古今和歌集:全巻一覧・全体構造・歌の配置

仮名序 古今和歌集
全巻一覧
巻一:春上
 目次
番号 割合
巻1 春上 1-68 68 6.1%    
巻2 春下 -134 66 5.9%    
巻3 -168 34 3.1%   5
巻4 秋上 -248 80 7.2% 3  
巻5 秋下 -313 65 5.9%    
巻6 -342 29 2.6%   3
巻7 -364 22 2.0%   2
巻8 離別 -405 41 3.7%    
巻9 羈旅 -421 16 1.4%   1
巻10 物名 -468 47 4.2%    
巻11 恋一 -551 83 7.5% 1  
巻12 恋二 -615 64 5.8%    
巻13 恋三 -676 61 5.5%    
巻14 恋四 -746 70 6.3% 4  
巻15 恋五 -828 82 7.4% 2  
巻16 哀傷 -862 34 3.1%   5
巻17 雑上 -932 70 6.3% 4  
巻18 雑下 -1000 68 6.1%    
巻19 雑体 -1068 68 6.1%    
巻20 大歌
所歌
-1100 32 2.9%   4
巻末 墨滅
-1111 11 1.0%   -
 

 
 ここでは、古今和歌集の歌と配置・配分を通し、この歌集それ自体が示す意義を見る。
 まず巻20は万葉にならっている。また、序は古事記。したがって内容もそれを反映している。
 
 文字数は約5万5千。原稿用紙で約138枚。歌は1100首。墨滅(墨塗りされた歌)11を合わせ、計1111首。
 柿本人麻呂は時代が違うが、仮名序で重んじるように唯一別格と扱い、その歌と目されたものを積極的に採用。
 

 詠み手は、選定4者(紀貫之・紀友則・凡河内躬恒・壬生忠岑)+深養父を軸に、六歌仙。
 女性は小町、伊勢(の御)が目にとまる(18回と23回で、圧倒的に女性で最多のコンビ)。
 なお、古今において下の名前で呼び捨てにしているのは、自称か年下だからであり、後世の研究者が呼び捨てにしていいものではない。
 その詠み手より確実な根拠をもって、格上の実力があるというのならともかく。
 

 古今は歌の内容より歌の配置の意義が大きい。
 というのも古今は伊勢物語から絶大な影響を受けて、配置配分されているからだ。
 伊勢の御という名も、まずそこに由来する。
 (歌数が業平と認定された歌と同じ22。これは伊勢の著者が後宮に仕え女官に近くそこで物語を出したから。ふくからにの人。百人一首22の)
 その影響が、詞書の突出した最長が筒井筒、その次が東下り、恋愛が最大という構成に出る。
 
 だから両者の関係は、古今が先と解されているがそうではない。伊勢が先。
 伊勢の記述内容は古今以前で、かつ出典元に伊勢以外のものが確認されていない。
 伊勢の記述上、伊勢に相当する業平の歌集など存在しない。伊勢は在五を拒絶している。初出の63段「けぢめ見せぬ心」以降、全ての登場段で。
 幾多の無理を押しつつ、なお古今が先とされるのは、そうしないと業平認定が覆ってしまうから。
 勅撰の面子とそれを盲信した自分達の面子が潰れてしまうから。
 
 貫之は、確実に伊勢(と竹取)の著者の薫陶を、直に受けている。
 それが仮名序の内容と、古今4・8・9の配置。8の下を固める貫之。
 仮名序の「あか人はひとまろがしもにたゝむことかたく」とパラレル。
 二条の后とは顕著に伊勢特有の言葉。その唯一の歌が4に配置される。
 8はその人の名に掛けている。
 
 伊勢から絶大な影響を受けた古今の先頭が、業平ではなく無名の元方。
 その配置は貫之による(古今2)。つまり貫之は業平認定を断固拒絶(つまり他の選者達も含めた一般が、当然のようにみなす見解に配置で反対した)。
 巻先頭で連続するのは小町・文屋・敏行のみ(恋二・秋下・物名。この割当ても極めて順当。秋と恋は当然最重要)。
 業平の連続は敏行で崩される(恋三。これも順当)。
 
 このような配置をしうるのは、貫之のみ。
 先頭行の配置が明確にそれを示している。
 
 


巻一:春上(68首:男40・不知21・女7)
1
元方
2
貫之
3
不知
4
二条后
5
不知
6
素性
7
不知
8
文屋
9
貫之
10
言直
11
忠岑
12
当純
13
友則
14
千里
15
棟梁
16
不知
17
不知
18
不知
19
不知
20
不知
21
仁和
22
貫之
23
行平
24
宗于
25
貫之
26
貫之
27
遍昭
28
不知
29
不知
30
躬恒
31
伊勢
32
不知
33
不知
34
不知
35
不知
36
源常
37
素性
38
友則
39
貫之
40
躬恒
41
躬恒
42
貫之
43
伊勢
44
伊勢
45
貫之
46
不知
47
素性
48
不知
49
貫之
50
不知
51
不知
52
先太
53
業平
54
不知
55
素性
56
素性
57
友則
58
貫之
59
貫之
60
友則
61
伊勢
62
不知
63
業?
64
不知
65
不知
66
有友
67
躬恒
68
伊勢
   
 
巻二:春下(66首:男44・不知19・女3)
  69
不知
70
不知
71
不知
72
不知
73
不知
74
惟喬
75
素性
76
素性
77
承均
78
貫之
79
貫之
80
因香
81
高世
82
貫之
83
貫之
84
友則
85
好風
86
躬恒
87
貫之
88
貫之
89
貫之
90
奈良
91
遍昭
92
素性
93
不知
94
貫之
95
素性
96
素性
97
不知
98
不知
99
不知
100
不知
101
興風
102
興風
103
元方
104
躬恒
105
不知
106
不知
107
洽子
108
後蔭
109
素性
110
躬恒
111
不知
112
不知
113
小町
114
素性
115
貫之
116
貫之
117
貫之
118
貫之
119
遍昭
120
躬恒
121
不知
122
不知
123
不知
124
貫之
125
不知
126
素性
127
躬恒
128
貫之
129
深養
130
元方
131
興風
132
躬恒
133
業?
134
躬恒
 
 

巻三:夏(34首:男20・不知13・女1)
       

135
柿?

136
利貞
137
不知
138
伊勢
139
不知
140
不知
141
不知
142
不知
143
友則
144
素性
145
素性
146
不知
147
不知
148
不知
149
不知
150
不知
151
不知
152
不知
153
友則
154
友則
155
千里
156
貫之
157
忠岑
158
不知
159
秋岑
160
貫之
161
躬恒
162
貫之
163
忠岑
164
躬恒
165
遍昭
166
深養
167
躬恒
168
躬恒
   
 

巻四:秋上(80首:男44・不知36・女0)
  169
敏行
170
貫之
171
不知
172
不知
173
不知
174
不知
175
不知
176
不知
177
友則
178
興風
179
躬恒
180
躬恒
181
素性
182
宗于
183
忠岑
184
不知
185
不知
186
不知
187
不知
188
不知
189
不知
190
躬恒
191
不知
192
不知
193
千里
194
忠岑
195
元方
196
忠房
197
敏行
198
不知
199
不知
200
不知
201
不知
202
不知
203
不知
204
猿?
205
不知
206
元方
207
友則
208
不知
209
不知
210
不知
211
柿?
212
菅根
213
躬恒
214
忠岑
215
猿丸
216
不知
217
不知
218
敏行
219
躬恒
220
不知
221
不知
222
奈良?
223
不知
224
不知
225
朝康
226
遍昭
227
今道
228
敏行
229
美材
230
左大
231
定方
232
貫之
233
躬恒
234
躬恒
235
忠岑
236
忠岑
237
兼覧
238
貞文
239
敏行
240
貫之
241
素性
242
貞文
243
棟梁
244
素性
245
不知
246
不知
247
不知
248
遍昭
   
 
巻五:秋下(65首:男48・不知17・女0)
  249
文屋
250
文屋
251
淑望
252
不知
253
不知
254
不知
255
勝臣
256
貫之
257
敏行
258
忠岑
259
不知
260
貫之
261
元方
262
貫之
263
忠岑
264
不知
265
友則
266
不知
267
是則
268
業×
269
敏行
270
友則
271
千里
272
道真
273
素性
274
友則
275
友則
276
貫之
277
躬恒
278
不知
279
貞文
280
貫之
281
不知
282
関雄
283
奈良?
284
柿?
285
不知
286
不知
287
不知
288
不知
289
不知
290
不知
291
関雄
292
遍昭
293
素性
294
業×
295
敏行
296
忠岑
297
貫之
298
兼覧
299
貫之
300
深養
301
興風
302
是則
303
列樹
304
躬恒
305
躬恒
306
忠岑
307
不知
308
不知
309
素性
310
興風
311
貫之
312
貫之
313
躬恒
 
 

※先頭連続(この他は小町、敏行のみ)。秋上下を通して女性がいない。
 


巻六:冬(29首:男19・不知10・女0)
  314
不知
315
宗于
316
不知
317
不知
318
不知
319
不知
320
不知
321
不知
322
不知
323
貫之
324
秋岑
325
是則
326
興風
327
忠岑
328
忠岑
329
躬恒
330
深養
331
貫之
332
是則
333
不知
334
柿?
335
336
貫之
337
友則
338
躬恒
339
元方
340
不知
341
列樹
342
貫之
 
 

巻七:賀(22首:男17・不知4・女1)
    343
不知
344
不知
345
不知
346
不知
347
光孝
348
遍昭
349
業×
350
惟岳
351
興風
352
貫之
353
素性
354
素性
355
滋春
356
素性
357
素性
358
素性
359
素性
360
素性
361
素性
362
素性
363
素性
364
因香
 
 
巻八:離別(41首:男30・不知8・女3)
  365
行平
366
不知
367
不知
368
千古母
369
利貞
370
利貞
371
貫之
372
滋春
373
淳行
374
万雄
375
不知
376
377
不知
378
深養
379
秀崇
380
貫之
381
貫之
382
躬恒
383
躬恒
384
貫之
385
兼茂
386
元規
387
白女
388
源実
389
兼茂
390
貫之
391
兼輔
392
遍昭
393
幽仙
394
遍昭
395
幽仙
396
兼芸
397
貫之
398
兼覧
399
躬恒
400
不知
401
不知
402
不知
403
不知
404
貫之
405
友則
 
 

巻九:羈旅(16首:男13・不知2・女1)
  406
仲麿
407
408
不知
409
柿?
410
業×
411
業×
412
不知
413
おと
414
躬恒
415
貫之
416
躬恒
417
兼輔
418
業平
419
有常
420
道真
421
素性
 
 
巻十:物名(47首:男36・不知8・女3)
  422
敏行
423
敏行
424
滋春
425
忠岑
426
不知
427
貫之
428
貫之
429
深養
430
滋蔭
431
友則
432
不知
433
不知
434
不知
435
遍昭
436
貫之
437
友則
438
友則
439
貫之
440
友則
441
不知
442
友則
443
不知
444
名実
445
文屋
446
利貞
447
篤行
448
不知
449
深養
450
利春
451
滋春
452
景式
453
真静
454
紀乳
455
兵衛
456
清行
457
兼覧
458
経覧
459
伊勢
460
貫之
461
貫之
462
忠岑
463
源恵
464
不知
465
滋春
466
良香
467
千里
468
聖宝
   
 
※先頭連続。
 

巻十一:恋一(83首:男12・不知71・女0)
  469
不知
470
素性
471
貫之
472
勝臣
473
元方
474
元方
475
貫之
476
業平
477
不知
478
忠岑
479
貫之
480
元方
481
躬恒
482
貫之
483
不知
484
不知
485
不知
486
不知
487
不知
488
不知
489
不知
490
不知
491
不知
492
不知
493
不知
494
不知
495
不知
496
不知
497
不知
498
不知
499
不知
500
不知
501
不知
502
不知
503
不知
504
不知
505
不知
506
不知
507
不知
508
不知
509
不知
510
不知
511
不知
512
不知
513
不知
514
不知
515
不知
516
不知
517
不知
518
不知
519
不知
520
不知
521
不知
522
不知
523
不知
524
不知
525
不知
526
不知
527
不知
528
不知
529
不知
530
不知
531
不知
532
不知
533
不知
534
不知
535
不知
536
不知
537
不知
538
不知
539
不知
540
不知
541
不知
542
不知
543
不知
544
不知
545
不知
546
不知
547
不知
548
不知
549
不知
550
不知
551
不知
 
 
※この巻は最多にもかかわらず、不知が85.5%(71/83)。伊勢からの話も1つだけで、女性もいない。色々異色。
 
巻十二:恋二(64首:男57・不知3・女4)
  552
小町
553
小町
554
小町
555
素性
556
清行
557
小町
558
敏行
559
敏行
560
美材
561
友則
562
友則
563
友則
564
友則
565
友則
566
忠岑
567
興風
568
興風
569
興風
570
不知
571
不知
572
貫之
573
貫之
574
貫之
575
素性
576
忠房
577
千里
578
敏行
579
貫之
580
躬恒
581
深養
582
不知
583
貫之
584
躬恒
585
深養
586
忠岑
587
貫之
588
貫之
589
貫之
590
是則
591
大頼
592
忠岑
593
友則
594
友則
595
友則
596
友則
597
貫之
598
貫之
599
貫之
600
躬恒
601
忠岑
602
忠岑
603
深養
604
貫之
605
貫之
606
貫之
607
友則
608
躬恒
609
忠岑
610
列樹
611
躬恒
612
躬恒
613
深養
614
躬恒
615
友則
 
 
※先頭三連続はこの小町のみ。仮名序とも合わせ別格で重視している。女性が複数首ありかつ一人だけなのも、この巻だけ。
 

巻十三:恋三(61首:男29・不知24・女8)
  616
業×
617
敏行
618
業?
619
不知
620
不知
621
柿?
622
業×
623
小町
624
宗于
625
忠岑
626
元方
627
不知
628
忠岑
629
有輔
630
不知
631
不知
632
業×
633
貫之
634
不知
635
小町
636
躬恒
637
不知
638
国経
639
敏行
640
641
不知
642
不知
643
千里
644
業×
645
不知
646
業×
647
不知
648
不知
649
不知
650
不知
651
不知
652
不知
653
春風
654
不知
655
清樹
656
小町
657
小町
658
小町
659
不知
660
不知
661
友則
662
躬恒
663
躬恒
664
不知
665
深養
666
貞文
667
友則
668
友則
669
不知
670
貞文
671
柿?
672
不知
673
不知
674
不知
675
不知
676
伊勢
 
 
※先頭は業平とみなされている伊勢の歌だが、その配置は崩される。文屋と小町、そして敏行に限り連続があるので、この配置は意図している。それは柿?の上下対象の配置からも明らか(柿本人麻呂は本来置かないのにあえて置いている)。要所で伊勢が出てくるが、要検討だろう。彼女の名称と伊勢物語という名称が関連性があるのかどうか。伊勢物語という名称自体は源氏の絵合で初出だが、そこに伊勢の御の影響があったかということである。
巻十四:恋四(70首:男22・不知38・女10)
  677
不知
678
不知
679
貫之
680
忠行
681
伊勢
682
不知
683
不知
684
友則
685
深養
686
躬恒
687
不知
688
不知
689
不知
690
不知
691
素性
692
不知
693
不知
694
不知
695
不知
696
不知
697
貫之
698
深養
699
不知
700
不知
701
不知
702
不知
703
不知
704
不知
705
業?
706
不知
707
業×
708
不知
709
不知
710
不知
711
不知
712
不知
713
不知
714
素性
715
友則
716
不知
717
不知
718
不知
719
不知
720
不知
721
不知
722
素性
723
不知
724
源融
725
不知
726
不知
727
小町
728
雄宗
729
貫之
730
不知
731
不知
732
不知
733
伊勢
734
貫之
735
黒主
736
因香
737
近院
738
因香
739
不知
740
閑院
741
伊勢
742
743
人真
744
不知
745
興風
746
不知
 
 
※不知が58.5%(41/70)。伊勢物語に歌は6つ(705-709、746)。最後に一つだけ飛び石で伊勢の物語を置いて、これが恋三の最後の伊勢と符合。そしてここでは伊勢を基点にして伊勢に基づいていることを示す。
 

巻十五:恋五(82首:男31・不知41・女10)
  747
業×
748
仲平
749
兼輔
750
躬恒
751
元方
752
不知
753
友則
754
不知
755
不知
756
伊勢
757
不知
758
不知
759
不知
760
不知
761
不知
762
不知
763
不知
764
不知
765
不知
766
不知
767
不知
768
兼芸
769
貞登
770
遍昭
771
遍昭
772
不知
773
不知
774
不知
775
不知
776
不知
777
不知
778
不知
779
兼覧
780
伊勢
781
雲林
782
小町
783
貞樹
784
有常女?
785
業×
786
景式
787
友則
788
宗于
789
兵衛
790
小町?
791
伊勢
792
友則
793
不知
794
躬恒
795
不知
796
不知
797
小町
798
不知
799
素性
800
不知
801
宗于
802
素性
803
素性
804
貫之
805
不知
806
不知
807
直子?
808
稲葉?
809
忠臣
810
伊勢
811
不知
812
不知
813
不知
814
興風
815
不知
816
不知
817
不知
818
不知
819
不知
820
不知
821
不知
822
小町
823
貞文
824
不知
825
不知
826
是則
827
友則
828
不知
 
 

※不知が50%(41/82)。恋一の次に歌が多く全体では二番目。伊勢と小町が丁度半々。790「こまちがあね」をこまち姉さん(本人)とみれば。だからそう見るべき。個別の文脈は配置の下にある。
 

巻十六:哀傷(34首:男30・不知4・女0)
  829
830
素性
831
勝延
832
岑雄
833
友則
834
貫之
835
忠岑
836
忠岑
837
閑院
838
貫之
839
忠岑
840
躬恒
841
忠岑
842
貫之
843
忠岑
844
不知
845
846
文屋
847
遍昭
848
近院
849
貫之
850

望行

851
貫之
852
貫之
853
有輔
854
友則
855
不知
856
不知
857
閑院
858
不知
859
千里
860
惟幹
861
業×
862
滋春
 
 

※全体では下から五番目(夏と同じ)。男しかいない。
 


巻十七:雑上(70首:男36・不知30・女4)
  863
不知
864
不知
865
不知
866
先太
867
不知
868
業×
869
近院
870
今道
871
業?
872
遍昭
873
源融
874
敏行
875
兼芸
876
友則
877
不知
878
不知
879
業×
880
貫之
881
貫之
882
不知
883
不知
884
業平
885
敬信
886
不知
887
不知
888
不知
889
不知
890
不知
891
不知
892
不知
893
不知
894
不知
895
不知
896
不知
897
不知
898
不知
899
不知
900
901
業×
902
棟梁
903
敏行
904
不知
905
不知
906
不知
907
柿?
908
不知
909
興風
910
不知
911
不知
912
不知
913
不知
914
忠房
915
貫之
916
貫之
917
忠岑
918
貫之
919
法皇
920
伊勢
921
真静
922
行平
923
業×
924
承均
925
神退
926
伊勢
927
長盛
928
忠岑
929
躬恒
930
静子
931
貫之
932
是則
 
 
※不知が41%(29/70)。伊勢物語とのリンクが多いと増える傾向(恋一、恋四、恋五、雑下)。ここでは9つ。900は業平の母とされるがそれは業平認定を安易に波及させた誤認定。歌が収録されている伊勢84段で男の身は卑しいのにその母は…という説明があるのに、それは無視。古今は伊勢を参照していないといっても、別の出典は確認されていない。それに全体の配置から伊勢を参照しているしかないことは、歌の配置、詞書への偏重、しかもその圧倒的最長が、業平と無縁の筒井筒ということからも明らか。そして古今はオリジナルではない、寄せ集めが本分。そうでないと意義が根底から覆る(その意味では大きく損なっている。一番肝心の伊勢でこの認定だから)。つまり個別の認定を絶対視する意味は全くない。一応のもの。意味が大きいのは、貫之が作った配置。

 
 

巻十八:雑下(68首:男31・不知29・女8)
    933
不知
934
不知
935
不知
936
937
貞樹
938
小町
939
小町
940
不知
941
不知
942
不知
943
不知
944
不知
945
惟喬
946
今道
947
素性
948
不知
949
不知
950
不知
951
不知
952
不知
953
不知
954
不知
955
吉名
956
躬恒
957
躬恒
958
不知
959
不知
960
不知
961
962
行平
963
春風
964
貞文
965
貞文
966
潔興
967
深養
968
伊勢
969
業×
970
業×
971
業×
972
不知
973
不知
974
不知
975
不知
976
躬恒
977
躬恒
978
躬恒
979
大頼
980
貫之
981
不知
982
不知
983
喜撰
984
不知
985
遍昭
986
二条
987
不知
988
不知
989
不知
990
伊勢
991
友則
992
陸奥
993
忠房
994
不知
995
不知
996
不知
997
有季
998
千里
999
勝臣
1000
伊勢
 

※不知が45%(31/68)。伊勢物語とリンクが多い。986の二条は源至の娘とされるがどうか。そうだとしても、伊勢との関係で二条の后の暗示の配置として用いたのではないか。最初に一回出てきているだけだから、それを連想させるのは承知のはず。この娘だけぽっと出すならそんなに意味はない。そして最後の伊勢。990と1000の配置は、明確に伊勢を強調している。
 994の不知は筒井筒の子。この田舎の子の話が格別の厚さの詞書で、宮中の歌集に収録されることは、既に影響力をもった伊勢を参照したと見るのが自然。そう見ないから諸々の説明が通らない。

 


巻十九:雑体(68首:男25・不知39・女4)
1001
不知
1002
貫之
1003
忠岑
1004
忠岑
1005
躬恒
1006
伊勢
1007
不知
1008
不知
1009
不知
1010
貫之
1011
不知
1012
素性
1013
敏行
1014
兼輔
1015
躬恒
1016
遍昭
1017
不知
1018
不知
1019
不知
1020
棟梁
1021
深養
1022
不知
1023
不知
1024
不知
1025
不知
1026
不知
1027
不知
1028
紀乳
1029
有友
1030
小町
1031
興風
1032
不知
1033
貞文
1034
淑人
1035
躬恒
1036
忠岑
1037
不知
1038
不知
1039
不知
1040
不知
1041
不知
1042
不知
1043
不知
1044
不知
1045
不知
1046
不知
1047
不知
1048
中興
1049
左大
1050
中興
1051
伊勢
1052
不知
1053
興風
1054
くそ
1055
讃岐
1056
大輔
1057
不知
1058
不知
1059
不知
1060
不知
1061
不知
1062
元方
1063
不知
1064
興風
1065
千里
1066
不知
1067
躬恒
1068
不知
   
 
※不知が51%(35/68)。1054のくそは、あこくそ(阿古久曽)という貫之の幼名に由来すると解する。でなければこの名前にすることはありえない。
 
巻二十:大歌所(32首:男2・不知30・女0)
  1069
無記
1070
無記
1071
無記
1072
無記
1073
無記
1074
無記
1075
無記
1076
無記
1077
無記
1078
無記
1079
無記
1080
無記
1081
無記
1082
無記
1083
無記
1084
無記
1085
無記
1086
黒主
1087
無記
1088
無記
1089
無記
1090
無記
1091
無記
1092
無記
1093
無記
1094
無記
1095
無記
1096
無記
1097
無記
1098
無記
1099
無記
1100
敏行
 
※二人以外全て無記。大歌所(歌を管理した役所)が収集した歌とのこと。
-1073(大歌所歌)、-1086(神遊び歌)、-1100(東歌)の三部構成。

 
 


巻末:墨滅(11首:男4・不知4・女3)
1101
篤行
1102
勝臣
1103
貫之
1104
小町
1105
あや
1106
不知
1107
不知
1108
不知
1109
采女
1110
衣通
1111
貫之
 
 
※古今集でいう墨滅歌は、古写本では墨で消してあり、流布本では巻末にあるもの。
上記の「あや」はあやもち。何者か不明。
「采女」はあふみのうねめ。同じく不明(名もなき女)。
 1111首の11首という歌数、貫之のみ2首であること、それ以外はいずれも古今世代以前の人物かつ詳細不明な人達ばかりであることから、墨滅ありきで貫之が選定した貫之の純粋な私見認定・選定と解する。
 

巻一:春上

   
   0001
詞書 ふるとしに春たちける日よめる
作者 在原元方
原文 としのうちに 春はきにけり ひととせを
 こそとやいはむ ことしとやいはむ
かな としのうちに はるはきにけり ひととせを
 こそとやいはむ ことしとやいはむ
   
  0002
詞書 はるたちける日よめる
作者 紀貫之
原文 袖ひちて むすひし水の こほれるを
 春立つけふの 風やとくらむ
かな そてひちて むすひしみつの こほれるを
 はるたつけふの かせやとくらむ
   
  0003
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 春霞 たてるやいつこ みよしのの
 よしのの山に 雪はふりつつ
かな はるかすみ たてるやいつこ みよしのの
 よしののやまに ゆきはふりつつ
   
  0004
詞書 二条のきさきのはるのはしめの御うた
作者 二条のきさき(藤原高子)
原文 雪の内に 春はきにけり うくひすの
 こほれる涙 今やとくらむ
かな ゆきのうちに はるはきにけり うくひすの
 こほれるなみた いまやとくらむ
   
  0005
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 梅かえに きゐるうくひす はるかけて
 なけともいまた 雪はふりつつ
かな うめかえに きゐるうくひす はるかけて
 なけともいまた ゆきはふりつつ
   
  0006
詞書 雪の木にふりかかれるをよめる
作者 素性法師
原文 春たては 花とや見らむ 白雪の
 かかれる枝に うくひすそなく
かな はるたては はなとやみらむ しらゆきの
 かかれるえたに うくひすそなく
   
  0007
詞書 題しらす/ある人のいはく、
さきのおほきおほいまうちきみの歌なり
作者 よみ人しらす
(一説、さきのおほきおほいまうちきみ)
原文 心さし ふかくそめてし 折りけれは
 きえあへぬ雪の 花と見ゆらむ
かな こころさし ふかくそめてし をりけれは
 きえあへぬゆきの はなとみゆらむ
   
  0008
詞書 二条のきさきの
とう宮のみやすんところときこえける時、
正月三日おまへにめして
おほせことあるあひたに、
日はてりながら雪のかしらにふりかかりけるをよませ給ひける
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 春の日の ひかりにあたる 我なれと
 かしらの雪と なるそわひしき
かな はるのひの ひかりにあたる われなれと
 かしらのゆきと なるそわひしき
コメ

「二条のきさき」は伊勢物語の最大の象徴的な言葉。そこには「二条の后に仕うまつる男」とある(伊勢95段・彦星)。
この歌はそういう背景で詠まれたもの。
 古今445も「二条の后」で、関係の継続性を示す。
 文屋は縫殿にいたから「二条の后に仕うまつる男」。縫殿は女所。だから伊勢では後宮と女の話が沢山出てくる。色好みの淫奔の話ではない。仕事。
 二条の后に仕える「男」という極めて特殊な立場で、伊勢を記せるほど歌が上手いという客観的な称号をもつ男も文屋しかいない。でなければ、家柄も身分も何もない目立たない卑官が、歌仙とされる理由がない。
 文屋が記した伊勢が業平のものと混同されたから、業平が歌仙とされているのであり、業平にその実力はない。伊勢でもそう評されている。行平のはらから(兄弟)は歌をもとより知らない(伊勢101段)。詠まないのではなく、もとより知らない。他人を他人目線で評しているので謙遜ではない。
 実名で残している歌が少ないことも、伊勢の昔男の一貫した匿名性を裏づけている。
 素直に見れば、上の3・5・7の歌は全て文屋の作。3・5は末尾の「ゆきはふりつつ」で符合。7は代作。7の先の太政大臣は高子兄の基経。
 その代作をしたことも、伊勢9798段で示されている。いずれも花に掛けさくら花と梅のつくり枝。この流れはその意味。
 韻も出来栄えも良い。「花と見ゆらむ」の余韻が良い。6の素性の「花とや見らむ」は、これを受けた何やらおかしな歌。
 なお、文屋が名前を出すと若干流れが悪くなるのは、その表に出たがらない性格からである。半ば意図的なセービング。しかし動かしようがない客観的記録・情況は全て伊勢いろは竹取は文屋の作であることを示している。

   
  0009
詞書 ゆきのふりけるをよめる
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 霞たち このめもはるの 雪ふれは
 花なきさとも 花そちりける
かな かすみたち このめもはるの ゆきふれは
 はななきさとも はなそちりける
   
  0010
詞書 春のはしめによめる
作者 ふちはらのことなほ(藤原言直)
原文 はるやとき 花やおそきと ききわかむ
 鶯たにも なかすもあるかな
かな はるやとき はなやおそきと ききわかむ
 うくひすたにも なかすもあるかな
   
  0011
詞書 はるのはしめのうた
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 春きぬと 人はいへとも うくひすの
 なかぬかきりは あらしとそ思ふ
かな はるきぬと ひとはいへとも うくひすの
 なかぬかきりは あらしとそおもふ
   
  0012
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 源まさすみ(源当純)
原文 谷風に とくるこほりの ひまことに
 うちいつる浪や 春のはつ花
かな たにかせに とくるこほりの ひまことに
 うちいつるなみや はるのはつはな
   
  0013
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 花のかを 風のたよりに たくへてそ
 鶯さそふ しるへにはやる
かな はなのかを かせのたよりに たくへてそ
 うくひすさそふ しるへにはやる
   
  0014
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 大江千里
原文 うくひすの 谷よりいつる こゑなくは
 春くることを たれかしらまし
かな うくひすの たによりいつる こゑなくは
 はるくることを たれかしらまし
   
  0015
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 在原棟梁(ありわらむねはり・業平長男)
原文 春たてと 花もにほはぬ 山さとは
 ものうかるねに 鶯そなく
かな はるたてと はなもにほはぬ やまさとは
 ものうかるねに うくひすそなく
   
  0016
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 野辺ちかく いへゐしせれは うくひすの
 なくなるこゑは あさなあさなきく
かな のへちかく いへゐしせれは うくひすの
 なくなるこゑは あさなあさなきく
   
  0017
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かすかのは けふはなやきそ わか草の
 つまもこもれり 我もこもれり
かな かすかのは けふはなやきそ わかくさの
 つまもこもれり われもこもれり
コメ 参照:伊勢12段(武蔵野)。
「女わびて、
『武蔵野は 今日はな焼きそ 若草の
 つまもこもれり われもこもれり』」
→武蔵が春日(かすか)に変更。
   
  0018
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かすかのの とふひののもり いてて見よ
 今いくかありて わかなつみてむ
かな かすかのの とふひののもり いててみよ
 いまいくかありて わかなつみてむ
   
  0019
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 み山には 松の雪たに きえなくに
 宮こはのへの わかなつみけり
かな みやまには まつのゆきたに きえなくに
 みやこはのへの わかなつみけり
   
  0020
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 梓弓 おしてはるさめ けふふりぬ
 あすさへふらは わかなつみてむ
かな あつさゆみ おしてはるさめ けふふりぬ
 あすさへふらは わかなつみてむ
   
  0021
詞書 仁和のみかとみこにおましましける時に、
人にわかなたまひける御うた
作者 仁和のみかと(※光孝天皇・代作)
原文 君かため 春ののにいてて わかなつむ
 わか衣手に 雪はふりつつ
かな きみかため はるののにいてて わかなつむ
 わかころもてに ゆきはふりつつ
コメ 百人一首15
きみがため はるののにいでて わかなつむ
 わがころもでに ゆきはふりつつ
/君がため 春の野に出でて 若菜つむ
 わが衣手に 雪は降りつつ
   
  0022
詞書 歌たてまつれとおほせられし時
よみてたてまつれる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 かすかのの わかなつみにや 白妙の
 袖ふりはへて 人のゆくらむ
かな かすかのの わかなつみにや しろたへの
 そてふりはへて ひとのゆくらむ
   
  0023
詞書 題しらす
作者 在原行平朝臣
原文 はるのきる かすみの衣 ぬきをうすみ
 山風にこそ みたるへらなれ
かな はるのきる かすみのころも ぬきをうすみ
 やまかせにこそ みたるへらなれ
   
  0024
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合によめる
作者 源むねゆきの朝臣(源宗于)
原文 ときはなる 松のみとりも 春くれは
 今ひとしほの 色まさりけり
かな ときはなる まつのみとりも はるくれは
 いまひとしほの いろまさりけり
   
  0025
詞書 歌たてまつれとおほせられし時に
よみてたてまつれる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 わかせこか 衣はるさめ ふることに
 のへのみとりそ いろまさりける
かな わかせこか ころもはるさめ ふることに
 のへのみとりそ いろまさりける
   
  0026
詞書 歌たてまつれとおほせられし時に
よみてたてまつれる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あをやきの いとよりかくる 春しもそ
 みたれて花の ほころひにける
かな あをやきの いとよりかくる はるしもそ
 みたれてはなの ほころひにける
   
  0027
詞書 西大寺のほとりの柳をよめる
作者 僧正遍昭
原文 あさみとり いとよりかけて しらつゆを
 たまにもぬける 春の柳か
かな あさみとり いとよりかけて しらつゆを
 たまにもぬける はるのやなきか
   
  0028
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ももちとり さへつる春は 物ことに
 あらたまれとも 我そふり行く
かな ももちとり さへつるはるは ものことに
 あらたまれとも われそふりゆく
   
  0029
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※恐らく猿丸)
原文 をちこちの たつきもしらぬ 山なかに
 おほつかなくも よふことりかな
かな をちこちの たつきもしらぬ やまなかに
 おほつかなくも よふことりかな
コメ 猿丸集49に全く同一の記載あり。
   
  0030
詞書 かりのこゑをききて
こしへまかりにける人を思ひてよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 春くれは かりかへるなり 白雲の
 みちゆきふりに ことやつてまし
かな はるくれは かりかへるなり しらくもの
 みちゆきふりに ことやつてまし
   
  0031
詞書 帰雁をよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 はるかすみ たつを見すてて ゆくかりは
 花なきさとに すみやならへる
かな はるかすみ たつをみすてて ゆくかりは
 はななきさとに すみやならへる
   
  0032
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 折りつれは 袖こそにほへ 梅花
 有りとやここに うくひすのなく
かな をりつれは そてこそにほへ うめのはな
 ありとやここに うくひすのなく
   
  0033
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 色よりも かこそあはれと おもほゆれ
 たか袖ふれし やとの梅そも
かな いろよりも かこそあはれと おもほゆれ
 たかそてふれし やとのうめそも
   
  0034
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 やとちかく 梅の花うゑし あちきなく
 まつ人のかに あやまたれけり
かな やとちかく うめのはなうゑし あちきなく
 まつひとのかに あやまたれけり
   
  0035
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 梅花 たちよるはかり ありしより
 人のとかむる かにそしみぬる
かな うめのはな たちよるはかり ありしより
 ひとのとかむる かにそしみぬる
   
  0036
詞書 むめの花ををりてよめる
作者 東三条の左のおほいまうちきみ
(東三条左大臣、源常、みなもとのときわ)
原文 鶯の 笠にぬふといふ 梅花
 折りてかささむ おいかくるやと
かな うくひすの かさにぬふといふ うめのはな
 をりてかささむ おいかくるやと
   
  0037
詞書 題しらす
作者 素性法師
原文 よそにのみ あはれとそ見し 梅花あ
 かぬいろかは 折りてなりけり
かな よそにのみ あはれとそみし うめのはな
 あかぬいろかは をりてなりけり
   
  0038
詞書 むめの花ををりて人におくりける
作者 とものり(紀友則)
原文 君ならて 誰にか見せむ 梅花
 色をもかをも しる人そしる
かな きみならて たれにかみせむ うめのはな
 いろをもかをも しるひとそしる
   
  0039
詞書 くらふ山にてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 梅花 にほふ春へは くらふ山
 やみにこゆれと しるくそ有りける
かな うめのはな にほふはるへは くらふやま
 やみにこゆれと しるくそありける
   
  0040
詞書 月夜に梅花ををりて
と人のいひけれは、をるとてよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 月夜には それとも見えす 梅花
 かをたつねてそ しるへかりける
かな つきよには それともみえす うめのはな
 かをたつねてそ しるへかりける
   
  0041
詞書 はるのよ梅花をよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 春の夜の やみはあやなし 梅花
 色こそ見えね かやはかくるる
かな はるのよの やみはあやなし うめのはな
 いろこそみえね かやはかくるる
   
  0042
詞書 はつせにまうつることに
やとりける人の家にひさしくやとらて、
ほとへてのちにいたれりけれは、
かの家のあるしかくさたかになむ
やとりはあるといひいたして侍りけれは、
そこにたてりけるむめの花ををりてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 人はいさ 心もしらす ふるさとは
 花そ昔の かににほひける
かな ひとはいさ こころもしらす ふるさとは
 はなそむかしの かににほひける
コメ 百人一首35
ひとはいさ こゝろもしらず ふるさとは
 はなぞむかしの かににほひける
/人はいさ 心も知らず ふるさとは
 花ぞ昔の 香ににほひける
   
  0043
詞書 水のほとりに梅花さけりけるをよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 春ことに なかるる河を 花と見て
 をられぬ水に 袖やぬれなむ
かな はることに なかるるかはを はなとみて
 をられぬみつに そてやぬれなむ
   
  0044
詞書 水のほとりに梅花さけりけるをよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 年をへて 花のかかみと なる水は
 ちりかかるをや くもるといふらむ
かな としをへて はなのかかみと なるみつは
 ちりかかるをや くもるといふらむ
   
  0045
詞書 家にありける梅花のちりけるをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 くるとあくと めかれぬものを 梅花
 いつの人まに うつろひぬらむ
かな くるとあくと めかれぬものを うめのはな
 いつのひとまに うつろひぬらむ
   
  0046
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 梅かかを そてにうつして ととめては
 春はすくとも かたみならまし
かな うめかかを そてにうつして ととめては
 はるはすくとも かたみならまし
   
  0047
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 素性法師
原文 ちると見て あるへきものを 梅花
 うたてにほひの そてにとまれる
かな ちるとみて あるへきものを うめのはな
 うたてにほひの そてにとまれる
   
  0048
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ちりぬとも かをたにのこせ 梅花
 こひしき時の おもひいてにせむ
かな ちりぬとも かをたにのこせ うめのはな
 こひしきときの おもひいてにせむ
   
  0049
詞書 人の家にうゑたりけるさくらの花
さきはしめたりけるを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ことしより 春しりそむる さくら花
 ちるといふ事は ならはさらなむ
かな ことしより はるしりそむる さくらはな
 ちるといふことは ならはさらなむ
   
  0050
詞書 題しらす/又は、
さととほみ人もすさめぬ山さくら
作者 よみ人しらす
原文 山たかみ 人もすさめぬ さくら花
 いたくなわひそ 我見はやさむ
かな やまたかみ ひともすさへぬ さくらはな
 いたくなわひそ われみはやさむ
   
  0051
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 やまさくら わか見にくれは 春霞
 峰にもをにも たちかくしつつ
かな やまさくら わかみにくれは はるかすみ
 みねにもをにも たちかくしつつ
   
  0052
詞書 そめとののきさきのおまへに花かめに
さくらの花をささせ給へるを見てよめる
作者 さきのおほきおほいまうちきみ
(先の太政大臣。藤原良房とされる)
原文 年ふれは よはひはおいぬ しかはあれと
 花をし見れは もの思ひもなし
かな としふれは よはひはおいぬ しかはあれと
 はなをしみれは ものおもひもなし
   
  0053
詞書 なきさの院にてさくらを見てよめる
作者 在原業平朝臣(※)
原文 世中に たえてさくらの なかりせは
 春の心は のとけからまし
かな よのなかに たえてさくらの なかりせは
 はるのこころは のとけからまし
コメ 出典:伊勢82段(渚の院)。
「馬頭なりける人のよめる。
『世の中に 絶えて桜の なかりせば
 春の心は のどけからまし』」 
 馬頭なりける人→阿保の子
 端的に業平の歌と描写される数少ない歌の一つ。
 しかしこれは著者(文屋)の翻案。
 根拠①:伊勢101段で業平はもとより歌を知らないとしつつ、あえて詠ませればこのようであったという描写(あるじ(=行平)のはらからなる…もとより歌のことは知らざりければ、すまひけれど、強ひてよませければ、かくなむ)。これだけでも、伊勢の歌は業平の歌ではない。
 根拠②:107段で言葉も歌も知らないとした娘が108段で突如歌をよむ描写。
 根拠③:伊勢は万葉からすら直接引用など一度もしていない(ましてどこかにあるはずとかいう業平の歌を引用する動機が何もない)。
 何より流れが歌を知らないレベルではない、むしろ最高レベル。非難し茶化した歌すら作品になるそれが実力。
   
  0054
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いしはしる たきなくもかな 桜花
 たをりてもこむ 見ぬ人のため
かな いしはしる たきなくもかな さくらはな
 たをりてもこむ みぬひとのため
   
  0055
詞書 山のさくらを見てよめる
作者 そせい法し(素性法師)
原文 見てのみや 人にかたらむ さくら花
 てことにをりて いへつとにせむ
かな みてのみや ひとにかたらむ さくらはな
 てことにをりて いへつとにせむ
   
  0056
詞書 花さかりに京を見やりてよめる
作者 そせい法し(素性法師)
原文 みわたせは 柳桜を こきませて
 宮こそ春の 錦なりける
かな みわたせは やなきさくらを こきませて
 みやこそはるの にしきなりける
   
  0057
詞書 さくらの花のもとにて
年のおいぬることをなけきてよめる
作者 きのとものり(紀友則)
原文 いろもかも おなしむかしに さくらめと
 年ふる人そ あらたまりける
かな いろもかも おなしむかしに さくらめと
 としふるひとそ あらたまりける
   
  0058
詞書 をれるさくらをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 たれしかも とめてをりつる 春霞
 たちかくすらむ 山のさくらを
かな たれしかも とめてをりつる はるかすみ
 たちかくすらむ やまのさくらを
   
  0059
詞書 歌たてまつれとおほせられし時に
よみてたてまつれる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 桜花 さきにけらしな あしひきの
 山のかひより 見ゆる白雲
かな さくらはな さきにけらしな あしひきの
 やまのかひより みゆるしらくも
   
