古今和歌集 巻一 春上:歌の配置・コメント付

全巻一覧 古今和歌集
巻一
春歌 上
巻二:春下
目次(配置)
1
元方
2
貫之
3
不知
4
高子
5
不知
6
素性
7
不知
8
文屋
9
貫之
10
言直
11
忠岑
12
当純
13
友則
14
千里
15
棟梁
16
不知
17
不知
18
不知
19
不知
20
不知
21
仁和
22
貫之
23
行平
24
宗于
25
貫之
26
貫之
27
遍昭
28
不知
29
不知
30
躬恒
31
伊勢
32
不知
33
不知
34
不知
35
不知
36
源常
37
素性
38
友則
39
貫之
40
躬恒
41
躬恒
42
貫之
43
伊勢
44
伊勢
45
貫之
46
不知
47
素性
48
不知
49
貫之
50
不知
51
不知
52
先太
53
業×
54
不知
55
素性
56
素性
57
友則
58
貫之
59
貫之
60
友則
61
伊勢
62
不知
63
業×
64
不知
65
不知
66
有友
67
躬恒
68
伊勢
   
 

※古今で伊勢物語の歌が圧倒的な詞書の長さを誇りながら(上位10首中6首)、先頭を在原の業平ではなく、ほぼ無名の孫の元方にしたのは業平否定の意味。それが2の貫之の意志。というのも、巻先頭連続は文屋・小町・敏行(秋下・恋二・物名)の三者のみ、業平は恋三でこの敏行により連続を崩されているからである。敏行は業平の義弟で世間的に明確に格下。この分野選定と配置は偶然ではありえない。先頭にはそれだけの意味があり、かつ全体を象徴している。
 4で唯一出てくる「二条の后(藤原高子)」。それと8と9の文屋と貫之。
 先頭行にいるのが、小町でも伊勢の御でもない。一首しかない二条の后。
 これこそ伊勢の影響力の強さを象徴している。彼女は歌で有名なのではない。
 8をその名にかけ、下を固める貫之。これが仮名序でいう山部赤人の立ち位置。(人まろはあか人がかみにたゝむことかたく、あか人はひとまろがしもにたゝむことかたくなむありける)。つまり8は人麻呂と同等の存在。文屋の歌の詞書割合は業平とされた歌と上位2位を占めている。
 「二条の后」は、伊勢物語の象徴的な言葉。この歌集でその詞書をもつ人物は、文屋2、業平2、素性1。素性はちはやぶると完全同一の詞書。つまりおまけ。先頭行の配置では、人物としてではなく一般名詞の役割(伊勢同様)。
 ちはやぶるを含めた業平とされる歌は、全てそっくりそのまま伊勢物語にある。例外は一つもない。そして伊勢は業平が書いたものではない(というのは今では一般の見方)。さらに伊勢の元となる業平独自の歌集なるものは確認されていない。さらに肝心の伊勢で業平はもとより歌を知らないとされている(101段)。だから伊勢以外何もない。つまり伊勢の歌は業平の歌ではない。誤認定。もっといえば乗っ取り。だから伊勢も業平を断固拒絶し非難している(「けぢめ見せぬ心」の在五(63段)、「歌のきたなげさよ」(103段)、「ちはやぶる」(106段)。
 親王達の使ぱしりが業平。文徳帝の使=歌要員が文屋)。
 文屋の歌は、伊勢と完全に独立、かつ両立している。その仕事場の縫殿は女達のいる後宮(女所)。これが「二条の后に仕うまつる男」(95段)。伊勢の主人公の昔男。女達の近くにいた話が淫奔の話と混同された。伊勢の歌は全て文屋の歌。だからここまでの配置を作っている(一般の認定に貫之が配置で対抗している)。
 高子に近く両脇を「雪は降りつつ」で固める不知。これがその陰の仕事ぶり。
 要所に配置される伊勢。こういう配置は他の巻にもある。伊勢の御はまず伊勢物語に由来している。
 

 
 

巻一:春上

   
   0001
詞書 ふるとしに春たちける日よめる
作者 在原元方
原文 としのうちに 春はきにけり ひととせを
 こそとやいはむ ことしとやいはむ
かな としのうちに はるはきにけり ひととせを
 こそとやいはむ ことしとやいはむ
   
  0002
詞書 はるたちける日よめる
作者 紀貫之
原文 袖ひちて むすひし水の こほれるを
 春立つけふの 風やとくらむ
かな そてひちて むすひしみつの こほれるを
 はるたつけふの かせやとくらむ
   
