涙河
 おきひむ時や そこはしられむ
かな なかれいつる かたたにみえぬ なみたかは
 おきひむときや そこはしられむ
   
  0467
詞書 ちまき
作者 大江千里
原文 のちまきの おくれておふる なへなれと
 あたにはならぬ たのみとそきく
かな のちまきの おくれておふる なへなれと
 あたにはならぬ たのみとそきく
   
  0468
詞書 はをはしめ、るをはてにて、
なかめをかけて時のうたよめと
人のいひけれはよみける
作者 僧正聖宝
原文 花のなか めにあくやとて わけゆけは
 心そともに ちりぬへらなる
かな はなのなか めにあくやとて わけゆけは
 こころそともに ちりぬへらなる