  0060
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 とものり(紀友則)
原文 三吉野の 山へにさける さくら花
 雪かとのみそ あやまたれける
かな みよしのの やまへにさける さくらはな
 ゆきかとのみそ あやまたれける
   
  0061
詞書 やよひにうるふ月ありける年よみける
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 さくら花 春くははれる 年たにも
 人の心に あかれやはせぬ
かな さくらはな はるくははれる としたにも
 ひとのこころに あかれやはせぬ
   
  0062
詞書 さくらの花のさかりに、
ひさしくとはさりける人の
きたりける時によみける
作者 よみ人しらす
原文 あたなりと なにこそたてれ 桜花
 年にまれなる 人もまちけり
かな あたなりと なにこそたてれ さくらはな
 としにまれなる ひともまちけり
コメ 出典:伊勢17段(年にまれなる人)。
「年ごろおとづれざりける人の、
桜の盛りに見に来たりければ、あるじ、
『あだなりと 名にこそたてれ 桜花
 年にまれなる 人も待けり』」
   
  0063
詞書 返し
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 けふこすは あすは雪とそ ふりなまし
きえすはありとも 花と見ましや
かな けふこすは あすはゆきとそ ふりなまし
 きえすはありとも はなとみましや
コメ 出典:伊勢17段(年にまれなる人)。
「(0062に)返し、
『今日来ずは 明日は雪とぞ 降りなまし
 消えずはありとも 花と見ましや』」
   
  0064
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ちりぬれは こふれとしるし なきものを
 けふこそさくら をらはをりてめ
かな ちりぬれは こふれとしるし なきものを
 けふこそさくら をらはをりてめ
   
  0065
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 をりとらは をしけにもあるか 桜花
 いさやとかりて ちるまては見む
かな をりとらは をしけにもあるか さくらはな
 いさやとかりて ちるまてはみむ
   
  0066
詞書 題しらす
作者 きのありとも(紀有友)
原文 さくらいろに 衣はふかく そめてきむ
 花のちりなむ のちのかたみに
かな さくらいろに ころもはふかく そめてきむ
 はなのちりなむ のちのかたみに
   
  0067
詞書 さくらの花のさけりけるを
見にまうてきたりける人によみておくりける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 わかやとの 花見かてらに くる人は
 ちりなむのちそ こひしかるへき
かな わかやとの はなみかてらに くるひとは
 ちりなむのちそ こひしかるへき
   
  0068
詞書 亭子院歌合の時よめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 見る人も なき山さとの さくら花
 ほかのちりなむ のちそさかまし
かな みるひとも なきやまさとの さくらはな
 ほかのちりなむ のちそさかまし
   

巻二:春下

   
   0069
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 春霞 たなひく山の さくら花
 うつろはむとや 色かはりゆく
かな はるかすみ たなひくやまの さくらはな
 うつろはむとや いろかはりゆく
   
  0070
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 まてといふに ちらてしとまる 物ならは
 なにを桜に 思ひまさまし
かな まてといふに ちらてしとまる ものならは
 なにをさくらに おもひまさまし
   
  0071
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 のこりなく ちるそめてたき 桜花
 ありて世中 はてのうけれは
かな のこりなく ちるそめてたき さくらはな
 ありてよのなか はてのうけれは
   
  0072
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 このさとに たひねしぬへし さくら花
 ちりのまかひに いへちわすれて
かな このさとに たひねしぬへし さくらはな
 ちりのまかひに いへちわすれて
   
  0073
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 空蝉の 世にもにたるか 花さくら
 さくと見しまに かつちりにけり
かな うつせみの よにもにたるか はなさくら
 さくとみしまに かつちりにけり
   
  0074
詞書 僧正遍昭によみておくりける
作者 これたかのみこ(惟喬親王)
原文 さくら花 ちらはちらなむ ちらすとて
 ふるさと人の きても見なくに
かな さくらはな ちらはちらなむ ちらすとて
 ふるさとひとの きてもみなくに
   
  0075
詞書 雲林院にて
さくらの花のちりけるを見てよめる
作者 そうく法師(素性法師)
原文 桜ちる 花の所は 春なから
 雪そふりつつ きえかてにする
かな さくらちる はなのところは はるなから
 ゆきそふりつつ きえかてにする
   
  0076
詞書 さくらの花のちり侍りけるを見てよみける
作者 そせい法し(素性法師)
原文 花ちらす 風のやとりは たれかしる
 我にをしへよ 行きてうらみむ
かな はなちらす かせのやとりは たれかしる
 われにをしへよ ゆきてうらみむ
   
  0077
詞書 うりむゐんにてさくらの花をよめる
作者 そうく法し
原文 いささくら 我もちりなむ ひとさかり
 ありなは人に うきめ見えなむ
かな いささくら われもちりなむ ひとさかり
 ありなはひとに うきめみえなむ
   
  0078
詞書 あひしれりける人のまうてきて
 かへりにけるのちによみて花にさしてつかはしける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ひとめ見し 君もやくると 桜花
 けふはまち見て ちらはちらなむ
かな ひとめみし きみもやくると さくらはな
 けふはまちみて ちらはちらなむ
   
  0079
詞書 山のさくらを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 春霞 なにかくすらむ 桜花
 ちるまをたにも 見るへきものを
かな はるかすみ なにかくすらむ さくらはな
 ちるまをたにも みるへきものを
   
  0080
詞書 心地そこなひてわつらひける時に、
風にあたらしとておろしこめてのみ侍りけるあひたに、
をれるさくらのちりかたになれりけるを見てよめる
作者 藤原よるかの朝臣(藤原因香)
原文 たれこめて 春のゆくへも しらぬまに
 まちし桜も うつろひにけり
かな たれこめて はるのゆくへも しらぬまに
 まちしさくらも うつろひにけり
   
  0081
詞書 東宮雅院にてさくらの花のみかは
水にちりてなかれけるを見てよめる
作者 すかのの高世(菅野高世)
原文 枝よりも あたにちりにし 花なれは
 おちても水の あわとこそなれ
かな えたよりも あたにちりにし はななれは
 おちてもみつの あわとこそなれ
   
  0082
詞書 さくらの花のちりけるをよみける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ことならは さかすやはあらぬ さくら花
 見る我さへに しつ心なし
かな ことならは さかすやはあらぬ さくらはな
 みるわれさへに しつこころなし
   
  0083
詞書 さくらのこととくちる物はなしと
人のいひけれはよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 さくら花 とくちりぬとも おもほえす
 人の心そ 風も吹きあへぬ
かな さくらはな とくちりぬとも おもほえす
 ひとのこころそ かせもふきあへぬ
   
  0084
詞書 桜の花のちるをよめる
作者 きのとものり(紀友則)
原文 久方の ひかりのとけき 春の日に
 しつ心なく 花のちるらむ
かな ひさかたの ひかりのとけき はるのひに
 しつこころなく はなのちるらむ
コメ 百人一首33
ひさかたの ひかりのどけき はるのひに
 しづごころなく はなのちるらむ
/ひさかたの 光のどけき 春の日に
 静心なく 花の散るらむ
   
  0085
詞書 春宮のたちはきのちんにて
さくらの花のちるをよめる
作者 ふちはらのよしかせ(藤原好風)
原文 春風は 花のあたりを よきてふけ
 心つからや うつろふと見む
かな はるかせは はなのあたりを よきてふけ
 こころつからや うつろふとみむ
   
  0086
詞書 さくらのちるをよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 雪とのみ ふるたにあるを さくら花
 いかにちれとか 風の吹くらむ
かな ゆきとのみ ふるたにあるを さくらはな
 いかにちれとか かせのふくらむ
   
  0087
詞書 ひえにのほりてかへりまうてきてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 山たかみ みつつわかこし さくら花
 風は心に まかすへらなり
かな やまたかみ みつつわかこし さくらはな
 かせはこころに まかすへらなり
   
  0088
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
(一本大伴くろぬし(大伴黒主))
原文 春雨の ふるは涙か さくら花
 ちるををしまぬ 人しなけれは
かな はるさめの ふるはなみたか さくらはな
 ちるををしまぬ ひとしなけれは
   
  0089
詞書 亭子院歌合歌
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 さくら花 ちりぬる風の なこりには
 水なきそらに 浪そたちける
かな さくらはな ちりぬるかせの なこりには
 みつなきそらに なみそたちける
   
  0090
詞書 ならのみかとの御うた
作者 ならのみかと(奈良の帝、平城天皇?)
原文 ふるさとと なりにしならの みやこにも
 色はかはらす 花はさきけり
かな ふるさとと なりにしならの みやこにも
 いろはかはらす はなはさきけり
   
  0091
詞書 はるのうたとてよめる
作者 よしみねのむねさた(良岑宗貞、遍昭)
原文 花の色は かすみにこめて 見せすとも
 かをたにぬすめ 春の山かせ
かな はなのいろは かすみにこめて みせすとも
 かをたにぬすめ はるのやまかせ
   
  0092
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 そせい法し(素性法師)
原文 はなの木も 今はほりうゑし 春たては
 うつろふ色に 人ならひけり
かな はなのきも いまはほりうゑし はるたては
 うつろふいろに ひとならひけり
   
  0093
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 春の色の いたりいたらぬ さとはあらし
 さけるさかさる 花の見ゆらむ
かな はるのいろの いたりいたらぬ さとはあらし
 さけるさかさる はなのみゆらむ
   
  0094
詞書 はるのうたとてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 三わ山を しかもかくすか 春霞
 人にしられぬ 花やさくらむ
かな みわやまを しかもかくすか はるかすみ
 ひとにしられぬ はなやさくらむ
   
  0095
詞書 うりむゐんのみこのもとに、
 花見にきた山のほとりにまかれりける時によめる
作者 そせい(素性法師)
原文 いさけふは 春の山辺に ましりなむ
 くれなはなけの 花のかけかは
かな いさけふは はるのやまへに ましりなむ
 くれなはなけの はなのかけかは
   
  0096
詞書 はるのうたとてよめる
作者 そせい(素性法師)
原文 いつまてか 野辺に心の あくかれむ
 花しちらすは 千世もへぬへし
かな いつまてか のへにこころの あくかれむ
 はなしちらすは ちよもへぬへし
   
  0097
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 春ことに 花のさかりは ありなめと
 あひ見む事は いのちなりけり
かな はることに はなのさかりは ありなめと
 あひみむことは いのちなりけり
   
  0098
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 花のこと 世のつねならは すくしてし
 昔は又も かへりきなまし
かな はなのこと よのつねならは すくしてし
 むかしはまたも かへりきなまし
   
  0099
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 吹く風に あつらへつくる 物ならは
 このひともとは よきよといはまし
かな ふくかせに あつらへつくる ものならは
 このひともとは よきよといはまし
   
  0100
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 まつ人も こぬものゆゑに うくひすの
 なきつる花を をりてけるかな
かな まつひとも こぬものゆゑに うくひすの
 なきつるはなを をりてけるかな
   
  0101
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 さく花は 千くさなからに あたなれと
 たれかははるを うらみはてたる
かな さくはなは ちくさなからに あたなれと
 たれかははるを うらみはてたる
   
  0102
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 春霞 色のちくさに 見えつるは
 たなひく山の 花のかけかも
かな はるかすみ いろのちくさに みえつるは
 たなひくやまの はなのかけかも
   
  0103
詞書 寛平御時きさいの宮のうたあはせのうた
作者 ありはらのもとかた(在原元方)
原文 霞立つ 春の山へは とほけれと
 吹きくる風は 花のかそする
かな かすみたつ はるのやまへは とほけれと
 ふきくるかせは はなのかそする
   
  0104
詞書 うつろへる花を見てよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 花見れは 心さへにそ うつりける
 いろにはいてし 人もこそしれ
かな はなみれは こころさへにそ うつりける
 いろにはいてし ひともこそしれ
   
  0105
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 鶯の なくのへことに きて見れは
 うつろふ花に 風そふきける
かな うくひすの なくのへことに きてみれは
 うつろふはなに かせそふきける
   
  0106
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 吹く風を なきてうらみよ 鶯は
 我やは花に 手たにふれたる
かな ふくかせを なきてうらみよ うくひすは
 われやははなに てたにふれたる
   
  0107
詞書 題しらす
作者 典侍洽子朝臣
(春澄洽子、はるすみのあまねいこ)
原文 ちる花の なくにしとまる 物ならは
 我鶯に おとらましやは
かな ちるはなの なくにしとまる ものならは
 われうくひすに おとらましやは
   
  0108
詞書 仁和の中将のみやすん所の家に
歌合せむとてしける時によみける
作者 藤原のちかけ(藤原後蔭)
原文 花のちる ことやわひしき 春霞
 たつたの山の うくひすのこゑ
かな はなのちる ことやわひしき はるかすみ
 たつたのやまの うくひすのこゑ
   
  0109
詞書 うくひすのなくをよめる
作者 そせい(素性法師)
原文 こつたへは おのかはかせに ちる花を
 たれにおほせて ここらなくらむ
かな こつたへは おのかはかせに ちるはなを
 たれにおほせて ここらなくらむ
   
  0110
詞書 鶯の花の木にてなくをよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 しるしなき ねをもなくかな うくひすの
 ことしのみちる 花ならなくに
かな しるしなき ねをもなくかな うくひすの
 ことしのみちる はなならなくに
   
  0111
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こまなめて いさ見にゆかむ ふるさとは
 雪とのみこそ 花はちるらめ
かな こまなへて いさみにゆかむ ふるさとは
 ゆきとのみこそ はなはちるらめ
   
  0112
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ちる花を なにかうらみむ 世中に
 わか身もともに あらむものかは
かな ちるはなを なにかうらみむ よのなかに
 わかみもともに あらむものかは
   
  0113
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 花の色は うつりにけりな いたつらに
 わか身世にふる なかめせしまに
かな はなのいろは うつりにけりな いたつらに
 わかみよにふる なかめせしまに
コメ 百人一首9
はなのいろは うつりにけりな いたづらに
 わがみよにふる ながめせしまに
/花の色は 移りにけりな 徒に
 我が身世にふる ながめせしまに
   
  0114
詞書 仁和の中将のみやすん所の家に
歌合せむとしける時によめる
作者 そせい(素性法師)
原文 をしと思ふ 心はいとに よられなむ
 ちる花ことに ぬきてととめむ
かな をしとおもふ こころはいとに よられなむ
 ちるはなことに ぬきてととめむ
   
  0115
詞書 しかの山こえに女のおほくあへりけるに
よみてつかはしける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あつさゆみ はるの山辺を こえくれは
 道もさりあへす 花そちりける
かな あつさゆみ はるのやまへを こえくれは
 みちもさりあへす はなそちりける
   
  0116
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 春ののに わかなつまむと こしものを
 ちりかふ花に みちはまとひぬ
かな はるののに わかなつまむと こしものを
 ちりかふはなに みちはまとひぬ
   
  0117
詞書 山てらにまうてたりけるによめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 やとりして 春の山辺に ねたる夜は
 夢の内にも 花そちりける
かな やとりして はるのやまへに ねたるよは
 ゆめのうちにも はなそちりける
   
  0118
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 吹く風と 谷の水とし なかりせは
 み山かくれの 花を見ましや
かな ふくかせと たにのみつとし なかりせは
 みやまかくれの はなをみましや
   
  0119
詞書 しかよりかへりける
をうなともの花山にいりて
ふちの花のもとにたちよりてかへりけるに、よみておくりける
作者 僧正遍昭
原文 よそに見て かへらむ人に ふちの花は
 ひまつはれよえ たはをるとも
かな よそにみて かへらむひとに ふちのはな
 はひまつはれよ えたはをるとも
   
  0120
詞書 家にふちの花のさけりけるを、
人のたちとまりて見けるをよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 わかやとに さける藤波 たちかへり
 すきかてにのみ 人の見るらむ
かな わかやとに さけるふちなみ たちかへり
 すきかてにのみ ひとのみるらむ
   
  0121
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 今もかも さきにほふらむ 橘の
 こしまのさきの 山吹の花
かな いまもかも さきにほふらむ たちはなの
 こしまのさきの やまふきのはな
   
  0122
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 春雨に にほへる色も あかなくに
 かさへなつかし 山吹の花
かな はるさめに にほへるいろも あかなくに
 かさへなつかし やまふきのはな
   
  0123
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 山ふきは あやななさきそ 花見むと
 うゑけむ君か こよひこなくに
かな やまふきは あやななさきそ はなみむと
 うゑけむきみか こよひこなくに
   
  0124
詞書 よしの河のほとりに
山ふきのさけりけるをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 吉野河 岸の山吹 ふくかせに
 そこの影さへ うつろひにけり
かな よしのかは きしのやまふき ふくかせに
 そこのかけさへ うつろひにけり
   
  0125
詞書 題しらす/この歌は、ある人のいはく、
たちはなのきよともか歌なり
作者 よみ人しらす
(一説、たちはなのきよとも(橘清友))
原文 かはつなく ゐての山吹 ちりにけり
 花のさかりにあはましものを
かな かはつなく ゐてのやまふき ちりにけり
 はなのさかりに あはましものを
   
  0126
詞書 春の歌とてよめる
作者 そせい(素性法師)
原文 おもふとち 春の山辺に うちむれて
 そこともいはぬ たひねしてしか
かな おもふとち はるのやまへに うちむれて
 そこともいはぬ たひねしてしか
   
  0127
詞書 はるのとくすくるをよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 あつさゆみ 春たちしより 年月の
 いるかことくも おもほゆるかな
かな あつさゆみ はるたちしより としつきの
 いるかことくも おもほゆるかな
   
  0128
詞書 やよひにうくひすのこゑの
ひさしうきこえさりけるをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 なきとむる 花しなけれは うくひすも
 はては物うく なりぬへらなり
かな なきとむる はなしなけれは うくひすも
 はてはものうく なりぬへらなり
   
  0129
詞書 やよひのつこもりかたに山をこえけるに、
山河より花のなかれけるをよめる
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 花ちれる 水のまにまに とめくれは
 山には春も なくなりにけり
かな はなちれる みつのまにまに とめくれは
 やまにははるも なくなりにけり
   
  0130
詞書 はるををしみてよめる
作者 もとかた(在原元方)
原文 をしめとも ととまらなくに 春霞
 かへる道にし たちぬとおもへは
かな をしめとも ととまらなくに はるかすみ
 かへるみちにし たちぬとおもへは
   
  0131
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 おきかせ(藤原興風)
原文 こゑたえす なけやうくひす ひととせに
 ふたたひとたに くへき春かは
かな こゑたえす なけやうくひす ひととせに
 ふたたひとたに くへきはるかは
   
  0132
詞書 やよひのつこもりの日、
花つみよりかへりける女ともを見てよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 ととむへき 物とはなしに はかなくも
 ちる花ことに たくふこころか
かな ととむへき ものとはなしに はかなくも
 ちるはなことに たくふこころか
   
  0133
詞書 やよひのつこもりの日、あめのふりけるに
 ふちの花ををりて人につかはしける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 ぬれつつそ しひてをりつる 年の内に
 春はいくかも あらしと思へは
かな ぬれつつそ しひてをりつる としのうちに
 はるはいくかも あらしとおもへは
コメ 出典:伊勢80段(おとろへたる家)。
「おとろへたる家に、
藤の花植ゑたる人ありけり。
やよひのつごもりに、その日雨そぼふるに、人のもとへ折りて奉らすとて、よめる。
『ぬれつゝぞ しひて折りつる 年のうちに
 春はいくかも あらじと思へば』」
   
  0134
詞書 亭子院の歌合のはるのはてのうた
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 けふのみと 春をおもはぬ 時たにも
 立つことやすき 花のかけかは
かな けふのみと はるをおもはぬ ときたにも
 たつことやすき はなのかけかは
   

巻三:夏

   
   0135
詞書 題しらす/このうた、ある人のいはく、
かきのもとの人まろかなり
作者 よみ人しらす
一説、かきのもとの人まろ(柿本人麻呂)
原文 わかやとの 池の藤波 さきにけり
 山郭公 いつかきなかむ
かな わかやとの いけのふちなみ さきにけり
 やまほとときす いつかきなかむ
   
  0136
詞書 う月にさけるさくらを見てよめる
作者 紀としさた(紀利貞)
原文 あはれてふ 事をあまたに やらしとや
 春におくれて ひとりさくらむ
かな あはれてふ ことをあまたに やらしとや
 はるにおくれて ひとりさくらむ
   
  0137
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 さ月まつ 山郭公 うちはふき
 今もなかなむ こそのふるこゑ
かな さつきまつ やまほとときす うちはふき
 いまもなかなむ こそのふるこゑ
   
  0138
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 五月こは なきもふりなむ 郭公
 またしきほとの こゑをきかはや
かな さつきこは なきもふりなむ ほとときす
 またしきほとの こゑをきかはや
   
  0139
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 さつきまつ 花橘の かをかけは
 昔の人の 袖のかそする
かな さつきまつ はなたちはなの かをかけは
 むかしのひとの そてのかそする
   
  0140
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いつのまに さ月きぬらむ あしひきの
 山郭公 今そなくなる
かな いつのまに さつききぬらむ あしひきの
 やまほとときす いまそなくなる
   
  0141
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 けさきなき いまたたひなる 郭公
 花たちはなに やとはからなむ
かな けさきなき いまたたひなる ほとときす
 はなたちはなに やとはからなむ
   
  0142
詞書 おとは山をこえける時に
郭公のなくをききてよめる
作者 きのとものり(紀友則)
原文 おとは山 けさこえくれは 郭公
 こすゑはるかに 今そなくなる
かな おとはやま けさこえくれは ほとときす
 こすゑはるかに いまそなくなる
   
  0143
詞書 郭公のはしめてなきけるをききてよめる
作者 そせい(素性法師)
原文 郭公 はつこゑきけは あちきなく
 ぬしさたまらぬ こひせらるはた
かな ほとときす はつこゑきけは あちきなく
 ぬしさたまらぬ こひせらるはた
   
  0144
詞書 ならのいそのかみてらにて
郭公のなくをよめる
作者 そせい(素性法師)
原文 いそのかみ ふるき宮この 郭公
 声はかりこそ むかしなりけれ
かな いそのかみ ふるきみやこの ほとときす
 こゑはかりこそ むかしなりけれ
   
  0145
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 夏山に なく郭公 心あらは
 物思ふ我に 声なきかせそ
かな なつやまに なくほとときす こころあらは
 ものおもふわれに こゑなきかせそ
   
  0146
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 郭公 なくこゑきけは わかれにし
 ふるさとさへそ こひしかりける
かな ほとときす なくこゑきけは わかれにし
 ふるさとさへそ こひしかりける
   
  0147
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ほとときす なかなくさとの あまたあれは
 猶うとまれぬ 思ふものから
かな ほとときす なかなくさとの あまたあれは
 なほうとまれぬ おもふものから
コメ 出典:伊勢43段(名のみ立つ)。
これは伊勢の著者の作なので、文屋作。
伊勢の歌は全て文屋作。そう見ないから説明がつかない。
そう見れば全てすんなり通る。
   
  0148
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 思ひいつる ときはの山の 郭公
 唐紅の ふりいててそなく
かな おもひいつる ときはのやまの ほとときす
 からくれなゐの ふりいててそなく
   
  0149
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 声はして 涙は見えぬ 郭公
 わか衣手の ひつをからなむ
かな こゑはして なみたはみえぬ ほとときす
 わかころもての ひつをからなむ
   
  0150
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あしひきの 山郭公 をりはへて
 たれかまさると ねをのみそなく
かな あしひきの やまほとときす をりはへて
 たれかまさると ねをのみそなく
   
  0151
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 今さらに 山へかへるな 郭公
 こゑのかきりは わかやとになけ
かな いまさらに やまへかへるな ほとときす
 こゑのかきりは わかやとになけ
   
  0152
詞書 題しらす
作者 みくにのまち
原文 やよやまて 山郭 公事つてむ
 我世中に すみわひぬとよ
かな やよやまて やまほとときす ことつてむ
 われよのなかに すみわひぬとよ
   
  0153
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 五月雨に 物思ひをれは 郭公
 夜ふかくなきて いつちゆくらむ
かな さみたれに ものおもひをれは ほとときす
 よふかくなきて いつちゆくらむ
   
  0154
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 夜やくらき 道やまとへる ほとときす
 わかやとをしも すきかてになく
かな よやくらき みちやまとへる ほとときす
 わかやとをしも すきかてになく
   
  0155
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 大江千里
原文 やとりせし 花橘も かれなくに
 なとほとときす こゑたえぬらむ
かな やとりせし はなたちはなも かれなくに
 なとほとときす こゑたえぬらむ
   
  0156
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 夏の夜の ふすかとすれは 郭公
 なくひとこゑに あくるしののめ
かな なつのよの ふすかとすれは ほとときす
 なくひとこゑに あくるしののめ
   
  0157
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 くるるかと 見れはあけぬる なつのよを
 あかすとやなく 山郭公
かな くるるかと みれはあけぬる なつのよを
 あかすとやなく やまほとときす
   
  0158
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀秋岑(きのあきみね、紀秋峰)
原文 夏山に こひしき人や いりにけむ
 声ふりたてて なく郭公
かな なつやまに こひしきひとや いりにけむ
 こゑふりたてて なくほとときす
   
  0159
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こその夏 なきふるしてし 郭公
 それかあらぬか こゑのかはらぬ
かな こそのなつ なきふるしてし ほとときす
 それかあらぬか こゑのかはらぬ
   
  0160
詞書 郭公のなくをききてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 五月雨の そらもととろに 郭公
 なにをうしとか よたたなくらむ
かな さみたれの そらもととろに ほとときす
 なにをうしとか よたたなくらむ
   
  0161
詞書 さふらひにて
をのことものさけたうへけるに、
めして郭公まつうたよめとありけれはよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 ほとときす こゑもきこえす 山ひこは
 ほかになくねを こたへやはせぬ
かな ほとときす こゑもきこえす やまひこは
 ほかになくねを こたへやはせぬ
   
  0162
詞書 山に郭公のなきけるをききてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 郭公 人まつ山に なくなれは
 我うちつけに こひまさりけり
かな ほとときす ひとまつやまに なくなれは
 われうちつけに こひまさりけり
   
  0163
詞書 はやくすみける所にて
ほとときすのなきけるをききてよめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 むかしへや 今もこひしき 郭公
 ふるさとにしも なきてきつらむ
かな むかしへや いまもこひしき ほとときす
 ふるさとにしも なきてきつらむ
   
  0164
詞書 郭公のなきけるをききてよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 郭公 我とはなしに 卯花の
 うき世中に なきわたるらむ
かな ほとときす われとはなしに うのはなの
 うきよのなかに なきわたるらむ
   
  0165
詞書 はちすのつゆを見てよめる
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 はちすはの にこりにしまぬ 心もて
 なにかはつゆを 玉とあさむく
かな はちすはの にこりにしまぬ こころもて
 なにかはつゆを たまとあさむく
   
  0166
詞書 月のおもしろかりける夜、
あかつきかたによめる
作者 深養父(清原深養父)
原文 夏の夜は またよひなから あけぬるを
 雲のいつこに 月やとるらむ
かな なつのよは またよひなから あけぬるを
 くものいつこに つきやとるらむ
コメ 百人一首36
なつのよは まだよひながら あけぬるを
 くものいづこに つきやどるらむ
/夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを
 雲のいづこに 月宿るらむ
   
  0167
詞書 となりより
とこなつの花をこひにおこせたりけれは、
をしみてこのうたをよみてつかはしける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 ちりをたに すゑしとそ思ふ さきしより
 いもとわかぬる とこ夏のはな
かな ちりをたに すゑしとそおもふ さきしより
 いもとわかぬる とこなつのはな
   
  0168
詞書 みな月のつこもりの日よめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 夏と秋と 行きかふそらの かよひちは
 かたへすすしき 風やふくらむ
かな なつとあきと ゆきかふそらの かよひちは
 かたへすすしき かせやふくらむ
   

巻四:秋上

   
   0169
詞書 秋立つ日よめる
作者 藤原敏行朝臣
原文 あききぬと めにはさやかに 見えねとも
 風のおとにそ おとろかれぬる
かな あききぬと めにはさやかに みえねとも
 かせのおとにそ おとろかれぬる
   
  0170
詞書 秋たつ日、
うへのをのこともかものかはらに
かはせうえうしけるともにまかりてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 河風の すすしくもあるか うちよする
 浪とともにや 秋は立つらむ
かな かはかせの すすしくもあるか うちよする
 なみとともにや あきはたつらむ
   
  0171
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わかせこか 衣のすそを 吹返し
 うらめつらしき 秋のはつ風
かな わかせこか ころものすそを ふきかへし
 うらめつらしき あきのはつかせ
   
  0172
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 きのふこそ さなへとりしか いつのまに
 いなはそよきて 秋風の吹く
かな きのふこそ さなへとりしか いつのまに
 いなはそよきて あきかせのふく
   
  0173
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋風の 吹きにし日より 久方の
 あまのかはらに たたぬ日はなし
かな あきかせの ふきにしひより ひさかたの
 あまのかはらに たたぬひはなし
   
  0174
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 久方の あまのかはらの わたしもり
 君わたりなは かちかくしてよ
かな ひさかたの あまのかはらの わたしもり
 きみわたりなは かちかくしてよ
   
  0175
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 天河 紅葉をはしに わたせはや
 たなはたつめの 秋をしもまつ
かな あまのかは もみちをはしに わたせはや
 たなはたつめの あきをしもまつ
   
  0176
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こひこひて あふ夜はこよひ あまの河
 きり立ちわたり あけすもあらなむ
かな こひこひて あふよはこよひ あまのかは
 きりたちわたり あけすもあらなむ
   
  0177
詞書 寛平御時、
なぬかの夜うへにさふらふをのことも
歌たてまつれとおほせられける時に、
人にかはりてよめる
作者 とものり(紀友則)
原文 天河 あさせしら浪 たとりつつ
 わたりはてねは あけそしにける
かな あまのかは あさせしらなみ たとりつつ
 わたりはてねは あけそしにける
   
  0178
詞書 おなし御時きさいの宮の歌合のうた
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 契りけむ 心そつらき たなはたの
 年にひとたひ あふはあふかは
かな ちきりけむ こころそつらき たなはたの
 としにひとたひ あふはあふかは
   
  0179
詞書 なぬかの日の夜よめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 年ことに あふとはすれと たなはたの
 ぬるよのかすそ すくなかりける
かな としことに あふとはすれと たなはたの
 ぬるよのかすそ すくなかりける
   
  0180
詞書 なぬかの日の夜よめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 織女に かしつる糸の 打ちはへて
 年のをなかく こひやわたらむ
かな たなはたに かしつるいとの うちはへて
 としのをなかく こひやわたらむ
   
  0181
詞書 題しらす
作者 そせい(素性法師)
原文 こよひこむ 人にはあはし たなはたの
 ひさしきほとに まちもこそすれ
かな こよひこむ ひとにはあはし たなはたの
 ひさしきほとに まちもこそすれ
   
  0182
詞書 なぬかの夜のあかつきによめる
作者 源むねゆきの朝臣(源宗于)
原文 今はとて わかるる時は 天河
 わたらぬさきに そてそひちぬる
かな いまはとて わかるるときは あまのかは
 わたらぬさきに そてそひちぬる
   
  0183
詞書 やうかの日よめる
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 けふよりは いまこむ年の きのふをそ
 いつしかとのみ まちわたるへき
かな けふよりは いまこむとしの きのふをそ
 いつしかとのみ まちわたるへき
   
  0184
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 このまより もりくる月の 影見れは
 心つくしの 秋はきにけり
かな このまより もりくるつきの かけみれは
 こころつくしの あきはきにけり
   
  0185
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 おほかたの 秋くるからに わか身こそ
 かなしき物と 思ひしりぬれ
かな おほかたの あきくるからに わかみこそ
 かなしきものと おもひしりぬれ
   
  0186
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わかために くる秋にしも あらなくに
 むしのねきけは まつそかなしき
かな わかために くるあきにしも あらなくに
 むしのねきけは まつそかなしき
   
  0187
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 物ことに 秋そかなしき もみちつつ
 うつろひゆくを かきりと思へは
かな ものことに あきそかなしき もみちつつ
 うつろひゆくを かきりとおもへは
   
  0188
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ひとりぬる とこは草はに あらねとも
 秋くるよひは つゆけかりけり
かな ひとりぬる とこはくさはに あらねとも
 あきくるよひは つゆけかりけり
   
  0189
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 いつはとは 時はわかねと 秋のよそ
 物思ふ事の かきりなりける
かな いつはとは ときはわかねと あきのよそ
 ものおもふことの かきりなりける
   
  0190
詞書 かむなりのつほに人人あつまりて
秋のよをしむ歌よみけるついてによめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 かくはかり をしと思ふ夜を いたつらに
 ねてあかすらむ 人さへそうき
かな かくはかり をしとおもふよを いたつらに
 ねてあかすらむ ひとさへそうき
   
  0191
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 白雲に はねうちかはし とふかりの
 かすさへ見ゆる 秋のよの月
かな しらくもに はねうちかはし とふかりの
 かすさへみゆる あきのよのつき
   
  0192
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 さ夜なかと 夜はふけぬらし かりかねの
 きこゆるそらに 月わたる見ゆ
かな さよなかと よはふけぬらし かりかねの
 きこゆるそらに つきわたるみゆ
   
  0193
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 大江千里
原文 月見れは ちちに物こそ かなしけれ
 わか身ひとつの 秋にはあらねと
かな つきみれは ちちにものこそ かなしけれ
 わかみひとつの あきにはあらねと
コメ 百人一首23
つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ
 わがみひとつの あきにはあらねど
/月見れば 千々に物こそ 悲しけれわが身ひとつの
 秋にはあらねど
   
  0194
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 久方の 月の桂も 秋は猶も
 みちすれはや てりまさるらむ
かな ひさかたの つきのかつらも あきはなほ
 もみちすれはや てりまさるらむ
   
  0195
詞書 月をよめる
作者 在原元方
原文 秋の夜の 月のひかりし あかけれは
 くらふの山も こえぬへらなり
かな あきのよの つきのひかりし あかけれは
 くらふのやまも こえぬへらなり
   
  0196
詞書 人のもとにまかれりける夜、
きりきりすのなきけるをききてよめる
作者 藤原忠房
原文 蟋蟀 いたくななきそ 秋の夜の
 長き思ひは 我そまされる
かな きりきりす いたくななきそ あきのよの
 なかきおもひは われそまされる
   
  0197
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 秋の夜の あくるもしらす なくむしは
 わかこと物や かなしかるらむ
かな あきのよの あくるもしらす なくむしは
 わかことものや かなしかるらむ
   
  0198
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あき萩も 色つきぬれは きりきりす
 わかねぬことや よるはかなしき
かな あきはきも いろつきぬれは きりきりす
 わかねぬことや よるはかなしき
   
  0199
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋の夜は つゆこそことに さむからし
 草むらことに むしのわふれは
かな あきのよは つゆこそことに さむからし
 くさむらことに むしのわふれは
   
  0200
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 君しのふ 草にやつるる ふるさとは
 松虫のねそ かなしかりける
かな きみしのふ くさにやつるる ふるさとは
 まつむしのねそ かなしかりける
   
  0201
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋ののに 道もまとひぬ 松虫の
 こゑする方に やとやからまし
かな あきののに みちもまとひぬ まつむしの
 こゑするかたに やとやからまし
   
  0202
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あきののに 人松虫の こゑすなり
 我かとゆきて いさとふらはむ
かな あきののに ひとまつむしの こゑすなり
 われかとゆきて いさとふらはむ
   
  0203
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 もみちはの ちりてつもれる わかやとに
 誰を松虫 ここらなくらむ
かな もみちはの ちりてつもれる わかやとに
 たれをまつむし ここらなくらむ
   
  0204
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(猿丸説あり)
原文 ひくらしの なきつるなへに 日はくれぬと
 思ふは山の かけにそありける
かな ひくらしの なきつるなへに ひはくれぬと
 おもふはやまの かけにそありける
   
  0205
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ひくらしの なく山里の ゆふくれは
 風よりほかに とふ人もなし
かな ひくらしの なくやまさとの ゆふくれは
 かせよりほかに とふひともなし
   
  0206
詞書 はつかりをよめる
作者 在原元方
原文 まつ人に あらぬものから はつかりの
 けさなくこゑの めつらしきかな
かな まつひとに あらぬものから はつかりの
 けさなくこゑの めつらしきかな
   
  0207
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 とものり(紀友則)
原文 秋風に はつかりかねそ きこゆなる
 たかたまつさを かけてきつらむ
かな あきかせに はつかりかねそ きこゆなる
 たかたまつさを かけてきつらむ
   
  0208
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わかかとに いなおほせとりの なくなへに
 けさ吹く風に かりはきにけり
かな わかかとに いなおほせとりの なくなへに
 けさふくかせに かりはきにけり
   
  0209
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いとはやも なきぬるかりか 白露の
 いろとる木木も もみちあへなくに
かな いとはやも なきぬるかりか しらつゆの
 いろとるききも もみちあへなくに
   
  0210
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 春霞 かすみていにし かりかねは
 今そなくなる 秋きりのうへに
かな はるかすみ かすみていにし かりかねは
 いまそなくなる あききりのうへに
   
  0211
詞書 題しらす/このうたは、
ある人のいはく、柿本の人まろかなりと
作者 よみ人しらす
(一説、柿本の人まろ(柿本人麻呂))
原文 夜をさむみ 衣かりかね なくなへに
 萩のしたはも うつろひにけり
かな よをさむみ ころもかりかね なくなへに
 はきのしたはも うつろひにけり
   
  0212
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 藤原菅根朝臣
原文 秋風に こゑをほにあけて くる舟は
 あまのとわたる かりにそありける
かな あきかせに こゑをほにあけて くるふねは
 あまのとわたる かりにそありける
   
  0213
詞書 かりのなきけるをききてよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 うき事を 思ひつらねて かりかねの
 なきこそわたれ 秋のよなよな
かな うきことを おもひつらねて かりかねの
 なきこそわたれ あきのよなよな
   
  0214
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 山里は 秋こそことに わひしけれ
 しかのなくねに めをさましつつ
かな やまさとは あきこそことに わひしけれ
 しかのなくねに めをさましつつ
   
  0215
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 よみ人しらす(※)
原文 おく山に 紅棄ふみわけ なく鹿の
 こゑきく時そ 秋は悲しき
かな おくやまに もみちふみわけ なくしかの
 こゑきくときそ あきはかなしき
コメ 百人一首5(猿丸大夫)。
おくやまに もみぢふみわけ なくしかの
 こゑきくときぞ あきはかなしき
/奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の
 声きく時ぞ 秋は悲しき
   
  0216
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋はきに うらひれをれは あしひきの
 山したとよみ しかのなくらむ
かな あきはきに うらひれをれは あしひきの
 やましたとよみ しかのなくらむ
   
  0217
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋はきを しからみふせて なくしかの
 めには見えすて おとのさやけさ
かな あきはきを しからみふせて なくしかの
 めにはみえすて おとのさやけさ
   
  0218
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 藤原としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 あきはきの 花さきにけり 高砂の
 をのへのしかは 今やなくらむ
かな あきはきの はなさきにけり たかさこの
 をのへのしかは いまやなくらむ
   
  0219
詞書 むかしあひしりて侍りける人の、秋ののにあひて物かたりしけるついてによめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 秋はきの ふるえにさける 花見れは
 本の心は わすれさりけり
かな あきはきの ふるえにさける はなみれは
 もとのこころは わすれさりけり
   
  0220
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あきはきの したは色つく 今よりや
 ひとりある人の いねかてにする
かな あきはきの したはいろつく いまよりや
 ひとりあるひとの いねかてにする
   
  0221
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 なきわたる かりの涙や おちつらむ
 物思ふやとの 萩のうへのつゆ
かな なきわたる かりのなみたや おちつらむ
 ものおもふやとの はきのうへのつゆ
   
  0222
詞書 題しらす/ある人のいはく、
この歌はならのみかとの御歌なりと
作者 よみ人しらす
(一説、ならのみかと(平城天皇?))
原文 萩の露 玉にぬかむと とれはけぬ
 よし見む人は 枝なから見よ
かな はきのつゆ たまにぬかむと とれはけぬ
 よしみむひとは えたなからみよ
   
  0223
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 をりて見は おちそしぬへき 秋はきの
 枝もたわわに おけるしらつゆ
かな をりてみは おちそしぬへき あきはきの
 えたもたわわに おけるしらつゆ
   
  0224
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 萩か花 ちるらむをのの つゆしもに
 ぬれてをゆかむ さ夜はふくとも
かな はきかはな ちるらむをのの つゆしもに
 ぬれてをゆかむ さよはふくとも
   
  0225
詞書 是貞のみこの家の歌合によめる
作者 文屋あさやす(文屋朝康)
原文 秋ののに おくしらつゆは 玉なれや
 つらぬきかくる くものいとすち
かな あきののに おくしらつゆは たまなれや
 つらぬきかくる くものいとすち
   
  0226
詞書 題しらす
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 名にめてて をれるはかりそ をみなへし
 我おちにきと 人にかたるな
かな なにめてて をれるはかりそ をみなへし
 われおちにきと ひとにかたるな
   
  0227
詞書 僧正遍昭かもとにならへまかりける時に、
をとこ山にてをみなへしを見てよめる
作者 ふるのいまみち(布留今道)
原文 をみなへし うしと見つつそ ゆきすくる
 をとこ山にし たてりと思へは
かな をみなへし うしとみつつそ ゆきすくる
 をとこやまにし たてりとおもへは
   
  0228
詞書 是貞のみこの家の歌合のうた
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 秋ののに やとりはすへし をみなへし
 名をむつましみ たひならなくに
かな あきののに やとりはすへし をみなへし
 なをむつましみ たひならなくに
   
  0229
詞書 題しらす
作者 をののよし木
原文 をみなへし おほかるのへに やとりせは
 あやなくあたの 名をやたちなむ
かな をみなへし おほかるのへに やとりせは
 あやなくあたの なをやたちなむ
   
  0230
詞書 朱雀院のをみなへしあはせに
よみてたてまつりける
作者 左のおほいまうちきみ
(左大臣。藤原時平?)
原文 をみなへし 秋のの風に うちなひき
 心ひとつを たれによすらむ
かな をみなへし あきののかせに うちなひき
 こころひとつを たれによすらむ
   