  0003
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 春霞 たてるやいつこ みよしのの
 よしのの山に 雪はふりつつ
かな はるかすみ たてるやいつこ みよしのの
 よしののやまに ゆきはふりつつ
   
  0004
詞書 二条のきさきのはるのはしめの御うた
作者 二条のきさき(藤原高子)
原文 雪の内に 春はきにけり うくひすの
 こほれる涙 今やとくらむ
かな ゆきのうちに はるはきにけり うくひすの
 こほれるなみた いまやとくらむ
   
  0005
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 梅かえに きゐるうくひす はるかけて
 なけともいまた 雪はふりつつ
かな うめかえに きゐるうくひす はるかけて
 なけともいまた ゆきはふりつつ
   
  0006
詞書 雪の木にふりかかれるをよめる
作者 素性法師
原文 春たては 花とや見らむ 白雪の
 かかれる枝に うくひすそなく
かな はるたては はなとやみらむ しらゆきの
 かかれるえたに うくひすそなく
   
  0007
詞書 題しらす/ある人のいはく、
さきのおほきおほいまうちきみの歌なり
作者 よみ人しらす
(一説、さきのおほきおほいまうちきみ)
原文 心さし ふかくそめてし 折りけれは
 きえあへぬ雪の 花と見ゆらむ
かな こころさし ふかくそめてし をりけれは
 きえあへぬゆきの はなとみゆらむ
   
  0008
詞書 二条のきさきのとう宮のみやすんところときこえける時、
正月三日おまへにめして
おほせことあるあひたに、
日はてりながら雪のかしらにふりかかりけるをよませ給ひける
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 春の日の ひかりにあたる 我なれと
 かしらの雪と なるそわひしき
かな はるのひの ひかりにあたる われなれと
 かしらのゆきと なるそわひしき
コメ

「二条のきさき」は伊勢物語の最大の象徴的な言葉。そこには「二条の后に仕うまつる男」とある(伊勢95段・彦星)。
この歌はそういう背景で詠まれたもの。
 古今445も「二条の后」で、関係の継続性を示す。
 文屋は縫殿にいたから「二条の后に仕うまつる男」。縫殿は女所。だから伊勢では後宮と女の話が沢山出てくる。色好みの淫奔の話ではない。仕事。
 二条の后に仕える「男」という極めて特殊な立場で、伊勢を記せるほど歌が上手いという客観的な称号をもつ男も文屋しかいない。でなければ、家柄も身分も何もない目立たない卑官が、歌仙とされる理由がない。
 文屋が記した伊勢が業平のものと混同されたから、業平が歌仙とされているのであり、業平にその実力はない。伊勢でもそう評されている。行平のはらから(兄弟)は歌をもとより知らない(伊勢101段)。詠まないのではなく、もとより知らない。他人を他人目線で評しているので謙遜ではない。
 実名で残している歌が少ないことも、伊勢の昔男の一貫した匿名性を裏づけている。
 素直に見れば、上の3・5・7の歌は全て文屋の作。3・5は末尾の「ゆきはふりつつ」で符合。7は代作。7の先の太政大臣は高子兄の基経。
 その代作をしたことも、伊勢9798段で示されている。いずれも花に掛けさくら花と梅のつくり枝。この流れはその意味。
 韻も出来栄えも良い。「花と見ゆらむ」の余韻が良い。6の素性の「花とや見らむ」は、これを受けた何やらおかしな歌。
 なお、文屋が名前を出すと若干流れが悪くなるのは、その表に出たがらない性格からである。半ば意図的なセービング。しかし動かしようがない客観的記録・情況は全て伊勢いろは竹取は文屋の作であることを示している。

   
  0009
詞書 ゆきのふりけるをよめる
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 霞たち このめもはるの 雪ふれは
 花なきさとも 花そちりける
かな かすみたち このめもはるの ゆきふれは
 はななきさとも はなそちりける
   
  0010
詞書 春のはしめによめる
作者 ふちはらのことなほ(藤原言直)
原文 はるやとき 花やおそきと ききわかむ
 鶯たにも なかすもあるかな
かな はるやとき はなやおそきと ききわかむ
 うくひすたにも なかすもあるかな
   
  0011
詞書 はるのはしめのうた
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 春きぬと 人はいへとも うくひすの
 なかぬかきりは あらしとそ思ふ
かな はるきぬと ひとはいへとも うくひすの
 なかぬかきりは あらしとそおもふ
   
