古今和歌集 巻十四 恋四:歌の配置・コメント付

巻十三
恋三
古今和歌集
巻十四
恋歌四
巻十五
恋五
目次
  677
不知
678
不知
679
貫之
680
忠行
681
伊勢
682
不知
683
不知
684
友則
685
深養
686
躬恒
687
不知
688
不知
689
不知
690
不知
691
素性
692
不知
693
不知
694
不知
695
不知
696
不知
697
貫之
698
深養
699
不知
700
不知
701
不知
702
不知
703
不知
704
不知
705
業×
706
不知
707
業×
708
不知
709
不知
710
不知
711
不知
712
不知
713
不知
714
素性
715
友則
716
不知
717
不知
718
不知
719
不知
720
不知
721
不知
722
素性
723
不知
724
源融
725
不知
726
不知
727
小町
728
雄宗
729
貫之
730
不知
731
不知
732
不知
733
伊勢
734
貫之
735
黒主
736
因香
737
近院
738
因香
739
不知
740
閑院
741
伊勢
742
743
人真
744
不知
745
興風
746
不知
 
 
※不知が58.5%(41/70)。伊勢物語の歌は6つ(705-709、746)。
 そして伊勢も要所に配置される。
 伊勢の配置に意図があることは、伊勢を最後に置いた恋三でも同様。そしてここでの最後の配置もやはり伊勢の歌。
 この当時から伊勢物語という呼称は確定していないと思うが、ここでの配置から貫之には伊勢を識別に用いる意識はあるだろう。
 この点は著者命名を肯定する事情に傾くかもしれないが、いずれにせよ伊勢物語という呼称に固めたのは源氏物語と思う。そこでは直接言及している。そこからおしすすめて竹取物語などとなった、というのが一つの見方。
 なお、伊勢が出典で、伊勢が古今を引用したのではない。これは確実(最終的に伊勢が成立したのは886年頃。その頃著者=文屋が死亡。古今は905年)。
 根拠は、双方の記述年代から伊勢が先(800年代)であること、伊勢は業平を全ての登場段で否定していること(初出の63段以降全て)、古今の業平認定を伊勢読解の基礎にすると、相互の描写と全く整合がとれないこと(昔男の身はいやし)、そしてそれを一報的に伊勢の不備のせいにすること。しかし古今が先という根拠がない。どこかにあるはずの業平原歌集という想定がされること自体、出典が伊勢しかないという証拠。つまり伊勢が先で出典という不可避の結論から、意図的に目を背けている。
 なぜかというと、それを受け入れると古今の業平認定と、それに基づいた全ての学説が根底から覆るからである。
 しかしそれらの説が通らないことは、業平認定を前提にするため、業平死後の伊勢114段の歌だけ説明もないのに行平の歌と認定し、帝を仁和から深草に変えてしまい(これは最早捏造)、段を業平の描写がある前に移動させたりすることからも明らか。
 その段で袖に歌を詠んだのはそこに刺繍があったからだとかいう、伊勢初段を完全に無視した後撰の詞書のセンスからもそう言える。
 権威づけのように作者源順説が乱発されることもそう。竹取作者説がある時点で宇津保も落窪の作者であることもない。源氏で伊勢と並び称される竹取を、伊勢源氏の写本の大家である定家の百選から漏れた人が記せることなどない。それに本当に評判通りの実力があるなら選外にはしない。そうなっているのは思想が相容れないから。その一つが39段末尾の「至は順が祖父なり」という注記。つまり出たがり。無理にでも割り込んでくる。伊勢の世界観と根本的に相容れない。

 
 

巻十四:恋四

   
   0677
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 みちのくの あさかのぬまの 花かつみ
 かつ見る人に こひやわたらむ
かな みちのくの あさかのぬまの はなかつみ
 かつみるひとに こひやわたらむ
   
  0678
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あひ見すは こひしきことも なからまし
 おとにそ人を きくへかりける
かな あひみすは こひしきことも なからまし
 おとにそひとを きくへかりける
   
  0679
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 いそのかみ ふるのなか道 なかなかに
 見すはこひしと 思はましやは
かな いそのかみ ふるのなかみち なかなかに
 みすはこひしと おもはましやは
   
  0680
詞書 題しらす
作者 ふちはらのたたゆき(藤原忠行)
原文 君てへは 見まれ見すまれ ふしのねの
 めつらしけなく もゆるわかこひ
かな きみてへは みまれみすまれ ふしのねの
 めつらしけなく もゆるわかこひ
   