  0231
詞書 朱雀院のをみなへしあはせに
よみてたてまつりける
作者 藤原定方朝臣
原文 秋ならて あふことかたき をみなへし
 あまのかはらに おひぬものゆゑ
かな あきならて あふことかたき をみなへし
 あまのかはらに おひぬものゆゑ
   
  0232
詞書 朱雀院のをみなへしあはせに
よみてたてまつりける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 たか秋に あらぬものゆゑ をみなへし
 なそ色にいてて またきうつろふ
かな たかあきに あらぬものゆゑ をみなへし
 なそいろにいてて またきうつろふ
   
  0233
詞書 朱雀院のをみなへしあはせに
よみてたてまつりける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 つまこふる しかそなくなる 女郎花
 おのかすむのの 花としらすや
かな つまこふる しかそなくなる をみなへし
 おのかすむのの はなとしらすや
   
  0234
詞書 朱雀院のをみなへしあはせに
よみてたてまつりける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 女郎花 ふきすきてくる 秋風は
 めには見えねと かこそしるけれ
かな をみなへし ふきすきてくる あきかせは
 めにはみえねと かこそしるけれ
   
  0235
詞書 朱雀院のをみなへしあはせに
よみてたてまつりける
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 人の見る 事やくるしき をみなへし
 秋きりにのみ たちかくるらむ
かな ひとのみる ことやくるしき をみなへし
 あききりにのみ たちかくるらむ
   
  0236
詞書 朱雀院のをみなへしあはせに
よみてたてまつりける
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 ひとりのみ なかむるよりは 女郎花
 わかすむやとに うゑて見ましを
かな ひとりのみ なかむるよりは をみなへし
 わかすむやとに うゑてみましを
   
  0237
詞書 ものへまかりけるに、人の家に
をみなへしうゑたりけるを見てよめる
作者 兼覧王
原文 をみなへし うしろめたくも 見ゆるかな
 あれたるやとに ひとりたてれは
かな をみなへし うしろめたくも みゆるかな
 あれたるやとに ひとりたてれは
   
  0238
詞書 寛平御時、
蔵人所のをのこともさかのに
花見むとてまかりたりける時、
かへるとてみな歌よみけるついてによめる
作者 平さたふん(平貞文)
原文 花にあかて なにかへるらむ をみなへし
 おほかるのへに ねなましものを
かな はなにあかて なにかへるらむ をみなへし
 おほかるのへに ねなましものを
   
  0239
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 なに人か きてぬきかけし ふちはかま
 くる秋ことに のへをにほはす
かな なにひとか きてぬきかけし ふちはかま
 くるあきことに のへをにほはす
   
  0240
詞書 ふちはかまをよみて人につかはしける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 やとりせし 人のかたみか ふちはかま
 わすられかたき かににほひつつ
かな やとりせし ひとのかたみか ふちはかま
 わすられかたき かににほひつつ
   
  0241
詞書 ふちはかまをよめる
作者 そせい(素性法師)
原文 ぬししらぬ かこそにほへれ 秋ののに
 たかぬきかけし ふちはかまそも
かな ぬししらぬ かこそにほへれ あきののに
 たかぬきかけし ふちはかまそも
   
  0242
詞書 題しらす
作者 平貞文
原文 今よりは うゑてたに見し 花すすき
 ほにいつる秋は わひしかりけり
かな いまよりは うゑてたにみし はなすすき
 ほにいつるあきは わひしかりけり
   
  0243
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 ありはらのむねやな(在原棟梁)
原文 秋の野の 草のたもとか 花すすき
 ほにいててまねく 袖と見ゆらむ
かな あきののの くさのたもとか はなすすき
 ほにいててまねく そてとみゆらむ
   
  0244
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 素性法師
原文 我のみや あはれとおもはむ きりきりす
 なくゆふかけの やまとなてしこ
かな われのみや あはれとおもはむ きりきりす
 なくゆふかけの やまとなてしこ
   
  0245
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 みとりなる ひとつ草とそ 春は見し
 秋はいろいろの 花にそありける
かな みとりなる ひとつくさとそ はるはみし
 あきはいろいろの はなにそありける
   
  0246
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ももくさの 花のひもとく 秋ののを
 思ひたはれむ 人なとかめそ
かな ももくさの はなのひもとく あきののを
 おもひたはれむ ひとなとかめそ
   
  0247
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 月草に 衣はすらむ あさつゆに
 ぬれてののちは うつろひぬとも
かな つきくさに ころもはすらむ あさつゆに
 ぬれてののちは うつろひぬとも
   
  0248
詞書 仁和のみかとみこにおはしましける時、
ふるのたき御覧せむとて
おはしましけるみちに
遍昭かははの家にやとりたまへりける時に、
庭を秋ののにつくりておほむ物かたりのついてによみてたてまつりける
作者 僧正遍昭
原文 さとはあれて 人はふりにし やとなれや
 庭もまかきも 秋ののらなる
かな さとはあれて ひとはふりにし やとなれや
 にはもまかきも あきののらなる
   

巻五:秋下

   
   0249
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 吹くからに 秋の草木の しをるれは
 むへ山かせを あらしといふらむ
かな ふくからに あきのくさきの しをるれは
 うへやまかせを あらしといふらむ
コメ 百人一首22
ふくからに あきのくさきの しをるれば
 むべやまかぜを あらしといふらむ
/吹くからに 秋の草木の しをるれば
 むべ山風を 嵐といふらむ
   
  0250
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 草も木も 色かはれとも わたつうみの
 浪の花にそ 秋なかりける
かな くさもきも いろかはれとも わたつうみの
 なみのはなにそ あきなかりける
   
  0251
詞書 秋の歌合しける時によめる
作者 紀よしもち(紀淑望)
原文 紅葉せぬ ときはの山は 吹く風の
 おとにや秋を ききわたるらむ
かな もみちせぬ ときはのやまは ふくかせの
 おとにやあきを ききわたるらむ
   
  0252
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 霧立ちて 雁そなくなる 片岡の
 朝の原は 紅葉しぬらむ
かな きりたちて かりそなくなる かたをかの
 あしたのはらは もみちしぬらむ
   
  0253
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 神な月 時雨もいまた ふらなくに
 かねてうつろふ 神なひのもり
かな かみなつき しくれもいまた ふらなくに
 かねてうつろふ かみなひのもり
   
  0254
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ちはやふる 神なひ山の もみちはに
 思ひはかけし うつろふものを
かな ちはやふる かみなひやまの もみちはに
 おもひはかけし うつろふものを
   
  0255
詞書 貞観御時、綾綺殿のまへに梅の木ありけり、
にしの方にさせりける
えたのもみちはしめたりけるを
うへにさふらふをのことものよみける
ついてによめる
作者 藤原かちおむ(藤原勝臣)
原文 おなしえを わきてこのはの うつろふは
 西こそ秋の はしめなりけれ
かな おなしえを わきてこのはの うつろふは
 にしこそあきの はしめなりけれ
   
  0256
詞書 いしやまにまうてける時、
おとは山のもみちを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 秋風の ふきにし日より おとは山
 峰のこすゑも 色つきにけり
かな あきかせの ふきにしひより おとはやま
 みねのこすゑも いろつきにけり
   
  0257
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 白露の 色はひとつを いかにして
 秋のこのはを ちちにそむらむ
かな しらつゆの いろはひとつを いかにして
 あきのこのはを ちちにそむらむ
   
  0258
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 壬生忠岑
原文 秋の夜の つゆをはつゆと おきなから
 かりの涙や のへをそむらむ
かな あきのよの つゆをはつゆと おきなから
 かりのなみたや のへをそむらむ
   
  0259
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あきのつゆ いろいろことに おけはこそ
 山のこのはの ちくさなるらめ
かな あきのつゆ いろいろことに おけはこそ
 やまのこのはの ちくさなるらめ
   
  0260
詞書 もる山のほとりにてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 しらつゆも 時雨もいたく もる山は
 したはのこらす 色つきにけり
かな しらつゆも しくれもいたく もるやまは
 したはのこらす いろつきにけり
   
  0261
詞書 秋のうたとてよめる
作者 在原元方
原文 雨ふれと つゆももらしを かさとりの
 山はいかてか もみちそめけむ
かな あめふれと つゆももらしを かさとりの
 やまはいかてか もみちそめけむ
   
  0262
詞書 神のやしろのあたりをまかりける時に
いかきのうちのもみちを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ちはやふる 神のいかきに はふくすも
 秋にはあへす うつろひにけり
かな ちはやふる かみのいかきに はふくすも
 あきにはあへす うつろひにけり
コメ 参照:伊勢71段(神のいがき)。
ちはやぶる 神のいがきも 越えぬべし
 大宮人の 見まくほしさに」
   
  0263
詞書 これさたのみこの家の歌合によめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 あめふれは かさとり山の もみちはは
 ゆきかふ人の そてさへそてる
かな あめふれは かさとりやまの もみちはは
 ゆきかふひとの そてさへそてる
   
  0264
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 ちらねとも かねてそをしき もみちはは
 今は限の 色と見つれは
かな ちらねとも かねてそをしき もみちはは
 いまはかきりの いろとみつれは
   
  0265
詞書 やまとのくににまかりける時、
さほ山にきりのたてりけるを見てよめる
作者 きのとものり(紀友則)
原文 たかための 錦なれはか 秋きりの
 さほの山辺を たちかくすらむ
かな たかための にしきなれはか あききりの
 さほのやまへを たちかくすらむ
   
  0266
詞書 是貞のみこの家の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 秋きりは けさはなたちそ さほ山の
 ははそのもみち よそにても見む
かな あききりは けさはなたちそ さほやまの
 ははそのもみち よそにてもみむ
   
  0267
詞書 秋のうたとてよめる
作者 坂上是則
原文 佐保山の ははその色は うすけれと
 秋は深くも なりにけるかな
かな さほやまの ははそのいろは うすけれと
 あきはふかくも なりにけるかな
   
  0268
詞書 人のせんさいに
きくにむすひつけてうゑけるうた
作者 在原なりひらの朝臣(在原業平)
(※問題あり)
原文 うゑしうゑは 秋なき時や さかさらむ
 花こそちらめ ねさへかれめや
かな うゑしうゑは あきなきときや さかさらむ
 はなこそちらめ ねさへかれめや
コメ 出典:伊勢51段(前栽の菊)。
「むかし、男、人の前栽に菊植ゑけるに、
『植ゑしうゑば 秋なき時や 咲かざらむ
 花こそ散らめ 根さへ枯れめや』」
これは業平の歌ではない。文屋の歌。
人の庭に植えた菊はどっちのものになるもんかね、という歌(その心はハナから意味ない想定)。判事だった経験と定着物という法的論点。
伊勢での「むかし男」は、12段(武蔵野)を除き、全て著者を意味している。
そして著者は業平足り得ない。それは今では常識。説のレベルではない。伊勢の文面を見ればそうでしかありえない。
しかしかつてはそう見られていなかった(読解力がなさすぎて、というより噂だけで認定した)。だからこういう認定になっている。
つまり伊勢は知らないが、みなが業平の歌集と言っているということで認定されている。この国の公には基本的に主体性はない。責任を嫌う。
在五、在原なりける男は、伊勢63段・65段で言及され、いずれも強く非難され、主人公でも著者でもあり得ない。
かつ名前にからめて言及した時点で、昔男でもない。昔男は最初から最後まで一貫している。著者はそこまで阿保レベルではない。
兄の行平は端的にしかも問題の人物とセットで二度も言及しているので(79段・101段)、直接言及しないのはあまりに憚られるからである。
   
  0269
詞書 寛平御時きくの花をよませたまうける
/この歌は、また殿上ゆるされさりける時にめしあけられてつかうまつれるとなむ
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 久方の 雲のうへにて 見る菊は
 あまつほしとそ あやまたれける
かな ひさかたの くものうへにて みるきくは
 あまつほしとそ あやまたれける
   
  0270
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 きのとものり(紀友則)
原文 露なから をりてかささむ きくの花
 おいせぬ秋の ひさしかるへく
かな つゆなから をりてかささむ きくのはな
 おいせぬあきの ひさしかるへく
   
  0271
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 大江千里
原文 うゑし時 花まちとほに ありしきく
 うつろふ秋に あはむとや見し
かな うゑしとき はなまちとほに ありしきく
 うつろふあきに あはむとやみし
   
  0272
詞書 おなし御時せられけるきくあはせに、
すはまをつくりて
菊の花うゑたりけるにくはへたりけるうた、
ふきあけのはまのかたに
きくうゑたりけるによめる
作者 すかはらの朝臣(菅原道真)
原文 秋風の 吹きあけにたてる 白菊は
 花かあらぬか 浪のよするか
かな あきかせの ふきあけにたてる しらきくは
 はなかあらぬか なみのよするか
   
  0273
詞書 仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる
作者 素性法師
原文 ぬれてほす 山ちの菊の つゆのまに
 いつかちとせを 我はへにけむ
かな ぬれてほす やまちのきくの つゆのまに
 いつかちとせを われはへにけむ
   
  0274
詞書 菊の花のもとにて人の人まてるかたをよめる
作者 とものり(紀友則)
原文 花見つつ 人まつ時は しろたへの
 袖かとのみそ あやまたれける
かな はなみつつ ひとまつときは しろたへの
 そてかとのみそ あやまたれける
   
  0275
詞書 おほさはの池のかたにきくうゑたるをよめる
作者 とものり(紀友則)
原文 ひともとと 思ひしきくを おほさはの
 池のそこにも たれかうゑけむ
かな ひともとと おもひしきくを おほさはの
 いけのそこにも たれかうゑけむ
   
  0276
詞書 世中のはかなきことを思ひけるをりに
きくの花を見てよみける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 秋の菊 にほふかきりは かさしてむ
 花よりさきと しらぬわか身を
かな あきのきく にほふかきりは かさしてむ
 はなよりさきと しらぬわかみを
   
  0277
詞書 しらきくの花をよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 心あてに をらはやをらむ はつしもの
 おきまとはせる 白菊の花
かな こころあてに をらはやをらむ はつしもの
 おきまとはせる しらきくのはな
コメ 百人一首29
こゝろあてに をらばやをらむ はつしもの
 おきまどはせる しらぎくのはな
/心あてに 折らばや折らむ 初霜の
 置きまどはせる 白菊の花
   
  0278
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 いろかはる 秋のきくをは ひととせに
 ふたたひにほふ 花とこそ見れ
かな いろかはる あきのきくをは ひととせに
 ふたたひにほふ はなとこそみれ
   
  0279
詞書 仁和寺にきくのはなめしける時に
うたそへてたてまつれとおほせられけれは、よみてたてまつりける
作者 平さたふん(平貞文)
原文 秋をおきて 時こそ有りけれ 菊の花
 うつろふからに 色のまされは
かな あきをおきて ときこそありけれ きくのはな
 うつろふからに いろのまされは
   
  0280
詞書 人の家なりけるきくの花を
うつしうゑたりけるをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 さきそめし やとしかはれは 菊の花
 色さへにこそ うつろひにけれ
かな さきそめし やとしかはれは きくのはな
 いろさへにこそ うつろひにけれ
   
  0281
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 佐保山の ははそのもみち ちりぬへみ
 よるさへ見よと てらす月影
かな さほやまの ははそのもみち ちりぬへみ
 よるさへみよと てらすつきかけ
   
  0282
詞書 みやつかへひさしうつかうまつらて
山さとにこもり侍りけるによめる
作者 藤原関雄(ふじわらのせきお)
原文 おく山の いはかきもみち ちりぬへし
 てる日のひかり 見る時なくて
かな おくやまの いはかきもみち ちりぬへし
 てるひのひかり みるときなくて
   
  0283
詞書 題しらす/この歌は、ある人、
ならのみかとの御歌なりとなむ申す
作者 よみ人しらす
(一説、ならのみかと(平城天皇?))
原文 竜田河 もみちみたれて 流るめり
 わたらは錦 なかやたえなむ
かな たつたかは もみちみたれて なかるめり
 わたらはにしき なかやたえなむ
   
  0284
詞書 題しらす/又は、あすかかはもみちはなかる(此歌右注人丸歌、他本同)
作者 よみ人しらす(一説、人丸(柿本人麻呂))
原文 たつた河 もみちは流る 神なひの
 みむろの山に 時雨ふるらし
かな たつたかは もみちはなかる かみなひの
 みむろのやまに しくれふるらし
   
  0285
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こひしくは 見てもしのはむ もみちはを
 吹きなちらしそ 山おろしのかせ
かな こひしくは みてもしのはむ もみちはを
 ふきなちらしそ やまおろしのかせ
   
  0286
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋風に あへすちりぬる もみちはの
 ゆくへさためぬ 我そかなしき
かな あきかせに あへすちりぬる もみちはの
 ゆくへさためぬ われそかなしき
   
  0287
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あきはきぬ 紅葉はやとに ふりしきぬ
 道ふみわけて とふ人はなし
かな あきはきぬ もみちはやとに ふりしきぬ
 みちふみわけて とふひとはなし
   
  0288
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ふみわけて さらにやとはむ もみちはの
 ふりかくしてし みちとみなから
かな ふみわけて さらにやとはむ もみちはの
 ふりかくしてし みちとみなから
   
  0289
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋の月 山辺さやかに てらせるは
 おつるもみちの かすを見よとか
かな あきのつき やまへさやかに てらせるは
 おつるもみちの かすをみよとか
   
  0290
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 吹く風の 色のちくさに 見えつるは
 秋のこのはの ちれはなりけり
かな ふくかせの いろのちくさに みえつるは
 あきのこのはの ちれはなりけり
   
  0291
詞書 題しらす
作者 せきを(藤原関雄)
原文 霜のたて つゆのぬきこそ よわからし
 山の錦の おれはかつちる
かな しものたて つゆのぬきこそ よわからし
 やまのにしきの おれはかつちる
   
  0292
詞書 うりむゐんの木のかけにたたすみてよみける
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 わひ人の わきてたちよる この本は
 たのむかけなく もみちちりけり
かな わひひとの わきてたちよる このもとは
 たのむかけなく もみちちりけり
   
  0293
詞書 二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、
御屏風にたつた河にもみちなかれたるかたをかけりけるを題にてよめる
作者 そせい(素性法師)
原文 もみちはの なかれてとまる みなとには
 紅深き 浪や立つらむ
かな もみちはの なかれてとまる みなとには
 くれなゐふかき なみやたつらむ
   
  0294
詞書 二条の后の春宮のみやす所と申しける時に、
御屏風にたつた河にもみちなかれたるかたをかけりけるを題にてよめる
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 ちはやふる 神世もきかす 竜田河
 唐紅に 水くくるとは
かな ちはやふる かみよもきかす たつたかは
 からくれなゐに みつくくるとは
コメ

出典:伊勢106段(龍田川)。
「むかし、男、親王たちのせうえうし給ふ所にまうでて、龍田川のほとりにて。」
『ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川
 から紅に 水くくるとは』 百人一首17
 この歌は業平の歌ではない。業平を非難した歌。
 伊勢の著者である文屋が業平に対し堪忍袋の尾が切れたことを表した歌。
 定家がこれを選定したのは、古今で業平とされる約30の歌で、唯一伊勢から離れた詞書の歌ということを確実に考慮している。
 定家は伊勢と源氏の写本の大家で、伊勢が業平を非難し、源氏も同様に業平を認めず、無名の著者を擁護した表現は確実に(普通に)読めた筈。
 つまり定家は伊勢と業平を別にしている。伊勢が業平のものと一般ど同様に堂々認めているなら、あえて唯一この微妙で過激な歌を選定しない。
 しかし離れているのは屏風なだけで、あとは全て伊勢にあるのであるが。
 しかもその屏風すら、一つ上の素性と完全に同一の詞書。業平にはオリジナル要素が全くない。この詞書でオリジナルと喜べるならかなりのもの。
 ちはやぶるとは、古事記の「道速振」という、怒りに満ち荒ぶる神の枕詞(一言で表わす言葉)に因む。
 万葉では表記がぶれるが、古事記は人麻呂(=安万侶)が示したブレない表記で、かつ文脈も示されているので、こちらの言葉が何より優先する。
 古事記は基本的に音を当てているのであり、字それ自体に意味を持たせていることはそこまで多くない(例えば天照が後者で、前者が須佐之男)。
 その文脈を受けていることを神代で表わしている。つまり古代の文脈(神語)。神代もきかずとは、前代未聞、つまりありえねーヨという意味。
 先頭にちはやぶる(怒り荒ぶる)がある以上、この歌が恋歌やみやびな歌であることはない。これは説ではない。和歌の、言葉の基本的なルール。
 古語の解釈は、後の人々の説(往々にして文字から離れた思い込みの解釈)で決まらない。素直な字義、前後の文言との符合、大きな文脈で決まる。
 そして「道速振」の音の掛かりは上記に示した通りであり、それ以外の文脈に見ることは実質不可能。それ以上の掛かりを示せるなら教えて欲しい。
 このは自らに描け、かつ「くくる」とは括るにかかる。それでその問いかけで考えて欲しい。
 絞りのくくり→意味不明。大前提の枕詞の方向性も無視している。もみじがくぐる→もみじは浮かぶ。くぐらない。それにもみじの歌でもないというと面倒なので言わないでおく。
 一々いわせんなよ、自ら括れよ、けじめつけろよそういう意味。「けぢめ見せぬ心」の在五に(伊勢63段)。これで主人公とはどういうことだよ、そういう意味。実に素直な解釈。何の無理もない。その文脈がわからないから、絞りとかもみじとか屏風とかになる。
 古事記の荒ぶる文脈は、すぐ命をとったとられたの野蛮な様を表わしている。そんな世界でも聞いたことねーヨ、○おかしすぎる。これは説。

   
  0295
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 わかきつる 方もしられす くらふ山
 木木のこのはの ちるとまかふに
かな わかきつる かたもしられす くらふやま
 ききのこのはの ちるとまかふに
   
  0296
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 神なひの みむろの山を 秋ゆけは
 錦たちきる 心地こそすれ
かな かみなひの みむろのやまを あきゆけは
 にしきたちきる ここちこそすれ
   
  0297
詞書 北山に
紅葉をらむとてまかれりける時によめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 見る人も なくてちりぬる おく山の
 紅葉はよるの にしきなりけり
かな みるひとも なくてちりぬる おくやまの
 もみちはよるの にしきなりけり
   
  0298
詞書 秋のうた
作者 かねみの王(兼覧王)
原文 竜田ひめ たむくる神の あれはこそ
 秋のこのはの ぬさとちるらめ
かな たつたひめ たむくるかみの あれはこそ
 あきのこのはの ぬさとちるらめ
   
  0299
詞書 をのといふ所にすみ侍りける時
もみちを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 秋の山 紅葉をぬさと たむくれは
 すむ我さへそ たひ心ちする
かな あきのやま もみちをぬさと たむくれは
 すむわれさへそ たひここちする
   
  0300
詞書 神なひの山をすきて竜田河をわたりける時に、もみちのなかれけるをよめる
作者 きよはらのふかやふ(清原深養父)
原文 神なひの 山をすき行く 秋なれは
 たつた河にそ ぬさはたむくる
かな かみなひの やまをすきゆく あきなれは
 たつたかはにそ ぬさはたむくる
   
  0301
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 ふちはらのおきかせ(藤原興風)
原文 白浪に 秋のこのはの うかへるを
 あまのなかせる 舟かとそ見る
かな しらなみに あきのこのはの うかへるを
 あまのなかせる ふねかとそみる
   
  0302
詞書 たつた河のほとりにてよめる
作者 坂上これのり(坂上是則)
原文 もみちはの なかれさりせは 竜田河
 水の秋をは たれかしらまし
かな もみちはの なかれさりせは たつたかは
 みつのあきをは たれかしらまし
   
  0303
詞書 しかの山こえにてよめる
作者 はるみちのつらき(春道列樹)
原文 山河に 風のかけたる しからみは
 流れもあへぬ 紅葉なりけり
かな やまかはに かせのかけたる しからみは
 なかれもあへぬ もみちなりけり
コメ 百人一首32
やまがはに かぜのかけたる しがらみは
 ながれもあへぬ もみぢなりけり
/山川に 風のかけたる しがらみは
 流れもあへぬ 紅葉なりけり
   
  0304
詞書 池のほとりにてもみちのちるをよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 風ふけは おつるもみちは 水きよみ
 ちらぬかけさへ そこに見えつつ
かな かせふけは おつるもみちは みつきよみ
 ちらぬかけさへ そこにみえつつ
   
  0305
詞書 亭子院の御屏風のゑに、
河わたらむとする人のもみちのちる木のもとにむまをひかへてたてる
をよませたまひけれは、つかうまつりける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 立ちとまり 見てをわたらむ もみちはは
 雨とふるとも 水はまさらし
かな たちとまり みてをわたらむ もみちはは
 あめとふるとも みつはまさらし
   
  0306
詞書 是貞のみこの家の歌合のうた
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 山田もる 秋のかりいほに おくつゆは
 いなおほせ鳥の 涙なりけり
かな やまたもる あきのかりいほに おくつゆは
 いなおほせとりの なみたなりけり
   
  0307
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ほにもいてぬ 山田をもると 藤衣
 いなはのつゆに ぬれぬ日そなき
かな ほにもいてぬ やまたをもると ふちころも
 いなはのつゆに ぬれぬひそなき
   
  0308
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かれる田に おふるひつちの ほにいてぬは
 世を今更に 秋はてぬとか
かな かれるたに おふるひつちの ほにいてぬは
 よをいまさらに あきはてぬとか
   
  0309
詞書 北山に僧正へんせうと
たけかりにまかれりけるによめる
作者 そせい法し(素性法師)
原文 もみちはは 袖にこきいれて もていてなむ
 秋は限と 見む人のため
かな もみちはは そてにこきいれて もていてなむ
 あきはかきりと みむひとのため
   
  0310
詞書 寛平御時
ふるきうたたてまつれとおほせられけれは、
たつた河もみちはなかるといふ歌をかきて、そのおなし心をよめりける
作者 おきかせ(藤原興風)
原文 み山より おちくる水の 色見てそ
 秋は限と 思ひしりぬる
かな みやまより おちくるみつの いろみてそ
 あきはかきりと おもひしりぬる
   
  0311
詞書 秋のはつる心をたつた河に思ひやりてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 年ことに もみちはなかす 竜田河
 みなとや秋の とまりなるらむ
かな としことに もみちはなかす たつたかは
 みなとやあきの とまりなるらむ
   
  0312
詞書 なか月のつこもりの日大井にてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ゆふつく 夜をくらの山に なくしかの
 こゑの内にや 秋はくるらむ
かな ゆふつくよ をくらのやまに なくしかの
 こゑのうちにや あきはくるらむ
   
  0313
詞書 おなし(なか月)つこもりの日よめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 道しらは たつねもゆかむ もみちはを
 ぬさとたむけて 秋はいにけり
かな みちしらは たつねもゆかむ もみちはを
 ぬさとたむけて あきはいにけり
   

巻六:冬

   
   0314
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 竜田河 錦おりかく 神な月
 しくれの雨を たてぬきにして
かな たつたかは にしきおりかく かみなつき
 しくれのあめを たてぬきにして
   
  0315
詞書 冬の歌とてよめる
作者 源宗于朝臣
原文 山里は 冬そさひしさ まさりける
 人めも草も かれぬと思へは
かな やまさとは ふゆそさひしさ まさりける
 ひとめもくさも かれぬとおもへは
コメ 百人一首28
やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける
 ひとめもくさも かれぬとおもへば
/山里は 冬ぞ寂しさ まさりける
 人目も草も かれぬと思へば
   
  0316
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 おほそらの 月のひかりし きよけれは
 影見し水そ まつこほりける
かな おほそらの つきのひかりし きよけれは
 かけみしみつそ まつこほりける
   
  0317
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 ゆふされは 衣手さむし みよしのの
 よしのの山にみ雪ふるらし
かな ゆふされは ころもてさむし みよしのの
 よしののやまに みゆきふるらし
   
  0318
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 今よりは つきてふらなむ わかやとの
 すすきおしなみ ふれるしら雪
かな いまよりは つきてふらなむ わかやとの
 すすきおしなひ ふれるしらゆき
   
  0319
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 ふる雪は かつそけぬらし あしひきの
 山のたきつせ おとまさるなり
かな ふるゆきは かつそけぬらし あしひきの
 やまのたきつせ おとまさるなり
   
  0320
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 この河に もみちは流る おく山の
 雪けの水そ 今まさるらし
かな このかはに もみちはなかる おくやまの
 ゆきけのみつそ いままさるらし
   
  0321
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 ふるさとは よしのの山し ちかけれは
 ひと日もみ雪 ふらぬ日はなし
かな ふるさとは よしののやまし ちかけれは
 ひとひもみゆき ふらぬひはなし
   
  0322
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 わかやとは 雪ふりしきて みちもなし
 ふみわけてとふ 人しなけれは
かな わかやとは ゆきふりしきて みちもなし
 ふみわけてとふ ひとしなけれは
   
  0323
詞書 冬のうたとて
作者 紀貫之
原文 雪ふれは 冬こもりせる 草も木も
 春にしられぬ 花そさきける
かな ゆきふれは ふゆこもりせる くさもきも
 はるにしられぬ はなそさきける
   
  0324
詞書 しかの山こえにてよめる
作者 紀あきみね(紀秋岑、紀秋峰)
原文 白雪の ところもわかす ふりしけは
 いはほにもさく 花とこそ見れ
かな しらゆきの ところもわかす ふりしけは
 いはほにもさく はなとこそみれ
   
  0325
詞書 ならの京にまかれりける時に
やとれりける所にてよめる
作者 坂上これのり(坂上是則)
原文 みよしのの 山の白雪 つもるらし
 ふるさとさむく なりまさるなり
かな みよしのの やまのしらゆき つもるらし
 ふるさとさむく なりまさるなり
   
  0326
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 ふちはらのおきかせ(藤原興風)
原文 浦ちかく ふりくる雪は 白浪の
 末の松山 こすかとそ見る
かな うらちかく ふりくるゆきは しらなみの
 すゑのまつやま こすかとそみる
   
  0327
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 壬生忠岑
原文 みよしのの 山の白雪 ふみわけて
 入りにし人の おとつれもせぬ
かな みよしのの やまのしらゆき ふみわけて
 いりにしひとの おとつれもせぬ
   
  0328
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 壬生忠岑
原文 白雪の ふりてつもれる 山さとは
 すむ人さへや 思ひきゆらむ
かな しらゆきの ふりてつもれる やまさとは
 すむひとさへや おもひきゆらむ
   
  0329
詞書 雪のふれるを見てよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 ゆきふりて 人もかよはぬ みちなれや
 あとはかもなく 思ひきゆらむ
かな ゆきふりて ひともかよはぬ みちなれや
 あとはかもなく おもひきゆらむ
   
  0330
詞書 ゆきのふりけるをよみける
作者 きよはらのふかやふ(清原深養父)
原文 冬なから そらより花の ちりくるは
 雲のあなたは 春にやあるらむ
かな ふゆなから そらよりはなの ちりくるは
 くものあなたは はるにやあるらむ
   
  0331
詞書 雪の木にふりかかれりけるをよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 ふゆこもり 思ひかけぬを このまより
 花と見るまて 雪そふりける
かな ふゆこもり おもひかけぬを このまより
 はなとみるまて ゆきそふりける
   
  0332
詞書 やまとのくににまかれりける時に、
ゆきのふりけるを見てよめる
作者 坂上これのり(坂上是則)
原文 あさほらけ ありあけの月と 見るまてに
 よしののさとに ふれるしらゆき
かな あさほらけ ありあけのつきと みるまてに
 よしののさとに ふれるしらゆき
コメ 百人一首31
あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに
 よしののさとに ふれるしらゆき
/朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに
 吉野の里に 降れる白雪
   
  0333
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 けぬかうへに 又もふりしけ 春霞
 たちなはみ雪 まれにこそ見め
かな けぬかうへに またもふりしけ はるかすみ
 たちなはみゆき まれにこそみめ
   
  0334
詞書 題しらす/この歌は、ある人のいはく、
柿本人まろか歌なり
作者 よみ人しらす
(一説、柿本人まろ(柿本人麻呂))
原文 梅花 それとも見えす 久方の
 あまきる雪の なへてふれれは
かな うめのはな それともみえす ひさかたの
 あまきるゆきの なへてふれれは
   
  0335
詞書 梅花にゆきのふれるをよめる
作者 小野たかむらの朝臣(小野篁)
原文 花の色は 雪にましりて 見えすとも
 かをたににほへ 人のしるへく
かな はなのいろは ゆきにましりて みえすとも
 かをたににほへ ひとのしるへく
   
  0336
詞書 雪のうちの梅花をよめる
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 梅のかの ふりおける雪に まかひせは
 たれかことこと わきてをらまし
かな うめのかの ふりおけるゆきに まかひせは
 たれかことこと わきてをらまし
   
  0337
詞書 ゆきのふりけるを見てよめる
作者 きのとものり(紀友則)
原文 雪ふれは 木ことに花そ さきにける
 いつれを梅と わきてをらまし
かな ゆきふれは きことにはなそ さきにける
 いつれをうめと わきてをらまし
   
  0338
詞書 物へまかりける人をまちて
しはすのつこもりによめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 わかまたぬ 年はきぬれと 冬草の
 かれにし人は おとつれもせす
かな わかまたぬ としはきぬれと ふゆくさの
 かれにしひとは おとつれもせす
   
  0339
詞書 年のはてによめる
作者 在原もとかた(在原元方)
原文 あらたまの 年のをはりに なることに
 雪もわか身も ふりまさりつつ
かな あらたまの としのをはりに なることに
 ゆきもわかみも ふりまさりつつ
   
  0340
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 雪ふりて 年のくれぬる 時にこそ
 つひにもみちぬ 松も見えけれ
かな ゆきふりて としのくれぬる ときにこそ
 つひにもみちぬ まつもみえけれ
   
  0341
詞書 年のはてによめる
作者 はるみちのつらき(春道列樹)
原文 昨日といひ けふとくらして あすかかは
 流れてはやき 月日なりけり
かな きのふといひ けふとくらして あすかかは
 なかれてはやき つきひなりけり
   
  0342
詞書 歌たてまつれとおほせられし時に
よみてたてまつれる
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 ゆく年の をしくもあるかな ますかかみ
 見るかけさへに くれぬと思へは
かな ゆくとしの をしくもあるかな ますかかみ
 みるかけさへに くれぬとおもへは
   

巻七:賀

   
   0343
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わか君は 千世にやちよに さされいしの
 いはほとなりて こけのむすまて
かな わかきみは ちよにやちよに さされいしの
 いはほとなりて こけのむすまて
   
  0344
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 渡つ海の 浜のまさこを かそへつつ
 君かちとせの ありかすにせむ
かな わたつうみの はまのまさこを かそへつつ
 きみかちとせの ありかすにせむ
   
  0345
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 しほの山 さしてのいそに すむ千鳥
 きみかみ世をは やちよとそなく
かな しほのやま さしてのいそに すむちとり
 きみかみよをは やちよとそなく
   
  0346
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わかよはひ 君かやちよに とりそへて
 ととめおきては 思ひいてにせよ
かな わかよはひ きみかやちよに とりそへて
 ととめおきては おもひいてにせよ
   
  0347
詞書 仁和の御時
僧正遍昭に七十賀たまひける時の御歌
作者 仁和帝(光孝)
原文 かくしつつ とにもかくにも なからへて
 君かやちよに あふよしもかな
かな かくしつつ とにもかくにも なからへて
 きみかやちよに あふよしもかな
   
  0348
詞書 仁和のみかとのみこにおはしましける時に、
御をはのやそちの賀に
しろかねをつゑにつくれりけるを見て、
かの御をはにかはりてよみける
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 ちはやふる 神やきりけむ つくからに
 ちとせの坂も こえぬへらなり
かな ちはやふる かみやきりけむ つくからに
 ちとせのさかも こえぬへらなり
   
  0349
詞書 ほりかはのおほいまうちきみの四十賀、
九条の家にてしける時によめる
作者 在原業平朝臣(※問題あり)
原文 さくら花 ちりかひくもれ おいらくの
 こむといふなる 道まかふかに
かな さくらはな ちりかひくもれ おいらくの
 こむといふなる みちまかふかに
コメ 出典:伊勢97段(四十の賀)。
「むかし、堀川のおほいまうちぎみと申すいまそかりけり。
四十の賀、九条の家にてせられける日、
『さくら花 散りかひ曇れ 老いらくの
 来むといふなる 道まがふがに』」
   
  0350
詞書 さたときのみこの
をはのよそちの賀を大井にてしける日よめる
作者 きのこれをか(※紀惟岳?情報不足)
原文 亀の尾の 山のいはねを とめておつる
 たきの白玉 千世のかすかも
かな かめのをの やまのいはねを とめておつる
 たきのしらたま ちよのかすかも
   
  0351
詞書 さたやすのみこのきさいの宮の
五十の賀たてまつりける御屏風に、
さくらの花のちるしたに
人の花見たるかたかけるをよめる
作者 ふちはらのおきかせ(藤原興風)
原文 いたつらに すくす月日は おもほえて
 花見てくらす 春そすくなき
かな いたつらに すくすつきひは おもほえて
 はなみてくらす はるそすくなき
   
  0352
詞書 もとやすのみこの七十の賀の
うしろの屏風によみてかきける
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 春くれは やとにまつさく 梅花
 君かちとせの かさしとそ見る
かな はるくれは やとにまつさく うめのはな
 きみかちとせの かさしとそみる
   
  0353
詞書 もとやすのみこの七十の賀の
うしろの屏風によみてかきける
作者 そせい法し(素性法師)
原文 いにしへに ありきあらすは しらねとも
 ちとせのためし 君にはしめむ
かな いにしへに ありきあらすは しらねとも
 ちとせのためし きみにはしめむ
   
  0354
詞書 もとやすのみこの七十の賀の
うしろの屏風によみてかきける
作者 そせい法し(素性法師)
原文 ふしておもひ おきてかそふる よろつよは
 神そしるらむ わかきみのため
かな ふしておもひ おきてかそふる よろつよは
 かみそしるらむ わかきみのため
   
  0355
詞書 藤原三善か六十賀によみける/この歌は、ある人、
在原のときはるかともいふ
作者 在原しけはる(在原滋春)
(一説、在原ときはる)
原文 鶴亀も ちとせののちは しらなくに
 あかぬ心に まかせはててむ
かな つるかめも ちとせののちは しらなくに
 あかぬこころに まかせはててむ
   
  0356
詞書 よしみねのつねなりかよそちの賀に
むすめにかはりてよみ侍りける
作者 そせい法し(素性法師)
原文 よろつ世を 松にそ君を いはひつる
 ちとせのかけに すまむと思へは
かな よろつよを まつにそきみを いはひつる
 ちとせのかけに すまむとおもへは
   
  0357
詞書 内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の
四十賀しける時に、
四季のゑかける
うしろの屏風にかきたりけるうた
作者 そせい法し(素性法師)
原文 かすかのに わかなつみつつ よろつ世を
 いはふ心は 神そしるらむ
かな かすかのに わかなつみつつ よろつよを
 いはふこころは かみそしるらむ
   
  0358
詞書 内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の
四十賀しける時に、
四季のゑかける
うしろの屏風にかきたりけるうた
作者 そせい法し(素性法師)
原文 山たかみ くもゐに見ゆる さくら花
 心の行きて をらぬ日そなき
かな やまたかみ くもゐにみゆる さくらはな
 こころのゆきて をらぬひそなき
   
  0359
詞書 内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の
四十賀しける時に、
四季のゑかける
うしろの屏風にかきたりけるうた:夏
作者 そせい法し(素性法師)
原文 めつらしき こゑならなくに 郭公
 ここらの年を あかすもあるかな
かな めつらしき こゑならなくに ほとときす
 ここらのとしを あかすもあるかな
   
  0360
詞書 内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の
四十賀しける時に、
四季のゑかける
うしろの屏風にかきたりけるうた:秋
作者 そせい法し(素性法師)
原文 住の江の 松を秋風 吹くからに
 こゑうちそふる おきつ白浪
かな すみのえの まつをあきかせ ふくからに
 こゑうちそふる おきつしらなみ
   
  0361
詞書 内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の
四十賀しける時に、
四季のゑかける
うしろの屏風にかきたりけるうた:秋
作者 そせい法し(素性法師)
原文 千鳥なく さほの河きり たちぬらし
 山のこのはも 色まさりゆく
かな ちとりなく さほのかはきり たちぬらし
 やまのこのはも いろまさりゆく
   
  0362
詞書 内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の
四十賀しける時に、
四季のゑかける
うしろの屏風にかきたりけるうた:秋
作者 そせい法し(素性法師)
原文 秋くれと 色もかはらぬ ときは山
 よそのもみちを 風そかしける
かな あきくれと いろもかはらぬ ときはやま
 よそのもみちを かせそかしける
   
  0363
詞書 内侍のかみの右大将ふちはらの朝臣の
四十賀しける時に、
四季のゑかける
うしろの屏風にかきたりけるうた:冬
作者 そせい法し(素性法師)
原文 白雪の ふりしく時は みよしのの
 山した風に 花そちりける
かな しらゆきの ふりしくときは みよしのの
 やましたかせに はなそちりける
   
  0364
詞書 春宮の むまれたまへりける時に
まゐりてよめる
作者 典侍藤原よるかの朝臣(藤原因香)
原文 峰たかき かすかの山に いつる日は
 くもる時なく てらすへらなり
かな みねたかき かすかのやまに いつるひは
 くもるときなく てらすへらなり
   

巻八:離別

   
   0365
詞書 題しらす
作者 在原行平朝臣
原文 立ちわかれ いなはの山の 峰におふる
 松としきかは 今かへりこむ
かな たちわかれ いなはのやまの みねにおふる
 まつとしきかは いまかへりこむ
コメ 百人一首16
たちわかれ いなばのやまの みねにおふる
 まつとしきかば いまかへりこむ
/立別れ いなばの山の 嶺におふる
 まつとし聞かば 今帰り来む
   
  0366
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 すかるなく 秋のはきはら あさたちて
 旅行く人を いつとかまたむ
かな すかるなく あきのはきはら あさたちて
 たひゆくひとを いつとかまたむ
   
