宇治拾遺物語:智海法印、癩人法談の事

式部大輔実重 宇治拾遺物語
巻第四
4-13 (65)
智海法印
白河院

 
 これも今は昔、智海法印有職の時、清水寺へ百日参りて、夜更けて下向しけるに、橋の上に、「唯円教意、逆即是順、自余三教、逆順定故」といふ文を誦する声あり。貴き事かな、いかなる人の誦するならんと思ひて、近う寄りて見れば、白癩人なり。
 傍にゐて、法文の事をいふに、智海ほとほと言ひまはされけり。南北二京に、これ程の学匠あらじものをと思ひて、「いづれの所にあるぞ」と問ひければ、「この坂に候ふなり」といひけり。
 後にたびたび尋ねけれど、尋ねあはずしてやみにけり。もし化人にやありけんと思ひけり。