  0681
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 夢にたに 見ゆとは見えし あさなあさな
 わかおもかけに はつる身なれは
かな ゆめにたに みゆとはみえし あさなあさな
 わかおもかけに はつるみなれは
   
  0682
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いしま行く 水の白浪 立帰り
 かくこそは見め あかすもあるかな
かな いしまゆく みつのしらなみ たちかへり
 かくこそはみめ あかすもあるかな
   
  0683
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いせのあまの あさなゆふなに かつくてふ
 みるめに人を あくよしもかな
かな いせのあまの あさなゆふなに かつくてふ
 みるめにひとを あくよしもかな
   
  0684
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 春霞 たなひく山の さくら花
 見れともあかぬ 君にもあるかな
かな はるかすみ たなひくやまの さくらはな
 みれともあかぬ きみにもあるかな
   
  0685
詞書 題しらす
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 心をそ わりなき物と 思ひぬる
 見るものからや こひしかるへき
かな こころをそ わりなきものと おもひぬる
 みるものからや こひしかるへき
   
  0686
詞書 題しらす
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 かれはてむ のちをはしらて 夏草の
 深くも人の おもほゆるかな
かな かれはてむ のちをはしらて なつくさの
 ふかくもひとの おもほゆるかな
   
  0687
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あすかかは ふちはせになる 世なりとも
 思ひそめてむ 人はわすれし
かな あすかかは ふちはせになる よなりとも
 おもひそめてむ ひとはわすれし
   
  0688
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 思ふてふ 事のはのみや 秋をへて
 色もかはらぬ 物にはあるらむ
かな おもふてふ ことのはのみや あきをへて
 いろもかはらぬ ものにはあるらむ
   
  0689
詞書 題しらす/又は、うちのたまひめ
作者 よみ人しらす
原文 さむしろに 衣かたしき こよひもや
 我をまつらむ うちのはしひめ
かな さむしろに ころもかたしき こよひもや
 われをまつらむ うちのはしひめ
   
  0690
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 君やこむ 我やゆかむの いさよひに
 まきのいたとも ささすねにけり
かな きみやこむ われやゆかむの いさよひに
 まきのいたとも ささすねにけり
   
  0691
詞書 題しらす
作者 そせいほうし(素性法師)
原文 今こむと いひしはかりに 長月の
 ありあけの月を まちいてつるかな
かな いまこむと いひしはかりに なかつきの
 ありあけのつきを まちいてつるかな
コメ 百人一首21
いまこむと いひしばかりに ながつきの
 ありあけのつきを まちいづるかな
/今来むと 言ひしばかりに 長月の
 有明の月を 待ち出でつるかな
   
  0692
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 月夜よし よよしと人に つけやらは
 こてふににたり またすしもあらす
かな つきよよし よよしとひとに つけやらは
 こてふににたり またすしもあらす
   
  0693
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 君こすは ねやへもいらし こ紫
 わかもとゆひに しもはおくとも
かな きみこすは ねやへもいらし こむらさき
 わかもとゆひに しもはおくとも
   
  0694
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 宮木のの もとあらのこはき つゆをおもみ
 風をまつこと きみをこそまて
かな みやきのの もとあらのこはき つゆをおもみ
 かせをまつこと きみをこそまて
   
  0695
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あなこひし 今も見てしか 山かつの
 かきほにさける 山となてしこ
かな あなこひし いまもみてしか やまかつの
 かきほにさける やまとなてしこ
   
  0696
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 つのくにの なにはおもはす 山しろの
 とはにあひ見む ことをのみこそ
かな つのくにの なにはおもはす やましろの
 とはにあひみむ ことをのみこそ
   
  0697
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 しきしまや やまとにはあらぬ 唐衣
 ころもへすして あふよしもかな
かな しきしまや やまとにはあらぬ からころも
 ころもへすして あふよしもかな
   
  0698
詞書 題しらす
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 こひしとは たかなつけけむ ことならむ
 しぬとそたたに いふへかりける
かな こひしとは たかなつけけむ ことならむ
 しぬとそたたに いふへかりける
   
  0699
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 三吉野の おほかはのへの 藤波の
 なみにおもはは わかこひめやは
かな みよしのの おほかはのへの ふちなみの
 なみにおもはは わかこひめやは
   