  0012
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 源まさすみ(源当純)
原文 谷風に とくるこほりの ひまことに
 うちいつる浪や 春のはつ花
かな たにかせに とくるこほりの ひまことに
 うちいつるなみや はるのはつはな
   
  0013
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 花のかを 風のたよりに たくへてそ
 鶯さそふ しるへにはやる
かな はなのかを かせのたよりに たくへてそ
 うくひすさそふ しるへにはやる
   
  0014
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 大江千里
原文 うくひすの 谷よりいつる こゑなくは
 春くることを たれかしらまし
かな うくひすの たによりいつる こゑなくは
 はるくることを たれかしらまし
   
  0015
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 在原棟梁(ありわらむねはり・業平長男)
原文 春たてと 花もにほはぬ 山さとは
 ものうかるねに 鶯そなく
かな はるたてと はなもにほはぬ やまさとは
 ものうかるねに うくひすそなく
   
  0016
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 野辺ちかく いへゐしせれは うくひすの
 なくなるこゑは あさなあさなきく
かな のへちかく いへゐしせれは うくひすの
 なくなるこゑは あさなあさなきく
   
  0017
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かすかのは けふはなやきそ わか草の
 つまもこもれり 我もこもれり
かな かすかのは けふはなやきそ わかくさの
 つまもこもれり われもこもれり
コメ 参照:伊勢12段(武蔵野)。
「女わびて、
『武蔵野は 今日はな焼きそ 若草の
 つまもこもれり われもこもれり』」
→武蔵が春日(かすか)に変更。
   
  0018
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かすかのの とふひののもり いてて見よ
 今いくかありて わかなつみてむ
かな かすかのの とふひののもり いててみよ
 いまいくかありて わかなつみてむ
   
  0019
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 み山には 松の雪たに きえなくに
 宮こはのへの わかなつみけり
かな みやまには まつのゆきたに きえなくに
 みやこはのへの わかなつみけり
   
  0020
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 梓弓 おしてはるさめ けふふりぬ
 あすさへふらは わかなつみてむ
かな あつさゆみ おしてはるさめ けふふりぬ
 あすさへふらは わかなつみてむ
   
  0021
詞書 仁和のみかとみこにおましましける時に、
人にわかなたまひける御うた
作者 仁和のみかと(※光孝天皇・代作)
原文 君かため 春ののにいてて わかなつむ
 わか衣手に 雪はふりつつ
かな きみかため はるののにいてて わかなつむ
 わかころもてに ゆきはふりつつ
コメ 百人一首15
きみがため はるののにいでて わかなつむ
 わがころもでに ゆきはふりつつ
/君がため 春の野に出でて 若菜つむ
 わが衣手に 雪は降りつつ
   
  0022
詞書 歌たてまつれとおほせられし時
よみてたてまつれる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 かすかのの わかなつみにや 白妙の
 袖ふりはへて 人のゆくらむ
かな かすかのの わかなつみにや しろたへの
 そてふりはへて ひとのゆくらむ
   
  0023
詞書 題しらす
作者 在原行平朝臣
原文 はるのきる かすみの衣 ぬきをうすみ
 山風にこそ みたるへらなれ
かな はるのきる かすみのころも ぬきをうすみ
 やまかせにこそ みたるへらなれ
   
  0024
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合によめる
作者 源むねゆきの朝臣(源宗于)
原文 ときはなる 松のみとりも 春くれは
 今ひとしほの 色まさりけり
かな ときはなる まつのみとりも はるくれは
 いまひとしほの いろまさりけり
   
  0025
詞書 歌たてまつれとおほせられし時に
よみてたてまつれる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 わかせこか 衣はるさめ ふることに
 のへのみとりそ いろまさりける
かな わかせこか ころもはるさめ ふることに
 のへのみとりそ いろまさりける
   
  0026
詞書 歌たてまつれとおほせられし時に
よみてたてまつれる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あをやきの いとよりかくる 春しもそ
 みたれて花の ほころひにける
かな あをやきの いとよりかくる はるしもそ
 みたれてはなの ほころひにける
   
  0027
詞書 西大寺のほとりの柳をよめる
作者 僧正遍昭
原文 あさみとり いとよりかけて しらつゆを
 たまにもぬける 春の柳か
かな あさみとり いとよりかけて しらつゆを
 たまにもぬける はるのやなきか
   
