竹取物語~月見

竹取物語
月見
徒労

 
 「かやうにて、御心を互に慰め給ふほどに」〔953〕から、「湯水も飮まれず、同じ心に歎しがりけり」〔1032〕まで。
 
 
 目次
 
 ・本文 ・解説

 

本文

     
 文章
 番号
竹取物語
(國民文庫)
竹とりの翁物語
(群書類從)
     
〔953〕 かやうにて、 かやうにて。
〔954〕 御心を互に慰め給ふほどに、 御心を互に慰め給ふほどに。
〔955〕 三年ばかりありて、 三年計有て。
〔956〕 春の初より、かぐや姫
月のおもしろう出でたるを見て、
春の初よりかぐや姫
月の面白う出たるをみて。
〔957〕 常よりも物思ひたるさまなり。 常よりも物おもひたるさまなり。
     
〔958〕 ある人の ある人の。
〔959〕 「月の顔見るは忌むこと。」ゝ
制しけれども、
月のかほみるはいむ事と
せいしけれども。
〔960〕 ともすれば ともすれば。
〔961〕 ひとまには
月を見ていみじく泣き給ふ。
人まには[もイ]
月をみていみじく啼給ふ。
     
〔962〕 七月(ふみづき)のもちの月にいで居て、 七月十五日の月にいでゐて。
〔963〕 切に物思へるけしきなり。 せちに物おもへるけしきなり。
〔964〕 近く使はるゝ人々、 近くつかはるゝ人。
〔965〕 竹取の翁に告げていはく、 竹取の翁につげていはく。
〔966〕 「かぐや姫
例も月をあはれがり給ひけれども、
かぐや姫
例も月を哀がり給けれども。
〔967〕 この頃となりては ・[このイ]頃と成ては。
〔968〕 たゞ事にも侍らざンめり。 たゞ事にも侍らざめり。
〔969〕 いみじく思し歎くことあるべし。 いみじくおぼしなげく事あるべし。
〔970〕 よく\/見奉らせ給へ。」
といふを聞きて、
よく〳〵見たてまつれ(らせイ)給へ
といふを聞て。
〔971〕 かぐや姫にいふやう、 かぐや姫にいふ樣。
〔972〕 「なでふ心ちすれば、 なんでう心ちすれば。
〔973〕 かく物を思ひたるさまにて
月を見給ふぞ。
かく物をおもひたる樣にて
月を見給ふぞ。
〔974〕 うましき世に。」といふ。 うましき世にと云。
     
     
〔975〕 かぐや姫、 かぐや姫。
〔976〕 「月を見れば
世の中こゝろぼそくあはれに侍り。
見れば
世間心細く哀に侍る。
〔977〕 なでふ物をか歎き侍るべき。」といふ。 なでう物をか歎き侍るべきと云。
     
〔978〕 かぐや姫のある所に至りて見れば、
なほ物思へるけしきなり。
かぐや姫の有所に到てみれば
猶物おもへるけしきなり。
〔979〕 これを見て、 是を見て。
〔980〕 「あが佛何事を思ひ給ふぞ。 あがほとけなに事・[をイ]思ひ給ぞ。
〔981〕 思すらんこと何事ぞ。」といへば、 おぼすらむ事何事ぞといへば。
〔982〕 「思ふこともなし。 思ふ事もなし。
〔983〕 物なん心細く覺ゆる。」といへば、 物なん心ぼそくおぼゆるといへば。
     
〔984〕 翁、 翁。
〔985〕 「月な見給ひそ。 月なみ給そ。
〔986〕 これを見給へば
物思すけしきはあるぞ。」といへば、
是を見給へば
物おぼすけしきはあるぞといへば。
〔987〕 「いかでか月を見ずにはあらん。」とて、 いかで月を見ではあらむとて。
〔988〕 なほ月出づれば、いで居つゝ歎き思へり。 猶月出れば出居つゝ歎きおもへり。
     
     
〔989〕 夕暗(ゆふやみ)には物思はぬ氣色なり。 夕闇には物おもはぬけしき也。
〔990〕 月の程になりぬれば、 月の程に成ぬれば。
〔991〕 猶時々はうち歎きなきなどす。 猶時々は打歎きなきなどす。
〔992〕 是をつかふものども、
「猶物思すことあるべし。」とさゝやけど、
是をつかふものども
猶物おぼす事あるべしとさゝやけど。
〔993〕 親を始めて何事とも知らず。 おやを始て何事ともしらず。
     
〔994〕 八月(はつき)十五日(もち)ばかりの
月にいで居て、
かぐや姫いといたく泣き給ふ。
八月十五日計の
月に出居て
かぐや姫いといたくなき給ふ。
〔995〕 人めも今はつゝみ給はず泣き給ふ。 人めも今はつゝみ給はず。
〔996〕 これを見て、 これをみて。
〔997〕 親どもゝ「何事ぞ。」と問ひさわぐ。 おやども何事ぞととひさはぐ。
     