  0700
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かくこひむ 物とは我も 思ひにき
 心のうらそ まさしかりける
かな かくこひむ ものとはわれも おもひにき
 こころのうらそ まさしかりける
   
  0701
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あまのはら ふみととろかし なる神も
 思ふなかをは さくるものかは
かな あまのはら ふみととろかし なるかみも
 おもふなかをは さくるものかは
   
  0702
詞書 題しらす/この歌は、ある人、あめのみかとのあふみのうねめにたまひけるとなむ申す
作者 よみ人しらす(一説、あめのみかと)
原文 梓弓 ひきののつつら すゑつひに
 わか思ふ人に 事のしけけむ
かな あつさゆみ ひきののつつら すゑつひに
 わかおもふひとに ことのしけけむ
   
  0703
詞書 題しらす/この歌は、
返しによみてたてまつりけるとなむ
作者 よみ人しらす(一説、あふみのうねめ)
原文 夏ひきの てひきのいとを くりかへし
 事しけくとも たえむと思ふな
かな なつひきの てひきのいとを くりかへし
 こしとけくとも たえむとおもふな
   
  0704
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 さと人の 事は夏のの しけくとも
 かれ行くきみに あはさらめやは
かな さとひとの ことはなつのの しけくとも
 かれゆくきみに あはさらめやは
   
  0705
詞書 藤原敏行朝臣の
なりひらの朝臣(※問題あり)の
家なりける女を
あひしりてふみつかはせりけることはに、
いままうてく、あめのふりけるを
なむ見わつらひ侍るといへりけるをききて、
かの女にかはりてよめりける
作者 在原業平朝臣(※問題あり)
原文 かすかすに おもひおもはす とひかたみ
 身をしる雨は ふりそまされる
かな かすかすに おもひおもはす とひかたみ
 みをしるあめは ふりそまされる
コメ 出典:伊勢107段(身を知る雨)。
「例の男、女に代りてよみてやらす。
『かずかずに 思ひ思はず 問ひがたみ
 身をしる雨は 降りぞまされる』
とよみてやれりければ、蓑も笠もとりあへで、しとゞに濡れてまどひきにけり。」
   
  0706
詞書 ある女の、
なりひらの朝臣(※問題あり)を
ところさためすありきすとおもひて、
よみてつかはしける
作者 よみ人しらす(※)
原文 おほぬさの ひくてあまたに なりぬれは
 おもへとえこそ たのまさりけれ
かな おほぬさの ひくてあまたに なりぬれは
 おもへとえこそ たのまさりけれ
コメ 出典:伊勢47段(大幣)。
「むかし、男、
懇にいかでと思ふ女ありけり。
されど、この男をあだなりと聞きて、
つれなさのみまさりつゝいへる。
『大幣の ひく手あまたに なりぬれば
 思へどこそ 頼まざりけれ』」
   
  0707
詞書 返し
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 おほぬさと 名にこそたてれ なかれても
 つひによるせは ありてふものを
かな おほぬさと なにこそたてれ なかれても
 つひによるせは ありてふものを
コメ 出典:伊勢47段(大幣)。
「(上の歌に)返し、男、
『大幣と 名にこそたてれ 流れても
 つひによる瀬は ありといふものを』」
   
  0708
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※)
原文 すまのあまの しほやく煙 風をいたみ
 おもはぬ方に たなひきにけり
かな すまのあまの しほやくけふり かせをいたみ
 おもはぬかたに たなひきにけり
コメ 出典:伊勢112段(須磨のあま)。
「むかし、男、ねむごろにいひ契れる女の、ことざまになりにければ、
『須磨のあま の塩焼く 煙風をいたみ
 思はぬ方に たなびきにけり』」
   
  0709
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※)
原文 たまかつら はふ木あまたに なりぬれは
 たえぬ心の うれしけもなし
かな たまかつら はふきあまたに なりぬれは
 たえぬこころの うれしけもなし
コメ 出典:伊勢118段(たえぬ心、玉葛)。
「むかし、男、久しく音もせで、
「わするゝ心もなし。まゐり来む」
といへりければ、
『玉葛 はふ木あまたに なりぬれば
 絶えぬこころの うれしげもなし』」
   
  0710
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 たかさとに 夜かれをしてか 郭公
 たたここにしも ねたるこゑする
かな たかさとに よかれをしてか ほとときす
 たたここにしも ねたるこゑする
   
  0711
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いて人は 事のみそよき 月草の
 うつし心は いろことにして
かな いてひとは ことのみそよき つきくさの
 うつしこころは いろことにして
   