  0367
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 限なき 雲ゐのよそに わかるとも
 人を心に おくらさむやは
かな かきりなき くもゐのよそに わかるとも
 ひとをこころに おくらさむやは
   
  0368
詞書 をののちふるか
みちのくのすけにまかりける時に、
ははのよめる
作者 をののちふるの母
(※小野千古母? 父は好古。詳細不明
原文 たらちねの おやのまもりと あひそふる
 心はかりは せきなととめそ
かな たらちねの おやのまもりと あひそふる
 こころはかりは せきなととめそ
   
  0369
詞書 さたときのみこの家にて、
ふちはらのきよふか
あふみのすけにまかりける時に、
むまのはなむけしける夜よめる
作者 きのとしさた(紀利貞)
原文 けふわかれ あすはあふみと おもへとも
 夜やふけぬらむ 袖のつゆけき
かな けふわかれ あすはあふみと おもへとも
 よやふけぬらむ そてのつゆけき
   
  0370
詞書 こしへまかりける人によみてつかはしける
作者 きのとしさた(紀利貞)
原文 かへる山 ありとはきけと 春霞
 立別れなは こひしかるへし
かな かへるやま ありとはきけと はるかすみ
 たちわかれなは こひしかるへし
   
  0371
詞書 人のむまのはなむけにてよめる
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 をしむから こひしきものを 白雲の
 たちなむのちは なに心地せむ
かな をしむから こひしきものを しらくもの
 たちなむのちは なにここちせむ
   
  0372
詞書 ともたちの人のくにへまかりけるによめる
作者 在原しけはる(在原滋春)
原文 わかれては ほとをへたつと おもへはや
 かつ見なからに かねてこひしき
かな わかれては ほとをへたつと おもへはや
 かつみなからに かねてこひしき
   
  0373
詞書 あつまの方へまかりける人に
よみてつかはしける
作者 いかこのあつゆき
(※伊香子淳行? 詳細不明)
原文 おもへとも 身をしわけねは めに見えぬ
 心を君に たくへてそやる
かな おもへとも みをしわけねは めにみえぬ
 こころをきみに たくへてそやる
   
  0374
詞書 あふさかにて人をわかれける時によめる
作者 なにはのよろつを
(※難波万雄? 詳細不明)
原文 相坂の 関しまさしき 物ならは
 あかすわかるる 君をととめよ
かな あふさかの せきしまさしき ものならは
 あかすわかるる きみをととめよ
コメ 作者名は、難波津とよろず、万葉と万男とかけ、ナニワの「何でも詠むお」をかけているだろう。
同じ逢坂の関を詠んだ蝉丸・猿丸(人丸に当てている)とセットで、まず文屋のペンネームと思われる。
   
  0375
詞書 題しらす
/このうたは、ある人、
つかさをたまはりてあたらしきめにつきて
としへてすみける人をすてて
たたあすなむたつとはかりいへりける時に、
ともかうもいはてよみてつかはしける
作者 よみ人しらす
原文 唐衣 たつ日はきかし あさつゆの
 おきてしゆけは けぬへきものを
かな からころも たつひはきかし あさつゆの
 おきてしゆけは けぬへきものを
   
  0376
詞書 ひたちへまかりける時に、
ふちりはらのきみとしによみてつかはしける
作者 寵(※「うつく」と読み、源精の娘ともされるが、詳細不明)
原文 あさなけに 見へききみとし たのまねは
 思ひたちぬる 草枕なり
かな あさなけに みへききみとし たのまねは
 おもひたちぬる くさまくらなり
   
  0377
詞書 きのむねさたかあつまへまかりける時に、
人の家にやとりて
暁いてたつとてまかり申ししけれは、
女のよみていたせりける
作者 よみ人しらす
原文 えそしらぬ 今心みよ いのちあらは
 我やわするる 人やとはぬと
かな えそしらぬ いまこころみよ いのちあらは
 われやわするる ひとやとはぬと
   
  0378
詞書 あひしりて侍りける人の
あつまの方へまかりけるをおくるとてよめる
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 雲ゐにも かよふ心の おくれねは
 わかると人に 見ゆはかりなり
かな くもゐにも かよふこころの おくれねは
 わかるとひとに みゆはかりなり
   
  0379
詞書 とものあつまへまかりける時によめる
作者 よしみねのひてをか(良岑秀崇)
原文 白雲の こなたかなたに 立ちわかれ
 心をぬさと くたくたひかな
かな しらくもの こなたかなたに たちわかれ
 こころをぬさと くたくたひかな
   
  0380
詞書 みちのくにへまかりける人に
よみてつかはしける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 しらくもの やへにかさなる をちにても
 おもはむ人に 心へたつな
かな しらくもの やへにかさなる をちにても
 おもはむひとに こころへたつな
   
  0381
詞書 人をわかれける時によみける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 わかれてふ 事はいろにも あらなくに
 心にしみて わひしかるらむ
かな わかれてふ ことはいろにも あらなくに
 こころにしみて わひしかるらむ
   
  0382
詞書 あひしれりける人のこしのくににまかりて、
としへて京にまうてきて
又かへりける時によめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 かへる山 なにそはありて あるかひは
 きてもとまらぬ 名にこそありけれ
かな かへるやま なにそはありて あるかひは
 きてもとまらぬ なにこそありけれ
   
  0383
詞書 こしのくにへまかりける人に
よみてつかはしける
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 よそにのみ こひやわたらむ しら山の
 雪見るへくも あらぬわか身は
かな よそにのみ こひやわたらむ しらやまの
 ゆきみるへくも あらぬわかみは
   
  0384
詞書 おとはの山のほとりにて
人をわかるとてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 おとは山 こたかくなきて 郭公
 君か別を をしむへらなり
かな おとはやま こたかくなきて ほとときす
 きみかわかれを をしむへらなり
   
  0385
詞書 藤原ののちかけかからもののつかひに
なか月のつこもりかたにまかりけるに、
うへのをのこともさけたうひける
ついてによめる
作者 ふちはらのかねもち(藤原兼茂)
原文 もろともに なきてととめよ 蛬
 秋のわかれは をしくやはあらぬ
かな もろともに なきてととめよ きりきりす
 あきのわかれは をしくやはあらぬ
   
  0386
詞書 藤原ののちかけかからもののつかひに
なか月のつこもりかたにまかりけるに、
うへのをのこともさけたうひける
ついてによめる
作者 平もとのり(平元規)
原文 秋霧の ともにたちいてて わかれなは
 はれぬ思ひに 恋ひや渡らむ
かな あききりの ともにたちいてて わかれなは
 はれぬおもひに こひやわたらむ
   
  0387
詞書 源のさねか
つくしへゆあみむとてまかりけるに、
山さきにてわかれをしみける所にてよめる
作者 しろめ(※白女)
原文 いのちたに 心にかなふ 物ならは
 なにか別の かなしからまし
かな いのちたに こころにかなふ ものならは
 なにかわかれの かなしからまし
コメ 白女は遊女で、大江玉淵という貴族の養子とのこと。
よってここでの湯浴みはそういう文脈(遊女を買おうとした)。
この際、兼茂(かねもち)と歌を贈答したとある(389)。
さねのかねがないってさ。ざんネンだワ。これが源実(?)
この歌の心は、わたしはそこまで安くない。それで悲しい。もうちっとマシなもんだせや。
ナニを出したのかは知りません。粗末なものだったのかもしれません。それで身請け・水揚げに失敗したと。
つまり「筑紫に湯浴み」にいくが、水揚げの由来か。
水揚げを海女の陸揚げと掛け、その心は、普通の女・一般人にする。
金じゃない関係にするのに金が必要とはこれいかに。その心は結局金次第かよ。あーいやだいやだ。下らな。
   
  0388
詞書 山さきより神なひのもりまて
おくりに人人まかりて、
かへりかてにしてわかれをしみけるによめる
作者 源さね(源実、みなもとのさね)
原文 人やりの 道ならなくに おほかたは
 いきうしといひて いさ帰りなむ
かな ひとやりの みちならなくに おほかたは
 いきうしといひて いさかへりなむ
コメ 387参照。
   
  0389
詞書 今はこれよりかへりねと
さねかいひけるをりによみける
作者 藤原かねもち(藤原兼茂)
原文 したはれて きにし心の 身にしあれは
 帰るさまには 道もしられす
かな したはれて きにしこころの みにしあれは
 かへるさまには みちもしられす
コメ 387参照。
   
  0390
詞書 藤原のこれをかか
むさしのすけにまかりける時に、
おくりにあふさかをこゆとてよみける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 かつこえて わかれもゆくか あふさかは
 人たのめなる 名にこそありけれ
かな かつこえて わかれもゆくか あふさかは
 ひとたのめなる なにこそありけれ
   
  0391
詞書 おほえのちふるか、
こしへまかりけるむまのはなむけによめる
作者 藤原かねすけの朝臣(藤原兼輔)
原文 君かゆく こしのしら山 しらねとも
 雪のまにまに あとはたつねむ
かな きみかゆく こしのしらやま しらねとも
 ゆきのまにまに あとはたつねむ
   
  0392
詞書 人の花山にまうてきて、ゆふさりつかた
かへりなむとしける時によめる
作者 僧正遍昭
原文 ゆふくれの まかきは山と 見えななむ
 よるはこえしと やとりとるへく
かな ゆふくれの まかきはやまと みえななむ
 よるはこえしと やとりとるへく
   
  0393
詞書 山にのほりてかへりまうてきて、
人人わかれけるついてによめる
作者 幽仙法師
原文 別をは 山のさくらに まかせてむ
 とめむとめしは 花のまにまに
かな わかれをは やまのさくらに まかせてむ
 とめむとめしは はなのまにまに
   
  0394
詞書 うりむゐんのみこの
舎利会に山にのはりてかへりけるに、
さくらの花のもとにてよめる
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 山かせに さくらふきまき みたれなむ
 花のまきれに たちとまるへく
かな やまかせに さくらふきまき みたれなむ
 はなのまきれに たちとまるへく
   
  0395
詞書 うりむゐんのみこの
舎利会に山にのはりてかへりけるに、
さくらの花のもとにてよめる
作者 幽仙法師
原文 ことならは 君とまるへく にほはなむ
 かへすは花の うきにやはあらぬ
かな ことならは きみとまるへく にほはなむ
 かへすははなの うきにやはあらぬ
   
  0396
詞書 仁和のみかとみこにおはしましける時に、
ふるのたき御覧しにおはしまして
かへりたまひけるによめる
作者 兼芸法し
原文 あかすして わかるる涙 滝にそふ
 水まさるとや しもは見るらむ
かな あかすして わかるるなみた たきにそふ
 みつまさるとや しもはみるらむ
   
  0397
詞書 かむなりのつほにめしたりける日、
おほみきなとたうへて
あめのいたくふりけれは
ゆふさりまて侍りてまかりいてけるをりに、さかつきをとりて
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 秋はきの 花をは雨に ぬらせとも
 君をはまして をしとこそおもへ
かな あきはきの はなをはあめに ぬらせとも
 きみをはまして をしとこそおもへ
   
  0398
詞書 とよめりけるかへし
作者 兼覧王
原文 をしむらむ 人の心を しらぬまに
 秋の時雨と 身そふりにける
かな をしむらむ ひとのこころを しらぬまに
 あきのしくれと みそふりにける
   
  0399
詞書 かねみのおほきみにはしめて物かたりして、わかれける時によめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 わかるれと うれしくもあるか こよひより
 あひ見ぬさきに なにをこひまし
かな わかるれと うれしくもあるか こよひより
 あひみぬさきに なにをこひまし
   
  0400
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あかすして わかるるそての しらたまを
 君かかたみと つつみてそ行く
かな あかすして わかるるそての しらたまを
 きみかかたみと つつみてそゆく
   
  0401
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 限なく 思ふ涙に そほちぬる
 袖はかわかし あはむ日まてに
かな かきりなく おもふなみたに そほちぬる
 そてはかわかし あはむひまてに
   
  0402
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かきくらし ことはふらなむ 春雨に
 ぬれきぬきせて 君をととめむ
かな かきくらし ことはふらなむ はるさめに
 ぬれきぬきせて きみをととめむ
   
  0403
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 しひて行く 人をととめむ 桜花
 いつれを道と 迷ふまてちれ
かな しひてゆく ひとをととめむ さくらはな
 いつれをみちと まよふまてちれ
   
  0404
詞書 しかの山こえにて、
いしゐのもとにて
ものいひける人のわかれけるをりによめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 むすふての しつくににこる 山の井の
 あかても人に わかれぬるかな
かな むすふての しつくににこる やまのゐの
 あかてもひとに わかれぬるかな
   
  0405
詞書 みちにあへりける人の
くるまにものをいひつきて、
わかれける所にてよめる
作者 とものり(紀友則)
原文 したのおひの みちはかたかた わかるとも
 行きめくりても あはむとそ思ふ
かな したのおひの みちはかたかた わかるとも
 ゆきめくりても あはむとそおもふ
   

巻九:羈旅(きりょ)

   
   0406
詞書 もろこしにて月を見てよみける
/この歌は、むかしなかまろをもろこしに
ものならはしにつかはしたりけるに、
あまたのとしをへて
えかへりまうてこさりけるを、
このくにより又つかひまかりいたりけるに
たくひてまうてきなむとていてたちけるに、
めいしうといふ所のうみへにて
かのくにの人むまのはなむけしけり、
よるになりて月のいとおもしろくさしいてたりけるを見てよめる
となむかたりつたふる
作者 安倍仲麿
原文 あまの原 ふりさけ見れは かすかなる
 みかさの山に いてし月かも
かな あまのはら ふりさけみれは かすかなる
 みかさのやまに いてしつきかも
コメ →百人一首7
あまのはら ふりさけみれば かすがなる
 みかさのやまに いでしつきかも
/天の原 ふりさけ見れば 春日なる
 三笠の山に 出でし月かも
この歌は、万葉のフレ-ズを単純に組み合わせて作られている。
「天の原 振り放け見れば(大君の)」(02/0147)
「天の原 降り放け見れば(天の川)」(10/2068)
「春日なる 三笠の山に 月も出でぬかも」(10/1887)
「春日なる 御笠の山に 月の舟出づ 風流士の 飲む酒杯に 影に見えつつ」(07/1295)
 留学生という経歴からも仲麿の歌が大元ということは考えにくい。つまり単純に古の文脈を参照して作った歌。
 最後の歌はこの歌を受けたことを思わせる、いわば第三世代と見れる。
   
  0407
詞書 おきのくにになかされける時に
舟にのりていてたつとて、
京なる人のもとにつかはしける
作者 小野たかむらの朝臣(小野篁)
原文 わたのはら やそしまかけて こきいてぬと
 人にはつけよ あまのつり舟
かな わたのはら やそしまかけて こきいてぬと
 ひとにはつけよ あまのつりふね
コメ 百人一首11(参議篁)。
わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと
 ひとにはつげよ あまのつりぶね
/わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと
 人には告げよ 海人の釣舟
   
  0408
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 都いてて 今日みかの原 いつみ河
 かは風さむし 衣かせ山
かな みやこいてて けふみかのはら いつみかは
 かはかせさむし ころもかせやま
   
  0409
詞書 題しらす/このうたは、ある人のいはく、
柿本人麿か歌なり
作者 よみ人しらす(一説、柿本人麻呂)
原文 ほのはのと 明石の浦の 朝霧に
 島かくれ行く 舟をしそ思ふ
かな ほのほのと あかしのうらの あさきりに
 しまかくれゆく ふねをしそおもふ
   
  0410
詞書 あつまの方へ友とする人
ひとりふたりいさなひていきけり、
みかはのくに
やつはしといふ所にいたれりけるに、
その河のほとりにかきつはた
いとおもしろくさけりけるを見て、
木のかけにおりゐて、
かきつはたといふいつもしを
くのかしらにすゑて
たひの心をよまむとてよめる
作者 在原業平朝臣(※問題あり)
原文 唐衣 きつつなれにし つましあれは
 はるはるきぬる たひをしそ思ふ
かな からころも きつつなれにし つましあれは
 はるはるきぬる たひをしそおもふ
コメ 出典:伊勢9段(東下り)。
「ある人のいはく、
「かきつばたといふ五文字を
句のかみにすゐて、旅の心をよめ」
といひければ、よめる。
『唐衣 きつゝ馴にし つましあれば
 はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ』」
   
  0411
詞書 むさしのくにとしもつふさのくにとの
中にあるすみた河のほとりにいたりて
みやこのいとこひしうおほえけれは、
しはし河のほとりにおりゐて、
思ひやれはかきりなくとほくもきにけるかな
と思ひわひてなかめをるに、
わたしもりはや舟にのれ日くれぬ
といひけれは舟にのりてわたらむとするに、
みな人ものわひしくて
京におもふ人なくしもあらす、
さるをりにしろきとりのはしとあしと
あかき河のほとりにあそひけり、
京には見えぬとりなりけれはみな人見しらす、
わたしもりにこれはなにとりそ
ととひけれは、これなむみやことり
といひけるをききてよめる
作者 在原業平朝臣(※問題あり)
原文 名にしおはは いさ事とはむ 宮ことり
 わか思ふ人は ありやなしやと
かな なにしおはは いさこととはむ みやことり
 わかおもふひとは ありやなしやと
コメ 出典:伊勢9段(東下り)。
「白き鳥の嘴と脚とあかき、鴫のおほきさなる、水のうへに遊びつゝ魚をくふ。
京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。
渡守に問ひければ、
「これなむ都鳥」といふを聞きて、
『名にしおはゞ いざこと問はむ 都鳥
 わが思ふ人は ありやなしやと』」
   
  0412
詞書 題しらす
/このうたは、ある人、
をとこ女もろともに人のくにへまかりけり、
をとこまかりいたりて
すなはち身まかりにけれは、
女ひとり京へかへりけるみちに
かへるかりのなきけるをききて
よめるとなむいふ
作者 よみ人しらす
原文 北へ行く かりそなくなる つれてこし
 かすはたらてそ かへるへらなる
かな きたへゆく かりそなくなる つれてこし
 かすはたらてそ かへるへらなる
   
  0413
詞書 あつまの方より京へまうてくとて
みちにてよめる
作者 おと(※乙。『古今和歌集目録』によれば「益成女」、壬生益成の娘?
原文 山かくす 春の霞そ うらめしき
 いつれみやこの さかひなるらむ
かな やまかくす はるのかすみそ うらめしき
 いつれみやこの さかひなるらむ
   
  0414
詞書 こしのくにへまかりける時
しら山を見てよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 きえはつる 時しなけれは こしちなる
 白山の名は 雪にそありける
かな きえはつる ときしなけれは こしちなる
 しらやまのなは ゆきにそありける
   
  0415
詞書 あつまへまかりける時みちにてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 いとによる 物ならなくに わかれちの
 心ほそくも おもほゆるかな
かな いとによる ものならなくに わかれちの
 こころほそくも おもほゆるかな
   
  0416
詞書 かひのくにへまかりける時みちにてよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 夜をさむみ おくはつ霜を はらひつつ
 草の枕に あまたたひねぬ
かな よをさむみ おくはつしもを はらひつつ
 くさのまくらに あまたたひねぬ
   
  0417
詞書 たしまのくにのゆへまかりける時に、
ふたみのうらといふ所にとまりて
ゆふさりのかれいひたうへけるに、
ともにありける人人のうたよみけるついてによめる
作者 ふちはらのかねすけ(藤原兼輔)
原文 ゆふつくよ おほつかなきを 玉匣
 ふたみの浦は 曙てこそ見め
かな ゆふつくよ おほつかなきを たまくしけ
 ふたみのうらは あけてこそみめ
   
  0418
詞書 これたかのみこのともに
かりにまかりける時に、
あまの河といふ所の河のほとりにおりゐて
さけなとのみけるついてに、
みこのいひけらく、
かりしてあまのかはらにいたる
といふ心をよみてさかつきはさせ
といひけれはよめる
作者 在原なりひらの朝臣(在原業平)(※)
原文 かりくらし たなはたつめに やとからむ
 あまのかはらに 我はきにけり
かな かりくらし たなはたつめに やとからむ
 あまのかはらに われはきにけり
コメ 出典:伊勢82段(渚の院)。
「(惟喬)親王ののたまひける、
「交野を狩りて、天の河のほとりにいたる
題にて、歌よみて杯はさせ」
とのたまうければ、
かの馬頭よみて奉りける。
『狩り暮らし たなばたつめに 宿からむ
 天の河原に 我は来にけり』」 
   
  0419
詞書 みここのうたを返す返すよみつつ
返しえせすなりにけれは、
ともに侍りてよめる
作者 きのありつね(紀有常)
原文 ひととせに ひとたひきます 君まては
 やとかす人も あらしとそ思ふ
かな ひととせに ひとたひきます きみまては
 やとかすひとも あらしとそおもふ
コメ 出典:伊勢82段(渚の院)。
「親王歌をかへすがへす誦じ給うて返しえし給はず。
紀有常御供に仕うまつれり。
それがかへし、
『一年に ひとたび来ます 君まてば
 宿かす人も あらじとぞ思ふ』
馬○「七夕っつーのに全然が宿ないってどういうことだよ、あの有名なオレ様がきましたよ」。
惟喬(ちょっと何いってるかわかんない…)
したらば業平の義父の有常が(しょうがねーな、私が介錯しましょうと)、
一年に一回しか来ないなら宿かす人も、おめーを主とは思わんだろ。あれ、キミ誰だっけ?
   
  0420
詞書 朱雀院のならにおはしましたりける時に
たむけ山にてよみける
作者 すかはらの朝臣(菅原道真)
原文 このたひは ぬさもとりあへす たむけ山
 紅葉の錦 神のまにまに
かな このたひは ぬさもとりあへす たむけやま
 もみちのにしき かみのまにまに
コメ 百人一首24
このたびは ぬさもとりあへず たむけやま
 もみぢのにしき かみのまにまに
/此の度は 幣もとりあへず 手向山
 紅葉の錦 神のまにまに
   
  0421
詞書 朱雀院のならにおはしましたりける時に
たむけ山にてよみける
作者 素性法師
原文 たむけには つつりの袖も きるへきに
 もみちにあける 神やかへさむ
かな たむけには つつりのそても きるへきに
 もみちにあける かみやかへさむ
   

巻十:物名

   
   0422
詞書 うくひす
作者 藤原としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 心から 花のしつくに そほちつつ
 うくひすとのみ 鳥のなくらむ
かな こころから はなのしつくに そほちつつ
 うくひすとのみ とりのなくらむ
   
  0423
詞書 ほとときす
作者 藤原としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 くへきほと ときすきぬれや まちわひて
 なくなるこゑの 人をとよむる
かな くへきほと ときすきぬれや まちわひて
 なくなるこゑの ひとをとよむる
   
  0424
詞書 うつせみ
作者 在原しけはる(在原滋春)
原文 浪のうつ せみれはたまそ みたれける
 ひろははそてに はかなからむや
かな なみのうつ せみれはたまそ みたれける
 ひろははそてに はかなからむや
   
  0425
詞書 返し(うつせみ)
作者 壬生忠岑
原文 たもとより はなれて玉を つつまめや
 これなむそれと うつせ見むかし
かな たもとより はなれてたまを つつまめや
 これなむそれと うつせみむかし
   
  0426
詞書 うめ
作者 よみ人しらす
原文 あなうめに つねなるへくも 見えぬかな
 こひしかるへき かはにほひつつ
かな あなうめに つねなるへくも みえぬかな
 こひしかるへき かはにほひつつ
   
  0427
詞書 かにはさくら
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 かつけとも 浪のなかには さくられて
 風吹くことに うきしつむたま
かな かつけとも なみのなかには さくられて
 かせふくことに うきしつむたま
   
  0428
詞書 すもものはな
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 今いくか 春しなけれは うくひすも
 ものはなかめて 思ふへらなり
かな いまいくか はるしなけれは うくひすも
 ものはなかめて おもふへらなり
   
  0429
詞書 からもものはな
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 あふからも ものはなほこそ かなしけれ
 わかれむ事を かねて思へは
かな あふからも ものはなほこそ かなしけれ
 わかれむことを かねておもへは
   
  0430
詞書 たちはな
作者 をののしけかけ(小野滋蔭)
原文 葦引の 山たちはなれ 行く雲の
 やとりさためぬ 世にこそ有りけれ
かな あしひきの やまたちはなれ ゆくくもの
 やとりさためぬ よにこそありけれ
   
  0431
詞書 をかたまの木
作者 とものり(紀友則)
原文 みよしのの よしののたきに うかひいつる
 あわをかたまの きゆと見つらむ
かな みよしのの よしののたきに うかひいつる
 あわをかたまの きゆとみつらむ
   
  0432
詞書 やまかきの木
作者 よみ人しらす
原文 秋はきぬ いまやまかきの きりきりす
 よなよななかむ 風のさむさに
かな あきはきぬ いまやまかきの きりきりす
 よなよななかむ かせのさむさに
   
  0433
詞書 あふひ、かつら
作者 よみ人しらす
原文 かくはかり あふひのまれに なる人を
 いかかつらしと おもはさるへき
かな かくはかり あふひのまれに なるひとを
 いかかつらしと おもはさるへき
   
  0434
詞書 あふひ、かつら
作者 よみ人しらす
原文 人めゆゑ のちにあふひの はるけくは
 わかつらきにや 思ひなされむ
かな ひとめゆゑ のちにあふひの はるけくは
 わかつらきにや おもひなされむ
   
  0435
詞書 くたに
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 ちりぬれは のちはあくた になる花を
 思ひしらすも まとふてふかな
かな ちりぬれは のちはあくたに なるはなを
 おもひしらすも まとふてふかな
   
  0436
詞書 さうひ
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 我はけさ うひにそ見つる 花の色を
 あたなる物と いふへかりけり
かな われはけさ うひにそみつる はなのいろを
 あたなるものと いふへかりけり
   
  0437
詞書 をみなへし
作者 とものり(紀友則)
原文 白露を 玉にぬくやと ささかにの
 花にも葉にも いとをみなへし
かな しらつゆを たまにぬくやと ささかにの
 はなにもはにも いとをみなへし
   
  0438
詞書 をみなへし
作者 とものり(紀友則)
原文 あさ露を わけそほちつつ 花見むと
 今その山を みなへしりぬる
かな あさつゆを わけそほちつつ はなみむと
 いまそのやまを みなへしりぬる
   
  0439
詞書 朱雀院のをみなへしあはせの時に、
をみなへしといふ
いつもしをくのかしらにおきてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 をくら山 みねたちならし なくしかの
 へにけむ秋を しる人そなき
かな をくらやま みねたちならし なくしかの
 へにけむあきを しるひとそなき
   
  0440
詞書 きちかうの花
作者 とものり(紀友則)
原文 秋ちかう のはなりにけり 白露の
 おけるくさはも 色かはりゆく
かな あきちかう のはなりにけり しらつゆの
 おけるくさはも いろかはりゆく
   
  0441
詞書 しをに
作者 よみ人しらす
原文 ふりはへて いさふるさとの 花見むと
 こしをにほひそ うつろひにける
かな ふりはへて いさふるさとの はなみむと
 こしをにほひそ うつろひにける
   
  0442
詞書 りうたむのはな
作者 とものり(紀友則)
原文 わかやとの 花ふみしたく とりうたむ
 のはなけれはや ここにしもくる
かな わかやとの はなふみしたく とりうたむ
 のはなけれはや ここにしもくる
   
  0443
詞書 をはな
作者 よみ人しらす
原文 ありと見て たのむそかたき うつせみの
 世をはなしとや 思ひなしてむ
かな ありとみて たのむそかたき うつせみの
 よをはなしとや おもひなしてむ
   
  0444
詞書 けにこし
作者 やたへの名実(矢田部名実、やたべのなざね)
原文 うちつけに こしとや花の 色を見む
 おく白露の そむるはかりを
かな うちつけに こしとやはなの いろをみむ
 おくしらつゆの そむるはかりを
   
  0445
詞書 二条の后春宮のみやすん所と申しける時に、
めとにけつり花させりける
をよませたまひける
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 花の木に あらさらめとも さきにけり
 ふりにしこのみ なるときもかな
かな はなのきに あらさらめとも さきにけり
 ふりにしこのみ なるときもかな
   
  0446
詞書 しのふくさ
作者 きのとしさた(紀利貞)
原文 山たかみ つねに嵐の 吹くさとは
 にほひもあへす 花そちりける
かな やまたかみ つねにあらしの ふくさとは
 にほひもあへす はなそちりける
   
  0447
詞書 やまし
作者 平あつゆき(平篤行)
原文 郭公 みねのくもにや ましりにし
 ありとはきけと 見るよしもなき
かな ほとときす みねのくもにや ましりにし
 ありとはきけと みるよしもなき
   
  0448
詞書 からはき
作者 よみ人しらす
原文 空蝉の からは木ことに ととむれと
 たまのゆくへを 見ぬそかなしき
かな うつせみの からはきことに ととむれと
 たまのゆくへを みぬそかなしき
   
  0449
詞書 かはなくさ
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 うはたまの 夢になにかは なくさまむ
 うつつにたにも あかぬ心は
かな うはたまの ゆめになにかは なくさまむ
 うつつにたにも あかぬこころは
   
  0450
詞書 さかりこけ
作者 たかむこのとしはる(高向利春)
原文 花の色は たたひとさかり こけれとも
 返す返すそ つゆはそめける
かな はなのいろは たたひとさかり こけれとも
 かへすかへすそ つゆはそめける
   
  0451
詞書 にかたけ
作者 しけはる(在原滋春)
原文 いのちとて つゆをたのむに かたけれは
 物わひしらに なくのへのむし
かな いのちとて つゆをたのむに かたけれは
 ものわひしらに なくのへのむし
   
  0452
詞書 かはたけ
作者 かけのりのおほきみ(景式王)
原文 さ夜ふけて なかはたけゆく 久方の
 月ふきかへせ 秋の山風
かな さよふけて なかはたけゆく ひさかたの
 つきふきかへせ あきのやまかせ
   
  0453
詞書 わらひ
作者 真せいほうし(真静法師『古今和歌集目録』。詳細不明)
原文 煙たち もゆとも見えぬ 草のはを
 たれかわらひと なつけそめけむ
かな けふりたち もゆともみえぬ くさのはを
 たれかわらひと なつけそめけむ
   
  0454
詞書 ささ、まつ、ひは、はせをは
作者 きのめのと(紀乳母)
原文 いささめに 時まつまにそ 日はへぬる
 心はせをは 人に見えつつ
かな いささめに ときまつまにそ ひはへぬる
 こころはせをは ひとにみえつつ
   
  0455
詞書 なし、なつめ、くるみ
作者 兵衛(※藤原高経の娘とのこと)
原文 あちきなし なけきなつめそ うき事に
 あひくるみをは すてぬものから
かな あちきなし なけきなつめそ うきことに
 あひくるみをは すてぬものから
   
  0456
詞書 からことといふ所にて春のたちける日よめる
作者 安倍清行朝臣
原文 浪のおとの けさからことに きこゆるは
 春のしらへや 改るらむ
かな なみのおとの けさからことに きこゆるは
 はるのしらへや あらたまるらむ
   
  0457
詞書 いかかさき
作者 兼覧王
原文 かちにあたる 浪のしつくを 春なれは
 いかかさきちる 花と見さらむ
かな かちにあたる なみのしつくを はるなれは
 いかかさきちる はなとみさらむ
   
  0458
詞書 からさき
作者 あほのつねみ(阿保経覧)
原文 かの方に いつからさきに わたりけむ
 浪ちはあとも のこらさりけり
かな かのかたに いつからさきに わたりけむ
 なみちはあとも のこらさりけり
   
  0459
詞書 からさき
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 浪の花 おきからさきて ちりくめり
 水の春とは 風やなるらむ
かな なみのはな おきからさきて ちりくめり
 みつのはるとは かせやなるらむ
   
  0460
詞書 かみやかは
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 うはたまの わかくろかみや かはるらむ
 鏡の影に ふれるしらゆき
かな うはたまの わかくろかみや かはるらむ
 かかみのかけに ふれるしらゆき
   
  0461
詞書 よとかは
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あしひきの 山へにをれは 白雲の
 いかにせよとか はるる時なき
かな あしひきの やまへにをれは しらくもの
 いかにせよとか はるるときなき
   
  0462
詞書 かたの
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 夏草の うへはしけれる ぬま水の
 ゆくかたのなき わか心かな
かな なつくさの うへはしけれる ぬまみつの
 ゆくかたのなき わかこころかな
   
  0463
詞書 かつらのみや
作者 源ほとこす(源恵、みなもとのほどこす)
原文 秋くれは 月のかつらの みやはなる
 ひかりを花と ちらすはかりを
かな あきくれは つきのかつらの みやはなる
 ひかりをはなと ちらすはかりを
   
  0464
詞書 百和香
作者 よみ人しらす
原文 花ことに あかすちらしし 風なれは
 いくそはくわか うしとかは思ふ
かな はなことに あかすちらしし かせなれは
 いくそはくわか うしとかはおもふ
   
  0465
詞書 すみなかし
作者 しけはる(在原滋春)
原文 春かすみ なかしかよひち なかりせは
 秋くるかりは かへらさらまし
かな はるかすみ なかしかよひち なかりせは
 あきくるかりは かへらさらまし
   
  0466
詞書 おきひ
作者 みやこのよしか(都良香)
原文 流れいつる 方たに見えぬ 涙河
 おきひむ時や そこはしられむ
かな なかれいつる かたたにみえぬ なみたかは
 おきひむときや そこはしられむ
   
  0467
詞書 ちまき
作者 大江千里
原文 のちまきの おくれておふる なへなれと
 あたにはならぬ たのみとそきく
かな のちまきの おくれておふる なへなれと
 あたにはならぬ たのみとそきく
   
  0468
詞書 はをはしめ、るをはてにて、
なかめをかけて時のうたよめと
人のいひけれはよみける
作者 僧正聖宝
原文 花のなか めにあくやとて わけゆけは
 心そともに ちりぬへらなる
かな はなのなか めにあくやとて わけゆけは
 こころそともに ちりぬへらなる
   

巻十一:恋一

   
   0469
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 郭公 なくやさ月の あやめくさ
 あやめもしらぬ こひもするかな
かな ほとときす なくやさつきの あやめくさ
 あやめもしらぬ こひもするかな
   
  0470
詞書 題しらす
作者 素性法師
原文 おとにのみ きくの白露 よるはおきて
 ひるは思ひに あへすけぬへし
かな おとにのみ きくのしらつゆ よるはおきて
 ひるはおもひに あへすけぬへし
   
  0471
詞書 題しらす
作者 紀貫之
原文 吉野河 いは浪たかく 行く水の
 はやくそ人を 思ひそめてし
かな よしのかは いはなみたかく ゆくみつの
 はやくそひとを おもひそめてし
   
  0472
詞書 題しらす
作者 藤原勝臣
原文 白浪の あとなき方に 行く舟も
 風そたよりの しるへなりける
かな しらなみの あとなきかたに ゆくふねも
 かせそたよりの しるへなりける
   
  0473
詞書 題しらす
作者 在原元方
原文 おとは山 おとにききつつ 相坂の
 関のこなたに 年をふるかな
かな おとはやま おとにききつつ あふさかの
 せきのこなたに としをふるかな
   
  0474
詞書 題しらす
作者 在原元方
原文 立帰り あはれとそ思ふ よそにても
 人に心を おきつ白浪
かな たちかへり あはれとそおもふ よそにても
 ひとにこころを おきつしらなみ
   
  0475
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 世中は かくこそ有りけれ 吹く風の
 めに見ぬ人も こひしかりけり
かな よのなかは かくこそありけれ ふくかせの
 めにみぬひとも こひしかりけり
   
  0476
詞書 右近のむまはのひをりの日、
むかひにたてたりけるくるまの
したすたれより女のかほ
ほのかに見えけれは、よむてつかはしける
作者 在原業平朝臣(※問題あり)
原文 見すもあらす 見もせぬ人の こひしくは
 あやなくけふや なかめくらさむ
かな みすもあらす みもせぬひとの こひしくは
 あやなくけふや なかめくらさむ
コメ

出典:伊勢99段(ひをりの日)。
「むかし、右近の馬場のひをりの日、
むかひに立てたりける車に、
女の顔の、下簾よりほのかに見えければ、
中将なりける男のよみてやりける、
『見ずもあらず 見もせぬ人の 恋ひしくは
 あやなくけふや ながめ暮さむ』」 
 
 中将なりける男=在原なりける男(65段)=業平。これは問題ないだろう。
 しかし中将が業平というのはフラットに見れば当然ではない。伊勢以降ならいざしらず、伊勢以前に中将=業平ではない。
 99段の歌は物語上でも数少ない業平(中将)が歌ったとされる段だが、他の表記から当人の言動を著者が翻案したもの。
 伊勢101段で、業平は歌をもとより知らないとされている。
 そしてこの「見もせぬ人」という女の顔とは、二条の后というオチ(のちは誰と知りにけり)。
 直接明示はされないが、車にのり、業平にクサされた女性は二条の后しかない(76段)。二条の后が伊勢に参った時に藤原の氏神を出して。
 またこの話の前でも、物語冒頭以来二条の后とせうと(兄)の話が連続していた(95~98段)。これを完全に無視するのはさすがに無理解。
 業平の歌は常にこのようなもの。中将とあるからと収録した時点で、認定者に理解はない。

   
  0477
詞書 返し
作者 よみ人しらす
原文 しるしらぬ なにかあやなく わきていはむ
 思ひのみこそしるへなりけれ
かな しるしらぬ なにかあやなく わきていはむ
 おもひのみこそ しるへなりけれ
   
  0478
詞書 かすかのまつりにまかれりける時に、
物見にいてたりける女のもとに
家をたつねてつかはせりける
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 かすかのの ゆきまをわけて おひいてくる
 草のはつかに 見えしきみはも
かな かすかのの ゆきまをわけて おひいてくる
 くさのはつかに みえしきみはも
   
  0479
詞書 人の花つみしける所にまかりて、
そこなりける人のもとに
のちによみてつかはしける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 山さくら 霞のまより ほのかにも
 見てし人こそ こひしかりけれ
かな やまさくら かすみのまより ほのかにも
 みてしひとこそ こひしかりけれ
   
  0480
詞書 題しらす
作者 もとかた(在原元方)
原文 たよりにも あらぬおもひの あやしきは
 心を人に つくるなりけり
かな たよりにも あらぬおもひの あやしきは
 こころをひとに つくるなりけり
   
  0481
詞書 題しらす
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 はつかりの はつかにこゑを ききしより
 中そらにのみ 物を思ふかな
かな はつかりの はつかにこゑを ききしより
 なかそらにのみ ものをおもふかな
   
  0482
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 逢ふ事は くもゐはるかに なる神の
 おとにききつつ こひ渡るかな
かな あふことは くもゐはるかに なるかみの
 おとにききつつ こひわたるかな
   
  0483
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 かたいとを こなたかなたに よりかけて
 あはすはなにを たまのをにせむ
かな かたいとを こなたかなたに よりかけて
 あはすはなにを たまのをにせむ
   
  0484
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 夕くれは 雲のはたてに 物そ思ふ
 あまつそらなる 人をこふとて
かな ゆふくれは くものはたてに ものそおもふ
 あまつそらなる ひとをこふとて
   
  0485
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 かりこもの 思ひみたれて 我こふと
 いもしるらめや 人しつけすは
かな かりこもの おもひみたれて わかこふと
 いもしるらめや ひとしつけすは
   
  0486
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 つれもなき 人をやねたく しらつゆの
 おくとはなけき ぬとはしのはむ
かな つれもなき ひとをやねたく しらつゆの
 おくとはなけき ぬとはしのはむ
   
  0487
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 ちはやふる かもの社の ゆふたすき
 ひと日も君を かけぬ日はなし
かな ちはやふる かものやしろの ゆふたすき
 ひとひもきみを かけぬひはなし
   
  0488
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 わかこひは むなしきそらに みちぬらし
 思ひやれとも ゆく方もなし
かな わかこひは むなしきそらに みちぬらし
 おもひやれとも ゆくかたもなし
   
  0489
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 するかなる たこの浦浪 たたぬひは
 あれとも君を こひぬ日はなし
かな するかなる たこのうらなみ たたぬひは
 あれともきみを こひぬひはなし
   
  0490
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 ゆふつく夜 さすやをかへの 松のはの
 いつともわかぬ こひもするかな
かな ゆふつくよ さすやをかへの まつのはの
 いつともわかぬ こひもするかな
   
  0491
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 葦引の 山した水の こかくれて
 たきつ心を せきそかねつる
かな あしひきの やましたみつの こかくれて
 たきつこころを せきそかねつる
   
  0492
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 吉野河 いはきりとほし 行く水の
 おとにはたてし こひはしぬとも
かな よしのかは いはきりとほし ゆくみつの
 おとにはたてし こひはしぬとも
   
  0493
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 たきつせの なかにもよとは ありてふを
 なとわかこひの ふちせともなき
かな たきつせの なかにもよとは ありてふを
 なとわかこひの ふちせともなき
   
  0494
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 山高み した行く水の したにのみ
 流れてこひむ こひはしぬとも
かな やまたかみ したゆくみつの したにのみ
 なかれてこひむ こひはしぬとも
   
  0495
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 思ひいつる ときはの山の いはつつし
 いはねはこそあれ こひしきものを
かな おもひいつる ときはのやまの いはつつし
 いはねはこそあれ こひしきものを
   
  0496
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 人しれす おもへはくるし 紅の
 すゑつむ花の いろにいてなむ
かな ひとしれす おもへはくるし くれなゐの
 すゑつむはなの いろにいてなむ
   
  0497
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 秋の野の をはなにましり さく花の
 いろにやこひむ あふよしをなみ
かな あきののの をはなにましり さくはなの
 いろにやこひむ あふよしをなみ
   
  0498
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 わかそのの 梅のほつえに 鶯の
 ねになきぬへき こひもするかな
かな わかそのの うめのほつえに うくひすの
 ねになきぬへき こひもするかな
   
  0499
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あしひきの 山郭公 わかことや
 君にこひつつ いねかてにする
かな あしひきの やまほとときす わかことや
 きみにこひつつ いねかてにする
   
  0500
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 夏なれはや とにふすふる かやり火の
 いつまてわか身 したもえをせむ
かな なつなれは やとにふすふる かやりひの
 いつまてわかみ したもえにせむ
   