  0028
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ももちとり さへつる春は 物ことに
 あらたまれとも 我そふり行く
かな ももちとり さへつるはるは ものことに
 あらたまれとも われそふりゆく
   
  0029
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※恐らく猿丸)
原文 をちこちの たつきもしらぬ 山なかに
 おほつかなくも よふことりかな
かな をちこちの たつきもしらぬ やまなかに
 おほつかなくも よふことりかな
コメ 猿丸集49に全く同一の記載あり。
   
  0030
詞書 かりのこゑをききて
こしへまかりにける人を思ひてよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 春くれは かりかへるなり 白雲の
 みちゆきふりに ことやつてまし
かな はるくれは かりかへるなり しらくもの
 みちゆきふりに ことやつてまし
   
  0031
詞書 帰雁をよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 はるかすみ たつを見すてて ゆくかりは
 花なきさとに すみやならへる
かな はるかすみ たつをみすてて ゆくかりは
 はななきさとに すみやならへる
   
  0032
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 折りつれは 袖こそにほへ 梅花
 有りとやここに うくひすのなく
かな をりつれは そてこそにほへ うめのはな
 ありとやここに うくひすのなく
   
  0033
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 色よりも かこそあはれと おもほゆれ
 たか袖ふれし やとの梅そも
かな いろよりも かこそあはれと おもほゆれ
 たかそてふれし やとのうめそも
   
  0034
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 やとちかく 梅の花うゑし あちきなく
 まつ人のかに あやまたれけり
かな やとちかく うめのはなうゑし あちきなく
 まつひとのかに あやまたれけり
   
  0035
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 梅花 たちよるはかり ありしより
 人のとかむる かにそしみぬる
かな うめのはな たちよるはかり ありしより
 ひとのとかむる かにそしみぬる
   
  0036
詞書 むめの花ををりてよめる
作者 東三条の左のおほいまうちきみ
(東三条左大臣、源常、みなもとのときわ)
原文 鶯の 笠にぬふといふ 梅花
 折りてかささむ おいかくるやと
かな うくひすの かさにぬふといふ うめのはな
 をりてかささむ おいかくるやと
   
  0037
詞書 題しらす
作者 素性法師
原文 よそにのみ あはれとそ見し 梅花あ
 かぬいろかは 折りてなりけり
かな よそにのみ あはれとそみし うめのはな
 あかぬいろかは をりてなりけり
   
  0038
詞書 むめの花ををりて人におくりける
作者 とものり(紀友則)
原文 君ならて 誰にか見せむ 梅花
 色をもかをも しる人そしる
かな きみならて たれにかみせむ うめのはな
 いろをもかをも しるひとそしる
   
  0039
詞書 くらふ山にてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 梅花 にほふ春へは くらふ山
 やみにこゆれと しるくそ有りける
かな うめのはな にほふはるへは くらふやま
 やみにこゆれと しるくそありける
   
  0040
詞書 月夜に梅花ををりて
と人のいひけれは、をるとてよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 月夜には それとも見えす 梅花
 かをたつねてそ しるへかりける
かな つきよには それともみえす うめのはな
 かをたつねてそ しるへかりける
   
  0041
詞書 はるのよ梅花をよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 春の夜の やみはあやなし 梅花
 色こそ見えね かやはかくるる
かな はるのよの やみはあやなし うめのはな
 いろこそみえね かやはかくるる
   
  0042
詞書 はつせにまうつることに
やとりける人の家にひさしくやとらて、
ほとへてのちにいたれりけれは、
かの家のあるしかくさたかになむ
やとりはあるといひいたして侍りけれは、
そこにたてりけるむめの花ををりてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 人はいさ 心もしらす ふるさとは
 花そ昔の かににほひける
かな ひとはいさ こころもしらす ふるさとは
 はなそむかしの かににほひける
コメ 百人一首35
ひとはいさ こゝろもしらず ふるさとは
 はなぞむかしの かににほひける
/人はいさ 心も知らず ふるさとは
 花ぞ昔の 香ににほひける
   
  0043
詞書 水のほとりに梅花さけりけるをよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 春ことに なかるる河を 花と見て
 をられぬ水に 袖やぬれなむ
かな はることに なかるるかはを はなとみて
 をられぬみつに そてやぬれなむ
   
  0044
詞書 水のほとりに梅花さけりけるをよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 年をへて 花のかかみと なる水は
 ちりかかるをや くもるといふらむ
かな としをへて はなのかかみと なるみつは
 ちりかかるをや くもるといふらむ
   