  0712
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いつはりの なき世なりせは いかはかり
 人のことのは うれしからまし
かな いつはりの なきよなりせは いかはかり
 ひとのことのは うれしからまし
   
  0713
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いつはりと 思ふものから 今さらに
 たかまことをか 我はたのまむ
かな いつはりと おもふものから いまさらに
 たかまことをか われはたのまむ
   
  0714
詞書 題しらす
作者 素性法師
原文 秋風に 山のこのはの うつろへは
 人の心も いかかとそ思ふ
かな あきかせに やまのこのはの うつろへは
 ひとのこころも いかかとそおもふ
   
  0715
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 とものり(紀友則)
原文 蝉のこゑ きけはかなしな 夏衣
 うすくや人の ならむと思へは
かな せみのこゑ きけはかなしな なつころも
 うすくやひとの ならむとおもへは
   
  0716
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 空蝉の 世の人ことの しけけれは
 わすれぬものの かれぬへらなり
かな うつせみの よのひとことの しけけれは
 わすれぬものの かれぬへらなり
   
  0717
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あかてこそ おもはむなかは はなれなめ
 そをたにのちの わすれかたみに
かな あかてこそ おもはむなかは はなれなめ
 そをたにのちの わすれかたみに
   
  0718
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 忘れなむと 思ふ心の つくからに
 有りしよりけに まつそこひしき
かな わすれなむと おもふこころの つくからに
 ありしよりけに まつそこひしき
   
  0719
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わすれなむ 我をうらむな 郭公
 人の秋には あはむともせす
かな わすれなむ われをうらむな ほとときす
 ひとのあきには あはむともせす
   
  0720
詞書 題しらす/この歌、ある人のいはく、
なかとみのあつま人かうたなり
作者 よみ人しらす(一説、なかとみのあつま人)
原文 たえすゆく あすかの河の よとみなは
 心あるとや 人のおもはむ
かな たえすゆく あすかのかはの よとみなは
 こころあるとや ひとのおもはむ
   
  0721
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 よと河の よとむと人は 見るらめと
 流れてふかき 心あるものを
かな よとかはの よとむとひとは みるらめと
 なかれてふかき こころあるものを
   
  0722
詞書 題しらす
作者 そせい法し(素性法師)
原文 そこひなき ふちやはさわく 山河の
 あさきせにこそ あたなみはたて
かな そこひなき ふちやはさわく やまかはの
 あさきせにこそ あたなみはたて
   
  0723
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 紅の はつ花そめの 色ふかく
 思ひし心 我わすれめや
かな くれなゐの はつはなそめの いろふかく
 おもひしこころ われわすれめや
   
  0724
詞書 題しらす
作者 河原左大臣(源融、みなもとのとおる)
原文 みちのくの しのふもちすり たれゆゑに
 みたれむと思ふ 我ならなくに
かな みちのくの しのふもちすり たれゆゑに
 みたれむとおもふ われならなくに
コメ 百人一首14
みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに
 みだれそめにし われならなくに
/陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに
 乱れそめにし われならなくに
   
  0725
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 おもふより いかにせよとか 秋風に
 なひくあさちの 色ことになる
かな おもふより いかにせよとか あきかせに
 なひくあさちの いろことになる
   
  0726
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 千千の色に うつろふらめと しらなくに
 心し秋の もみちならねは
かな ちちのいろに うつろふらめと しらなくに
 こころしあきの もみちならねは
   
  0727
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 あまのすむ さとのしるへに あらなくに
 怨みむとのみ 人のいふらむ
かな あまのすむ さとのしるへに あらなくに
 うらみむとのみ ひとのいふらむ
   
  0728
詞書 題しらす
作者 しもつけのをむね
原文 くもり日の 影としなれる 我なれは
 めにこそ見えね 身をははなれす
かな くもりひの かけとしなれる われなれは
 めにこそみえね みをははなれす
   
  0729
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 色もなき 心を人に そめしより
 うつろはむとは おもほえなくに
かな いろもなき こころをひとに そめしより
 うつろはむとは おもほえなくに
   
  0730
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 めつらしき 人を見むとや しかもせぬ
 わかしたひもの とけわたるらむ
かな めつらしき ひとをみむとや しかもせぬ
 わかしたひもの とけわたるらむ
   