  0501
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 恋せしと みたらし河に せしみそき
 神はうけすそ なりにけらしも
かな こひせしと みたらしかはに せしみそき
 かみはうけすそ なりにけらしも
コメ 出典:伊勢65段(在原なりける男)。
「恋せじと 御手洗川にせしみそぎ 神はうけずも なりにけるかな」
 伊勢では女につきまとい拒絶された「在原なりける男」が嘆いて歌ったことになっているが、著者の翻案ということは、0476で上述。
 男の最大の恥でしかないこの歌が、本人の口から流布することなどありえない。
 これは業平の歌とする伊勢の歌の全てで言える。つまり間接的におかしなことを表現している。
   
  0502
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あはれてふ 事たになくは なにをかは
 恋のみたれの つかねをにせむ
かな あはれてふ ことたになくは なにをかは
 こひのみたれの つかねをにせむ
   
  0503
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 おもふには 忍ふる事そ まけにける
 色にはいてしと おもひしものを
かな おもふには しのふることそ まけにける
 いろにはいてしと おもひしものを
   
  0504
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 わかこひを 人しるらめや 敷妙の
 枕のみこそ しらはしるらめ
かな わかこひを ひとしるらめや しきたへの
 まくらのみこそ しらはしるらめ
   
  0505
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あさちふの をののしの原 しのふとも
 人しるらめや いふ人なしに
かな あさちふの をののしのはら しのふとも
 ひとしるらめや いふひとなしに
コメ 百人一首39(参議等)参照。
あさぢふの をののしのはら しのぶれど
 あまりてなどか ひとのこひしき
   
  0506
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 人しれぬ 思ひやなそと あしかきの
 まちかけれとも あふよしのなき
かな ひとしれぬ おもひやなそと あしかきの
 まちかけれとも あふよしのなき
   
  0507
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 思ふとも こふともあはむ 物なれや
 ゆふてもたゆく とくるしたひも
かな おもふとも こふともあはむ ものなれや
 ゆふてもたゆく とくるしたひも
   
  0508
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 いて我を 人なとかめそ おほ舟の
 ゆたのたゆたに 物思ふころそ
かな いてわれを ひとなとかめそ おほふねの
 ゆたのたゆたに ものおもふころそ
   
  0509
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 伊勢の海に つりするあまの うけなれや
 心ひとつを 定めかねつる
かな いせのうみに つりするあまの うけなれや
 こころひとつを ささめかねつる
   
  0510
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 いせのうみの あまのつりなは 打ちはへて
 くるしとのみや 思ひ渡らむ
かな いせのうみの あまのつりなは うちはへて
 くるしとのみや おもひわたらむ
   
  0511
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 涙河 何みなかみを 尋ねけむ
 物思ふ時の わか身なりけり
かな なみたかは なにみなかみを たつねけむ
 ものおもふときの わかみなりけり
   
  0512
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 たねしあれは いはにも松は おひにけり
 恋をしこひは あはさらめやは
かな たねしあれは いはにもまつは おひにけり
 こひをしこひは あはさらめやは
   
  0513
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あさなあさな 立つ河霧の そらにのみ
 うきて思ひの ある世なりけり
かな あさなあさな たつかはきりの そらにのみ
 うきておもひの あるよなりけり
   
  0514
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 わすらるる 時しなけれは あしたつの
 思ひみたれて ねをのみそなく
かな わすらるる ときしなけれは あしたつの
 おもひみたれて ねをのみそなく
   
  0515
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 唐衣 ひもゆふくれに なる時は
 返す返すそ 人はこひしき
かな からころも ひもゆふくれに なるときは
 かへすかへすそ ひとはこひしき
   
  0516
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 よひよひに 枕さためむ 方もなし
 いかにねし夜か 夢に見えけむ
かな よひよひに まくらさためむ かたもなし
 いかにねしよか ゆめにみえけむ
   
  0517
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 恋しきに 命をかふる 物ならは
 しにはやすくそ あるへかりける
かな こひしきに いのちをかふる ものならは
 しにはやすくそ あるへかりける
   
  0518
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 人の身も ならはしものを あはすして
 いさ心みむ こひやしぬると
かな ひとのみも ならはしものを あはすして
 いさこころみむ こひやしぬると
   
  0519
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 忍ふれは 苦しきものを 人しれす
 思ふてふ事 誰にかたらむ
かな しのふれは くるしきものを ひとしれす
 おもふてふこと たれにかたらむ
   
  0520
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 こむ世にも はや成りななむ 目の前に
 つれなき人を 昔とおもはむ
かな こむよにも はやなりななむ めのまへに
 つれなきひとを むかしとおもはむ
   
  0521
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 つれもなき 人をこふとて 山ひこの
 こたへするまて なけきつるかな
かな つれもなき ひとをこふとて やまひこの
 こたへするまて なけきつるかな
   
  0522
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 ゆく水に かすかくよりも はかなきは
 おもはぬ人を 思ふなりけり
かな ゆくみつに かすかくよりも はかなきは
 おもはぬひとを おもふなりけり
   
  0523
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 人を思ふ 心は我に あらねはや
 身の迷ふたに しられさるらむ
かな ひとをおもふ こころはわれに あらねはや
 みのまよふたに しられさるらむ
   
  0524
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 思ひやる さかひはるかに なりやする
 まとふ夢ちに あふ人のなき
かな おもひやる さかひはるかに なりやする
 まとふゆめちに あふひとのなき
   
  0525
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 夢の内に あひ見む事を たのみつつ
 くらせるよひは ねむ方もなし
かな ゆめのうちに あひみむことを たのみつつ
 くらせるよひは ねむかたもなし
   
  0526
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 こひしねと するわさならし むはたまの
 よるはすからに 夢に見えつつ
かな こひしねと するわさならし うはたまの
 よるはすからに ゆめにみえつつ
   
  0527
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 涙河 枕なかるる うきねには
 夢もさたかに 見えすそありける
かな なみたかは まくらなかるる うきねには
 ゆめもさたかに みえすそありける
   
  0528
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 恋すれは わか身は影と 成りにけり
 さりとて人に そはぬものゆゑ
かな こひすれは わかみはかけと なりにけり
 さりとてひとに そはぬものゆゑ
   
  0529
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 篝火に あらぬわか身の なそもかく
 涙の河に うきてもゆらむ
かな かかりひに あらぬわかみの なそもかく
 なみたのかはに うきてもゆらむ
   
  0530
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 かかり火の 影となる身の わひしきは
 流れてしたに もゆるなりけり
かな かかりひの かけとなるみの わひしきは
 なかれてしたに もゆるなりけり
   
  0531
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 はやきせに 見るめおひせは わか袖の
 涙の河に うゑましものを
かな はやきせに みるめおひせは わかそての
 なみたのかはに うゑましものを
   
  0532
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 おきへにも よらぬたまもの 浪のうへに
 みたれてのみや こひ渡りなむ
かな おきへにも よらぬたまもの なみのうへに
 みたれてのみや こひわたりなむ
   
  0533
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あしかもの さわく入江の 白浪の
 しらすや人を かくこひむとは
かな あしかもの さわくいりえの しらなみの
 しらすやひとを かくこひむとは
   
  0534
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 人しれぬ 思ひをつねに するかなる
 ふしの山こそ わか身なりけれ
かな ひとしれぬ おもひをつねに するかなる
 ふしのやまこそ わかみなりけれ
   
  0535
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 とふとりの こゑもきこえぬ 奥山の
 ふかき心を 人はしらなむ
かな とふとりの こゑもきこえぬ おくやまの
 ふかきこころを ひとはしらなむ
   
  0536
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 相坂の ゆふつけとりも わかことく
 人やこひしき ねのみなくらむ
かな あふさかの ゆふつけとりも わかことく
 ひとやこひしき ねのみなくらむ
   
  0537
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 相坂の 関になかるる いはし水
 いはて心に 思ひこそすれ
かな あふさかの せきになかるる いはしみつ
 いはてこころに おもひこそすれ
   
  0538
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 うき草の うへはしけれる ふちなれや
 深き心を しる人のなき
かな うきくさの うへはしけれる ふちなれや
 ふかきこころを しるひとのなき
   
  0539
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 打ちわひて よははむ声に 山ひこの
 こたへぬ山は あらしとそ思ふ
かな うちわひて よははむこゑに やまひこの
 こたへぬやまは あらしとそおもふ
   
  0540
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 心かへ する物にもか かたこひは
 くるしき物と 人にしらせむ
かな こころかへ するものにもか かたこひは
 くるしきものと ひとにしらせむ
   
  0541
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 よそにして こふれはくるし いれひもの
 おなし心に いさむすひてむ
かな よそにして こふれはくるし いれひもの
 おなしこころに いさむすひてむ
   
  0542
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 春たては きゆる氷の のこりなく
 君か心は 我にとけなむ
かな はるたては きゆるこほりの のこりなく
 きみかこころは われにとけなむ
   
  0543
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あけたては 蝉のをりはへ なきくらし
 よるはほたるの もえこそわたれ
かな あけたては せみのをりはへ なきくらし
 よるはほたるの もえこそわたれ
   
  0544
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 夏虫の 身をいたつらに なすことも
 ひとつ思ひに よりてなりけり
かな なつむしの みをいたつらに なすことも
 ひとつおもひに よりてなりけり
   
  0545
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 ゆふされは いととひかたき わかそてに
 秋のつゆさへ おきそはりつつ
かな ゆふくれは いととひかたき わかそてに
 あきのつゆさへ おきそはりつつ
   
  0546
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 いつとても こひしからすは あらねとも
 秋のゆふへは あやしかりけり
かな いつとても こひしからすは あらねとも
 あきのゆふへは あやしかりけり
   
  0547
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 秋の田の ほにこそ人を こひさらめ
 なとか心に 忘れしもせむ
かな あきのたの ほにこそひとを こひさらめ
 なとかこころに わすれしもせむ
   
  0548
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あきのたの ほのうへをてらす いなつまの
 ひかりのまにも 我やわするる
かな あきのたの ほのうへをてらす いなつまの
 ひかりのまにも われやわするる
   
  0549
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 人めもる 我かはあやな 花すすき
 なとかほにいてて こひすしもあらむ
かな ひとめもる われかはあやな はなすすき
 なとかほにいてて こひすしもあらむ
   
  0550
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あは雪の たまれはかてに くたけつつ
 わか物思ひの しけきころかな
かな あはゆきの たまれはかてに くたけつつ
 わかものおもひの しけきころかな
   
  0551
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 奥山の 管のねしのき ふる雪の
 けぬとかいはむ こひのしけきに
かな おくやまの すかのねしのき ふるゆきの
 けぬとかいはむ こひのしけきに
   

巻十二:恋二

   
   0552
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 思ひつつ ぬれはや人の 見えつらむ
 夢としりせは さめさらましを
かな おもひつつ ぬれはやひとの みえつらむ
 ゆめとしりせは さめさらましを
   
  0553
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 うたたねに 恋しきひとを 見てしより
 夢てふ物は 思みそめてき
かな うたたねに こひしきひとを みてしより
 ゆめてふものは たのみそめてき
   
  0554
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 いとせめて こひしき時は むは玉の
 よるの衣を 返してそきる
かな いとせめて こひしきときは うはたまの
 よるのころもを かへしてそきる
   
  0555
詞書 題しらす
作者 素性法師
原文 秋風の 身にさむけれは つれもなき
 人をそたのむ くるる夜ことに
かな あきかせの みにさむけれは つれもなき
 ひとをそたのむ くるるよことに
   
  0556
詞書 しもついつもてらに人のわさしける日、
真せい法しの
たうしにていへりける事を歌によみて
をののこまちかもとにつかはしける
作者 あへのきよゆきの朝臣(安倍清行)
原文 つつめとも 袖にたまらぬ 白玉は
 人を見ぬめの 涙なりけり
かな つつめとも そてにたまらぬ しらたまは
 ひとをみぬめの なみたなりけり
   
  0557
詞書 返し
作者 こまち(小野小町)
原文 おろかなる 涙そそてに 玉はなす
 我はせきあへす たきつせなれは
かな おろかなる なみたそそてに たまはなす
 われはせきあへす たきつせなれは
   
  0558
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 藤原としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 恋ひわひて 打ちぬる中に 行きかよふ
 夢のたたちは うつつならなむ
かな こひわひて うちぬるなかに ゆきかよふ
 ゆめのたたちは うつつならなむ
   
  0559
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 藤原としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 住の江の 岸による浪 よるさへや
 ゆめのかよひち 人めよくらむ
かな すみのえの きしによるなみ よるさへや
 ゆめのかよひち ひとめよくらむ
コメ 百人一首18
すみのえの きしによるなみ よるさへや
 ゆめのかよひぢ ひとめよくらむ
/住の江の 岸に寄る浪 よるさへや
 夢の通ひ路 人目よくらむ
   
  0560
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 をののよしき
原文 わかこひは み山かくれの 草なれや
 しけさまされと しる人のなき
かな わかこひは みやまかくれの くさなれや
 しけさまされと しるひとのなき
   
  0561
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 よひのまも はかなく見ゆる 夏虫に
 迷ひまされる こひもするかな
かな よひのまも はかなくみゆる なつむしに
 まよひまされる こひもするかな
   
  0562
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 ゆふされは 蛍よりけに もゆれとも
 ひかり見ねはや 人のつれなき
かな ゆふされは ほたるよりけに もゆれとも
 ひかりみねはや ひとのつれなき
   
  0563
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 ささのはに おく霜よりも ひとりぬる
 わか衣手そ さえまさりける
かな ささのはに おくしもよりも ひとりぬる
 わかころもてそ さえまさりける
   
  0564
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 わかやとの 菊のかきねに おくしもの
 きえかへりてそ こひしかりける
かな わかやとの きくのかきねに おくしもの
 きえかへりてそ こひしかりける
   
  0565
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀とものり(紀友則)
原文 河のせに なひくたまもの みかくれて
 人にしられぬ こひもするかな
かな かはのせに なひくたまもの みかくれて
 ひとにしられぬ こひもするかな
   
  0566
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 かきくらし ふる白雪の したきえに
 きえて物思ふ ころにもあるかな
かな かきくらし ふるしらゆきの したきえに
 きえてものおもふ ころにもあるかな
   
  0567
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 君こふる 涙のとこに みちぬれは
 みをつくしとそ 我はなりぬる
かな きみこふる なみたのとこに みちぬれは
 みをつくしとそ われはなりぬる
   
  0568
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 しぬるいのち いきもやすると 心みに
 玉のをはかり あはむといはなむ
かな しぬるいのち いきもやすると こころみに
 たまのをはかり あはむといはなむ
   
  0569
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 わひぬれは しひてわすれむと 思へとも
 夢といふ物そ 人たのめなる
かな わひぬれは しひてわすれむと おもへとも
 ゆめといふものそ ひとたのめなる
   
  0570
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 わりなくも ねてもさめても こひしきか
 心をいつち やらはわすれむ
かな わりなくも ねてもさめても こひしきか
 こころをいつち やらはわすれむ
   
  0571
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 恋しきに わひてたましひ 迷ひなはむ
 なしきからの なにやのこらむ
かな こひしきに わひてたましひ まよひなは
 むなしきからの なにやのこらむ
   
  0572
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 紀つらゆき(紀貫之)
原文 君こふる 涙しなくは 唐衣
 むねのあたりは 色もえなまし
かな きみこふる なみたしなくは からころも
 むねのあたりは いろもえなまし
   
  0573
詞書 題しらす
作者 紀つらゆき(紀貫之)
原文 世とともに 流れてそ行く 涙河
 冬もこほらぬ みなわなりけり
かな よとともに なかれてそゆく なみたかは
 ふゆもこほらぬ みなわなりけり
   
  0574
詞書 題しらす
作者 紀つらゆき(紀貫之)
原文 夢ちにも つゆやおくらむ よもすから
 かよへる袖の ひちてかわかぬ
かな ゆめちにも つゆやおくらむ よもすから
 かよへるそての ひちてかわかぬ
   
  0575
詞書 題しらす
作者 そせい法し(素性法師)
原文 はかなくて 夢にも人を 見つる夜は
 朝のとこそ おきうかりける
かな はかなくて ゆめにもひとを みつるよは
 あしたのとこそ おきうかりける
   
  0576
詞書 題しらす
作者 藤原たたふさ(藤原忠房)
原文 いつはりの 涙なりせは 唐衣
 しのひに袖は しほらさらまし
かな いつはりの なみたなりせは からころも
 しのひにそては しほらさらまし
   
  0577
詞書 題しらす
作者 大江千里
原文 ねになきて ひちにしかとも 春さめに
 ぬれにし袖と とははこたへむ
かな ねになきて ひちにしかとも はるさめに
 ぬれにしそてと とははこたへむ
   
  0578
詞書 題しらす
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 わかことく 物やかなしき 郭公
 時そともなく よたたなくらむ
かな わかことく ものやかなしき ほとときす
 ときそともなく よたたなくらむ
   
  0579
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 さ月山 こすゑをたかみ 郭公
 なくねそらなる こひもするかな
かな さつきやま こすゑをたかみ ほとときす
 なくねそらなる こひもするかな
   
  0580
詞書 題しらす
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 秋きりの はるる時なき 心には
 たちゐのそらも おもほえなくに
かな あききりの はるるときなき こころには
 たちゐのそらも おもほえなくに
   
  0581
詞書 題しらす
作者 清原ふかやふ(清原深養父)
原文 虫のこと 声にたてては なかねとも
 涙のみこそ したになかるれ
かな むしのこと こゑにたてては なかねとも
 なみたのみこそ したになかるれ
   
  0582
詞書 これさたのみこの家の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 秋なれは 山とよむまて なくしかに
 我おとらめや ひとりぬるよは
かな あきなれは やまとよむまて なくしかに
 われおとらめや ひとりぬるよは
   
  0583
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 秋ののに みたれてさける 花の色の
 ちくさに物を 思ふころかな
かな あきののに みたれてさける はなのいろの
 ちくさにものを おもふころかな
   
  0584
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 ひとりして 物をおもへは 秋のよの
 いなはのそよと いふ人のなき
かな ひとりして ものをおもへは あきのよの
 いなはのそよと いふひとのなき
   
  0585
詞書 題しらす
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 人を思ふ 心はかりに あらねとも
 くもゐにのみも なきわたるかな
かな ひとをおもふ こころはかりに あらねとも
 くもゐにのみも なきわたるかな
   
  0586
詞書 題しらす
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 秋風に かきなすことの こゑにさへ
 はかなく人の こひしかるらむ
かな あきかせに かきなすことの こゑにさへ
 はかなくひとの こひしかるらむ
   
  0587
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 まこもかる よとのさは水 雨ふれは
 つねよりことに まさるわかこひ
かな まこもかる よとのさはみつ あめふれは
 つねよりことに まさるわかこひ
   
  0588
詞書 やまとに侍りける人につかはしける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 こえぬまは よしのの山の さくら花
 人つてにのみ ききわたるかな
かな こえぬまは よしののやまの さくらはな
 ひとつてにのみ ききわたるかな
   
  0589
詞書 やよひはかりに
物のたうひける人のもとに
又人まかりつつせうそこす
とききてつかはしける
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 露ならぬ 心を花に おきそめて
 風吹くことに 物思ひそつく
かな つゆならぬ こころをはなに おきそめて
 かせふくことに ものおもひそつく
   
  0590
詞書 題しらす
作者 坂上これのり(坂上是則)
原文 わかこひに くらふの山の さくら花
 まなくちるとも かすはまさらし
かな わかこひに くらふのやまの さくらはな
 まなくちるとも かすはまさらし
   
  0591
詞書 題しらす
作者 むねをかのおほより
原文 冬河の うへはこほれる 我なれや
 したになかれて こひわたるらむ
かな ふゆかはの うへはこほれる われなれや
 したになかれて こひわたるらむ
   
  0592
詞書 題しらす
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 たきつせに ねさしととめぬ うき草の
 うきたるこひも 我はするかな
かな たきつせに ねさしととめぬ うきくさの
 うきたるこひも われはするかな
   
  0593
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 よひよひに ぬきてわかぬる かり衣
 かけておもはぬ 時のまもなし
かな よひよひに ぬきてわかぬる かりころも
 かけておもはぬ ときのまもなし
   
  0594
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 あつまちの さやの中山 なかなかに
 なにしか人を 思ひそめけむ
かな あつまちの さやのなかやま なかなかに
 なにしかひとを おもひそめけむ
   
  0595
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 しきたへの 枕のしたに 海はあれと
 人を見るめは おひすそ有りける
かな しきたへの まくらのしたに うみはあれと
 ひとをみるめは おひすそありける
   
  0596
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 年をへて きえぬおもひは 有りなから
 よるのたもとは 猶こほりけり
かな としをへて きえぬおもひは ありなから
 よるのたもとは なほこほりけり
   
  0597
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 わかこひは しらぬ山ちに あらなくに
 迷ふ心そ わひしかりける
かな わかこひは しらぬやまちに あらなくに
 まよふこころそ わひしかりける
   
  0598
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 紅の ふりいてつつなく 涙には
 たもとのみこそ 色まさりけれ
かな くれなゐの ふりいてつつなく なみたには
 たもとのみこそ いろまさりけれ
   
  0599
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 白玉と 見えし涙も 年ふれは
 から紅に うつろひにけり
かな しらたまと みえしなみたも としふれは
 からくれなゐに うつろひにけり
   
  0600
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 夏虫を なにかいひけむ 心から
 我も思ひに もえぬへらなり
かな なつむしを なにかいひけむ こころから
 われもおもひに もえぬへらなり
   
  0601
詞書 題しらす
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 風ふけは 峰にわかるる 白雲の
 たえてつれなき 君か心か
かな かせふけは みねにわかるる しらくもの
 たえてつれなき きみかこころか
   
  0602
詞書 題しらす
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 月影に わか身を かふる物ならは
 つれなき人も あはれとや見む
かな つきかけに わかみをかふる ものならは
 つれなきひとも あはれとやみむ
   
  0603
詞書 題しらす
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 こひしなは たか名はたたし 世中の
 つねなき物と いひはなすとも
かな こひしなは たかなはたたし よのなかの
 つねなきものと いひはなすとも
   
  0604
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 つのくにの なにはのあしの めもはるに
 しけきわかこひ 人しるらめや
かな つのくにの なにはのあしの めもはるに
 しけきわかこひ ひとしるらめや
   
  0605
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 手もふれて 月日へにける しらま弓
 おきふしよるは いこそねられね
かな てもふれて つきひへにける しらまゆみ
 おきふしよるは いこそねられね
   
  0606
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 人しれぬ 思ひのみこそ わひしけれ
 わか歎をは 我のみそしる
かな ひとしれぬ おもひのみこそ わひしけれ
 わかなけきをは われのみそしる
   
  0607
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 事にいてて いはぬはかりそ みなせ河
 したにかよひて こひしきものを
かな ことにいてて いはぬはかりそ みなせかは
 したにかよひて こひしきものを
   
  0608
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 君をのみ 思ひねにねし 夢なれは
 わか心から 見つるなりけり
かな きみをのみ おもひねにねし ゆめなれは
 わかこころから みつるなりけり
   
  0609
詞書 題しらす
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 いのちにも まさりてをしく ある物は
 見はてぬゆめの さむるなりけり
かな いのちにも まさりてをしく あるものは
 みはてぬゆめの さむるなりけり
   
  0610
詞書 題しらす
作者 はるみちのつらき(春道列樹)
原文 梓弓 ひけは本末 わか方に
 よるこそまされ こひの心は
かな あつさゆみ ひけはもとすゑ わかかたに
 よるこそまされ こひのこころは
   
  0611
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 わかこひは ゆくへもしらす はてもなし
 逢ふを限と 思ふはかりそ
かな わかこひは ゆくへもしらす はてもなし
 あふをかきりと おもふはかりそ
   
  0612
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 我のみそ かなしかりける ひこほしも
 あはてすくせる 年しなけれは
かな われのみそ かなしかりける ひこほしも
 あはてすくせる とししなけれは
   
  0613
詞書 題しらす
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 今ははや こひしなましを あひ見むと
 たのめし夢そ いのちなりける
かな いまははや こひしなましを あひみむと
 たのめしことそ いのちなりける
   
  0614
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 たのめつつ あはて年ふる いつはりに
 こりぬ心を 人はしらなむ
かな たのめつつ あはてとしふる いつはりに
 こりぬこころを ひとはしらなむ
   
  0615
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 いのちやは なにそはつゆの あた物を
 あふにしかへは をしからなくに
かな いのちやは なにそはつゆの あたものを
 あふにしかへは をしからなくに
   

巻十三:恋三

   
   0616
詞書 やよひのついたちより
しのひに人にものらいひてのちに、
雨のそほふりけるによみてつかはしける
作者 在原業平朝臣(※問題あり)
原文 おきもせす ねもせてよるを あかしては
 春の物とて なかめくらしつ
かな おきもせす ねもせてよるを あかしては
 はるのものとて なかめくらしつ
コメ 出典:伊勢2段(西の京)。
「それをかのまめ男、うち物語らひて、
帰り来て、いかゞ思ひけむ、
時はやよひのついたち、
雨そほふるにやりける。
『起きもせず 寝もせで夜を 明かしては
 春のものとて 眺め暮しつ』」
   
  0617
詞書 なりひらの朝臣(※問題あり)の家に侍りける女のもとによみてつかはしける
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 つれつれの なかめにまさる 涙河
 袖のみぬれて あふよしもなし
かな つれつれの なかめにまさる なみたかは
 そてのみぬれて あふよしもなし
コメ 出典:伊勢107段(身を知る雨)。
「むかし、あてなる男ありけり。
その男のもとなりける人を、内記にありける藤原の敏行といふ人よばひけり。
されど若ければ、
文もをさをさしからず、言葉もいひ知らず、いはんや歌はよまざりければ、
かのあれじなる人、案を書きてかゝせてやりけり。めでまどひにけり。
さて男のよめる、
『つれづれの ながめにまさる 涙川
 袖のみひぢて 逢ふよしもなし』」
   
  0618
詞書 かの女にかはりて返しによめる
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 あさみこそ 袖はひつらめ 涙河
 身さへ流ると きかはたのまむ
かな あさみこそ そてはひつらめ なみたかは
 みさへなかると きかはたのまむ
コメ 出典:伊勢107段(身を知る雨)。
「(上の歌に続けて)かへし、
れいの男、女にかはりて、
『浅みこそ 袖はひづらめ 涙川
 身さへながると 聞かばたのまむ』」
   
  0619
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 よるへなみ 身をこそとほく へたてつれ
 心は君か 影となりにき
かな よるへなみ みをこそとほく へたてつれ
 こころはきみか かけとなりにき
   
  0620
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※)
原文 いたつらに 行きてはきぬる ものゆゑに
 見まくほしさに いさなはれつつ
かな いたつらに ゆきてはきぬる ものゆゑに
 みまくほしさに いさなはれつつ
コメ 出典:伊勢65段(在原なりける男)。
「男は女しあはねば、かくしありきつゝ
人の国にありきてかくうたふ。
『いたづらに 行きては来ぬる ものゆゑに
 見まくほしさに いざなはれつゝ』」
   
  0621
詞書 題しらす/この歌は、ある人のいはく、
柿本人麿か歌なり
作者 よみ人しらす(一説、柿本人麻呂)
原文 あはぬ夜の ふる白雪と つもりなは
 我さへともに けぬへきものを
かな あはぬよの ふるしらゆきと つもりなは
 われさへともに けぬへきものを
   
  0622
詞書 題しらす
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 秋ののに ささわけしあさの 袖よりも
 あはてこしよそ ひちまさりける
かな あきののに ささわけしあさの そてよりも
 あはてこしよそ ひちまさりける
コメ 出典:伊勢25段(逢はで寝る夜)。
「むかし、男ありけり。
あはじともいはざりける女の、
さすがなりけるがもとにいひやりける。
『秋の野に 笹分けし 朝の袖より も
 あはで寝る 夜ぞ ひぢまさりける』」
   
  0623
詞書 題しらす
作者 をののこまち(小野小町)
原文 見るめなき わか身をうらと しらねはや
 かれなてあまの あしたゆくくる
かな みるめなき わかみをうらと しらねはや
 かれなてあまの あしたゆくくる
コメ 出典:伊勢25段(逢はで寝る夜)。
「(上の歌のようなものに続け)
色好みなる女、返し、
『みるめなき わが身を浦と 知らねばや
 離れなで海人の 足たゆく来る』」
   
  0624
詞書 題しらす
作者 源むねゆきの朝臣(源宗于)
原文 あはすして こよひあけなは 春の日の
 長くや人を つらしと思はむ
かな あはすして こよひあけなは はるのひの
 なかくやひとを つらしとおもはむ
   
  0625
詞書 題しらす
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 有あけの つれなく見えし 別より
 暁はかり うき物はなし
かな ありあけの つれなくみえし わかれより
 あかつきはかり うきものはなし
コメ 百人一首30
有明の つれなく見えし 別れより
 暁ばかり 憂きものはなし
   
  0626
詞書 題しらす
作者 在原元方
原文 逢ふ事の なきさにしよる 浪なれは
 怨みてのみそ 立帰りける
かな あふことの なきさにしよる なみなれは
 うらみてのみそ たちかへりける
   
  0627
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かねてより 風にさきたつ 浪なれや
 逢ふ事なきに またき立つらむ
かな かねてより かせにさきたつ なみなれや
 あふことなきに またきたつらむ
   
  0628
詞書 題しらす
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 みちのくに 有りといふなる なとり河
 なきなとりては くるしかりけり
かな みちのくに ありといふなる なとりかは
 なきなとりては くるしかりけり
   
  0629
詞書 題しらす
作者 みはるのありすけ(御春有輔)
原文 あやなくて またきなきなの たつた河
 わたらてやまむ 物ならなくに
かな あやなくて またきなきなの たつたかは
 わたらてやまむ ものならなくに
   
  0630
詞書 題しらす
作者 もとかた(在原元方)
原文 人はいさ 我はなきなの をしけれは
 昔も今も しらすとをいはむ
かな ひとはいさ われはなきなの をしけれは
 むかしもいまも しらすとをいはむ
   
  0631
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こりすまに 又もなきなは たちぬへし
 人にくからぬ 世にしすまへは
かな こりすまに またもなきなは たちぬへし
 ひとにくからぬ よにしすまへは
   
  0632
詞書 ひむかしの五条わたりに
人をしりおきてまかりかよひけり、
しのひなる所なりけれはかとよりしもえいらてかきのくつれよりかよひけるを、
たひかさなりけれはあるしききつけて
かのみちに夜ことに人をふせてまもらすれは、
いきけれとえあはてのみかへりて
よみてやりける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 ひとしれぬ わかかよひちの 関守は
 よひよひことに うちもねななむ
かな ひとしれぬ わかかよひちの せきもりは
 よひよひことに うちもねななむ
コメ 出典:伊勢5段(関守・築土の崩れ)。
「むかし、男ありけり。
ひんがしの五条わたりに
いと忍びていきけり。
みそかなる所なれば、門よりもえ入らで、
わらべのふみあけたる築泥のくづれより、
通ひけり。…(略)…
『人知れぬ わが通ひ路の 関守は
 宵々ごとに うちも寝ななむ』」
   
  0633
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 しのふれと こひしき時は あしひきの
 山より月の いててこそくれ
かな しのふれと こひしきときは あしひきの
 やまよりつきの いててこそくれ
   
  0634
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こひこひて まれにこよひそ 相坂の
 ゆふつけ鳥は なかすもあらなむ
かな こひこひて まれにこよひそ あふさかの
 ゆふつけとりは なかすもあらなむ
   
  0635
詞書 題しらす
作者 をののこまち(小野小町)
原文 秋の夜も 名のみなりけり あふといへは
 事そともなく あけぬるものを
かな あきのよも なのみなりけり あふといへは
 ことそともなく あけぬるものを
   
  0636
詞書 題しらす
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 なかしとも 思ひそはてぬ 昔より
 逢ふ人からの 秋のよなれは
かな なかしとも おもひそはてぬ むかしより
 あふひとからの あきのよなれは
   
  0637
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 しののめの ほからほからと あけゆけは
 おのかきぬきぬ なるそかなしき
かな しののめの ほからほからと あけゆけは
 おのかきぬきぬ なるそかなしき
   
  0638
詞書 題しらす
作者 藤原国経朝臣
原文 曙ぬとて 今はの心 つくからに
 なといひしらぬ 思ひそふらむ
かな あけぬとて いまはのこころ つくからに
 なといひしらぬ おもひそふらむ
   
  0639
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 あけぬとて かへる道には こきたれて
 雨も涙も ふりそほちつつ
かな あけぬとて かへるみちには こきたれて
 あめもなみたも ふりそほちつつ
   
  0640
詞書 題しらす
作者 寵(※うつく、と読み、源精の娘ともされるが、詳細不明)
原文 しののめの 別ををしみ 我そまつ
 鳥よりさきに 鳴きはしめつる
かな しののめの わかれををしみ われそまつ
 とりよりさきに なきはしめつる
   
  0641
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ほとときす 夢かうつつか あさつゆの
 おきて別れし 暁のこゑ
かな ほとときす ゆめかうつつか あさつゆの
 おきてわかれし あかつきのこゑ
   
  0642
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 玉匣 あけは君かな たちぬへみ
 夜ふかくこしを 人見けむかも
かな たまくしけ あけはきみかな たちぬへみ
 よふかくこしを ひとみけむかも
   
  0643
詞書 題しらす
作者 大江千里
原文 けさはしも おきけむ方も しらさりつ
 思ひいつるそ きえてかなしき
かな けさはしも おきけむかたも しらさりつ
 おもひいつるそ きえてかなしき
   
  0644
詞書 人にあひてあしたによみてつかはしける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 ねぬる夜の 夢をはかなみ まとろめは
 いやはかなにも なりまさるかな
かな ねぬるよの ゆめをはかなみ まとろめは
 いやはかなにも なりまさるかな
コメ 出典:伊勢103段(寝ぬる夜)。
「むかし、男ありけり。
いとまめにじちようにて、
あだなる心なかりけり。
深草のみかどになむつかうまつりける。
心あやまりやしたりけむ、みこたちの使ひ給ひける人をあひいへり。さて、
『寝ぬる夜の 夢をはかなみ まどろめば
 いやはかなにも なりまさるかな』
となむよみてやりける。
さる歌のきたなげさよ。」
   
  0645
詞書 業平朝臣(※問題あり)の
伊勢のくににまかりたりける時、
斉宮なりける人にいとみそかにあひて
又のあしたに人やるすへなくて
思ひをりけるあひたに、
女のもとよりおこせたりける
作者 よみ人しらす(※)
原文 きみやこし 我や行きけむ おもほえす
 夢かうつつか ねてかさめてか
かな きみやこし われやゆきけむ おもほえす
 ゆめかうつつか ねてかさめてか
コメ 出典:伊勢69段(狩の使)。
「むかし、男ありけり。
その男伊勢の国に、狩の使いにいきけるに、
かの伊勢の斎宮なりける人の親、
「常の使よりは、この人、よくいたはれ」
といひやれりければ、親のことなりければ、いと懇にいたはりけり。…(略)…
月のおぼろなるに、小さき童を先に立てて、人立てり。男いとうれしくて我が寝る所に、率ていり、
子一つより丑三つまであるに、まだ何事も語らはぬに、帰りにけり。男いと悲しくて、寝ずなりにけり。…(略)…
明けはなれてしばしあるに、女のもとより言葉はなくて、女のもとより言葉はなくて、
『君やこし 我や行きけむ おもほえず
 夢かうつゝか 寝てか醒めてか』」
   
  0646
詞書 返し
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 かきくらす 心のやみに 迷ひにき
 夢うつつとは 世人さためよ
かな かきくらす こころのやみに まよひにき
 ゆめうつつとは よひとさためよ
コメ 出典:伊勢69段(狩の使)。
「(返し)男いといたう泣きてよめる。
『かきくらす 心の闇に まどひにき
 夢現とは こよひ定めよ』
とよみてやりて、狩に出でぬ。」
   
  0647
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 むはたまの やみのうつつは さたかなる
 夢にいくらも まさらさりけり
かな うはたまの やみのうつつは さたかなる
 ゆめにいくらも まさらさりけり
   
  0648
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 さ夜ふけて あまのと渡る 月影に
 あかすも君を あひ見つるかな
かな さよふけて あまのとわたる つきかけに
 あかすもきみを あひみつるかな
   
  0649
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 君か名も わかなもたてし なにはなる
 みつともいふな あひきともいはし
かな きみかなも わかなもたてし なにはなる
 みつともいふな あひきともいはし
   
  0650
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 名とり河 せせのむもれ木 あらはれは
 如何にせむとか あひ見そめけむ
かな なとりかは せせのうもれき あらはれは
 いかにせむとか あひみそめけむ
   
  0651
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 吉野河 水の心は はやくとも
 たきのおとには たてしとそ思ふ
かな よしのかは みつのこころは はやくとも
 たきのおとには たてしとそおもふ
   
  0652
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こひしくは したにをおもへ 紫の
 ねすりの衣 色にいつなゆめ
かな こひしくは したにをおもへ むらさきの
 ねすりのころも いろにいつなゆめ
   
  0653
詞書 題しらす
作者 をののはるかせ
原文 花すすき ほにいててこひは 名ををしみ
 したゆふひもの むすほほれつつ
かな はなすすき ほにいててこひは なををしみ
 したゆふひもの むすほほれつつ
   
  0654
詞書 たちはなのきよきかしのひに
あひしれりける女のもとよりおこせたりける
作者 よみ人しらす
原文 思ふとち ひとりひとりか こひしなは
 たれによそへて ふち衣きむ
かな おもふとち ひとりひとりか こひしなは
 たれによそへて ふちころもきむ
   
  0655
詞書 返し
作者 たちはなのきよ木
原文 なきこふる 涙に袖の そほちなは
 ぬきかへかてら よるこそはきめ
かな なきこふる なみたにそての そほちなは
 ぬきかへかてら よるこそはきめ
   
  0656
詞書 題しらす
作者 こまち(小野小町)
原文 うつつには さもこそあらめ 夢にさへ
 人めをよくと 見るかわひしさ
かな うつつには さもこそあらめ ゆめにさへ
 ひとめをよくと みるかわひしさ
   
  0657
詞書 題しらす
作者 こまち(小野小町)
原文 限なき 思ひのままに よるもこむ
 ゆめちをさへに 人はとかめし
かな かきりなき おもひのままに よるもこむ
 ゆめちをさへに ひとはとかめし
   
  0658
詞書 題しらす
作者 こまち(小野小町)
原文 夢ちには あしもやすめす かよへとも
 うつつにひとめ 見しことはあらす
かな ゆめちには あしもやすめす かよへとも
 うつつにひとめ みしことはあらす
   
  0659
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 おもへとも 人めつつみの たかけれは
 河と見なから えこそわたらね
かな おもへとも ひとめつつみの たかけれは
 かはとみなから えこそわたらね
   
  0660
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 たきつせの はやき心を なにしかも
 人めつつみの せきととむらむ
かな たきつせの はやきこころを なにしかも
 ひとめつつみの せきととむらむ
   
  0661
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 きのとものり(紀友則)
原文 紅の 色にはいてし かくれぬの
 したにかよひて こひはしぬとも
かな くれなゐの いろにはいてし かくれぬの
 したにかよひて こひはしぬとも
   
  0662
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 冬の池に すむにほ鳥の つれもなく
 そこにかよふと 人にしらすな
かな ふゆのいけに すむにほとりの つれもなく
 そこにかよふと ひとにしらすな
   
  0663
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 ささのはに おくはつしもの 夜をさむみ
 しみはつくとも 色にいてめや
かな ささのはに おくはつしもの よをさむみ
 しみはつくとも いろにいてめや
   
  0664
詞書 題しらす/この歌、ある人、
あふみのうねめのとなむ申す
作者 読人しらす(よみ人しらす)(一説、あふみのうねめ)
原文 山しなの おとはの山の おとにたに
 人のしるへく わかこひめかも
かな やましなの おとはのやまの おとにたに
 ひとのしるへく わかこひめかも
   
  0665
詞書 題しらす
作者 清原ふかやふ(清原深養父)
原文 みつしほの 流れひるまを あひかたみ
 みるめの浦に よるをこそまて
かな みつしほの なかれひるまを あひかたみ
 みるめのうらに よるをこそまて
   
  0666
詞書 題しらす
作者 平貞文
原文 白河の しらすともいはし そこきよみ
 流れて世世に すまむと思へは
かな しらかはの しらすともいはし そこきよみ
 なかれてよよに すまむとおもへは
   
  0667
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 したにのみ こふれはくるし 玉のをの
 たえてみたれむ 人なとかめそ
かな したにのみ こふれはくるし たまのをの
 たえてみたれむ ひとなとかめそ
   
  0668
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 わかこひを しのひかねては あしひきの
 山橘の 色にいてぬへし
かな わかこひを しのひかねては あしひきの
 やまたちはなの いろにいてぬへし
   
  0669
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 おほかたは わか名もみなと こきいてなむ
 世をうみへたに 見るめすくなし
かな おほかたは わかなもみなと こきいてなむ
 よをうみへたに みるめすくなし
   
  0670
詞書 題しらす
作者 平貞文
原文 枕より 又しる人も なきこひを
 涙せきあへす もらしつるかな
かな まくらより またしるひとも なきこひを
 なみたせきあへす もらしつるかな
   
  0671
詞書 題しらす/このうたは、ある人のいはく、
かきのもとの人まろかなり
作者 よみ人しらす(一説、かきのもとの人まろ(柿本人麻呂))
原文 風ふけは 浪打つ岸の 松なれや
 ねにあらはれて なきぬへらなり
かな かせふけは なみうつきしの まつなれや
 ねにあらはれて なきぬへらなり
   
  0672
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 池にすむ 名ををし鳥の 水をあさみ
 かくるとすれと あらはれにけり
かな いけにすむ なををしとりの みつをあさみ
 かくるとすれと あらはれにけり
   
  0673
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 逢ふ事は 玉の緒はかり 名のたつは
 吉野の河の たきつせのこと
かな あふことは たまのをはかり なのたつは
 よしののかはの たきつせのこと
   
  0674
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 むらとりの たちにしわか名 今更に
 ことなしふとも しるしあらめや
かな むらとりの たちにしわかな いまさらに
 ことなしむとも しるしあらめや
   