  0045
詞書 家にありける梅花のちりけるをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 くるとあくと めかれぬものを 梅花
 いつの人まに うつろひぬらむ
かな くるとあくと めかれぬものを うめのはな
 いつのひとまに うつろひぬらむ
   
  0046
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 梅かかを そてにうつして ととめては
 春はすくとも かたみならまし
かな うめかかを そてにうつして ととめては
 はるはすくとも かたみならまし
   
  0047
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 素性法師
原文 ちると見て あるへきものを 梅花
 うたてにほひの そてにとまれる
かな ちるとみて あるへきものを うめのはな
 うたてにほひの そてにとまれる
   
  0048
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ちりぬとも かをたにのこせ 梅花
 こひしき時の おもひいてにせむ
かな ちりぬとも かをたにのこせ うめのはな
 こひしきときの おもひいてにせむ
   
  0049
詞書 人の家にうゑたりけるさくらの花
さきはしめたりけるを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ことしより 春しりそむる さくら花
 ちるといふ事は ならはさらなむ
かな ことしより はるしりそむる さくらはな
 ちるといふことは ならはさらなむ
   
  0050
詞書 題しらす/又は、
さととほみ人もすさめぬ山さくら
作者 よみ人しらす
原文 山たかみ 人もすさめぬ さくら花
 いたくなわひそ 我見はやさむ
かな やまたかみ ひともすさへぬ さくらはな
 いたくなわひそ われみはやさむ
   
  0051
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 やまさくら わか見にくれは 春霞
 峰にもをにも たちかくしつつ
かな やまさくら わかみにくれは はるかすみ
 みねにもをにも たちかくしつつ
   
  0052
詞書 そめとののきさきのおまへに花かめに
さくらの花をささせ給へるを見てよめる
作者 さきのおほきおほいまうちきみ
(先の太政大臣。藤原良房とされる)
原文 年ふれは よはひはおいぬ しかはあれと
 花をし見れは もの思ひもなし
かな としふれは よはひはおいぬ しかはあれと
 はなをしみれは ものおもひもなし
   
  0053
詞書 なきさの院にてさくらを見てよめる
作者 在原業平朝臣(※)
原文 世中に たえてさくらの なかりせは
 春の心は のとけからまし
かな よのなかに たえてさくらの なかりせは
 はるのこころは のとけからまし
コメ 出典:伊勢82段(渚の院)。
「馬頭なりける人のよめる。
『世の中に 絶えて桜の なかりせば
 春の心は のどけからまし』」 
 業平最初の歌が渚の院というのは土佐に参照されているように、貫之による選定である。伊勢物語で業平(馬頭なりける人)と明示された数少ない歌が最初にくることは、伊勢は業平日記としていないという貫之の意志表明でもある。この53と合わせて続く63の業平は、伊勢63段の在五に掛けた。
 この歌は、正確には伊勢の著者の適当な翻案で、業平が直接詠んだものとは限らない。源氏物語で歌が下手なキャラ(近江君)の歌を著者が書いたようなもの。この歌は風流な内容ではなく、ただ馬鹿げた内容。それに掛けて馬頭とした。
 根拠①:伊勢101段で業平はもとより歌を知らないとしつつ、あえて詠ませればこのようであったという描写(あるじ(=行平)のはらからなる…もとより歌のことは知らざりければ、すまひけれど、強ひてよませければ、かくなむ)。
 根拠②:107段で言葉も歌も知らないとした娘が108段で突如歌をよむ描写。
 根拠③:伊勢は万葉からすら直接引用など一度もしていない。まして①のような業平の歌を引用する動機がない。業平の一般的人格評は最悪である。業平の評判の実質的根拠は伊勢にしかない。
   
  0054
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いしはしる たきなくもかな 桜花
 たをりてもこむ 見ぬ人のため
かな いしはしる たきなくもかな さくらはな
 たをりてもこむ みぬひとのため
   
  0055
詞書 山のさくらを見てよめる
作者 そせい法し(素性法師)
原文 見てのみや 人にかたらむ さくら花
 てことにをりて いへつとにせむ
かな みてのみや ひとにかたらむ さくらはな
 てことにをりて いへつとにせむ
   
  0056
詞書 花さかりに京を見やりてよめる
作者 そせい法し(素性法師)
原文 みわたせは 柳桜を こきませて
 宮こそ春の 錦なりける
かな みわたせは やなきさくらを こきませて
 みやこそはるの にしきなりける
   