  0731
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かけろふの それかあらぬか 春雨の
 ふる日となれは そてそぬれぬる
かな かけろふの それかあらぬか はるさめの
 ふるひとなれは そてそぬれぬる
   
  0732
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ほり江こく たななしを舟 こきかへり
 おなし人にや こひわたりなむ
かな ほりえこく たななしをふね こきかへり
 おなしひとにや こひわたりなむ
   
  0733
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 わたつみと あれにしとこを 今更に
 はらははそてや あわとうきなむ
かな わたつみと あれにしとこを いまさらに
 はらははそてや あわとうきなむ
   
  0734
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 いにしへに 猶立帰る 心かな
 こひしきことに 物わすれせて
かな いにしへに なほたちかへる こころかな
 こひしきことに ものわすれせて
   
  0735
詞書 人をしのひにあひしりて
あひかたくありけれは、
その家のあたりをまかりありきけるをりに、
かりのなくをききてよみてつかはしける
作者 大伴くろぬし(大伴黒主)
原文 思ひいてて こひしき時は はつかりの
 なきてわたると 人しるらめや
かな おもひいてて こひしきときは はつかりの
 なきてわたると ひとしるらめや
   
  0736
詞書 右のおほいまうちきみすますなりにけれは、
かのむかしおこせたりけるふみともを
とりあつめて返すとてよみておくりける
作者 典侍藤原よるかの朝臣(藤原因香)
原文 たのめこし 事のは今は かへしてむ
 わか身ふるれは おきところなし
かな たのめこし ことのはいまは かへしてむ
 わかみふるれは おきところなし
   
  0737
詞書 返し
作者 近院の右のおほいまうちきみ
原文 今はとて かへす事のは ひろひおきて
 おのかものから かたみとや見む
かな いまはとて かへすことのは ひろひおきて
 おのかものから かたみとやみむ
   
  0738
詞書 題しらす
作者 よるかの朝臣(藤原因香)
原文 たまほこの 追はつねにも まとはなむ
 人をとふとも 我かとおもはむ
かな たまほこの みちはつねにも まとはなむ
 ひとをとふとも われかとおもはむ
   
  0739
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 まてといはは ねてもゆかなむ しひて行く
 こまのあしをれ まへのたなはし
かな まてといはは ねてもゆかなむ しひてゆく
 こまのあしをれ まへのたなはし
   
  0740
詞書 中納音源ののほるの朝臣の あふみのすけに侍りける時、よみてやれりける
作者 閑院
原文 相坂の ゆふつけ鳥に あらはこそ
 君かゆききを なくなくも見め
かな あふさかの ゆふつけとりに あらはこそ
 きみかゆききを なくなくもみめ
   
  0741
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 ふるさとに あらぬものから わかために
 人の心の あれて見ゆらむ
かな ふるさとに あらぬものから わかために
 ひとのこころの あれてみゆらむ
   
  0742
詞書 題しらす
作者 寵(※うつく、と読み、源精の娘ともされるが、詳細不明)
原文 山かつの かきほにはへる あをつつら
 人はくれとも ことつてもなし
かな やまかつの かきほにはへる あをつつら
 ひとはくれとも ことつてもなし
   
  0743
詞書 題しらす
作者 さかゐのひとさね(酒井人真)
原文 おほそらは こひしき人の かたみかは
 物思ふことに なかめらるらむ
かな おほそらは こひしきひとの かたみかは
 ものおもふことに なかめらるらむ
   
  0744
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あふまての かたみも我は なにせむに
 見ても心の なくさまなくに
かな あふまての かたみもわれは なにせむに
 みてもこころの なくさまなくに
   
  0745
詞書 おやのまもりける人のむすめに
いとしのひにあひて
ものらいひけるあひたに、
おやのよふといひけれはいそきかへるとて、もをなむぬきおきていりにける、
そののち、もをかへすとてよめる
作者 おきかせ(藤原興風)
原文 あふまての かたみとてこそ ととめけめ
 涙に浮ふ もくつなりけり
かな あふまての かたみとてこそ ととめけめ
 なみたにうかふ もくつなりけり
   
  0746
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※)
原文 かたみこそ 今はあたなれ これなくは
 わするる時も あらましものを
かな かたみこそ いまはあたなれ これなくは
 わするるときも あらましものを
コメ 出典:伊勢119段(形見こそ)。
「むかし、女、あだなる男のかたみとて、
置きたるものどもを見て、
『かたみこそ 今はあだなく これなくは
 忘れるゝ時も あらまほしきものを』」