  0675
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 君により わかなは花に 春霞
 野にも山にも たちみちにけり
かな きみにより わかなははなに はるかすみ
 のにもやまにも たちみちにけり
   
  0676
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 しるといへは 枕たにせて ねしものを
 ちりならぬなの そらにたつらむ
かな しるといへは まくらたにせて ねしものを
 ちりならぬなの そらにたつらむ
   

巻十四:恋四

   
   0677
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 みちのくの あさかのぬまの 花かつみ
 かつ見る人に こひやわたらむ
かな みちのくの あさかのぬまの はなかつみ
 かつみるひとに こひやわたらむ
   
  0678
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あひ見すは こひしきことも なからまし
 おとにそ人を きくへかりける
かな あひみすは こひしきことも なからまし
 おとにそひとを きくへかりける
   
  0679
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 いそのかみ ふるのなか道 なかなかに
 見すはこひしと 思はましやは
かな いそのかみ ふるのなかみち なかなかに
 みすはこひしと おもはましやは
   
  0680
詞書 題しらす
作者 ふちはらのたたゆき(藤原忠行)
原文 君てへは 見まれ見すまれ ふしのねの
 めつらしけなく もゆるわかこひ
かな きみてへは みまれみすまれ ふしのねの
 めつらしけなく もゆるわかこひ
   
  0681
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 夢にたに 見ゆとは見えし あさなあさな
 わかおもかけに はつる身なれは
かな ゆめにたに みゆとはみえし あさなあさな
 わかおもかけに はつるみなれは
   
  0682
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いしま行く 水の白浪 立帰り
 かくこそは見め あかすもあるかな
かな いしまゆく みつのしらなみ たちかへり
 かくこそはみめ あかすもあるかな
   
  0683
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いせのあまの あさなゆふなに かつくてふ
 みるめに人を あくよしもかな
かな いせのあまの あさなゆふなに かつくてふ
 みるめにひとを あくよしもかな
   
  0684
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 春霞 たなひく山の さくら花
 見れともあかぬ 君にもあるかな
かな はるかすみ たなひくやまの さくらはな
 みれともあかぬ きみにもあるかな
   
  0685
詞書 題しらす
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 心をそ わりなき物と 思ひぬる
 見るものからや こひしかるへき
かな こころをそ わりなきものと おもひぬる
 みるものからや こひしかるへき
   
  0686
詞書 題しらす
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 かれはてむ のちをはしらて 夏草の
 深くも人の おもほゆるかな
かな かれはてむ のちをはしらて なつくさの
 ふかくもひとの おもほゆるかな
   
  0687
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あすかかは ふちはせになる 世なりとも
 思ひそめてむ 人はわすれし
かな あすかかは ふちはせになる よなりとも
 おもひそめてむ ひとはわすれし
   
  0688
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 よみ人しらす
原文 思ふてふ 事のはのみや 秋をへて
 色もかはらぬ 物にはあるらむ
かな おもふてふ ことのはのみや あきをへて
 いろもかはらぬ ものにはあるらむ
   
  0689
詞書 題しらす/又は、うちのたまひめ
作者 よみ人しらす
原文 さむしろに 衣かたしき こよひもや
 我をまつらむ うちのはしひめ
かな さむしろに ころもかたしき こよひもや
 われをまつらむ うちのはしひめ
   
  0690
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 君やこむ 我やゆかむの いさよひに
 まきのいたとも ささすねにけり
かな きみやこむ われやゆかむの いさよひに
 まきのいたとも ささすねにけり
   
  0691
詞書 題しらす
作者 そせいほうし(素性法師)
原文 今こむと いひしはかりに 長月の
 ありあけの月を まちいてつるかな
かな いまこむと いひしはかりに なかつきの
 ありあけのつきを まちいてつるかな
コメ 百人一首21
いまこむと いひしばかりに ながつきの
 ありあけのつきを まちいづるかな
/今来むと 言ひしばかりに 長月の
 有明の月を 待ち出でつるかな
   
  0692
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 月夜よし よよしと人に つけやらは
 こてふににたり またすしもあらす
かな つきよよし よよしとひとに つけやらは
 こてふににたり またすしもあらす
   
  0693
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 君こすは ねやへもいらし こ紫
 わかもとゆひに しもはおくとも
かな きみこすは ねやへもいらし こむらさき
 わかもとゆひに しもはおくとも
   
  0694
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 宮木のの もとあらのこはき つゆをおもみ
 風をまつこと きみをこそまて
かな みやきのの もとあらのこはき つゆをおもみ
 かせをまつこと きみをこそまて
   
  0695
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あなこひし 今も見てしか 山かつの
 かきほにさける 山となてしこ
かな あなこひし いまもみてしか やまかつの
 かきほにさける やまとなてしこ
   
  0696
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 つのくにの なにはおもはす 山しろの
 とはにあひ見む ことをのみこそ
かな つのくにの なにはおもはす やましろの
 とはにあひみむ ことをのみこそ
   
  0697
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 しきしまや やまとにはあらぬ 唐衣
 ころもへすして あふよしもかな
かな しきしまや やまとにはあらぬ からころも
 ころもへすして あふよしもかな
   
  0698
詞書 題しらす
作者 ふかやふ(清原深養父)
原文 こひしとは たかなつけけむ ことならむ
 しぬとそたたに いふへかりける
かな こひしとは たかなつけけむ ことならむ
 しぬとそたたに いふへかりける
   
  0699
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 三吉野の おほかはのへの 藤波の
 なみにおもはは わかこひめやは
かな みよしのの おほかはのへの ふちなみの
 なみにおもはは わかこひめやは
   
  0700
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かくこひむ 物とは我も 思ひにき
 心のうらそ まさしかりける
かな かくこひむ ものとはわれも おもひにき
 こころのうらそ まさしかりける
   
  0701
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あまのはら ふみととろかし なる神も
 思ふなかをは さくるものかは
かな あまのはら ふみととろかし なるかみも
 おもふなかをは さくるものかは
   
  0702
詞書 題しらす/この歌は、ある人、あめのみかとのあふみのうねめにたまひけるとなむ申す
作者 よみ人しらす(一説、あめのみかと)
原文 梓弓 ひきののつつら すゑつひに
 わか思ふ人に 事のしけけむ
かな あつさゆみ ひきののつつら すゑつひに
 わかおもふひとに ことのしけけむ
   
  0703
詞書 題しらす/この歌は、
返しによみてたてまつりけるとなむ
作者 よみ人しらす(一説、あふみのうねめ)
原文 夏ひきの てひきのいとを くりかへし
 事しけくとも たえむと思ふな
かな なつひきの てひきのいとを くりかへし
 こしとけくとも たえむとおもふな
   
  0704
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 さと人の 事は夏のの しけくとも
 かれ行くきみに あはさらめやは
かな さとひとの ことはなつのの しけくとも
 かれゆくきみに あはさらめやは
   
  0705
詞書 藤原敏行朝臣の
なりひらの朝臣(※問題あり)の
家なりける女を
あひしりてふみつかはせりけることはに、
いままうてく、あめのふりけるを
なむ見わつらひ侍るといへりけるをききて、
かの女にかはりてよめりける
作者 在原業平朝臣(※問題あり)
原文 かすかすに おもひおもはす とひかたみ
 身をしる雨は ふりそまされる
かな かすかすに おもひおもはす とひかたみ
 みをしるあめは ふりそまされる
コメ 出典:伊勢107段(身を知る雨)。
「例の男、女に代りてよみてやらす。
『かずかずに 思ひ思はず 問ひがたみ
 身をしる雨は 降りぞまされる』
とよみてやれりければ、蓑も笠もとりあへで、しとゞに濡れてまどひきにけり。」
   
  0706
詞書 ある女の、
なりひらの朝臣(※問題あり)を
ところさためすありきすとおもひて、
よみてつかはしける
作者 よみ人しらす(※)
原文 おほぬさの ひくてあまたに なりぬれは
 おもへとえこそ たのまさりけれ
かな おほぬさの ひくてあまたに なりぬれは
 おもへとえこそ たのまさりけれ
コメ 出典:伊勢47段(大幣)。
「むかし、男、
懇にいかでと思ふ女ありけり。
されど、この男をあだなりと聞きて、
つれなさのみまさりつゝいへる。
『大幣の ひく手あまたに なりぬれば
 思へどこそ 頼まざりけれ』」
   
  0707
詞書 返し
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 おほぬさと 名にこそたてれ なかれても
 つひによるせは ありてふものを
かな おほぬさと なにこそたてれ なかれても
 つひによるせは ありてふものを
コメ 出典:伊勢47段(大幣)。
「(上の歌に)返し、男、
『大幣と 名にこそたてれ 流れても
 つひによる瀬は ありといふものを』」
   
  0708
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※)
原文 すまのあまの しほやく煙 風をいたみ
 おもはぬ方に たなひきにけり
かな すまのあまの しほやくけふり かせをいたみ
 おもはぬかたに たなひきにけり
コメ 出典:伊勢112段(須磨のあま)。
「むかし、男、ねむごろにいひ契れる女の、ことざまになりにければ、
『須磨のあま の塩焼く 煙風をいたみ
 思はぬ方に たなびきにけり』」
   
  0709
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※)
原文 たまかつら はふ木あまたに なりぬれは
 たえぬ心の うれしけもなし
かな たまかつら はふきあまたに なりぬれは
 たえぬこころの うれしけもなし
コメ 出典:伊勢118段(たえぬ心、玉葛)。
「むかし、男、久しく音もせで、
「わするゝ心もなし。まゐり来む」
といへりければ、
『玉葛 はふ木あまたに なりぬれば
 絶えぬこころの うれしげもなし』」
   
  0710
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 たかさとに 夜かれをしてか 郭公
 たたここにしも ねたるこゑする
かな たかさとに よかれをしてか ほとときす
 たたここにしも ねたるこゑする
   
  0711
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いて人は 事のみそよき 月草の
 うつし心は いろことにして
かな いてひとは ことのみそよき つきくさの
 うつしこころは いろことにして
   
  0712
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いつはりの なき世なりせは いかはかり
 人のことのは うれしからまし
かな いつはりの なきよなりせは いかはかり
 ひとのことのは うれしからまし
   
  0713
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いつはりと 思ふものから 今さらに
 たかまことをか 我はたのまむ
かな いつはりと おもふものから いまさらに
 たかまことをか われはたのまむ
   
  0714
詞書 題しらす
作者 素性法師
原文 秋風に 山のこのはの うつろへは
 人の心も いかかとそ思ふ
かな あきかせに やまのこのはの うつろへは
 ひとのこころも いかかとそおもふ
   
  0715
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 とものり(紀友則)
原文 蝉のこゑ きけはかなしな 夏衣
 うすくや人の ならむと思へは
かな せみのこゑ きけはかなしな なつころも
 うすくやひとの ならむとおもへは
   
  0716
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 空蝉の 世の人ことの しけけれは
 わすれぬものの かれぬへらなり
かな うつせみの よのひとことの しけけれは
 わすれぬものの かれぬへらなり
   
  0717
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あかてこそ おもはむなかは はなれなめ
 そをたにのちの わすれかたみに
かな あかてこそ おもはむなかは はなれなめ
 そをたにのちの わすれかたみに
   
  0718
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 忘れなむと 思ふ心の つくからに
 有りしよりけに まつそこひしき
かな わすれなむと おもふこころの つくからに
 ありしよりけに まつそこひしき
   
  0719
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わすれなむ 我をうらむな 郭公
 人の秋には あはむともせす
かな わすれなむ われをうらむな ほとときす
 ひとのあきには あはむともせす
   
  0720
詞書 題しらす/この歌、ある人のいはく、
なかとみのあつま人かうたなり
作者 よみ人しらす(一説、なかとみのあつま人)
原文 たえすゆく あすかの河の よとみなは
 心あるとや 人のおもはむ
かな たえすゆく あすかのかはの よとみなは
 こころあるとや ひとのおもはむ
   
  0721
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 よと河の よとむと人は 見るらめと
 流れてふかき 心あるものを
かな よとかはの よとむとひとは みるらめと
 なかれてふかき こころあるものを
   
  0722
詞書 題しらす
作者 そせい法し(素性法師)
原文 そこひなき ふちやはさわく 山河の
 あさきせにこそ あたなみはたて
かな そこひなき ふちやはさわく やまかはの
 あさきせにこそ あたなみはたて
   
  0723
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 紅の はつ花そめの 色ふかく
 思ひし心 我わすれめや
かな くれなゐの はつはなそめの いろふかく
 おもひしこころ われわすれめや
   
  0724
詞書 題しらす
作者 河原左大臣(源融、みなもとのとおる)
原文 みちのくの しのふもちすり たれゆゑに
 みたれむと思ふ 我ならなくに
かな みちのくの しのふもちすり たれゆゑに
 みたれむとおもふ われならなくに
コメ 百人一首14
みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに
 みだれそめにし われならなくに
/陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに
 乱れそめにし われならなくに
   
  0725
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 おもふより いかにせよとか 秋風に
 なひくあさちの 色ことになる
かな おもふより いかにせよとか あきかせに
 なひくあさちの いろことになる
   
  0726
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 千千の色に うつろふらめと しらなくに
 心し秋の もみちならねは
かな ちちのいろに うつろふらめと しらなくに
 こころしあきの もみちならねは
   
  0727
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 あまのすむ さとのしるへに あらなくに
 怨みむとのみ 人のいふらむ
かな あまのすむ さとのしるへに あらなくに
 うらみむとのみ ひとのいふらむ
   
  0728
詞書 題しらす
作者 しもつけのをむね
原文 くもり日の 影としなれる 我なれは
 めにこそ見えね 身をははなれす
かな くもりひの かけとしなれる われなれは
 めにこそみえね みをははなれす
   
  0729
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 色もなき 心を人に そめしより
 うつろはむとは おもほえなくに
かな いろもなき こころをひとに そめしより
 うつろはむとは おもほえなくに
   
  0730
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 めつらしき 人を見むとや しかもせぬ
 わかしたひもの とけわたるらむ
かな めつらしき ひとをみむとや しかもせぬ
 わかしたひもの とけわたるらむ
   
  0731
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かけろふの それかあらぬか 春雨の
 ふる日となれは そてそぬれぬる
かな かけろふの それかあらぬか はるさめの
 ふるひとなれは そてそぬれぬる
   
  0732
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ほり江こく たななしを舟 こきかへり
 おなし人にや こひわたりなむ
かな ほりえこく たななしをふね こきかへり
 おなしひとにや こひわたりなむ
   
  0733
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 わたつみと あれにしとこを 今更に
 はらははそてや あわとうきなむ
かな わたつみと あれにしとこを いまさらに
 はらははそてや あわとうきなむ
   
  0734
詞書 題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 いにしへに 猶立帰る 心かな
 こひしきことに 物わすれせて
かな いにしへに なほたちかへる こころかな
 こひしきことに ものわすれせて
   
  0735
詞書 人をしのひにあひしりて
あひかたくありけれは、
その家のあたりをまかりありきけるをりに、
かりのなくをききてよみてつかはしける
作者 大伴くろぬし(大伴黒主)
原文 思ひいてて こひしき時は はつかりの
 なきてわたると 人しるらめや
かな おもひいてて こひしきときは はつかりの
 なきてわたると ひとしるらめや
   
  0736
詞書 右のおほいまうちきみすますなりにけれは、
かのむかしおこせたりけるふみともを
とりあつめて返すとてよみておくりける
作者 典侍藤原よるかの朝臣(藤原因香)
原文 たのめこし 事のは今は かへしてむ
 わか身ふるれは おきところなし
かな たのめこし ことのはいまは かへしてむ
 わかみふるれは おきところなし
   
  0737
詞書 返し
作者 近院の右のおほいまうちきみ
原文 今はとて かへす事のは ひろひおきて
 おのかものから かたみとや見む
かな いまはとて かへすことのは ひろひおきて
 おのかものから かたみとやみむ
   
  0738
詞書 題しらす
作者 よるかの朝臣(藤原因香)
原文 たまほこの 追はつねにも まとはなむ
 人をとふとも 我かとおもはむ
かな たまほこの みちはつねにも まとはなむ
 ひとをとふとも われかとおもはむ
   
  0739
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 まてといはは ねてもゆかなむ しひて行く
 こまのあしをれ まへのたなはし
かな まてといはは ねてもゆかなむ しひてゆく
 こまのあしをれ まへのたなはし
   
  0740
詞書 中納音源ののほるの朝臣の あふみのすけに侍りける時、よみてやれりける
作者 閑院
原文 相坂の ゆふつけ鳥に あらはこそ
 君かゆききを なくなくも見め
かな あふさかの ゆふつけとりに あらはこそ
 きみかゆききを なくなくもみめ
   
  0741
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 ふるさとに あらぬものから わかために
 人の心の あれて見ゆらむ
かな ふるさとに あらぬものから わかために
 ひとのこころの あれてみゆらむ
   
  0742
詞書 題しらす
作者 寵(※うつく、と読み、源精の娘ともされるが、詳細不明)
原文 山かつの かきほにはへる あをつつら
 人はくれとも ことつてもなし
かな やまかつの かきほにはへる あをつつら
 ひとはくれとも ことつてもなし
   
  0743
詞書 題しらす
作者 さかゐのひとさね(酒井人真)
原文 おほそらは こひしき人の かたみかは
 物思ふことに なかめらるらむ
かな おほそらは こひしきひとの かたみかは
 ものおもふことに なかめらるらむ
   
  0744
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 あふまての かたみも我は なにせむに
 見ても心の なくさまなくに
かな あふまての かたみもわれは なにせむに
 みてもこころの なくさまなくに
   
  0745
詞書 おやのまもりける人のむすめに
いとしのひにあひて
ものらいひけるあひたに、
おやのよふといひけれはいそきかへるとて、もをなむぬきおきていりにける、
そののち、もをかへすとてよめる
作者 おきかせ(藤原興風)
原文 あふまての かたみとてこそ ととめけめ
 涙に浮ふ もくつなりけり
かな あふまての かたみとてこそ ととめけめ
 なみたにうかふ もくつなりけり
   
  0746
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※)
原文 かたみこそ 今はあたなれ これなくは
 わするる時も あらましものを
かな かたみこそ いまはあたなれ これなくは
 わするるときも あらましものを
コメ 出典:伊勢119段(形見こそ)。
「むかし、女、あだなる男のかたみとて、
置きたるものどもを見て、
『かたみこそ 今はあだなく これなくは
 忘れるゝ時も あらまほしきものを』」
   

巻十五:恋五

   
   0747
詞書 五条のきさいの宮の にしのたいにすみける人に ほいにはあらてものいひわたりけるを、
む月のとをかあまりに なむほかへかくれにける、あり所はききけれとえ物もいはて、
又のとしのはるむめの花さかりに 月のおもしろかりける夜、
こそをこひてかのにしのたいにいきて月のかたふくまて
あはらなるいたしきにふせりてよめる
作者 在原業平朝臣(※問題あり)
原文 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ
 わか身ひとつは もとの身にして
かな つきやあらぬ はるやむかしの はるならぬ
 わかみひとつは もとのみにして
コメ

出典:伊勢4段(西の対)。
「むかし、ひんがしの五条に、
大后の宮おはしましける、
西の対に住む人ありけり。…(略)…
正月の十日ばかりのほどに、
ほかにかくれにけり。…(略)…
またの年の睦月に梅の花ざかりに、
去年を恋ひていきて、
立ちて見、ゐて見、見れど、
去年に似るべくもあらず。
うち泣て、あばらなる板敷に、
月のかたぶくまでふせてりて、
去年を思ひいでてよめる。
『月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ
 わが身は一つ もとの身にして』」

   
  0748
詞書 題しらす
作者 藤原なかひらの朝臣(藤原仲平)
原文 花すすき 我こそしたに 思ひしか
 ほにいてて人に むすはれにけり
かな はなすすき われこそしたに おもひしか
 ほにいててひとに むすはれにけり
   
  0749
詞書 題しらす
作者 藤原かねすけの朝臣(藤原兼輔)
原文 よそにのみ きかましものを おとは河
 渡るとなしに 見なれそめけむ
かな よそにのみ きかましものを おとはかは
 わたるとなしに みなれそめけむ
   
  0750
詞書 題しらす
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 わかことく 我をおもはむ 人もかな
 さてもやうきと 世を心みむ
かな わかことく われをおもはむ ひともかな
 さてもやうきと よをこころみむ
   
  0751
詞書 題しらす
作者 もとかた(在原元方)
原文 久方の あまつそらにも すまなくに
 人はよそにそ 思ふへらなる
かな ひさかたの あまつそらにも すまなくに
 ひとはよそにそ おもふへらなる
   
  0752
詞書 題しらす
作者 よみひとしらす
原文 見ても又 またも見まくの ほしけれは
 なるるを人は いとふへらなり
かな みてもまた またもみまくの ほしけれは
 なるるをひとは いとふへらなり
   
  0753
詞書 題しらす
作者 きのとものり(紀友則)
原文 雲もなく なきたるあさの 我なれや
 いとはれてのみ 世をはへぬらむ
かな くももなく なきたるあさの われなれや
 いとはれてのみ よをはへぬらむ
   
  0754
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 花かたみ めならふ人の あまたあれは
 わすられぬらむ かすならぬ身は
かな はなかたみ めならふひとの あまたあれは
 わすられぬらむ かすならぬみは
   
  0755
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 うきめのみ おひて流るる 浦なれは
 かりにのみこそ あまはよるらめ
かな うきめのみ おひてなかるる うらなれは
 かりにのみこそ あまはよるらめ
   
  0756
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 あひにあひて 物思ふころの わか袖に
 やとる月さへ ぬるるかほなる
かな あひにあひて ものおもふころの わかそてに
 やとるつきさへ ぬるるかほなる
   
  0757
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋ならて おく白露は ねさめする
 わかた枕の しつくなりけり
かな あきならて おくしらつゆは ねさめする
 わかたまくらの しつくなりけり
   
  0758
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 すまのあまの しほやき衣 をさをあらみ
 まとほにあれや 君かきまさぬ
かな すまのあまの しほやきころも をさをあらみ
 まとほにあれや きみかきまさぬ
   
  0759
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 山しろの よとのわかこも かりにたに
 こぬ人たのむ 我そはかなき
かな やましろの よとのわかこも かりにたに
 こぬひとたのむ われそはかなき
   
  0760
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あひ見ねは こひこそまされ みなせ河
 なににふかめて 思ひそめけむ
かな あひみねは こひこそまされ みなせかは
 なににふかめて おもひそめけむ
   
  0761
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 暁の しきのはねかき ももはかき
 君かこぬ夜は 我そかすかく
かな あかつきの しきのはねかき ももはかき
 きみかこぬよは われそかすかく
   
  0762
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 玉かつら 今はたゆとや 吹く風の
 おとにも人の きこえさるらむ
かな たまかつら いまはたゆとや ふくかせの
 おとにもひとの きこえさるらむ
   
  0763
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わか袖に またき時雨の ふりぬるは
 君か心に 秋やきぬらむ
かな わかそてに またきしくれの ふりぬるは
 きみかこころに あきやきぬらむ
   
  0764
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 山の井の 浅き心も おもはぬに
 影はかりのみ 人の見ゆらむ
かな やまのゐの あさきこころも おもはぬに
 かけはかりのみ ひとのみゆらむ
   
  0765
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 忘草 たねとらましを 逢ふ事の
 いとかくかたき 物としりせは
かな わすれくさ たねとらましを あふことの
 いとかくかたき ものとしりせは
   
  0766
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こふれとも 逢ふ夜のなきは 忘草
 夢ちにさへや おひしけるらむ
かな こふれとも あふよのなきは わすれくさ
 ゆめちにさへや おひしけるらむ
   
  0767
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 夢にたに あふ事かたく なりゆくは
 我やいをねぬ 人やわするる
かな ゆめにたに あふことかたく なりゆくは
 われやいをねぬ ひとやわするる
   
  0768
詞書 題しらす
作者 けむけい法し(兼芸法師)
原文 もろこしも 夢に見しかは ちかかりき
 おもはぬ中そ はるけかりける
かな もろこしも ゆめにみしかは ちかかりき
 おもはぬなかそ はるけかりける
   
  0769
詞書 題しらす
作者 さたののほる(貞登、仁明の皇子)
原文 独のみ なかめふるやの つまなれは
 人を忍ふの 草そおひける
かな ひとりのみ なかめふるやの つまなれは
 ひとをしのふの くさそおひける
   
  0770
詞書 題しらす
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 わかやとは 道もなきまて あれにけり
 つれなき人を まつとせしまに
かな わかやとは みちもなきまて あれにけり
 つれなきひとを まつとせしまに
   
  0771
詞書 題しらす
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 今こむと いひてわかれし 朝より
 思ひくらしの ねをのみそなく
かな いまこむと いひてわかれし あしたより
 おもひくらしの ねをのみそなく
   
  0772
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こめやとは 思ふものから ひくらしの
 なくゆふくれは たちまたれつつ
かな こめやとは おもふものから ひくらしの
 なくゆふくれは たちまたれつつ
   
  0773
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 今しはと わひにしものを ささかにの
 衣にかかり 我をたのむる
かな いましはと わひにしものを ささかにの
 ころもにかかり われをたのむる
   
  0774
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いまはこしと 思ふものから 忘れつつ
 またるる事の またもやまぬか
かな いまはこしと おもふものから わすれつつ
 またるることの またもやまぬか
   
  0775
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 月よには こぬ人またる かきくもり
 雨もふらなむ わひつつもねむ
かな つきよには こぬひとまたる かきくもり
 あめもふらなむ わひつつもねむ
   
  0776
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 うゑていにし 秋田かるまて 見えこねは
 けさはつかりの ねにそなきぬる
かな うゑていにし あきたかるまて みえこねは
 けさはつかりの ねにそなきぬる
   
  0777
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こぬ人を まつゆふくれの 秋風は
 いかにふけはか わひしかるらむ
かな こぬひとを まつゆふくれの あきかせは
 いかにふけはか わひしかるらむ
   
  0778
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ひさしくも なりにけるかな すみのえの
 松はくるしき 物にそありける
かな ひさしくも なりにけるかな すみのえの
 まつはくるしき ものにそありける
   
  0779
詞書 題しらす
作者 かねみのおほきみ(兼覧王)
原文 住の江の 松ほとひさに なりぬれは
 あしたつのねに なかぬ日はなし
かな すみのえの まつほとひさに なりぬれは
 あしたつのねに なかぬひはなし
   
  0780
詞書 仲平朝臣あひしりて侍りけるを
かれ方になりにけれは、
ちちかやまとのかみに侍りけるもとへ
まかるとてよみてつかはしける
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 みわの山 いかにまち見む 年ふとも
 たつぬる人も あらしと思へは
かな みわのやま いかにまちみむ としふとも
 たつぬるひとも あらしとおもへは
   
  0781
詞書 題しらす
作者 雲林院のみこ(常康親王、仁明の皇子)
原文 吹きまよふ 野風をさむみ 秋はきの
 うつりも行くか 人の心の
かな ふきまよふ のかせをさむみ あきはきの
 うつりもゆくか ひとのこころの
   
  0782
詞書 題しらす
作者 をののこまち(小野小町)
原文 今はとて わか身時雨に ふりぬれは
 事のはさへに うつろひにけり
かな いまはとて わかみしくれに ふりぬれは
 ことのはさへに うつろひにけり
   
  0783
詞書 返し
作者 小野さたき(小野貞樹)
原文 人を思ふ 心のこのはに あらはこそ
 風のまにまに ちりみたれめ
かな ひとをおもふ こころのこのはに あらはこそ
 かせのまにまに ちりもみたれめ
   
  0784
詞書 業平朝臣(※問題あり)、
きのありつねかむすめにすみけるを、
うらむることありて
しはしのあひたひるはきて
ゆふさりはかへりのみしけれは
よみてつかはしける
作者 きのありつねかむすめ(有常女※問題あり)
原文 あま雲の よそにも人の なりゆくか
 さすかにめには 見ゆるものから
かな あまくもの よそにもひとの なりゆくか
 さすかにめには みゆるものから
コメ 出典:伊勢19段(天雲のよそ)。
「むかし、男、宮仕へしける女の方に、
御達なりける人をあひ知りたりける。
ほどもなくかれにけり。
おなじ所なれば、女の目には見ゆるものから、男はあるものかと思ひたらず。
女、『天雲の よそにも人の なりゆくか
 さすがに目には 見ゆるものから』」
   
  0785
詞書 返し
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 ゆきかへり そらにのみして ふる事は
 わかゐる山の 風はやみなり
かな ゆきかへり そらにのみして ふることは
 わかゐるやまの かせはやみなり
コメ 出典:伊勢19段(天雲のよそ)。
「とよめりければ、男、返し、
『天雲の よそにのみして 経ることは
 わが居る山の 風はやみなり』
とよめりけるは、
また男ある人となむいひける。」
   
  0786
詞書 題しらす
作者 かけのりのおほきみ(景式王)
原文 唐衣 なれは身にこそ まつはれめ
 かけてのみやは こひむと思ひし
かな からころも なれはみにこそ まつはれめ
 かけてのみやは こひむとおもひし
   
  0787
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 秋風は 身をわけてしも ふかなくに
 人の心の そらになるらむ
かな あきかせは みをわけてしも ふかなくに
 ひとのこころの そらになるらむ
   
  0788
詞書 題しらす
作者 源宗于朝臣
原文 つれもなく なりゆく人の 事のはそ
 秋よりさきの もみちなりける
かな つれもなく なりゆくひとの ことのはそ
 あきよりさきの もみちなりける
   
  0789
詞書 心地そこなへりけるころ、
あひしりて侍りける人のとはて
ここちおこたりてのちとふらへりけれは、
よみてつかはしける
作者 兵衛
原文 しての山 ふもとを見てそ かへりにし
 つらき人より まつこえしとて
かな してのやま ふもとをみてそ かへりにし
 つらきひとより まつこえしとて
   
  0790
詞書 あひしれりける人の
やうやくかれかたになりけるあひたに、
やけたるちのはに
ふみをさしてつかはせりける
作者 こまちかあね(※小野小町)
原文 時すきて かれゆくをのの あさちには
 今は思ひそ たえすもえける
かな ときすきて かれゆくをのの あさちには
 いまはおもひそ たえすもえける
コメ →「こまちがあね」は小町の姉ではなく、
小町姉さん(あねさん)と見るのが自然。
「つらゆき」「とものり」のようなノリの、親しみを込めた敬称。
「姉さん」といっても別人とは限らない。
   
  0791
詞書 物おもひけるころ、ものへまかりけるみちに
野火のもえけるを見てよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 冬かれの のへとわか身を 思ひせは
 もえても春を またましものを
かな ふゆかれの のへとわかみを おもひせは
 もえてもはるを またましものを
   
  0792
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 水のあわの きえてうき身と いひなから
 流れて猶も たのまるるかな
かな みつのあわの きえてうきみと いひなから
 なかれてなほも たのまるるかな
   
  0793
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 みなせ河 有りて行く水 なくはこそ
 つひにわか身を たえぬと思はめ
かな みなせかは ありてゆくみつ なくはこそ
 つひにわかみを たえぬとおもはめ
   
  0794
詞書 題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 吉野河 よしや人こそ つらからめ
 はやくいひてし 事はわすれし
かな よしのかは よしやひとこそ つらからめ
 はやくいひてし ことはわすれし
   
  0795
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中の 人の心は 花そめの
 うつろひやすき 色にそありける
かな よのなかの ひとのこころは はなそめの
 うつろひやすき いろにそありける
   
  0796
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 心こそ うたてにくけれ そめさらは
うつろふ事も をしからましや
かな こころこそ うたてにくけれ そめさらは
 うつろふことも をしからましや
   
  0797
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 色見えて うつろふ物は 世中の
 人の心の 花にそ有りける
かな いろみえて うつろふものは よのなかの
 ひとのこころの はなにそありける
   
  0798
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 我のみや 世をうくひすと なきわひむ
 人の心の 花とちりなは
かな われのみや よをうくひすと なきわひむ
 ひとのこころの はなとちりなは
   
  0799
詞書 題しらす
作者 そせい法し(素性法師)
原文 思ふとも かれなむ人を いかかせむ
 あかすちりぬる 花とこそ見め
かな おもふとも かれなむひとを いかかせむ
 あかすちりぬる はなとこそみめ
   
  0800
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 今はとて 君かかれなは わかやとの
 花をはひとり 見てやしのはむ
かな いまはとて きみかかれなは わかやとの
 はなをはひとり みてやしのはむ
   
  0801
詞書 題しらす
作者 むねゆきの朝臣(源宗于)
原文 忘草 かれもやすると つれもなき
 人の心に しもはおかなむ
かな わすれくさ かれもやすると つれもなき
 ひとのこころに しもはおかなむ
   
  0802
詞書 寛平御時、御屏風に歌かかせ給ひける時、
よみてかきける
作者 そせい法し(素性法師)
原文 忘草 なにをかたねと 思ひしは
 つれなき人の 心なりけり
かな わすれくさ なにをかたねと おもひしは
 つれなきひとの こころなりけり
   
  0803
詞書 題しらす
作者 そせい法し(素性法師)
原文 秋の田の いねてふ事も かけなくに
 何をうしとか 人のかるらむ
かな あきのたの いねてふことも かけなくに
 なにをうしとか ひとのかるらむ
   
  0804
詞書 題しらす
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 はつかりの なきこそわたれ 世中の
 人の心の 秋しうけれは
かな はつかりの なきこそわたれ よのなかの
 ひとのこころの あきしうけれは
   
  0805
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あはれとも うしとも物を 思ふ時
 なとか涙の いとなかるらむ
かな あはれとも うしともものを おもふとき
 なにかなみたの いとなかるらむ
   
  0806
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 身をうしと 思ふにきえぬ 物なれは
 かくてもへぬる よにこそ有りけれ
かな みをうしと おもふにきえぬ ものなれは
 かくてもへぬる よにこそありけれ
   
  0807
詞書 題しらす
作者 典侍藤原直子朝臣
原文 あまのかる もにすむむしの 我からと
 ねをこそなかめ 世をはうらみし
かな あまのかる もにすむむしの われからと
 ねをこそなかめ よをはうらみし
コメ 出典:伊勢65段(在原なりける男)。
「(人目もはばからずおしかけ、恋の祈祷などしている在原なりける男の振る舞いを陳情し)女はいたう泣きけり。
「かゝる君に仕うまつらで、宿世つたなく悲しきこと、この(※在原なりける)男にほだされて」とてなむ泣きにける。
かゝるほどに帝聞しめして、この男をば流しつかはしてければ、
この女のいとこの御息所、女をばまかでさせて、蔵に籠めてしをり給うければ、蔵に籠りて泣く。
『あまの刈る 藻にすむ虫の  我からと
 音をこそなかめ 世をばうらみじ』と泣きれば、
この男、人の国より夜ごとに来つゝ、」
   
  0808
詞書 題しらす
作者 いなは(『古今和歌集目録』では稲葉)
原文 あひ見ぬも うきもわか身の から衣
 思ひしらすも とくるひもかな
かな あひみぬも うきもわかみの からころも
 おもひしらすも とくるひもかな
   
  0809
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 すかののたたおむ(菅野忠臣?)
原文 つれなきを 今はこひしと おもへとも
 心よわくも おつる涙か
かな つれなきを いまはこひしと おもへとも
 こころよわくも おつるなみたか
   
  0810
詞書 題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 人しれす たえなましかは わひつつも
 なき名そとたに いはましものを
かな ひとしれす たえなましかは わひつつも
 なきなそとたに いはましものを
   
  0811
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 それをたに 思ふ事とて わかやとを
 見きとないひそ 人のきかくに
かな それをたに おもふこととて わかやとを
 みきとないひそ ひとのきかくに
   
  0812
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 逢ふ事の もはらたえぬる 時にこそ
 人のこひしき こともしりけれ
かな あふことの もはらたえぬる ときにこそ
 ひとのこひしき こともしりけれ
   
  0813
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わひはつる 時さへ物の 悲しきは
 いつこをしのふ 涙なるらむ
かな わひはつる ときさへものの かなしきは
 いつこをしのふ なみたなるらむ
   
  0814
詞書 題しらす
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 怨みても なきてもいはむ 方そなき
 かかみに見ゆる 影ならすして
かな うらみても なきてもいはむ かたそなき
 かかみにみゆる かけならすして
   
  0815
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 夕されは 人なきとこを 打ちはらひ
 なけかむためと なれるわかみか
かな ゆふされは ひとなきとこを うちはらひ
 なけかむためと なれるわかみか
   
  0816
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わたつみの わか身こす浪 立返り
 あまのすむてふ うらみつるかな
かな わたつみの わかみこすなみ たちかへり
 あまのすむてふ うらみつるかな
   
  0817
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あらを田を あらすきかへし かへしても
 人の心を 見てこそやまめ
かな あらをたを あらすきかへし かへしても
 ひとのこころを みてこそやまめ
   
  0818
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 有そ海の 浜のまさこと たのめしは
 忘るる事の かすにそ有りける
かな ありそうみの はまのまさこと たのめしは
 わするることの かすにそありける
   
  0819
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 葦辺より 雲ゐをさして 行く雁の
 いやとほさかる わか身かなしも
かな あしへより くもゐをさして ゆくかりの
 いやとほさかる わかみかなしも
   
  0820
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 しくれつつ もみつるよりも 事のはの
 心の秋に あふそわひしき
かな しくれつつ もみつるよりも ことのはの
 こころのあきに あふそわひしき
   
  0821
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋風の ふきとふきぬる むさしのは
 なへて草はの 色かはりけり
かな あきかせの ふきとふきぬる むさしのは
 なへてくさはの いろかはりけり
   
  0822
詞書 題しらす
作者 小町(小野小町)
原文 あきかせに あふたのみこそ かなしけれ
 わか身むなしく なりぬと思へは
かな あきかせに あふたのみこそ かなしけれ
 わかみむなしく なりぬとおもへは
   
  0823
詞書 題しらす
作者 平貞文
原文 秋風の 吹きうらかへす くすのはの
 うらみても猶 うらめしきかな
かな あきかせの ふきうらかへす くすのはの
 うらみてもなほ うらめしきかな
   
  0824
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あきといへは よそにそききし あた人の
 我をふるせる 名にこそ有りけれ
かな あきといへは よそにそききし あたひとの
 われをふるせる なにこそありけれ
   
  0825
詞書 題しらす/又は、
こなたかなたに人もかよはす
作者 よみ人しらす
原文 わすらるる 身をうちはしの 中たえて
 人もかよはぬ 年そへにける
かな わすらるる みをうちはしの なかたえて
 ひともかよはぬ としそへにける
   
  0826
詞書 題しらす
作者 坂上これのり(坂上是則)
原文 あふ事を なからのはしの なからへて
 こひ渡るまに 年そへにける
かな あふことを なからのはしの なからへて
 こひわたるまに としそへにける
   
  0827
詞書 題しらす
作者 とものり(紀友則)
原文 うきなから けぬるあわとも なりななむ
 流れてとたに たのまれぬ身は
かな うきなから けぬるあわとも なりななむ
 なかれてとたに たのまれぬみは
   
  0828
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 流れては 妹背の山の なかにおつる
 よしのの河の よしや世中
かな なかれては いもせのやまの なかにおつる
 よしののかはの よしやよのなか
   

巻十六:哀傷

   
   0829
詞書 いもうとの身まかりにける時よみける
作者 小野たかむらの朝臣(小野篁)
原文 なく涙 雨とふらなむ わたり河
 水まさりなは かへりくるかに
かな なくなみた あめとふらなむ わたりかは
 みつまさりなは かへりくるかに
   
  0830
詞書 さきのおほきおほいまうちきみを
しらかはのあたりにおくりける夜よめる
作者 そせい法し(素性法師)
原文 ちの涙 おちてそたきつ 白河は
 君か世まての 名にこそ有りけれ
かな ちのなみた おちてそたきつ しらかはは
 きみかよまての なにこそありけれ
   
  0831
詞書 ほりかはのおほきおほいまうち君
身まかりにける時に、
深草の山にをさめてけるのちによみける
作者 僧都勝延
原文 空蝉は からを見つつも なくさめつ
 深草の山 煙たにたて
かな うつせみは からをみつつも なくさめつ
 ふかくさのやま けふりたにたて
   
  0832
詞書 ほりかはのおほきおほいまうち君
身まかりにける時に、
深草の山にをさめてけるのちによみける
作者 かむつけのみねを(上野岑雄)
原文 ふかくさの のへの桜し 心あらは
 ことしはかりは すみそめにさけ
かな ふかくさの のへのさくらし こころあらは
 ことしはかりは すみそめにさけ
   
  0833
詞書 藤原敏行朝臣の身まかりにける時に
よみてかの家につかはしける
作者 きのとものり(紀友則)
原文 ねても見ゆ ねても見えけり おほかたは
 空蝉の世そ 夢には有りける
かな ねてもみゆ ねてもみえけり おほかたは
 うつせみのよそ ゆめにはありける
   
  0834
詞書 あひしれりける人の
身まかりにけれはよめる
作者 紀つらゆき(紀貫之)
原文 夢とこそ いふへかりけれ 世中に
 うつつある物と 思ひけるかな
かな ゆめとこそ いふへかりけれ よのなかに
 うつつあるものと おもひけるかな
   
  0835
詞書 あひしれりける人の
みまかりにける時によめる
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 ぬるかうちに 見るをのみやは 夢といはむ
 はかなき世をも うつつとは見す
かな ぬるかうちに みるをのみやは ゆめといはむ
 はかなきよをも うつつとはみす
   
  0836
詞書 あねの身まかりにける時によめる
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 せをせけは ふちとなりても よとみけり
 わかれをとむる しからみそなき
かな せをせけは ふちとなりても よとみけり
 わかれをとむる しからみそなき
   
  0837
詞書 藤原忠房か
むかしあひしりて侍りける人の身まかりにける時に、
とふらひにつかはすとてよめる
作者 閑院
原文 さきたたぬ くいのやちたひ かなしきは
 なかるる水の かへりこぬなり
かな さきたたぬ くいのやちたひ かなしきは
 なかるるみつの かへりこぬなり
   
  0838
詞書 きのとものりか
身まかりにける時よめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あすしらぬ わか身とおもへと くれぬまの
 けふは人こそ かなしかりけれ
かな あすしらぬ わかみとおもへと くれぬまの
 けふはひとこそ かなしかりけれ
   
