枕草子195段 ふと心劣りとかするものは

大路近なる 枕草子
中巻下
195段
ふと心劣り
宮仕人の

(旧)大系:195段
新大系:186段、新編全集:186段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後最も索引性に優れる三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)

(旧)全集=能因本:262段
男も女もよろづの事まさりてわろきもの ことばの文字あやしく使ひたることそあれ
(この後に続く「ただ文字一つに」以降概ね一致)
 


 
 ふと心劣りとかするものは、男も女も、言葉の文字いやしう使ひたるこそ、よろづのことよりまさりてわろけれ。ただ文字一つに、あやしう、あてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらむ。さるは、かう思ふ人、ことにすぐれてもあらじかし。いづれをよしあしと知るにかは。されど、人をば知らじ、ただ心地にさおぼゆるなり。
 

 いやしきこともわろきことも、さと知りながらことさらに言ひたるはあしうもあらず。わがもてつけたるを、つつみなく言ひたるは、あさましきわざなり。
 

 また、さもあるまじき老いたる人、男などの、わざとつくろひ、ひなびたるは、にくし。まさなきことも、あやしきことも、大人なるは、まのもなく言ひたるを、若き人は、いみじうかたはらいたきことに消え入りたるこそ、さるべきことなれ。
 

 何事を言ひても、「そのことさせむとす」「言はむとす」「何とせむとす」といふ『と』文字を失ひて、ただ「言はむずる」「里へ出でむずる」など言へば、やがていとわろし。まいて、文に書いては言ふべきにもあらず。物語などこそ、あしう書きなしつれば、言ふかひなく、作り人さへこそいとほしけれ。
 

 「ひてつ車に」と言ひし人もありき。「求む」といふことを「みとむ」なんどは、みな言ふめり。
 
 

大路近なる 枕草子
中巻下
195段
ふと心劣り
宮仕人の