  0057
詞書 さくらの花のもとにて
年のおいぬることをなけきてよめる
作者 きのとものり(紀友則)
原文 いろもかも おなしむかしに さくらめと
 年ふる人そ あらたまりける
かな いろもかも おなしむかしに さくらめと
 としふるひとそ あらたまりける
   
  0058
詞書 をれるさくらをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 たれしかも とめてをりつる 春霞
 たちかくすらむ 山のさくらを
かな たれしかも とめてをりつる はるかすみ
 たちかくすらむ やまのさくらを
   
  0059
詞書 歌たてまつれとおほせられし時に
よみてたてまつれる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 桜花 さきにけらしな あしひきの
 山のかひより 見ゆる白雲
かな さくらはな さきにけらしな あしひきの
 やまのかひより みゆるしらくも
   
  0060
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 とものり(紀友則)
原文 三吉野の 山へにさける さくら花
 雪かとのみそ あやまたれける
かな みよしのの やまへにさける さくらはな
 ゆきかとのみそ あやまたれける
   
  0061
詞書 やよひにうるふ月ありける年よみける
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 さくら花 春くははれる 年たにも
 人の心に あかれやはせぬ
かな さくらはな はるくははれる としたにも
 ひとのこころに あかれやはせぬ
   
  0062
詞書 さくらの花のさかりに、
ひさしくとはさりける人の
きたりける時によみける
作者 よみ人しらす
原文 あたなりと なにこそたてれ 桜花
 年にまれなる 人もまちけり
かな あたなりと なにこそたてれ さくらはな
 としにまれなる ひともまちけり
コメ 出典:伊勢17段(年にまれなる人)。
「年ごろおとづれざりける人の、
桜の盛りに見に来たりければ、あるじ、
『あだなりと 名にこそたてれ 桜花
 年にまれなる 人も待けり』」
   
  0063
詞書 返し
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※誤認定)
原文 けふこすは あすは雪とそ ふりなまし
きえすはありとも 花と見ましや
かな けふこすは あすはゆきとそ ふりなまし
 きえすはありとも はなとみましや
コメ 出典:伊勢17段(年にまれなる人)。
「(62に)返し、
『今日来ずは 明日は雪とぞ 降りなまし
 消えずはありとも 花と見ましや』」
 この歌は伊勢17段では主体が全く明示されていないが、これは伊勢物語が在五日記と丸ごとみなされたためにこのように認定されている。
 最近の現代的学説はそうではないとぼかし始めたが(認定の大前提が崩れ始めた)、一般の認識は未だにそのようなものだろう。しかも強固に。
 伊勢の認定が崩れると、古今の認定も、その目線で集められた業平集も全て崩れ去る。それを防ぐため、伊勢の原型は905年以前で次第に増補されたなどとアクロバティックな苦肉の策を弄している。しかし伊勢の突出した参照性はあまりに明らかであり(詞書の分析参照、仲麻呂の歌との同様の分量の詞書と、業平初出が渚の院であることから、いずれも土佐で参照した貫之による)、これを認められないと、右の詞書を左注とか言い出す他なくなる。業平を53・63に配置したのは伊勢63段の在五に基づく。これは昔男ではない。在五を昔男というのは、自分の頭で考えて伊勢を通して読めない人。
   
  0064
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ちりぬれは こふれとしるし なきものを
 けふこそさくら をらはをりてめ
かな ちりぬれは こふれとしるし なきものを
 けふこそさくら をらはをりてめ
   
  0065
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 をりとらは をしけにもあるか 桜花
 いさやとかりて ちるまては見む
かな をりとらは をしけにもあるか さくらはな
 いさやとかりて ちるまてはみむ
   
  0066
詞書 題しらす
作者 きのありとも(紀有友)
原文 さくらいろに 衣はふかく そめてきむ
 花のちりなむ のちのかたみに
かな さくらいろに ころもはふかく そめてきむ
 はなのちりなむ のちのかたみに
   
  0067
詞書 さくらの花のさけりけるを
見にまうてきたりける人によみておくりける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 わかやとの 花見かてらに くる人は
 ちりなむのちそ こひしかるへき
かな わかやとの はなみかてらに くるひとは
 ちりなむのちそ こひしかるへき
   
  0068
詞書 亭子院歌合の時よめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 見る人も なき山さとの さくら花
 ほかのちりなむ のちそさかまし
かな みるひとも なきやまさとの さくらはな
 ほかのちりなむ のちそさかまし