  0839
詞書 きのとものりか
身まかりにける時よめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 時しもあれ 秋やは人の わかるへき
 あるを見るたに こひしきものを
かな ときしもあれ あきやはひとの わかるへき
 あるをみるたに こひしきものを
   
  0840
詞書 ははかおもひにてよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 神な月 時雨にぬるる もみちはは
 たたわひ人の たもとなりけり
かな かみなつき しくれにぬるる もみちはは
 たたわひひとの たもとなりけり
   
  0841
詞書 ちちかおもひにてよめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 ふち衣 はつるるいとは わひ人の
 涙の玉の をとそなりける
かな ふちころも はつるるいとは わひひとの
 なみたのたまの をとそなりける
   
  0842
詞書 おもひに侍りけるとしの秋、
山てらへまかりけるみちにてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あさ露の おくての山田 かりそめに
 うき世中を 思ひぬるかな
かな あさつゆの おくてのやまた かりそめに
 うきよのなかを おもひぬるかな
   
  0843
詞書 おもひに侍りける人を
とふらひにまかりてよめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 すみそめの 君かたもとは 雲なれや
 たえす涙の 雨とのみふる
かな すみそめの きみかたもとは くもなれや
 たえすなみたの あめとのみふる
   
  0844
詞書 女のおやのおもひにて山てらに侍りけるを、
ある人のとふらひつかはせりけれは、
返事によめる
作者 よみ人しらす
原文 あしひきの 山へに今は すみそめの
 衣の袖は ひる時もなし
かな あしひきの やまへにいまは すみそめの
 ころものそての ひるときもなし
   
  0845
詞書 諒闇の年池のほとりの花を見てよめる
作者 たかむらの朝臣(小野篁)
原文 水のおもに しつく花の色 さやかにも
 君かみかけの おもほゆるかな
かな みつのおもに しつくはなのいろ さやかにも
 きみかみかけの おもほゆるかな
   
  0846
詞書 深草のみかとの御国忌の日よめる
作者 文屋やすひて(文屋康秀)
原文 草ふかき 霞の谷に 影かくし
 てるひのくれし けふにやはあらぬ
かな くさふかき かすみのたにに かけかくし
 てるひのくれし けふにやはあらぬ
   
  0847
詞書 ふかくさのみかとの御時に蔵人頭にて
よるひるなれつかうまつりけるを、
諒闇になりにけれは、
さらに世にもましらすして
ひえの山にのほりてかしらおろしてけり、
その又のとしみなひと御ふくぬきて、
あるはかうふりたまはりなと
よろこひけるをききてよめる
作者 僧正遍昭
原文 みな人は 花の衣に なりぬなり
 こけのたもとよ かわきたにせよ
かな みなひとは はなのころもに なりぬなり
 こけのたもとよ かわきたにせよ
   
  0848
詞書 河原のおほいまうちきみの身まかりての秋、かの家のほとりをまかりけるに、
もみちのいろまたふかくもならさりけるを見てかの家によみていれたりける
作者 近院右のおほいまうちきみ
原文 うちつけに さひしくもあるか もみちはも
 ぬしなきやとは 色なかりけり
かな うちつけに さひしくもあるか もみちはも
 ぬしなきやとは いろなかりけり
   
  0849
詞書 藤原たかつねの朝臣の
身まかりての又のとしの夏、
ほとときすのなきけるをききてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 郭公 けさなくこゑに おとろけは
 君を別れし 時にそありける
かな ほとときす けさなくこゑに おとろけは
 きみにわかれし ときにそありける
   
  0850
詞書 さくらをうゑてありけるに、
やうやく花さきぬへき時に
かのうゑける人身まかりにけれは、
その花を見てよめる
作者 きのもちゆき(紀望行)
原文 花よりも 人こそあたに なりにけれ
 いつれをさきに こひむとか見し
かな はなよりも ひとこそあたに なりにけれ
 いつれをさきに こひむとかみし
   
  0851
詞書 あるし身まかりにける人の
家の梅花を見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 色もかも 昔のこさに にほへとも
 うゑけむ人の 影そこひしき
かな いろもかも むかしのこさに にほへとも
 うゑけむひとの かけそこひしき
   
  0852
詞書 河原の左のおほいまうちきみの身まかりてののちかの家にまかりてありけるに、
しほかまといふ所のさまをつくれりけるを見てよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 君まさて 煙たえにし しほかまの
 浦さひしくも 見え渡るかな
かな きみまさて けふりたえにし しほかまの
 うらさひしくも みえわたるかな
   
  0853
詞書 藤原のとしもとの朝臣の
右近中将にてすみ侍りけるさうしの
身まかりてのち人もすますなりにけるを、
秋の夜ふけてものよりまうてきけるついてに見いれけれは、
もとありしせんさいも
いとしけくあれたりけるを見て、
はやくそこに侍りけれは
むかしを思ひやりてよみける
作者 みはるのありすけ(御春有輔)
原文 きみかうゑし ひとむらすすき 虫のねの
 しけきのへとも なりにけるかな
かな きみかうゑし ひとむらすすき むしのねの
 しけきのへとも なりにけるかな
   
  0854
詞書 これたかのみこの、ちちの侍りけむ時に
よめりけむうたともとこひけれは、
かきておくりけるおくによみてかけりける
作者 とものり(紀友則)
原文 ことならは 事のはさへも きえななむ
 見れは涙の たきまさりけり
かな ことならは ことのはさへも きえななむ
 みれはなみたの たきまさりけり
   
  0855
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 なき人の やとにかよはは 郭公
 かけてねにのみ なくとつけなむ
かな なきひとの やとにかよはは ほとときす
 かけてねにのみ なくとつけなむ
   
  0856
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 誰見よと 花さけるらむ 白雲の
 たつのとはやく なりにしものを
かな たれみよと はなさけるらむ しらくもの
 たつのとはやく なりにしものを
   
  0857
詞書 式部卿のみこ
閑院の五のみこにすみわたりけるを、
いくはくもあらて
女みこの身まかりにける時に、
かのみこすみける帳のかたひらのひもに
ふみをゆひつけたりけるをとりて見れは、
むかしのてにて、このうたをなむかきつけたりける
作者 閑院の五のみこ
原文 かすかすに 我をわすれぬ ものならは
 山の霞を あはれとは見よ
かな かすかすに われをわすれぬ ものならは
 やまのかすみを あはれとはみよ
   
  0858
詞書 をとこの人のくににまかれりけるまに、
女にはかにやまひをして
いとよわくなりにける時
よみおきて身まかりにける
作者 よみ人しらす
原文 こゑをたに きかてわかるる たまよりも
 なきとこにねむ 君そかなしき
かな こゑをたに きかてわかるる たまよりも
 なきとこにねむ きみそかなしき
   
  0859
詞書 やまひにわつらひ侍りける秋、
心地のたのもしけなくおほえけれは
よみて人のもとにつかはしけ
作者 大江千里
原文 もみちはを 風にまかせて 見るよりも
 はかなき物は いのちなりけり
かな もみちはを かせにまかせて みるよりも
 はかなきものは いのちなりけり
   
  0860
詞書 身まかりなむとてよめる
作者 藤原これもと(藤原惟幹。詳細不明)
原文 つゆをなと あたなる物と 思ひけむ
 わか身も草に おかぬはかりを
かな つゆをなと あたなるものと おもひけむ
 わかみもくさに おかぬはかりを
   
  0861
詞書 やまひしてよわくなりにける時よめる
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 つひにゆく みちとはかねて ききしかと
 きのふけふとは おもはさりしを
かな つひにゆく みちとはかねて ききしかと
 きのふけふとは おもはさりしを
コメ 出典:伊勢125段(つひにゆく道)。
「むかし、男、わづらひて、
心地死ぬべくおぼえければ、
『つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど
 きのふけふとは 思はざりしを』」
   
  0862
詞書 かひのくににあひしりて
侍りける人とふらはむとてまかりけるを、
みち中にてにはかにやまひをして
いまいまとなりにけれは、
よみて京にもてまかりて母に見せよといひて人につけ侍りけるうた
作者 在原しけはる(在原滋春)
原文 かりそめの ゆきかひちとそ 思ひこし
 今はかきりの かとてなりけり
かな かりそめの ゆきかひちとそ おもひこし
 いまはかきりの かとてなりけり
   

巻十七:雑上

   
   0863
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わかうへに 露そおくなる あまの河
 とわたる舟の かいのしつくか
かな わかうへに つゆそおくなる あまのかは
 とわたるふねの かいのしつくか
コメ 出典:伊勢59段(東山)
「わが上に 露ぞ置くなる天の河
 門渡る船の かいのしづくか」
   
  0864
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 思ふとち まとゐせる夜は 唐錦
 たたまくをしき 物にそありける
かな おもふとち まとゐせるよは からにしき
 たたまくをしき ものにそありける
   
  0865
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 うれしきを なににつつまむ 唐衣
 たもとゆたかに たてといはましを
かな うれしきを なににつつまむ からころも
 たもとゆたかに たてといはましを
   
  0866
詞書 題しらす(※)/ある人のいはく、
この歌はさきのおほいまうち君のなり
作者 よみ人しらす(※)
(一説、さきのおほいまうち君)
原文 限なき 君かためにと をる花は
 ときしもわかぬ 物にそ有りける
かな かきりなき きみかためにと をるはなは
 ときしもわかぬ ものにそありける
コメ 参照:伊勢98段(梅の造り枝)。
「むかし、
太政大臣(おほきおほいまうちぎみ)
と聞ゆる、おはしけり。
仕うまつる男、なが月ばかりに、
梅のつくり枝に雉をつけて、奉るとて、
わがたのむ 君がためにと 折る花は
 ときしもわかぬ ものにぞありける』
とよみて奉りたりければ、
いとかしこくおかしがり給ひて、
使に禄たまへりけり。」
 
 これは伊勢の著者、文屋の代作。
 それを伏せるために「わがたのむ」が「限りなき」というベタベタのヨイショになっている。
 「仕うまつる男」は、95段の「二条の后に仕うまつる男」とリンクさせた表現。縫殿の文屋で昔男。
 太政大臣は、この二条の后の兄として出てきている流れなので、その部下の男が突如出てきているのではない。
   
  0867
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 紫の ひともとゆゑに むさしのの
 草はみなから あはれとそ見る
かな むらさきの ひともとゆゑに むさしのの
 くさはみなから あはれとそみる
   
  0868
詞書 めのおとうとをもて侍りける人に
うへのきぬをおくるとてよみてやりける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 紫の 色こき時は めもはるに
 野なる草木そ わかれさりける
かな むらさきの いろこきときは めもはるに
 のなるくさきそ わかれさりける
コメ 出典:伊勢41段(紫 上のきぬ)。
「これを、かのあてなる男聞きて、
いと心苦しかりければ、
いと清らかなる録衫の上の衣を
見出でてやるとて、
『紫の 色濃き時 はめもはるに
 野なる草木ぞ わかれざりける』
 武蔵野の心なるべし。」
   
  0869
詞書 大納言ふちはらのくにつねの朝臣の
宰相より中納言になりける時、
そめぬうへのきぬあやをおくるとてよめる
作者 近院右のおほいまうちきみ
原文 色なしと 人や見るらむ 昔より
 ふかき心に そめてしものを
かな いろなしと ひとやみるらむ むかしより
 ふかきこころに そめてしものを
   
  0870
詞書 いそのかみのなむまつか宮つかへもせて
いそのかみといふ所にこもり侍りけるを、
にはかにかうふりたまはれりけれは、
よろこひいひつかはすとて
よみてつかはしける
作者 ふるのいまみち(布留今道)
原文 日のひかり やふしわかねは いそのかみ
 ふりにしさとに 花もさきけり
かな ひのひかり やふしわかねは いそのかみ
 ふりにしさとに はなもさきけり
   
  0871
詞書 二条のきさきの
また東宮のみやすんところと申しける時に、
おほはらのにまうてたまひける日よめる
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 おほはらや をしほの山も けふこそは
 神世の事も 思ひいつらめ
かな おほはらや をしほのやまも けふこそは
 かみよのことも おもひいつらめ
コメ 出典:伊勢76段(小塩の山)。
「むかし、二条の后の、
まだ春宮の御息所と申しける時、
氏神にまうで給ひけるに、
近衛府にさぶらひける翁
人々の禄たまはるついでに、
御車より給はりて、よみて奉りける。
『大原や をしほの山も 今日こそは
 神代のことも 思ひいづらめ』とて、
心にもかなしと思ひけむ、
いかが思ひけむ、知らずかし。」
   
  0872
詞書 五節のまひひめを見てよめる
作者 よしみねのむねさた(良岑宗貞、遍昭)
原文 あまつかせ 雲のかよひち 吹きとちよ
 をとめのすかた しはしととめむ
かな あまつかせ くものかよひち ふきとちよ
 をとめのすかた しはしととめむ
コメ 百人一首12
あまつかぜ くものかよひぢ ふきとぢよ
 をとめのすがた しばしとどめむ
/天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ
 をとめの姿 しばしとどめむ
   
  0873
詞書 五せちのあしたに
かむさしのたまのおちたりけるを見て、
たかならむととふらひてよめる
作者 河原の左のおほいまうちきみ
(源融、みなもとのとおる)
原文 ぬしやたれ とへとしら玉 いはなくに
 さらはなへてや あはれとおもはむ
かな ぬしやたれ とへとしらたま いはなくに
 さらはなへてや あはれとおもはむ
   
  0874
詞書 寛平御時
うへのさふらひに侍りけるをのことも、
かめをもたせて
きさいの宮の御方におほみきのおろしと
きこえにたてまつりたりけるを、
くら人ともわらひて
かめをおまへにもていてて
ともかくもいはすなりにけれは、
つかひのかへりきて、さなむありつる
といひけれは、くら人のなかにおくりける
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 玉たれの こかめやいつら こよろきの
 いその浪わけ おきにいてにけり
かな たまたれの こかめやいつら こよろきの
 いそのなみわけ おきにいてにけり
   
  0875
詞書 女ともの見てわらひけれはよめる
作者 けむけいほうし(兼芸法師)
原文 かたちこそ み山かくれの くち木なれ
 心は花に なさはなりなむ
かな かたちこそ みやまかくれの くちきなれ
 こころははなに なさはなりなむ
   
  0876
詞書 方たかへに人の家にまかれりける時に、
あるしのきぬをきせたりけるを
あしたにかへすとてよみける
作者 きのとものり(紀友則)
原文 蝉のはの よるの衣は うすけれと
 うつりかこくも にほひぬるかな
かな せみのはの よるのころもは うすけれと
 うつりかこくも にほひぬるかな
   
  0877
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 おそくいつる 月にもあるかな 葦引の
 山のあなたも をしむへらなり
かな おそくいつる つきにもあるかな あしひきの
 やまのあなたも をしむへらなり
   
  0878
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わか心 なくさめかねつ さらしなや
 をはすて山に てる月を見て
かな わかこころ なくさめかねつ さらしなや
 をはすてやまに てるつきをみて
   
  0879
詞書 題しらす
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 おほかたは 月をもめてし これそこの
 つもれは人の おいとなるもの
かな おほかたは つきをもめてし これそこの
 つもれはひとの おいとなるもの
コメ 出典:伊勢88段(月をもめでじ)。
「むかし、いと若きにはあらぬ、
これかれ友だちども集りて、
月を見て、それがなかにひとり、
『おほかたは 月をもめでじ これぞこの
 つもれば人の 老いとなるもの』」
   
  0880
詞書 月おもしろしとて
凡河内躬恒かまうてきたりけるによめる
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 かつ見れと うとくもあるかな 月影の
 いたらぬさとも あらしと思へは
かな かつみれと うとくもあるかな つきかけの
 いたらぬさとも あらしとおもへは
   
  0881
詞書 池に月の見えけるをよめる
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 ふたつなき 物と思ひしを みなそこに
 山のはならて いつる月かけ
かな ふたつなき ものとおもひしを みなそこに
 やまのはならて いつるつきかけ
   
  0882
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あまの河 雲のみをにて はやけれは
 ひかりととめす 月そなかるる
かな あまのかは くものみをにて はやけれは
 ひかりととめす つきそなかるる
   
  0883
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あかすして 月のかくるる 山本は
 あなたおもてそ こひしかりける
かな あかすして つきのかくるる やまもとは
 あなたおもてそ こひしかりける
   
  0884
詞書 これたかのみこの
かりしけるともにまかりて、
やとりにかへりて
夜ひとよさけをのみ物かたりをしけるに、
十一日の月もかくれなむとしけるをりに、
みこ、ゑひてうちへいりなむとしけれは
よみ侍りける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※)
原文 あかなくに またきも月の かくるるか
 山のはにけて いれすもあらなむ
かな あかなくに またきもつきの かくるるか
 やまのはにけて いれすもあらなむ
コメ 出典:伊勢82段(渚の院)。
「十一日の月もかくれなむとすれば、
かの馬頭のよめる。
『あかなくに まだきも月の かくるゝか
 山の端にげて 入れずもあらなむ』」
   
  0885
詞書 田むらのみかとの御時に、
斎院に侍りけるあきらけいこのみこを、
ははあやまちありといひて
斎院をかへられむとしけるを、
そのことやみにけれはよめる
作者 あま敬信(詳細不明。『古今和歌集目録』では尼敬信)
原文 おほそらを てりゆく月し きよけれは
 雲かくせとも ひかりけなくに
かな おほそらを てりゆくつきし きよけれは
 くもかくせとも ひかりけなくに
   
  0886
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いそのかみ ふるからをのの もとかしは
 本の心は わすられなくに
かな いそのかみ ふるからをのの もとかしは
 もとのこころは わすられなくに
   
  0887
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いにしへの 野中のし水 ぬるけれと
 本の心を しる人そくむ
かな いにしへの のなかのしみつ ぬるけれと
 もとのこころを しるひとそくむ
   
  0888
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす(※)
原文 いにしへの しつのをたまき いやしきも
 よきもさかりは 有りしものなり
かな いにしへの しつのをたまき いやしきも
 よきもさかりは ありしものなり
コメ 出典:伊勢32段(しづのをだまき)。
「むかし、ものいひける女に、
年ごろありて、
『古の しづのをだまき くりかへし
 昔を今に なすよしもがな』
といへりけれど、
なにとも思はずやありけむ。」
   
  0889
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 今こそあれ 我も昔は をとこ山
 さかゆく時も 有りこしものを
かな いまこそあれ われもむかしは をとこやま
 さかゆくときも ありこしものを
   
  0890
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中に ふりぬる物は つのくにの
 なからのはしと 我となりけり
かな よのなかに ふりぬるものは つのくにの
 なからのはしと われとなりけり
   
  0891
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ささのはに ふりつむ雪の うれをおもみ
 本くたちゆく わかさかりはも
かな ささのはに ふりつむゆきの うれをおもみ
 もとくたちゆく わかさかりはも
   
  0892
詞書 題しらす/又は、
さくらあさのをふのしたくさおいぬれは
作者 よみ人しらす
原文 おほあらきの もりのした草 おいぬれは
 駒もすさめす かる人もなし
かな おほあらきの もりのしたくさ おいぬれは
 こまもすさへす かるひともなし
   
  0893
詞書 題しらす/このみつの歌は、
昔ありけるみたりのおきなのよめるとなむ
作者 よみ人しらす
原文 かそふれは とまらぬ物を 年といひて
 ことしはいたく おいそしにける
かな かそふれは とまらぬものを としといひて
 ことしはいたく おいそしにける
   
  0894
詞書 題しらす
/又は、おほとものみつのはまへに
/このみつの歌は、
昔ありけるみたりのおきなのよめるとなむ
作者 よみ人しらす
原文 おしてるや なにはのみつに やくしほの
 からくも我は おいにけるかな
かな おしてるや なにはのみつに やくしほの
 からくもわれは おいにけるかな
   
  0895
詞書 題しらす/このみつの歌は、
昔ありけるみたりのおきなのよめるとなむ
作者 よみ人しらす
原文 おいらくの こむとしりせは かとさして
 なしとこたへて あはさらましを
かな おいらくの こむとしりせは かとさして
 なしとこたへて あはさらましを
   
  0896
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 さかさまに 年もゆかなむ とりもあへす
 すくるよはひや ともにかへると
かな さかさまに としもゆかなむ とりもあへす
 すくるよはひや ともにかへると
   
  0897
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 とりとむる 物にしあらねは 年月を
 あはれあなうと すくしつるかな
かな とりとむる ものにしあらねは としつきを
 あはれあなうと すくしつるかな
   
  0898
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ととめあへす むへもとしとは いはれけり
 しかもつれなく すくるよはひか
かな ととめあへす うへもとしとは いはれけり
 しかもつれなく すくるよはひか
   
  0899
詞書 題しらす/この歌は、
ある人のいはく、おほとものくろぬしかなり
作者 よみ人しらす(一説、おほとものくろぬし)
原文 鏡山 いさ立ちよりて 見てゆかむ
 年へぬる身は おいやしぬると
かな かかみやま いさたちよりて みてゆかむ
 としへぬるみは おいやしぬると
   
  0900
詞書 業平朝臣(※問題あり)の
ははのみこ長岡にすみ侍りける時に、
なりひら(※問題あり)宮つかへすとて
時時もえまかりとふらはす侍りけれは、
しはすはかりにははのみこのもとより、
とみの事とてふみをもてまうてきたり、
あけて見れは、ことははなくてありけるうた
作者 業平朝臣(※問題あり)のははのみこ
原文 老いぬれは さらぬ別も ありといへは
 いよいよ見まく ほしき君かな
かな おいぬれは さらぬわかれも ありといへは
 いよいよみまく ほしききみかな
コメ 出典:伊勢84段(さらぬ別れ)。
「むかし、男ありけり。
身はいやしながら、母なむ宮なりける。
その母長岡といふ所に住み給ひけり。
子は京に宮仕へしければ、
まうづとしけれど、しばしばえまうでず。
ひとつ子さへありければ、
いとかなしうし給ひけり。
さるに、しはすばかりに、
とみの事とて、御ふみあり。
おどろきて見れば、うたあり。
『老いぬれば さらぬ別れの ありといへば
 いよいよ見まく ほしく君かな』」
   
  0901
詞書 返し
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 世中に さらぬ別の なくもかな
 千世もとなけく 人のこのため
かな よのなかに さらぬわかれの なくもかな
 ちよもとなけく ひとのこのため
コメ 出典:伊勢84段(さらぬ別れ)。
「かの子、いたううちなきてよめる。
『世の中に さらぬ別れの なくもがな
 千代もといのる 人の子のため』」
   
  0902
詞書 寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 在原むねやな(在原棟梁)
原文 白雪の やへふりしける かへる山
 かへるかへるも おいにけるかな
かな しらゆきの やへふりしける かへるやま
 かへるかへるも おいにけるかな
   
  0903
詞書 おなし御時のうへのさふらひにて、
をのこともにおほみきたまひて、
おほみあそひありけるついてに
つかうまつれる
作者 としゆきの朝臣(藤原敏行)
原文 おいぬとて なとかわか身を せめきけむ
 おいすはけふに あはましものか
かな おいぬとて なとかわかみを せめきけむ
 おいすはけふに あはましものか
   
  0904
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ちはやふる 宇治の橋守 なれをしそ
 あはれとは思ふ 年のへぬれは
かな ちはやふる うちのはしもり なれをしそ
 あはれとはおもふ としのへぬれは
   
  0905
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 我見ても ひさしく成りぬ 住の江の
 岸の姫松 いくよへぬらむ
かな われみても ひさしくなりぬ すみのえの
 きしのひめまつ いくよへぬらむ
   
  0906
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 住吉の 岸のひめ松 人ならは
 いく世かへしと とはましものを
かな すみよしの きしのひめまつ ひとならは
 いくよかへしと とはましものを
   
  0907
詞書 題しらす/この歌は、ある人のいはく、
柿本人麿かなり
作者 よみ人しらす(一説、柿本人麻呂)
原文 梓弓 いそへのこ松 たか世にか
 よろつ世かねて たねをまきけむ
かな あつさゆみ いそへのこまつ たかよにか
 よろつよかねて たねをまきけむ
   
  0908
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 かくしつつ 世をやつくさむ 高砂の
 をのへにたてる 松ならなくに
かな かくしつつ よをやつくさむ たかさこの
 をのへにたてる まつならなくに
   
  0909
詞書 題しらす
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 誰をかも しる人にせむ 高砂の
 松も昔の 友ならなくに
かな たれをかも しるひとにせむ たかさこの
 まつもむかしの ともならなくに
コメ 百人一首34
たれをかも しるひとにせむ たかさごの
 まつもむかしの ともならなくに
   
  0910
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わたつ海の おきつしほあひに うかふあわの
 きえぬものから よる方もなし
かな わたつうみの おきつしほあひに うかふあわの
 きえぬものから よるかたもなし
   
  0911
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わたつ海の かさしにさせる 白妙の
 浪もてゆへる 淡路しま山
かな わたつうみの かさしにさせる しろたへの
 なみもてゆへる あはちしまやま
   
  0912
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わたの原 よせくる浪の しはしはも
 見まくのほしき 玉津島かも
かな わたのはら よせくるなみの しはしはも
 みまくのほしき たまつしまかも
   
  0913
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 なにはかた しほみちくらし あま衣
 たみのの島に たつなき渡る
かな なにはかた しほみちくらし あまころも
 たみののしまに たつなきわたる
   
  0914
詞書 貫之かいつみのくにに侍りける時に、
やまとよりこえまうてきて
よみてつかはしける
作者 藤原たたふさ(藤原忠房)
原文 君を思ひ おきつのはまに なくたつの
 尋ねくれはそ ありとたにきく
かな きみをおもひ おきつのはまに なくたつの
 たつねくれはそ ありとたにきく
   
  0915
詞書 返し
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 おきつ浪 たかしのはまの 浜松の
 名にこそ君を まちわたりつれ
かな おきつなみ たかしのはまの はままつの
 なにこそきみを まちわたりつれ
   
  0916
詞書 なにはにまかれりける時よめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 なにはかた おふるたまもを かりそめの
 あまとそ我は なりぬへらなる
かな なにはかた おふるたまもを かりそめの
 あまとそわれは なりぬへらなる
   
  0917
詞書 あひしれりける人の住吉にまうてけるに
よみてつかはしける
作者 みふのたたみね(壬生忠岑)
原文 すみよしと あまはつくとも なかゐすな
 人忘草 おふといふなり
かな すみよしと あまはつくとも なかゐすな
 ひとわすれくさ おふといふなり
   
  0918
詞書 なにはへまかりける時、
たみののしまにて雨にあひてよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 あめにより たみのの島を けふゆけと
 名にはかくれぬ 物にそ有りける
かな あめにより たみののしまを けふゆけと
 なにはかくれぬ ものにそありける
   
  0919
詞書 法皇にし河におはしましたりける日、
つるすにたてりといふことを題にて
よませたまひける
作者 法皇
原文 あしたつの たてる河辺を 吹く風に
 よせてかへらぬ 浪かとそ見る
かな あしたつの たてるかはへを ふくかせに
 よせてかへらぬ なみかとそみる
   
  0920
詞書 中務のみこの家の池に
舟をつくりておろしはしめてあそひける日、
法皇御覧しにおはしましたりけり、
ゆふさりつかた、
かへりおはしまさむとしけるをりに、
よみてたてまつりける
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 水のうへに うかへる舟の 君ならは
 ここそとまりと いはましものを
かな みつのうへに うかへるふねの きみならは
 ここそとまりと いはましものを
   
  0921
詞書 からことといふ所にてよめる
作者 真せいほうし(真静法師、『古今和歌集目録』。詳細不明)
原文 宮こまて ひひきかよへる からことは
 浪のをすけて 風そひきける
かな みやこまて ひひきかよへる からことは
 なみのをすけて かせそひきける
   
  0922
詞書 ぬのひきのたきにてよめる
作者 在原行平朝臣
原文 こきちらす たきの白玉 ひろひおきて
 世のうき時の 涙にそかる
かな こきちらす たきのしらたま ひろひおきて
 よのうきときの なみたにそかる
コメ 元には、たきのしら「いと」とあったが誤記だろう。
   
  0923
詞書 布引の滝の本にて
人人あつまりて歌よみける時によめる
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 ぬきみたる 人こそあるらし 白玉の
 まなくもちるか 袖のせはきに
かな ぬきみたる ひとこそあるらし しらたまの
 まなくもちるか そてのせはきに
コメ 出典:伊勢87段(布引の滝)。
「むかし、男、…(略)…
この男、なま宮仕へしければ、
それを便りにて、衛府佐ども集まり来にけり。
この男のこのかみも衛府督なりけり。
…(略)…
「いざ、この山のかみにありといふ布引の滝
見にのぼらむ」といひてのぼり見るに、
…(略)…
そこなる人にみな滝の歌よます。
かの衛府督まづよむ。
『わが世をば けふかあすかと 待つかひの
 涙のたきと いづれたかけむ』
あるじ、つぎによむ。
「『ぬき乱る 人こそあるらし 白玉の
 まなくもちるか 袖のせばきに』
とよめりければ、かたへの人、笑ふ。
ことにやありけむ、
この歌にめでて止みにけり。」
   
  0924
詞書 よしののたきを見てよめる
作者 承均法師
原文 たかために ひきてさらせる ぬのなれや
 世をへて見れと とる人もなき
かな たかために ひきてさらせる ぬのなれや
 よをへてみれと とるひとのなき
   
  0925
詞書 題しらす
作者 神たい法し(神退法師、『古今和歌集目録』。詳細不明)
原文 きよたきの せせのしらいと くりためて
 山わけ衣 おりてきましを
かな きよたきの せせのしらいと くりためて
 やまわけころも おりてきましを
   
  0926
詞書 竜門にまうててたきのもとにてよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 たちぬはぬ きぬきし人も なきものを
 なに山姫の ぬのさらすらむ
かな たちぬはぬ きぬきしひとも なきものを
 なにやまひめの ぬのさらすらむ
   
  0927
詞書 朱雀院のみかとぬのひきのたき御覧せむとて
ふん月のなぬかの日おはしましてありける時に、
さふらふ人人に歌よませたまひけるによめる
作者 たちはなのなかもり(橘長盛)
原文 ぬしなくて さらせるぬのを たなはたに
 わか心とや けふはかさまし
かな ぬしなくて さらせるぬのを たなはたに
 わかこころとや けふはかさまし
   
  0928
詞書 ひえの山なるおとはのたきを見てよめる
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 おちたきつ たきのみなかみ としつもり
 おいにけらしな くろきすちなし
かな おちたきつ たきのみなかみ としつもり
 おいにけらしな くろきすちなし
   
  0929
詞書 おなしたきをよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 風ふけと 所もさらぬ 白雲は
 よをへておつる 水にそ有りける
かな かせふけと ところもさらぬ しらくもは
 よをへておつる みつにそありける
   
  0930
詞書 田むらの御時に女房のさふらひにて
御屏風のゑ御覧しけるに、
たきおちたりける所おもしろし、
これを題にてうたよめと
さふらふ人におほせられけれはよめる
作者 三条の町(三条町、紀静子)
原文 おもひせく 心の内の たきなれや
 おつとは見れと おとのきこえぬ
かな おもひせく こころのうちの たきなれや
 おつとはみれと おとのきこえぬ
   
  0931
詞書 屏風のゑなる花をよめる
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 さきそめし 時よりのちは うちはへて
 世は春なれや 色のつねなる
かな さきそめし ときよりのちは うちはへて
 よははるなれや いろのつねなる
   
  0932
詞書 屏風のゑによみあはせてかきける
作者 坂上これのり(坂上是則)
原文 かりてほす 山田のいねの こきたれて
 なきこそわたれ 秋のうけれは
かな かりてほす やまたのいねの こきたれて
 なきこそわたれ あきのうけれは
   

巻十八:雑下

   
   0933
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 世中は なにかつねなる あすかかは
 きのふのふちそ けふはせになる
かな よのなかは なにかつねなる あすかかは
 きのふのふちそ けふはせになる
   
  0934
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 いく世しも あらしわか身を なそもかく
 あまのかるもに 思ひみたるる
かな いくよしも あらしわかみを なそもかく
 あまのかるもに おもひみたるる
   
  0935
詞書 題しらす
作者 読人しらす(よみ人しらす)
原文 雁のくる 峰の朝霧 はれすのみ
 思ひつきせぬ 世中のうさ
かな かりのくる みねのあさきり はれすのみ
 おもひつきせぬ よのなかのうさ
   
  0936
詞書 題しらす
作者 小野たかむらの朝臣(小野篁)
原文 しかりとて そむかれなくに 事しあれは
 まつなけかれぬ あなう世中
かな しかりとて そむかれなくに ことしあれは
 まつなけかれぬ あなうよのなか
   
  0937
詞書 かひのかみに侍りける時、
京へまかりのほりける人につかはしける
作者 をののさたき(小野貞樹)
原文 宮こ人 いかかととはは 山たかみ
 はれぬくもゐに わふとこたへよ
かな みやこひと いかかととはは やまたかみ
 はれぬくもゐに わふとこたへよ
   
  0938
詞書 文屋のやすひて、みかはのそうになりて、
あかた見にはえいてたたしや
といひやれりける返事によめる
作者 小野小町
原文 わひぬれは 身をうき草の ねをたえて
 さそふ水あらは いなむとそ思ふ
かな わひぬれは みをうきくさの ねをたえて
 さそふみつあらは いなむとそおもふ
   
  0939
詞書 題しらす
作者 小野小町
原文 あはれてふ 事こそうたて 世中を
 思ひはなれぬ ほたしなりけれ
かな あはれてふ ことこそうたて よのなかを
 おもひはなれぬ ほたしなりけれ
   
  0940
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あはれてふ 事のはことに おくつゆは
 昔をこふる 涙なりけり
かな あはれてふ ことのはことに おくつゆは
 むかしをこふる なみたなりけり
   
  0941
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中の うきもつらきも つけなくに
 まつしる物は なみたなりけり
かな よのなかの うきもつらきも つけなくに
 まつしるものは なみたなりけり
   
  0942
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中は 夢かうつつか うつつとも
 夢ともしらす 有りてなけれは
かな よのなかは ゆめかうつつか うつつとも
 ゆめともしらす ありてなけれは
   
  0943
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 よのなかに いつらわか身の ありてなし
 あはれとやいはむ あなうとやいはむ
かな よのなかに いつらわかみの ありてなし
 あはれとやいはむ あなうとやいはむ
   
  0944
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 山里は 物の惨慄き 事こそあれ
 世のうきよりは すみよかりけり
かな やまさとは もののさひしき ことこそあれ
 よのうきよりは すみよかりけり
   
  0945
詞書 題しらす
作者 これたかのみこ(惟喬親王)
原文 白雲の たえすたなひく 岑にたに
 すめはすみぬる 世にこそ有りけれ
かな しらくもの たえすたなひく みねにたに
 すめはすみぬる よにこそありけれ
   
  0946
詞書 題しらす
作者 ふるのいまみち(布留今道)
原文 しりにけむ ききてもいとへ 世中は
 浪のさわきに 風そしくめる
かな しりにけむ ききてもいとへ よのなかは
 なみのさわきに かせそしくめる
   
  0947
詞書 題しらす
作者 そせい(素性法師)
原文 いつこにか 世をはいとはむ 心こそ
 のにも山にも まとふへらなれ
かな いつこにか よをはいとはむ こころこそ
 のにもやまにも まとふへらなれ
   
  0948
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中は 昔よりやは うかりけむ
 わか身ひとつの ためになれるか
かな よのなかは むかしよりやは うかりけむ
 わかみひとつの ためになれるか
   
  0949
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中を いとふ山への 草木とや
 あなうの花の 色にいてにけむ
かな よのなかを いとふやまへの くさきとや
 あなうのはなの いろにいてにけむ
   
  0950
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 みよしのの 山のあなたに やともかな
 世のうき時の かくれかにせむ
かな みよしのの やまのあなたに やともかな
 よのうきときの かくれかにせむ
   
  0951
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世にふれは うさこそまされ みよしのの
 いはのかけみち ふみならしてむ
かな よにふれは うさこそまされ みよしのの
 いはのかけみち ふみならしてむ
   
  0952
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いかならむ 巌の中に すまはかは
 世のうき事の きこえこさらむ
かな いかならむ いはほのうちに すまはかは
 よのうきことの きこえこさらむ
   
  0953
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 葦引の 山のまにまに かくれなむ
 うき世中は あるかひもなし
かな あしひきの やまのまにまに かくれなむ
 うきよのなかは あるかひもなし
   
  0954
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中の うけくにあきぬ 奥山の
 このはにふれる 雪やけなまし
かな よのなかの うけくにあきぬ おくやまの
 このはにふれる ゆきやけなまし
   
  0955
詞書 おなしもしなきうた
作者 もののへのよしな(物部吉名、詳細不明)
原文 よのうきめ 見えぬ山ちへ いらむには
 おもふ人こそ ほたしなりけれ
かな よのうきめ みえぬやまちへ いらむには
 おもふひとこそ ほたしなりけれ
   
  0956
詞書 山のほうしのもとへつかはしける
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 世をすてて 山にいる人 山にても
 猶うき時は いつちゆくらむ
かな よをすてて やまにいるひと やまにても
 なほうきときは いつちゆくらむ
   
  0957
詞書 物思ひける時いときなきこを見てよめる
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 今更に なにおひいつらむ 竹のこの
 うきふししけき 世とはしらすや
かな いまさらに なにおひいつらむ たけのこの
 うきふししけき よとはしらすや
   
  0958
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世にふれは 事のはしけき くれ竹の
 うきふしことに 鶯そなく
かな よにふれは ことのはしけき くれたけの
 うきふしことに うくひすそなく
   
  0959
詞書 題しらす/ある人のいはく、
高津のみこの歌なり
作者 よみ人しらす(一説、高津のみこ)
原文 木にもあらす 草にもあらぬ 竹のよの
 はしにわか身は なりぬへらなり
かな きにもあらす くさにもあらぬ たけのよの
 はしにわかみは なりぬへらなり
   
  0960
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わか身から うき世中と なつけつつ
 人のためさへ かなしかるらむ
かな わかみから うきよのなかと なけきつつ
 ひとのためさへ かなしかるらむ
   
  0961
詞書 おきのくにになかされて侍りける時によめる
作者 たかむらの朝臣(小野篁)
原文 思ひきや ひなのわかれに おとろへて
 あまのなはたき いさりせむとは
かな おもひきや ひなのわかれに おとろへて
 あまのなはたき いさりせむとは
   
  0962
詞書 田むらの御時に、事にあたりて
つのくにのすまといふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける
作者 在原行平朝臣
原文 わくらはに とふ人あらは すまの浦に
 もしほたれつつ わふとこたへよ
かな わくらはに とふひとあらは すまのうらに
 もしほたれつつ わふとこたへよ
   
  0963
詞書 左近将監とけて侍りける時に、
女のとふらひにおこせたりける返事によみてつかはしける
作者 をののはるかせ(小野春風)
原文 あまひこの おとつれしとそ 今は思ふ
 我か人かと 身をたとるよに
かな あまひこの おとつれしとそ いまはおもふ
 われかひとかと みをたとるよに
   
  0964
詞書 つかさとけて侍りける時よめる
作者 平さたふん(平貞文)
原文 うき世には かとさせりとも 見えなくに
 なとかわか身の いてかてにする
かな うきよには かとさせりとも みえなくに
 なとかわかみの いてかてにする
   
  0965
詞書 つかさとけて侍りける時よめる
作者 平さたふん(平貞文)
原文 有りはてぬ いのちまつまの ほとはかり
 うきことしけく おもはすもかな
かな ありはてぬ いのちまつまの ほとはかり
 うきことしけく おもはすもかな
   
  0966
詞書 みこの宮のたちはきに侍りけるを、
宮つかへつかうまつらすとて
とけて侍りける時によめる
作者 みやちのきよき(宮道潔興、みやじのきよき)
原文 つくはねの この本ことに 立ちそよる
 春のみ山の かけをこひつつ
かな つくはねの このもとことに たちそよる
 はるのみやまの かけをこひつつ
   
  0967
詞書 時なりける人の
にはかに時なくなりてなけくを見て、
みつからのなけきもなくよろこひもなきことを思ひてよめる
作者 清原深養父
原文 ひかりなき 谷には春も よそなれは
 さきてとくちる 物思ひもなし
かな ひかりなき たににははるも よそなれは
 さきてとくちる ものおもひもなし
   
  0968
詞書 かつらに侍りける時に、
七条の中宮のとはせ給へりける御返事に
たてまつれりける
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 久方の 中におひたる さとなれは
 ひかりをのみそ たのむへらなる
かな ひさかたの うちにおひたる さとなれは
 ひかりをのみそ たのむへらなる
   
  0969
詞書 紀のとしさたか
阿波のすけにまかりける時に、
むまのはなむけせむとて
けふといひおくれりける時に、
ここかしこにまかりありきて
夜ふくるまて見えさりけれはつかはしける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 今そしる くるしき物と 人またむ
 さとをはかれす とふへかりけり
かな いまそしる くるしきものと ひとまたむ
 さとをはかれす とふへかりけり
コメ 出典:伊勢48段(人待たむ里)。
「むかし、男ありけり。馬のはなむけせむとて、人を待ちけるに、来ざりければ、
『今ぞ知る 苦しきものと人待たむ 里をば離れず
 訪ふべかりけり』」
   
  0970
詞書 惟喬のみこのもとにまかりかよひけるを、
かしらおろしてをのといふ所に侍りけるに、
正月にとふらはむとてまかりたりけるに、
ひえの山のふもとなりけれは
雪いとふかかりけり、
しひてかのむろにまかりいたりて
をかみけるに、つれつれとして
いと物かなしくて、
かへりまうてきてよみておくりける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 わすれては 夢かとそ思ふ おもひきや
 雪ふみわけて 君を見むとは
かな わすれては ゆめかとそおもふ おもひきや
 ゆきふみわけて きみをみむとは
コメ 出典:伊勢83段(小野(の雪))。
「正月にをがみたてまつらむとて、
小野にまうでたるに
比叡の山のふもとなれば、雪いとたかし。
しひて御室にまうでてをがみたてまつるに、
つれづれといとものがなしくて
おはしましければ、やゝ久しくさぶらひて、
いにしへのことなど思ひ出で聞えけり。
さてもさぶらひてしがなと思へど、
公事どもありければ、えさぶらはで、
夕暮にかへるとて、
『忘れては 夢かぞとおもふ 思ひきや
 雪ふみわけて 君を見むとは』
とてなむ泣く泣く来にける。」
   