〔998〕 かぐや姫なく\/いふ、 かぐや姫なく〳〵云。
〔999〕 「さき\/も申さんと思ひしかども、 さき〴〵も申さむと思ひしかども。
〔1000〕 『かならず心惑はし給はんものぞ。』
と思ひて、今まで過し侍りつるなり。
必心まどは(ひイ)したまはん物ぞ
と思ひて今迄すごし侍りつる也。
〔1001〕 『さのみやは。』とてうち出で侍りぬるぞ。 さのみやはとて打出侍ぬるぞ。
〔1002〕 おのが身はこの國の人にもあらず、 をのが身は此國の人にもあらず。
〔1003〕 月の都の人なり。 月の宮古の人也。
〔1004〕 それを昔の契なりける
によりてなん、
それをなんむかしのちぎりなりける
によりなむ。
〔1005〕 この世界にはまうで來りける。 此世界にはまうできたりける。
〔1006〕 今は歸るべきになりにければ、
この月の十五日に、
かのもとの國より迎に人々まうでこんず。
今は歸るべきに成にければ
此月の十五日に
かの國よりむかへに人々まうでこんず。
〔1007〕 さらずまかりぬべければ、 さらばまかりぬべければ。
〔1008〕 思し歎かんが悲しきことを、 おぼしなげかむが悲しき事を。
〔1009〕 この春より思ひ歎き侍るなり。」
といひて、いみじく泣く。
此春より思ひなげき侍るなり
と云ていみ敷なくを。
     
     
〔1010〕 翁「こはなでふことをの給ふぞ。 翁こはなでうことの給ふぞ。
〔1011〕 竹の中より見つけきこえたりしかど、 竹の中よりみつけきこえたりしかど。
〔1012〕 菜種の大(おほき)さおはせしを、 なたねの大きさにおはせしを。
〔1013〕 我丈たち並ぶまで養ひ奉りたる
我子を、何人か迎へ聞えん。
わがたけ立ならぶまでやしなひ奉りたる
わが子を何人かむかへきこえむ。
〔1014〕 まさに許さんや。」といひて、 まさにゆるさむやといひて。
〔1015〕 「我こそ死なめ。」とて、
泣きのゝしること
我こそしなめとて
啼訇ること。
〔1016〕 いと堪へがたげなり。 いとたへがたげなり。  
     
〔1017〕 かぐや姫のいはく、 かぐや姫の云。
〔1018〕 「月の都の人にて父母ちゝはゝあり。 月の古の人にてちゝはゝあり。
〔1019〕 片時の間(ま)とて
かの國よりまうでこしかども、
片時の間とて
かの國よりまうでこしかども。
〔1020〕 かくこの國には
數多の年を經ぬるになんありける。
かく此國には
あまたの年を經ぬるになむありける。
〔1021〕 かの國の父母の事もおぼえず。 かの國のちゝはゝのこともおぼえず。
〔1022〕 こゝにはかく久しく遊び聞えて
ならひ奉れり。
こゝにはかく久敷あそび聞えて
ならひ奉れり。
〔1023〕 いみじからん心地もせず、 いみじからむ心ちもせず。
〔1024〕 悲しくのみなんある。 かなしくのみある。
〔1025〕 されど己が心ならず罷りなんとする。」
といひて、諸共にいみじう泣く。
されどをのが心ならずまかりなんとする
といひてもろともにいみじうなく。
     
〔1026〕 つかはるゝ人々も つかはるゝ人々も。
〔1027〕 年頃ならひて、 年頃ならひて。
〔1028〕 立ち別れなんことを、 たち別なむ事を。
〔1029〕 心ばへなどあてやかに
美しかりつることを見ならひて、
こゝろばへなどあてやかに
美しかりける事をみならひて。
〔1030〕 戀しからんことの堪へがたく、 こひしからん事の堪がたく。
〔1031〕 湯水も飮まれず、 ゆ水のまれず。
〔1032〕 同じ心に歎しがりけり。 おなじ心になげかしがりけり。
     

解説

 
 
 かぐや姫、月を見て物思う。何思う。「なぜ、私はこれほどの辱めを受け続けねばならんのか。いつまでか」(遠くを眺める=待ち遠しい=来て欲しい)
 モチろん、それを言うわけにはいかないので、八月十五日(葉付きのモチ)とかけ、柔らかく包みます。なお上の「なぜ」は悲嘆であり、疑問ではない。
 

 今までは、襲来するコバエを叩き落すことがほぼ全て。だから離れ難いという意味ではない。どうして「そっかー!地上が恋しいんだー!」と思えるの。
 正確には、一刻も早く離れたくても状況が許さなかった。それを包む耐え難いほどの配慮。それがふりきれて泣いている(consideration; for luna tic)。
 だから翁が親の風吹かした時に、即座に違うだろ?と反論。これが哀愁ではないという直接的表現。つまり心底うんざりだが、それを諌めて包んでいる。
 
 一貫して包んでいるからクサすのは目的ではない。しかし苦心してあれこれ示唆しても、わからんし聞く耳も全くもたない。そして得意顔で汚し続ける。

 これが泣きたい気持ち。というか泣いた。悲しさあまって涙がでた。人は肝心の一番大事な心が傷つけられ裂かれるようだ(tear)と、涙がでるようだ。