  0971
詞書 深草のさとにすみ侍りて、
京へまうてくとてそこなりける人に
よみておくりける
作者 なりひらの朝臣(在原業平)(※問題あり)
原文 年をへて すみこしさとを いてていなは
 いとと深草 のとやなりなむ
かな としをへて すみこしさとを いてていなは
 いととふかくさ のとやなりなむ
コメ 出典:伊勢123段(深草)。
「むかし、男ありけり。深草に住みける女を、やうやうあきがたにや思ひけむ、
かゝる歌をよみけり。
『年を経て すみこし里を 出でていなば
 いとゞ深草 野とやなりなむ』」
   
  0972
詞書 返し
作者 よみ人しらす(※)
原文 野とならは うつらとなきて 年はへむ
 かりにたにやは 君かこさらむ
かな のとならは うつらとなきて としはへむ
 かりにたにやは きみかこさらむ
コメ 出典:伊勢123段(深草)。
「女、かへし、
『野とならば 鶉となりて 鳴きをらむ
 狩だにやは 君はこざらむ』
とよめるけるにめでゝ、
ゆかむと思ふ心なくなりにけり。」
   
  0973
詞書 題しらす
/この歌は、ある人、
むかしをとこありけるをうなの、
をとことはすなりにけれは、
なにはなるみつのてらにまかりて
あまになりて、
よみてをとこにつかはせりける
となむいへる
作者 よみ人しらす
原文 我を君 なにはの浦に 有りしかは
 うきめをみつの あまとなりにき
かな われをきみ なにはのうらに ありしかは
 うきめをみつの あまとなりにき
   
  0974
詞書 返し
作者 よみ人しらす
原文 なにはかた うらむへきまも おもほえす
 いつこをみつの あまとかはなる
かな なにはかた うらむへきまも おもほえす
 いつこをみつの あまとかはなる
   
  0975
詞書 返し
作者 よみ人しらす
原文 今更に とふへき人も おもほえす
 やへむくらして かとさせりてへ
かな いまさらに とふへきひとも おもほえす
 やへむくらして かとさせりてへ
   
  0976
詞書 ともたちのひさしうまうてこさりけるもとに
よみてつかはしける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 水のおもに おふるさ月の うき草の
 うき事あれや ねをたえてこぬ
かな みつのおもに おふるさつきの うきくさの
 うきことあれや ねをたえてこぬ
   
  0977
詞書 人をとはてひさしうありけるをりに、
あひうらみけれはよめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 身をすてて ゆきやしにけむ 思ふより
 外なる物は 心なりけり
かな みをすてて ゆきやしにけむ おもふより
 ほかなるものは こころなりけり
   
  0978
詞書 むねをかのおほよりかこしより
まうてきたりける時に、
雪のふりけるを見て
おのかおもひはこのゆきのことく
なむつもれるといひけるをりによめる
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 君か思ひ 雪とつもらは たのまれす
 春よりのちは あらしとおもへは
かな きみかおもひ ゆきとつもらは たのまれす
 はるよりのちは あらしとおもへは
   
  0979
詞書 返し
作者 宗岳大頼
原文 君をのみ 思ひこしちの しら山は
 いつかは雪の きゆる時ある
かな きみをのみ おもひこしちの しらやまは
 いつかはゆきの きゆるときある
   
  0980
詞書 こしなりける人につかはしける
作者 きのつらゆき(紀貫之)
原文 思ひやる こしの白山 しらねとも
 ひと夜も夢に こえぬよそなき
かな おもひやる こしのしらやま しらねとも
 ひとよもゆめに こえぬよそなき
   
  0981
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いさここに わか世はへなむ 菅原や
 伏見の里の あれまくもをし
かな いさここに わかよはへなむ すかはらや
 ふしみのさとの あれまくもをし
   
  0982
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わかいほは みわの山もと こひしくは
 とふらひきませ すきたてるかと
かな わかいほは みわのやまもと こひしくは
 とふらひきませ すきたてるかと
   
  0983
詞書 題しらす
作者 きせんほうし
原文 わかいほは 宮このたつみ しかそすむ
 世をうち山と 人はいふなり
かな わかいほは みやこのたつみ しかそすむ
 よをうちやまと ひとはいふなり
コメ 百人一首8
わがいほは みやこのたつみ しかぞすむ
 よをうぢやまと ひとはいふなり
/わが庵は 都のたつみ しかぞ住む
 世をうぢ山と 人はいふなり
   
  0984
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あれにけり あはれいくよの やとなれや
 すみけむ人の おとつれもせぬ
かな あれにけり あはれいくよの やとなれや
 すみけむひとの おとつれもせぬ
   
  0985
詞書 ならへまかりける時に、あれたる家に
女の琴ひきけるをききてよみていれたりける
作者 よしみねのむねさた(良岑宗貞、遍昭)
原文 わひひとの すむへきやとと 見るなへに
 歎きくははる ことのねそする
かな わひひとの すむへきやとと みるなへに
 なけきくははる ことのねそする
   
  0986
詞書 はつせにまうつる道に
ならの京にやとれりける時よめる
作者 二条(源至の娘とされるが詳細不明)
原文 人ふるす さとをいとひて こしかとも
 ならの宮こも うきななりけり
かな ひとふるす さとをいとひて こしかとも
 ならのみやこも うきななりけり
   
  0987
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中は いつれかさして わかならむ
 行きとまるをそ やととさたむる
かな よのなかは いつれかさして わかならむ
 ゆきとまるをそ やととさたむる
   
  0988
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 相坂の 嵐のかせは さむけれと
 ゆくへしらねは わひつつそぬる
かな あふさかの あらしのかせは さむけれと
 ゆくへしらねは わひつつそぬる
   
  0989
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 風のうへに ありかさためぬ ちりの身は
 ゆくへもしらす なりぬへらなり
かな かせのうへに ありかさためぬ ちりのみは
 ゆくへもしらす なりぬへらなり
   
  0990
詞書 家をうりてよめる
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 あすかかは ふちにもあらぬ わかやとも
 せにかはりゆく 物にそ有りける
かな あすかかは ふちにもあらぬ わかやとも
 せにかはりゆく ものにそありける
   
  0991
詞書 つくしに侍りける時に
まかりかよひつつこうちける人のもとに、
京にかへりまうてきてつかはしける
作者 きのとものり(紀友則)
原文 ふるさとは 見しこともあらす をののえの
 くちし所そ こひしかりける
かな ふるさとは みしこともあらす をののえの
 くちしところそ こひしかりける
   
  0992
詞書 女ともたちと物かたりして、
わかれてのちにつかはしける
作者 みちのく
原文 あかさりし 袖のなかにや いりにけむ
 わかたましひの なき心ちする
かな あかさりし そてのなかにや いりにけむ
 わかたましひの なきここちする
   
  0993
詞書 寛平御時に
もろこしのはう官にめされて侍りける時に、
東宮のさふらひにて
をのこともさけたうへける
ついてによみ侍りける
作者 ふちはらのたたふさ(藤原忠房)
原文 なよ竹の よなかきうへに はつしもの
 おきゐて物を 思ふころかな
かな なよたけの よなかきうへに はつしもの
 おきゐてものを おもふころかな
   
  0994
詞書 題しらす
/ある人、この歌は、むかしやまとのくになりける人のむすめにある人すみわたりけり、
この女おやもなくなりて家もわるくなりゆくあひたに、
このをとこ、かふちのくにに人をあひしりてかよひつつ、かれやうにのみなりゆきけり、
さりけれともつらけなるけしきも見えて、
かふちへいくことに、をとこの心のことくにしつついたしやりけれは、
あやしと思ひて、もしなきまにこと心もやあるとうたかひて、
月のおもしろかりける夜、かふちへいくまねにてせんさいのなかにかくれて見けれは、
夜ふくるまてことをかきならしつつ、うちなけきてこの歌をよみてねにけれは、
これをききて、それより又ほかへもまからすなりにけりとなむいひつたへたる
作者 よみ人しらす(※)
原文 風ふけは おきつ白浪 たつた山
 よはにや君か ひとりこゆらむ
かな かせふけは おきつしらなみ たつたやま
 よはにやきみか ひとりこゆらむ
コメ
出典:伊勢23段(筒井筒)。
「この女いとようけさじて、うちながめて、
『風吹けば 沖つ白浪 龍田山
 夜半にや君が ひとり越ゆらむ』」
 
この歌は詞書が古今最長。しかも明らかに突出している。
そしてこの配分は、やはり突出して100回きっかり登場し配置を操作した貫之により意図されている。
したがって、極めて特別な歌。源氏物語でいう龍田姫とは、この歌の女子のこと。織姫(衣通姫=小町)とセットにされているので確実。
というのも、この伊勢23段の龍田姫・筒井筒=梓弓の女が果てて、直後に小町の歌が同25段で出現するからである。
 
ここの詞書とは、大和、女親がなくなり、河内に男が行くこと、前栽の中に隠れること、などの特有事情で符合。
月のおもしろかりける夜など、伊勢にはない付加があるが、古今が伊勢の要約と解する他ない。
文章を参照せず符合しうる内容ではなく、古今の詞書でこの歌の次に多いのが東下りの歌(いずれも伊勢の象徴的な話とされる)、その内容は伊勢の主人公・昔男の馴れ初め話。
こうした一連の事情から伊勢が出典以外ない。そして、伊勢の実力を超えて扱われる和歌の本は、事実上存在しない。
その一例が、「伊勢の海の 深き心を たどらずて」とする源氏物語の描写。これは直前に「伊勢物語」と明示して詠まれた歌。
   
  0995
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 たかみそき ゆふつけ鳥か 唐衣
 たつたの山に をりはへてなく
かな たかみそき ゆふつけとりか からころも
 たつたのやまに をりはへてなく
   
  0996
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 わすられむ 時しのへとそ 浜千鳥
 ゆくへもしらぬ あとをととむる
かな わすられむ ときしのへとそ はまちとり
 ゆくへもしらぬ あとをととむる
   
  0997
詞書 貞観御時、
万葉集はいつはかりつくれるそと
とはせ給ひけれはよみてたてまつりける
作者 文屋ありすゑ(文屋有季?詳細不明。『古今和歌集目録』では有材)
原文 神な月 時雨ふりおける ならのはの
 なにおふ宮の ふることそこれ
かな かみなつき しくれふりおける ならのはの
 なにおふみやの ふることそこれ
   
  0998
詞書 寛平御時
歌たてまつりけるついてにたてまつりける
作者 大江千里
原文 あしたつの ひとりおくれて なくこゑは
 雲のうへまて きこえつかなむ
かな あしたつの ひとりおくれて なくこゑは
 くものうへまて きこえつかなむ
   
  0999
詞書 寛平御時
歌たてまつりけるついてにたてまつりける
作者 ふちはらのかちおむ(藤原勝臣)
原文 ひとしれす 思ふ心は 春霞
 たちいててきみか めにも見えなむ
かな ひとしれす おもふこころは はるかすみ
 たちいててきみか めにもみえなむ
   
  1000
詞書 歌めしける時にたてまつるとてよみて、
おくにかきつけてたてまつりける
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 山河の おとにのみきく ももしきを
 身をはやなから 見るよしもかな
かな やまかはの おとにのみきく ももしきを
 みをはやなから みるよしもかな
   

巻十九:雑体

   
   1001
詞書 短歌:題しらす
作者 よみ人しらす
あはむとおもへは
あふことの まれなるいろに おもひそめ わかみはつねに あまくもの はるるときなく ふしのねの もえつつとはに おもへとも あふことかたし なにしかも ひとをうらみむ わたつみの おきをふかめて おもひてし おもひをいまは いたつらに なりぬへらなり ゆくみつの たゆるときなく かくなわに おもひみたれて ふるゆきの けなはけぬへく おもへとも えふのみなれは なほやます おもひはふかし あしひきの やましたみつの こかくれて たきつこころを たれにかも あひかたらはむ いろにいては ひとしりぬへみ すみそめの ゆふへになれは ひとりゐて あはれあはれと なけきあまり せむすへなみに にはにいてて たちやすらへは しろたへの ころものそてに おくつゆの けなはけぬへく おもへとも なほなけかれぬ はるかすみ よそにもひとに あはむとおもへは
   
  1002
詞書 短歌:ふるうたたてまつりし時の
もくろくのそのなかうた
作者 つらゆき(紀貫之)
もりやしぬらむ
ちはやふる かみのみよより くれたけの よよにもたえす あまひこの おとはのやまの はるかすみ おもひみたれて さみたれの そらもととろに さよふけて やまほとときす なくことに たれもねさめて からにしき たつたのやまの もみちはを みてのみしのふ かみなつき しくれしくれて ふゆのよの にはもはたれに ふるゆきの なほきえかへり としことに ときにつけつつ あはれてふ ことをいひつつ きみをのみ ちよにといはふ よのひとの おもひするかの ふしのねの もゆるおもひも あかすして わかるるなみた ふちころも おれるこころも やちくさの ことのはことに すめらきの おほせかしこみ まきまきの うちにつくすと いせのうみの うらのしほかひ ひろひあつめ とれりとすれと たまのをの みしかきこころ おもひあへす なほあらたまの としをへて おほみやにのみ ひさかたの ひるよるわかす つかふとて かへりみもせぬ わかやとの しのふくさおふる いたまあらみ ふるはるさめの もりやしぬらむ
   
  1003
詞書 短歌:ふるうたにくはへて
たてまつれるなかうた
作者 壬生忠岑
わかえつつ見む
くれたけの よよのふること なかりせは いかほのぬまの いかにして おもふこころを のはへまし あはれむかしへ ありきてふ ひとまろこそは うれしけれ みはしもなから ことのはを あまつそらまて きこえあけ すゑのよよまて あととなし いまもおほせの くたれるは ちりにつけとや ちりのみに つもれることを とはるらむ これをおもへは けたものの くもにほえけむ ここちして ちちのなさけも おもほえす ひとつこころそ ほこらしき かくはあれとも てるひかり ちかきまもりの みなりしを たれかはあきの くるかたに あさむきいてて みかきもり とのへもるみの みかきより をさをさしくも おもほえす ここのかさねの なかにては あらしのかせも きかさりき いまはのやまし ちかけれは はるはかすみに たなひかれ なつはうつせみ なきくらし あきはしくれに そてをかし ふゆはしもにそ せめらるる かかるわひしき みなからに つもれるとしを しるせれは いつつのむつに なりにけり これにそはれる わたくしの おいのかすさへ やよけれは みはいやしくて としたかき ことのくるしさ かくしつつ なからのはしの なからへて なにはのうらに たつなみの なみのしわにや おほほれむ さすかにいのち をしけれは こしのくになる しらやまの かしらはしろく なりぬとも おとはのたきの おとにきく おいすしなすの くすりかも きみかやちよを わかえつつみむ
   
  1004
詞書 短歌:ふるうたにくはへて
たてまつれるなかうた(反歌)
作者 壬生忠岑
原文 君か世に あふさか山の いはし水
 こかくれたりと 思ひけるかな
かな きみかよに あふさかやまの いはしみつ
 こかくれたりと おもひけるかな
   
  1005
詞書 冬のなかうた
作者 凡河内躬恒
すくしつるかな
ちはやふる かみなつきとや けさよりは くもりもあへす はつしくれ もみちとともに ふるさとの よしののやまの やまあらしも さむくひことに なりゆけは たまのをとけて こきちらし あられみたれて しもこほり いやかたまれる にはのおもに むらむらみゆる ふゆくさの うへにふりしく しらゆきの つもりつもりて あらたまの としをあまたも すくしつるかな
   
  1006
詞書 七条のきさきうせたまひにける
のちによみける
作者 伊勢(伊勢の御)
よそにこそ見め
おきつなみ あれのみまさる みやのうちは としへてすみし いせのあまも ふねなかしたる ここちして よらむかたなく かなしきに なみたのいろの くれなゐは われらかなかの しくれにて あきのもみちと ひとひとは おのかちりちり わかれなは たのむかけなく なりはてて とまるものとは はなすすき きみなきにはに むれたちて そらをまかねは はつかりの なきわたりつつ よそにこそみめ
   
  1007
詞書 旋頭歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 うちわたす をち方人に 物まうすわれ
 そのそこに しろくさけるは なにの花そも
かな うわたす をちかたひとに ものまうすわれ
 そのそこに しろくさけるは なにのはなそも
   
  1008
詞書 旋頭歌:返し
作者 よみ人しらす
原文 君されは のへにまつさく 見れとあかぬ花
 まひなしに たたなのるへき 花のななれや
かな はるされは のへにまつさく みれとあかぬはな
 まひなしに たたなのるへき はなのななれや
   
  1009
詞書 旋頭歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 はつせ河 ふるかはのへに ふたもとあるすき
 年をへて 又もあひ見む ふたもとあるすき
かな はつせかは ふるかはのへに ふたもとあるすき
 としをへて またもあひみむ ふたもとあるすき
   
  1010
詞書 旋頭歌:題しらす
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 きみかさす みかさの山の もみちはのいろ
 神な月 しくれのあめの そめるなりけり
かな きみかさす みかさのやまの もみちはのいろ
 かみなつき しくれのあめの そめるなりけり
   
  1011
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 梅花 見にこそきつれ 鶯の
 人く人くと いとひしもをる
かな うめのはな みにこそきつれ うくひすの
 ひとくひとくと いとひしもをる
   
  1012
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 素性法師
原文 山吹の 花色衣 ぬしやたれ
 とへとこたへす くちなしにして
かな やまふきの はないろころも ぬしやたれ
 とへとこたへす くちなしにして
   
  1013
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 藤原敏行朝臣
原文 いくはくの 田をつくれはか 郭公
 してのたをさを あさなあさなよふ
かな いくはくの たをつくれはか ほとときす
 してのたをさを あさなあさなよふ
   
  1014
詞書 誹諧歌:七月六日たなはたの心をよみける
作者 藤原かねすけの朝臣(藤原兼輔)
原文 いつしかと またく心を はきにあけて
 あまのかはらを けふやわたらむ
かな いつしかと またくこころを はきにあけて
 あまのかはらを けふやわたらむ
   
  1015
詞書 題しらす
作者 凡河内みつね(凡河内躬恒)
原文 むつことも またつきなくに あけぬめり
 いつらは秋の なかしてふよは
かな むつことも またつきなくに あけぬめり
 いつらはあきの なかしてふよは
   
  1016
詞書 題しらす
作者 僧正へんせう(遍昭、良岑宗貞)
原文 秋ののに なまめきたてる をみなへし
 あなかしかまし 花もひと時
かな あきののに なまめきたてる をみなへし
 あなかしかまし はなもひととき
   
  1017
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 あきくれは のへにたはるる 女郎花
 いつれの人か つまて見るへき
かな あきくれは のへにたはるる をみなへし
 いつれのひとか つまてみるへき
   
  1018
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 秋きりの はれてくもれは をみなへし
 花のすかたそ 見えかくれする
かな あききりの はれてくもれは をみなへし
 はなのすかたそ みえかくれする
   
  1019
詞書 題しらす
作者 よみ人しらす
原文 花と見て をらむとすれは をみなへし
 うたたあるさまの 名にこそ有りけれ
かな はなとみて をらむとすれは をみなへし
 うたたあるさまの なにこそありけれ
   
  1020
詞書 誹諧歌:寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 在原むねやな(在原棟梁)
原文 秋風に ほころひぬらし ふちはかま
 つつりさせてふ 蟋蟀なく
かな あきかせに ほころひぬらし ふちはかま
 つつりさせてふ きりきりすなく
   
  1021
詞書 誹諧歌:あすはるたたむとしける日、
となりの家のかたより風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける
作者 清原ふかやふ(清原深養父)
原文 冬なから 春の隣の ちかけれは
 なかかきよりそ 花はちりける
かな ふゆなから はるのとなりの ちかけれは
 なかかきよりそ はなはちりける
   
  1022
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いそのかみ ふりにしこひの 神さひて
 たたるに我は いそねかねつる
かな いそのかみ ふりにしこひの かみさひて
 たたるにわれは いそねかねつる
   
  1023
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 枕より あとよりこひの せめくれは
 せむ方なみそ とこなかにをる
かな まくらより あとよりこひの せめくれは
 せむかたなみそ とこなかにをる
   
  1024
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 こひしきか 方も方こそ 有りときけ
 たてれをれとも なき心ちかな
かな こひしきか かたもかたこそ ありときけ
 たてれをれとも なきここちかな
   
  1025
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ありぬやと 心みかてら あひ見ねは
 たはふれにくき まてそこひしき
かな ありぬやと こころみかてら あひみねは
 たはふれにくき まてそこひしき
   
  1026
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 みみなしの 山のくちなし えてしかな
 思ひの色の したそめにせむ
かな みみなしの やまのくちなし えてしかな
 おもひのいろの したそめにせむ
   
  1027
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 葦引の 山田のそほつ おのれさへ
 我をほしてふ うれはしきこと
かな あしひきの やまたのそほつ おのれさへ
 われをほしてふ うれはしきこと
   
  1028
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 きのめのと(紀乳母)
原文 ふしのねの ならぬおもひに もえはもえ
 神たにけたぬ むなしけふりを
かな ふしのねの ならぬおもひに もえはもえ
 かみたにけたぬ むなしけふりを
   
  1029
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 きのありとも(紀有友)
原文 あひ見まく 星はかすなく 有りなから
 人に月なみ 迷ひこそすれ
かな あひみまく ほしはかすなく ありなから
 ひとにつきなみ まよひこそすれ
   
  1030
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 小野小町
原文 人にあはむ 月のなきには 思ひおきて
 むねはしり火に 心やけをり
かな ひとにあはむ つきのなきには おもひおきて
 むねはしりひに こころやけをり
   
  1031
詞書 誹諧歌:寛平御時きさいの宮の歌合のうた
作者 藤原おきかせ(藤原興風)
原文 春霞 たなひくのへの わかなにも
 なり見てしかな 人もつむやと
かな はるかすみ たなひくのへの わかなにも
 なりみてしかな ひともつむやと
   
  1032
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 おもへとも 猶うとまれぬ 春霞
 かからぬ山も あらしとおもへは
かな おもへとも なほうとまれぬ はるかすみ
 かからぬやまも あらしとおもへは
   
  1033
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 平貞文
原文 春の野の しけき草はの つまこひに
 とひたつきしの ほろろとそなく
かな はるののの しけきくさはの つまこひに
 とひたつきしの ほろろとそなく
   
  1034
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 きのよしひと(紀淑人)
原文 秋ののに つまなきしかの 年をへて
 なそわかこひの かひよとそなく
かな あきののに つまなきしかの としをへて
 なそわかこひの かひよとそなく
   
  1035
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 蝉の羽の ひとへにうすき 夏衣
 なれはよりなむ 物にやはあらぬ
かな せみのはの ひとへにうすき なつころも
 なれはよりなむ ものにやはあらぬ
   
  1036
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 たたみね(壬生忠岑)
原文 かくれぬの したよりおふる ねぬなはの
 ねぬなはたてし くるないとひそ
かな かくれぬの したよりおふる ねぬなはの
 ねぬなはたてし くるないとひそ
   
  1037
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 ことならは 思はすとやは いひはてぬ
 なそ世中の たまたすきなる
かな ことならは おもはすとやは いひはてぬ
 なそよのなかの たまたすきなる
   
  1038
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 おもふてふ 人の心の くまことに
 たちかくれつつ 見るよしもかな
かな おもふてふ ひとのこころの くまことに
 たちかくれつつ みるよしもかな
   
  1039
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 思へとも おもはすとのみ いふなれは
 いなやおもはし 思ふかひなし
かな おもへとも おもはすとのみ いふなれは
 いなやおもはし おもふかひなし
   
  1040
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 我をのみ 思ふといはは あるへきを
 いてや心は おほぬさにして
かな われをのみ おもふといはは あるへきを
 いてやこころは おほぬさにして
   
  1041
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 われを思ふ 人をおもはぬ むくいにや
 わか思ふ人の 我をおもはぬ
かな われをおもふ ひとをおもはぬ むくひにや
 わかおもふひとの われをおもはぬ
   
  1042
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
(一本、ふかやふ(清原深養父))
原文 思ひけむ 人をそともに おもはまし
 まさしやむくい なかりけりやは
かな おもひけむ ひとをそともに おもはまし
 まさしやむくひ なかりけりやは
   
  1043
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いててゆかむ 人をととめむ よしなきに
 となりの方に はなもひぬかな
かな いててゆかむ ひとをととめむ よしなきに
 となりのかたに はなもひぬかな
   
  1044
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 紅に そめし心も たのまれす
 人をあくには うつるてふなり
かな くれなゐに そめしこころも たのまれす
 ひとをあくには うつるてふなり
   
  1045
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 いとはるる わか身ははるの こまなれや
 のかひかてらに はなちすてつる
かな いとはるる わかみははるの こまなれや
 のかひかてらに はなちすてつる
   
  1046
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 鶯の こそのやとりの ふるすとや
 我には人の つれなかるらむ
かな うくひすの こそのやとりの ふるすとや
 われにはひとの つれなかるらむ
   
  1047
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 さかしらに 夏は人まね ささのはの
 さやくしもよを わかひとりぬる
かな さかしらに なつはひとまね ささのはの
 さやくしもよを わかひとりぬる
   
  1048
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 平中興
原文 逢ふ事の 今ははつかに なりぬれは
 夜ふかからては 月なかりけり
かな あふことの いまははつかに なりぬれは
 よふかからては つきなかりけり
   
  1049
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 左のおほいまうちきみ
原文 もろこしの よしのの山に こもるとも
 おくれむと思ふ 我ならなくに
かな もろこしの よしののやまに こもるとも
 おくれむとおもふ われならなくに
   
  1050
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 なかき(平中興)
原文 雲はれぬ あさまの山の あさましや
 人の心を 見てこそやまめ
かな くもはれぬ あさまのやまの あさましや
 ひとのこころを みてこそやまめ
   
  1051
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 伊勢(伊勢の御)
原文 なにはなる なからのはしも つくるなり
 今はわか身を なににたとへむ
かな なにはなる なからのはしも つくるなり
 いまはわかみを なににたとへむ
   
  1052
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 まめなれと なにそはよけく かるかやの
 みたれてあれと あしけくもなし
かな まめなれと なにそはよけく かるかやの
 みたれてあれと あしけくもなし
   
  1053
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 おきかせ(藤原興風)
原文 なにかその 名の立つ事の をしからむ
 しりてまとふは 我ひとりかは
かな なにかその なのたつことの をしからむ
 しりてまとふは われひとりかは
   
  1054
詞書 誹諧歌:いとこなりけるを
とこによそへて人のいひけれは
作者 くそ(久曽・『目録』。詳細不明)
原文 よそなから わか身にいとの よるといへは
 たたいつはりに すくはかりなり
かな よそなから わかみにいとの よるといへは
 たたいつはりに すくはかりなり
   
  1055
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 さぬき(讃岐・『目録』。詳細不明)
原文 ねき事を さのみききけむ やしろこそ
 はてはなけきの もりとなるらめ
かな ねきことを さのみききけむ やしろこそ
 はてはなけきの もりとなるらめ
   
  1056
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 大輔(詳細不明)
原文 なけきこる 山としたかく なりぬれは
 つらつゑのみそ まつつかれける
かな なけきこる やまとしたかく なりぬれは
 つらつゑのみそ まつつかれける
   
  1057
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 なけきをは こりのみつみて あしひきの
 山のかひなく なりぬへらなり
かな なけきをは こりのみつみて あしひきの
 やまのかひなく なりぬへらなり
   
  1058
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 人こふる 事をおもにと になひもて
 あふこなきこそ わひしかりけれ
かな ひとこふる ことをおもにと になひもて
 あふこなきこそ わひしかりけれ
   
  1059
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 よひのまに いてていりぬる みか月の
 われて物思ふ ころにもあるかな
かな よひのまに いてていりぬる みかつきの
 われてものおもふ ころにもあるかな
   
  1060
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 そゑにとて とすれはかかり かくすれは
 あないひしらす あふさきるさに
かな そゑにとて とすれはかかり かくすれは
 あないひしらす あふさきるさに
   
  1061
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世中の うきたひことに 身をなけは
 ふかき谷こそ あさくなりなめ
かな よのなかの うきたひことに みをなけは
 ふかきたにこそ あさくなりなめ
   
  1062
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 在原元方
原文 よのなかは いかにくるしと 思ふらむ
 ここらの人に うらみらるれは
かな よのなかは いかにくるしと おもふらむ
 ここらのひとに うらみらるれは
   
  1063
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 なにをして 身のいたつらに おいぬらむ
 年のおもはむ 事そやさしき
かな なにをして みのいたつらに おいぬらむ
 としのおもはむ ことそやさしき
   
  1064
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 おきかせ(藤原興風)
原文 身はすてつ 心をたにも はふらさし
 つひにはいかか なるとしるへく
かな みはすてつ こころをたにも はふらさし
 つひにはいかか なるとしるへく
   
  1065
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 千さと(大江千里)
原文 白雪の 友にわか身は ふりぬれと
 心はきえぬ 物にそありける
かな しらゆきの ともにわかみは ふりぬれと
 こころはきえぬ ものにそありける
   
  1066
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 梅花 さきてののちの 身なれはや
 すき物とのみ 人のいふらむ
かな うめのはな さきてののちの みなれはや
 すきものとのみ ひとのいふらむ
   
  1067
詞書 誹諧歌:
法皇にし河におはしましたりける日、
さる山のかひにさけふといふことを
題にてよませたまうける
作者 みつね(凡河内躬恒)
原文 わひしらに ましらななきそ あしひきの
 山のかひある けふにやはあらぬ
かな わひしらに ましらななきそ あしひきの
 やまのかひある けふにやはあらぬ
   
  1068
詞書 誹諧歌:題しらす
作者 よみ人しらす
原文 世をいとひ このもとことに たちよりて
 うつふしそめの あさのきぬなり
かな よをいとひ このもとことに たちよりて
 うつふしそめの あさのきぬなり
   

巻二十:大歌所歌

   
   1069
詞書 大歌所御歌:おほなほひのうた/日本紀には、つかへまつらめよろつよまてに
作者 無記(よみ人しらす)
原文 あたらしき 年の始に かくしこそ
 ちとせをかねて たのしきをつめ
かな あたらしき としのはしめに かくしこそ
 ちとせをかねて たのしきをつめ
   
  1070
詞書 大歌所御歌:ふるきやまとまひのうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 しもとゆふ かつらき山に ふる雪の
 まなく時なく おもほゆるかな
かな しもとゆふ かつらきやまに ふるゆきの
 まなくときなく おもほゆるかな
   
  1071
詞書 大歌所御歌:あふみふり
作者 無記(よみ人しらす)
原文 近江より あさたちくれは うねののに
 たつそなくなる あけぬこのよは
かな あふみより あさたちくれは うねののに
 たつそなくなる あけぬこのよは
   
  1072
詞書 大歌所御歌:みつくきふり
作者 無記(よみ人しらす)
原文 水くきの をかのやかたに いもとあれと
 ねてのあさけの しものふりはも
かな みつくきの をかのやかたに いもとあれと
 ねてのあさけの しものふりはも
   
  1073
詞書 大歌所御歌:しはつ山ふり
作者 無記(よみ人しらす)
原文 しはつ山 うちいてて見れは かさゆひの
 しまこきかくる たななしをふね
かな しはつやま うちいててみれは かさゆひの
 しまこきかくる たななしをふね
   
  1074
詞書 神あそひのうた:とりもののうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 神かきの みむろの山の さかきはは
 神のみまへに しけりあひにけり
かな かみかきの みむろのやまの さかきはは
 かみのみまへに しけりあひにけり
   
  1075
詞書 神あそひのうた:とりもののうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 しもやたひ おけとかれせぬ さかきはの
 たちさかゆへき 神のきねかも
かな しもやたひ おけとかれせぬ さかきはの
 たちさかゆへき かみのきねかも
   
  1076
詞書 神あそひのうた:とりもののうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 まきもくの あなしの山の 山人と
 人も見るかに 山かつらせよ
かな まきもくの あなしのやまの やまひとと
 ひともみるかに やまかつらせよ
   
  1077
詞書 神あそひのうた:とりもののうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 み山には あられふるらし とやまなる
 まさきのかつら いろつきにけり
かな みやまには あられふるらし とやまなる
 まさきのかつら いろつきにけり
   
  1078
詞書 神あそひのうた:とりもののうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 みちのくの あたちのまゆみ わかひかは
 すゑさへよりこ しのひしのひに
かな みちのくの あたちのまゆみ わかひかは
 すゑさへよりこ しのひしのひに
   
  1079
詞書 神あそひのうた:とりもののうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 わかかとの いたゐのし水 さととほみ
 人しくまねは みくさおひにけり
かな わかかとの いたゐのしみつ さととほみ
 ひとしくまねは みくさおひにけり
   
  1080
詞書 神あそひのうた:ひるめのうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 ささのくま ひのくま河に こまとめて
 しはし水かへ かけをたに見む
かな ささのくま ひのくまかはに こまとめて
 しはしみつかへ かけをたにみむ
   
  1081
詞書 神あそひのうた:かへしもののうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 あをやきを かたいとによりて 鶯の
 ぬふてふ笠は 梅の花かさ
かな あをやきを かたいとによりて うくひすの
 ぬふてふかさは うめのはなかさ
   
  1082
詞書 神あそひのうた:かへしもののうた
/この歌は、承和の御へのきひのくにの歌
作者 無記(よみ人しらす)
原文 まかねふく きひの中山 おひにせる
 ほそたに河の おとのさやけさ
かな まかねふく きひのなかやま おひにせる
 ほそたにかはの おとのさやけさ
   
  1083
詞書 神あそひのうた:かへしもののうた
/これは、みつのをの御への
みまさかのくにのうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 美作や くめのさら山 さらさらに
 わかなはたてし よろつよまてに
かな みまさかや くめのさらやま さらさらに
 わかなはたてし よろつよまてに
   
  1084
詞書 神あそひのうた:かへしもののうた
/これは、元慶の御へのみののうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 みののくに 関のふち河 たえすして
 君につかへむ よろつよまてに
かな みののくに せきのふちかは たえすして
 きみにつかへむ よろつよまてに
   
  1085
詞書 神あそひのうた:かへしもののうた
/これは、仁和の御へのいせのくにの歌
作者 無記(よみ人しらす)
原文 きみか世は 限もあらし なかはまの
 まさこのかすは よみつくすとも
かな きみかよは かきりもあらし なかはまの
 まさこのかすは よみつくすとも
   
  1086
詞書 神あそひのうた:かへしもののうた
/これは、今上の御へのあふみのうた
作者 大伴くろぬし(大伴黒主)
原文 近江のや かかみの山を たてたれは
 かねてそ見ゆる 君かちとせは
かな あふみのや かかみのやまを たてたれは
 かねてそみゆる きみかちとせは
   
  1087
詞書 東歌:みちのくうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 あふくまに 霧立ちくもり あけぬとも
 君をはやらし まてはすへなし
かな あふくまに きりたちくもり あけぬとも
 きみをはやらし まてはすへなし
   
  1088
詞書 東歌:みちのくうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 みちのくは いつくはあれと しほかまの
 浦こく舟の つなてかなしも
かな みちのくは いつくはあれと しほかまの
 うらこくふねの つなてかなしも
   
  1089
詞書 東歌:みちのくうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 わかせこを 宮こにやりて しほかまの
 まかきのしまの 松そこひしき
かな わかせこを みやこにやりて しほかまの
 まかきのしまの まつそこひしき
   
  1090
詞書 東歌:みちのくうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 をくろさき みつのこしまの 人ならは
 宮このつとに いさといはましを
かな をくろさき みつのこしまの ひとならは
 みやこのつとに いさといはましを
   
  1091
詞書 東歌:みちのくうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 みさふらひ みかさと申せ 宮木のの
 このしたつゆは あめにまされり
かな みさふらひ みかさとまうせ みやきのの
 このしたつゆは あめにまされり
   
  1092
詞書 東歌:みちのくうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 もかみ河 のほれはくたる いな舟の
 いなにはあらす この月はかり
かな もかみかは のほれはくたる いなふねの
 いなにはあらす このつきはかり
   
  1093
詞書 東歌:みちのくうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 君をおきて あたし心を わかもたは
 すゑの松山 浪もこえなむ
かな きみをおきて あたしこころを わかもたは
 すゑのまつやま なみもこえなむ
   
  1094
詞書 東歌:さかみうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 こよろきの いそたちならし いそなつむ
 めさしぬらすな おきにをれ浪
かな こよろきの いそたちならし いそなつむ
 めさしぬらすな おきにをれなみ
   
  1095
詞書 東歌:ひたちうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 つくはねの このもかのもに 影はあれと
 君かみかけに ますかけはなし
かな つくはねの このもかのもに かけはあれと
 きみかみかけに ますかけはなし
   
  1096
詞書 東歌:ひたちうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 つくはねの 峰のもみちは おちつもり
 しるもしらぬも なへてかなしも
かな つくはねの みねのもみちは おちつもり
 しるもしらぬも なへてかなしも
   
  1097
詞書 東歌:かひうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 かひかねを さやにも見しか けけれなく
 よこほりふせる さやの中山
かな かひかねを さやにもみしか けけれなく
 よこほりふせる さやのなかやま
   
  1098
詞書 東歌:かひうた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 かひかねを ねこし山こし 吹く風を
 人にもかもや 事つてやらむ
かな かひかねを ねこしやまこし ふくかせを
 ひとにもかもや ことつてやらむ
   
  1099
詞書 東歌:伊勢うた
作者 無記(よみ人しらす)
原文 をふのうらに かたえさしおほひ なるなしの
 なりもならすも ねてかたらはむ
かな をふのうらに かたえさしおほひ なるなしの
 なりもならすも ねてかたらはむ
   
  1100
詞書 東歌:冬の賀茂のまつりのうた
作者 藤原敏行朝臣
原文 ちはやふる かものやしろの ひめこまつ
 よろつ世ふとも いろはかはらし
かな ちはやふる かものやしろの ひめこまつ
 よろつよふとも いろはかはらし
   

墨滅歌

   
異本所載歌
   
   1101
詞書 ひくらし/物名部:在郭公下、空蝉上
作者 平あつゆき(平篤行)
原文 そま人は 宮木ひくらし あしひきの
 山の山ひこよ ひとよむなり
かな そまひとは みやきひくらし あしひきの
 やまのやまひこ よひとよむなり
   
  1102
詞書 をかたまの木
/物名部:をかたまの木、友則下
作者 勝臣(藤原勝臣)
原文 かけりても なにをかたまの きても見む
 からはほのほと なりにしものを
かな かけりても なにをかたまの きてもみむ
 からはほのほと なりにしものを
   
  1103
詞書 くれのおも/物名部:忍草、利貞下
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 こし時と こひつつをれは ゆふくれの
 おもかけにのみ 見えわたるかな
かな こしときと こひつつをれは ゆふくれの
 おもかけにのみ みえわたるかな
   
  1104
詞書 おきのゐ、みやこしま
/物名部:からこと、清行下
作者 をののこまち(小野小町)
原文 おきのゐて 身をやくよりも かなしきは
 宮こしまへの わかれなりけり
かな おきのゐて みをやくよりも かなしきは
 みやこしまへの わかれなりけり
コメ 出典:伊勢115段(都島・おきの井)。
「むかし、みちの国にて、男女すみけり。
男、「都へいなむ」といふ。
この女いと悲しうて、
馬のはなむけをだにせむとて、おきのゐて
都島といふ所にて酒飲ませてよめる。
『おきのゐて 身を焼くよりも 悲しきは
 都のしまべの 別れなりけり』」
   
  1105
詞書 そめとの、あはた
/このうた、水の尾のみかとのそめとのよりあはたへうつりたまうける時によめる
/物名部:桂宮下
作者 あやもち(不明)
原文 うきめをは よそめとのみそ のかれゆく
 雲のあはたつ 山のふもとに
かな うきめをは よそめとのみそ のかれゆく
 くものあはたつ やまのふもとに
   
  1106
詞書 題しらす
/巻第十一:奥山の春の根しのきふる雪下
作者 よみ人しらす
原文 けふ人を こふる心は 大井河
 なかるる水に おとらさりけり
かな けふひとを こふるこころは おほゐかは
 なかるるみつに おとらさりけり
   
  1107
詞書 題しらす
/巻第十一:奥山の春の根しのきふる雪下
作者 よみ人しらす
原文 わきもこに あふさか山の しのすすき
 ほにはいてすも こひわたるかな
かな わきもこに あふさかやまの しのすすき
 ほにはいてすも こひわたるかな
   
  1108
詞書 題しらす
/この歌、ある人、あめのみかとの
あふみのうねめにたまへると
/巻第十三:こひしくはしたにを思へ紫の下
作者 よみ人しらす(一説、あめのみかと)
原文 いぬかみの とこの山なる なとり河
 いさとこたへよ わかなもらすな
かな いぬかみの とこのやまなる なとりかは
 いさとこたへよ わかなもらすな
   
  1109
詞書 返し:うねめのたてまつれる
/巻第十三:こひしくはしたにを思へ紫の下
作者 あふみのうねめ(近江采女?詳細不明)
原文 山しなの おとはのたきの おとにのみ
 人のしるへく わかこひめやも
かな やましなの おとはのたきの おとにのみ
 ひとのしるへく わかこひめやも
   
  1110
詞書 そとほりひめのひとりゐて
みかとをこひたてまつりて
/巻第十四:思ふてふことのはのみや秋をへて下
作者 そとほりひめ(衣通姫)
原文 わかせこか くへきよひなり ささかにの
 くものふるまひ かねてしるしも
かな わかせこか くへきよひなり ささかにの
 くものふるまひ かねてしるしも
   
  1111
詞書 題しらす/巻第十四:深養父、
こひしとはたかなつけけむことならむ下
作者 つらゆき(紀貫之)
原文 みちしらは つみにもゆかむ すみのえの
 岸におふてふ こひわすれくさ
かな みちしらは つみにもゆかむ すみのえの
 きしにおふてふ こひわすれくさ